インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐   作:譲葉松風

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第7話  願いの存在

 どんちゃん騒ぎのパーティから一夜明け、恒例となったランニングに向かおうとベッドから起き上がる。隣のベッドを見やると楯無は珍しくまだ熟睡していた。

 昨日は本当に騒いでいたからなぁ。一夏、セシリア、俺のスリーショットにも混ざろうとするし、そのせいでクラス全員が紛れ込み、結果としてクラス写真+生徒会長とかいうよくわからない絵面が出来上がるし。

 無理に起こすのも可哀想なので、久し振りに一人で走ろうと部屋を出る。最近は話しながら走ることが多かったからか、土を蹴る音だけがBGMというのは何とも物足りない気分だった。

 ノルマの半分を走り終え、休憩がてらに木陰に腰を下ろす。ポケットから煙草の箱を取り出し、うち一本を口に咥えて火を点けた。ニコチンの作用で自律神経の働きが活発化し、立ち上る煙を眺めていると自然と落ち着いてくる。息を吐き出しながらその場に身を委ね、耳をすませて風が木々を揺らす音を聞く。

 

 ――その音の中に、決して風が鳴らしたわけではない木々や葉がこすれる音が聞こえた。

 

 「――誰だ?」

 

 その瞬間、勢いよく飛び上がり楯無に取り上げられたナイフの代わりに、食堂から失敬しておいたフォークを音の発信位置へ向ける。些か滑稽な光景かもしれないが、無いよりはましだ。

 じっとその場所をにらみ続けていると、木洩れ日の中に懐かしい顔が現れた。

 

 「やっほ」

 「――葉月? なんで、どうしてここに」

 

 ブラウンのセミロングに切り揃えられた髪、純白のワンピースという服装で突然現れた恋人に動揺しながらも彼女に近づくと、葉月は厳しい眼差しで言う。

 

 「ずっと見てたよ。キミが更識楯無と一緒に走って、仲よくして、挙句の果てに押し倒したところも」

 「待って、待ってくれ誤解だ。いや押し倒したのは事実だけど、お前が思ってるようなことじゃない」

 

 葉月の質問へ自分でもわかるほどに狼狽しながら答える。だが葉月は先程までの真面目な表情とは打って変わって、輝くような顔で笑う。

 

 「冗談。わかってるよ、キミにそんな度胸がないことくらい。世界で誰よりも知ってる」

 「恥ずかしくなるようなこと言うな」

 「恥ずかしくなることならもっと知ってるよ。焦れば口数が増えるし、自分を大きく見せようと尊大な態度を取るし、かと思えば仲間思いだし――」

「――分かった、もういい分かった! それより質問に答えてくれ、どうしてここにいる?」

 「綾乃さんに聞いてない? 私は任務に行ってるって。で、これが任務。キミを陰ながら見守ってるの」

 「じゃあなぜ姿を見せなかった?」

 「言ったでしょ、陰ながら見守ってたの。いつもはほら、あの女の人がいたし。――って噂をしたら来ちゃったよ! じゃあね!」

 

 俺の背後を見つめて驚いたかと思えば、途轍もない速さで走り去った。後ろを振り向いて、もう一度葉月のいた方に向き直ると既に影も形もない。呆然として取り落とした煙草をつま先で消していると、後ろから誰かに声をかけられる。

 

 「ごめんね、寝坊しちゃったよ。ね、誰と話してたの?」

 

 声の主は楯無だった。ランニング用のラフな服装でそう問う彼女に俺は一言で返事をする。

 

 「風と」

 「馬鹿なのかな?」

 

 俺を追いかけてきた女はあまりにも辛辣だった。

 

 

 

 

 

 

 

 楯無と共に残りのランニングを終え、いつものように朝食を済ませた後、俺はスノー(スノー・アスタータタリクスだと長すぎるといって楯無がニックネームを付けた)の調整をする為に整備室に来ていた。

 

 「誰かいないかー」

 

 シーンと耳鳴りのような音が響く。虚しい。

 仕方ない、適当な工具を借りて自分で調整することにしよう。昨日のうちに纏めておいたスノーの調整箇所リストを取り出し、必要な機材を探そうと辺りを見回す。すると、物陰にちらりと水色の毛が見えた。

 楯無か……と、漏れ出るため息。

 

 「またあんたか、クソビッ――」

 

 びくりと震える水色の髪の毛の持ち主。恐る恐るといった様子でこちらを向く彼女は、何故かメガネをかけていた。

 

 「心なしか背縮んだような気がする」

 

 彼女に近づいてよく観察しようとするが、うっすらと疑問が浮かぶ。いつもなら俺が気づく前に襲い掛かってくる彼女が、物陰でずっと黙っているだろうか。

 そもそも何故整備室にいる? なんでメガネ? そしてなんで外に撥ねているはずの髪が、今日に限って内側に撥ねている?

 ここから導き出される答えは――

 

 「もしかして、人違い?」

 

 顎に手を添えてそう疑問をぶつけると、楯無のそっくりさんは首が縦にスピンして吹っ飛ぶ勢いでその疑問を肯定する。

 

 「その頷き方を見るに、どうやらこの世で最悪な間違え方をしてしまったようで、すまない。謝るよ」

 「だ、大丈夫……」

 

 見たところ非常に内向的な女性らしい。騒がしい女よりはよっぽどましだが、コミュニケーションくらいは取れることを願う。今ここにいる人間は彼女だけのようだから、彼女に調整の手伝いか器具の場所を教えて貰う必要がある。デート程ではないにしろ、口説かなければらない。

 だがこういったタイプは必要以上に他者の仕草や態度を観察している。昨夜の黛先輩を口説いたような誘い方をすれば、地雷を踏んだに等しい。制服の特徴を見たところ一年生だから整備科ではなさそうだが、わざわざ整備室にいるということは整備するISを所有していると思われる。つまり専用機持ち、代表候補生クラスの人間ということだ。

 

 「君はいつもここにいるのか?」

 「自由な時間がある時は……」

 「だから朝早くに居るわけだ。実はお願いがあってね、俺のISの整備をしに来たんだけど、勝手がわからなくて困ってる。少しで良い、整備を手伝ってもらいたいんだ」

 

 コクコクと小さく頷く。すごい良い子だった。

 

 「ありがとう。じゃあ早速だけど教えて貰えるかな」

 

 自分でもわかるほどの作り笑いだがとりあえず笑っておく。彼女はおどおどしながらも手で案内を始めた。

 

 「君のクラスは何組?」

 

 指し示された場所のコンソールを起動しつつ彼女にそう問いかける。

 

 「わ、わたし? 4組だけど……」

 「4組か、結構遠いな。あ、俺は一組の鳴海。今更だけど」

 「うん、本当に今更……」

 

 流石に男子生徒って時点でバレバレか。一夏と俺はキャラも違うし、知れ渡ってるのもうなずける。スノーを整備ステータスで展開し、身に纏わない状態でその場に現れた機体にコンソールを繋ぐ。

 

 「今度のクラス代表戦、君は4組代表で出るんだろ?」

 「う、うん。――ってなんで知ってるの!?」

 「専用機持ち以外の一年生が整備室に用があるとは思えない」

 

 なるほど、と得心が言った様子の彼女。外見は楯無そっくりではあるが一つ一つの動作がかけ離れている。

 兎にも角にも、4組が専用機持ちなのはわかった。ついでに記憶にある専用機の情報から目の前の人物が誰か探ろうと脳内検索を試みる。

 3年と2年に数人いるけどこれは省いて、セシリアも省き、残ったのは確か更識――

 

 「更識!?」

 「えっ、な、なに!?」

 

 更識じゃん!日本の代表候補生の更識 簪じゃん!楯無の妹じゃん!

 

 「このたびは大変ご機嫌麗しくグーテンモルゲンな感じのボンジュールでございまする」

 「は、はぁ。どうも」

 

 前日比+2の動揺に簪――更識だとどっかのあいつと被る――は乗ってくれたけどその優しさが痛い。

 

 「簪さま。私めは、貴方様のお姉さまのルームメイトでして」

 「――えっ?」

 

 簪の顔つきが目に見えて変わる。ウソだろ、ここ地雷かよ。対処しないと、えっと地雷を踏んだ時の対処は踏んだまま、バネをナイフで押さえつけて爆薬を撤去する、だったか。

 

 いや無理だろ。物の例えで地雷って言ってるだけで、こっちはむしろ踏んだままとかアウトだろ。

 

 徐々に何を使用が無駄な気がして、どうでも良くなってくる。

 

 「――いやもう妹とか姉とかどうでもいいわ。触れちゃいけない話だったの分かったけど、どうでもいいから手伝ってくれ。今度何かするから」

 

 吹っ切れると対応が普段通り辛辣になるのだ。仮面をかぶったままとか無理。ガラスの仮面はピキーンと割れる物なんだ。

 

 「どうでもいいの?」

 「まだ掘り返すのか。あぁ、どうでもいい。どっちに手伝ってもらいたいとか特にないし。この場に限り言うのであれば、整備得意そうなお前に頼みたいし。何より楯無に頼みごととかしたら、見返りに何求められるか分からないから無理」

 

 濁流の様に言いたいことを言ってしまうと、簪はぽかーんとしてた。気持ちが分からないでもないが、さっさと用事を済ませたいところなので要件を言うとするか。

 

 「で、まあ整備っていうのがスラスターの稼働比率がどうもおかしい。無茶して地面に特攻したせいか、ウィングスラスターなしで高軌道を実現しようとしたせいかは分からないが、バックパックスラスターが先に点火して、あとから残りのスラスターが動く感じ」

 「……えっと、多分お姉ちゃんに聞いた方が――」

 

 また、それか。

 

 「言っただろ、お前に頼みたいって。頼みごとをすんなりと受け入れてくれた割には無責任だな。お前の何が姉貴コンプレックスの原因かなんて知るか。いいよ、自分一人でやるから」

 

 我ながら面倒な女に絡んでしまったものだ。ここまで面倒な地雷があるなら最初から名札代わりに「私は面倒な女です」とか書いてぶら下げておいてほしい。全くもって腹立たしい。

 コンソール接続――量子触媒反応スタート――……

 

 「……なんだ?」

 

 じっと見つめる簪の視線に気づく。

 

 「――あなたの戦闘データ、特にビットを撃ち落とした時のデータさえくれればさっきの問題を全部解決してあげる」

 「断る。なんでわざわざ塩を送らないといけないんだ。あと立場をわきまえて質問してほしい」

 

 コンソールに指を走らせながら言った。顔には出ないように努力はしているが、戦場だったら手持ちのグレネードを全て放り投げて火遊びをするくらいには怒ってる。

 

 「――お願いします、戦闘のデータと……交換してください」

 

 えっ、泣き出しちゃったよ。どうしよう。

 

 「あー! ナルミーがかんちゃんのこと泣かしたー!」

 

 突如乱入してきたのほほんさんがご丁寧に現在の状況を叫んでくれた。のほほんとした声で。

 その後取りあえず簪を泣き止ませ、事情を聴く。纏めるとこうだ。

 

 1.楯無、自力でISを創り上げる。お姉ちゃん凄い。私みじめ。

 

 2.私頑張って代表候補生になった。でも突如現れた男子に自分の専用機を作ってくれていたスタッフ奪われて専用機製作放置。私みじめ。

 

 3.お姉ちゃんと仲良くできない。あの男性生徒、織斑一夏しね。私みじめ。

 

 「んなこと知るか」

 「ええ~~!?」

 

 のほほんさんが大げさにのほほんと驚くが、この際無視する。

 

 「お姉ちゃんとうまくいかない? 知ったことかさっさと腹を割って話せ、女性様だろうが。専用機の製作が捗らない? 早く楯無や友達に相談するなりして手伝ってもらえ。お前は更識 簪で楯無じゃない、なんで同じ道をたどろうとするんだよ意味が分からない。一つの事で敵わなかったらほかの事で勝てるようにするのはダメなことなのか?あぁ?」

 「で、でも――」

 「でもじゃねーよ鬱陶しいな。分かったよ、手伝えばいいんだな? そうすれば一応は面倒な状況が終わるんだな? 署名は要るか? なんなら血判でも押してやろうか?」

 「い、いい! 大丈夫です!」

 

 そうして俺は更識 簪の専用機「打鉄弐式」の製作を手伝う事となった。

 ――良いように使われてる気がするが気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 整備室での一件を終え、普段通りの時間に教室に入ろうとすると入口の辺りがやけに騒がしい。耳を澄ませて何をやっているのか聞いてみよう。ふむふむ――

 

 「――その情報、古いよ」

 

 今情報を仕入れ始めたばかりなのに古いと言われてしまった気分だ。

 

 「リン? リンじゃないか!?」

 

 リンというらしい。なるほどリンちゃんね。うちのクラスにはそんな名前はいなかったはず。一夏の驚き方からして知り合いと再会したとみるのがいいだろう。という事は転校生か。

 推測をしながら教室のドアに近づく。どんな顔なのか見ようと、人だかりができている方の入口から入ることにした。

 

 「盛り上がっているところ悪いが道を開けてもらえるか」

 

 人だかりをかき分け渦中の人物を探す。一夏がいて、セシリアと篠ノ之もいて。リンちゃんとやらは――あぁ、こいつか。ツインテールで茶髪を束ねた小柄で獰猛な目つきをしている見慣れない彼女こそがリンちゃんというわけだ。

 

 「遅かったな、紫苑!」

 「遅刻ギリギリだから遅くはない。いつも通りだろ?」

 

 一夏が俺を見て挨拶をし、それに返事をするが目線はリンちゃんから外さない。彼女が何者か知るまでは。

 

 「――へぇ、あんたが噂の二人目って訳ね」

 「あぁ。噂の有名人とは俺こと鳴海紫苑だ。握手は普段だと金取ってるんだが、今回は特別に無料でしてやろう」

 「宣戦布告って訳ね。あんたの戦いっぷりは動画で見たわ。凰 鈴音よ、よろしく」

 

 おぉ、見かけによらず力強い握手だ。

 うちのクラスに転入してきたわけではなさそうだし、俺の情報収集もこなしている。厄介そうだ。

 

 「転入できたという事は代表候補生、名前の発音からして中国人。中国の代表候補生が転入してきたとなると、一夏の優勝もとい1組の食堂フリーパスはかなり厳しくなってきたか」

 「えぇ、勝つのはあたし達2組よ!」

 「そうならないように一夏を鍛えるのが俺とセシリアの役目だ。で、話は変わるんだが早く自分のクラスに帰らないと、織斑先生がフルスイングで君を殴ることになるぞ」

 「えっ、このクラスの担任千冬さんなの!?それを早く言いなさいよ!」

 

 そういうと凰はその身軽な見た目に相応しいすばしっこい動きで走り去っていった。

 ――にしても千冬さん、ね。一夏と織斑先生の顔なじみか。

 

 同じく顔なじみの篠ノ之姉が何か吹っかけてこなければいいが。

 




 『願いの存在』:いつの日か読み返したときに「なるほどなー」と思っていただけたらいいなー。
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