運命はかく扉を叩く   作:スケート観戦に必要な知識多すぎ

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悔しくなれるのは「逃した」と感じるから
「手に入れるはずだった」と信じられるからだ



祈り無くとも

 

「──俺は、まだ2回転が安定しない。親父みたいなパワーがないから」

 

 

 理凰の表情は泣く寸前といったところだが、悔しさを、怒りを上回る純粋な敵愾心が、無様を晒すまいと堪えているようだった。

 まだ小学3年生の子どもに、泣くこともさせないようなことを自分がしているという事実が重くのしかかる。

 

 

「一度だけ、話してたのを聞いたんだ。お前、親父の前で滑ったんだろ」

「……最初の体験教室はね。父さんと鴗鳥先生は仲が良いから」

「『兜の子には才能があったのに、何かを失敗させてしまった』って、母さんに話してた」

 

 

 ……知らない間に、鴗鳥先生へも迷惑をかけてしまっていたらしい。

 当然といえば当然ではある。友人の子を預かって、才能を見出して、それでいてスケートを最初の一回でやめさせてしまう。

 少なくとも、うちの両親が四苦八苦したのを見た分だけ鴗鳥先生に心労をかけたことは想像に難くない。

 

 

「親父はちょっと滑れるくらいで才能とか言わない。お前、あの時から2回転滑れたんだろ。そうだよな!?」

「……滑れたよ」

「じゃあなんで今まで滑らなかったんだよ! 親父も声を掛けたのに、兜さんたちも誘ってたのに…………()()()()()()()! やろうと、そう言ったのに!」

 

 

 そう訴える鴗鳥理凰の目には、溢れんばかりの激情と、執着が満ちている。

 

 甘かった。

 スケートさえ滑らなければ、原作だってそう大きくは変わらないということ事態が楽観視に過ぎた。

 

 人は、出逢いで変わっていくものなのに。

 たった昨日、自分がその変化を実感したばかりだというのに。

 自分の存在を、あまりにも軽視していた。

 

 夜鷹純への興奮のあまり自分の中で小さくなっていた原作への執着(キャラの蹴落とし)が、今になって一気にリアルさを伴って迫ってくる。

 

 俯くようにして視線が落ちたスケートシューズが、無性に後ろめたくなってきた。

 僕はここから、当然のような顔をしてスケートをやっていいのか。

 

 そうだ。思い出せ。

 僕がここからフィギュアスケートをやったら。

 

 鴗鳥理凰を蹴落とす道を進むことになる。

 

 

「ぼ、僕は……」

 

 

 声が震える。

 あんなにも気持ちよく滑れていたスケートは、エゴの塊なのだと、蹴落とす本人から突き付けられたような苦しさが、胸でとぐろを巻いている。

 

 

 ああ、そうだ。

 見ないふりをしていただけなんだ。

 

 鴗鳥理凰と狼嵜光は、大切な人だった。

 

 

 生まれのせいで彼らよりちょっと成長が早くて、大人びている僕の。

 前世の自分と今世の自分が混ざり合ったせいで、大人と子どもを行き来してしまうような不安定で、歪な僕の。

 

 友達だった。

 龍崎氷人を、兄のように慕ってくれていた幼馴染だった。

 

 

『俺は銀メダリストの息子だから、絶対にスケートをやれるんだよ!』

 

『氷人くんの父さんはスピードスケートなんだっけ? でも──』

 

『俺とやろうよ、フィギュアスケート!』

 

 

 

『ごめんね』

 

 

 

 コンプレックスを抱く前。

 出会った時の理凰は、ずっと情熱的で、スケートが好きで、鴗鳥慎一郎を誇りに思っていて、夜鷹純に憧れていて。

 

 そしてきっと、僕のライバルになろうとしていたのに。

 僕は、その手を取らなかった。

 

 

(──冷静にならないと)

 

 

 よく考えろ。

 

 僕が今滑っているのは、興奮のせいだけじゃないのか。

 ちゃんと現実は見ているのか。

 

 理凰を蹴落とす、覚悟はあるのか。

 

 

(……あったら、こんな悩まなかった)

 

 

 この厳しいスポーツの世界で。

 戦うことをやめた心の弱さがあったから、スケートシューズを履かなかったのに。

 

 衝動一つで全てやれるわけ、なかった。

 

 

「ほんっとうにふざけた面しやがって……!」

 

 

 先ほどまで被っていた平静そうな仮面すらきっと保てていないくらいに、胸が苦しい。

 それを見て、理凰はより苛立ちを増したように歯をギリと鳴らした。

 

 しょうがないじゃないか。

 僕がスケートをやる価値ってやつは、あの理凰(友達)を押さえつけるほどにはないと思っている。いや、確信している。

 

 だって、僕は耐えられない。

 彼が万が一でもスケートをやめる可能性があるなら、やりたくない。

 

 そして前世と同じように。

 こんな気持ちの弱さで、スケートに立つ資格なんてない。

 

 

「滑って、どうするの」

「ああ!?」

「僕は2回転を跳べる。練習だってせずに。そんなふざけた奴が、フィギュアスケートをバカにしてる奴が滑ることを、誰が望んでるんだよ……」

 

 

 リンクに立つことを望まれていないという思いを背負った人間。

 されど、明浦路司とも、結束いのりとも違う。

 

 最も近いのは、狼嵜光。

 

 練習にいるだけで、少なくとも6人をスケートの道から追い出してしまう彼女を。

 いつかきっと、同期であることが絶望だと言われるような彼女のようになることを。

 

 そんな存在になることを、その対象がいつか鴗鳥理凰に向くことを恐れている。

 フィギュアスケートに賭ける思いが小さい自分が、誰かを終わらせることを、何よりも恐れている。

 

 

「望まれていないんだから、スケートをする意味なんて」

 

「うるさい」

 

 

 

 

「跳べるんだから、跳べよ!」

 

 

 

 

 それは、最早断罪されるような気持ちで突っ立っていた龍崎氷人を打ち据える一言だった。

 

 だって、そうだろう。

 今まさに、理凰より跳べてしまったばかりなのに。

 来年のノービスBにおける障害として立ちはだかる可能性の方が高いのに。

 

 なんで、跳べって言えるんだ。

 

 

「望まれてるとかないとか、そんなの知らねえよ!」

「い、いや……僕たちは、プロになったら──」

「ノービスにも出てないくせに何言ってんだ!? 俺は絶対、お前がスケートをしないことを認めない!」

 

「どれだけ周りを嫌にさせても、滑っていいに決まってるだろ!」

 

「お前だって、光だって!」

 

 

 ざわざわと、声が集まってくる。

 いくら注目の集まりづらいリンク外とはいえ、あまり怒鳴ったものだから、異変に気付いたらしい周囲がざわざわとしているし、大人も寄ってきていた。

 

 研修中のプレートをつけた男、雉多輝也が焦った表情で理凰と自分の間に割って入ってくる。

 

 

「すいません、通してください! お前……何があったか知らねえけど、ここは公共の場だぞ!」

「離して雉多さん! 俺は、コイツに言わなきゃいけないことがまだいっぱいあるんだ!」

 

 

 最早抱き抱えてまで遠ざけられようとしても、理凰はやめなかった。

 半分くらい放心している龍崎氷人に想いをぶちまけることを、決して。

 

 

「いいか、俺は絶対この夏に2回転を安定させるし、アクセルだって跳んでやる!」

「らしくないぞ理凰、落ち着けって──」

 

「だから! お前も滑れよ! ()()()()()()()()()()!」

 

 

「来年のノービスに絶対出て来い! 俺に、負けに!

 

 

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