ここはミレニアムサイレンススクール。その中のゲーム開発部の部室だ。
「また負けたー!!」
「お姉ちゃん…。そのレバガチャ癖なんとかしたら?」
「もう1回!もう1回!」
ガチャ「モモイ、ミドリ」
普段はなんてことない普通のゲーム開発部…。いや、どうだろう。我ながら結構サボっている自覚があるから普通ではないかもしれない。でも、普通じゃないのはそれだけではなくて。
「どうしたの、ユズ、アリス?」
「ユウカが“お客様”として来ました!」
「…ん。ミドリ、準備して」
「わかった」
「お客様」がこの部活のもう一つの顔を見せる合図。
怪異・亡霊捜査部。それがこの部活のもう一つの名前だ。
部屋に入って来たユウカはかなり疲れているように見えた。普段から疲れてはいるんだけど、精神的な疲労が凄そうである。
「ユウカ先輩、大丈夫?」
「大丈夫よユズ。ありがとう」
ユズちゃんがユウカに紅茶を渡す。香り的にアールグレイだろうか。ゲーム開発部では部長のユズちゃんだが、捜査部中はカウンセリング担当だ。彼女がいないと場がうまく回らないことも多々あるので非常に助かっている。
「早速本題に入りたいんだけど、大丈夫?」
「ええ。…どこから話せばいいのか」
悩みつつも順序を追ったわかりやすい説明が始まった。
話の内容はこうだ。
2週間ほど前から1日3回、どこから鳴っているのか不明な手拍子が聞こえてくるようになった。
最初は微かな音だったのが、3日前辺りからはっきりと方角がわかるくらいに大きな音になったらしい。
聞こえてくる時間もランダム、人と居ても関係ないようで、長い時は10分以上聞こえ続けることもあってユウカも参っているようだ。
「…音の聞こえる方に振り向いたりした?」
「したわ。毎回何もないんだけどね」
「見てみようとか特定したいとか感じたことは?」
「小さい時はそれどころじゃなかったけど、音が大きくなってからは原因を見つけたい気持ちがあるわね」
「…んー」
基本お客様との話はお姉ちゃんが担当している。明らか“私の領域”の場合は私が聞いたりするけど。
お姉ちゃんの方が情報を聞き出すのが上手なのだが今みたいに思考タイムに入ることがあるので、その繋ぎをしたり疑問を投げかける役割になることが多い。
「その音を聞いて手の形は想像できる?」
「…低い音だから大きな手だとは思う。けど具体的に思い浮かんだりはしないわね」
「マイナスな気持ち以外に手拍子の時に感じることは?」
「いえ。不安とか、怒りとかは感じるけど、それ以外は特に」
「…うん。どっちの可能性もあるかな。ミドリ、2人で行こうか」
「そうだね。私もそう思う」
そうと決まれば早い方がいい。私は準備をするために席を立つ。
「じゃあユウカには悪いんだけど、私たちの準備が終わるまでセミナー室で待っててくれる?」
「ええ。わかったわ」
「わ、わたしもついていくね」
「ありがとうユズ」
「アリス。頼みたいことがあるんだけど」
「はい!モモイからクエストを受注しました!」
なぜ私とお姉ちゃんで担当が違うのか。それは私達がそれぞれ視えるものが違うからだ。
お姉ちゃんは怪異、私は幽霊が視える。
何が違うのと言われると答えづらいんだけど、感情が生んだものが亡霊。思考・想像から生まれたものが怪異と結論付けている。合ってるかはわからないけど。
「ミドリ、そんなに重装備じゃなくてもいいんじゃないかな…」
「だって…ヤバいやつかもしれないし」
「そこまでじゃないと思うよ…?」
「むぅ…」
こういう時はお姉ちゃんが8割正しいので渋々持っていくものを整理する。
霊はパターンがある程度決まっているからこそ、あれこれ考えると過剰になりやすい。
1時間ほどでアリスちゃんに頼んでいたクエストも達成され、私たちはセミナー室に向かう。
ガチャ「お待たせ」
「ノア先輩」
「モモイちゃん。ミドリちゃん。いまユウカちゃんを呼んできますね」
今はノア先輩が基本的に来客の対応をしているらしい。普段は感情を表に出さないけれど、こんな状況なのでかなり不安そうである。
「ユウカちゃん。お2人が来ましたよ」
「ありがとう」
「じゃあ、わたしは帰るね…」
「ありがとうユズちゃん。いつも通り待機お願いします」
「うん。何かあったら呼んでね」
霊や怪異に対処できるのは私とお姉ちゃんだけなので、解決中はユズちゃんとアリスちゃんは部室で待機だ。まあ何事も例外はあるもので、たまに2人の力必要になったりする。
「聞き忘れちゃったんだけど、今日って何回手拍子が聞こえてる?」
「まだ1回よ。朝起きてすぐに聞こえたの」
「まだ1回か…」
「何かあるのですか?」
戻ってきたノア先輩が疑問を口にする。
「私の推察だともう2回聞こえていると思ってたから。考えてたよりも進行が遅いのかな」
それを聞いたノア先輩は安心していいのか微妙な反応である。まあ怪異の場合これといった対処がないので経験による推察くらいしか判断材料がないので仕方ない。お姉ちゃんも曖昧な回答だったし。
「これならこっちは使わないでいいか。じゃあ私はこっちに集中するから、ミドリお願いね」
「うん。任せて」
持って来た2つの箱のうち1つを開ける。中には組み立て式のドローンが入っていて、慣れた手つきであっという間に組み立てて操作を始めた。
「あ、ノア先輩。ちょっとお手伝い頼める?」
「大丈夫ですよモモイちゃん」
この調子だと私の出番はなさそうかな。そうユウカに向き直った時である。
「手拍子が聞こえる…」
今まで影も形もなかった幽霊がユウカの後ろに佇んでいた。上半身が人形の幽霊がジッとユウカを見つめている。空気もエアコンをつけたかのように冷たい。
ユウカは机に突っ伏ているので丁度このまま対処できそうだ。
「ユウカ。動かないで」
「…ええ」
幽霊の原動力は感情のエネルギー。それが強ければ強いほどこちらへの影響も強くなる。
「これくらいかな」
バン。と弾丸を発射する。もちろん銃弾が幽霊に当たるわけもなくすり抜ける。だけど全部がすり抜けるわけじゃない。
ポンッ
と怖い見た目だった幽霊はミニチュアのマトリョーシカのような見た目になる。このサイズなら成功かな。
しばらくガタガタと揺れていてが、やがて諦めたかのように動きを止めてそのままスッと消える。
幽霊の原動力は感情。だから反対の感情を幽霊に与えて中和することで干渉できる力を弱くする。加減を間違えると別の何かになるのでやりすぎは注意だけど、1番確実で簡単な方法。
「もう動いて大丈夫。手拍子は聞こえる?」
「ええ。聞こえるけど…。音も小さいし別に気にならないわね」
どうやら幽霊が副因だったようだ。こうやってお互いが干渉し合っているパターンはどっちがどういった作用を生んでいるのかわかりにくい。
ただ、今回は幽霊が消えたことで害がなくなってるから、タダ乗りして怪異の特性を利用していたタイプらしい。
「とりあえず、これで何か起こることは無くなったと思う」
「そう…よかった」
ユウカも安心した顔つきで机に突っ伏している。…起きてくる気配がない。やっぱり怪異の方は怪異の方で別の異常があるのだろうか。
「大丈夫?」
「しばらく碌に寝られなかったから…すごい眠いわ」
「…あとはお姉ちゃんに任せて休んでたら?」
「そうさせてもらうわ…」グッタリ
私はまずすり抜けた弾丸の後片付けからかな。跳弾が起きないように撃ったけど、散らばった書類と何かが砕けた破片を見るにそれなりに被害がありそうだ。
現実逃避半分でお姉ちゃんの様子を伺う。
「ノア先輩。この声に聞き覚えある?」
「はい。ユウカちゃんがうるさいと愚痴をこぼした時に聞こえましたよ」
「ありがとう。…ノア先輩近くない?」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど…恥ずかしいです…///」
「ふふっ。モモイちゃんはいじり甲斐がありますね♪」
「もう…」
相変わらず…。お互い好きオーラ全開なのに、お互い気付いてないし付き合うどころかデートすら行ったことないと来た。こっちも怪異なんじゃないか…?
「私が声を出すから、返しに聞こえた声と同じ音をこれで出してほしいかな」
「はい」
これ以上見ていると胸焼けしそうなので大人しく片付けを始める。まずは書類かな。内容なんて対してわからないから積み直すだけ。その辺の本2、3冊分の厚さの山が2つほどできたタイミングでようやく床の書類が消える。次は砕けた何か。ガラスじゃなさそうだから軍手はいいか。直しようもないくらい粉々なのでさっさとチリトリで集めて袋に詰める。
大体これくらいでいいかと作業を切り上げようとした時、お姉ちゃんも特定が終わったらしく元気よく立ち上がる。
「謎は全て解けたよ!ユウカ!」
「そう…報酬は後で振り込んどくから。ありがとう…」
「ちょっとー!話くらい聞いてよー!」
ユウカのことをゆすって無理矢理起こす。心底面倒な雰囲気で起き上がってモモイのことを見る。
「解決したならもうそれでいいのだけど…」
「完璧に解決したわけじゃないからちゃんと説明させて!」
「それなら最初にそう言いなさいよ…」
態度が変わる。聞く姿勢に変わったらしい。それを見たお姉ちゃんが満足そうに話し出した。
「まず今回はイタズラ系じゃなくて計画的にやってる系だね。自分の怪異としての格を上げたい怪異ってこと」
「なんで私だけ聞こえるの?」
「まだ格が低いから、波長が合う人にしか聞こえないみたい。まあ本当は拍手の音が聞こえるだけじゃないんだけどね?」
本当は拍手の聞こえる方向に誘導されて、自分の目の前で対象、つまりユウカが手を叩くことで増殖する予定だったらしい。
「だけどユウカがめちゃくちゃ忙しいから誘導されない。だけど今更対象は変えられないから本体も困ってたらしいよ」
なぜか怪異は一度対象を決めると固執したがる。お姉ちゃんが言うには縁ができるかららしい。逆に幽霊はなんでもいいって感じ。そこも明確に違うところかも。
「で、結局どんな感じに落とし込んだの?お姉ちゃん」
「ユウカのこと褒める拍手ならいくらでもしていいよって」
「ちょっと!?どう言うことなの!?」
「アウアウアウ…ちゃんと条件付きだから落ち着いてよー!」
肩を掴まれて思いっきり振られて首をアウアウしているお姉ちゃんを見てふと思う。これゲームで出せば売れるのでは?後でユズちゃんに相談してみよう。
「はぁはぁ…酷い目にあった…」
「言葉足らずなのが悪いんでしょうが…!」
「人の話はちゃんと最後まで聞いてよ!」
「主語は必要でしょ!?」
「ユウカちゃん落ち着いてください。それでモモイちゃん。条件ってなんですか?」
ノア先輩が軌道修正してくれる。このままだとまたいつもの喧嘩に発展するところだった。
「あ、うん。この件でまたユウカが私に相談してきたら…」
「したら?」
「あー…詳しくは言えないけど、酷い目に合わせるよって」
「何よそれ…」
お披露目タイムのお姉ちゃんが言葉を濁すってことは相当なことだと思う…。時には知らない方が良いこともある。
「でもWin Winだと思わない?ユウカは褒めてもらえるし、この怪異は存在を証明できる。悪い話じゃないと思う」
「…仕方ないか」
「と言うわけで!これにて解決!」
パンッと手を合わせて解散の雰囲気を作り出す。…本当に雰囲気だけで全然解散には程遠いのだけど。
「モモイちゃん」
「…なんですか?」
「報告書の作成が残ってますよ?」
「うわーん!ミドリ助けてー!!」
「今回は私も書かないとだから手伝えないよ」
なんでこんなにお姉ちゃんが報告書を嫌がっているのか…。それは怪異は認知されると基本的に力が増すから、書く内容を絞りながら報告書として成り立たせる作業が必要だから。
と言うのは建前で8割は面倒だから。シナリオライターなはずなんだけど。って前に言ったら「ゲームは好きなことだし!なんでわざわざ嫌いものを作らないといけないのさ!バカじゃん!」だそうで。正論だけど仕方ないことだから…。
「諦めなさい。で、この怪異の名前は?」
「うう…。『手の成る方へ』かな」
「そ。じゃあ残りも頼んだわよ」
「いやだー!!」
後10分は駄々っ子だろうなと自分の報告書を書こうとした時。
「…ねえユウカ」
「何?」
「どこに報告書の紙ある?」
「そこに…」
指を指した先には何もなく、代わりに順不同になった紙の山が机に移動していた。
「まずは書類探しからね」
やれやれとユウカが首を振る。結局報告書が書き切るまで6時間かかった。
怪異ファイル
No.0
「手の成る方へ」
危険度:C (A〜D)
影響:D (A〜D)
実体:なし
事象
波長の合った対象に小さな音で1日3回、手拍子を鳴らす。手拍子の音には僅かな誘引効果があり、音に意識を向けすぎると発信源に誘い込まれる。対象が発信源にて手拍子をすることで存在が強くなると思われる。
才羽モモイが対処、交渉をしたことで鎮静化。その後観察を続け、以下のように変化したことを報告する。
No.0‘
「喝采の成る方へ」
危険度:なし
影響:B (A〜D)
実体:なし
事象
周りから好意的に受け取られる行動をとった際、どこからか盛大な拍手が聞こえてくる。
この拍手に特殊な効果はないが、この拍手を聞いた対象は気分が上がり、また好意的な行動を起こしたいといった気持ちを感じるという。
亡霊ファイル
No.0
人形、人間混合型の幽霊
危険度:推定B (A〜D)
感情:負の感情
事象
長時間1つのもの、ことに悩みやストレスを感じた場合に発生すると思われる。対象に取り憑き、負の感情を増幅させる。最終的には負の感情を取り込むことが目的であると推察される。しかし、取り込む方法は不明。影響は少ないが発生条件が容易だったため危険度はBとする。
発生直後正の感情を打ち込むことで無効化。現在の危険度はD以下である。
…これは関係のない話だけど、あの後「モモイを揺するゲーム」を発売したら思ったより売れた。
「いつもより評価も売れ行きもいいじゃん!?なんで!?」
とお姉ちゃんが嘆いていたのはまた別の話…。