Monotone   作:hirag

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6話 バイト初日

 

 店の中に入って先に目が付いたのは、忙しそうに荷物を運んでいるまりなの姿だった。

 流石にこんな時に声を掛けても迷惑になると考えて、落ち着くまでライブハウスの隣にあるカフェエリアで時間を潰そうと店を出た瞬間──

 

「こんにちはーって……うわぁ!」

 

 店に入ってきた客とぶつかりそうになった。寸前の所で躱す事は出来たが段差につまずいて、両耳にウサギのアクセサリーをつけた連れらしき女性に向かって倒れた。

 

「わっと……大丈夫?」

「な、なんとか……助かりました」

 

 近くでその人を見ると顔は整っており、唇にはリップと思われるツヤがあった。

 

「宇田川さん。しっかり前を見てい下さい」

「ご、ごめんなさい」

 

 後ろにいた3人の内、背の高い人物が私とぶつかりそうになった子を叱りつける。この人。何処かで見たことがあるような気がするが、気のせいだろうか。

 

「あ、依頼ちゃんにRoseliaのみんなもいらっしゃい。もう来ていたんだね。ごめんね。忙しくて気が付かなかったよ」

 

 騒ぎに気が付いたまりなが慌ただしくこちらに向かって来た。

 

「こんにちは。まりなさん。予約していた時間より少し早いけど、スタジオに入ってもいいかしら?」

「ちょっと待ってね……」

 

 銀髪の少女がそういうとまりなはパソコンのモニターを覗き込みながらマウスを操作した。

 私はまりなの近くに寄り、作業をしている姿を右目で捉えた。

 

「うん。掃除も終わっているからいいよ」

 

 まりなが笑みを浮かべながら答えると「……ありがとうございます」と銀髪の少女の声が聞こえた。しかし、彼女が返答に少し間があったような気がした。

 5人に目を向けると一団は一番奥のAと書かれた部屋に入っていった。私は彼女達が部屋に消えていくのを黙ってみていた。

 

「依頼ちゃん。友希那ちゃんと知り合い?」

「あの銀髪の人ですか? いえ、今日が初めてです」

「そうなの? さっき、友希那ちゃん。依頼ちゃんの事をすごい見ていたよ」

「きっと、眼帯をつけた私が珍しかったのでしょう。この街にそんな人は少ないですから」

「そうかもね。じゃあ、早速お仕事の内容を教えるね。こっちにおいで」

 

 まりなの後を追うとスタッフルームの奥まった場所。入り口からは完全に死角になった場所が私の作業スペースだと案内された。

 仕事内容は面接の通り、予約データ入力やイベントで使うポスターやフライヤー等の備品の発注等、デスクワークがメインだった。

 初日の勤務内容は各スタジオに取り付けられた監視カメラのチェックとマニュアルに目を通すという単純作業。

 

「もし、分らない事があったら何でも聞いてね」

「一つ質問。そこに貼っているポスターは最近のものですか?」

 

 店の入り口とスタッフルームの扉の傍に貼っているポスターが気になった。

 そのポスターには初心者歓迎ライブイベント開催の文字と派手な色合いのポスターが貼っていた。

 

「うん。うちのライブイベントじゃないけど、他のライブハウスが宣伝の為に持ってきてくれたの。店の入り口近くにも置いているから持って帰ってもいいよ」

 

 まりなが去った後、自分の持ち場に着く。

 目の前には三面モニターの右側のモニター画面を見ると7つのスタジオ。Aスタジオにはさっきの5人組。他のスタジオにも人が入っており、音楽は聞こえないが楽器を奏でている姿が写っていた。

 

 地下ステージには近々ライブがあるのだろうか。何名かの従業員が機材を運び込んでいる姿が映っていた。

 問題が起こっていないのを確認し、目の前のマニュアルブックに目を落とした。

 

 

 

 マニュアルを一通して目を通していると眠気が襲ってくる。眠気に抗うために手の甲を摘まんだり、芯が出ていないペンで太ももを刺したりしてみるがそれでもしつこい眠気は何度も襲ってきた。

 

「お疲れ様。順調に進んでいるかな?」

 

 突如としてまりなの声が後ろから聞こえ、驚きのあまり私は声が出ずに肩をビクつかせた。

 

「は、はい。今のところは問題はないです」

「そっか。じゃあ、ちょっとだけお茶にしようか」

 

 CiRCLEの近くにはカフェエリアがあった。時間帯の所為なのか羽丘や花咲川。他にもいろんな制服を着た生徒たちが席を埋めていた。私たちは運がよく空席になっていた噴水の近くの席に腰を落ち着かせた。

 

「じゃあ、飲み物を買ってくるね。コーヒーでいいかな?」

「まりなさんはお疲れのようですし、私が買ってきますよ」

「別にいいよ。依頼ちゃんはまだ怪我が治りきっていないからここで待っていてね」

 

 まりなはスタスタと注文カウンターへ歩いて行った。向かった先に目を向けるとさっきまで出来ていなかった長蛇の列が出来ており、流石の彼女も少し悩んだのか。その場で数秒間立ち止まり、自販機と列交互に見ていた。しばらく悩んだ結果、長蛇の列の後ろに並んだ。

 

 これはしばらく時間が掛かりそうだと思い、スマホを取り出して電源を入れる。待ち受けの画面には『明後日の放課後、ライブイベントに参加するから見に来てくれるかな?』とましろからメッセージが来ていた。

 

「ライブイベントか……」

 

 スマホでイベントについて調べるとこの辺りで近々開催されるライブイベントは2つ。1つは先ほど見たあのポスターのライブ。もう1つはCiRCLE主催の大型ライブ。

 まだ無名に近いましろは大型ライブには参加できないはず。それにCiRCLE主催ライブの開催まではまだ時間がある。

 

「となるとあのポスターのライブか……」

 

 ましろに返事をするのは、次のシフトが決まってからでも遅くはないはずだ。本音を言えば、ましろのライブを見に行きたいところだが、CiRCLEのイベント開催まで忙しくなるのは予測が出来るため行けるかどうか怪しいところ。

 

「あ、君はさっきの……」

 

 顔を上げると先ほど倒れそうになった時に支えてくれた女性が立っていた。

 

「あ、こんにちは。先ほどはありがとうございました。えっと……」

「ああ、そういえば名前言っていなかったね。あたしは今井リサ。リサって呼んでね」

 

 今井リサ。その名前はスタジオの予約リストで何度も見かけた名前。そして、先ほどまりなが口にしていたバンド名のRoselia。このバンドはこの一年で何度かCiRCLE主催のイベントに参加している。つまりCiRCLEにとって彼女は常連客。失礼がないように気を付けなければならない。

 

「瑞穂依頼です。よろしくお願いします。リサさん」

「よろしくね依頼。その様子なら怪我はしてなさそうだね」

「はい。おかげさまで……あ、どうぞ。座ってください」

 

 私から見て右側の椅子を引くとリサは椅子に座った。改めて見ると整った顔立ちに羽丘女子の学生服がコスプレ衣装に見える程、大人びて見える。そんな彼女の手に目を向けると指先が少しボロボロに見えた。

 こんなになるまで練習をしているとは、彼女は一体何を目指しているのだろう。

 

「ここの所、ほぼ毎日といっていいほど予約が入っていましたが、近々ライブイベントがあるのですか?」

「うん。CiRCLE主催のイベントに参加するよ。依頼はRoseliaの曲を聞いたことある?」

「お恥ずかしながら聞いたことはないです。だから少し楽しみにしてます。いろんなバンドの曲を聴けることを」

「それならこのライブで知ってもらわないとね。あ、知っていると言えば依頼は『Monotone』って知っている?」

 

 全く予想をしていない事を聞かれてた所為なのか。眼帯で隠れてた左目の瞼が無意識にピクリと動いた。

 

「美術の事ですか? 中学の時に習いましたが……」

 

 平静を装いながらも見当違いの答えを口にした。

 

「あぁ……ごめん。聞き方が悪かったね。最近、うちの学校で「Monotone」って人が作った曲が流行っているの。聞いたことある?」

「さぁ、聞いたことないですね。第一に私には音楽の知識もなにもないですから……」

「ちょっと待ってね……これこれ、この前投稿された曲だけどね」

 

 彼女はスマホを取り出して慣れた手つきで操作を行う。あっという間に、私のプロフィールが画面に出されて、そのまま入院前に投稿した曲を再生した。

 スマホからはベースとピアノを基調にした重苦しくも切ない歌が流れる。

 

「なんだか重苦しい曲ですね」

 

 当時の私は何を思ってこの曲を作ったんだったか。今ではあまり思い出せない。確か……あれは溺れかけた時に思いついただったような……

 

 気が付くとその曲は再生を終えた。

 

「すごい曲だよね。ねぇ、変だと思うかもしれないけど、この人が作っている曲を聞いているとすこし心配になるんだよね」

「それはまたどうしてですか?」

「それは──」

「リサ」

 

 彼女を呼びかける声が聞こえた私達は声がした方に顔を向けた。声の主は先ほど受付で私を見ていた銀髪の女性だった。

 

「あ、友希那。友希那もこっちで休憩しに来たの?」

「いいえ、違うわ。休憩時間はとっくに過ぎているのにリサが戻ってこないから探しに来たのよ」

「え⁉もうそんな時間だったの⁉ごめん。依頼。そろそろ戻らないとじゃあね」

 

 リサは店の向って走っていった。一方、友希那と呼ばれた銀髪の女性は私の顔を見ていた。

 

「えっと……友希那さんでしたか。あなたは戻らなくていいのですか?」

「えぇ、戻るわ。その前にあなたの声。何処かで聞いた覚えがあるわ」

「そんなはずはありません。私達は初めてあったはずです」

「確かに会ったのは今日が初めてよ。でも、私は()()()()()()()()()()()()()覚えがある」

 

 そう言い残すと彼女もCiRCLEの中に消えていった。彼女の姿が消えた後、腕を見てみると鳥肌が立っていた。

 

 一章 完

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