Monotone   作:hirag

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13話 初ライブの衝撃

 

「ただいま……」

「おう、お帰り。昨日は災難だったな」

 

 家に帰ると文庫本を片手に涼しい顔をしながらコーヒーを嗜んでいた。

 しかし、顔をよく見てみると徹夜でもしたのか目の下にクマが出来ていた。

 

「おい! 待て!」

 

 目の前を素通りしようとしていると何かに気が付いたのか律子は私の肩を掴んだ。

 

「お前、眼帯はどうした?」

「昨日の雨で出来た水溜まりにトラックが踏んだ拍子に濡れたから捨てましたよ。本当に最悪……」

「誰かに目を見られたか?」

「ううん……誰にも見られてないと思う」

「そうか。それならいい」

 

 律子はため息交じりにそういうと、椅子に深々と座ると天を仰いでいた。そんな姿を尻目に私は着替える為に二階に駆け上がった。

 

 着替えて直ぐに下に降りると律子は着替える前と同じ格好をしていた。流石に眠ってしまったと思い、そんな姿を尻目に朝食の準備に取り掛かっていると「今日もバイトか?」と律子の声が聞こえて少し驚いた。

 

「起きていたんですね」

「一瞬だけ気絶していた。それでさっきの質問の回答は?」

 

 気絶するぐらいなら、二階の寝室に戻って寝たらいいのに……

 

「うん。今日はCiRCLEで大きなイベントがある。それで人手不足だから来て欲しいって。そういえば、ライブチケットそこに置いてませんでしたか?」

「あぁ、これの事か。確かにアタシのお気に入りの椅子の上にあったが、これで二枚目だ。申し訳ないがアタシはあそこに行くつもりはない。”あいつ”にもそういっておいてくれ」

 

 律子は手にしていた文庫本を閉じて、二枚のチケットをひらひらと揺らめかせていた。

 彼女が言う“あいつ”とは、恐らくまりなの事を言っているのだろう。彼女も律子を誘っていたみたいだ。

 

「あとこれ。昨日の電話で言い忘れていたが、図書館で興味深いものが見つけた。ほらよ」

 

 律子は四つ折りされた一枚のA4用紙をカウンターを滑らせた。私の肘に当たった紙を広げてみるとある事故について掲載された新聞の記事だった。

 

「ずいぶんと前の記事だから、捜すのに苦労した」

「はぁー……そうですか」

 

 朝食を摂るのに夢中だった私は目線だけは折りたたまれた紙に向けて、話し半分に適当な返事をした。

 

「反応が薄いな」

「だってこれ、文字が……」

 

 紙を広げてみると印刷した記事は文字が潰れて読みにくくなっていた。機械音痴の律子らしいオチ。

 

「文句言うな。ほら読め」

 

 目を凝らして微かに読み取れたのは、『自動車滑落』の見出しとその下に書いている記事の一部だけだった。

 内容は、女児を乗せた自動車が谷底に落下。女児は重傷。とこれぐらいだった。

 

「恐らく、ここに書いている女児はお前の事だろうな。なにか思い出させそうか?」

「そんなことを言われても……」

 

 当時の私は僅か五歳。記憶にあるかどうか曖昧なぐらい。ただ覚えているのは黒い空と黒煙。

 

「それと不思議なことに一緒にいた筈の男性が見つかってないらしい」

「どういう事ですか?」

「車のナンバーと焼け残った持ち物。あとは知人の証言からして、持ち主は男性だと分かった。そこには書いていた」

「つまり、律子さんは父がまだ何処かで生きているっと言いたいのですか?」

 

 私が言葉を返すと律子は指を鳴らしながら「That's right」と決め顔をした。その顔やめてください。少しムカつく。

 

「そんな、あり得ないですよ。だって……」

 

 父は死んだ。葬式に参列した大叔父がそう言っていた。まさか、大叔父が私に嘘を付いている? もし、そうならば何のために……

 

「それを確認するために調べているんだろう。どのみち、あの場所には一度確認しに行こうと考えていたところだ。どうする?」

 

 いつの間にか律子は私の正面に座って足を組んでいた。

 

「真実を確認しに行くか? それともこのまま目を背けるか」

 

 私は──

 

 

 

 

 

「……ちゃん……依頼ちゃん。大丈夫?」

 

 まりなの声に現実に引き戻された。

 ある程度準備が出来た後、スタッフルームで水が入ったペットボトルを片手にボーっとしていたみたい。

 

「大丈夫? 昨日の雨で風邪でも引いたかな?」

「あぁ、いえ……大丈夫です。少し考え事をしていただけなので、直ぐに戻ります」

「依頼ちゃん!」

 

 ホールに繋がる扉に手を掛けようとした時、まりなは私を呼び止めた。

 

「もし、悩んでいる事があったら何でも話していいからね。勿論、律子ちゃんに言えない事でもいいから」

 

 その顔からは温かい眼差しを向けられていた。

 律子に聞けない事でも……何も教えてくれない私にとっては魅力的な言葉に聞こえた。

 

「じゃあ、ライブが終わった後に少し相談したことがあるのですが、いいですか?」

 

 しかし、今はライブを成功させることの方が重要。私情を挟むわけにはいかない。

 

「では、また後で」

 

 スタッフルームから出るとフロアの方から大きな声が聞こえてきた。ゆっくりと顔を覗かせるとそこには大勢のお客さんが列を作っていた。その誘導に二名のスタッフの中にRoseliaのギタリスト、氷川紗夜の姿があった。

 

「そこのあなた。手が空いているなら手伝っていただけますか」

「分かりました。何処に行けばいいですか」

 

 彼女の指示に従い、私は薄暗い場所にある立ち入り禁止エリア──彼女達出演者の控室に誰も入らないように通路の前に立った。

 一応、通路の前にはポールが立っているから普通に考えれば、誰も入って来ることはないだろうと……考えているとこちらに向かってくる人影があった。

 

「あ! やっぱり、瑞穂じゃん! どうしてこんなところに? それにその服って……」

 

 私に気が付いた桐ヶ谷は戸惑う声をあげた。

 実は今日の昼休みに彼女の口から一緒にライブに行かないかと誘いを受けたのだが、私はそれを断った。

 誘った相手が断った上に目の間にいる。おまけに関係者と同じを服を着て客を誘導している。驚くに決まっている。

 

「透子ちゃん。どうしたの? あ、依頼ちゃん」

 

 暗がりの所為で私だと分からなかったのか。ましろ達は近くに来ると桐ヶ谷と同じく、驚いた顔をしていた。

 

「瑞穂さんがいつも言っていたバイトってCiRCLEの事だったんだ」

 

 二葉が何処か納得がいったような顔をしていた。

 

「あはは……そうなりますね。黙っててごめんなさい」

「そんな事よりも早く前に行った方がいいわ。後ろのお客さんに迷惑になっているから」

 

 彼女達の後ろを見てみると八潮の言葉通り、入場列は少しだけ乱れ始めていた。

 

「そこの方々、列を乱さないでください!」

 

 入場列の後方に控えていた氷川紗夜がこの状況に気が付き、大きな声をあげた。

 

「そうみたいだね。じゃあ、また後でね~頼ちゃん」

「い、いよ。ふぇ?」

 

 広町の言葉に驚いていると五人はゆっくりと私の前から過ぎ通って行った。

 

 それから二十分後、最後のお客さんがステージに入ったのを見届けた私は開演まで束の間の休息を得ようと再びスタッフルームに向かおうとしていた。

 

「あ、依頼。お疲れ様!」

 

 目指すスタッフルームは各控室の一番奥の部屋にある。その一つ手前の控室。確か、Roseliaの控室から誰かが出てきた。

 顔を上げると今井リサと目が合った。私の横を氷川紗夜が横切ると彼女に軽い耳打ちをすると控室の中に入っていった。

 

「お疲れ様です。何を話していたのですか?」

「ううん。大した話じゃないよ。『本番に遅れないように』って言われただけだよ」

 

 彼女は苦笑をしながら顔の前で手の平を横に振った。

 

「いよいよ本番ですね。緊張は……ライブに慣れているからしてないですよね」

「そんなことないよ。本番前はいつもドキドキしているよ」

「それならば、このライブが成功した後日に駅前に出来た喫茶店にでも、一緒に行きましょうか」

「お、いいね~それ! もちろん依頼のおごりだよね?」

「う、お金あるかな……」

「あはは! 冗談だって。ふぅー……ちょっとだけ緊張が抜けたかも」

 

 軽い冗談話をしているとリサが出てきた控室から湊友希那を始め、Roselia全員が姿を現した。

 

「リサ。そろそろ時間よ」

「オッケー! じゃあ、依頼。ちょっと行っているね」

 

 リサはそういうと踵を返すとステージの方に向かった。

 結局、一息付ける暇もなく時間が来てしまった。せめて、汗だけでも拭きたかった仕方ない。汗だくの状態でステージの入り口に向かった。

 

「Roseliaです。先ずは一曲」

 

 私がステージの出入り口付近に着くと前方から湊友希那の声が聞こえてきた。どうやら間に合ったみたい。

 

 額の汗をぬぐったその直後、聞こえてきた音がまるで体に雷が落ちたような衝撃が私を襲った。全身に鳥肌が立ち、鼓動が早くなる感覚がする。こんな衝撃は初めて経験した。

 これが本物のライブ。ステージに立っているだけでこんなに違いがあるのか。いや、彼女自身の歌唱力が高いのか? それとも彼女達の演奏力が高いのか……

 この音に比べると私が作っている音楽とは全然違う。引き込まれる音とそのインパクト。それの何もかもが規格外すぎる。

 

「遠すぎる……」

 

 あと数歩だけ歩けば手が届きそうなのに……目の前にいるのに何処か遠くにいるように感じた。

 

 

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