インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
授業が始まったと思えば、クラス内で話し合いをする様子。まさかさっきの俺の言が、女尊男卑的に受け取られイジメとして通報されたかと思ったが、そうではないらしい。
「これより、再来週行われるクラス代表戦に出る代表を決める。自薦他薦は問わない、誰かいないか?」
織斑先生がよく通る声で教壇から問いかける。誰も立候補しない様子なら自分から行こうと思った矢先に、一人の女子が手を上げて言った。
「はい! 織斑君がいいと思います!」
「あっ、私も賛成です!」
「じゃあ私は鳴海君を推薦します!」
「二人っていうのはダメなんですか!?」
一人が意見を出した途端に次々と意見が飛び交う、良くも悪くも日本人的な光景だった。
しかしそんな中でも一人、静かなままな奴がいる。あの性格からして黙っているのは、あまりにも不自然だ。
「静かに! 他に誰かいないのか? いないのなら、この二人のうちどちらかが代表になるが――」
「納得がいきませんわ!」
――ほら。出しゃばってきたよ、ブロンドが。
「男がクラス代表なんていい恥さらしですわ! このセシリア・オルコットに一年間屈辱を味わえとでも言うんですの? だいたい、文化としても後進的なこの国で暮らさなければならないこと自体、耐え難い苦痛で――」
「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で、何年覇者だよ」
「あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの?」
一夏の絶妙な返しにオルコットは顔を真っ赤にして反論する。そろそろ黙っているのも癪だし、俺も加わるか。
「先に日本を侮辱したのはそっちだろうが」
「口を挟まないでくださいまし! 今わたくしはこの人と――!」
「祖国を侮辱されて気が立っているのはこっちも一緒なんだ。ここは代表候補生で超エリート、貴族として養われた素晴らしい人間性の持ち主であるオルコットが、ISの開発国である日本に対して、人としての器を見せるところじゃないか?」
「そうだ、エリートなんだろ。エリートらしく振舞えよ」
一夏が俺の言に賛同し、追撃をかける。それに対し、オルコットは貴族のような気品溢れる言動とは程遠い、むしろ子供の様に癇癪を起こして叫ぶ。
「決闘ですわ!」
「何がどうしてそうなった。エリートは何処に行ったんだよ、エリートは」
「下賤な民と話していても埒があきません。ここは貴族らしく、決闘で勝負を付けましょう?」
「その我侭に付き合ってやるよ、お嬢様。一夏もそれでいいか? 決闘でこの女を叩き潰せば、この面倒な争いも終わるらしい」
一番後ろの席から、一番前の席に座っている一夏によく聞こえるように少し大きめな声で聞く。その際、教壇に立つ織斑先生を見るが、不敵にこの光景を眺めているだけだった。
「あぁ、俺は構わないぜ。ちなみにハンデはどれくらいだ?」
「あら、早速ハンデの相談ですの? そうですね、どれくらいつけて差し上げましょう……?」
「いや俺が付けるハンデだ。どれくらいつけてほしいんだ?」
「ははっ、それはいい考えだ。負けたときの言い訳につけてもらっておいた方が良い」
俺と一夏と言葉にクラスの女子たちが一斉に話し出し、静かだった教室が湧きたった。
「二人とも本気なの?」
「男と女が戦ったら、男は勝てないって言われてるんだよ?」
その言葉に俺は深くため息をついて言った。
「いったいいつの話をしてるんだ? ISに乗れるか乗れないかが、その噂の大元だろ。まぁこの際だ、同じ条件で戦えばこんなブロンドに負ける道理はないって事を証明してやるよ」
そう啖呵を切ってクラス中を見やると、再び静寂に包まれる。その光景に満足したように織斑先生が口を開いた。
「話はまとまったようだな。勝負は次の月曜、第3アリーナで行う。各々準備をしておくように。解散!」
準備、か。特訓はどうでもいいとして機体は訓練機になるのだろうが、それもいいハンデになる。とにかく綾乃に状況を知らせるのが最優先だな。
放課後になりそれぞれが教室を出て様々な用事に出かける中、俺は教室で一夏と話し合っていた。
「――いや、俺はどうも一夏の事を誤解していたらしい。まさかあんな風に喧嘩を売れるとは思わなかった。オルコットに対して、ハンデか」
「さすがに日本をバカにされて腹が立ったんだよ。紫苑だってそう言っていたじゃないか」
「確かに、そうだ。いいね、気に入ったからいいことを教えてやろう。女との言い争いは、男側だけが一方的に地雷原を走りながら銃撃戦をしていると思え」
「なんだか意味は分からないけど、なんかすごいことを言っている気がする!」
そんな風に二人で笑い合っていると、山田先生が教室のドアを開けて入ってきた。
「あっ、二人とも教室に残っていたんですね。丁度良かったこれが二人が使う、領の部屋の合鍵です」
渡された鍵を確認する。1010号室。対する一夏は――
「1025? 違う部屋って、なんだか嫌な予感がしてきた」
「ごめんなさい、急だったもので同じ部屋を用意できなかったんです」
まぁ急に入学を決めたのは俺の方だし、一人部屋なら文句は言うまい。
寮の廊下を歩き、自分の部屋を見つけ出して一夏にじゃあなと言って部屋の扉を開ける。やっと寛げる、と肩の骨をゴリゴリと鳴らしながら部屋に入った。
「お帰りなさい。わたしにします? わたしにします? それともわ・た・し?」
部屋間違えたんだろうか。それとも疲労のあまり幻覚が見えたか。
水色の髪に真っ赤な瞳と端正な顔立ち、豊満な胸を強調するエプロン……まではいい。何故か服を着ている様子がない。
念のため廊下に戻り部屋の標識を確認するが、1025号室に間違いは無い。じゃあ幻覚か。
もう一度、今度はドアを蹴り飛ばして開ける。
「お帰りなさい。わたしにします? わたしにします? それともわ・た・し?」
まさかのテイク2。
別にリテイク出したわけじゃないんだよ。しかも幻覚じゃないよ、この裸エプロン。
「頂けるなら遠慮せずに頂くが、どうせドッキリとかハニートラップの類だろ。さっさと着替えて部屋から出てけ」
女の裸に耐性がないわけじゃない。葉月という恋人がいるわけだし、やることもやった。とにかく身軽になろうと、この女の横を素通りしてベッドの上に荷物を放り投げた。
「出てけって言われても、ここがわたしの部屋だしなぁ」
「じゃあ、今から俺の部屋だ。出て行ってくれ」
彼女に背を向けたまま、放り投げた荷物の中から歯ブラシやタオルを取り出しつつ適当にあしらう。
「どっちのもの、って訳じゃなくて。相部屋、わかる? 相部屋なの。よろしくねっ?」
「――いいからその場で動くな、更識楯無」
歩み寄ってきたその瞬間を逃さないよう、予め制服の袖に仕込んでいたバタフライナイフを取り出し、その女――更識楯無に突きつけた。
「ずいぶんと物騒なものを持ち歩いているのね」
扇子で口元を隠しながらも、不敵な微笑みでいう更識。
端から当てる気はないとはいえ、首元にナイフを突きつけられて躱す素振りも動じるそぶりも見せないとは、流石にロシアの国家代表。一筋縄ではいかないか。
「あんたは得体が知れない。入学前に代表候補生や専用機持ちの情報は一通り調べたが、あんただけは調べれば調べるほどに情報が錯綜した。まるで何者かが操作しているかのようにね」
「得体が知れない? なら自己紹介でもしましょうか」
更識の持つ扇子がバッと開かれ、その表面には「納得」と書かれていた。
全くもって仕組みの分からないそういう行動が、得体の知れなさを助長していると気付いているのだろうか。この女の言動からして、わざとやっていると言う可能性も否めないが。
「自己紹介なんていらない、目的を言え。わざわざロシアの国家代表が、それも得体の知れない謎の人物がルームメイトなら、予め連絡があるはずだ」
「話は追々するとしても、取り敢えずそのナイフを下ろしてくれないかな。私を殺せば、一生刑務所暮らしか実験台になるのは確定だよ? というかナイフを持ち込むのは違法だよ?」
目的を言う気もない。ナイフを突きつけられて反撃する様子も無い。ただドラマの警官のように、武器を棄てろというだけ。私を殺せばと言いつつも、殺されるとは微塵も思っていない。
「禁断の果実ほど甘く感じるんだよ。それに護身の為にナイフを持つのが違法なら、ISはどうなる。あっちの方がもっと危険だと思うけどね」
「そのあたりの線引きは曖昧だよね。ナイフとIS、違法と合法、犯罪の境界線っていうやつだけど」
俺の言いたかった話に同調して、その先を続ける更識。
「刑務所でもみんな同じこと言ってるよ。『逮捕しても無駄だ、来年原住民が大統領になれば俺は自由だ』って。でもね、合法だから正しいってわけじゃない。法が正しいってわけじゃないんだから」
油断させて暗殺でもする気だと思ったが、あろう事か教えを説く宣教師の真似事をしてみせた。この期に及んで、わざわざ殺そうとしてくることもなさそうだ。
それにこれ以上話し合っていても埒が明かない。生徒会長とは学園最強。最強にわざわざ挑みかかる選択肢も、不意打ちのチャンスを逃して今となってはあり得ない。
ここは素直に折れておくのが得策か……。
「はぁ……。わかったよ。全くもって信用する要素が出てこなかったが、俺も慣れない場所で疲れてるから、いい加減にそろそろ休みたい。だから、あんたがルームメイトでも文句は言わない」
「分かってくれたようで何よりだわ。さっきも言ったけど、ナイフは渡してもらえる? 先生には黙っておくから」
「さっきも言ったが、ISがあるならナイフ位些細なものだと思うけど」
「だーめ。そんな物で脅されたら、お姉さんびっくりして脱いじゃうかも」
じゃあさっき脱げよ。そんな新種の驚き方があるならぜひともお目にかかりたかった。脳内でツッコミを入れながら、袖口からナイフを取り出して更識に渡す。
「――ちなみになんだけど。君、異様に女性慣れしてるよね? とても15歳の男とは思えないくらい」
「8歳でも女慣れしている奴はいる。別に珍しいものじゃない」
「あと、一応お姉さんの方が先輩なんだ? さっきからお姉さんって強調してるんだけど、なかなか気づいてもらえてないみたいだから言うけど」
「希望があればその呼び方で呼ぶが」
「えっ!? じゃあさ、お嬢様……いやいやお姉ちゃんって――」
「希望無いんだったら先輩って呼びますから」
強引に呼び方を固定して流れを変える。先輩扱いしているのに敬語を使わないと文句を言われるのも見越して、一応は敬語に変えておいた。
こいつに発言及び行動の自由を与えた日本国政府は俺に謝罪する義務があるんじゃないか。のちの学園生活で何度も問題起こすタイプだろ。
「つれないなぁ。さて、なんか汗かいちゃったからシャワー浴びてくるね?」
「あぁ。俺は寝て――ます」
更識が口を尖らせて言い、少しだけ色気を感じる動作でシャワーを浴びてる来る宣言をした。ベッドに倒れこみつつ適当に返事を返す。
敬語にするのは面倒だなぁ……。いやほんとに。歳そんな離れてないし。
「……覗かないでね?」
「誘ってんのか」
バスルームの扉が閉じたの音を確認し、シャワーの水温が聞こえ始めてからベッドから起き上がり――
「なんで覗きに来ないの!?」
「いいからさっさと入れよ、本当に襲うぞ」
相も変わらず得体のしれないルームメイト、更識楯無との生活が始まった。
今度こそ更識がシャワーを浴び始めたのを待ってから、俺は電話をかけるために廊下に出る。更識に聞かれるより、知らない誰かに聞かれた方がマシな予感がしたからだ。
廊下に出て携帯電話を取り出そうとして、近くの部屋に人だかりができていることに気付く。野次馬の一人に声をかけると、ゆで蛸の様になりながら挙動不審に手をブンブン振りつつ答えてくれた。
どうやら一夏が同居人になった女に殺されかけたらしい。あっちにもロシアンなやばい人が潜んでいたのかと思ったが、同居人は篠ノ之だという。
「なんだ、ただの痴話喧嘩か」
情報を教えてくれた女子生徒に一言礼を言ってその場を離れた。
気を取り直して携帯電話を取り出し、電話帳から目当ての人物の名前を呼び出して電話をかける。
「――もしもーし」
「葉月の電話番号のはずなんだが、なんで綾乃が出るんだ」
「葉月ちゃんは一度日本に帰って来た後、また仕事に出かけました。で、何の用?」
更識と同じく人を食った態度をとる綾乃に精神的な疲れからくる頭痛を覚え、眉間を抑えながら言う。
「丁度いいか。綾乃にも報告しなきゃいけないことが幾つかある」
クラス代表を決めるための戦いを行う事、その相手が織斑一夏とセシリア・オルコットである事。そしてルームメイトが更識楯無であることを報告する。
「更識楯無についてはこっちからバックアップすることは無理ね。代表選出戦については何か作戦はあるの?」
「いや特にない。機体も学園の訓練機で行うことになる」
「訓練機で代表候補生に勝つつもり?」
「ブロンド如きに負けるつもりはない」
すると、綾乃は少し考え込むような沈黙ののちに言った。
「じゃあ紫苑の専用機を私が作ってあげるわ」
『犯罪の境界線』:楯無との会話から。