Monotone   作:hirag

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12話 雨の日に(後編)

 

 肌は白くて、細長い手足に華奢な体型をして前髪で左半分を隠した少女。瑞穂 依頼。

 彼女は私が中学一年生の夏休み明けに、隣のクラスに編入してきた。

 頭の回転が速くて、話が上手い。そんな噂ばかりが私の耳に入ってきた。しかし、彼女は自分のクラスから出てくることも少なく。放課後はすぐに帰っているから私は彼女の姿を見たことはあったけど、話す機会は一度もなかった。

 

 でも、そんな私達は一回だけゆっくり話す時間があった。それは季節外れの大雨が降ったあの日、彼女は下駄箱で傘を持たずにスマホと空を眺めていた。

 みんな、彼女と一緒に帰ろうと誘っていたけど、彼女は「迎えが来るので私はいいよ」と丁寧に断っていた。

 靴を履き替えた時、彼女の口から舌打ちをしたような音が聞こえてきた。気のせいだと思って、彼女から見えない場所に場所に姿を隠した。

 

「クソッ! こんな時間から酒を飲むとか。なに考えているんだ」

 

 荒々しい言葉使い。噂で聞いた彼女とは違う姿がそこにあった。

 もしかして、彼女は本当は怖い人なのかも……そんな考えが頭に過り、その場から離れようとした。

 

「あ!」

 

 ガタンッ! 

 近くにあった傘立てを躓いて、大きな音が誰もいない下駄箱に響いた。

 

「誰かそこにいる⁉」

 

 ガラスの扉越しに彼女と目が合った。その時、彼女の隠れていた顔が見えた。そこには白い眼帯をが左目を覆って、その端には少しだけ黒い肌が見えた気がした。

 

「ご、ごめんなさい!」

「あ、そこの人待ちなさい!」

 

 私は彼女の事が怖くなって、その場から逃げたけど、あっさりと捕まってしまった。

 

「え、おそっ……」

 

 全力で走って、二階まで駆け上がって汗をかいた私に対して、彼女は汗1つもかいてなくて呼吸も乱れていなかった。

 

「あなた、隣のクラスの倉田 ましろさんね」

「ど、どうして私の名前を……」

 

 私と彼女は初対面のはずなのに何故か彼女は私の名前を知っていた。

 

「これ。あなたの物ですよね?」

 

 彼女の手には私の学生証があった。学生証が入っていたスクールバックのポケットを見てみるとチャックが開いていた。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 学生証を受け取ろうと手を伸ばした瞬間、彼女は手をすっと腕を引っ込めた。

 

「あなた。さっき、私が言った言葉を聞いてましたよね?」

「う、うん……」

 

 正直に答えると彼女は短くため息をつくと学生証を私のスクールバックに入れた。

 

「出来れば、さっきの事は全て忘れてください。それと……」

 

 彼女の視線の先を見てみると、雨が更に勢いを増していた。

 

「このままだと学校で一泊することになりそうですよ」

 

 彼女の言葉を聞き、夜中の学校を想像してゾッとした。

 

「倉田さん、確か傘を持っているよね。私の家が近くにあるからそこまで走って行きましょうか。一泊していっていいから」

 

 ど、どうしよう。お母さんに連絡……いや、瑞穂さんの家族にも迷惑になるから断らないと……

 

 

 気が付けば、私は外観が赤レンガを積まれて作られ三角形の屋根をした喫茶店のような建物の前にいた。

 

「少し暗い所ですけど、気にしないで下さい」

 

 建物の中は暗くて、奥に見える非常口の蛍光灯だけが中を照らしていた。視界の隅にボトルが並んだ棚が見えた。

 

「瑞穂さん、あれってお酒?」

「うん? あぁ、あれはワイン。その横にはジンとリキュール。ここをビアホールって言う場所で……簡単に言えばバーだよ。倉田さん。ここの突き当りに風呂場があるから先に入って下さい」

 

 濡れた靴と靴下をその場に脱ぐと彼女は二階に駆け上がって行った。私は彼女の言葉に従って奥に進んだ。

 

 

 お風呂から上がると扉の前に瑞穂さんの体操服が置かれていた。私はそれに着替えて洗面所を出ると、さっきまで暗かった廊下と部屋に明かりがついていた。

 

 光に誘われるようにその部屋を開けると長い黒髪を後ろでに束ねた女性がテーブルに突っ伏していた。その奥にはジャージに身を包んだ瑞穂さんが湯気が上がるマグカップを二つ手にしていた。

 

「お、上がりましたか。そこで潰れている人は無視してこっちにどうぞ」

 

 私はテーブルに着くとコーヒーが入ったマグカップを前に置いた。コーヒーよりも私は突っ伏している女性が気になった。

 

「この人が気になりますか? この人は西条律子。私の養親」

「養親?」

「育ての親って言った方が分かりやすいかな? 私の親は仕事の関係で日本(ここ)には居ないからね。それより、倉田さんの事を教えてくれるかな?」

 

 

 この日をきっかけに私達は友達になった。いや、今を思えば彼女は私を監視していたのかもしれない。

 自分の裏の顔をバラされないように……

 

 *********************

 

「それでね。ましろちゃんが……」

「あはは……そうなのですね」

 

 お風呂を借りた後、リビングに向かうとましろの母が紅茶を淹れてくれていた。

 ご厚意に甘えて、紅茶に口を付けていると幼い時のましろの話を色々と聞かされていた。

 

 十分ぐらい経ったぐらいにましろが私服姿でリビングに入ってきた。

 

「あ、ましろちゃんもこっちにおいで、温かいミルクティー淹れてあげるから」

「う、うん……」

 

 ましろが私の向かい側に座ると彼女と目が合ったのだが、直ぐに目を逸らした。

 その時、アラームが聞こえてきた。音の正体を探ると壁掛け時計から聞こえてきた。時間を確認すると既に午後六時を過ぎており、律子に何も連絡していない事に気が付いた。

 

「すみません。話に夢中になってて、親に連絡するのを忘れていました。少し席を外しますね」

 

 スクールバックからスマホを取り出して、廊下に向かった。電源を入れてみると通知は一件も入っていなかった。

 

 律子のスマホに電話を掛けてみるが反応がない。仕方なく店の方に電話を掛けてみると直ぐに電話に出た。

 

「もしもし、こちらオクシダールです」

 

 電話相手が私だと知ると律子はため息をついた。回りくどい事が嫌いな律子に手短に要件を話すと興味なさそうに鼻を鳴らしていた。

 

「ふーん。そんな事か。早い話だが今日はもう無理だ。客に付き合って一杯飲んじまった。今日はそこで一泊でもするんだな」

「そんな……こっちは気まずくて心臓が潰れそうなんですよ!」

「お前たちの間なら大丈夫だって、思い切って打ち明けてみろ。お前が恐れている結果にはならないはずだ。こっちは接客対応中だから切るぞ。じゃあな」

 

 いつも通り変わらず一方的に電話を切られた。仕事中なら仕方がない。うん? 左目の隅に何かが見えた。

 

「うん? あぁ、ましろか……」

「何かあったの?」

「それが律子さん。今日はもうお酒を飲んだから迎えに行けないって、全く、困った人だよ。あはは……」

 

 空笑いをしてみたが彼女は顔色一つも変えなかった。流石に私も向き合わなければならない。

 

 深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

「ましろ。この前の事はごめん。あの時はイラついてて、つい、あんな事を言っちゃった」

「あ、謝らなくちゃいけないのは私のほう……あんな時間まで話を聞いてくれたに……うまくいかないから依頼ちゃんに八つ当たりみたいな事もした」

 

「別にいいよ。気にしていない。でも、あの時に言った言葉は本当。私は嫌われたらそれでお終いだと考えて、誰彼構わずに愛想を振りまいていた」

 

 左目が熱い。いつもの発熱現象の所為なのか。いや、左目だけじゃなく全身が燃えるように熱い。それに胸が苦しい。口から心臓が出そうだ。

 

「あの雨の日以降、ましろが私の本性を言いふらさないか。ずっとヒヤヒヤしながら見ていた。でも、休み時間の間だけでも会話を重ねる度にましろにならすべて打ち明けてもいいかなって思えてきた。この目の事もね」

 

 前髪をかき上げて、左目を見せる。

 ましろは少し驚いた様子を見せたが、予想外な事に彼女は私から目を背けずに私の目を見ていた。

 

「これが本当の私。十二年前の事故で目がつぶれて、それを覆う瞼も火傷の痕が残った。気持ち悪いよね? こんな顔……」

 

 私のこの顔を見た人はみんな、私から距離を取るようになった。だから私はこの目を隠す様になった。見たくもない景色を見えなくするために。

 

「ううん。全然、そんな事無いと思う」

「え?」

 

 いままで言われたことがない事に戸惑いを隠せなかった。

 

「最初は驚いたけど、怖くもないし、むしろ引き寄せられるような感じ」

「ははは……」

 

 緊張の糸が切れたのか。頬が緩む。

 

「わ、笑ってる」

「初めてそんな事を言われて……つい、笑ってしまった。でも、ありがとう」

 

 全てを打ち明けた結果なのか。心が軽くなったような気がした。

 

「ましろ。この目の事なんだけど、みんなには話さないでくれるかな」

「うん。わかった」

 

 誰もがましろの様に私を受け入れてくれるとは思わない。だから、この目の事は私と彼女の共通の秘密になった。

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