遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様 作:恐るべきサクラ
間桐の妖怪に反逆する幼女
間桐家における魔術の修練───否、修練の名を借りた拷問は、苛烈と言う言葉が生ぬるい仕打ちであった。
醜悪な蟲の大群によって全身を蹂躙される責め苦は、非情な魔術師の世界であってもなお悍ましい行為だ。
コレに耐えられる人間など、この世界にほとんど存在しない。人生経験の有無など無意味だ。例え歴史に名を残す英雄であっても、心折れて許しを請う者が多くいるだろう。
では、それ程の責め苦を受けているのが……齢5歳の幼女であればどうだろうか。
考えるまでもない。泣き叫び、助けを乞い、それが叶わぬと知るや絶望し、苦悶し続けて……結果、幼女は発狂して壊れるだろう。
そうなるのが自然であった。そうなるのが当然の成り行きであった。
そうなるのが、この悍ましい行為によってもたらされる約束された結末だった。
だから───
「むう……これは……」
老人の目の前にある光景は、
妖怪そのものといった姿の老人──間桐臓硯は、目の前の蹂躙される幼い幼女を観察しながら、難しげな表情で声を漏らす。
「うう……」
小さく苦悶の唸り声をあげるのは、悍ましい蟲たちに嬲られている幼女──遠坂桜であった。
否、一週間前に間桐家へ養子に出されたので、現在の氏名は間桐桜だ。
先にも述べた通り、齢5歳の幼女だ。
そんな娘が、間桐家の地下に蟲蔵でこのような悍ましい行為を受けている。
それは、魔術世界における残酷の底知れなさを如実に表していた。
にもかかわらず。
そんな幼い桜の目に宿る光は……
(儂の蟲たちに嬲られて、耐えてみせるか……手心など加えてないというのに)
臓硯の内心の言葉をより正確に解釈するなら、『心が完全に壊れてしまわない範囲で』という補足が付く。
当然だろう。老人からしてみれば、せっかく遠坂の家から養子という名目で手に入れた胎盤だ。ここで完全に壊してしまっては、本来の目的を果たせない。
それでも、目の前のあり得ざる光景を前にすると、500年を生きた妖怪とて全く戦慄を覚えないという訳にはいかなかった。
(反抗的という訳ではない。儂の命令には従順よな……だが、こちらに対して恐怖に屈したようには、全く見えん……)
改めて蟲に嬲られている幼女を見るが、その眼にはこちらへの敵意など皆無であった。
皆無であるように、見えた───
……本当に?
500年という長い年月を生きた翁の危機管理センサーが、警鐘を鳴らす。
(この娘は、危険やもしれぬ……いっその事、ここで処分してしまうか?)
そのような考えが浮かんでくるも……
老人は首を横に振って、思い直す。
(いや……この娘は、せっかく遠坂の小童から手に入れた胎盤……それをここで捨ててしまうのは、実に惜しい)
ならば、出来たばかりの孫娘が良からぬことを企てないよう、しっかりと監視するのみ。
間桐家が得られる果実を思えば、多少のリスクは負ってしかるべきだ。
まだ間桐家へ養子に出されてから、たったの一週間しか経ってない。
最終的な決断を下すのは、時期尚早というものだろう。
(所詮は5歳の小娘。この儂に逆らう事など出来よう筈もない……変な真似をする素振りを見せれば、儂の蟲たちで躾をしてやれば良い。いつもの3割増しでなあ)
内心で現状の答えを出せば、落ち着くのは早かった。伊達に500年を生きているという訳ではないだろう。
(カカカカ。儂とした事が、珍しいものを見て少しばかり動揺してしまったわ。全く、なんと良くない娘か。
これから桜には、じっくりと間桐の真髄を味わってもらうかのぉ……)
不気味な笑みを浮かべ、蟲たちに蹂躙される幼女を眺める臓硯。
その姿は、邪悪そのものであった。
そして……500年を生きた妖怪は、後にこの時の判断を、心の底から後悔する事になる。
「ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!??」
燃え盛る間桐家の地下にある蟲蔵。
否、燃えているのはそこだけではない。間桐の屋敷全体であった。
「ナ、ナゼエエエエエ!?ナゼコンナ、コンナコトニィィィィィィ!!??」
間桐臓硯を構成する蟲の群体をはじめ、屋敷内にいる蟲はみな一様に黒い炎で焼かれている。
ただの炎ではない。遠坂の現当主が使うような炎とは、断じて違う。
極めて
蟲の群体は、物理的に燃やされるだけでなく……
「……どうやら、上手くいったみたいですね。練習した甲斐があります」
そう呟いたのは、先刻まで蟲の群体に蹂躙されていた幼女──間桐桜であった。
「何度も頭の中で練習しましたが、ぶっつけ本番でしたから……少し分の悪いギャンブルだったものの、やって正解でした」
どこから持ってきたのか、大きめのタオルで汚れた体をふきながら、淡々と述べる桜。
とても、5歳の幼女とは思えない振る舞いだ。
「イ、イツダ!?イッたい、いつノ間にコんな魔術を───!?」
黒炎に焼かれて悶えていた臓硯だが、なんとか声の機能に支障がない状態へと持っていく。もっとも、それが限界だったが。
それに対する桜の返答は、呆れの感情が籠っていた。
「そんなの
「──────!!??」
頭の中で!?頭の中でだと!?
つまり、
そんな事で、この恐ろしい炎──魂まで焼いてしまう炎を作り出したと言うのか!?
(儂の蟲に嬲られながら、ずっとそのような事を企てていたというのか!?しかも、儂に気取られることなく!?)
付け加えるなら、この企てのために必要な魔力量を計算し、自分の魔術回路が生成する分で足りると、桜は判断したという事だ。
「あ、有り得ぬ……!有り得ぬ!有り得ぬ!有り得ぬ!!」
否定の言葉を繰り返すも、それで現実が変わる訳ではない。
桜の体内に潜ませていた刻印虫──肉体改造の途中であったため数は少ない──だが、指令を出して暴れさせても、すぐに制御を奪われたり、魔力による免疫じみた攻撃で潰されている。
その際の激痛など知らんと言わんばかりに、彼女は淡々と処理していた。
黒炎の概念は、容赦なく臓硯本体の魂まで焼いていく。
(がああああぁぁぁぁぁぁ!!
ぐぬぅ……ま、不味い!これは不味いっ!!
このまま、では!桜に全て、燃やされてしまうっ!まだ、此度の聖杯戦争さえ始まってないというのにぃ……!)
第四次聖杯戦争は静観する考えだったから、その勝利を望んでという訳ではないが。
流石に、それさえ見届けることなく滅されてしまうのは、臓硯としてはあまりに不本意だった。
間桐の翁には、もう一刻の猶予も残されていない。
(こうなっては……已むを得ん!!)
そうと決断すれば、早かった。
臓硯は、桜の心臓に潜んでいた本体を動かし……彼女の心臓を食い破る。
「かは────っっ!!」
左胸から臓硯の本体が飛び出し、同時に桜は苦悶の声を吐き出しながら体を痙攣させる。
そして、時を置かずに……幼女は崩れ落ちた。
地面に着地した親指大の虫は、焦燥と安堵の混じった声を漏らす。
「あ、危なかった……!」
本体の潜んでいた場所が心臓である事、また本体のサイズが他の刻印虫に比べて小さかった事から、桜が反応する前に事を成せた。
周囲の黒炎はまだ燃えているが、魂を焼く効果までは持続しなかった。この辺りは、イメージトレーニングだけで術式を作り出した事の限界だろう。
「ぐぅぅ……おのれ桜めぇ!このような真似をしおって!せっかく温情を与えて、この家に住まわせてやったものを……!」
あまりに一方的な物言いで呪詛を吐く臓硯。自らの行いを顧みる様子など全くない。
まあ、顧みるような殊勝さを持ち合わせていれば、蟲の大群による蹂躙など行わないだろう。
「あまりに多くの蟲を失ってしまった……!しかも桜は霊的に焼き尽くしおったから、本体である儂以外は全く身動きが取れん!
仮にいま狙われたら、なんの抵抗も出来ずに滅されてしまう!」
ここまで追い詰められたのは、これまでの人生で一度もなかった。
己の現状に苛立ちが募る臓硯。
「うぬぅ……これはしばらく、力を蓄えねばならぬか……!」
500年を生きた妖怪が、これからの算段を立てていると───
「───ええ。そう来ると思ってましたよ……
当然でしょう?」
その声を聞いた瞬間。
ない筈の心臓がドクリと大きく脈打つのを、間桐臓硯は感じた。
「さ、さく…ら……っ」
かすれた声を漏らしながら、彼は声がした方へと視線を向ける。
そこには、左胸に穴を空けて血を流しながら立ち上がり、地面を這う親指大の虫に冷たい視線を向ける幼女がいた。
「───!?」
そして、桜の左胸から流れ出ている血はすぐに止まった。黒い影のようなものが、穴に蓋をしたのだ。
応急処置ではあるが、自らの傷口がふさがったのを視線だけで確認し、彼女は淡々と言う。
「お爺様が私の体内に本体を潜ませている事は予想していました。可能性として考えられるのは、脳か、心臓か、あるいは子宮内か……
最初に挙げた脳だったら手詰まりでしたが、後の二つだったら対処可能でした。ようは、激痛を我慢して生命活動の維持に努めれば済む話ですから」
桜は軽く言ってのけているが、無論のこと実行するのは至難の業だ。
人間は通常、痛みに抗えないし、出来たとしても精神の疲弊で行動が鈍ってしまう。
ましてや、心臓を食い破られておきながら魔術を使って生命維持するなど、難易度が高いどころの話ではない。
「ば……ばか、な………」
それを、
目の前の幼女がいかに異常であるか、臓硯は思い知らされる。
そんな光景を目にし、そして自分の現状を思い出しながら……
臓硯は、目の前の恐るべき存在──幼女の皮を被ったバケモノから、後ずさる。
怯える地面の蟲を冷たく見おろしながら、桜は足を一歩前に出す。
「───!待て、待つのだ、待ってくれ桜……!
これまでの修練は、お前を思っての事なのだ!お前を、間桐の魔術師として大成させるべく───」
「すぐにわかる嘘はつかない方が良いですよ?ただでさえ悪い印象が余計に悪化しますので。
お爺様の事です。どうせ胎盤にでもしようと考えていたんでしょう」
臓硯の言い訳を切って捨てる桜。どうやら、500年を生きた妖怪の思惑はお見通しだったようだ。
「違う、違うぞ桜よ!蟲による修練は、間桐の魔術を極めるうえで重要なものなのだ!間桐の血統を栄えさせるために、必要な事なのだ!」
「それにしたって、もっとやり方があるでしょうに。私がされた修練という名の拷問、どう考えても心を折るためのものだったじゃないですか。もし私でなかったら、確実に発狂していましたよ?」
矢継ぎ早に言い返す桜。苦痛を跳ね返せる強靭な精神力は持っているが、流石に腹は立っていたようだ。
「ああ、それと私を拷問している最中のお爺様、実に楽しそうでしたね。おまけに蟲達のビジュアルは最悪ですし。
個人的な趣味を優先しておきながら、何が『間桐の血統を栄えさせるため』ですか。戯言を口にするなら、もっとマシな内容を考えてください」
幼女の皮を被ったバケモノが、地を這う虫に近づいて来る。
「ああ────待て、待て待て待て……待ってくれぇ!!頼む、桜!どうか儂に、やり直しの機会を───」
「そうやって許しを乞う相手に、お爺様は今まで慈悲を与えてきたのですか?」
そしてついに、桜は蟲の目の前までやってきた。
間桐臓硯は───生にしがみつく蟲は、自身の生の終わりに恐怖する。
「あああ、あああああああ───嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だぁ!!
死にたくない、死にたくない、しにたくない、しにたくない、シニタクナイ、シニタクナイ、シニタクナイィィィィ─────!!!
助けてくれぇぇぇ、ユスティーツァァァァァァッッッ!!!!」
ブチィッ!!
間桐の蟲蔵に小さく響く、虫が踏み潰される音。
命乞いは、誰にも届かなかった。
目の前の幼女にはもちろん、妖怪がその名を叫んだ、かつての冬の聖女にも……
こうして、500年を生きた妖怪は。
全く予期せぬ人生の幕切れを、迎えるのであった。
「……あー、疲れた」
目の前の蟲を無慈悲に黄泉の国へと送った桜は、ホッと一息つく。
「けっこう、ギリギリだったなあ……少しでもミスってれば、危ないところだった……」
魔術による応急処置で心臓の損傷をカバーし、また血流も循環させているから、なんとか生命維持は出来ているが……疲労感は半端なかった。
桜が臓硯を圧倒しているように見えたが、実際はそんな甘い状況ではなかったのだ。
どれだけメンタルが鋼──というかダイヤモンド──だろうと、まだ5歳の幼女なのだから、決して『最強の魔術師』とか『鋼の英雄』とか言えるような戦闘力は身につけていない。
平然とした顔色を保っていたが、魔術回路は100%のフル稼働どころか、150%や200%……いやそれ以上に稼働させて、魔力を大量に生み出していた。そんな無茶をした上で、黒炎の術式を制御していたのだ。
そして、この黒炎──虚数の概念をかなり無理して弄る事で生み出したマナやエーテルを喰らう『虚数炎』の制御も、桜の異常極まる精神力によって実現したものだ。
もし、これを実行したのが父や姉なら、魔術回路と脳の神経が焼き切れていたかもしれない。
そもそも、心臓をはじめとした内臓を食い破られた場合に備えて、生命維持の術式もいくつか用意していた。それぐらいしなければ勝てなかったのだ。
かなり用意周到だったとも言えるが、少しでも術式の実験をしたら臓硯にバレてしまうため、脳内シミュレーションだけで済ませる必要があった。それでいて、脳に寄生されていたら食い破られた段階で終わりだったから、極めてギャンブル性が高かったと言える。
虫のサイズを考えると脳に寄生している可能性は低いと思っていたが、現実は想像の斜め上をいくものだ。もしもの場合に備えて、覚悟はしていた。
相手は500年を生きた妖怪だ。普通に戦ったら負ける。
今回は
「本当は、もっと怯えたり弱々しい振舞いを心掛けるべきだったんだろうけど……私ってそういう演技が下手だから……」
姉からは、『桜って全然へこたれてるところを見たことない!』と言われるぐらいだ。そんな姉は、ちょっぴり悔しそうにしていたが。
母からは、『あなたの目って、強くて安心させてくれるわね。ただ少し……私としては寂しいけれど』と穏やかに、そして言葉の通り少し寂しそうに言われた。子供なんだからもっと甘えて欲しいという母性が伝わってきて、とても申し訳ないと思ったが。
そして父からは、『桜の在り方は、遠坂の当主として誇らしい。お前は将来、魔術師として間違いなく大成するだろう』と言われた。相変わらず、どこかピントのズレた発言であったが。
そんなメンタル化け物な自分だから、振る舞いは従順な姿勢を見せるぐらいに留めた。
下手に弱々しく振舞っても、自分の異常な精神性──破綻者ともいえるソレ──を見抜かれる事で、かえって怪しまれると踏んだから。
結局は、間桐の翁に警戒心を抱かせてしまっていたが……
最終的に倒せたのだから、良しとしよう。
まあ、それはそれとして。
これまで受けた仕打ちを改めて思い返したら、桜の中で怒りがぶり返してきた。
「ああ、もうっ……!こっちは、まだ5歳の幼女だよ!?なんでこんな人生ハードモードを体験しないといけないの!どう考えてもおかしいじゃない!
いや、大人だったらいいという話では全く無いけれど!!」
そのように叫ぶが、ここまで雄弁かつボキャブラリー豊かな5歳児など普通はいないだろう。メンタルが鋼なだけでなく、脳の回転もやけに常人離れしていた。
そして、忘れてはいけない。
今の桜は、重傷を負っているという事を。
「うっ……うわぁ、ヤバい……叫んだら、意識が朦朧としてきた………これ、ダメかもしれない…………」
かなり強引に虚数魔術を応用して体の血液を循環させているが、心臓が損傷による機能停止に陥っているのだから、安静にしていないと生命維持に支障をきたすのは当たり前であった。
脳細胞が死なないよう血流の自動コントロールと出血の抑止をしながら、彼女の意識は遠のいていく。
今頃、間桐の屋敷を燃やしたのと同時に送った連絡が、遠坂の屋敷へと届いている事だろう。
あとは、連絡に気付いた父が駆け付けるのを待つのみだ───ちなみに連絡には念のため、間桐臓硯を討ち果たせなかった場合の行動方針も含まれている。今回は必要なくなったが───。
……あの父が『うっかり』を発動させて連絡を見逃さないよう、願うばかりだ。
かなり危ない橋を渡っているような気が、しないでもないが。
意識が遠のいていくなか、桜は残りのガッツを総動員して呟く。
地獄へ落ちろ、クソジジイめ……
それと、事の発端となったお父様は、後でそのダンディな髭を引っこ抜いてやる……
そんな締まらない罵声を弱々しく呟きながら、桜の意識は闇に落ちるのであった。
悲報。
トッキーの髭、桜に引っこ抜かれる模様。