ふわふわ森の夢のあと!   作:かんか二見

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ピザマンデモ

 

 

「精霊、殺し――――?」

 

 精霊殺しと呼ばれた青白い人影と僕らは対峙し、互いに見つめ合った。青白い光が、古い納屋の電球のようにほのかにちらつく。

 

「――――ミモリ、当然知ってると思うですがわたしはそれはもう優秀です」

「アッウン、そうだね」

「優秀なので……二層にいても一層の様子、頑張ればちょこっとなら見られたですよ」

「そうなんだ……?」

「当然誰にも気付かれませんでした。でもコイツは……わたしが「見る」と、なんかこっちに投げてきたです! おかしいです!」

「投げ……?」

 

 よく分からんがめちゃくちゃ勘がいいヒトってことなのか? 確かに先程のコールタール君を真っ二つにした時の動きは只者ではなさそうだったが……だってぜんぜんなんもみえなかったし。すごいはやくてつよそう。

 

「むむ、うんと、だからつまり……一層について詳しめのわたしをもってしても、コイツについてはウワサだけで――コイツの実際の暮らしについては知らねーんですけれど――でも一瞬だけ、視界の隅っこに映ったことがあって…………わたし、見ちまったです。コイツ――――翅ナシが、精霊を斬りつけるところを」

「!! ……そ、そうなんですか?」

「どうしてこの流れで本人に訊いちゃうですか?!」

「ごめんつい……アッ、でも翅ナシさん?が首かしげてるぞべーこん! なんか違うかもしれないぞべーこん!」

「むーん? でも確かに今精霊(わたしたち)を斬ってこないですもんね…………いやでも……うむむ、もしやなにかと見間違えたですか? わたしとしたことがウワサで決めつけてたです……? むむむ? むむーん……はわ、だとしたら、とんでもなく失礼したです……」

 

 ハハッべーこんってば早とちりだなぁ。でも謝れるのはとってもえらいのでえらい。しかしそんな噂が階層中を駆け巡っている辺り精霊全体が早とちりなのかもしれない。大変だな精霊って。一体みんなしてなにをどう見間違えたのだろう。

 翅ナシさん――で結局いいのだろうか――はべーこんを見て、首を横に振った。なんとなく「別に気にしないでいいよ」感のある仕草だ。最低限人型をしていそうだということしか認識出来ないので本当にそうなのかどうかは分からないけれど。

 ゆらゆら瞬く輪郭は、捉えようとするたびブレて定まらない。一層の暗く澱んだ空気の中では、それは鬼火だとか幽霊のような、平素であれば目が合った瞬間逃げ出してしまいたくなるような外見をしていた。とても窮地を救ってくれた恩人を形容するには相応しくないのだが、ものすごくホラーっぽい。

 とはいえここに来るまで見てきた化け物に比べると遥かにマトモというか、顔立ちこそほとんど分からなかったが一瞬少女のような顔が見えたこともあってか、恐怖はほとんど感じない。流石に顔をじっと近付けてじっくり観察されるとドキドキするけれど。近いんだよなぁさっきから。

 でもどんな生き物にでも間近でジロジロ見られたら結構ドキドキする気はするな。やっぱり間近はね、ちょっとね――いや待てよなんかこっちに手が伸び――アッ触られた!? 触られてるな僕!? ヒェッ感触ないのにちょっと冷たい!!

 触られる直前にえっとるが止めようとしてくれたのは聞こえたのだが普通に効かなかったらしく、僕は青白い人型に触られ続けた。何事も起こっていない辺り、穢れ翅というものとは違う存在なのだろう。ただひたすらに触ってくる。見詰めてくる。顔と思わしき部分が僕の身体に触れそうな距離。近い近い。

 

「ヒェ……あ、あのォー……僕、なにか気になることしましたでしょうか……?」

 

 僕が耐えかねて質問すると、翅ナシさんははっと我に帰ったかのように、顔をのけぞらせ僕から距離を取った。ちゃんと話の通じるタイプのヒトだった。

 ペコペコと何度もお辞儀をしてくる。「ご、ごめんね、そんなつもりじゃ……」感のある仕草。

 

「アッ、いえ別にいいんです、ただちょっとビックリしちゃっただけで……」

 

 翅ナシさんは落ち込んでいるのか、俯いて縮こまってしまった。気まずい。助けてくれたヒトを無闇に落ち込ませたくはないんだけれどな……。

 

「えーっとォ…………あ、改めてさっきは助けてくれてありがとうございます翅ナシさん!――翅ナシさんでいいのかな――? すごい強いんですね!」

 

 またじっとこちらを見つめてくる翅ナシさん。どういう感情なのか分からない。困ったぞ、リアクションがなくなってしまった。どうしたらいいか分からなくなり、えっとるたちに助けを求めるように振り返り一歩下がってしまい、看板に愛しのカバンをぶつけてしまう。おっとごめんよカバンくん。看板くんもごめんね。

 ああどうしようまだ見て……あっ、カバン見てる……? 今度は僕のカバンをすごい見つめてる……カバン……そうだ!

 

「…………アッ、そのォー、お礼と言っちゃなんですが、コンビニまんとか、いります? ちょっと時間は経っちゃってますけど、ウン、ニオイ的にも問題なさそうなので――」

 

 カバンから袋を取り出し、一つ手に取り確認する。うん、実に力強く脳を打つピザまんの香り。なんて華やかなんだろう。心が弾むね。スゥーーッ!……うーん唾液がすごい出てくる! たまらないね! やっぱピザまんって最高だよね、だってピザだよピザ! チーズとトマトソース! 美味しくないわけないじゃん! 人類ってえらいよピザまんつくれるんだから! ありがとう人類! ああ鼻の奥から生の喜びが――――あっ?

 ヒヤリと手を冷気がなでていく。そういえば翅ナシさんこんな透き通ってるのにモノを食べれるのかとかそもそも人間の文明をあげてもいいタイプなのかとか全く確認してなかったことに今更気付き、えっとるにごまあんまんをあげてから何も学ばない自分の浅慮さに血が引くのを感じると同時、翅ナシさんが僕の手からピザまんを取って行った。

 手に持てるんだと思った瞬間、翅ナシさんの様子が変わる。ピザまんを凝視しながら、小刻みに震えている。息が荒くなったような肩の動き。次の瞬間口があると思わしき位置にピザまんを運び――食べた。

 

「あっ」

 

 一口食べて、そして――――泣いていた。

 揺れる輪郭が、一瞬だけ像を結ぶ。少女の顔。大きく見開いた目から涙をぼろぼろと流す。光がとめどなく目の位置から溢れ落ち、そうして再度動き始めたかと思うと、あっという間にピザまんが消えた。消えた後も翅ナシさんは俯き、肩を震わせ、腕のようなモノで顔から光をぬぐい続ける。こぼれ落ちた光が地面で星のようにきらめく。

 とても声を掛けられる雰囲気ではなく、僕たちはしばらく地面で瞬く星々を見つめ続けた。ふわりと風が吹く。釣り鐘が揺れて、きらめきに合わせて音楽を奏でる。大地できらきらと鮮明に輝く星は、翅ナシさんが泣き止んでもまだ輝き続けていた。

 

「翅ナシさん……その、」

 

 こちらに向き直り、深くお辞儀をする翅ナシさん。顔を上げるとまたじっと見つめてくる。なんとなく、彼女が微笑んでいるように感じる。ピザまんは喜んでもらえた……のだと思う。

 ピザまんが泣くほど美味しいのは当たり前のことなのだが、こんなに喜んでもらえるのなら買いたてのアツアツのモノを食べさせてあげたかった、などとどうしようも出来ない点を悔やんでしまう。喜んでくれる彼女にも味わせてあげられたなら。アツアツのコンビニまんは本当に美味しいんだ。なんでもない日常の一コマであったはずの時間も、永遠に記憶に刻みつけられるほどに。

 

 翅ナシさんは急になにかに気付いたような仕草をしたかと思うと、辺りをキョロキョロ見渡したり、じっと手を見つめたりし出した。どうしたんだろう?

 しばらく思案するような仕草をしていたかと思うと、胸元を弄るような動きをする。衣擦れのような音が聞こえる……服、着てるんだ……いやそりゃ着てるよな。あんまりよく認識出来なかったが少女の顔だったんだ。

 まさか脱いでるのかと一瞬焦ったが、そうではなく、なにか紐状のモノ――リボンだろうか――を解いただけのようだった。そのまま近づいてきて、僕のカバンの辺りをいじる。

 蝶々結びだ。カバン本体と紐の繋ぎ目に、ぼやけた輪郭をした青白く細い光の線が結ばれている。

 

「あの、これって……」

『おレイ 、おマモり よ』

「ウッ!?」

 

 彼女が僕の手を両手で包む。分厚い壁越しに喋りかけるような、それでいてトンネルの中で叫ぶような、ひどく不鮮明な声が頭に響く。これは翅ナシさんの声――? 喋れたのか、と思ったがこれは喋ってるというよりは――テレパシー? 頭に直接話しかけている? 体験したことのない感覚に、思わず声が漏れる。

 

 『あ えっと、ううんと このカンじ、キモチワ る よね、なるべ すぐヤめ るね ごめ ね』

「やっ、そんなことは――でもちょっと慣れないかもしれない……です」

 

 生まれてこの方こういうタイプの意思の疎通方法に出会したことがなかったのだ。決して翅ナシさんが嫌なわけではないが、なんだかムズムズする。

 

『ありが う。  に食べ れて、ホントにウレしかった。あなた おカゲ 、なんだ    トり   気が  』

 

 不鮮明すぎて全体的にひどく聞き取りにくい上、明らかに音が途切れて聞こえない部分がある。ブツブツだ。ピザまんが最高に美味しいので嬉しかったということしか分からない。

 

「アッ……はい、ピザまん……美味しいですからね。僕らの人生はピザまんのおかげ。お分かりいただけて嬉し…………アッちがうそうじゃなくて……その、こちらこそ助けてくれてありがとうございます、ほんといやピザまんは美味しいんですが美味しいんですよ美味しいですよねそうですこれピザまんって言いまして……………………スミマセン間違えました」

『えっと うう と、 お、オイし いよね。うん……』

 

 間違えた。全体的に間違えた。人生初の会話の方式に気が動転してしまった。困ったような笑顔が瞬く。幽霊っぽい見た目のヒトに気を遣われてしまった。なんだかちょっと居た堪れない。恥ずかしさで視線を逸らすと、えっとるが心配そうにこちらを見ていた。ああ僕が変なことを言ったばかりに……と思ったが、少し様子が違う。

 

『あ……ごめ ね このコ ちに キこえ ない の…… 今はサワらな とだめみたい で……。すぐオワ    、えっと、うう  、ひ、ヒトつだ ! あな た の、ナマエ――――』

「? 僕の、名前――? ……深森葵、です」

『――!! …………  ……アオイ く 、だね。 ヨロし  、アオイくん。……あと、ごめ  、敬語  やめ くれたホ がウレし な』

 

 最後に困ったように笑いかけられたような気がして、彼女は手を僕から離した。

 翅ナシさんはえっとるとべーこんに視線を向けると、一人ずつ触れていった。二人とも驚いていたが、特に何が起こるでもなく、なんなら三人とも全く声は出さず無音で全てが終わった。もしかして僕も考えれば伝わったやつ? えっとるはポカンとしている。頭上のべーこんの表情は分からないが多分似たようなものだろう。なんだかそんな気がする。

 惚ける二人の再起動を待っている間、リボンを付けてもらったことで一気にラブリーさを増してしまったカバンに目を向ける。リボンの紐は紐の幽霊といった風合で、可愛さとは別のジャンルの気配も感じるが、パッと見は蝶々結びのリボンであることに変わりはない。お礼? らしいし、好意は大切にしたいので外すつもりはないが、照れ臭さがないと言ったら嘘になる。頭装備がイカついので案外これでバランスが取れたりしないだろうか。でも頭装備も声が可愛いのでやっぱりバランスは取れないかもしれない。僕にこれ以上可愛くなってどうしろと言うんだ?

 

 翅ナシさんは惚ける僕たちをしばらく眺めていたが、満足したのか一度頷いた。そうして看板くんの下に歩み寄ったかと思うと、看板くんを掴んで力強く引っこ抜くき、膝(?)で真っ二つに割ってみせた。

 

「かっ……看板くーん!?!?!?」

 

 哀れ看板くん、君とはとうとう分かり合えることがないままだった。看板くんは今際の際表示面になにか新しい言葉を浮かべていたようだったけれど、位置が悪くダイイングメッセージは受け取る前に消えた。まあ多分敵意〜!って感じの文面だろう。受け取ってもちくちくされるだけなのでちくちくした言葉は受け取らないに限るんだ。さようなら看板くん……。

 

 

 

 

 




汝のピザまんを愛せよ
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