遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様   作:恐るべきサクラ

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 今回は文章量が多く、かつ小ネタてんこ盛り。そして大人の事情により一部が伏字状態。

 うん、『また』なんだ。済まない。
 今回の話のネタ振られても、多くの人達は『意味わかんねえ!』と思うだろう。

 でも、今回の話を見た後、多くの人達が時臣と凜の気持ちを理解できるようになると思うんだ。
 それはとても尊いことなので、どうか生暖かい目で見て欲しい。

 もし小ネタに一切興味が湧かない人は、適当に読み流して時臣と凜の様子を見てもらえれば良いと思う。特に、時臣ことトッキーの反応は必見だ。
 そして、『レトロPC経験者』や『技術屋』のような人達は、今回の小ネタを見てクスリと笑みを漏らしてくれれば幸いだ。


 それでは、待たせたね。

 さあ───()()()()()()

 


いざ、デジタルの魔境へ!魔術師は狂い哭く

 

「凛……遠坂たる者、『常に余裕を持って優雅に』振る舞わなければならない……」

「はい、お父様……」

 

 緊張感に満ちた声で、そう語り合う時臣と凛。父の方は彫りの深い顔立ちに凛々しい表情を浮かべ、長女の方は子供らしからぬ覚悟に満ちた表情を浮かべている。

 

「我々は今から、かつてない苦難に立ち向かわなければならない……これほどの難敵は、9ヶ月後に控える戦いを除けば、他に見当たらないだろう」

 

 今年に開催を控えている第四次聖杯戦争を指し、そう述べる時臣。人の往来がある場所なので、表現はボカしていた。

 

「だが、我々は逃げてはならない……決して、逃げてはならないのだ!」

「はいっ、そうですよね、お父様……!」

 

 時臣の自らに言い聞かせるような言葉に、凛も同意する。抱く気持ち──自分に言い聞かせるところ──は同じだからだ。

 

「さあ、行くぞ凛!心して掛かるのだ!

 これからアレに挑むのは、我らの義務であり、避けては通れない道なんだ!」

「はい!私、頑張ります!」

 

 気合い充分。遠坂の父と娘に、慢心などありはしない。

 いざ、戦場へと赴かんと言わんばかりの2人に……戸惑いに満ちた声が掛けられる。

 

「えーと……凛ちゃん、それと時臣……2人して、一体何をしているんだ?」

 

 場違いな光景を目の当たりにし、雁夜は反応に困ってしまう。

 別に生命の危機に瀕していたり人生の岐路に立っている訳でもないのに、この気合いの入りようは一体何なのだろうか?

 

 そう思うのは一般人として当然であったが、そんな雁夜の反応は、残念ながらこの父娘に理解されなかった。

 

「見てわからないのかね?間桐雁夜。

 私達はこれから挑む戦場に向けて、決意を露わにしているのだよ」

「そうよ、雁夜おじさん!目の前の強敵を前に、のほほんとしている訳にはいかないわ!」

 

「いや、強敵って……」

 

 時臣の「君は何を言ってるんだ?」という思いっきり的外れな視線と、無駄に戦意を高めている凛を前に、雁夜は汗をタラリと流す。

 彼的には、「ただ()()()()()()()()だろう……」と思わずにはいられなかった。

 

 割と本気でドン引きしている雁夜であったが、そこに1人の少女がフォローを入れる。

 

「ふふ……時臣おじ様と凛にとって、今回の買い物は人生の一大事なの。なにせ、()()()()()()()()()だから。これは、仕方ない反応なのよ」

「あー、愛歌ちゃん……まあ、確かに君の言う通りなんだろうけどさ」

 

 つい先日に桜のソウルメイトとなった沙条愛歌──まあ本人談だが──の言葉に、雁夜は何とも言えない表情を浮かべる。

 まだ子供の凛ならともかく、完璧超人ぽく振る舞っている時臣がこんなコメディを見せるなど、雁夜的には違和感バリバリであった。

 

「愛歌ちゃんの方は、特に苦手意識とかは無いんだよな?」

「ええ、雁夜さん。頭に『マ』のつく分野を扱っているとはいえ、現代社会を生きる上で機械類と無縁ではいられないもの。その手の知識に不足は無いわ」

 

「うぐっ……!」

「ううっ……」

 

 雁夜と愛歌の会話が流れ弾となり、時臣と凛にダメージが入った。補足しておくが、愛歌に揶揄する意図は全く存在しない。

 

 ちなみに、雁夜と愛歌は少し前に顔合わせを済ませていた。ルポライターと小説家──愛歌の方はゴーストライターだが──で執筆分野は違うものの、同じ物書きとして意外と会話が捗る間柄だったりする。

 

 なお、それを見た時臣は一人の魔術師として、地味に釈然としない気持ちを覚えていた。誰にも気づかれないよう、上手く表情を取り繕っていたが──なお愛歌には当然バレていた──。

 

 4人でそのような会話を繰り広げていると、前方から声が聞こえてきた。

 

「皆さん、どうされたんですか?店の入り口はすぐそこですよ」

「師よ、そして凛。覚悟云々をするにしても、いささか時間がかかり過ぎなのでは?」

 

「えーと……あなた、凛。2人の気持ちはわかるんだけれど……流石に、ちょっと恥ずかしいわ……」

 

 桜と綺礼はともかく、葵の方は周囲の目線が気になっていたようだ。夫と娘に、申し訳なさそうに告げる。

 

「葵……承知した……」

「お母様……すいません……」

 

 流石にこのように言われてスルーする図太さは、時臣と凛には無かった。

 

 しょんぼりとする2人の前にそびえ立つ、かなり大きな建物。休日とあって、多くの買い物客が訪れている。

 その正面には、こんな看板が貼り付けられていた。

 

 

 『冬木電機』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬木電機は、その名前からも分かる通り冬木市において電機製品を取り扱っている家電専門店だ。

 

 家電において『三種の神器』扱いされる冷蔵庫・洗濯機・テレビはもちろん、掃除機・クーラーといった製品や、趣味嗜好品であるカメラやオーディオ・ビデオレコーダー・ゲーム機といった製品も取り扱っている。

 

 そしてもちろん、1994年2月当時において大半の庶民が馴染みの無いパソコンも、売り場に置かれている訳だ。

 

「むう……何という事だ……」

 

 理解不能な物体が並びまくる売り場に、時臣はやたらシリアスな表情で呟く。

 

「よもやこの店が、ここまで恐ろしい場所だったとは……もしかしたら、ここは魔境と言っても過言では無いのでは?」

「いや、ただの家電売り場だろうが」

 

 世迷言を抜かす時臣に、雁夜は半眼になって突っ込む。

 時臣的には、優雅に深刻ぶっているのかもしれないが、現実の状況が全てを台無しにしていた。

 

 というか、コイツは果たしてこんなダメ人間だったか?以前なら、苦手なモノを前にしてもマシな振る舞い──悔しいが雁夜から見てもダンディな感じ──をしそうに見えたんだが……

 

 そんな時臣に雁夜が呆れていると、横から凛のめっちゃ慄く声が聞こえてくる。

 

「なんという事なの……私は一体、いつの間に魔界へと足を踏み入れたというの!?」

「え、ええぇ……凛ちゃん……」

 

 時臣以上に脳みそがやられている凛に、雁夜は割と本気で心配になった。

 

 前を歩く桜は、そんな父と姉を割と無慈悲にスルーしながら──気にするだけ時間の無駄だ──、目的の売り場に向かって歩いていく。その隣を愛歌が、そして葵が歩いていく。

 

 そして、先頭の桜達と後方の時臣達の間を歩いている綺礼はというと……

 

(これは……家電売り場で珍妙な振る舞いをする時臣師と凛を見ていたら、何故か心の奥底から込み上げてくるモノがある………この胸の高鳴りにも似た、不思議な心地良さは、一体何だというのだ……?)

 

 己の中の愉快な衝動に、戸惑いを覚えていた。

 

(切っ掛けは……遠坂の家にて皆で食卓を囲み、麻婆を食べた時からだ……その時から、私の中で飽くなきナニカが叫び始めている)

 

 先日の遠坂家麻婆事件を契機に、彼はまさに目覚めの時を迎えていた。

 

(この感情……コレがなんなのか、私はそれを知りたい……答えを、導き出さなければ……!)

 

 なんか愉快な方向に覚醒し始めている綺礼。

 そんな彼の前で、桜が声をあげる。

 

「ここが、パソコン関連の売り場ですか」

 

 ついに到着したパソコン関連の売り場。かなり大規模な面積を誇っている。

 ここには、各メーカーの製品がズラリと並んでいた。

 

 国民機と呼ばれるN●Cの『P●-9●』シリーズを始め、その互換機であるエ●ソンの『P●-●86』シリーズや、地味に頑張っている富●通の『F●-TO●NS』、残念ながら役目を終えていたシ●ープの『X6●0●0』シリーズ、他の機種と毛色が異なるA●pl●の『M●cin●osh』、ここ最近は日本国内にて普及が進んで市場シェアを奪ってきている世界標準の『D●S/V機(P●/A●互換機)』など、よりどりみどりだ。

 デスクトップ型・ノート型の双方共に品揃えが豊富で、選択肢に困る事は無いだろう。

 

 そして、周辺機器も潤沢だ。そちらも抜かりは無い。

 

 プリンターは各メーカーに対応した製品が置かれており、どのPCを購入しても問題ない環境が整えられていた。『資料を作成したのに印刷出来ない』といった事態に遭遇しないよう、ちゃんと配慮されている。

 外付けの記憶装置では、フロッピーディスクドライブはもちろん、国内で普及しているMOドライブや、海外で普及しているZIPドライブも置かれている。フロッピーディスクの容量では物足りないユーザーへの配慮もバッチリだ。当然ながら、記録メディアも商品棚に陳列されている。

 

 

 圧倒的……そう、圧倒的物量であった。

 ここはまさに、デジタルへの入り口。デジタルの宝庫。デジタルの大海。

 

 現代科学の真髄が、結集した場所であった。

 

 

 

「あ───が────っ!!」

「か───は─────!?」

 

 

 

 その圧倒的な重圧に、時臣と凛の口から詰まった息が吐き出される。

 

 視界が歪む。

 耳鳴りがする。

 脂汗が流れ出す。

 体が痙攣し始める。

 

 父娘の全身を、警告が駆け巡る。

 生命の本能が、喧しく警鐘を鳴らす。

 

 まさに、ここは魔境。

 まさに、ここは魔界。

 

 ここに来る途中の売り場でそう評した自分達の、なんと浅はかな事だろうか。

 まだ自分達は、入り口にすら立っていなかったのだ。

 

 

 だが、しかし───

 遠坂時臣は、挫けなかった。

 

 

「くっ──な、なるほど………どうやらこの場は、我々の想像以上の場所だったようだ……」

 

 自らの精神力を総動員し、優雅な振る舞いを心がける。顔の表情筋も、何とか凛々しさを保つ。

 

 時臣は、魔道に己が人生を捧げると誓った時から、厳しい修練を自身に課してきた男だ。たとえ『デジタルの洗礼』を受けようと、そうそう醜態を晒しはしない。

 

 そう。遠坂たる者、『常に余裕を持って優雅たれ』だ!

 

「凛、しっかりするんだ!我らは誇り高き遠坂の人間!この程度で挫けてはいけない!」

「お、お父様……」

「これぐらい、鍛錬の過酷さに比べればどうという事は無い!大丈夫だ、凛!お前なら乗り越えられる!」

「そ…そう、ですね……そうですよね、お父様……!」

 

 機械音痴というか、現代科学から憐憫の眼差しを向けられそうな時臣と凛のやり取り。認識阻害の術は行使していないため、その喜劇は他の買い物客の視線を集めていた。

 前方にいる桜と葵が、思わず他人のふりをしたくなったのは、仕方ない事だろう──まあ我慢したが──。

 

 それを見ていた綺礼は、自らの心の動きをより自覚し、焦りを覚える。

 

(この感情……これは、心地良いだけでなく、気持ちが昂っている……?私はあの光景を、そこまで肯定的に見ているのか?

 ………いや、そんな訳がない……もしそうだとしたら、あまりに背徳的だ)

 

 無意識に笑みが浮かびそうになるものの、口元の動きが良くないと感じたのか、綺礼は意識して引き締める。

 

(くっ……まだ結論は出せない……もっと見定めなければ……!)

 

 そんな覚醒途上の男とは別に、パソコン関連の売り場を眺めた雁夜と愛歌が、自然な会話を交わしている。

 

「ここは本当に品揃えが豊富だ。これまでも何度か訪れた事があるけど、いつも品揃えに圧倒されるな」

「雁夜さんは、ルポライターのお仕事にパソコンを使っているのかしら?」

「いや、俺が使っているのは基本的にワープロかな。文章を書く以外の使い方はしないし。まあ、仕事でパソコンに触れる機会は結構あるんだけどさ。愛歌ちゃんの方は?」

「家にパソコンはあるけれど、小説の執筆は手書きでやってるわ。書く速さには自信があるの。それと、書き損じもした事がないから。私にとって、文章作成の効率は、手書きでもワープロでもパソコンでも変わらないのよ」

「書き損じをした事がない……凄いな。普通は手書き・ワープロを問わず、文章作成にはミスが付き物なのに。君は本当に、天才なんだな……」

 

 会話を弾ませる雁夜と愛歌。予想していなかった意外な組み合わせに、葵は新鮮なものを見た表情を浮かべ、桜は人間関係が広がった様子を純粋に歓迎していた。

 なお、凛は愛歌に対して、時臣は雁夜に対して、なんか納得し難い気持ちが湧き上がっていた。綺礼はそんな2人を、真剣に観察していたりする。

 

 そんな彼らに、売り場にいた店員の一人が声を掛けてくる。

 

「いらっしゃいませ、お客様!何かお探しの商品はございますか?」

 

 快活で眼鏡をかけた若い店員であった。客の立場から見て、かなり好印象を受ける人物だ。

 買い物を進める上でちょうど良いと思い、桜は自分の要望を伝える。

 

「初めてのパソコンなので、N●Cの『P●-9●』シリーズを考えています。ノート型を希望しているので、9●N●TEですね。資金は豊富にあるので、値段が高くなっても大丈夫です」

「なるほど!では、こちらの『P●-9●21N●340/W』はいかがでしょうか?」

 

 そう言って店員が紹介したノート型パソコンのスペックは、以下の通りだ。

 

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 『P●-9●21N●340/W』のスペック

  - CPU: In●e● i4●6S● 33MHz

  - ROM : BIOS、N8●-BA●IC(●6)

  - RAM: 標準5.6MB(最大14.6MB)

  - VRAM: テキスト用12KB、グラフィック用512KB

  - HDD: 340MB

  - FDD: 3.5インチ 3モード対応(640KB/1MB/1.44MB)

  - ディスプレイ: 9.5インチTFTカラー液晶(640×480ドット、256色表示)

  - グラフィック: 拡張グラフィックアーキテクチャ(PEGC)

  - ポインティングデバイス: トラックボール

  - 重量: 約3.2kg

  

  本体価格:768,000円(税別)

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「本体価格が税別で768,000円。なるほど……この性能でノート型なら、やはりこれぐらいの値段はしますか」

「まあ、そうだよな……もし俺がパソコンを買うとしたら、こんな高い機種は選べないよ。もっと大幅にグレードを下げることになりそうだ」

「普通の人ならそうよね。桜の購入資金なら、特に問題ないでしょう?」

「はい、愛歌さん。これぐらいなら購入の障害にはならないです」

「……その資金力は、俺とは別世界のものだよなあ……」

 

 雁夜のような一般人からしてみれば思いっきり高い買い物だが、遠坂の財力を以てすれば容易い事だった。

 正確には、その資金は時臣から桜へ渡された謝罪金──養子の一件で貰った慰謝料みたいなもの──の範囲内だが、数百万円単位で貰っているため全く問題ない。

 

 まあ、普通に考えれば、『子供にそんな大金を!』となるのだが……

 桜は年齢不相応にしっかりしているし、間桐で体験した内容が凄まじかったから、異論を唱える者はいなかった。

 

 そして、お客が子供であるにも関わらず受け入れている店員も、中々の強者だった。まあ、大人が同行している事は大きいだろうが。

 相手の購買力は充分だと判断し、店員は売り込みをさらに進める。

 

「この製品は『W●n●ow● 3.1』が動作しますし、メモリ(RAM)が足りないと思ったら増設すれば良いです。当店でメモリの増設サービスもやっておりますが、いかがでしょうか?」

「初めてのパソコンなので、メモリ増設はお任せした方が良さそうですね。念のため他の商品も見せていただきますが、購入する機種が決まったらお願いいたします」

「承知いたしました!では、他の機種の紹介もさせていただきますね」

 

 買い物資金は潤沢にあるので、そちらのサービスに払う分も問題無かった。こういう場面でお金を使うのは、富裕層の役目である。

 購入前提で進む商談に、店員もホクホク顔だ。

 

「ゲームのデモがありますが、ご覧になられますか?」

「そうですね……お願い致します」

 

 ゲームをする予定は無い桜であったが、パソコンの性能を見る上で重要な指標なので、店員の勧めに頷いてゲームのデモを表示してもらう。

 

「この機種は音が鳴ってますけど、先程の機種だと、音を鳴らすのにサウンドユニットを追加する必要があるのでしょうか?」

「そうですね。先ほどの機種だとサウンド機能はオプションになりますので、別途購入が必要となります」

 

 ゲーム画面を見ながら店員と会話する桜。そのやり取りは大変スムーズであり、とてもパソコン未経験者とは思えない。桜の頭脳がどれだけ優れているか、わかるというものだ。

 

 なお、機械音痴の時臣と凛は、ディスプレイに映るゲームの動きに戦慄を覚えていた。

 

(……っ……なんと、摩訶不思議な現象だ……!

 魔力は一切感じられないから、術式の類ではない……そして、霊障の類にも見えない……

 なんら神秘を行使してないのに、あのような自立動作をするとはっ………ぐぅっ……これは一体、どういう事なんだ……?)

 

(あれって、魔術礼装じゃないのよね……一体どういう仕組みをしているの……?まるで、魔術みたいじゃないっ……

 なんであんな機能が、魔術を使わずに実現出来るのよ……!)

 

 まあ、この2人の反応は……無理もなかった。

 コンピューターの仕組みを知らない者からすれば、何で自動的に動くのか理解不能だからだ。一般人であっても、魔術の類に思える事だろう。

 

 なお、そんな2人を見ていた綺礼はというと……

 

(時臣師と凛の、あの顔色を見ていたら、気持ちが昂ってくる………これは……恍惚とした感情か……!まさか、そんな事がっ……!)

 

 いよいよ、湧き上がってくる愉悦の感情から目を逸らせなくなり始めていた。彼は愕然とする。

 

(い、いや……まだだ!まだ結論を出すには早すぎる!もっとこの2人を観察しなければ!)

 

 己の愉悦を、まだ正面から受け止め切れない綺礼。彼の自己探求は続く。

 

 さて、桜の対応を行なっている店員だが……

 彼はマニアックな男だった。

 

 そのため、このような言葉が飛び出してくる。

 

「『CO●FIG.●YS』と『AU●OEXEC.B●T』はすぐに編集されますか?扱いを間違えると思った通りの動作をしないので、色々とお伝えしようと思いますが」

 

「「───!?」」

 

 聞こえてきた謎の単語に、思考回路が大混乱をきたす時臣と凛。

 そんな両名を置いてけぼりに、桜は普通に会話を続ける。

 

「やり方は調べましたが、まだ実際に使い慣れてないですからね……うーん、同行している方が知識持ちなのですが、わざわざお時間を頂いても大丈夫なんでしょうか?」

「もちろんです!お連れのお方と私の知識が合わされば、今後お客様が直面する問題の解決に役立つでしょう!新しい機器を導入した場合、『CO●FIG.●YS』と『AU●OEXEC.B●T』への記述は必須ですから!」

 

 色々とノってきたのか、若い店員のテンションが上がり出す。

 

 難しい話に、何の問題もなく適応する桜。

 だが当然ながら、時臣と凛は置いていかれていた。

 

(こ……こ●ふぃぐ・●す……?おう●・えぐ●……ナントカ……?

 な、なんだ……それは………一体、桜達は何を……何を言っているんだ!?この、謎のからくり仕掛けを、扱うには……そんな呪文を、唱える必要がっ……あると言うのか!?)

 

(な、なにを……あの人や桜は、一体何を話しているというの!?

 う、ううぅ………わ、訳が分からない……頭が、冗談抜きでっ、どうにかなってしまいそうだわ!)

 

 ……まあ、これについては……時臣と凛は悪くない。

 うん、本当に悪くないんだ。

 

 一般的な人からすれば、『CO●FIG.●YS』と『AU●OEXEC.B●T』の設定は、確かに謎の呪文を唱えるのと何ら変わらないのだから。

 

 ただ、ルポライターをしている雁夜は、その辺の知識が一般的な人よりも多かった。

 

「あれって確か、編集の仕方をミスるとCD-ROMドライブを認識しないんだよなあ」

 

 雁夜の呟きを耳にした時臣の体に、電流が走った。

 あまりの衝撃と驚愕に、体が小刻みに震える。

 

(なん……だと………?

 ば、馬鹿な……そんな馬鹿な……!

 ま、間桐雁夜……君は、君という男は……!この恐るべき物体を、扱えると言うのか!?謎のからくり仕掛けを、見事に使いこなせると言うのか!?

 この私が、手も足も出ない困難をっ……軽々と乗り越えていくというのか!?)

 

 時臣の心に、かつてない敗北感が押し寄せてくる。

 割と失礼な話ではあるが、雁夜に敗北するというのは、時臣的にかなり屈辱であった。

 

 敗北!圧倒的敗北!

 

 ミスター優雅の脳内に、そんな言葉がこだましていた。

 

 そして……これらの光景を目にして、この男が何も感じない筈は無かった。

 

(何という事だ……やはり私は、愉しんでいる……!

 理解不能な技術に翻弄されている凛の姿と、間桐雁夜への敗北感に打ち震える時臣師の姿に……これ以上ないほど、私は満たされてしまっている!

 馬鹿な……そんな事が、あって良いのだろうか!?)

 

 自らの内で荒れ狂う愉悦に翻弄される綺礼。圧倒的なソレに、彼は苦悩する。

 

(それは、悪しき事だ!許されざる蛮行だ!

 ああ、しかし!この気持ちを誤魔化す事など、この私には……!)

 

 そんな愉悦に直面している神職者と優雅な筈の敗北者はともかく、雁夜の呟きを聞いた店員は、『おっ!?そちらのお客様もご存知で!』といった感じでノリノリになって会話を進めていた。

 

「CD-ROMドライブの場合は、まず『CO●FIG.●YS』にデバイスドライバ名を記述し、『AU●OEXEC.B●T』にはCD-ROMを使うプログラム名を記述します!ドライバ名は機種に適したモノを指定する必要があるので、ややこしいですね!

 私も以前にやったんですが、最初は何故かCD-ROMドライブがOSから認識されず、『CO●FIG.●YS』と『AU●OEXEC.B●T』の編集に苦戦しました!いやー、アレには頭を抱えましたよ!本当に辛かったですね!」

 

 自らの体験談を楽しそうに語る店員。「あっはっはっは」と朗らかに笑っている。実にイイ笑顔であった。

 なお、話についていけない時臣と凛は、全く笑えなかった。

 

 新しい機器を追加する時の苦労に、桜はしみじみと感想を口にする。

 

「うーん、機器を追加する度に『CO●FIG.●YS』と『AU●OEXEC.B●T』を編集しなければならないのは、道具として使い勝手が良くないですね……」

 

 わざわざ設定ファイルを手動で編集する時があるのだから、1994年当時においてPCが大衆化するには、まだ障壁があった。

 

「そうだよな、桜ちゃんの言う通りだ。決して、一般人が扱いやすいとは言えない」

「その辺りがパソコンの課題よね。ああ、でも……確か現在開発が進められている “次期W●n●ow●” は、その辺りが簡単になると聞いたんだけれど」

「あ、その情報は俺も耳にしたよ。確かコードネーム『Ch●ca●o』だったか」

 

 愛歌と雁夜が最新のソフトウェア事情について触れると、店員は『その話題を待ってました!』と言わんばかりに追従してくる。

 

「そうなんですよ!コードネーム『Ch●ca●o』で開発されている “次期W●n●ow●” は、デバイス管理が格段に楽になるそうです!繋いだら自動認識するようになるみたいですし、『M●-D●S』無しで動作するようなので、とても便利になります!」

「そうなんですか?今の『W●n●ow● 3.1』は『M●-D●S』上で動作させる必要がありますから、単独で動作するのは凄いですね」

 

 なお、その “次期W●n●ow●” にてフリーズ地獄やブルースクリーン地獄に苛まれる事を、この場の皆はまだ知らない。

 まあ、さらに未来の『Meたん』に比べればマシだが。

 

 さて、時臣と凛がどうなっているかというと……ご覧の通りだ。

 

 

 

「……お、お父様……凛は、もう……ダメかも、しれません……」

 

「り、凛………と、遠坂たる者……常に、余裕を持って……ゆ、優雅たれ、だ………」

 

 

 

 もう完全にやられている凛であったが、時臣も似たようなモノだった。すでに優雅さを保つ事が出来なくなっており、その表情は中々の見ものだった。

 ぶっちゃけ、優雅さの無い時臣はマダオと言って良いだろう。

 

 

 あと、綺礼の昂りは、いよいよ抑えるのが難しいレベルに達していた。

 

 

(私は、私はっ……!この感情に、蓋をする事は出来ない……!どうして、このような感情が私の中から湧き上がってくるのか!?

 私は、その答えを知りたい!)

 

 綺礼は心の中で叫び、自らの信仰に基づいて神へ訴える。

 

(主よ!なぜ私の中で、このような悪しき感情が生まれるのか!?なぜ信仰に生きた私に、このような背徳的な感情が湧き上がってくるのか!?

 今も私の中では絶えず、時臣師と凛を弄りたいという感情が湧き上がってくる!もっともっと、あの2人が機械類に翻弄される姿を見たいと猛り狂っている!

 ああ、そのような悍ましい在り方、聖職者には相応しくない、いや、人として相応しくないというのに!)

 

 面倒くさい思考を巡らせながら、さらに悩みまくる綺礼。

 

(主よ!もし、私に答えがもたらされなければ、私はこの感情をどうして良いか分からない!ああ、しかし───このままでは、己が欲望を抑えられず、何らかの形で発散してしまう!)

 

 時臣と凛にとってヤバ気な事態が、人知れず迫る中で。

 愛歌は、しみじみと語る。

 

「それにしても、“次期W●n●ow●” ね………ふふ、どうのこうの言いながら、パソコンは便利になっていってるわ。少しずつだけど、出来る事が増えていっているもの。

 ああ、そういえば───

 

 

 こないだ興味本位で、O()S()()()()()()()()()()

 

 

「……は?」

「……え?」

「な、なんと!?」

 

 

 突然ぶっ込まれた特大のネタに、桜と雁夜が間の抜けた声をこぼし、店員は驚愕の声をあげる。

 

 一瞬、聞き間違いかと思った桜であるが、他の2人の反応からそれは無いと思い直し、愛歌に確認する。

 

「え、えーと……愛歌さん?OSを自作って……まさか、『M●-D●S』や『W●n●ow●』のようなものを……ご自分で設計したという事ですか?」

「ええ。なんか面白そうだったからやってみたわ。作ったOSのユーザーインターフェースは、GUIではなくCUIにしたけど」

 

 平然と言葉を返す愛歌。その返答に、雁夜は表情を引き攣らせる。

 

「ま、愛歌ちゃん……一般人目線で言わせてもらうなら、例えグラフィカルな画面じゃなくコマンド入力型のOSでも、普通はそんなの作れないんだけど……」

「そうみたいね。私、色んなことに興味を持って取り組んでいるから、その手の事も出来てしまうの。やろうと思えば、GUI──グラフィック型のユーザーインターフェースのOSだって、作ってみせるわ」

 

 愛歌の返答に、割と本気で引いている桜と雁夜。2人はあくまでコンピューターを道具として使う側であり、ソフトウェアを設計する立場には無い。

 アプリを作るならともかく、OSを作るとなれば、遥かに難易度が高くなる。

 

 数日前に会った綾香から「すいません、うちのお姉ちゃん凄くおかしい人でして……」と申し訳なさそうに言われたが、その言葉の意味がよく分かるというものだ。

 このお姉ちゃん、本当に魔術師なのだろうか?と思うも、そういえば小説も書いていた。やはり綾香の言う通り、愛歌はおかしい人物だろう。

 

「これはまた、凄まじい強者がいらっしゃいましたね……」

 

 愛歌の言葉には店員も驚愕したようで、地味に戦慄の汗を流していた。

 

「私が自分の家で使っているのは『D●S/V機(P●/A●互換機)』だから、それで動作するOSを作ってみたわ。フロッピーに収まるコンパクトなタイプね」

 

「は、はあ……」

 

「まずは、『ブートセクター』の作成ね。ブートローダーのプログラムをアセンブリ言語で記述し、それをコンパイルしてバイナリを作成したわ。そのバイナリを、フロッピーディスクのブートセクターへと書き込む。これで、OSのカーネルをロードする仕組みが出来た。

 次に、いま言った『OSのカーネル』を作成。こちらはアセンブリ言語やC言語で記述し、メモリ管理やデバイスの入出力管理などを実装したわ。スケジューリングと割り込み処理の部分は興味深かったわね。あと、プログラムの実行フォーマットを考えるのも面白かったかしら。

 当然、ディスクを扱うためのファイルシステムも設計したし、先ほど話したコマンド入力型のユーザーインターフェースも実装して───」

 

「ま、ままま、愛歌ちゃん!君が凄いのはよく分かった!だから、もういい!それぐらいでいいんだ!そのレベルの話は、流石に俺達には理解出来ないから!」

 

 あまりに難易度の高い話に、雁夜が途中でストップをかける。

 このレベルの話は、機械音痴であろうとなかろうと、理解するのがとても難しかった。

 

 話を聞いていた桜の首筋に、汗がタラリと流れる。

 

(………これからパソコンを道具として使い出そうとしている自分が、なぜOS開発という難易度の高い話を聞いているんだろう……?)

 

 どう考えても、辿るステップが違うだろうと思わずにはいられなかった。

 

(愛歌さん、魔術界隈の人とは思えないタイプだよね………パソコンを購入しようと言い出した私が、言える事じゃないんだけど……)

 

 そんな風に思考する桜であるが……そんな彼女は、苦戦しながらも話の概要は理解していたりする。

 

 そう。この幼女も、スペックは高いのだ。

 

 

 

 ……さて。

 ここで、機械音痴の2人は、一体どうなっているかというと……

 

 

 

「か……はっ………あ…………」

「────────」

 

 

 

 理解不能な宇宙語──機械音痴の認識──の羅列に、思考回路がショートして言葉を失っていた。

 時臣の口からは、言葉にならない意味不明な声が、途切れ途切れに漏れてくる。

 なお、凛はすでに意識が真っ白になっており、自我境界が曖昧になっていた。

 

 その光景を見た雁夜が、気の毒そうな表情を見せる。先程の愛歌の話は、あまりに難しかったからだ。

 

(凛ちゃん、可哀想に………

 時臣も、これは流石に不憫だ……)

 

 まだ時臣とは『腹を割って話そう』会を実施してない雁夜だが、桜との兼ね合いもあって、露骨に時臣へ突っかかるような真似はしていない。

 以前なら、時臣相手に勝ち誇っていただろうが、今の彼はそのような真似をしなかった。

 

 

 だが、しかし。

 そんな雁夜の気遣いはむしろ、時臣の優雅なハートに、甚大なダメージを与えていた。

 

 

(か、雁夜っ………き、君にとって、私はもはや……勝ち誇るに値しない相手だとでも言うのか!?すでに、道端の石ころ程度の価値しかないとっ……君は、そう言うのか!?

 ぐ、ぐぅぅぅぅっ!お、おのれ……おのれぇ、雁夜めぇぇぇぇぇ!!)

 

 

 屈辱!圧倒的屈辱!

 

 

 なんかキャラ崩壊する時臣。辛うじて残った精神力を総動員し、表情筋がおかしな事にならないよう、ギリギリで耐えてはいたが。

 

 

 ああ、そして……

 時臣のヤラレっぷりに、綺礼の愉悦は限界まで膨れ上がっていた。

 

 

(答えは、ひとまず後だ!後で構わない!

 今はこの昂ぶりを、私が未だ理解できてない昂ぶりを、何らかの形で発散しなければ!

 麻婆は、麻婆豆腐は何処に!?あるいは、ワインはあるか!?)

 

 売り場の案内図を眺めるが、当然ながらそんな場所は記されていない。

 

(くぅっ!流石に、家電専門店に麻婆豆腐とワインは無いか!少し考えれば分かることに気付かないなどと、我ながらどれほど心が乱されているのだ!

 仕方ない!ならばっ……別の形で、この昂ぶりを───)

 

 

 その時、綺礼の脳裏に天啓が走る。

 

 

(これだ!この昂ぶりを発散するには、()()()()()()()()()()だ!

 よし!桜達の店員との話し合いが終わった後、時臣師にこの考えを打ち明けねば!)

 

 綺礼が特定の相手向けに恐るべき計画を練っている中、桜は話の流れを仕切り直す。

 

「と、とりあえず……購入する機種は、最初に教えてくださった『P●-9●21N●340/W』にします。オプションのサウンドユニットも追加で」

「そ、そうですね!了解です!あと、どのソフトを購入するかは、お決まりでしょか?」

「文書作成と表計算はするので、『M●-D●S 6.2』環境用に『一●郎Ver.5』と『L●t●s 1-●-3 R2.4J』を購入します。この2つは業界スタンダードですから。

 そして、『W●n●ow● 3.1』環境では『Wo●d 6.0』と『E●ce● 4.0』も導入します。今後、シェアが入れ替わる可能性もあるので」

「あ、確かにその可能性はありますね。承知いたしました」

 

 愛歌のマニアックかつ高度な話が終わった後は、スムーズに商談が進んでいく。

 

「他のソフトは購入されますか?」

「今のところはこれぐらいにしときます。将来必要なソフトがあれば、またこの店で購入させていただきます」

「承知いたしました!では、商品を一通り用意させていただきます!」

 

 全ての商品の金額を合計すると凄い事になるが、先程も述べたように資金面では全く問題なかった。

 ようやく商談が収束に向かい、ホッとする時臣。

 

(よ、ようやく終わったか……悪夢のような時間だった………)

 

 ここまでの苦行を味わった事など無いと心底思った。あくまで彼視点だが。

 とにかく、デジタルの話はこれで終わりだ。

 

 長き苦難を乗り越えたと、心の底から安心する時臣であったが……

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「師よ!遠坂時臣師よ!」

「き、綺礼……?どうしたんだい、そんなに気迫のこもった表情をして……」

 

 戸惑いに満ちた声を漏らす時臣。その反応は精彩を欠いており、普段の優雅さは全く無い。

 だが、綺礼はそんな師の戸惑いなど意に介さず───というか意図的に無視して───己の決意を打ち明ける。

 

 

 

「ここで売られているパソコンの数々ですが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「なっ、なにぃぃぃぃ!!??」

 

 

 

 不意打ち気味に放たれた強烈な一撃は、時臣のメンタルにクリティカルヒットする。

 

「ぜ、全メーカーで、一台ずつだって!?

 き、綺礼!君は一体、な、何を言い出すんだ!?」

 

 動揺を露わにする時臣。声がめっちゃ震えている。

 そんな師の姿を見て無自覚に愉悦しながら、その表情が表に出ないよう無自覚に自制する。なんか器用な事をこなしていた。

 

 まずは師に経緯を説明する必要があると思い、綺礼は意識して落ち着いた声に切り替える。

 

「師よ。私はこれまで、幾度となく己の空虚さを埋めようと試みてきました。だが、その試みが上手くいく事はなかった。つい最近までは」

「く、空虚さ……確かに、かつてイタリアのトリノで初めて会った時の君からは、そのようなものを感じた……それが、つい最近までそうだった、と……」

「はい。先日に皆で食卓を囲んで麻婆豆腐を食べるまでは、そうでした」

 

 綺礼からそう告げられた瞬間、時臣の顔が盛大に引き攣る。

 

「ま、麻婆豆腐……あれが、上手くいく切っ掛けだったと、君は言うのかい?」

「仰る通りです、師よ。アレを()()()()()()が、重要でした」

「み、皆で……かね……?」

 

 そこはかとなくヤバ気な気配を感じて、後ずさる時臣。

 鳥肌が立ったのは、気のせいではあるまい。

 

「そして、私はその空虚さを埋めるための道しるべを、今日この場で見つけました。まだ答えは得られていませんが、その道を進んでいけば……いずれ見つけられると悟ったのです」

「綺礼……そ、その答えを、見つけるのに………パソコンを購入する事が、一体どう関係すると言うのかね……?」

 

 時臣には、全く意味がわからなかった。

 

(空虚さを埋めたいのは理解できるっ……そのような心境で居続けたい者など、そうはいないだろう……

 だが、何故そこでパソコンなんだ!全く関係が無いだろう!?しかも、全メーカーで一台ずつなどと、そんなに沢山揃えて一体どうする!?)

 

 彼の思う事は実に尤もだが、言葉に出さなければ相手に伝わらないし、伝えたところで綺礼は止まらないだろう。

 いや、むしろ存分に勢いが加速しそうだ。

 

 

「私は決めました。この発見を逃さず、道の向こうへと走っていかなければならない、と。

 故に私は、ここで宣言させていただく───

 

 

 

 

 遠坂邸の我が一室にて、『()()()()()()()()()()』を作り上げると!」

 

「ごはぁ───────っっっ!!??」

 

 

 

 

 生粋の魔術師である時臣へ明かされた、綺礼の恐るべき計画。

 吐血しそうな勢いで、時臣の口から盛大に息が吐きだされた。まあ、精神的には思いっきり吐血しているが。

 

 ちなみに、騒がしくなりそうだと予想した愛歌が、いつの間にか認識阻害の術を展開していたりする。この辺りは抜け目がない。

 なので、周囲からの注目は浴びていなかった。

 

 

「か、神と、麻婆のっ……デジタル館っっっ!!??

 き、綺礼!そ、そそそ、そのっ……その謎の組み合わせは……い、一体、何なんだね!?どういう関係性が、あるというのかね!?」

 

 

 あまりの恐ろしさに全身をガクガクと震えさせる時臣。

 言葉に詰まりながら綺礼を問い詰めるも、返ってきた答えは見事にしょうもなかった。

 

()()()()()()()()()()()()!とにかく『やってみようぜ!』の精神で挑戦しようと決めました!」

「関係性無い!?無いのか!?何でそれを、よりにもよって遠坂邸でやってみようと考えたのだ!実践する場所が違うだろう!?

 どうせやるなら、御父上が運営する冬木教会でも良いじゃないか!!」

 

 璃正とは懇意にしている間柄なので、時臣は割と失礼な代替案を口にしているのだが……今の彼に配慮するだけの余裕は無かった。

 そして無論のこと、時臣の代替案は綺礼によって却下される。

 

「教会という神聖な場所でそれを実践するのは、まさに神への冒涜!なので、遠坂邸で実践するのが唯一無二の解決策かと!」

「なぜ遠坂邸は良いのかね!?我が家の在り方は君も知っているだろう!?そもそも、神と麻婆豆腐を同じ空間で扱うのは、神への冒涜じゃないのか!?」

「神と麻婆は、全く別の存在です!神は神、麻婆は麻婆!どちらもお互いを詐称するような真似はしない!神の代理人が神の意志を勝手に語るような、そんな愚行は起こり得ないのです!」

「君の信仰心、なんか面倒くさくないか!?」

 

 色々とぶっとんだ本性の言峰綺礼であるが、この男の信仰心はかなりガチであった。

 

「師よ!9ヶ月先に向けて研鑽を積んでいる遠坂邸で行う事に意味があるのです!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、意味があるのです!!」

「私を巻き込まないでくれるか!?頼むから!!そもそも、機械音痴の私が触れたら、パソコンを壊してしまうかもしれないじゃないか!自分で言うのも何だが!」

「大丈夫、ご心配無く!そういった故障を防げるよう、愛歌嬢に保護のアレコレをしてもらいますので!」

「あ、それくらいならお安い御用よ」

「愛歌嬢ぉぉぉぉぉ!!??」

 

 思わぬ所からの追撃に、時臣は情けない悲鳴をあげる。それに対し、当の愛歌は涼しげだ。中々にイイ根性をしている。

 なお、時臣を擁護してくれそうな凛は、すでにデジタルの洗礼で意識を彼方へ飛ばしていた。つまり戦力外である。

 桜はどう介入しようか迷ったものの、ここで綺礼を我慢させるのは得策でないと冷徹に判断し、静観する事にした。内心で時臣に謝罪しながらではあるが。

 雁夜は流石に気の毒そうな表情をしていた。もし時臣がそれに気付いたら、さらなる敗北感を味わっただろう。幸か不幸か、今の時臣にそんな余裕は無かったが。

 

「ぐうっ……!だ、だいたいっ……なぜ全メーカーで一台ずつなどという、無駄な事をするのだ!?人が同時に向き合えるのは、多くて2台か3台くらいだろう!そんなに沢山あっても、使いこなせる訳がない!!

 そもそも、各メーカーで仕様が違うじゃないか!操作方法をいくつも覚えるのは、手間が掛かるだろう!どう考えても非効率的だ!君は別にコレクターではあるまい!」

 

 機械音痴の時臣であるが、その突っ込みは的を射ていた。

 だが、綺礼には通用しなかった。

 

「無論、数を揃えた方が、圧倒的な破壊力があるからです!」

「破壊力!?君はいま破壊力と言ったか!?それは一体、何に対する破壊力なんだ!?」

「それはもちろん、精神への破か──失礼、口が滑りました」

「今、精神と言っただろう!?間違いなく言っただろう!?それは誰の精神に対してかね!?何故か物凄く心当たりがあるのだが!?」

「いえ、きっと師の思い違いでしょう。決して、機械音痴な方に向けての破壊力ではありません。この私が、そのような蛮行を働くなどと……流石に考え過ぎでは?」

「では、何故ここで声のトーンを変える!?あまりにわざとらし過ぎるだろう!私は何か、君に恨みを買うような愚行をしただろうか!?」

「そのような事はありません!滅相もない!師に対して恨みを抱くなどと!私はただ、パソコンに直面した師のお姿が、あまりに愉か──失礼、口が滑りました」

「いま何を言いかけたのかね!?」

 

 絶叫しながら、時臣は大いに愕然とする。

 第四次聖杯戦争に向けて弟子となった男の知られざる側面に、戦慄を越えて恐怖さえ覚えていた。

 

(璃正殿!ご子息のこのような側面、私は聞いてないのだが!?)

 

 内心で抗議する時臣だが、誠に残念ながら綺礼の父親である璃正も、息子のこのような側面は知らないのだ。

 

「遠坂時臣師!これは、私の人生の探求に必要な事なのです!新たな目覚めを迎えるための、必要な儀式なのです!」

「出来れば、目覚めてほしくないのだが!?」

 

 もはや普段のキャラを保つ余裕など、時臣には残されていなかった。

 イッパイイッパイのメンタルで、必死に脳の神経細胞を働かせる時臣。

 

 魔道の家門の当主として、綺礼の企みは何としても防がなければならない!遠坂の家が、デジタルという名の呪いに侵食される訳にはいかないのだ!

 あってはならない!そのような間違い、あってはならないのだ!!

 

 その時──時臣の脳裏に閃きが走る。

 

(そうだ、葵だ!葵の力を借りよう!彼女さえいれば、綺礼の企みを防げる!)

 

 実際は、葵の力を借りたところで綺礼を止められるかは凄く微妙だったのだが、今の時臣には他のアイデアが無かった。

 時臣は葵の力を借りようと、必死に視線を走らせる。

 

 だが……いつも己を支えてくれる最愛の伴侶は、何故かこの場にいなかった。

 

「っ!?葵は、葵はどこにいる!?彼女は一体、どこに行ったんだ!?」

 

 彼にとっての救世主である妻がこの場にいない事に気付き、時臣は慌てた声をあげる。

 遅れて、先程から()()()()()()()()()()()()()()と気付く時臣。いつも夫を支える立場にいるため、敢えて前に出ないよう心がけていたのかと思ったが……それにしてはあまりに静かであった。また、この場にいない事の説明にはならない。

 

 そんな遠坂家当主の狼狽えぶりに、皆はどこか気の毒そうな表情で、ある方向を指差す。

 彼はその先へ視線を動かし……見つけた。

 

「葵!?」

 

 近く売り場で立っている葵の姿を認識し、時臣は咄嗟に彼女へと駆け出す。

 今の彼にとって、妻が生命線だ。すぐに一大事を伝えなくては。

 

「ここにいたのか、葵!良かった、探したぞ!

 聞いてほしい、綺礼が恐るべきことを実行しようとして───」

 

 そう、時臣は叫んだが……

 葵が向ける視線の先に気付き、固まる。

 

「あなた……」

 

 静かに夫を呼ぶ葵。

 

 

 

 

 

 葵が向ける視線の先には……()()()()()()()()()を搭載!革命的な洗浄力と操作性を実現!』との宣伝文句が踊る、最新の洗濯機があった。

 

 

「…………」

「………………」

「……………………」

「…………………………」

 

 

 時臣と葵の間に……痛い沈黙が流れる。

 

 

 

 

 ……誤解のないよう、説明しておくが。

 何も葵は、家事に追われて多大な負担が掛かっている訳ではない。

 

 名家の奥方だ。そのような苦労を掛けるのは、遠坂の名誉に関わるし、時臣のプライドが許さない。

 なので、家事への対策はしっかりと打たれている。

 

 あの大きな家の清掃は主婦1人で出来るものではない──箒の手作業だろうと掃除機があろうと膨大な手間が掛かる──ため、清潔さを保つよう家に魔術が掛けられていた。結界を張れるのだから、それぐらいは出来る。

 本来なら使用人達を雇うところだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そちらの労力は確保出来ていなかった。また、その都度で外部の清掃業者を入れるという方法は、魔道の家門なのであまり気軽に行うべきではない。

 服の洗濯については、上着の類は流石に外部のクリーニング業者に依頼している。そして下着や靴下・ストッキングなどは、魔術礼装による機械仕掛けっぽいもの──機械では無い──で洗濯していた。これは地味に時臣のお気に入りで、現代科学に頼らず目的を達成できる優れものだ。

 

 

 だから、まあ。

 葵は、家事で苦労している訳ではない。

 

 ただ……名家の奥方ともなれば、()()()()()()()()()()()()()()()………

 

 

 

 

「………あなた」

 

 静かな時が過ぎていき……先に口を開いたのは、葵だった。

 

「………何だろうか、葵」

 

 それに応じる時臣。心なしか、声が微妙に震えているように聞こえた。

 

「主婦の時間……いえ、人が持てる時間は、有限なんです……」

「あ、ああ……そうだね、葵。人の一生は、有限だ……大望を成し遂げるために充分な時間があるとは、残念ながら言えないだろう……」

 

 そう答える時臣の首筋に、一筋の汗が流れる。

 

 何とか己を奮い立たせ、動揺を抑えながら言葉を続ける時臣。

 

「だ、だからこそ……遠坂の先人達は、自らの代で為せなかった事を子孫へと託してきた……これは、紛れもない事実だ……」

「ええ、そうですね……その事は、遠坂に嫁いだ時に耳にしたので、よく知っています。

 ただ……いま問題なのは、目先の時間をより有効に使うには、どうするべきかという事なんです。

 時間をより効率的に使えれば、家族団欒の時間を増やす事が出来る……」

 

「あ、葵……」

 

 

 

 

「この、最先端テクノロジーを搭載した洗濯機……買っても良いかしら?」

「葵ぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 

 

 

 まさかの妻の裏切り(笑)に、時臣がみっともない悲鳴をあげる。なんか背後からアゾット剣でもブッ刺されたかのような表情をしていた。

 愛歌が先ほど認識阻害の術を発動させてなければ、周囲の注目を浴びた事だろう。

 

 ここで時臣を擁護するなら、普段の彼であればこのような醜態を晒す事など絶対に無かった。常に優雅に振る舞う事が彼の信念なので、もっとスマートな対応をしていた筈だ。

 しかし、デジタルの洗礼を散々受けて、さらに綺礼の邪悪な計画によって打ちのめされた彼には、いつもの優雅さを保つ余裕は無かった。

 

 彼は、テンパっていたのだ。

 

「ま、待ってくれ!待ってくれ、葵!洗濯を補助する礼そ──いや道具の類は、しっかりと渡しているじゃないか!?洗う際に負担を掛けている訳では、決してない筈だ!」

 

 思わず『礼装』と言い掛けたが、咄嗟に言い直して訴える時臣。

 だが、葵は引かなかった。熱意を込めて、彼女も訴える。

 

「ええ、役立ってはいます!私でも使えるよう、安全に調整なさってくださってますから!そこはとても助かっています!

 けれど、けれど───

 

 

 

 

 アレって、使()()()()()()()()()()!」

「がはぁぁ───────っっっ!!??」

 

 

 

 

 葵からの容赦ないダメ出しは、時臣の優雅なハートにクリティカルヒットした。

 お気に入りの礼装であっただけに、ダメージは半端ない。

 

 その光景を見ていた雁夜は、しみじみと思う。

 

(葵さん……裕福な家とはいえ、一般人の家庭だったからなあ……)

 

 神秘的なもの・雰囲気・場所を好み、慎み深く気遣いも細やかな性格で、夫の良き理解者である葵だが……

 それはそれとして、生活家電に対する憧れはあったようだ。

 

「遠坂に嫁いだ女としての責務はわかっています! その役目に幸福を感じこそすれ、重荷に感じた事など一度もありません!

 で・す・が!それはそれとして、やはり最先端テクノロジーを搭載した生活家電は欲しいんです!その便利さには敵いません!主婦として、この魅力を無視する事は出来ません!」

 

 なんか涙ながらに訴える葵。彼女も場の雰囲気に染まってしまったのか、なんかキャラ崩壊している。

 

「桜がパソコンを購入するのですから、ここは私も、最先端テクノロジーを搭載した洗濯機を購入しようと思います!ええ、私は決めました!」

「決めた!?もう決めたのかね!?」

「はい、決めました!この最先端テクノロジーへの決意は、絶っっっ対に曲げません!」

「ま、ままま、待ってくれ!それだけは待ってくれ葵!桜や綺礼だけでなく、君まで現代科学に染まってしまっては、遠坂の家門としての在り方が───!!」

 

 魔術関連の単語を使わず、みっともなく粘る時臣。やはり優雅さの欠片も無い。

 重ねて言うが、普段の時臣なら断じてこのような醜態は晒さなかった。それだけ、彼のメンタルがゴリゴリと削られていた。

 

 葵がここまで強硬に最新の洗濯機の購入を主張しているのも、彼の動揺を加速させる要因だった。時臣に傾倒している彼女がこのような自己主張をするなど、完全に想像の範囲外だったのだ。

 

 まあ、魔道の家門であっても、本来なら洗濯機一つでそこまで動揺する必要は無いのだが……

 葵が『最先端テクノロジー』と連呼しているため、時臣のメンタルは絶えず滅多打ちにされていた。

 

 

 そして、時臣は葵に気を取られて……致命的な失敗をしていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()という、致命的な失敗を。

 

 

 

 

「時臣師!()()()()()()()()()()()()()パソコンを、全て購入しました!!」

「ご、ご購入、ありがとうございます……」

 

 

 

「─────────!!??」

 

 

 

 弟子から、精神的な死刑宣告を告げられる時臣。

 

 ギギギと擬音が聞こえてきそうな動きで、声の方角を向いてみると……大量の商品箱を載せられた台車の前で、綺礼がとても満足そうな笑顔──いわゆるイイ笑顔──を浮かべていた。

 そんな彼の側で、先程の眼鏡をかけた若い店員と応援に来た別の店員が、表情を引き攣らせている。これまでのやり取りに、ドン引きしているのだろう───愛歌によって彼らは認識阻害の術の対象外に指定されていた───。

 

 ちなみに購入資金だが、綺礼の方も特に問題はなかった。清貧を旨とする彼だが、資産運用や無駄遣いなどをしていないのであって、異端討伐の報酬は得ていた。そのため、生活に困らないだけの蓄えは充分にあるのだ。

 

 

「ぐ────う────あ──────」

 

 

 もはや言葉を発する事も出来ず、意味のない呻き声しか口に出来ない時臣。

 

 

 

 ああ……何故だ……

 何故、このような理不尽が罷り通るのか……

 

 遠坂は聖杯戦争を始めた御三家の一つで、由緒ある魔道の家門にして、根源への到達を目指すという崇高な使命を抱き続けてきた……

 それ故に、凡俗の世界から適度に距離を置き、ひたすら魔道の研鑽を積み重ねてきた……

 

 そんな遠坂に、何故………

 一体何故、最新テクノロジーの波が……押し寄せてきているのだろうか………?

 

 

 

 そのように絶望する時臣へ……綺礼から、トドメの一撃が放たれる。

 

 

 

「愛歌嬢が、OSで『W●n●ow● NT 3.1』を搭載したワークステーションに興味があると言っていたので、親睦を深める意味で彼女への贈呈用として購入しました!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思います!」

 

「……流石に、自分から言い出した訳じゃないから」

 

 

 めっちゃイイ笑顔で宣う綺礼。それに対し、視線を逸らしながらささやかな弁明をする愛歌。流石の彼女も、これには気が引けたようだ。

 

 とはいえ、愛歌の弁明は時臣にとって、何の救いにもならなかった。

 

 

 

「か─────は──────」

 

 

 

 時臣の視界が、グニャリと歪む。

 呼吸が上手くいかず、声も上手く出せない。

 体から力が抜けて、膝が曲がる。

 

 そして、時臣は……顔面から床へと衝突した。

 

 

 

 

 周りが慌てた声をあげる中……時臣は心の中で、固く誓った。

 

 二度と、家電専門店になど訪れてたまるか、と……

 

 

 

 

 

 

 

 なお、時臣氏にとって誠に残念な事だが。

 

 彼の固い誓いは……9ヶ月後に現れる某AUOによって、無情にも砕け散るのであった。

 

 

 

 

 




 デジタルの洗礼を受けて、狂い哭く時臣。
 これが、魔術師に対してすることかよぉぉぉ!

 なお、葵はきっちりと最先端テクノロジーが搭載された洗濯機を購入した模様。
 あんた、時臣に傾倒していたんじゃなかったんかい()



 
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