放課後、真っすぐ病院に向うと律子が事前に電話予約をしていたおかげでスムーズに検査を終えることが出来た。検査の結果は特に異状は何も見つからず、何かあった際に飲むようにと鎮痛剤を渡された程度だった。
バスを降りた頃には日はすっかりと落ちかけていた。軽い伸びをしながら時間を確認すると午後五時を過ぎたばかりだった。思った以上に早く終わったから暇になってしまった。適当なところで時間を潰そうと考えていると、初心者歓迎ライブイベントの広告が目に入った。
確かこのイベントにはましろが出ていたはず。
広告に描いている地図ではここからイベント会場まで歩いて十分ぐらいの場所だった。彼女達の出番は中盤辺りだったはず。運が良ければ彼女達の音楽を聴けるかもしれない。
もし、間に合わなかったとしても他のバンドから作曲のヒントぐらいは得られるだろう。
「あ、そこの君!」
イベント会場に向かおうと歩み出したその時、背後から声を掛けられた。振り返るとそこには私が車に轢かれたあの日、ベースを弾いていた彼女の姿があった。
「あ、あなたはあの時の……えっと……」
「私の名前は和秦レイ。レイヤでいいよ。いま少しだけ時間いいかな?」
運ばれてきたストレートティーを一口含ませる。
「身体の方は大丈夫?」
イベントかそれとも彼女か。少し悩んだ挙句、レイヤと共に、バス停から十五分ほど歩いたところにあった。商店街沿いの喫茶店へとやってきていた。
「まだ完全に治った訳じゃないですが、松葉杖なしで歩けるほどには回復してきました。今日も検査に行ってきましたが異常は特になかったです」
「よかった……あの時はもう手遅れだと思って焦ったよ」
「もしかして、レイヤさんが救急車を呼んでくれたのですか?」
「私の他にも公園にいた子供たちの親もいろんなところに電話を掛けていたよ」
「そうだったのですね。いろんな人に迷惑をかけたみたいですね」
私の頭の中で一番に過ったのは左目を多くの人に見られてしまったのではないか……という不安だった。
「その時に誰か私の顔を見ていましたか?」
「何人かは見ていたと思うよ。でも、顔中が真っ赤で目を背けていた人もいたよ。私もその一人だけど」
その言葉を聞いて、少し安堵した。SNSが発展したこの時代。珍しい事があればすぐに拡散したくなる人が多くいる。もし、私の左目の事を誰かにバレたら、また息苦しい生活を送る羽目になる。
「そうでしたか」
口の中を潤す為に紅茶を一口飲むがそれはとても渋かった。甘さを求めて角砂糖に手を伸ばす……が、私の手は角砂糖が入った瓶を掠めた。
そんな姿を見かねたのか彼女は角砂糖が入った瓶を私の正面に置いた。彼女にお礼を言って角砂糖を1つ紅茶に入れた。ふと視線を感じ、顔を上げると彼女と目が合った。その視線は私の顔ではなく眼帯に注がれていた。
「この目が気になりますか?」
「えっと……気に障ったならごめんね」
「気にしなくて大丈夫です。この目は昔の大きな事故で負傷したものです。こうして目を塞いでいるので、さっきみたいに距離感が掴めずに物を倒してしまう事が多いのです」
私達の間に重苦しい空気が流れたような気がした。
「ねぇ、昨日更新されたMonotoneの新曲聞いた?」
私達の間に流れた短い沈黙を破るように私から見て右斜め前の席からそんな会話が耳に入ってきた。
「聞いた聞いた! あの引き込まれるような感じいいよね!」
一昨日に作り上げた曲。それは病院生活での不自由な生活が囚人みたいな生活だと思って作り上げた曲。
「最近よく耳にしますね。彼女の名前」
彼女は目の前に置いているカフェオレを一口含むと顔の前で手を組んだ。なんだかその姿がとても色っぽく大人びて見えた。
「Monotone。重苦しい歌詞なのに明るい音階。それが続くと思ったら今度は正反対の音程に変わる。私も何曲かは聞いたことがあるし、彼女の曲を弾いたこともある」
「弾いたことがある?」
「うん。RAISE A SUILENって名前で活動しているけど聞いたことはあるかな?」
CiRCLEの予約リストで見たことがあったのか。思い出しながら首を捻っていると彼女は紙にバンド名の綴りを書いた。改めてそれを見てみるがやはりCiRCLEの予約記録で見覚えはなかった。
「他にも依頼さえあればバンドのサポートもやっている感じかな」
「サポートですか?」
「バンドメンバーが風邪をひいたとか、色々な理由で稀に呼ばれたりすることがあるの。彼女の曲もそのサポートの時に弾かせてもらったことがあるよ」
臨時のバンドメンバー……手元にあるスマホで検索をかけると専用のサイトや掲示板がヒットした。その中には危険という文字も見えたが見なかった事にした。
「機会があれば、レイヤさんの演奏を聞いてみたいです」
「それじゃあ、今度ライブがある時は声を掛けるよ。あ、それなら連絡先を交換した方がいいね」
あまり他人と連絡先を交換したことがない為、慣れない手つきで少し時間を掛ったがなんとかレイヤと連絡を交換をすることが出来た。
「そういえば、依頼ちゃんはバンドとかに興味はないの?」
「私ですか? いやいや、私なんか楽器も全然弾けないし、歌も下手くそなのでないですよ」
この手の話は最近よく耳にする気がした私は苦笑をしながら肩をすくめた。
「それにバイトでも音楽が聴けるので私はそれだけで十分ですよ」
最後の一口を口の中に含めると同時にバイブ音が聞こえた。自分スマホだと思い、確認しているとレイヤがポケットからスマホを取り出した。
「私の携帯みたい」
彼女はスマホを一瞥するとカップに残っているカフェオレをゆっくりと飲み干した。
「バンドの人からですか?」
「うん。もうそろそろいかないと……」
レイヤは伝票を片手に会計に向かおうとしていた。
「あ、待ってください。ここは私が払います」
「でも……」
「助けてもらったお礼をさせてください。それにまだ、ここで時間を潰すつもりなので」
「ありがとう。依頼ちゃん」
レイヤが店を出て行くのを見送った後、小腹が空いてきた私はアップルパイを注文した。