「大丈夫? 本当に、なんともない?」
「平気だって。それよりもえっとるこそ大丈夫なわけ? 本当にごめん、ごまあんまんがまさかあそこまで精霊に合わないとは僕も思わなくって……」
「だからごまあんまんは関係ないのよ!」
そうさごまあんまんではなくそれを安易に与えた僕が悪い。ごまあんまんは美味しいし最高だし悪いことなんてひとつもない。それはとてもそう。
えっとる溶解事件の後、彼女は何度も僕の体調を気遣ってくる。正直、えっとると目を合わせてから溶ける直前までのことを僕はあまり覚えておらず、えっとるもまた詳細を語ろうとしなかった為に、なにが起きたのかはいまいち分からない。
それでもどうしてか罪悪感だけは湧いてきて、僕らは先程からお互いを気遣う同じような会話を繰り返していた。
「本当に関係ないのに……なんだかそう思わせてることがごまあんまんに申し訳なくなってくるわ……」
「ウーン、けどさぁ、翅に心なしかごまあんまんの色が移っちゃったみたいで」
「……っ!! あ、アタシの翅、色、変わってるの?」
「ア、ウン……翅の先端の方とか……あっ」
えっとるが川岸に飛んで行く。そうしてしばらく水面を眺めると、黙ってそのまま戻って来た。
「ミモリ」
透き通るような眼。微笑んでいるようにも、けれど泣いているようにもみえる、どこまでも穏やかな表情。
「ごめんね。アナタが本当に迷い込んだだけっていうのはちゃんと分かったわ。「侵入者」じゃない。だから、「外」に帰れるように手伝うわ。ミモリの帰りたい場所には連れて行ってはあげられないかもしれないけれど、森を出るだけなら、アタシも少しは案内出来ると思うの」
「えっとる……?」
「安心して、二層まで行けばアタシより道案内が上手な子がいるはずだから。ごめんなさい。気付くのが遅くなっちゃった。当然のことなのにね……急かすようで悪いけど、今すぐ行かないと。お願い。ついて来て」
後になればなるほど早口で、焦りが滲み出るような喋りになっていく。ついて来て、と言うや否や彼女は後ろを向いて飛び出した。
「ちょっ、えっとる!?なにが、待っ――――」
急なえっとるの変化に戸惑い、思わず手を伸ばす。
そうして伸ばした手の先は、次の瞬間、消えていた。
「あ、え?」
違う。枯れ消えた? 一瞬だ。ほんの一瞬の間に、しわだらけになって、枯れ木のようになって、骨だけになって、そうして崩れて消えた。
「な、にが」
「ミモリッ!? なっ、これっ、」
マシュマロのニオイがうすく鼻腔を撫でて消える。
血は流れない。気持ち悪い。かえりたい。一体なにが?辺りを見回す。
「あらあ。外しちゃったわねえ。」
クリーム色の髪。修道女のような白い服。おっとりと間延びした声とこちらへ伸ばされた右手。えっとると違い人間サイズのその女性は、それでいて、えっとるのように透き通った翅を持っていた。
「三層、穢れ翅、侵入者。とっても不吉な組み合わせねえ。――――次こそ当てなきゃ」
ドロリとした闇色の眼が開かれる。手をかざす。身体中にゾワリと粘質ななにかが纏わりつくような気配がして――――
「『やめてッ』『動かないでッ』」
えっとるが叫んだ。クリーム色頭の女性は動けなくなる。あと僕も動けない。
「あ、アナタ、どうしてここに?」
「あらあ、だって、定期連絡が途絶えてるんだもの。来たくはなかったけれど仕方なかったのよねえ。」
「連絡? そんなの今までしたことなんてッ……」
「あなたからの連絡なんていらないわよお。んー、もう、なんでもいいでしょう。来てみたらあなたは立派なくろーい翅の穢れ翅。今から処分されるんだからあ。おまけに侵入者も……はあ、ふたつとも処分しなくちゃいけないなんて本当めんどうねえ。――――はやく拘束、解いてくれる? これ、ほんっとうに不愉快なの」
「ま、待って!アタシの処分は構わないわ! でもこっちの……このニンゲンは侵入者じゃないの! 本当に偶然迷い込んだだけ! 三層管理者って立場から誓って言えるわ! この意味、分かるわよね? だからこのニンゲンには手を出さないって――森の外に送り返すって約束して!」
「………………。はあ、わかったわあ。わかったからあ、はやく解いて」
「! ありがとう、よかった、これでこの子も――――」
えっとるが感謝を伝えた次の瞬間、クリーム色頭の右手が動き、今度は僕の左脚が消し飛んだ。立っていられなくなり倒れ込む。カバンからモノが辺りに散乱する。
「ミモリ――――!? どうしてッ」
「あーあ、また外しちゃった」
なにが。なにが起きている。こいつは何者なんだ。分かるのは平気でえっとるを騙すヤツだってこと。アイツの右手が動くとマズいかもしれないこと。なにか。なにかないか。どうにかしないと。クリーム頭の視線の先はえっとる?
「あんまりよくないわね、はー、落ち着かないとお。今度こそ――――」
また右手が動きかける。えっとるはこちらに気が向いている。マズい! 間に合え間に合え間に合え――――!
「オリャアアアーーッ!!!!」
咄嗟に掴んだなにかを投げる。利き手じゃないし寝そべりながら投げたはずのソレは、奇跡的な軌道を描いてクリーム頭の顔面に当たった。これが石投げキングの実力だ。
「うきゃっ!? な、なにが起きてぇっ」
「う、あ、あああああああああああああーーー!!!!」
そこにえっとるが突っ込んで行き、クリーム頭の首元にしがみ付いた。
「ヒッ!? やめて穢れるッ! 取り込む気!? いや、いやッ!! 触らないでよォ!!」
「『動くなッ』! どうして、どうしてなのッ……なんでアナタたちはいつも! こんなことを平気で出来るの! 『叫ぶな』!『泣くな』! アナタにそんな権利があるもんかッ! ――『今すぐその子をなおせ』!!」
「ひぁっ、や、やだ、やめ、あ、あれは治せない! 時間の加速よ!? 治せないの、治せないから、やっ、」
「そんなわけない! 知ってるんだから! いいから『なおせ』! ――『お前は彼をなおす』! 『今すぐなおす』!『なおしたら今起きたことをすべて忘れる』!『お前はここを動けない』『一歩たりとも動けない』『なおせ』『忘れろ』『動くな』『なおせ』『動くな』『忘れろ』『なおせ』『はやくなおせ』『なおせなおせなおせなおせなおせなおせなおせなおせーーーーーーーーッ』!!!!!!」
えっとるが絞り出すように叫ぶと、クリーム色は恐怖に顔を歪め、鼻から血を流し出した。
糸で吊られるように右手が上がると、僕の手と脚が元に戻っていく。なかなか気持ち悪い光景だ。そしてかゆい。かえりたい。何故か手と脚以外の部位もちょくちょくこそばゆいのがなお不快だ。
僕の手足が元に戻った後もなお脅し命令を繰り返すえっとるの気迫にやられたのか、クリーム頭は顔を土気色に変え、白目を剥き、泡を噴いてその場に倒れ込む。あ、痙攣してる。
「えっとる、こっちはもう大丈夫だよ」
「っ! ミモリっ、身体は? なんともない?」
顔を跳ね上げるえっとる。その眼が一瞬泥のように見えたのはさっき見たクリーム頭の顔のせいに違いない。
陽光を浴びた花の色の瞳を輝かせた彼女は、よかったよかった、と僕の周りを飛び回る。それはもう素早く飛び回る。すごい勢いだ。
「えっとる、それ目が回らない?」
「アッもうグルングルンじゃん」
グルングルンでぐてんぐてんのえっとるには木陰で休んでもらうことにして、クリーム頭の様子を見る。
コイツはなんだったんだろう。えっとるが身体の中に溶けた時に見えた記憶の、数少ない顔の中にいた気もする。闇色の瞳で見下ろされる。会う度冷えてじくじく痛むのに、やめられない期待。あまり向き合いたくない類の感情が想起される。あの明らかにえっとるを嫌悪した態度は昔からか。
痛みはほとんどなかったものの手足を枯れ消されたことに思うところはあるわけで、少女の見た目とはいえあまり丁重に扱う気にはなれなかった。そこら辺のパステル棒で突っつき、完全に意識がないことを確認する。意識がないとはいえこれはこのまま放置してもいいのだろうか。話が通じない上に能力が恐ろし過ぎる。縛っておいた方が良いのでは? なにか紐的なものがないかと辺りを探し――
「アッ……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ーーーー!!!!」
「わあっどうしたのミモリ! なんで急にソイツを転がしてるの!? どこに運ぶつもりなの!?」
「ウワアーッ! このイカれクリーム頭がァ! ゆ゙る゙ぜね゙ーッ」
「本当にいきなりどうしたの!? ソイツまだ動いてたりした!?」
「こっ、こいつのせいで……僕のッ!ぼくの大切な洋風カレーまんがッ……家に帰ってからっ、レンチンして!トースターであっためる予定だったッ!ぼくのッ!洋風カレーまんがァッ……ウ、ウワアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ミモリ……」
コイツに投げたの、あろうことが大切なコンビニまんだった。本当に許せねえ! こんのやろう! 一生恨んでやるからな!!!!
「クソッ腹立つしもったいない!……食べちゃおうかなあ」
「やめてミモリ、精霊の体液が付いてるかもしれないのよ! そんなのばっちいから食べちゃ駄目!」
「ウゥッ、でも、でもこれは貴重な……」
「と、とにかく駄目なの! どうしてもって言うならアタシが吸収する!」
「エーッえっとるも食べる!? そうなんだよ甘いやつが無理でもこれならいけるんじゃないかなって僕も思ってて見てこの艶やかな色合いと香りもうたまんないよねああーもうダメだ身体が勝手に食べようと動」
「わあーっ!!」
食べようとした寸前でえっとるの翅が伸びて僕のコンビニまんを奪っていった。翅はうにょうにょ伸びて口のようになると、コンビニまんを捕食していく。えっとるはひたすら形容のし難い味わいのある顔をしている。
「か、変わった食事風景だね……?」
「コレしないと基本食べられないから……」
曰く精霊は翅を使って空気中のエネルギーを吸収するのだが、実体のあるモノを摂取しようとすると背中と頭の中がものすごくムズムズするらしい。おまけに「味」というモノもなんとなーくしか感じられないらしく、えっとるはまたしても微妙な反応をしていた。でもさっきよりは分かりやすく、美味しかった……味がしたような気がする、らしい。カレーだからね。匂いだけでも美味しいもんね。カレーの匂いがついていたら土でも食べられる気がしちゃう。
それにしても、翅か。穢れ翅。処分。あれは一体なんだったんだろ
幸いにもカバンから散らばったのはノートやペンケース、その他ガラクタがメインで、洋風カレーまん以外のコンビニまんは無事だった。その他ガラクタが多過ぎてつらい。正直ここに置いて行ってしまいたいようなわけのわからないモノ――お面やフリスビーなんて一体なんで入れたんだ――はあるが、この謎の森の環境破壊に繋がらないとも限らないしそもそも僕のモノじゃないし……ウン、本当はこの森の環境とかどうでもいいんだけれど流石にマッチ箱なんて森に置いていけないからな……きちんと持ち帰らねばならず、カバンは今度からちゃんと閉めておかねばという思いを強くする。いや閉めてなかったから助かった感じはあるけれど。
ひとまずこれで全部カバンに荷物を戻し終えたはずだ。ついでに地面の星もいくつか突っ込んだし超完璧。
「よし、お待たせえっとる」
「こっちも準備出来たわ! さあ三層脱出よ!」
先行きは不安だけれどとりあえずこんな世界とはおさらばだ!待ってろ外。あとクリーム頭、結局そのまんま放置してるけれどアレ大丈夫? 起きたらまた襲ってこない? え? 会った記憶は消してある? 念のためさっき色々と重ねがけしたって? 気絶してても効くのかあの命令するやつ……すごいや……。