Monotone   作:hirag

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3話 音楽を続ける理由

 

 私が幼い時、父は事故に巻き込まれて亡くなった。だから、私は父がどんな人なのか知らなかった。

 昔はそんなことはあまり考えていなかった。ただ、嫌われないようにするのに必死だった。しかし、そんなことをしていてもこの目の所為で、みんな私を遠ざけた。

 

 私の運命の転換点は小学生5年生の時。私は大叔父に引き取られた。大叔父は音楽に関心があり、音楽家の父とは仲が良かった。

 その証拠として大叔父は父とのメールを見せてくれた。そのメールの中で父がバンドマンと繋がっていることや母が月ノ森女子学園の教師だと言う事を知った。

 その中で気になったのは父は音楽を聴いていると「音色が見える」と書かれていた。

 

 音色は音波の質の違いによって生み出されるもの。決して目に見えるものではない。

 

 父は何を見たのか。私も同じ立場になれば父の事を知れるのではないかと思って、私は音楽の世界に足を踏み入れた。

 

 だから、私は音楽を作りながら生き続ける。父が見たものを見るその時までは──

 

 *********************

 

「依頼ちゃん。今日も持ってきたよ」

 

「ありがとう。ましろ。そろそろ来ると思っていたよ。今日は何の授業があった?」

 

 二葉が面会に来てから翌日、約束通りましろは頼んでいた物や教科書を持って来てくれた。

 

 ベットの隣にある椅子に座るとましろは今日、体育でバレーボールをした事や科学でろ過の実験をやった等、授業の内容を楽しそうに話していた。そして、話題は6限目の数学の小テストになった。

 

 ましろは肩をビクつかせながら、鞄から綺麗に四つ折りされた解答用紙と問題用紙を取り出した。回答用紙を受け取り、広げてみると10問中6問正解と成績は良かった。間違えた問題は終盤の問題だけだった。

 

「どうかな……私、結構頑張った方だよね」と自信満々に言った。

 

「そうだな。じゃあ、この間違えた問題は一緒に考えよう」

 

 ましろをベットの傍にある椅子に座るように促し、持ってきてくれた新品ノートと教科書を広げて勉強会を始めた。

 

 一問ずつ丁寧に解説をしているとあっという間に1時間ぐらい時間が経っていた。少し退屈になってきたのだろう。ましろは合間合間にため息をついていた。

 退屈しのぎに売店で何か買ってくるように言ったのだが、ましろは首を横に振ると「気にしなくて大丈夫だから」と苦笑いをしながら言った。

 

 その姿を見て、ましろが何か隠しごとをしているのではないか感じ取れった。

 

 普段から必要以上に辺りを見渡したり、挙動不審なところがあるが今日は特にそうだ。勉強会の間も私が顔を見ると目を逸らしていたり、たまにぼーっとしていた。

 

「ましろ。なにか私に隠し事をしていないか。まさか! イジメとかじゃないよな?」

 

 嫌な予感が頭の中に過り、言葉に熱がこもる。

 

「あ、えっと……大丈夫。そんなことはないよ……私、あんまり目立たないから……」

 

 それはそれでどうなんだっと思ったが、その言葉には嘘を付いていないように感じた。

 

「……依頼ちゃん。私とバンドやってみない」

 

 ましろは深呼吸をすると私の想定外の言葉を口にした。その言葉を聞き、私は手にしていたペンを床に落とした。

 

 詳しく話を聞いてみると昨日、ライブを見て感化されたらしい。バンドを始めれば自分が変われるとそう思っているみたいだ。

 

 人を集めている理由は分かった。だが、私には解せない事がある。月ノ森女子学園は才能の宝庫。上級生とはいわずも同級生の中で凄腕の人がいるはずだ。それなのにどうして私に声がかかったのか。

 

「どうして私を誘ったの?」

「依頼ちゃんがいたら楽しいかなって思って……」

 

 私が居たら楽しい。たったそれだけな理由だった。如何にもましろらしい理由で思わず笑ってしまった。

 

「そ、そんなにおかしいかな?」

「いや、ごめん。ましろらしいなって思って、つい……」

 

 私の部屋には父の形見のキーボードがある。しかし、弾き方が分らない私には宝の持ち腐れと化していた。

 

 仮に私がましろのバンドに入った所で私が出来そうなのはボーカル。しかし、それではましろと同じポジションになってしまう。

 それを回避する為に今からキーボードの練習をするなんてそんな時間はない。かといって今から違う楽器を買うお金もない。ナンセンスだ。

 

 ならば私の回答はすでに決まっている。

 

「誘ってくれてありがとう。でも、申し訳ないけども私は遠慮させてもらうよ」

 

 私達は互いに見ているものが違う。ましろは自分を変えるために音楽を始めようとしている。それに対して私が「Monotone」として音楽を続ける理由。それは他人にしてはつまらないと思われるだろう。

 

「私がバンドに入ったとしても楽器も碌に弾くことが出来ず、君たちの足を引っ張ると思うから……」

 

「そう……ごめんね。急に変なこと聞いちゃって……」

 

 ましろの顔を見てみると沈んだ顔をしていた。そんな顔を見ているとまるでこちらが悪者のように感じてしまった。

 

「こっちこそごめん。でも、もしも私に音楽経験があればその誘いは受けていた。他ならないましろの誘いだからな」

 

「冗談でもうれしいよ」

 

 冗談のつもりで言ったつもりはない。恵まれた環境、恵まれた才能。そして恵まれた家族。それさえ揃っていれば私は喜んでましろのバンドに入っていただろう。

 

 あの事故さえ起こらなければ、私達の出会いは違う形で叶っていたかもしれない。

 今更、そんなたらればを考えたところで私の人生は何も変わらない。例え、父があの世から蘇ったとしても……

 

 ましろは私が孤児の事やこの目の事は知らない。両親が海外で仕事をしており、病気で目を塞いでいると保護者の律子が嘘を広めていた。

 

 そのおかげでましろや近所の住人から奇異の目で見られる事はなく。少しは生きやすかった。

 

「……ゃん。依頼ちゃん」

「え、あぁ……ごめん。聞いてなかった」

「大丈夫? 顔色が少し悪いよ」

「いや……なんでもない。少し疲れたみたい。少し横になるよ」

 

 勉強道具を片づけて疲労した身体を横になり心を落ち着かせる。その際、点滴が刺さった左腕に少し痛みが走った。

 

「じゃあ、帰るね」

 

「うん。気を付けて。あぁ、そうだ。明日からお見舞いには来なくていいよ」

 

「えっ……依頼ちゃんに迷惑な事しちゃったかな?」

 

「違う。そう言う事じゃない。ましろはバンドを組んだんだろう? それならこんな所に来るより自分の身になることをすればいい。だから、お見舞いは今日で最後。わかった?」

 

 ましろはぎこちなく頷くと荷物をまとめて病室を出て行った。足音が聞こえなくなってから作曲をしようと思い、上体を起こしてパソコンに向かって手を伸ばして編集ソフトを立ち上げる。

 

 しかし、直前まで思い浮かんでいたフレーズや歌詞が嘘のように思い浮かばなくなった。

 

 結局、何かが違うような気がして、入院前から作りかけていた曲を白紙にすることにした。

 

 誘い断らなかったらよかったか。今になってそんな考えが頭を過った。

 しかし、私の歌声では誰の心にも響かない。だから、私は彼女(もう一人の私)に頼るようになった。それは変わる事も変える事も出来ない事実。

 

 Monotone。もう一人の私。昔お世話になった人が私の声をベースに作ったオリジナルの合成音声。私はそれをただ自分が歌いたかった曲や自分が作った曲をネット上に垂れ流している存在に過ぎない。

 

 しかし、ましろは違う。

 

 彼女は私と違って何かを……それこそ奇跡と呼べるような事を成し遂げるような気がした。

 

 人見知りで中学でも私を含めて数人ぐらいしか友達がいなかった。そんな彼女が──

 

「瑞穂さん。点滴を交換しますね」

 

 いつの間にか点滴パックを手にした看護婦が病室に入って来ていた。

 

 看護婦は慣れた手つきで古い点滴パックを交換すると点滴液がチューブに通っているかを確認していた。

 

 その姿を見ているとよくない考えが思い浮かんだ。 もし、この場で眼帯を外せばこの看護婦はどんな反応をするだろうか。

 

 点滴が入ったプラ袋を落として、叫びながら逃げるのだろうか。それともその場で崩れるのか。

 

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありません。少し眩しいので……」

 

 馬鹿な考えだと思いとどまり、眼帯に伸ばした手を誤魔化すように手で影を作り、日光から右目を守る。そんな行為を嘲笑う様に、夕焼けは私を照らしていた。

 

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