インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
「というわけで、クラス代表は織斑君に決定しました!」
「わー」「きゃー」「え?」「いえーい」「もやし」「ぴー」
例によって俺の耳に入ってきて、脳内に伝わるまでにどこかしら変換されているかもしれないが、おおよそこんな感じの大歓声と疑問の声だった。言うまでもなく疑問の声を上げたのは一夏である。
朝のSHRで山田先生がクラス代表が決まったと言って話し始め、寝起きに買った抹茶オレをせめて織斑先生が来る前に飲みきってしまおうと、ストローを取り外して流し込むようにして飲んでいるとさっきの大歓声が聞こえたと言うのが前置きとなる。
「えっ。俺、紫苑に勝ってないよね?」
「負けた覚えも、不思議なことに勝った覚えもないが、そんな事より俺は抹茶オレとかいう人類の叡智に感動を覚えてるんだ」
最後の一滴まできっちりと飲み、予め席の真後ろに設置しておいたゴミ箱目掛けて後ろ向きにシュートを決める。ガサッという音と共に後ろを振り返ると、綺麗にゴールしている。嬉しくなって、ついガッツポーズも決めた。
「しかも俺、オルコットさんに負けたよね?」
「ついでに言ってしまうと俺はオルコットに勝ったけど、そんな事より背面シュートを決めたことについて誰かに褒めてもらいたい気分」
椅子の足の一本を軸にクルクルと回ってみた。
みんながが笑ってる。お日様も笑っている。俺も釣られて笑った。
「「「あはははは」」」
「で、なんで俺がクラス代表なんですか?」
歓声から笑いへとあんなにも騒がしかった教室に、虚しい静けさが広がった。
場を取り持つように山田先生が口を開く。
「えーっと、それはですね――」
「わたくしと鳴海さんが辞退したからですわ」
ブロンド代表候補生(馬鹿なブロンドから格上げした)セシリア・オルコットが良く通る声で山田先生の言葉を打ち消しつつも続ける。
「確かにわたくしは一夏さんに勝ちました。ですが一夏さんは数多くのハンデを抱えつつも、代表候補生であるわたくしにあそこまで食い下がった。その事実、潜在能力を踏まえればクラス代表に最もふさわしいと判断したまでですわ」
「右に同じ」
クルクルと回りすぎて目が回りかけたので、肘を机について誤魔化しつつオルコットの言葉に賛同する。
「なにせこのセシリア・オルコットを追い詰めたのですから、今はまだ初心者そのものの腕前もいずれクラス代表に相応しいものとなるでしょう」
――凄い上手くまとまっているから口を出しづらい雰囲気になって、もしかして自分の経験は偽りの物なのかと疑いたくなってきたから念のため確認。
オルコットとの試合を終え、ピットに戻った俺を待っていたのは一次移行も終えていない専用機に乗り込んだ一夏と篠ノ之だった。
あー、そうか。そういえば連戦かー、オルコット大変だなーと思っていると、織斑先生がやってきて「早くメンテナンスを済ませろ」などと言ってきたので困惑。もしかしてこの後に一夏戦が待ってるの? えっ、オルコット叩き潰せれば最初から満足なのに。などと思い始めている間に試合開始。
早くもメンテナンスを済ませたオルコット(心なしか高慢ちきな部分が薄れていた)と一夏が激しい攻防を繰り広げていた。
ちらっ、と篠ノ之・織斑先生サイドを見てみると試合に夢中だったので、こっそりとピットを脱出。そのまま自室で惰眠を取っていた。なので、辞退したと言うか代表資格を失ったと言うべきか。
なんて、今更この場に真実を伝えたらどんな顔で見られるか。想像しただけで真顔になる。
ともあれ、オルコットがうまいこと纏めてくれているのでそれに便乗しておこう。決定したという事は、織斑先生が決めた事なのだろう。ならば俺がサボったことが責められる事はないんじゃないか? 大勝利?
目が回りかけていた状態から脱却し、教壇のほうを見やるといつの間にか織斑先生が来ていた。
「では改めて聞こう。クラス代表が織斑一夏であることに意義のあるものはあるか」
誰も手を挙げない。オルコットの演説を聞いた後じゃ、反論する奴も出ないだろう。すべて丸く収まりました、めでたしめでたし。
「――鳴海。あとで職員室に来い」
何も丸く収まっていなかった。
「で、どういうつもりだ?」
「質問の意図が計り兼ねますがマム」
職員室で織斑先生に圧迫面接宜しく、途轍もない圧力を掛けられながら尋問を続けられていた。足を組んで士官学校の教官を彷彿とさせる彼女は随分とその姿が堂に入っていた。
おかげで言動が士官学校の時に近くなってしまう。
「クラス代表戦の時に逃げ出したことだ。何か言い訳でもないのか」
「ありませんマム」
「馬鹿にしてるのか」
「してませんマム」
この理不尽さ、本当にどっかで教官でもしていたんじゃないのか。
「まあいい、そちらは済んだ話。問題はお前のISについてだ」
「搬入時にお渡しした資料にすべて記載してあるはずですが」
「全て読ませてもらった。だがあの資料のどこにもテレポートできるなどという記載はなかったぞ」
ここで知らねえよとか言ったらどうなるんだろう。トゥームストーン・パイルドライバーで済むといいなぁ。
「汐澄インダストリーの機密情報で、未だ開発中の技術であるためです。使用したのはISのコアとの同調チェックをしろという命令が出たためで、ISコアの提供者であるドイツ軍の了承も得ていると聞いています」
しかし俺は茨の道を進む気はないので、無難な回答を選んでおく。
スノー・アスタータタリクスは葉月が強奪したISのコアを「ドイツ軍の了承付き」で初期化再設定したもの。当然、搭乗データや武装データも明け渡すこととなったが、ドイツからすれば男性搭乗者のデータは手に入る上、テレポートという技術も手に入る。
綾乃にもISのコアが渡り、思いのほか穏便に事を運べることとなった。
「学園に所属している機体は情報の開示義務がある。まだ話していない事がある、という事はないよな?」
「銃弾を花に変える機能くらいならありそうです。お披露目の日には花束にして先生に差し上げますよ」
適当に冗談を言って躱そうとするが、相手は一夏曰く関羽。三国志の英雄に冗談は通用せず無慈悲な出席簿が振り下ろされ、無慈悲にもクレーターが出来た気がした。
頭をさすりながら衝撃に瞑った目を開けると、仏頂面のままこっちを見つめる織斑先生が言う。
「……お前はいつも無理に明るくふるまっているように見える。お前がどんな状況で育ち、生きてきたかは聞いているが、ここは学園だ。先生たちも生徒も家族だと思って、何か考え事があったら頼ってもいいんだぞ」
「えぇ、では困ったことがあれば」
話は終わったと考え、職員室を後にしながら一人思う。
――本当の家族は、もうとっくに死んだんだ。
夕食が終わり、食堂を貸し切ったところまで場面は飛ぶ。
「織斑君、クラス代表就任おめでとう!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
企画者と思しきクラスメイトが音頭を取り、グラスがカチンとぶつかる音と鳴り物がパフパフと音を立てて一夏に祝辞を送る。
パーティ会場の中心でクラスメイト達から祝われている一夏を遠目に眺めながら、どう盛り上がればいいのか分からず端の方でのんびりとお茶を飲んでいた。味も俺も渋い、などと考えてみて、いやそれは俺の本音じゃないと弁解する遊びをしている。
本音と言えば俺の目の前の少女。クズリのような動物を模した服の袖をぶかぶかに余らせた彼女の名は布仏本音、通称のほほんさん。その名の通り、マジでのほほんとしてる。パーティなのに盛り上がらない俺の前にいる時点で「のほほんさん」の「のほほんさ」はよく分かるだろう。
「ナルミーはさ~」
不思議なニックネームで俺に話しかけるのほほんさん。
「なんであの中に混ざらないの~?」
「拷問か地獄にしか見えないから。一夏の顔見てみろよ。祝われてるのにも関わらず、あそこまでめでたくない顔が出来る奴はそうそう居ない」
コップを持った手で一夏の方を指す。成り行きで就任したのだから気持ちは分からないでもないが、せめてものすごく不機嫌そうな顔をしている篠ノ之の気を察してやるくらいはしてやれ。
「そういうところはやはり見た目どおりなのですね、鳴海さん――いえ、紫苑さん」
どこかの令嬢を彷彿とさせる口調で話しかけられ、声の主を探すとそこにはオルコットがいた。
「オルコットか。お前もパーティは苦手なのか?」
「パーティは苦手ではありませんが、貴方に一つ無礼をお詫びしたくて参りました。先日までの無礼な振舞いをどうかお許しください」
そう言って土下座でもするのではないかという勢いで頭を下げる彼女に、一つの疑問をぶつける。
「……俺が完膚なきまでに叩きのめし、一時移行もまだな初心者の一夏に追いつめられたことで昨日まで学園にいたセシリア・オルコットは殺され、そのクローンであり性格の180度違うセシリア・オルコットが転入してきたとか、そんなSFチックな話じゃないよな?」
「いったい何の話ですの!」
「おぉ、いつものセッシーに戻った~」
腰に手を当て、豊満な胸を張り聞き返す彼女に、のほほんさんが相も変わらずのほほんとコメントする。
「そっちの方がオルコットっぽい。お前を調べたときに男を見下す原因は分かってたから、特に意見を言うつもりもなかった。ただ個人的に腹が立ったから決闘に乗っただけで何も怒っちゃいないし、謝られる筋合いもない」
そこで一気にお茶を呷って続ける。
「ただ一つだけ言いたいのはその口調だオルコット。今時、変な口調でキャラ付けとか小学生でもしねえぞ」
「……口調に関しては、これがわたくしだと思って諦めてくださいな」
ですが、と前置きしてオルコットは真剣な眼差しで俺を見つめる。
「貴方のお陰で男性への感情が変わったのです。謝るのが駄目ならば、せめて感謝の気持ちを送らせてください」
「キスでもしてくれるのか?」
「しません! 茶化さないでください!」
「シリアスな空気苦手だし、オルコットの話し方疲れる」
空になったコップを手に新たな中身を注ごうと視線を彷徨わせると、オルコットは真っ赤な顔で俺の袖をつかんで言った。
「セシリア、とお呼びください紫苑さん。わたくしばかり名前で呼ぶのは対等な関係ではありませんわ」
「よく分からんがセシリア、その手を離してくれないと飲み物が取りにいけないんだ。袖ならあとで切り取って部屋に届けるから、取り敢えず離してくれないか」
バッと空を切る音と同時にセシリアが手を離す。
――昨日まで険悪な中だった彼女と和やかに話すなんて、いったい何をやってるんだろうな……。
自己嫌悪に陥りそうになったそのとき、賑やかな声でパーティの中に躍り出る影があった。
「はいはーい、新聞部でーす。話題の織斑一夏君がクラス代表になったと聞いてインタビューに来ましたー!」
山のような女子達でもはや海と化していた中をかき分けて、一夏のもとにその声の主はたどり着く。新聞部と書かれた腕章をかけ、その上で縁なしのメガネもかけた女子生徒の登場でパーティは更なる盛り上がりを見せた。
「あ、私は黛薫子。よろしくね。新聞部の副部長やってまーす。はい、これ名刺」
そう言いながら一夏に彼女は名刺を渡す。その光景を見ながら「まゆずみかおるこ」という字面を想像して、どっちが「まゆずみ」でどっちが「かおる」か分からなくなった。小学校で自分の名前を書くとき、ほぼ確実に苦労したことが容易に想像でき、彼女の両親が性格悪いことに形而上の涙を流す。
「じゃあ織斑くん、クラス代表戦に向けて一言どうぞ!」
「えっ? えっーと、精一杯頑張ります!」
「そんなありきたりな言葉は求めてないんだけど、まあいいや。……彼は『視点を変えれば不可能が可能になる』とハンニバル将軍の言葉を引用して意気込みを見せた、と」
「ちょっ、なんですかそれ!」
新たに注いだお茶を飲みながら二人のやりとりを盗み聞く。黛という上級生はどうやらマスコミとしての才能を既に発揮しているようだ。
ちなみに俺はマスコミに恨みしかない。ISを動けると知った時に口八丁を並べた恨みは忘れることはないだろう。特に俺の趣味が夕方のバーゲン漁りと書きやがった記者に関しては、いつか社会的に殺すメモに書き加えてある。
「じゃあ次は……おー、いたいた。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットちゃんお願いしまーす」
マスコミ女がセシリアを見つけて歩み寄ってくる。この流れは俺も来るパターンだ。今度からセシリアのブロンドヘアーは黒に染めるようにきつく言っておこう。目立って仕方ない。
「ふふん。このわたくしからコメントを――」
「やっぱいいや。適当に捏造しとく」
マスコミ薫子が堂々と捏造宣言をして、ペンを走らせる。
「最後に――赤メッシュイケメンの鳴海君!なにかコメント頂戴!」
セシリアのことを言えないほどに赤メッシュはやっぱり目立つ。染めよう。
ふと今後のヘアスタイルについて考えながらも、彼女の質問に答えるべく口を開く。
「すべてを今すぐに知ろうとは無理なこと。雪が解ければ見えてくる」
「……ロマンチック。だけど、随分スラスラと言えるものだね?」
「毎晩練習してますから。よければ今夜、お見せしましょうか」
この学園のマスコミを懐柔して自分の都合のいいことを書かせるべく、黛薫子籠絡作戦を決行した。髪をかき分け、口説き文句を言い放つ。が――
「浮気だ! お姉さんに引き続き、また年上を狙ってる!」
「……変だな。この学園ではコアラを飼っていたのか。しかも水色の体毛が頭にだけ生えているレアものだ」
背中に飛びついて来たコアラのような生物を振り払おうとするが、すればするほどしがみ付く力が強くなる。
「いてっ、痛いって。あっ、黛先輩、ここカットでお願いします。ちょ、待ってマジで痛い。いたたたたた!!! 離せ楯無! いや、離してください楯無先輩!」
楯無がしがみ付いているせいで肋骨がメリメリと軋む音をたて、俺の鋼の精神は瓦礫よりも粉々に崩れ去った。
やっとの思いで振り払ったとき、黛先輩が物凄い勢いでメモ帳にペンを走らせていることに気付き、籠絡作戦が失敗に終わったと悟った。一縷の望みをかけ、セシリアに希望のまなざしを向けるが、セシリアの放った言葉は
「紫苑さん、そのお方はどなたですの?」
生徒会長だよ、お前らの。
そう答える間もなく、楯無が自ら自己紹介をする。
「紫苑くんの婚約者よ!」
「家族の待つ動物園に帰れコアラ!」
『家族の肖像』:家族をふと思い浮かべてしまったので。実際に写真や絵画があるわけではありませんが。