インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
俺は寝不足だった。
大事な決戦の前夜ではあったが特に戦いに関して緊張することもなく、むしろ楯無が夜這いしてこないかどうかで肝を冷やし寝つきが悪かった。
そして奴は、本当に夜這いしてきた。
まあ昼ドラでよく見る夜這いではない。
言ってしまえば寝つきが悪くなるほど警戒していたから、ベッドに入りこんできた段階でなんとか事なきを得てはいるのだけど、また別の事が残っているので相対的にみると事がなくなってはいるが、絶対的に事がなくなっていない。
その流れからいつも通り朝のランニングについてくるのは良しとしよう。だがなぜ今まで別にとっていた朝食にまでついてくるのか。
「はい。アーン」
「スプーン返せ。落ち着いて食事位させろ」
「敬語」
「返して下さい、早急に」
「だーめ♪」
……今だけ法律を変えてこいつを殺しても無罪にする方法はないだろうか。
そうだ、一人で殺したら犯罪でも、一万人で殺せば民主的に許されるぞ。更識楯無被害者の会を国家クラスの人数集めて楯無個人に戦争吹っかければ、日本政府も見て見ぬふりをするに違いない。
そうと決まればすぐに行動だ。俺は近くで席を探してきょろきょろしていた一夏を呼んだ。
「おい一夏。今すぐにお前の家族親戚側室ファンクラブ、片っ端から全員集めて日本政府に独立宣言してこい」
「出会いがしらで何言ってんの!?」
一夏が良い感じのツッコミを見せるが、引っ込みがつかなくなった俺は靴を脱ぎ椅子を演説台に見立てて立ち上がった。
「”我々は決して更識楯無を受け入れたりしない! 我々は生き続ける! 生き続けてみせる!”。今日こそ、我々は真の独立記念日を祝おうじゃないか!」
「ねぇ、紫苑くん。馬鹿な事やってないで、落ち着いて早く食べたら? 冷めちゃうよ?」
「誰のせいだと思ってんだ。最初から最後まであんたのせいだろうが。今度あんたの下着をオークションで売り払って小遣い稼ぎでもしてやろうか」
まるで素知らぬ顔を突き通す楯無の肩を掴んでブンブンと揺さぶる。犯されるー、とか言わなくていいから。犯さないから。
「えーと、その方はどなた?」
「その辺で拾ってきた猫。欲しいならやるよ」
一夏は楯無が何者か知らないらしく、適当に紹介した。ニャーンと悪乗りしている楯無のせいで困惑している一夏に真実を伝えておく。
「冗談。俺のルームメイト」
「更識楯無よ。生徒会長をしているわ」
扇子を開かれ、そこには「恐恐謹言」の文字が。恐れても謹んで申し上げてもいない。
「じゃあ俺そろそろ行くから」
「あ、じゃあわたしも行こうかな」
「先輩は来なくてもいいよ」
ただでさえさっきのアーンとかで注目集めすぎて、「なになに鳴海君と生徒会長ってどういう関係?」みたいなのも聞こえ始めている。ご存知の通りルームメイトだって。
「むぅ。せっかく良いデータあげたっていうのに」
「それについては感謝しています。でも先輩には生徒会の席があるでしょ」
「花も恥じらう乙女押し倒しておいてそれ!?」
「夜這いかけてくるような女に花が恥じらうと、本気で思っているんですか?」
「うわぁーん! 一夏くーん! 紫苑くんがひどいよぉー!」
明らかに作った声で一夏に泣きつく楯無。顔を真っ赤にしてそれを受け止める一夏、とそれをみて異様なまでに切れている篠ノ之。あっ、殴った。
……行くか。赦せ、一夏。
「織斑君の専用機が遅れています!」
山田先生によるとそういうことらしい。
俺と一夏は二つあるピットのうち片方にて、代表決定戦の為に待機していたのだが一夏の専用機は開発が遅れたのか輸送が遅れたのか、とにかく来るのが遅れているという。決してISの世代的に遅れているわけではないのだろう。
「じゃ、先に俺がオルコットをフルボッコにしてくればいいわけだ」
手鏡で確認しながら、額を出すようにして左右に分けられた長髪に赤のメッシュが一房だけ入れられた俺の髪を後ろでまとめ、ヘアゴムで結んだ。
「心配はいらないとは思うが……お前はまだISに乗って数週間の初心者。相手は代表候補生だ。気を抜くなよ」
「教師が一生徒に肩入れしていいんですか、織斑先生。実の弟である一夏にブラコンを発動させるならまだしも――いってええ!」
恐らく一夏の応援のためにピットに来ていた織斑先生から、この世の物とは思えない速度で出席簿が飛んできた。痛い。
「目覚ましはいらないです。いや、ほんとにもう起きてますから」
頭をさすりながらゲートの前に歩いていき、待機状態だったISを展開する。
スノー・アスタータタリクス。括りとしては第3世代の近距離射撃機体。
名前の通り雪のような純白の下地に紫苑色のスリットが幾重にも引かれている俺の専用機。通常の機体よりも長めの前腕部には、コアから直接エネルギーケーブルが接続されている。
生身の俺と同様の戦い方をするために、両手には取り回しに優れたサブマシンガン、太腿の付近にリロード用のマガジンと素早くリロードするためのスピードローダーを外付した。
「気を付けろよ、紫苑!」
「分かってる。むしろあまりにも早く終わりすぎて、お前の機体が届かなかった時のために先に謝っておく。ごめんな」
にやりと笑いながら、アリーナに向けて体制を変える。
「さてと。行ってくるか」
腕、脚、背後、全ての動作を加速するために通常の機体よりも過剰な程に多く設置されたすべてのスラスターを起動し、スノー・アスタータタリクスは空を走る。
ディスプレイの端にアリーナの座標が小さく表示される。綾乃の組み込んだ兵器がうまく機能していることに安堵しながらも、先に空中で佇むオルコットの正面へと進む。
オルコットの専用機、ブルーティアーズは長い銃身の武器を持つことからわかるとおり射撃を主体とした機体だ。情報収集の結果、背中についている羽のようなものが第三世代兵器であることもわかっている。
「あら、てっきり逃げ出したかと思いましたわ」
「俺も心配だったよ。お前が余りの恐怖に立ちすくみ震えあがり、ピットの隅で漏らしていたら掃除のおっさんが大変だと思うと……同情のあまり、気が気でなかった」
「相変わらず口の減らない――なら、お別れですわね!」
そう叫んだオルコットがレーザーライフルを構え、銃口を俺に向ける。真っ赤なウィンドウで警告表示が出るが、慌てることはない。銃口の向きから予測される射線軸から機体を反らす。集中する為にも、耳障りなアラート機能を解除した。
「さぁ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」
「わざわざ宣言するな。勝手に奏でて、勝手に踊ってろ」
右のサブマシンガンの銃口をオルコットに向け、レーザーの射線上からバレルロールで躱しつつ射撃を行う。オルコットの射撃は正確無比で、未来位置すらも予測している。一定の速度で加速しながら、不規則なリズムを加えることでかく乱しつつ回避を続けた。
レーザーライフルは謂わば、オートマチック・スナイパーライフルと同系統の武器。連射はできるが、一発ごとに必ず空白が生まれる。
そこが一つ目の弱点。
だが、まだ第3世代兵器を引き摺り出してない。再びスラスターを起動し、回避しながら射撃という当初の行動を続けつつ、セシリアに接近する。
「このブルー・ティアーズを前にして、初見でここまでよけ続けたのはあなたが初めてですわね。褒めて差し上げますわ」
「いちいち褒めんな。一生雑魚狩りしていれば良かったのに」
「全く――でも……そろそろフィナーレと参りましょう!」
オルコットの機体に取り付けられた、羽のような部品。それが機体から離れ自律稼働を始めた。
遠隔無線誘導式第3世代兵器、ブルー・ティアーズ。通称『ビット』
「漸くお出ましか」
本来であれば驚くところだろうが、下調べを入念に行う性質でよかったと心の底から思った。
ここで楯無から貰ったデータが役に立つ。彼女から貰ったデータは『もし楯無が遠隔無線誘導式の武器を使うとしたら』という前提でシュミレーションを行ったデータだ。学園最強の彼女が行う行動をスノー・アスタータタリクスに予め読み込ませておくことで、オルコットの行動パターンをあらかじめ絞り込もうという魂胆である。
全方位オールレンジ攻撃。1on1であるにも関わらず、多数戦を強いることで優位に戦闘を運ぶのがこの武器の強み。空中を自在に飛行するあの4つの兵器から放たれるビームを躱していると、確かに一度で四人を相手取っているような気分だ。
回避だけでは直撃も不可避と判断し、左前腕部のアームユニットにコアからエネルギーを供給し、シールドを展開する。飛来したビームがそのシールドに当たった途端に拡散し消え失せた。
「な、なんですの!? そのシールドは!?」
「何だと聞かれて滔々と武装の強みを語ると思っているのか――とは言わないでやるよ。電磁場シールド、覚えておけ」
シールドエネルギーをある程度消費することで発動できる装備。特定の方向に強力な磁場を発生させることで金属製の銃弾を受け止め、粒子化したビームを拡散し消滅させる。レーザーの様に強力な電場を持つものの場合受け止めることは出来ないが、荷電粒子砲などであれば完全に受け止めることの出来る強力な盾となる。シールドエネルギーを消費するとはいえ、まともにダメージを食らうよりましだ。
今までのように回避を続け、シールドも選択肢に加わることでダメージを受けることがなくなると同時に、オルコットの戦術パターンを下方修正しなければならなかった。
一つはビットがそれぞれ別の動作を行ってはいるが、一定のパターンがあること。
もう一つはビットを動かしている間、オルコットは行動出来ないこと。
楯無の戦術データにこの二点の修正を加え、回避に専念することを辞める。スラスターを噴射し、オルコットから距離を取って地表近くまで降りた。
「あら、ようやくお諦めになりましたの?」
俺が動きを止めたことでオルコットもビットをあたりに飛来させたまま、空中で静止する。強がりのつもりなのか、未だに見下したような発言をするオルコットに呆れつつも、ゆっくりとサブマシンガンの銃口を何もない虚空に向ける。
「いや――」
口を開くと同時に引き金を引き――
「――反撃開始さ」
銃口から放たれた弾丸の射線上に、軌道パターンの重なったビットが爆散する。
それを目視で確認した後、両方の前腕部のアームユニットから高周波振動ブレードを展開。両手を覆う程の大きさと長さを持つ両刃の武器だが、サブマシンガンの動きを阻害せずに近接戦を挑めるように取り付けた試作装備だ。
全スラスターを噴射することで瞬時加速にも劣らない――謂わば「擬似瞬時加速」とでも言うべきか――速度を出し、驚きに目を見開くオルコット目掛けて一直線に突撃した。
――射撃機に近接戦闘を挑むのは愚の骨頂と取られがちだが、実際はそうではない。近寄ってしまえば――特に銃身の長いライフルを持つオルコット相手ならば、接近すれば勝ちの目が見える。
それに加え、いくつも勝利を確信する要素があった。
ビットは自機に接近されるとビームを撃ちづらいこと、俺が一対多数の戦いを得意としていること、スノー・アスタータタリクス自体が近接射撃機であること、楯無から得たデータよりオルコットが劣っていること。
「仏と呼ばれた男を怒らせるとは相当なもんだな、オルコット!」
「ほ、仏ってなんですの!?」
高周波振動ブレードを振りかぶりながら叫ぶと、困惑したように聞き返される。辺りに飛び交いながらビームを吐き出すブルー・ティアーズをサブマシンガンで撃墜しながらも、なお距離を詰める。
「イギリス人にも伝わるように言うと仏は神だ。だから俺のことは以降、神と呼べ」
「くっ……インターセプター!」
量子化されていたショートブレードで受け止められるが、高周波振動により分子構造そのものを砕き切断する。切り裂いた運動エネルギーを殺さずに蹴りを加え、体制の崩れたオルコットに銃口を突きつける。
「良い加減に降参したらどうだ?」
「誰が……!」
腰に取り付けられていた銃口からミサイルが発射され、躱す間もなく直撃を受ける。崩れる体勢のままスラスターの点火で無理やり後退し、ディスプレイに表示されるシールドエネルギーを確認すると3割以上も削られていた。シールドエネルギーも爆発の衝撃までは殺せない。右腕の古傷が開いたような気分になった。
しかし初の被弾が不意打ちとは、流石に気を抜きすぎていたか。
銃口を向ける動作さえ確認できれば回避出来る程の距離に後退し、体勢を立て直したオルコットと再び対峙する。
「やるじゃないか、お返しに褒めてやるよ」
「ブルー・ティアーズをほとんど撃墜しておいて、よく言いますわね」
「賛辞くらい素直に受け取れ。それと一つだけ質問がある。今のが『隠し玉』か?」
「…………」
俺の質問に口を一文字に結んだまま、一言も発しないセシリア。
「沈黙は肯定と受け取る。それならこっちが隠し玉を使おうと、文句は言うなよ」
そう言って俺は、綾乃が取り付けたスノー・アスタータタリクスの隠し玉を起動する。
――アリーナ・観客席
更識楯無は自身のルームメイトの戦いを密かに観客席から観戦していた。長身に長髪、赤いメッシュを一房だけ入れた一見日本人には見えない、口の減らないルームメイトは代表候補生を相手取って、なおも手玉に取るように戦っている。
「おっ、ちゃんとお姉さんの上げたデータを活用してるね。偉い偉い」
ビットによるオールレンジ攻撃をシールドと華麗な回避を用いて凌ぎ切っている紫苑を見て、楯無は口を扇子で覆いながら「ふふっ」と笑った。やがてセシリアに銃口を突き付けるが、逆にミサイルの直撃を受ける紫苑を見て、今度は顔全体を扇子で覆い隠し「あちゃー」と項垂れる。近くの女子が好三割奇七割の好奇のまなざしで楯無を見ているが、彼女にとって周囲の目線というものは大して気にならないようである。
「さて、ちゃんと止めを刺さないとオルコットさんは諦めなさそうだよ……?」
再び対峙し合い、いくつか言葉を交わしたと思えば急に紫苑の機体、スノー・アスタータタリクスが淡い光を放つ。突然の光に目を細める楯無であったが、次の瞬間には驚愕に目が見開かれる。
「――ッ!?」
今の今まで紫苑がいた場所から、彼は完全に消え去っていた。――いったい何をしたの、紫苑くん。
――アリーナ・鳴海紫苑
篠ノ之束が初めてISを発表したとき「夢見る小娘」などと言われていたようだが、俺からすれば汐澄綾乃の方がよっぽど夢を見ていると思う。綾乃の目指していた物は宇宙への進出よりもさらに馬鹿げていて、荒唐無稽なもの。
彼女が夢見ていたのは過去への旅立ち。即ちタイムトラベルだった。
そして綾乃はその研究の過程で、ある発明をする。それはテレポートと呼ばれるもので、綾乃の理論では「タイムトラベルは同じ空間軸上の別の時間にある二点を入れ替える」もの。テレポートは「同じ時間軸上の別の空間にある二点を入れ替える」もの。
しかしエネルギーの消費が激しい上に、座標の計算には何エクサバイトもの計算が必要であり、実用化の目途は立っていなかったのだが、ISのコアを手に入れたことで事情が変わった。特定の地図と座標を予め本体メモリに保存しておき、ISだけをテレポートの対象とすることで敷居を下げた。
今回の戦いで予め設定されていたのはアリーナ全域。本来のテレポート装置よりも遥かな劣化版ではあるが、その装置をスノー・アスタータタリクスに装備したのだ。いわば、このテレポートこそがスノー・アスタータタリクスに装備された第3世代装備。それを俺は使用した。
そして今、俺はセシリアの後ろに転移している。裏を取ったこの状況で止めを刺してもいいが、どうせなら完全な敗北を突きつけてやりたい。
「こっちだ、オルコット」
わざと自分の位置を知らせ、再び高周波振動ブレードで切り掛かる。それで決まりだと思っていた俺は、驚きと共にオルコットに対する評価を変えざるを得なかった。
声で気づかせたとはいえ、呆然としていたはずの状況から一瞬で銃身による防御を敢行する反応速度は、代表候補たりえるものだった。
「――ッ!いったい何をしましたの!?」
銃身でブレードを受け止めながらオルコットが叫ぶ。
もう返答している余裕はない。テレポートには莫大なエネルギーを使用するのだ。この機を逃せば、負ける。そしてわざと嘗めた真似をして負けるなど、ありえない。
受け止められた右腕のブレードはそのまま鍔ぜり合いの状態にし、開いている左のサブマシンガンをフルオートで放つ。右手の銃を離しオルコットの腕を掴んで、捻りあげたまま再び背に回り、スラスターを点火。
残り全てのエネルギーを推力に回したその速度によるGは、骨の軋むほどに強い。
つまり、相手が逃げられないほどの速度ということだ。
最高速度でオルコットを地面に叩きつけ、うつ伏せで倒れている彼女を起こさないように頭へ銃を突きつける。
「今度こそ、言うセリフがあるだろ」
「……降参ですわ」
オルコットが諸手を挙げて降参の仕草を取ると同時に、アリーナに間の抜けた音が鳴り響く。
「試合終了! ――勝者、鳴海紫苑!」
さながら時が止まったような静けさから、耳を聾さんばかりの大歓声。その中で俺はオルコットに手を貸して、助け起こす。
「手荒にして済まなかった。痛むか?」
「――ッ!? だ、大丈夫ですわ!」
そういえば男嫌いなんだっけ。 気を使って、それを断られると流石に凹むな。
「悪かった。俺はピットに戻るよ」
オルコットの手を離し、残りわずかなエネルギーを総動員しピットへ向かって飛び立った。
『Run Through the Sky』:空を走り抜ける。出撃するときの地の文。