インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
爆発の影響で観客席はパニックに陥った。女子生徒たちの悲鳴と喧騒に包まれる中、防護壁が順に下ろされていきアリーナの様子は完全に遮断され、見えなくなった。
だがその直前に俺の目はしっかりと捕えた。燃え滾る爆炎の中にどす黒い『何か』を。あれは機械、いやロボットのように見えた。全身装甲のISという可能性もあるか。
「紫苑くん、ここは危険よ。行きましょう」
「あぁ……」
謎の機械の正体に後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。織斑先生や山田先生たちが即座に対処するだろう。
「みんな落ち着いて! 一番近くにあるドアから順番に外に出て!」
観客席も生徒会長である楯無が率先して誘導を開始している。専用機を持っている俺はあとからでもいい。楯無と共に誘導をしよう。すぐに事態は沈静化される、何も問題はない。そう思ってすぐに問題が発生した。
「ドアがロックされてて開かない!」
ヒステリック気味な声で一人の女子生徒がそう叫んだことで鎮静化されるどころかさらに激化する。ドアはISの装備を持ってしても破壊は困難……いや、そんな発想が出てくることに吐き気がする。もっと頭を使うんだ。
「綾乃。ロックの解除、出来るか?」
「少し時間はかかるけど。やるならケーブルをつなぐ必要があるわ。だからこの娘たちを退かしてもらえるかしら」
「分かった。『一度しか言わないぞ。そこを退け』」
ISを一部分だけ展開し、声を拡声器のように響き渡らせる。蜘蛛の子を散らすように道を開ける女子生徒の中を綾乃に引き連れられ、楯無と共にドアの前まで進む。
持ち歩いている端末を有線でドアの電子ロック部分に接続する綾乃に声をかけた。
「行けそうか?」
「思ったよりも厳重――じゃないわね、ウィルスが侵入してるわ。こっちの入力に対して即座に対応して進化する。私の入力スピードをはるかに超える進化速度でね。端末があと3個か4個あればその速度にも追いつけるかもしれないけれど……」
「誰か携帯端末持ってない!?」
綾乃の言葉を聞いた楯無が間髪入れずに生徒たちに問いかけるが、反応は芳しくない。
考えろ。
打つ手はないのか。
何かができるはずだ。
持ち物は、携帯電話――これは処理能力が低すぎる。食堂のナイフとフォーク――内部のケーブルを切れば開くかもしれないが、そのスキルはない。あとは煙草か。
――いや、最も重要なものを忘れていた。史上最強の兵器「インフィニット・ストラトス」。
そのことに気付くと同時に俺はスノーを展開していた。突然のことに驚く女子生徒たちを尻目に外部接続ケーブルを電子ロックに接続する。
「いったい何してるの紫苑くん」
疑問符を浮かべる楯無に、コンソールに打ち込む手を休めることなく返答する。
「必要なのは携帯端末ではなく演算処理能力。そしてISの演算処理システムは人間をはるかに超えている。ハイパーセンサーから武器の量子化、スラスターの調整、その全てをタイムラグなしで行えるんだ。その処理能力をすべて綾乃の補助に回す。そうすればウィルスの進化速度も越えられるはずだ」
「なら私も協力するわ!」
「いや、それはダメだ。遮断シールドを破ったのが敵性だった場合、そして防護壁を破った場合にそれに対処できるのがいないといけない。スノーは今から処理に集中するから、楯無。あんたがみんなを守らないと」
あらゆるシステム処理をすべて綾乃の補助に回すようスノーに命令を出しながら楯無にそういうと、ふっとため息をこぼしながらも彼女は笑った。
「……仕方ないわね。可愛い後輩の頼みとあれば乗る以外ないじゃない。でも、呼び捨てにしたわね。今度デートの刑よ?」
「あまり過酷なデートは勘弁してくれ」
なんとなく途轍もない荷物を背負わらせるビジョンが脳裏に映り、苦笑いしながら言う。
そんなやり取りの中、ただ一人無言で入力を続ける綾乃を見やると普段クールな横顔に一筋の汗が見えた。仮にも一人の天才をここまで本気にさせるとは、この事件の首謀者は相当なものらしい。
投射ディスプレイでコアの演算処理使用率を見ると80%近くとなっている。やはりISでも駄目なのか――
「――出来た!」
僅かに諦めかけたその時、綾乃の喜びを表す声と共にドアが開いた。女子生徒たちが歓声を上げて流れ込むなか、一人座り込んだ綾乃に労いの言葉をかける。
「お疲れ。久しぶりに本気出して走った元オリンピックアスリートみたいな顔してるぞ」
「……まさにその心境よ」
へたり込みながらも笑って見せる綾乃を見ると、つられて笑いたくなる。楯無がその場で生徒たちの誘導をはじめ、その手伝いでもしようと思いISの全機能を通常ステータスに戻す処理を行った。
だが吐き出されるのは「ERROR」の文字。
「なんだ、どうなってる?」
操作を間違えたのかと思い、念のためもう一度同じ処理を行うが吐き出されるのは同じ言葉。
再起動処理要求――無効。
戦闘ステータスへ移行要求――無効。
空間転移作動――無効。
青ざめる俺を不審に思ったらしい綾乃が立ち上がった。
「どうしたの紫苑?」
「……スノーが、やられた」
ただそう答えるしかなかった。コンソールにあらゆる命令を打ち込むがすべてエラーとなる。待機状態への移行すら不可能。こうなってしまっては天下のISもただの鉄クズだ。
「とにかく降りて頂戴。今は避難するしかないわ」
「……分かってる」
原因も謎のまま綾乃の指示に従ってスノーから降りる。黙って楯無と共に避難誘導をするが、頭の中にあるのは壊れた愛機の事だけだった。
「……原因不明?」
事態が収束したあと俺は医務室のベッドで休養を命じられた。外傷は特に見受けられないが、専用機が何らかのエラーで故障し動かなくなったのだから、その搭乗者にも何かしらの障害が起きているのではという事で態々CTスキャンまで持ち出される始末。結局のところ何も異常は見つかっていないが、問題のスノーはというと故障の原因が全く分からないと、見舞いに来た楯無から聞かされた。
「そ、原因不明。汐澄社長から聞いた話だと、コア内部のブラックボックスに異常があるんじゃないか、って言ってたけどね。社長が原因究明のために本社に持って帰るって言ってたわ」
綾乃が自ら修理を行ったとしても、仮にブラックボックス内部の異常だとしたら手を出すことはできない。ブラックボックスというからには中身が何なのか誰にも分からないのだ。ただ一人、ISの生みの親である篠ノ之束を除いては。
「で、代表戦はどうなった――んですか?」
「中止よ。侵入して機体については不明だけど、織斑先生たちが今急ピッチで解析してるわ」
「それじゃ、フリーパスは無しか。とは言ってもこんな原因じゃ一夏を責められないなぁ」
そう言いつつ隣のベッドで眠る一夏を見る。聞くところによると正体不明のISと戦って撃破したらしい。その功績だけでも十分にフリーパスを頬に叩きつけて起こすだけの価値はあるともうが、滅茶苦茶心配そうな目で見舞に来ている1組女子たち――特に篠ノ之――を見ているとそんな冗談も言う気が失せ、真っ白な天井に視線を移した。
「――結局、犯人は誰だったんでしょうね。不明、不明、不明って分からない事だらけで誰にスノーを壊された怒りをぶつければいいのやら」
「そういう事は大人に任せておけばいいの。紫苑くんはおとなしく寝てなさい。たまには休養も必要よ」
さすがの楯無もこの状況でいつものような冗談を言う気には慣れないのか、珍しく本当の姉の様な姿を見せる。姉といえば、簪と楯無の関係も近いうちに修繕させないと――って、簪に上げる予定だった戦闘データもアクセス出来なくなっているのか。何処の誰だか知らないが、本当に傍迷惑なやつだ。
「じゃあ私はそろそろ行くわね。面会時間が終わりらしいから」
「あぁ、おやすみ」
じゃあね、と言い残して病室を後にする楯無と1組女子’s。誰も話さなくなった病室の壁に掛けられた時計がコツコツと乾いた音を立てて時を刻んでいる中で、淡々とロジックを組み上げる。疑問点は――
1.正体不明機の所属
2.学園のセキュリティを破れるほどのクラッキング能力
3.自己進化するウィルスを開発できる能力
それら全てを同時に行える組織に所属する人物が犯人だとするなら、相当高度な技術を保持した団体。そしてISの開発も先進国レベルの技術。トップ企業に容疑がかけられるが、それでもセシリアと鈴がいるイギリスと中国は外れる。あとはラファール・リヴァイヴを開発したデュノア社のあるフランスか、ラウラのいたドイツか、アメリカなどの諸先進国……だが襲う理由が分からない。
となればかつての俺の様にISを狙うような企業があるのかもしれない。が、自前でコアを配分されていて、なおかつ遮断シールドを破れるほどの威力を持つ機体を作れるくせに襲う理由はなんだ?
アリーナに直接攻撃を仕掛けてきたという事は鈴か一夏、もしくは各来賓が目的だった可能性もある。この中で最も重要度が高いのは一夏と白式だろうか。当然俺も標的だった可能性もあるにはあるが、隔壁を突破しようとしなかったことから低すぎる可能性だろう。
真っ白なパズルを組み上げている気分だ。だが必ずどこかに当てはまる。
原因と結果。
作用と反作用。
目的と理由。
「――違うな」
企業じゃない、個人だ。ISを作れるのは名のある企業だけじゃない。
突如湧いたインスピレーションを反芻しながらベッドから飛び起きた。
時間が時間なだけに一部の例外を除いて誰にもすれ違うことなく目的の場所までたどり着く。
例外というのは病室を出るときに入れ代わりになった鈴のことだ。彼女は一夏の見舞いに来ていたらしい。軽く話を聞く限りでは自分のせいであるかの様に落ち込んでいたが、そのあたりを慰めるのは一夏の役目だ。早く会ってやれとだけ言ってその場を後にした。
目的地というのは学園の地下にある施設。正体不明機の解析を行っているのは整備室かと思い立ち寄ったがその姿は確認できなかった。
織斑先生たちが解析を行っていると楯無が言っていたことから学園内にあるのは確かだとして、整備室以外の場所となれば極秘の場所。入学前に綾乃からもらった「設計当初」の図面を、手当たり次第に見ていくと存在しないはずの地下施設を発見したというわけだ。
図面を地図代わりにして道を進んでいき、目的の施設のドアの前に立つと勝手に開く。病院の診察台に似たベッドを囲んでいた織斑先生と山田先生が俺の存在に気づいて顔を上げた。
「な、鳴海君? どうしてここに!?」
「すいません山田先生、驚かせるつもりはなかった。用があるのは織斑先生です。以前相談があったら乗ってやると言いましたよね。で、先程起きた事件についてお話ししたいことが」
あからさまに驚いた顔をする山田先生に一言詫びて、本題に入る。俺の前職を知っている織斑先生は大して驚くこともなく、強者の余裕が如く不敵な笑みを浮かべていた。
「いいぞ、話してみろ」
「分かりました。俺の考えを話していくので、矛盾していたら指摘してください」
そう前置きして先程組み上がったロジックを、何故か置いてあったホワイトボードに書き込んで説明していく。
「まず最初に強固なセキュリティがかけられている筈の学園のコントロールをすべて奪われ、挙句ウィルスをばら撒かれたこと。そのウィルスはうちの社長によると自己進化する高度なウィルスでした。このことから犯人は天才的なクラッキング技術とプログラミング技術を持っている」
円の中にクラッキング技術とプログラミング技術と書き込む。ペンを置いて診察台に横たわっている機械――正体不明機を一瞥する。その上には解析用とみられる器具が吊るされていて、操作なしで動き続けていた。
「次に非常に高性能なISを製作できるだけの資産と知識、技術を持っている。これだけなら各国の有名企業も当てはまります」
先程描いた円に一部分が重なるように再び円を描き、その中にIS製作能力と書き込む。
「最後に俺のISを機能停止に追い込んだこと。外部ハードウェアやソフトウェアに異常は見当たらず、残る原因はブラックボックス内部だったそうです。ISを制御パネルに接続した結果ウィルスが入り込んだと仮定すると、ブラックボックス内部を知る者が容疑者に上がるでしょう」
RGB表色系の色度図に似た図になるように最後の円を描き、ブラックボックス内部を知る者と書き込んだ。
「一つ、あるいは二つの条件を持つ者はいるかもしれない。だがこの全ての条件を満たすのはただ一人です。まぁ、ブラックボックス内部に干渉できる人物ってだけでも恐らく一人なんでしょうけど――興味本位で聞きますけど、そのIS、無人機ですか?」
再び診察台のISを指さして、モニター前に座っている山田先生に問いかけた。突然話しかけられたことで驚いたように飛び跳ねた山田先生が、ずれた眼鏡を直して返答する。
「え、えぇ。確かにこの機体は無人機でした」
「ですよね。コアが未登録だったりはしませんか?」
流石にそこまでは一生徒に話すわけにはいかないと判断したのか口をつぐみ、織斑先生に助けるを求めるように見つめる山田先生。その姿を見て笑いがこぼれる。確信した。
「だったら決まりです。犯人は篠ノ之束以外にありえません」
3つの円が重なった部分に篠ノ之束と殴り書きをして、織斑先生の方へと振り返る。
「指摘がなかったという事は矛盾点はなかったという事でしょうが、何か意見はありますか?」
「いや、ない。お前の考えは分かった。あとで委員会へ報告しておこう」
「信用してもらった、と考えていいですか」
織斑先生はその問いに、ただ黙って頷いた。
「じゃあ何か報酬が欲しいです」
「お前が勝手にやったことだろうが――と言いたいが、聞いてやる。言ってみろ」
「食堂のフリーパスを三枚。二枚は一夏と鈴に」
目を伏せて頷く織斑先生に満足し、その場を後にしようと踵を返す。すると追い縋るように山田先生に声をかけられた。
「あ、貴方は何者なんですか?」
やっとの思いで絞り出したようなその声に、俺はいつもの調子を演出するようにおどけた声を出す。
「世界で二人目の男性IS操縦者です。結構、有名人だと思ってましたが」
『時計仕掛けのロジック』:病室で時計の音が響く中で推理をしたシーンから。