インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐   作:譲葉松風

8 / 21
第8話  重黒の足音

 凰との一件の後、退屈極まる授業を終え一夏たちと食堂で昼食をとっていた。授業では専用機持ちが見本を見せるとかいう面倒なシステムになってしまったせいで真顔になっていた。いや本当に真顔だった。だって一夏が着陸時の加速ミスって大穴空けるし。

 

 「はい、どうぞ紫苑さん」

 「あ、あぁ。ありがとう」

 

 食堂でいつものように適当なものを買って食べようかと思っていると、セシリアが包みを取り出して突き出してきた。まさか爆発物を手渡しで渡してくることもあるまいと、素直に礼を言って受け取っておく。

 

 「――サンドイッチ?」

 

 包みを開けると至極丁寧に作られたサンドイッチが顔を出した。

 

 「えぇ! わたくし、セシリア・オルコットが腕に腕を振るって作って差し上げましたのよ!」

 「凄いじゃないか。料理ができる人物はそれだけで賞賛に値する。セシリアのような美人なら尚更だ」

 「な、え、び、美人!?」

 

 手にとってサンドイッチを眺めながら褒めちぎるとセシリアは顔を真っ赤にして驚く。自分であれだけ自信満々だったのに、褒められることに慣れていないのだろうか。

 

 「もし日本が江戸時代に戻ったら、お前を側室に貰ってやるよ」

 

 わざわざ二番目の女宣言をしてやったのに、真っ赤になって話も聞いていないセシリアを余所にサンドイッチを選ぶ。どれもきれいな見た目だが、アンチョビサンドにしておこうか。そこでどうやら一夏も篠ノ之に弁当を作ってもらっていることに気付く。

 

 「なんだ、一夏は愛妻弁当か」

 「あ、愛妻!?」

 「……その反応をしておいて隠しているつもりなら、ポーカーなんてやったら鴨だろうな」

 「そうだぞ箒、紫苑は冗談で言ってるんだ」

 「お前もお前だ。バレバレなポーカーフェイスを見破れないって相当だぞ」

 

 相も変わらず進展しない一夏と篠ノ之を茶化しながら――茶化したつもりではあるが、恐らく通じていないけれど――アンチョビサンドに齧り付く。口いっぱいに広がる濃厚な――なんだこれ。

 

 「セシリア」

 「は、はい! なんでございますか?」

 「これって何サンド?」

 「アンチョビサンドですわ」

 「俺の知ってるアンチョビサンドと違う」

 

 イワシに似た小魚をオリーブオイルに付け込んでパンに挟むイメージだったのだが、何故このアンチョビサンドは刺激臭がする?何故俺の意識が朦朧とする?

 まさか――

 

 「危険物取扱班! 今直ぐここにある分類7の危険物を即刻処理しろ!」

 

 分類7の危険物、つまりは国連危険物輸送勧告に定められる放射性危険物だ。セシリアが俺を暗殺するために作ったのか――と思ったが叫んだ俺の事をポカーンと見つめてる彼女を見る限りどうやらそんなことはないらしい。そう気づいた瞬間周りの「何やってんだこの馬鹿」みたいな視線に耐えられず黙って着席した。

 

 いやこの俺が黙ってやられるわけにはいかない。この慙愧に堪えない気分の原因はセシリアにある。貴様にも償ってもらうぞ(八つ当たり)。

 必死になって意識を繋ぎとめながら齧り付いたサンドイッチを食べきる。出されたものを残さず食べるのは礼儀なのです。

 

 「ほらセシリア、食べさせてやろう。口を開けるがいい」

 「そ、そんな皆さんの前でなんて大胆な――」

 「良いから開けろ」

 「――はいですわ」

 

 セシリアの顎を掴んで無理やり口を開けさせてサンドイッチを押し込む。涙目になっている女の子に餌付けをする気分は、思ったよりいいものではなかった。よく考えたら俺サディスティックな性的嗜好ないし。

 

 「ひぁ、も……っ、むり……っあ、ぁ……ぁ」

 「……なにやってるのよ、あんたら」

 

 だがそれでも俺は負けず嫌いだ。非常に官能的な声をあげているセシリアに負けじと必死で押し込んでいると、御盆を持った凰がそれはそれはジトーッとして目で見つめながらボソッと言った。

 

 「日本ではサンドイッチをこうやって食べるんだ」

 「嘘!?」

 「本当な訳ないだろ。女尊男卑の世の中で、女に無理やり食わせるとかどんな国だよ」

 

 パン屑の付いた手を叩いて御盆の上に落としていると、さり気なく一夏の隣に凰が座る。篠ノ之の奥歯がギリリと軋む音が聞こえてきそうだ。

 

 「そういや君の事なんて呼べばいいんだ」

 「なんでもいいわよ……」

 

 俺に振り回されることを察したように、或いはあきれ果てたように凰がため息をつきながら答える。俺の性格を知ってもらういい機会だから、この際全力で振り回す。

 

 「ファンファンとリンリンとインインとインリンが候補だ。でもファンファンはサイレンみたいで無理、リンリンはパンダ、インインは中に中にみたいで卑猥。という事でオススメはインリンだ。挨拶の時にM字開脚を強制されるがアピールとしては問題ない」

 「問題しかない!」

 

 バンッ!と思いっきり机を叩く凰。小柄なくせにパワフルだ。

 

 「じゃあ一夏に聞こう。今上げた候補のうちならどれがいい」

 「うーん、普通に鈴じゃ駄目なのか?」

 「仕方ない。一夏の意見を取り入れて鈴という名前の入ったインリンにしてやろう。一夏もインリンのM字開脚が見たくて仕方ないらしい」

 「ちょっ、紫苑! やめろ、箒に鈴! 俺はそんなこと思って……ギャー!」

 

 篠ノ之と鈴に殴られる一夏。……愉快だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波乱の昼食を終え、退屈極まる授業も超越し、一夏が鈴を怒らせてしまったなんてイベントもあり、クラス代表戦で決着をつけよう的なノリになってからの放課後。俺は一夏の特訓の為に借りたアリーナでスノーを展開し、白式を駆る一夏と空中で対面していた。

 もともと俺は特訓相手になる気なんて更々なかったのだが、簪と約束した機体データの譲渡やクラス代表戦において目下最大の敵となる鈴の機体情報を見る限りどうやら近距離格闘よりの万能機であるということでセシリアが教えるより俺が相手になって経験を積んだ方が良いと言う話になった。簪に譲渡するデータはスノーの経験が積まれればより緻密なものを渡せるし、ということで利害関係の一致により俺がわざわざ出向いたのだ。

 

 「で、なんで鈴は怒ったんだ?」

 「俺もよく分からないんだよなー。本当にいきなりで」 

 「原因無いってことはないだろ。何の話をしてたんだよ」

 

 いきなり訓練という事はせず、先程の鈴の一件を問い詰める。

 

 「それが大したことじゃないんだよ。将来酢豚を毎日おごってくれるっていう約束をしたんだけど、それを言ったら怒っちゃって」

 「謎だな。さっぱりわからん」

 「ちょっとお二人とも、早く訓練を始めないと時間が無くなってしまいますわよ?」

 

 セシリアに開放回線で急かされ、右手に装備されたアサルトライフルを握りなおす。普段通りサブマシンガン二丁で近接戦を挑むのもいいが、それでは鈴戦においての訓練にはならない。情報通りの機体ならむしろ中距離での射撃、近距離での格闘を対処する術を学ぶべきだろう。

 

 「悪い悪い。じゃあ、いくぞ一夏」

 「おう!」

 

 後ろにバックステップをするようにスラスターを吹かせ、ライフルを一夏に向けて照準を合わせる。一夏の白式は射撃武器を持たない。武器と言える武器は片手に持つ雪片弐式ただ一つだが、その単一仕様能力である「零落白夜」はエネルギー性質のものをすべて無効化、消滅させる非常に強力なもの。それを自在に操ることができるようになれば十分に勝ち筋は作れる。

 

 「この程度の射撃に当たるなよ?」

 

 そう挑発すると同時に引き金を引き、ライフルが火を噴く。一夏が回避行動をとるが未来位置を予測し、予測ポイントへ銃口を向けてもう一度撃つと面白いほどにすんなりと命中した。

 

 「なぁ一夏。テニスプレイヤーはどうやって相手の打つ打球のコースを見分けていると思う?ボールが打たれたからそれを見ているのか?」

 「それは……」

 「それは相手の体の向きや足の踏み込み方から見分けているんだ。銃もそれと同じで銃口や体の向きから射角を絞り込める。だから相手が銃を構えたら見るのは銃弾ではなく、まずは銃口の向きだ」

 

 一夏が頷くのを確認して再び銃を構えて狙撃を開始する。今度は最初から未来位置を予測して狙撃するが、先程までの様に楽にはいかない。一夏は思ったより物覚えがよく、多少手を抜いているとは言ってもさっきとこうまで変わるのかというほどに回避率が上がった。白式の性能故か、才能か。あるいはその両方か。ブリュンヒルデの弟であることを踏まえれば才能の一言で片づけたくもなる。

フッと漏れ出るため息とともに口角が釣りあがるのを感じる。

 

――おもしろい。

 

ライフルを下ろし、開放回線で一夏に言う。

 

 「これを繰り返せば代表戦での回避率も上がるはずだが、今度からはセシリアにでも手伝ってもらえ。それよりも問題は相手にどうやって攻撃を当てるかだが、何か考えはあるか?」

 

 「瞬時加速で近づいて当てるしかない、だろ?」

 「間違ってはいない――が相手は代表候補生。しかもセシリアとは違い最初から慢心なんて切り捨てたうえでお前に怒りさえ抱いている。そう簡単に近づけると思うか?」

 

 問いかけに黙ってしまう一夏を見て、何となく小学校の先生はこんな気分なんだろうかと思う。とはいっても、小学校なんて通ったことないんだけど。

 

 「じゃあ身を持って知れ。何事も経験を持って感じれば嫌でもその身に沁みつく。避けても受けても構わない、とにかく俺の動きをその身に刻め」

 

 ライフルを放り投げ前腕部の高周波振動ブレードを展開、振りかぶると同時に疑似瞬時加速を発動して叫ぶ。

 

 「よく覚えておけ。一番重要なのは踏込と、間合いだ」

 

 バレルロールのようなアレンジを加えた疑似瞬時加速を用いて20m弱離れた一夏を通りすがりに一閃する。訓練用の設定で絶対防御発動まで及ぶことはなかったが、それでも一夏にとっては強烈だったらしく只々呆然としていた。

 だが勝ってもらわなければ困る。半年間の食堂フリーパスは、俺の脳が欲している糖分を十二分に補給してくれる素晴らしいものだと聞いたからには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特訓の日々は過ぎ去ってクラス代表戦当日。

 俺は「試合観戦デートに行きましょ!」などと言い出した楯無――は何時もの事だからまだいいとして、白式の性能をじかに見たいと我儘を言って会社を抜け出してきた綾乃に挟まれて座る事となった。

そのせいで先輩後輩先生と様々な人物の視線を一挙に集めて、入学初日を思い出し涙があふれ出そうになった(大嘘)。両者とも大層な美人なので両手に花と言えば聞こえはいいが、綺麗な薔薇には棘があるものなのだ。両手に薔薇だ。

 

 ――それじゃあなんか俺がゲイみたいじゃない?

 

 やっぱり両手に百合にしておこう。こいつらはレズビアンだという事に。うんそれがいい。平和だ。俺に危害が及ばないなら。

 とにかく綾乃は来賓、楯無は生徒会長。その二人に挟まれているという事はそれなりに良い席というわけで割と見晴らしは良かった。

 

 「そろそろ夏じゃん」

 「そうだね」

 「暑いじゃん」

 「暑いねー」

 「分かってるなら離れてくれませんか、楯無先輩」

 「んふふー、嫌でーす」

 「じゃあせめて綾乃だけでも離れろ」

 「なんで私だけ!」

 

 試合が始まったら振りほどこう。そう決心して俺は無我の境地に達した。達した実感に身を浸そうとすると試合開始のガイダンスが鳴る。無我の境地の爆発的パワーを二人の女にぶつけて振りほどいた。

 

 「……ふーん、あれが白式かぁ。出力は第3世代でもトップクラス、でも武器は剣一本だけ。なんとなく白騎士を思い出す外見ね」

 

 カタカタと手元に持った端末に情報を入力しながら、綾乃はアリーナに躍り出た白式をじっと眺めていた。そして対戦相手の鈴はと言えば――

 

 「思いのほかシンプルだな」

 

 中国の第3世代型IS「甲龍」。棘がついた特徴的な非固定浮遊部位以外は特に目立った点はない。強いて言うならその得物だろうか。青龍刀、とかいう奴だと思われる。

 二言三言言葉を交わす様子を見せた二人はお互いにその手に持った得物で切り結ぶ。一夏は初撃を防ぐが、対する鈴はもう片方の手にも青龍刀を出現させて猛攻を繰り出した。

 その攻撃は激しく、一夏は為す術もなく避け続け、消耗戦を警戒したのか距離を取る。

 だが突如として白式が吹き飛ばされた。凛は何もした様子はないにもかかわらず、だ。

 

 「――衝撃砲ね」

 「なんだって?」

 

 その様子をじっくりと観察していた楯無がそっと呟くが、言葉の意味を理解できずに聞き返した。すると綾乃が補足するように説明を始める。

 

 「恐らくあの非固定浮遊部位に秘密があるんでしょうけど、空間そのものに圧力をかけて疑似的に砲身を創り出し、余剰圧力を砲弾として発射してるみたいね。技術としては目新しいものでは無いけれど、厄介なのは確かよ」

 

 綾乃が説明している間にも一夏は衝撃砲を避けきれずにシールドエネルギーを削られていく。

 

 「銃口を見ろと教えたが見えないのでは避けられない。しかも見る限り射角はほぼ無制限。厄介というより鬱陶しいな」

 「でも、教え子がそう簡単に負けるわけがない。そんな顔してるね?」

 「当たり前だ。あいつの敗北は一組の敗北、ひいては俺の敗北だ。万が一にもあってはならない事だよ」

 

 楯無の言葉に頷きながらも試合を見守り続ける。現に押されつつも徐々に被撃の頻度が下がっていた。青龍刀を連結し、一夏を追う鈴にも焦りの表情が見える。

 そうだ粘れ。一瞬の隙を見逃すな。

 やがて鈴が痺れを切らせて大きく振りかぶって迫りくる。その一瞬をしっかりと確認できたかは定かではないが、俺は立ち上がって叫んだ。

 

 「今だ、一夏……踏込と――」

 「――間合いだ!」

 

 俺の言葉に追随するように一夏の咆哮がアリーナに轟く。

 

 一夏が一撃必殺の一閃が幼馴染を切り裂こうとするその瞬間――

 鈴が反射的に防御態勢になって受け止めようとするその瞬間――

 二人はお互いの事しか眼中になかった。観客も、もちろん俺も二人のこと以外頭に入ってこなかった。

 二振りの剣が交錯するその刹那に、頭上から降り注いだ何かがアリーナに爆炎と共に混乱をもたらすとは知らずに。

 




 『重黒の足音』:頭上から降り注いだ何かの足音。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。