Monotone   作:hirag

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5話 あの場所へ

 

 面接から二日後に私は退院することが出来た。

 ただし、胸部を固定するためのリブバンドを毎日する事と定期的に通院して経過観察をすることが条件になった。幸いにも足の骨折については完治に近い状態になっており、少し歩くことは何も問題はないが長時間歩いたり、走ったり、物を蹴るなど激しい運動はしばらく控えるように言われた。

 

 退院の手続きを終えて、晴れやかな気分で勢いよく病院に出たのはよかったが問題が一つ発生した。家に帰る手段がなかった。

 周囲を見渡してもバス停はあったが家の近所にはバス停がない為、30分歩くことが確定していた。さっき、長時間は歩かないように釘を刺されたばかりなのに……

 

 次のバスが来るのはいまから20分後、待てないような時間でもない。仕方ない少し待つしか──

 

『ぐうぅ~』

 

 気が抜けるほど間抜けな音がお腹から聞こえた。そういえば、起きてから水以外には何も口にしていなかった。道理でお腹が空く訳だ。

 途方に暮れていたところに一台のタクシーが目の前に止まった。

 

「お嬢ちゃん乗るかい?」

 

 運転席の窓を開けて初老の運転手が声をかけてきた。お金の事が気になり、少し躊躇したが空腹に耐えられなかった私はタクシーに乗り込んだ。

 

 

 病院を出てから40分。家の前でタクシーを降りた。

 正面……店側から入ろうとしたが鍵がかかっていた。仕方なく見えの裏に回り込んだ。店の中に入ると強い酒の匂いが充満していた。不快感に耐えながらが店中の窓を全て開けて換気をした。

 

 店の中をぐるっと見渡した時、少し違和感を感じた。

 いつもなら9時。遅くても10時には起きてくる律子が11時を過ぎているというのに起きて来ていなかった。

 上の階にあがり律子の部屋をノックする。しかし、反応はなくゆっくりと扉を開けると1階とは比べられないほどに強い酒の臭いが部屋中に充満していた。

 鼻を塞ぎながら部屋の窓を開けた。部屋の入り口近くに空気清浄機があるのだが、コンセントが抜けているせいか。電源ボタンを押しても反応がなかった。

 一方、ベットの上に目を向けると毛布を蹴飛ばし、服をはだけた状態で寝ている律子の姿があった。

 

 いい年をした女性が扉に鍵を掛けずに無防備に寝ている事に少し呆れつつ、風邪をひかないように毛布を掛けて、部屋を後にした。

 

 自室に戻り、私物を詰め込んだキャリーケースを白い壁の隅に置いて、ベットに仰向けの状態で倒れ込んだ。

 

「疲れた~」

 

 眼帯を外すと父の形見のキーボードが見えた。ベットから起き上がり、キーボードに手を添えてみる。キーボードから出てきた音は昔、大叔父に見せてもらった父の音とは全然違った。

 

 *********************

 

 仮眠を取ろうと思い、ベットに横になったのはよかったが目が覚めたのは、午後2時を過ぎていた。1階に降りて来てみると律子の姿がそこにはあった。

 流石に2時半になると店の準備がある為、律子は起きていた。お昼のついでに花見をしに行こうと提案をしたが店の準備があるのと二日酔いで頭が痛いからパスと頭を抑えていた。

 

 仕方なく。律子を店に残して、私は帰る途中に寄ったハンバーガーショップで買った昼食が入った袋を片手に公園に向かった。

 公園には満開の桜が囲うように咲いており、桜の木の下にはレジャーシートを広げて弁当箱を顔んでいる家族が見えた。

 ここに来たら、もう一度あのベースを弾いている人に会えるかもしれないっと……少しだけ希望していたが現実はそう甘くはなかった。

 空いている場所を探していると公園の奥にある桜の木の下のベンチにギターケースらしい物を横に置いて膝の上にノートを広げている人が見えた。

 

 その人の事が気になり、私はその人物に向かって歩みを進めた。近くで見ると金髪の癖毛がある女性が顔を(しか)めながらノートに目を通していた。

 

「あ、こんにちは。あんたも花見をしに来た感じ?」

「えぇ、まぁ……そんな感じかな。隣座っても良いですか?」

「いいよー」

 

 女性に向かって軽く会釈をし、ギターケースを右に移した出来たスペースに私は腰を下ろした。目線を少し上にあげると、桜がまるで私達を包むように枝を伸ばしていた。

 

「この辺で見ないけど、中学生?」

「少し前までは……今年から高校生です」

「マジ⁉じゃあ、あたしと一緒じゃん! 学校は何処? 羽丘それとも花咲川?」

 

 コミュ力に圧倒されそうになりながらも、私はまだ一度も通っていない学校の名を伝えた。

 

「え⁉月ノ森学園⁉同じ学校じゃん! 何組?」

「確か、A組だったはず……」

「はずって……自分のクラスの事じゃん。あ、もしかして、噂になっているA組で事故に遭った外部生って……」

 

 どうやら私が事故に遭ったことはすでに学校中に広まっているらしい。

 普通、個人の事だから誰にも話さないのがモラルだと。律子は言っていたが高校生にはそういうのは無いのだろう。

 

「多分、私の事だろうね。それよりもそのギターケース。それを持っているって事はあなたも音楽をやっているのですか?」

「あ、これ? そうそう。最近始めたばかりだけど……」

 

 そういうと彼女はギターケースを開けて、中から黒を基調に所々白い模様が入ったギターを取り出した。軽く見た感じでは目立った汚れも傷も見当たらなかった。彼女の言葉の通り、最近になってから買ったことがわかった。

 

「じゃーん。どうよ。あたしのギター! かっこいいしょ? そっちは何か音楽やってる感じ?」

「いえ、だいぶ昔に父の見よう見まねでキーボードを触れたぐらいで……今はからっきし……」

「へぇーキーボードかぁ~いいじゃん! 機会があったら聞かせてよ」

「どうかな。少し触った程度だからこれと言って弾ける曲はないと思う」

 

 しかし、こうして音楽の話をしていると音楽好きの大叔父の事を思い出した。大叔父と最後にあったのは私が事故に遭う2週間前。彼はすい臓がんで隣の県にある大学病院に入院していた。

 

「あ!」

 

 思いにふけている彼女の声に引き戻された。顔を上げてみるとサッカーボールが私の足元に向かって転がってきた。来た方向を見てみると小学生くらいの男の子が手を振っていた。

 そのボールを蹴ろうとした時に左足に痛みが走った。振り上げた足をゆっくりと下ろし、ゆっくり屈んでボールを拾って投げ返した。

 

「どうかした?」

「いや、実を言うと少し前まで左足を骨折して、さっき痛みが……」

「え、マジでヤバい奴じゃん。大丈夫⁉ほら、早く座って!!」

 

 彼女の手を借りてゆっくりとベンチに腰を下ろして包帯をほどいて足を確認したが何も異変は見られなかった。

 

「悪化はしていないみたい」

「そっか……よかった~って、もうこんな時間、ゴメン! あたし、そろそろ行かないきゃ!」

 

 彼女の目線の先には午後3時半を示す時計が見えた。バイトの時間は午後5時。まだまだ時間はある。多少遅刻しても私の体の状態を考えれば、まりなは怒りはしないだろう。

 

「いえ、こちらこそ急に声を掛けて申し訳ない」

「ううん。気にしなくていいって……あ、名前聞いていなかった。あたしは桐ヶ谷透子。あんたの名前は?」

「瑞穂 依頼です。よろしく。桐ヶ谷さん」

「よろしくー瑞穂」

 

 桐ヶ谷は急いでギターをケースにしまい、慌ただしく公園を出て行った。私の中では彼女はまるで嵐のような人物と印象が残った。

 彼女が座っていた場所を見てみると彼女が持っていたノートがベンチの下に落ちていた。拾い上げて周囲を見渡すが彼女の姿は何処にもなかった。

 

 中身が気になってノートを捲ってみると数学の数式と練習問題が書かれていた。

 流石にここに置いていても、彼女が戻ってくる保証がない。しばらくの間だが少し預かいた方がいいと思い、私は彼女のノートを鞄の奥底にしまった。

 

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