7話 新しい学園生活
「依頼ちゃん……眠たそうだね」
あくびを噛み殺しながら、隣を歩いているましろを見た。
バイト初日をから二日後の朝。着慣れないブレザーに違和感を感じながら登校をしていると、家から出てきたましろと遭遇した。
「病院にいる時はもっと遅い時間に起きていたから体がそっちに慣れてるみたい。そういえば今日だったけ。ライブは」
「うん。学校が終わってからみんなで待ち合わせをするよ。依頼ちゃんも来てくれるよね」
「あー……その事なんだけど……最初は行こうと思っていたが、ごめん。行けなくなった」
先日の躓いた時の事を律子に話すと「念のために見てもらっとけ」と投げやりな返事が返ってきた。
そこまで大事ではないと思い込んでいた私は話半分聞き流しながら勉強をしていた。
次に律子が口にした言葉が「明日、病院の予約を取ったから行け」だった。
「まぁ、まだチャンスがあるからその時にでも見に行くから、その……頑張れ」
「うん……私、頑張るよ。ねぇ、前から聞こうと思っていたけど、どうして依頼ちゃんは月ノ森を選んだの?」
「私の母は月ノ森出身って聞いている。だから、あの学校に行けば母に関する情報が集まると思ってね」
「でも、依頼ちゃんのお母さんは海外で働いているって……それなら電話もつながると思うけど……」
ああ、そういう話しになっていたか……忘れていた。
「残念ながら電話番号も生きているのかどうかも知らない。私の親は幼い頃から私を放って自由に生きている。ならば私は親の事を調べるのは自由だと思わない?」
「ふ、複雑なんだね……」
複雑か……幼い時から父は死に、母は行方をくらませて私は各地を転々としている。確かに私の家庭は他の人からしたらかなり複雑に聞こえる。
信号待ちをしているとましろは小首をかしげて私の顔を覗き込んだ。
「私の顔についているのかい?」
「ううん……その左目。まだ治らないのかなって……」
「あぁ、これ? ……もしも、この眼帯の下に花が咲いているかもね」
「え? 本当⁉ちょっとだけ見てみたいかも……」
重たい話が続き、気を紛らわせるために冗談を口にするとましろは目を丸くしていた。
「そんなアニメやゲームみたいなことはないから。この目の事は病院でも調べてもらったけど、まだ治療には時間が掛かるらしい」
私は眼帯で塞いでいる左目を触った。あの人身事故の後にも左目の検査をしたが、網膜に異常が発生している為に治療は不可能だと言われた。
「倉田さん! 瑞穂さん!」
聞き覚えのある声が聞こえ、慌てて眼帯から手を離した。
「あ、二葉さん」
「御機嫌よう。もしかして、お邪魔だったかな?」
「御機嫌よう……いえ、大丈夫ですよ。ただの世間話をしていた程度ですから。ねぇ?」
私が声を掛けると、ましろは「う、うん……」と首を縦に振った。二葉に目に移したその時、彼女の手の内側に絆創膏が貼っているのが見えた。
「いよいよ今日だね。倉田さん。初ライブ!」
「うん、そうだね」
「初ライブって……二葉さんもバンドをやっているのですか?」
「ふふーん! 私と倉田さんの他に隣のクラスの透子ちゃ……桐ヶ谷さんと広町さんの4人でバンドを組んでいるのよ」
私にも名前が分かるように言い直すと二葉は両手を腰に当てて鼻をならしながら自慢げにしていた。
「倉田さんがボーカルで、桐ヶ谷さんがギター。広町さんがベース。そして、私が──」
「二葉さんはドラム担当……っといったところですか?」
「どうしてわかったの!」
推測はあったっていたのか。彼女は目を見開いた。
「依頼ちゃん。すごい! 当たっているよ」
一方、ましろは目を輝かせていた。それを見ていると将来、詐欺とかに引っかかりそうな気がして心配になった。
「その手の絆創膏。位置的にドラムスティックが擦れた時に出来た傷じゃないですか?」
「そ、そうだけど……それだけで分かったの?」
「一時期バンドについて興味があったので調べたことがあったのですよ」
「バンドに興味あるなら、瑞穂さんも一緒にバンドやってみない?」
なんとなくそんな言葉が出てくるだろうと思っていた。ましろに目を向けると私がバンドに入ることを期待をしているような目をしていた。
「少し前に彼女から同じような誘いを受けました」
「じゃあ、この前に倉田さんが誘いたいって言っていたのは……」
「うん。依頼ちゃんと一緒なら楽しいかなって思って誘ってみたの」
二葉はその言葉を聞いて、私の答えを察することが出来たのかそれ以上の事は何も言わなかった。
そんな会話をしているとレンガ状の大きな建物が見えてきた。
「そこのあなた」
校門の潜ろうとした際、門の傍に見知らぬ生徒に声を掛けられた。
声が聞こえた方向に目を向けると身長は170㎝ぐらいだろうか。高校生に見えないほど大人っぽい人物が立っていた。
「あ、八潮さん。ご、御機嫌よう……」
二人が彼女に挨拶をするとそのまま校舎に向かって歩いて行った。私はその姿を見送り、八潮と呼ばれた女性に目を向ける。
「あなたが瑞穂依頼さんね」
「そうですがあなたは?」
「私は八潮瑠唯。あなたを職員室に連れて行くように言われてここで待っていたのよ」
八潮瑠唯……ましろから聞いた話しでは学業優秀、スポーツ万能。おまけに中等部の時から生徒会にいたっと……まるで漫画やゲームのような世界から飛び出してきたような人間だと思っていた。
「もし、私が八潮さんよりも早く校内に入っていたら、どうしていたのですか?」
「その時は、別の生徒会の子が貴方を迎えに行く手はずになっているわ。無駄話をしている時間はないわ。行きましょう」
八潮を先頭に職員室へ移動する。その間はお互いに一言も話す事はなかった。彼女は私のイメージ通り会話が得手ではないように見える。
目的の職員室の前に腕を組みながら何か考え込んでいる桐ヶ谷の姿があった。
「げ、八潮じゃん……」
私達に気が付いたのかこちらと目が合うと言葉を漏らした。
「あ、瑞穂もいるじゃん!」
「御機嫌よう。桐ヶ谷さん」
この学校で真っ先に学んだこと。それは話をする前には「御機嫌よう」とあいさつをする事。お嬢様ではない私には気持ちわるい習慣だと思った。
「桐ヶ谷さん。また提出物を忘れたの?」
「うぅ……仕方ないじゃん。失くしたと思った場所を探しても見つからなかったんだし……」
図星を付かれたのだろうか。顔に焦りの色を見せながら言い訳を並べていた。忘れ物と聞き、公園で拾ったノートの事を思い出した。
「その失くした物ってこれの事ですか?」
休み時間の間に返そうと思い、鞄の奥底にしまい込んでいた一冊のノートを彼女に差し出した。
「あ、これこれ! これで怒られなくて済む。ありがとー瑞穂。あの先生ちょー怖いからマジで感謝~!」
桐ヶ谷は私の両手を取りながら上下に振った。
「はぁ……それなら何よりです」
「このお礼は絶対後でするから、また後で……」
そう言い残すと桐ヶ谷はクラスメイトと思われる人と一緒に去っていった。
彼女の姿を尻目に八潮は「行きましょう」と耳打ちをした。私はその言葉に従い職員室の中に入った。
「八潮さん。ありがとう。もう直ぐ予鈴がなるから教室に戻っていいわよ」
中に入ってすぐに近くの席に座っていた女性が立ちあがると八潮に向かってそういう八潮は一礼をすると職員室から出て行った。
女性教員は私に応接室で待つように告げると校長室に向かった。私は応接室の中と入るとトロフィーが入ったショーケースが見えた。
合唱コンクール優勝。ピアノコンクール、全国バスケットボール大会優勝。目に見えるだけでも20以上の金色のトロフィーが年代順に並んでいた。その光景を目にしてとんでもない学校に来てしまったと思った。
そして、そのトロフィー群の一番奥に母の名前、瑞穂恵子の名前があった。
「失礼します。瑞穂さん、そんなところに立っていないでそこにかけて」
先ほどの女性教員は私にソファーに座るように促した。異常に柔らかいソファーに座ると彼女は自身が私が入るA組の担任だと話した後、体調確認や勉学について軽い説明が始まった。
簡単にまとめると、三週間後に中間テストがある事や明後日に社会科の小テストが実施される。それに付け加えて身体テストも近々行われるが私の場合は体調が全快してから放課後に実施するとの事だった。
「さて、軽い説明は終わったけど、何か心配事があるかな?」
「では、一つだけ。先生は瑞穂恵子という人を知っていますか?」
担任は顎に手を添えて、考える素振りを見せるが返ってきた言葉は「知らない」という言葉だった。
「もし、その人がこの学校の卒業生なら図書室に行ってみたらいいよ。あそこには卒業アルバムがあるからね」
母に関する情報を聞くことは出来なかったが、代わりにその手掛かりになりそうな情報を聞くことができた。
「わかりました。時間があったら行ってみます」
そんな会話をしていると予鈴がなり始めた。それを合図に私達は教室に向かい始めた。
「さぁ、ここがあなたの教室よ。準備はいいかしら?」
「はい」
深呼吸をして心を落ち着かせてから教室の中に入ると全員から一身に注目を浴びた。私の隣では担任が黒板に私の名前を書いていた。
「みんな、今日から瑞穂さんが戻ってきました。じゃあ、瑞穂さん。簡単に挨拶をお願いします」
「御機嫌よう。瑞穂依頼です。私は皆さんとは違って外部生ですが早く馴染めるように頑張ります」
律子が考えた簡単な挨拶を一言一句正確に口にすると担任は私が入院をしていたことを淡々と話し始める。
その間、クラス全体を見渡すとましろや二葉の姿が見えた。その中で一席。窓側の席が空いていた。
「じゃあ、瑞穂さんはあの窓側の席に座った下さい」
私が席に座ると隣に座っているましろが「また、よろしくね」と笑みを浮かべた。私はそれに答えるように微笑んだ。
体調不良が続いているので、次回の投稿は6/2になります。