あの日から二日は経過した。その間、私とましろの間には一言も会話を交わすことはなかった。
会話以前にましろは私と目が合っただけで怯えた様子を見せるし、休憩時間に手洗いに向かおうと席を立っただけで何処かに逃げて行ってしまう始末。
「はぁ~」
こんな事になるんだったら、普段通りと同じく心の奥に押し殺しておけばよかったと……そんな後悔がずっと頭の中でグルグルと巡って、一睡も出来なかった。
「こんなところで何をしているの?」
振り返ってみるといつも通り、何を考えているのか分からない顔をしている八潮瑠唯の姿があった。
「八潮さん、御機嫌よう……」
「目の下に大きなクマが出来ているわ。寝てないの?」
「あぁ……ここの所、夜遅くまで勉強をしているのであまり眠れていないです」
嘘でもないけど本当でもない。
あの日の事を考えていると眠れなくなったから、眠くなるまで勉強をしていた。ただ、それだけの事。
それで本当に勉強した内容が頭の中に入っているのかはまた別の話になる。
「そう。その割にはいつもと比べて、険しい顔をしているように見えるけど」
「多分、眠気に抗っているからそんな風に見えているだけですよ。あはは……」
作り笑顔を浮かべながら彼女の動向をみる。
八潮 瑠唯。彼女と私は違うクラス。それの所為なのか彼女とは初登校以来話をした事はない。それなのに、向こうの方から声を掛けてくるのには絶対に何かがあると考えてしまった。
「それよりも珍しいですね。八潮さんの方から声を掛けてくるなんて」
「あなたが借りている本が返却日を過ぎているのに帰ってきていないって、図書委員に頼まれたのよ」
「借りていた本? あ、これの事ですか」
スクールバックからあるものを取り出して、八潮に見せる。すると、彼女の目が少し見開いたように見えた。
「卒業アルバム? どうしてこんなものを……」
「理由はどうしても話さないといけないのですか?」
「必要ないわ。少し疑問に思っただけよ。それよりも、持っているならそのまま返しに行ってくれるかしら?」
「そうします」
「全く、こういったことは当事者たちだけで解決してほしいものね」
多分、寝不足の所為なのだろう。何気なく言う彼女の言葉に少し苛立ちを感じた。
「そのアルバムの事も倉田さんとの事もね」
八潮の口から思わない言葉を耳にして、目を見開いた。
「彼女は何か言っていましたか」
去りかけていた八潮の手を掴んで、彼女の顔を……瞳を覗き込む。それと同時に雷鳴が轟く。
「詳しくまでは知らないわ。さっきも言ったけど、これはあなた達の問題でしょう。それなら当事者同士で話し合う事ね」
雷鳴に動じる事もなく、私の手を振り払うと私の前から去っていた。
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気まずい……
依頼ちゃんとケンカした次の日、みんなに謝って一緒にバンドをすることを依頼ちゃんに話そうと思ったけど……きっと怒っているよね。
授業中、横目で彼女を見てみるといつもと変わらず何を考えているのかわからない顔をしていたし、そのことで八潮さんに相談してみたけど、あまり相手にされなかったし……
「倉田さん。最近、瑞穂さんを避けているけど、何かあったの?」
「えっと、その……この前の事でケンカになっちゃって……」
「ケンカって、あの瑞穂さんと?」
二葉さんが驚くのは当然だった。依頼ちゃんは入学式から居る私に比べて、他の人と話をしたり、一緒にご飯を取ったり、私よりもクラスに馴染んでいた。
でも、あの日に本当の事を知ってしまった。もしも、あの時に言っていた言葉の通りなら、今まで私と仲良くしていたのも本当は嫌だったのかな……
「あんなに倉田さんと仲良くしていたのに……」
「信じられないよね。中学の頃から一緒だったけど、私も一回もケンカしたところを見たことがなくて……依頼ちゃん。怒るとあんなに大きな声が出るなんて思わなかった……」
普段の彼女は落ち着いた声をしてて、聴いているだけどんな状況でも安心が出来た。
「倉田さん、瑞穂さんに謝ったの?」
「……まだ、謝ってない」
「倉田さん。この前、もう逃げたりしないって言ってたじゃん。瑞穂さん、休み時間になると倉田さんのところに行っているけど、どうして逃げちゃうの?」
「うぅ……だ、だって依頼ちゃんにひどいこと言ったのに何て言ったらいいのか……」
「おーい! 倉田、二葉。一緒にクレープ食いに行かない? ……って、何かあった?」
どうしたらいいのか分からなくなって、頭を抱えていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、透子ちゃんと広町さん。実は……」
二人は簡単な説明を一通り聞くと「うーん」と唸った。
「なるほどねー。確かに彼女といると少しだけど、違和感ががあるよね。どうしてだろう?」
「確かに、あいつと話している時ってなんかこう……壁があるように感じるんだよなー」
「多分、彼女が敬語で話しているかじゃない? 倉田さん。瑞穂さんって中学の時もあんな感じだったの?」
「私と依頼ちゃんが初めて会った時。確か……」
その直後、雷が音が聞こえてきた。外を見てみると雨が降り出していた。
そうだった。私と依頼ちゃんが初めて会った時もこんな土砂降りの雨の日だった。
「うわ、結構降っているし……どうする?」
「わ、私……折りたたみ傘もっているよ」
「でも、その折りたたみ傘だと頑張っても二人しか入れないよ」
「あ、しろちゃん。あれを見て」
広町さんに呼ばれて、教室の窓を見てみる。そこには放課後なのにスクールバックを片手に校舎に入って来る生徒。背中まで伸ばした黒髪、左目には眼帯を付けていた。
「依頼ちゃん……ごめんね。みんな、私──」
「うん。行ってあげた方がいいよ」
「そうそう。クレープなんていつでも食べに行けるし」
「それにこの雨はしばらく止みそうにないから、私達はここでもう少し話をしてから帰るよ」
みんなに見送られて、急いで下駄箱に向かって走る。
校舎の入り口の前では、傘がなくて足止めにあっている生徒が外を見ていた。その中でハンカチで
髪を拭いてる依頼ちゃんの姿があった。
「依頼ちゃん……」
「ましろ。まだ学校に居たんだ」
久々に口を開いた彼女の声は普段と変わっていなかった。だけど、その声には冷たさを感じた。
「え、えっと……い、いっしょに……」
いっしょに帰ろう。そんないつも言っていた言葉が出ない。そんな私を見た依頼ちゃんは手を差し伸ばした。
「折りたたみ傘を貸して、私の方が少し背が高いから私が持つ」
「え、うん……」
折りたたみ傘を渡すと依頼ちゃんは傘を広げると歩き始めた。
「どうした。一緒に帰るんじゃなかったのかい?」
「う、うん……」
その時、薄暗い雲が白く光った数秒後にゴロゴロと大きな音が聞こえてきた。その音にビックリして、依頼ちゃんの腕にしがみついた。
「あ」
依頼ちゃんの顔を見てみると顔色一つ変えずに私を見ていた。
「ご、ごめん……」
「いや、別にいいよ。それよりもうちょっとだけこっちに入らないと濡れる」
依頼ちゃんは優しく私の体を引き寄せると彼女の心臓の音が聞こえるほど近くに密着した。
ドクドク……冷静な顔をしているのに依頼ちゃんの心臓はとても速いペースで鼓動をしていた。
「雨が強くなってきたから、少し早く行こう。大丈夫?」
「う、うん……大丈夫だと思うよ」
反射的に返事をした後、依頼ちゃんはすこし歩くペースが速くなると向かい風で傘が裏返った。
その時、こちら向かって来たトラックが水たまりを踏むと巻き上がった水しぶきは依頼ちゃん左半身を濡らした。
「……」
「依頼ちゃん。大丈夫?」
「あぁ、悪いけど。ましろの家で雨宿りしてもいいかい?」
「う、うん」
私の家に着くと依頼ちゃんはハンカチで顔を拭っていた。左前髪をかき上げた。私は見ない方がいいと思い、依頼ちゃんから顔を背けた。
「ましろちゃん、お帰り……あら? 貴方は?」
バスタオルを片手にお母さんがパタパタとスリッパを鳴らしながら、小走りで駆け寄ってきた。
「ましろの……いや、倉田さんのお母様。はじめまして、ましろちゃんのクラスメイトの瑞穂依頼です。すみません。少し迷惑かもしれませんが雨宿りさせていただけますか?」
「まぁまぁ……ましろちゃんのお友達なのね。どれだけいてもいいわよ。タオル持ってくるから待ててね」
そういうとお母さんは洗面台に向かっていた。その姿を見て、依頼ちゃんは「ふふ……」と小さく笑った。
「どうかしたの?」
「いや、少し前の事を思い出してね。あの時は私の家でましろが雨宿りをしていたなって……」
「う、うん。そうだったね」
今でも忘れられない。今を思えば、あの時の出来事があったから私と依頼ちゃんが仲良くなれたきっかけだったのかもしれない。