意識が闇に包まれていく。これまでの何度も繰り返してきたその人生で何度か闇に呑まれていくことはあったが、今回のそれは明らかに今までとは違う。
「…これは本格的にヤバい」
自分が暗闇に吸い込まれていくのを感じながら毒づくが、虚しいことに何の意味もない。まるで、足が永久につくことのない底なし沼に呑まれていくかのようだ。
それから逃れようと彼ーーナツキ・スバルは手を伸ばす。ダメ元で伸ばしたその手は奇跡的に何かに触れていた。
「ーーバル!」
聞き慣れた声だ。スバルが大事にして愛してやまないその声をもう一度…。
そう思ったのはスバルの意識が完全に刈り取られるまさに直前だった。
「――どうしたよ、兄ちゃん。急に呆けた面して」
目の前にいたのは強面の中年の男。スバルにとっては初対面ではない。が、かなり久しぶりに見る顔だった。
「…え?」
「だーかーら、けっきょくどーすんだよ。リンガ、買うのか買わないのか」
店主はその手に赤い果実を持って聞く。それは自分にとっては見知った果物だ。日本でもこの世界においても。
「えっと、おっさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「それを聞いたら、ちゃんと買ってくれるんなら」
スバルは自分のポケットの中を漁る。が、持ち合わせの金はそこにはない。
「あー、ごめん。今は持ち合わせはないんだけど、1つだけ聞かせてくれ。俺ってずっとここにいた?」
「当たり前だろ。さっきからずっと店の前でボーッと突っ立ってるから邪魔だってんだ」
突然現れたのではなく、ずっとそこにいた。それを聞いてスバルの背中に悪寒が走る。
「これって、もしかして…」
「おい? どうしたんだよ? 買わないなら、とっとと失せろや」
苛立った店主に促されつつ、スバルは離れていく。そんな中周りの景色を見渡すが、自分にとってそれは初めて見るものではなかった。そして、スバルは1つの結論に至る。
「もしかして…。タイムリープしてる?」
穏やかな陽射しが困惑するスバルを照らしていた。
※※※
タイムリープ。自身の意識だけが巻き戻って、自分の身体に乗り移ること。日本での知識もあって、なんとなくスバルはその言葉を知っていた。しかし、これは夢なのではないだろうか。
「自分の記憶がぼんやりしすぎてるしな…」
完全な記憶喪失というより、部分的健忘に近いか。
「監視塔に行ってからの記憶がほとんどないな」
プレアデス監視塔。かつて自分たちが一度踏破したその塔に再び向かうことになり、タイゲタの書庫まで到着した。しかし、そこから先が全く思い出せないのだ。まるで靄にかかったかのようにぼんやりとその記憶が隠されている。
「つーか、この格好は…」
スバルは自身の姿に対しても違和感を感じていた。この世界で揉まれ、数年の間多少なりとも鍛え上げられた精霊騎士の肉体などはなく、普通の男子高校生の身体がそこにあるだけだった。
つまり、精神と記憶をそのままに過去に戻ってしまった。そう考えるのが適切なようだ。
「でも、なんで…。ていうか、そもそもこれは現実なのか?」
夢と判断するにはリアリティがありすぎる気がする。自分が経験してきたこととはいえ、ここまで忠実に夢で再現されるだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、いつのまにか路地裏に辿り着いていた。
「ここは…」
忘れもしない、忘れることはできない場所だ。自分にとっての初恋の、そして騎士として支えようと想った相手と出会った場所なのだから。スバルはその場で思わず立ち止まった。
「エミリア…」
名前を呼んだところで銀髪の彼女が現れて声をかけてくれるわけではない。が、その名前を呟かずにはいられなかった。
「これからどうすればいいか考えなくちゃな…」
再び歩き出そうとしたところで、目の前に人影が現れた。
「痛い思いしたくなきゃ、出すもん出しな」
そこにいるのは見覚えのあるチンピラ3人。最後に会ったのは相当前だが、トンチンカンと呼んでいる3人を忘れるほどじゃない。
「どうなってんだよ、こりゃ。夢だからってここまで再現されるか、普通」
スバルは狐に摘まれたような気分で呟くのだった。
文字数少ないなぁ…
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