インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
臨海学校で元々俺が泊まる予定だった旅館は、考えていたよりも閑静で落ち着いた雰囲気の老舗旅館だったらしい。もう数時間も待てば、窓辺から見える太陽が完全に沈みきっているにも関わらず、辺りが残光に照らされた美しい景色を眺めることが出来ただろう。
だがその数時間は、余りにも惜しい。
臨時で通された部屋の景色を眺めてはいるが、隣の部屋では一夏が未だ目覚めないままだ。応急処置を施され、体中に包帯が巻かれている彼の姿は見るも無残な姿だった。
福音の現在地は不明。水平線の向こうに僅かでも光が見えれば、すぐにでも追いかけるつもりだが、この数時間で一筋も見えたことは無い。
箒は今も一夏の傍らに寄り添い、自分を恥じている。
ラウラは軍の衛星を経由し、なんとか福音の現在位置を特定しようと、携帯端末を必死に操作している。
セシリアやシャル達、他の専用機持ちは俺と同じ部屋で、何も出来ずに過ぎ行く時間を共にしていた。
やがて鈴が痺れを切らしたように立ち上がった。聞けば、箒に発破を掛けにいくという。
彼女の行動の早さは流石というべきか、部屋を出たかと思えばすぐに隣の部屋を暴力的に開けた。何か言い争うような声が聞こえたかと思えば、鈴が叫ぶ。
「――っざけんじゃないわよ!」
怒りを露にした只ならぬ鈴の叫びに、他の面子と目を合わせる。無言で頷いて、すぐさま隣の部屋に向かった。
扉を前にしてまた叫び声と弱々しく言い返す声が交わされた後、肌を引っぱたく音がして、鈴が言う。
「甘ったれてんじゃないわよ……。専用機持ちっつーのはね、そんな我侭が許される立場じゃないのよ。それともアンタは――戦うべきに戦えない、臆病者か」
発破を掛ける所ではなく、今にでも本当に喧嘩が起こりそうだと目配せするが、「今はやめろ」とラウラが静かに言った。そしてその判断は正しかったのだと、すぐに知る。
「――どうしろと言うんだ! もう敵の居所も分からない、戦えるなら、私だって戦う!」
ようやく箒が立ち直った声を聞いた鈴が、同様に俺たちも溜息をついた。
「やっとやる気になったわね。……あーあー、めんどくさかった」
「な、なに?」
「場所なら分かるわ。今ラウラが――」
部屋の中で名前が出た丁度そのとき、ラウラの端末が音を立てて処理を終えたことを知らせる。その音を聞いて満足げな顔をしたラウラは、静かに扉を開けた。
「出たぞ。ここから三○キロ離れた沖合いに目標を捕捉した。ステルスモードではあるが、光学迷彩は持っていない。衛星による目視で確認できた」
先ほど盗み見た地図の映像と、ラウラの言葉を記憶。数珠のブレスレッドとして待機状態になっている葉月に、その座標をマッピングするよう無言で頼んだ。待機状態でも同期を解いていない限り、まるで思考で会話をするかのごとく葉月とのコミュニケーションは取れる。
「さすが、ドイツ軍特殊部隊。やるわね」
「お前のほうはどうなんだ、準備は出来ているのか」
「当然、パッケージのインストールは済んでるわ。シャルにセシリア、紫苑のほうこそどうなのよ」
名前を呼ばれ、ようやく出番だと重い腰を上げる。シャルもセシリアも、同じ心境のようだった。
「たった今完了しましたわ」
「準備オッケーだよ。いつでもいける」
「そもそも準備は端から出来てる」
専用機持ちが揃い、全員が箒を見る。
「私……私は――戦う……戦って、勝つ! 今度こそ負けはしない!」
拳を握り締める箒は、さっきまでとは違う。決意をしかと表していた。
――表してしまっていた。
「決まりね。じゃあ、作戦会議よ。今度こそ確実に落とすわ」
鈴が腕を組み、不適に笑いながら言う。だが残念ながら、俺の心境は間逆だった。
「――作戦は必要ない」
「……えっ?」
復讐に燃え、今にでも出撃するつもりだった彼女たちは、すぐには理解できなかっただろう。いち早く思考が元に戻ったシャルロットが、だが乾いた声で聞き返す。
「聞こえなかったのか。作戦なんて立てる必要はないと言ったんだ」
「何をおっしゃいますの!? 作戦がなければ、先ほどのようにまたやられてしまうだけ――」
「そんなことにはならない。俺一人ならさっさと福音を始末していた」
シャルに引き続き正常な思考ができるようになったセシリアが声を荒げて、理解できない俺の行動を止めようと説得する。だがそんなことは無駄だ。
「――なにそれ。一夏が、足手纏いだったとでも言いたい訳?」
顔を俯けたまま、鈴が肩を震わせながら言う。想い人を馬鹿にされたと、怒りに震えている。
だからその怒りに火をつけてやる。
「そう言ったつもりだったが、分かりづらかったか。じゃあ改めて言う。一夏だけじゃない、お前たちは足手纏いだから来るな。俺が一人でやる」
一夏だけじゃなく仲間まで、自分まで馬鹿にされた鈴は耐え切れず爆発したかのように叫びながら、俺の顔を目掛けて殴りかかってきた。
――それが見えているほど、怒った人間の拳という者はあまりにも愚直で。
反射ではなく、後だしで拳を掴み取る。殴りかかられたという大義名分を得た俺は、容赦なく鈴の顔を殴りつけた。
「紫苑!!!」
その行動を激しく非難するようにシャルが叫んだ。彼女には一瞥もくれず、何をされたか分からないという表情の鈴を見ながら吐き捨てる。
「俺の予想が正しければ、鈴は先ほど箒を殴った。なのに何故、俺が殴ると非難されるんだ? そんな感情に惑わされる時点で、どう考えても足手纏いだ」
殴られた頬に手を当てたままの鈴から視線を外し、箒、シャル、セシリア、ラウラと順に見回して、部屋を出る。
彼女たちが俺を見る目は、まるで化け物を見るような目だった。
――ただひとり、ラウラを除いて。
「福音の現在位置までルートを出してくれ。手早く済ませる」
砂浜を歩きながら葉月に頼む。陽の光が水面に反射し、思わず目をすぼめた。
『――良かったの?』
「何が」
頼みに答えることなく、葉月が言う。聞き返したが、神経が繋がっている以上言いたい事は分かっていた。
『友達を守りに来たくせに、自分から友達を棄てて』
砂浜を歩き続け、他と比べて波の音が激しい岩場に着く。仮に盗聴されていたとしても、ここなら波の音が天然の防音壁となって聞かれる心配は無い。
「棄てた、か。まぁそうだな。でも死ぬよりはましだろ?」
『やっぱりそういう考えだったかぁ』
「最近、葉月の脳が俺の脳を侵食してきてるんだよ」
頭を指先で叩きながら、そう返答する。事実、俺はそう考えていた。
「それに、福音と箒を戦わせるわけにも行かないからな」
『どうして?』
「この状況だよ。洋上で、軍の兵器がハッキングされ、新兵器のお披露目。どこかで聞いたことあると思わないか?」
考え込むような沈黙の後、葉月がぼそりと答える。
『――白騎士事件』
「ご名答。その二つの事件で得をする人間を考えてみろ。白騎士事件で得をしたのは開発者である篠ノ之束と世界中の女だ。福音が暴走し、それを当初の作戦で倒して得をするのは一夏と篠ノ之箒」
『共通点は篠ノ之姉妹だけ……そっか、そうじゃない。箒さんの機体、紅椿だっけ。あのコアナンバーは、今までに存在するものとは別のものだった。新しくコアを作れるのは篠ノ之束だけ。今回の事件で福音を紅椿と白式が倒せれば、あの女も得をするんだ』
「そういうこと。ついでに言っとくと、ここまで偶然は重ならない。ハッキングを行った犯人は得をした人物だとするなら、全ては篠ノ之束のマッチポンプ。そう仮定できるなら、何が目的か知ったことじゃないが、俺が福音を倒せるに越したことは無い」
『……っていう言い訳をしてるだけで、実際はあの娘達を守りたいだけでしょ』
「うるさい、そんなわけねーだろバカ」
本心を言い当てられ、照れ隠しに暴言を吐く。ISの待機状態を解除すると、体が淡い光に包まれる。次に目を開いたときには、俺の体は金属の鎧を身に纏っていた。
視界内にデータが投影され、その中には福音への最短ルートも含まれていた。スラスターを吹かせ空に舞うと、ルートをなぞるように疾走する。
「前回の戦闘時のデータを元にして、今から福音に奇襲をかけたとして計算すると、勝率は何%くらいある?」
『えと、大体70%くらいかな」
「……幼馴染補正抜いて、正直度を最大にしたら、何%?」
『……7%』
高い勝率を不審に思い聞き返すと、言いにくそうに葉月は答えた。
「そっか、思ったよりは高いな。余裕で勝てそうだ」
『強がるのもいいけどさ――楯無さんに、連絡取らなくていいの?』
「葉月にまだ言うつもりじゃなかったのに、神経繋がってても良いことだけじゃないな……」
『繋がってなくても、反応見れば昔のままじゃないことくらい分かるよ』
「……じゃあ、楯無に繋いでくれ」
投射ディスプレイの右側に、インターネット経由で楯無に電話をかけていることを示すウィンドウが表示される。数回のコールの後、そのウィンドウに楯無の顔が映された。
「……突然テレビ電話なんて一体どなた――ってうわぁ、紫苑くん!? 近い! 顔近いぃ!」
「近い、って……いやこれ以上離れられないし、何をそんな騒いでるの」
不審な顔で電話に出た恋人は、人を食った性格とは程遠い反応をした。ISから携帯端末に電話をかけていたようで、まだこのISを知らない楯無は俺が電話をかけたと分からないようだった。だが顔でこのような反応をされることは、些か以上に傷つく。
「……ふぅ。よし、大丈夫。で、どうしたの紫苑くん。今そっちは大変なんじゃなかった?」
「流石は生徒会長、耳が早い。――でも大したことじゃない、なんとなく電話をした気分になったから、電話をかけただけだよ」
「臨海学校で寂しくなったからって、どうせすぐ帰ってこれるんだから我慢しなきゃダメだよ?」
「寂しいわけじゃねえし。電話したくなっただけだし……あぁ、そろそろ電話を切らないと。織斑先生に痛い目に合わされそうだ」
最高速度での飛行を続けながら楯無と会話をしていると、はるか先に銀色の物体が見えた。次の瞬間にはハイパーセンサーが、福音の姿を拡大表示する。同時にグリム・ロートケープが戦闘ステータスとなり、ウィンドウの色が全て赤に変色した。これ以上電話を続けるのは無理だと思い、織斑先生に見つかったことにして電話を切ろうとした。
「……生きて戻ると約束して」
「……あぁ」
そういって通話が切断されるとウィンドウも閉じられる。状況や言葉のトーンという要素はいくつもあったとはいえ、本当にばれるとは学園最強は伊達じゃない。心の底からそう感じると共に、必ず帰ると誓った。
『良い人だね』
「だろ。流石元カノ、分かってるじゃん」
「でしょ。流石元カレ、分かってるね。――福音がステルスモードを解除、
福音をロックオンすると同時、自機がロックオンされたことを知らせる警告が響く。初撃のエネルギー榴弾を躱し、反撃とばかりにイオン・フラグメントをばら撒く。先ほどの戦闘でイオン・フラグメントを直撃させたにも関わらず戦闘続行が可能ということは、あの砲口がそれぞれ独立した電子回路と電気系統を持っている可能性がある。
若しくはISコアの判断で過充電を遮断し、他の武装にまで影響が及ばないようにしたか……。いずれにしろ、全ての武装にイオン・フラグメントを直撃させれば勝ちだ。
お互いに高機動機体であり、一撃でも直撃すれば大きなダメージを与えられる。つまり回避し続けて、当てる戦いとなる。
「福音の軌道パターンと、攻撃の軌道パターンを統計で予測し、ディスプレイに表示することってできるか?」
『相応のデータ量があれば出来るよ』
「分かった。ついでに当たっても戦闘に支障をきたさない武装を出してくれ。エネルギー榴弾の組成も調べてほしい」
『人遣い荒いなぁ!』
毒づきながらも右手には律儀に緊急用装備のナイフを出す葉月。榴弾の組成がビームと同じようなものであれば、電磁場で拡散し打ち消すことで無効化できる。その可能性が零じゃない以上、勝ち筋を得るために試す必要があった。
「完全に乗っ取られているなら攻撃パターンも必ず絞り込めるはず……」
弾幕を張りながら距離を詰めようとするが、相変わらず操縦者への負担を考えない軌道で回避される。左腕のエネルギーが切れ、カートリッジを交換する僅かな隙を与えない為に右腕のイオン・フラグメントを打ち続ける。高機動と高い射撃レートさえなければ、その隙などあってないようなものなのに……。好意的な解釈をするならお披露目の相手に強敵を持ってこられたともいえた。
――埒の明かない戦いを終わらせるには、一度流れを切る必要がある。
ギリギリで躱せるなら、ギリギリで当てることも出来る。右手のナイフを握りなおし、数多く飛来するエネルギー榴弾のうち一つに狙いを定めて、ナイフの平の部分を直撃させる。突き刺さり、爆発する瞬間に座標指定無しの空間転移で直撃を回避した。
「組成解析、出来たか?」
攻撃の手を休めることなく、葉月に問いかける。座標が変わったとはいえ、福音はすぐに対応し砲撃を開始した。
『組成解析、軌道パターン、攻撃パターン全て解析完了! エネルギー榴弾の組成は電荷を帯びた陽子を圧縮し発射、着弾の衝撃で炸裂するようになってるみたい』
「つまりは荷電粒子か。パターンをディスプレイに表示した後、電磁場シールドで加工した武器を出してくれ」
『
福音の軌道と攻撃の未来予測がディスプレイに表示され、回避しながら距離をとる。ナイフを失った右手には大振りの大剣が握られていた。
荷電粒子である以上、打ち消せば炸裂しない。
福音から背を向けて、大空高くから大海原へ急降下する。未来予測のルートと決して交わらないように回避を続けながら、水面へと突っ込む直前にスラスターの推力を偏向することで、ほぼ直角の軌道を描いて強引に墜落を回避した。
衝撃波による水柱のカーテンを巻き上げながら水面すれすれを滑走し、福音めがけて大剣を構えて突撃する。福音は墜落による脅威判定からか、水面ギリギリの部分で減速していた。
エネルギー榴弾で迎撃を開始するが、電磁場シールドを持つ大剣の平の部分にあたり消滅した。続く第二撃、第三撃を回避、若しくは防御しながら距離を詰める。スラスターを吹かせて緊急回避を取る福音だが、その軌道は未来予測の通り。ルートを先読みして、空間転移を実行する。
「よし、捕まえた」
それは初戦の再来だった。福音の後ろから捕らえ、零距離でイオン・フラグメントを撃つ。違う点があるとすれば、逆手持ちの大剣で首元を押さえ、最大出力の照射モードでイオン・フラグメントを発射するということだ。
イオン化エネルギーとは荷電粒子の事。やられた分は全てやり返させてもらう。
眩い光が奔った。銅鐸の如き音が轟く。
最大出力の照射で加速された荷電粒子は閃光と化し、渦巻くその奔流が福音を呑み込んでいく。
海水が瞬時に沸騰し蒸発する中、福音を構成するアーマーが悉く灼熱に曝されて、ゆっくりと溶け始めていた。
エネルギー・カートリッジがカシャンと排出された音で、戦いは終わったのだと思った。
――自分の体が吹き飛ばされさえしなければ。
仮に逃げ出そうとすれば首元に構えた大剣で切り飛ばせるはずだった。だが福音はその拘束を衝撃波で吹き飛ばした。
葉月の補助で何とか姿勢を保ち、福音の姿を見ようと目を凝らす。海面ごと球状に吹き飛ばされたその中心には、福音が自分自身を抱きかかえるように蹲っていた。
「おいおい、マジか」
『脅威判定更新、対象のエネルギーレベル増大!
通常のISとは違い、顔をバイザーに覆われていて表情は判別できない。だが俺を向いているその顔は、明らかな敵意を帯びていた。
「キアアアアアアア……!!」
獣の嘶きが鼓膜を切り裂く。
未来予測を遥かに上回るスピードで、福音は俺の足を掴む。
「くそが……っ!」
乱発は避けたかったが、空間転移で緊急回避する。距離を取れたことで福音の行動がはっきりと見えた。
一人きりで時計の針が進むのを眺めるよりもゆっくりと、福音から何かが生える。エネルギー榴弾じゃない。あれは、翼だ。
「ここにきてパワーアップとか冗談じゃない。こっちにも
『私は普通のISじゃないの! 製作段階で既に
「単純に戦力差が広がっただけじゃねえか……」
福音の装甲が更にひび割れ、エネルギーの翼が羽化するかのように現れる。そこからエネルギーが神速の剣と化して飛来するのを辛うじて避ける中、不愉快で新たな展開について頭を巡らせた。
空間転移をしようにもスピードが速く、座標の計算が困難。だからといって砲口ですらないあの攻撃を、電子回路を焼ききっても止められるか分からない。イオン・フラグメントを照射しても躱される。倒す方法は――
「もう一度、零距離で打ち込むか」
『ダメだよ。零距離であの翼を食らう羽目になる』
「分かってる。だからコアをやられると判断したら、インターネットを経由して何処かのサーバーに意識をアップロードしとけ」
『生きて帰るんじゃなかったの!?』
「帰るさ。帰るために、あいつを倒す」
大剣を握り締め、福音へと吶喊する。飛来するエネルギーを躱し、切り裂き、装甲を抉られようとも、俺は止められない。
福音が操縦者の負担を考えずにあの速度を出すというのなら、俺の負担なんて考えない。
福音が獣のように叫ぶというのなら、俺も叫んでやろう。
どうせダメだと、諦めそうになる。だが反対に、叫ぶと力が満ちる。
それでいいと、耳元で誰かが吠えた。
その助言に、どこか安心した気持ちになって、俺は進み続けた。
ゆっくりと福音の翼が開き始める。
怪物の口のように開かれたそれに、大剣を振りかぶって飛び込む。
大剣で右側の翼が完全に閉じないよう押さえつけ、左腕のイオン・フラグメントを突き付ける。
最大照射のその瞬間――爆音が鳴り響き、福音が落ちていく。
――否、落ちているのは俺だった。
照射よりコンマ数秒先に、エネルギー弾雨を零距離で食らったらしい。
俺を見下ろす福音が徐々に離れていき、誰かが叫んでいるのが聞こえた。
こんなんじゃ死なねえよ、葉月。そう言ったつもりだが声は出なかった。
逃げなくてごめんな、姉ちゃん。そう言いたくても通信を繋げながった。
だが、やっぱり……ああ
死ぬのは怖いなぁ、刀奈
海面が近づいてくるのが音で分かる。意識を必死で繋ぎとめ、最後の瞬間まで福音を見続けた。
だからこそ、それを見ることができた。
海面に衝突した瞬間、爆音が辺りに轟く。それは俺が衝突した音だけではない。福音に『何か』が直撃した音だった。
「初弾命中。続けて砲撃を行う!」
開放回線に聞き覚えのある声があった。遥か遠く、水平線の遥か先にハイパーセンサーがラウラの姿を捉えた。レールカノンを二門装備した砲撃戦使用のその姿は、軍の情報にあった砲戦パッケージ『パンツァー・カノーニア』だ。
「――紫苑さん、紫苑さん!」
福音が新たな敵と判断したラウラの元へ向かうと入れ替わりで、誰かが飛び寄ってきた。
「……セシリア」
「よかった、無事でしたのね……。もう駄目かと……」
「どうして……なんでお前が」
「わたくしだけではありませんわ」
セシリアが面を上げ、あたりを見渡す。その視線の先には更に何機ものISが近寄ってくるのが見えた。
箒に鈴、シャル。彼女たちを守る為に飛び出てきたのに、結果として彼女たちに命を救われてしまった。
「ったく、あのまま残っていればいいものを……大バカ共が……」
「僕たちは棄てられたって思ったんだけど、ラウラが言ったんだよ。『大方嫁は私たちを傷つけたくないんだろう』って」
鈴を殴ったとき、ラウラだけは俺を違う目で見つめてきた。俺の考えなど見通して居たんだとシャルが言う。
「殴られて腹が立ったけど、そういう事情があるんじゃ、駆けつけないと癪じゃないの」
殴り飛ばされたのに、そんなのはどうでもいいんだという風に、鈴が言う。
「助けに来てくれたのはありがたいが、このままだと全員死ぬぞ」
「安心しろ。私たちだけではない」
一時の不安など消し飛んだとばかりに武士道然とした態度で、箒が言う。
箒の後ろ、夕日の逆光でよく見えないが、もう一人誰かが接近しているのは見えた。
そしてその人物は俺の前に降り立つと、手を差し伸べる。
「おう。待たせたな」
「参ったな。助けるつもりが、助けられるとは思ってなかった」
一夏のその姿は、白式は今までと見違えていた。大型のウィングスラスターを四基備えた機体に乗った一夏は俺に発破を掛けるかのように、毒を吐く。
「いつまで寝てるんだよ。もうくたばっちまったのか?」
「怪我人風情が、生意気言ってんじゃねーよ」
差し出された手を握り締め、俺は再び立ち上がる。投射ディスプレイに表示されたダメージレベルとエネルギー残量を確認して、あと一度の接近くらいは出来ると判断した。
「もう一度頼むぞ、葉月」
『ネット経由で逃げなくて正解だったよ。左腕両脚のエネルギーバイパス遮断、余剰エネルギーをスラスターに回して、カートリッジのほうは一回の攻撃に全て回すね』
ハイパーセンサーが警告を出す音で福音が再び接近していることが分かった。ラウラが引き付けて連れてきているのだ。
「――よし。セシリア、ブルーティアーズで福音を狙い続けろ。シャルロット、その装備なら何回かあの攻撃に耐えられるはずだ。セシリアが操作に集中できるよう守ってくれ。鈴、回避を念頭に置きながら衝撃砲を撃ちまくれ。ラウラ、隙があればもう一度ぶち込んでくれ。箒、一夏――」
それぞれの特性を鑑みて、この場における適切な役割を割り振る。最も強大な戦力と判断した二人には――
「――最前線で、暴れるぞ」
無言で頷いた二人は、迷うことなく福音目掛けて飛び立った。
左手の新兵器でエネルギーの嵐をかき消しながら突き進む一夏。
紅い機体からあふれ出る赤い光に混じって、黄金の粒子をその身に纏う箒。
高貴すら感じさせる真剣な瞳でオールレンジ火器を制御するセシリア。
姫を守る騎士が如く、二種四枚のシールドでセシリアを守り続けるシャル。
その名の通り龍の砲口のような衝撃砲を以って、福音を撹乱させる鈴。
戦争と死の神の名をつけられた黄金の瞳で、正確無比な射撃を行うラウラ。
こんな臭い台詞を考える日が来るとは思ってもみなかったが、一人じゃ勝てなかった。だが全員でなら勝てる。
砲弾と光の飛び交う戦場を見上げ、
福音の軌道にあわせ、加速しながら軌道変更を行う。それは当然体へ大きな負担をかけるもので、福音の前に到達し、息を吸ったときに咽こんで血を吐いた。
そんなことに構っていられるほど、状況は好転していない。
更に接近しようとする中、紅椿の二刀流が福音の翼を切り裂く。
大きく姿勢を崩した福音が、残った翼の一斉射撃で迎撃を試みる。
それでも一夏は構うことなく、最大出力で接近する。
ここが勝負所だと、直感で感じ取った。
「「うおおおおっ!」」
グリム・ロートケープのイオン・フラグメント。白式の零落白夜。
二人の男の最大火力も以って、福音が声にならない絶叫を上げた。
それでもまだ動き続けようとする福音の手が、まるで亡者のそれのように痙攣しながら崩れ落ちたとき、ようやく銀色のISは動きを止めた。
守るものを失い、スーツだけの操縦者が海面へ堕ちていく。
それを受け止めた鈴が、一夏となにやら言い合っているのを見て――
――長い、一日だった。
太陽は沈み切り、だが辺りが残光に照らされている。
予想していたよりも遥かに美しい、そんな美しい水平線を眺めながら、俺の視界はゆっくりと黒く染まっていった。