運命はかく扉を叩く 作:スケート観戦に必要な知識多すぎ
原作描写がない場所は推測で書いています。
狼嵜光の学校生活は無色すぎて何でも盛れそう。
滑っている。
衣装を纏った僕が、曲に合わせて。
観客の声援と拍手を受けながら、審査員の厳しい目で見られて、滑っている。
ライバルの、鴗鳥理凰の視線を受けながら跳ぼうとしている。
あの憧れの舞台で、勝つために。
そして、4回転を跳ぶために腕を高く挙げて──。
「……──っ、ぐえッ!」
どすん、と全身がシェイクされるような感覚とともに目が覚めた。
背中が痛い。
どうやらベッドから落ちた衝撃で起きたらしい。
毛布ごと落ちているあたり、寝ながら跳びでもしたのだろうか。
「……久々にしたな、このひっどい起き方」
記憶の彼方にあるはずのジャンプを、まだ身体が覚えている。
1年前の、たった1度きりのスケート体験は随分と大きな傷痕になっていた。
結局、あれから1度もシューズは履いていない。
フィギュアスケートの子が朝練をしている間は惰眠を貪っているし、学校終わりは別のスポーツに勤しんでいたり、ダラダラしたり。どうにかスケートと離れようとしている。
それは半分くらい成功して、半分くらい失敗していた。
「龍崎くん、前回のノート見せてくれる?」
「……ああ、いいよ」
これから先はテレビ越しにしか出逢わないと思っていた、狼嵜光がいつものように話しかけてくる。
そこそこ近所にリンクがある辺りでなんとなく察していたが、鴗鳥家となかなかのご近所さんだったようで、狼嵜光と鴗鳥理凰とは同級生らしかった。
こんなところまで運命を持ち出したくはないが、仕組まれているような気持ちすら起きる巡り合わせではある。
とはいえ、特別仲が良いわけではない。
親がプロスポーツ選手だった者たち同士で交流があったというだけ。
「理凰も理凰で合宿とか学校来れない期間多いから……うん、助かる。明日には返すね」
「いいよ、週明けの月曜で。明日は国語無いし」
たぶん、理凰も必要だろうし。
その言葉は口には出さなかった。
この年代でスケートをやっている子にとって、氷は世界のほぼ全てだ。
だからこそ氷上にいるかどうかで態度が変わりがちなのは原作でも示されていたが、外面は取り繕っている狼嵜光と違い、鴗鳥理凰は実に排他的である。
最初こそ似たような境遇として僕との距離を詰めようとしていたが、スケートから離れようとしていることを知られてからは、徐々に関わりも減っていった。
というよりは、避けられるようになったの方が正しいだろうか。
「明後日6級のバッジテストなんだろ。流石に現地まではいかないけど、応援してるよ」
「え、ありがとう! ……大会でもないのに、よく知ってるね」
「鴗鳥先生とうちの父さん、よく家族自慢し合ってるからさ」
「……私のことも伝わってるんだ」
「狼嵜さんも理凰も、エイヴァさんや汐恩もね」
原作では描かれなかった二人の幼少期は、スポーツに人生を賭けている子どもとしてはありふれていて、同時に眉を顰めるようなものでもあった。
鴗鳥理凰がシニカルなペルソナを得たのも、狼嵜光が優等生的ペルソナを得たのもわかるような境遇。
だからこそ、大人に近い視点という、狼嵜光からすれば極めて話しやすいポジションを有効活用して、学校生活を少しでも良いものにしてやりたいという思いが氷人にはあった。
悪く言えば『メダリスト』への未練が拗れているとも言えるかもしれない。
そんなことはつゆ知らず、いつもの笑みを浮かべながら、それでもどこか気恥ずかしそうに髪をくるくると弄っていた狼嵜光が外に向かおうとした足を止める。
「ね、龍崎くん。昼休み、ちょっとだけ話していいかな?」
「いいけど、スケートの方は?」
「慎一郎先生は、学校にちゃんと通ってほしいみたいだから。今日は友達と話して早退が遅くなりましたって言ったら怒らないよ」
それに、と続ける狼嵜光の表情には憂いがあった。
視線の先には、向かいのクラスにいる鴗鳥理凰。
誰とも馴染めてないのが一瞬で分かるような孤立感の中で、気にも留めない
「理凰、最近ちょっと不安定っていうか、話しかけづらいんだ」
「あー……まぁ、関わりが薄い僕からもそう見えるね」
「クラブの皆には相談しづらいけど、昔理凰が仲良かった龍崎くんなら何か糸口になったりしないかなと。他の大人は、大人になるのを待つしかないって言うから……」
8歳であることをふまえれば、才能を磨いて世に出始めた狼嵜光に劣等感を拗らせ始めているところだろうか。
同時に狼嵜光からすれば、気心を許せていた数少ない人物が変わっていく、受け入れがたい、場合によっては喧嘩が起こりかねないような状況でもあるだろう。
大人からすればよくあることだが、子どもからすれば日常の危機に違いない。
「糸口……スケート三昧の中でよく語彙力を高めたね」
「突然の先生みたいな視点。いや、確かに龍崎くんは異様に大人びてるけど……」
「勉学にもきちんと励む。勤勉で偉いですね。花丸あげちゃいます!」
「どういうテンションの上下?」
「冗談とか、その場のノリみたいなもの」
狼嵜光はこんなしょうもない会話の仕方をしても、律儀に付き合ってくる。
人との関わりを重要視していて、優しさの意味を分かっている社会的な生き物であるために、会話をすることそのものの価値を理解している。
「たぶんさ。今理凰に同じことをやったら、すごい罵倒と皮肉を喰らうよね」
「…………たしかに」
「それで理凰には言葉が届かないから、周囲は何もできなくなってる」
狼嵜光は例外だ。
幼い頃から競争を経験している子どもたちに、コンプレックスを無視して過ごすことなんてできるわけがない。
むしろ、鴗鳥理凰が原作で11歳にして乗り越えることができたことがおかしい。司先生パワーが過ぎる。
結論、鴗鳥理凰はすごい。
でも、それは8歳に求めるようなものじゃない。
「狼嵜さんからすれば人生の半分近くを共に過ごした家族が、不安定な状況を抜け出すのに中学生くらいまで……今まで過ごしてきた年月より長い時間がかかると言われてるわけだ。で、それが受け入れられない。そうじゃない?」
「そう、だね」
「不安定さの根源……コンプレックスを解消することが安定へのゴールだとする。それはスケートが上手くなるか、精神的に成長するしかないわけだ。つまり、時間か人の出会いが必要なわけだが……理凰は、出逢いを増やすタイプじゃない」
つまり、すぐに解決するのは無理。
それこそ、明浦路司のような氷上で生きた経験を持ち、技術を持ち、それでいて良い大人であろうとするような人物に深く関わる機会のような奇跡がない限り。
「…………やっぱり、今すぐは難しいんだ」
狼嵜光は、頭がいい。
それはスポーツIQだけじゃなく、対人関係にも発揮される。
空気を読む力、関係性を嗅ぎ取る社会性の嗅覚は当然、人を見る目もにも恐ろしい頭の良さを応用できる。
そうでなければ最初期の結束いのりにああはならない。
つまり、解決が非常に難しい話題だからこそ、必要なのは彼女が納得し、正しいアプローチの仕方を冷静に見ることにある。
よって噛み砕きはしても遠慮はしない。
大人に対するようなアドバイスでも受け入られると前世で、そして今世の付き合いで知っているから。
「とりあえずの対処なら、エイヴァさんとか頼った方がいいんじゃないかな。鴗鳥先生はそういうのちょっと不器用そうだけど、エイヴァさんは得意そうでしょ」
「…………まぁ、慎一郎先生よりは」
ひどい評価。
でもしょうがない。あの人がメンタルケアに成功する姿は全くイメージできないから。
「エイヴァさんも理凰がそうなってちょっとは不安だろうから。狼嵜さんが人間関係で頼ってくれたら、ちょっと安心するんじゃないかな」
こういう人間関係を上手くやるちょっとした工夫、みたいな考え方は狼嵜光の行動方針によく合う。
表情の明るさから見ても、話した意味は多少あっただろうか。
「……ほら、そろそろ昼休み終わるし。スケート行くんでしょ?」
「あ、うん。ありがとう」
慌てて帰りの準備を始める狼嵜光は、まだ原作よりもずっと幼い。
たぶん、人間関係への目は良くても、手法は確立していないのだ。鴗鳥家に来たばかりの時に遠慮が振り得技だと勘違いしていたようなところがまだある。
だから、彼女が手助けを必要とするうちくらいは、などと考えてしまうのだ。
同時に、それは矛盾の塊でもある。
もしこの言葉で狼嵜光が鴗鳥理凰との付き合い方を変えて、問題が起きたら。
鴗鳥理凰と明浦路司は出会わないかもしれないし、鴗鳥理凰は燻ったままかもしれない。
もしくはメンタル面でダメージを受けた狼嵜光が夜のレッスン、絶対のない氷上で失敗をする可能性だって0じゃない。
本気で原作の流れを一切介入したくないと思うなら、そもそもこんな風に関わるべきではないのだ。
それでも僕は、このダブルスタンダードで一方的な手助けをやめられない。
「……龍崎くんはさ」
「うん?」
「スケート。やらないの?」
狼嵜光を手助けすることが前世のせいだとすれば。
両親へ愛情を返したいと思うのは今世のせいになる。
スケートを走りたいという欲求が今世のせいだとすれば。
遅れてやってくる
前と今が、ずっと戦い続けていた。
「……見るだけで十分、かな」
だから、あの日。
もしそれが変わるとすれば、鴗鳥理凰に求めたような“時間”か“奇跡の出逢い”しかない。
そう、他人事のように自分を見て、現状の停滞を良しとしていた。できていた。
はずなのに。
「氷人。今日夜に遊ぶ約束とかしてないよな?」
「急にどうしたの? ……ないよ、普通に家でゴロゴロするつもりだった」
「よし。父さん、ある人に会いに夜にスケートリンクに行くんだ。一緒に行くぞ」
「また審査員の人? 暇だからいいけどさ、そんなスケートに詳しくなる気は──」
「
「夜鷹純のスケートを、見てみないか」