運命はかく扉を叩く   作:スケート観戦に必要な知識多すぎ

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セリフが特に難産でした。


認められなかった者たち 2/2

 

 

 

 まさかこんな出逢い方をするとは思ってもいなかったというのが、明浦路司の嘘偽りない本心だった。

 結束いのりを教えるようになってようやく目を通し始めた全日本ノービス。

 

 そのB大会銀メダリスト、鴗鳥理凰が目の前にいる。

 

 

(でも、只事じゃないな)

 

 

 敬愛する鴗鳥慎一郎の息子であり、スケート界のサラブレッド。

 演技を見る限りは肉体面にもよほど気を遣っているはずの子が、こうして真夜中の公園に一人でいる。

 比較的鈍感な明浦路司ですら何かあったのだとわかる状況。

 

 

「理凰さん……でいいかな。親御さんへの連絡手段はある?」

「ありません。何も持たないで出ちゃったので」

「そっか……俺が代わりに連絡してもいいかな?」

「一人でも帰れますけど……好きにどうぞ。親父たちも、多分心配してはいるでしょうし」

 

(第一関門クリア! なんかより事情がわからなくなったけど、ヤバい事態は防げたぞ……)

 

 

 どこか覇気のない鴗鳥理凰から連絡先を聞き出し、ものすごい焦り方をしている鴗鳥慎一郎に居場所を伝えてようやく胸を撫で下ろすことができた明浦路司が理凰がいるベンチへ座り直す。

 こういう時──困った時に明浦路司がするコミュニケーション方法は決まって褒めることだった。

 

 

「にしても、この前のノービスBは凄かったね! 俺もリアタイで見てたけど、あの力強くて格好いい振り付けと迫力あるジャンプには感動したよ!」

「……どうも。まぁ、知ってるでしょうけど、銀メダリストの息子ですからね。これくらいはできて当然かと」

 

 

 認めるようでいて、どこか聞き覚えがあるような卑屈な発言。

 自己肯定感の低さから来る、自らを下げるようなもの。

 

『私はスタート地点から遅れてるから、これくらいやらないとダメで……』

 

 それは明浦路司にとって、結束いのりを教えている際に何度か聞いてきたようなものだった。

 だからだろうか。

 反射的に、彼女に対するような言動が漏れ出たのは。

 

 

「……理凰さん」

「はい?」

「君の滑りは!!! 凄かった!!!!!」

「……はい?」

 

「スケーターの2世が上手くいかないことはよくあるし、そもそも子どもの頃から強い忍耐力を持って練習を続けることだって難しい。そんな中3回転を楽々跳べて、しかもコンビネーションに組み込める理凰さんは本当にすごいよ!」

 

「い、いや……あの……」

 

「ジャンプの最中も着氷姿勢まで加点をしっかり狙っているよね! フリーレッグやチェックポーズもそうだけど、自分の姿勢でどこが美しいかをよくわかってる! きっと自分の動きとかも動画でよく見て、誠実に演技と向き合ってきたってことがわかるよ!」

 

「っ、周りの大人はすぐそう褒めますけど、結局アイツに比べてジャンプが──」

 

「あ、これだとジャンプだけがすごいみたいな言い方になるか! でもむしろ凄いのは細部への拘り、そしてフィギュアスケートへの意識だよ! 俺には想像も及ばないほどの努力はもちろん、それによって培われた足の角度から指先一本まで意識できる表現者としての力! その歳にしてフィギュアスケートを芸術だと理解できているような、世界観の表現ができているんだ! それはもうスケートに留まらないセンスを感じさせるよ!!! 

 ……って、理凰さん?」

 

 

 ほぼノンブレスで語れるだけ語った明浦路司が、最早停止している理凰に気付いたのはもうドン引きさせた後だった。

 

 

「……明浦路さん、褒め方のレパートリーすごいって言われません?」

「えぇ……そんなの思ったこともないけどなぁ」

「絶対おかしいですよ…………あぁ、その調子で、俺の欠点の分析もしてくれませんか? それだけ褒め言葉が出てくるなら、悪いとこも見えてくるでしょ」

 

 

 否定するだけしてようやく落ち着いてきたのか、どこか捻くれたものを感じさせる返しになってくる。

 

 とはいえ、わかってきた。

 彼は今、挫折の最中なのだ。

 かつて失敗を言い訳のように唱え続けた自分(過去)のように、欠点を追い求めてしまっている。

 

 

「……悪いけど、欠点と言えるほどのものはないよ。細かいことは言えるかもしれないけど、それは欠点というより癖に近い」

「じゃあ、それでいいですよ。言えるってことは直せるってことでしょ。それでGOEが1点でも上がれば少しはマシになる。自分のダメなところはもう見飽きてますし、今更傷つく質じゃないんで、言ってくれませんか。……ああ、教えるのに月謝が必要なら多分親父が払ってくれますよ」

 

 

 どこか皮肉気にそう言う鴗鳥理凰のこれは、自分を守るための殻なのだろう。

 これは自分に求めるラインが高すぎるが故の、果てしない向上心。

 

 そして、どうしようもない劣等感だ。

 明浦路司にとってどうしようもなく理解できてしまう、()()()()()()()()()あの冷たい気持ちだ。

 

 

「理凰さんは、自分の滑走が良いものに見えていないんだね」

「……明浦路さんにはどう見えてましたか」

「ずっと言ってるけど、君の滑りは凄かったよ。日々成長していく身体に合わせて上手くチューンナップしていることがわかる、ベストを尽くした演技。あの君が出せる全力なんだと確信できるようなものだった」

「やっぱり…………そう、全力だったんですよ。全力で…………これ以上なくて…………2位だったんです」

 

 

 ──ああ。

 これが本質だ、と思った。

 

 わかっている。

 この先は絶対にミスできない、心の奥深くに踏み込む行為だ。

 コーチですら安易に手を出してはいけない領域に、教えてもない初対面の半無職成人男性が突っ込んでいいわけがない。

 

 だが、明浦路司は思い出してしまった。

 

 あの時の俺はずっと手を差し伸べてくれる人が欲しかった。

 今の彼のように、どう進めばいいかもわからない時に。

 

 導いてくれる人が、欲しかったんだ。

 

 

「……全日本ノービスで2位なら、君は実質国内男子2番手で、とてもすごい結果だ。点数だって明らかに例年よりも高い。それでも、1位に拘る何かがあるんだね?」

「俺は…………1位になりたいわけじゃないです。2位だってすごい結果だ。親父だってそうなんだから、俺はこの結果を恥じてない。嬉しく思ってます」

 

「でも、俺は龍崎氷人に勝ちたかった」

 

「練習の時点で自分よりも構成が高くて、技術もあるってわかっている相手なのに」

 

「アイツに……俺を待っているあのバカに、勝ちたかった……!」

 

 

 鴗鳥理凰は、最初から分かっていた。

 勝てるわけがないほどの差が開いていることを。

 

 それでも、ないはずの奇跡を求めて挑んだのだ。

 そして奇跡は起きずに、順当に敗北したはずなのに。

 

 誰もが勝ち目のないと思った戦いに負けて、まだ悔しがっている。

 悔しがっている(戦うことを諦めていない)から、心が折れそうになっている。

 

 

「氷人はスケートに必要なものを全部持ってます。……インタビューした記者は、スケートの運命に愛されているとか言ってましたね」

 

「アイツに比べたら、俺は運命に愛されてないんじゃないかな」

 

 

 苦しげな独白を繰り返す鴗鳥理凰の姿が、どこへ進めばいいのか、進んでいいのかすらわからなかった過去の自分と重なっていく。

 境遇だってスケートだって、なに一つ似ていないはずなのに、重なってしまう。

 

 心臓の音がうるさい。フラッシュバックが激しい。

 なぜ彼が、こんなにもスケートを愛して愛されている彼が、俺のような苦しみを覚えなきゃならないんだろう。

 

 

「今回って、攻めに攻めた構成をして滑りきれた、これ以上ない点数なんです。もしこれが運命なら、上振れても勝てないなら、今後ずっと勝てないんじゃないか……そう思えて仕方ないんです」

 

 

 ()()()()()()()()()

 インタビューでも、練習中でも、彼自身ですら、ずっと言い続け、言われ続け、信じ続けてきた運命。

 

 

 

 ──ふざけるな

 

 

 

 運命がなんだ。

 

 結束いのりが小5まで本格的なスケートができなかったことも運命なのか。

 

 鴗鳥理凰が全てを持ちながらここまで打ちのめされることも運命と言えるのか。

 

 

 明浦路司が、スケーターとしての道を諦めたのも──! 

 

 

 

 

「運命なんて言葉で、全て割り切れなんかしない!」

 

 

 

 

 それはきっと、明浦路司の、人生の叫びだった。

 

 

「君の伸び代はまだある、彼に負けてなんかいない!」

「そ……んな……だって、ジャンプがこんなにも突き放されていくのに──」

「スケーティングがある! スケーティング技術による各エレメンツのレベル向上を図れば、構成以外でも勝負できる! そもそも君がジャンプで勝てないって決まったわけですらない! 他にも、っ──」

 

 

 そうじゃない、そうじゃないだろう。

 俺が伝えたいことは。

 

 スケートの運命から弾かれた俺(明浦路司)だからこそ言えることがある。

 ()は、まだ。

 

 

「──挑んでいいんだ!」

 

 

 あの時に自分はそう言って欲しかった。

 

 

「君の挑戦を世界が笑っても、俺だけは絶対に笑わない!君を応援する!」

 

 

 あの時に自分はそうして欲しかった。

 

 

「だから、立って戦うんだ!転んでも諦めるな!」

 

 

 あの時の自分(鴗鳥理凰)に、今の自分ができることはなんだ。

 

 

「俺が──俺が君に教えられることを教える!」

 

 

 

「だから一緒に! 運命に、勝とう!」





プロットが尽きたので更新が少しゆっくりになりますが、ノービスAまではちゃんと書き切ります。
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