遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様 作:恐るべきサクラ
そして終始重いシリアスになるかと思ったら、途中で緩和されるシーンあり。これには筆者もビックリ。
なお、並行世界からやってきた方は『間桐桜』とし、メンタル鋼の方は『遠坂桜』として呼称を使い分けているので。
「……私も、桜です。
彼女はファーストネームだけでなく、フルネームで明かしてきた。
自分を知ってもらいたいからだろうか。それとも……
ただ、どういった心情でそうしたのであれ、その名前は……女子二人とステッキの精霊が予想した通りのものだった。
(……やはり)
(そういう、事ね……)
(まあ、そうなりますよね……)
並行世界の桜──間桐桜は、次第に落ち着いてきてはいるが、それでも不安に揺れて続けている。
それは、愛歌の友人である桜が持っている精神強度を、彼女が有していない事を示していた。
そうなると、彼女がこの歳まで間桐の家に縛られている事は、容易に想像がつく。
彼女の口から『間桐桜』というフルネームを聞いたことで、三者の予想は確定した。
改めて、間桐から遠坂へと戻ってきた自分が危うい刺激になりうると、幼い桜は再認識する。
そんな別の自分を視界に入れながら、間桐桜は愛歌に話しかける。
「……質問して、いいですか?」
「ええ、大丈夫よ」
いくらか気持ちが落ち着いたので、今の状況をもっと把握したくなったようだ。
もちろん、愛歌はその要望を受け入れる。
ここで重要なのは、こちらから率先して情報を与えるのではなく、向こうが求めてきたら情報を与える事だ。でないと、情報の不意打ちで間桐桜の心に衝撃を与えてしまう。
そして、さらに気をつけるべき事は、適切な情報量にコントロールする事だ。過度に教え過ぎると混乱させてしまうが、最低限しか教えなくても不安にさせてしまう。
一呼吸置いて、間桐桜は尋ねる。
「今が、西暦何年か……教えていただけますか……?」
過去の自分を見て、概ね予想は付いているのだろうが、やはり確証が欲しいようだ。
愛歌は、慎重に言葉を選びながら伝える。
「……良い?どうか、落ち着いて聞いてね。
いま現在の年だけど……
「───!
せ、せん、九百、94年……っ」
すでに予想はしていた事とはいえ、改めて言葉で聞かされると、動揺を隠せなかった。
愛歌は再び労り言葉を掛ける。
「ああ、落ち着いて、心配しないで。私達が付いている。ちゃんと、力になってあげるから。
あなたは大丈夫、大丈夫なの」
とにかく、優しい表情を絶やさない愛歌。それでいて、手で背中をさするような行為は控えていた。
心の距離は少し縮まっていたものの、間桐での体験を考えると、現時点で
間桐桜とのコミュニケーションは、極めて繊細な作業だった。
もし心の距離を縮められず、対応を間違えてしまった場合、彼女から『何が大丈夫なんですか!?』と激昂される事もあり得る。
幸いにも、そのような事態には至っていない。
愛歌はとても上手くやっており、遠坂桜も己の立ち位置を弁えている。
「……落ち着いた?」
「は、はい……もう、大丈夫です……本当に、すみません……」
「良いのよ。無理する必要なんて全くないから。私達の事は気にしないで大丈夫」
全く慌てず、適切に対処している愛歌。流石の手腕だ。発言を控えていたルビーは、声に出さず感心する。
これが遠坂の家族達なら、関係性云々を抜きにしても上手くいかなかっただろう。残念ながら、この手の対人スキルに秀でている訳ではないから。
さて、現在の時間軸を把握したためか。
平行世界からやってきた間桐桜は、恐る恐るではあるが……意を決して、幼い自分に確認する。
「あなたは……私、なんだよね……?」
その問いに、遠坂桜は静かに答える。
「……うん。私は、あなた。やっぱり、わかるかな?」
幼い自分の言葉に、間桐桜は頷く。
間桐へ養子に出されて数ヶ月後の自分の姿だから、負の記憶として強く残っている。忘れられる筈がなかった。
そんな彼女の心境が理解出来たので、桜はほんの少し冗談じみた響きを声に乗せ、相手の心をほぐす。
「こういった経験、普通はしないから。とても不思議な気持ちかな」
「……うん、そうだよね。私は、驚いてしまったけど……」
相手が過去の自分だからか、間桐桜の口調は丁寧なものではなく砕けたものとなっていた。
そして、会話の主体は沙条愛歌と間桐桜から、遠坂桜と間桐桜へ移っていく。思ったより早い移り変わりだ。
当初はもっと愛歌主体で話を進める予定だったが、会話にはその時の流れというものがある。
状況変化に合わせて、愛歌と桜は臨機応変に対応し会話を続ける。
「……聞いて、いいかな?」
「うん、いいよ」
控えめな口調で問うてくる間桐桜。
「あなたの苗字を、教えてほしいんだけど……」
間桐桜の言葉に、『やはり来たか』と思う幼い桜と愛歌とルビー。
こちらの桜が間桐に居続けたら、今のような状況にはなっていない。桜は落ち着いた態度を取ってないだろうし、愛歌のような友人が隣にいる事もなかっただろう。
間桐桜はそう感じるのは、当然であった。
桜と愛歌は、誤魔化せるなどと全く思ってなかったが、思ったより早く切り込んできたと感じた。
今の自分を、『間桐桜』と名乗る訳にはいかない。正直に伝えて、かつ言い方に気をつける必要がある。
「……遠坂。遠坂桜だよ」
相手を動揺させないよう、間を置いて、落ち着いた口調で告げる。
「そう……」
……ほんの少しだけ、彼女との間に壁が出来たのを、幼い遠坂桜は感じ取った。
だが、それに慌てるような真似はしない。
この展開は、最初から
(むしろ、強い反応を示さなかっただけ、かなりマシかな……恐怖や動揺を見せる可能性だって、あったんだから)
そうならなかったのは、こちらが敵ではなく味方である意思を、しっかりと表明しているからだ。
こちらの想いは、ちゃんと伝わっている。焦る必要は無い。
間桐桜のプレッシャーにならないよう、落ち着いた雰囲気を維持し続ける遠坂桜。また、体の向きもほんの少しだけずらし、『圧迫感を減らしつつ気にかけている』という絶妙な距離感を作る。
そして、少しだけ時間を空ける。無理に沈黙を埋めようとはしない。
「……ゆっくりで良いよ。ここには、あなたに何かを強要する人なんていないから」
タイミングを見計らって、遠坂桜は穏やかに告げる。声のトーンは細心の注意を払い、また間桐桜の本意には直接触れないよう言葉を選ぶ。
それを聞いた当人は、顔を俯かせながら……それでも静かに、首を縦に振る。
つい先ほど出来た僅かな壁が、幾らか軽減されたのを感じた。
その光景を見ながら、発言を控えていたルビーは思う。
(うーん……知識としてはありましたが、やはりこの少女はかなり危うい……)
話の流れによっては、並行世界へ魂が飛ばされた経緯についてまだ聞かない方が良いかもしれない。
間桐桜にとって忌むべき事柄である『魔術』について話さなければならないし、また魂が肉体から離れた原因についても触れる事になるからだ。
(まずは信用を得て、その上で、後で話す方が良いかもしれません……下手にルビーちゃんが出しゃばると危ないですし)
事態がシリアスなため、いつものように面白おかしく振る舞う訳にはいかない。
ルビーがそのように思考していると、話は次のステップへと移る。
「……じゃあ、ここは……遠坂の地下なんですか?」
幼い桜の苗字が『遠坂』であると聞けば、間桐桜がそう考えるのは当然だった。
その問いに答えたのは、愛歌だった。
「ええ。ちょっとした事情で、最近できたばかりなの。場所が場所だから、驚かせてごめんなさい」
「あ、いえ。いいんです。この場所は、見覚えがなかったので……」
この場所が作られたのはつい最近──こちらの桜が間桐臓硯を倒して遠坂に戻ってから──だし、そもそも間桐桜の世界ではこのような地下空間は作られてないだろう。
「その……なんで、作ったんですか?」
間桐桜のその問いは、純粋な疑問だったのだろう。魔術の知識の有無に関わらず。
愛歌は意味ありげな表情を浮かべながら、視線を友人の桜に向けて答えるよう促す。
それを受けて、遠坂桜は……思わず目を泳がせながら、微妙な表情を浮かべる。
「えーと……最近、遠坂の家には、
「………は?」
ここで、初めて。
間桐桜は、不安以外の表情を浮かべた。
口を少しあけて、ぽかんとした表情を浮かべる。
そして、よほど意外だったのか、戸惑いの声をあげる。
「ちょ、ちょっ待って……!え、えぇと……」
少し考える時間を設けてから、幼い自分へ確認する。
「最先端、テクノロジー……なの……?」
「はい、
改めてそのワードを答える遠坂桜。内容がアレなので、思わずいつもの丁寧語になる。
「あ、あの……遠坂の、人達って……機械が苦手だったんじゃ………その、お母──い、いえ、おば様は、そうじゃなかったと思うけど……」
かつての家族の様子を思い出しながらも、その立場から葵に対する呼称を言い直す間桐桜。
その事に桜と愛歌とルビーは痛ましい気持ちを覚えるが、表面上はそれを出さないようにし、桜は続ける。
「あー、その人なんだけど……なんかノリノリで、最先端テクノロジーを搭載した洗濯機や炊飯器や電子レンジを導入しているんだよね……」
家族の呼称で『母』という単語を使わないよう気を配りながら──もちろん他の家族への呼称も気をつける考えだ──、遠坂の現状について説明する。
「そ、そうなの……?なんか、意外……」
記憶に残る『夫を立てる淑女』としての母の姿を思い出しているのだろう。間桐桜は、実感が湧かないようだった。
そんな間桐桜の様子を眺めながら、ルビーは不思議な感慨を覚える。
(この会話で、最先端テクノロジーが遠坂家を翻弄している話題に入るとは……しかし改めて考えると、コレってインパクト抜群ですよねぇ……)
生粋の魔術師たる時臣が当主である遠坂家だ。そこに最先端テクノロジーが導入されるなど、一体どんなコメディだろうか。
いや、魔術以外の雑事を効率化出来るから、本来ならその選択は合理的なのだが。
今がシリアスシーンでなければ、ルビーは特定の相手をおちょくり倒していただろう。
誰をとは言わない、誰をとは。
「それに耐えかねて、当主が
「い、癒し……っ、遠坂家、地下帝国……!」
それらのキーワードがツボにハマったのか。
間桐桜は思わず吹き出しそうになるも、なんとか堪える。だが、しかし……
「なお、その最初の波を生んだのが、あの人から盛大に
「っ───!?」
今度こそ、間桐桜は吹き出した。
「ご、ごめんなさいっ。今のは、流石にっ……」
あまりのおかしさに、必死で笑いを抑えようとする間桐桜。なんか、空気が緩んでくる。
「さらに、あの人の弟子である綺礼さんが変な趣味に目覚めて、自分が借りてる部屋を『神と麻婆のデジタル館』なるものに改造し、
「ごほっ!!??」
間桐桜は限界を迎えた。あまりの可笑しさに、腹を押さえて体を震わせる。なんか呼吸が大変そうだ。
想像もしていなかったネタは、間桐桜の笑いのツボを思いっきり刺激していた。
(時臣おじ様の機械音痴ぶりが、こんな所で効果を発揮するだなんてね。まずは、緊張が解れて良かったという所かしら)
(おお、時臣さんのネタが突破口になりましたか。とりあえず、第一関門は突破と言った所ですかね)
内心でそのような事を考える、愛歌とルビー。
まずは緊張感を解すのが第一だったから、そこに繋げられたようで何よりだった。
そこまで強く意図したわけではないが、間桐桜の緊張を解せてホッとする遠坂桜。
同時に、このような感想も抱く。
(それにしても……間桐に居続けたのに、思った以上に感情が豊かだ)
これは、意外な事だった。
あの家に居続けたなら、もっと感情が死んでいてもおかしくないのだから。
よくよく考えてみれば、先ほどのようにハッキリと動揺するのも、心が壊れていない証であった。
(ひょっとして……この人にとって、大切な出会いがあったのかな?)
間桐桜の感情を豊かにするような
それは当たっているのだが、現状で確認する方法はなかった──現時点で本人に確認する訳にはいかない──。
ひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭い、間桐桜はリラックスした様子で遠坂桜へ話す。
「えーと……桜ちゃん、と呼ばせてもらって良いかな?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
幼い自分に向かっての呼称だから、それが適切だろう。
先程できた僅かな壁は、完全に取り払われていた。
それを証明するかのように、間桐桜は遠坂桜と
「もう、大丈夫。あの人達の呼び方、そんなにボカさなくて良いから」
「……やっぱり、気づくよね」
流石に、察していたようだ。
間桐桜は精神的に色々あるのであって、思考力や観察力に欠けている訳ではない。むしろ、間桐にて顔色を伺ってきたのだから、観察力には長けているだろう。
「念のため、確認しておくけど……遠坂の人達と折り合いが悪い訳じゃ、ないんだよね?」
「うん。そこは大丈夫。ちゃんと皆とは上手くやっているよ。まあ、お父さんにはケジメをつけさせたけど」
「それは、仕方ないよね」
父親へのケジメについて、間桐桜に異論などあろう筈もなかった。
「そのケジメというか報復の内容なんだけど、お父さんの優雅な髭を容赦なく引っこ抜いて脱毛剤をぶっかけたの。だから、今のお父さんのあごは見事なぐらいに
「ごほっ!?ちょ、桜ちゃん!これ以上笑わせないで!?お腹がよじれちゃう!」
「あ、ごめんなさい」
爆笑させる意図まではなかったが、少しこの話で盛り上がってしまったようだ。
ある程度は打ち解ける事が出来た。
なので、遠坂桜も年上の自分に対する呼称を口にする。
「それじゃあ、こっちは桜さんと呼ばせてもらうね」
「うん、そうだね。お互いに同じ名前だから……改めて不思議な気持ち」
そこまで話して、間桐桜は改めて愛歌の方に顔を向ける。
「愛歌さんも、フルネームを教えていただいて大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。そろそろ打ち明けて大丈夫だと、私も思っていたところだから」
こちらの桜と打ち解けた様子から、頃合いだと思っていた。なので、愛歌はフルネームを打ち明ける。
「それじゃあ、改めて名乗らせてもらうわね。私の名前は、沙条愛歌。歳は離れているけど、こちらの桜とは親友の間柄なの。あなたとも仲良くしたいから、よろしくね?」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたしますね、愛歌さん」
和やかに言葉を交わす、沙条愛歌と間桐桜。
このまま何気ない談笑を続けられれば良いが、もちろんそう単純にはいかない。
(並行世界の桜さん、そろそろ魔術関連の話に触れてくる頃でしょうか)
ルビーの予想は、外れなかった。
間桐桜から、
「愛歌さんは……遠坂の家業を、知っているんですよね」
(まあ、聞くわよね)
なにせ未来の時間軸──並行世界だが──からやってきた間桐桜を見ても、冷静に対処しているのだ。その上、『遠坂家地下帝国』という不思議な地下空間にいる訳である。
これで、沙条愛歌が魔術について知らないと考えるほど、間桐桜は呑気ではなかった。
打ち解けたとはいえ、魔術関連の話は間桐桜にとって鬼門だ。間桐での境遇を考えると、それは当然だろう。
そのため、彼女の口調は恐る恐るといった響きを伴っている。
「ええ、もちろん知っているわ。桜とは親しくしているもの」
間桐桜からの問いに、愛歌は正直に答える。
こちらから切り出すのは良くないが、間桐桜から切り出すのであれば、話さないという選択肢はない。
もちろん、声のトーンを柔らかくするなど、細心の注意を払っている。
「ひょっとして、愛歌さんも、その……」
「ええ、あなたの想像通り……こう見えて、私も魔術師なの」
そう答えてから愛歌はすぐに、相手を緊張させない上手い具合の苦笑を浮かべる。
「……やっぱり、怖いかしら?」
「い、いえ!そういう訳じゃないです!愛歌さんからは、間桐のような気配を全く感じませんから!」
相手に嫌な思いをさせてしまったかと、慌てる間桐桜。
その反応に、愛歌は苦笑しながら「安心して」と告げる。
「私の方は気にしてないわ。むしろ、あなたに嫌な思いをさせてしまわないか心配だったの。魔術師って、警戒されて当たり前の人種だものね」
相手の心境に寄り添う事を忘れない愛歌。
「じゃあ……間桐の魔術に就いて、具体的な内容を、愛歌さんは……」
先ほど以上に恐る恐ると尋ねる間桐桜。とても勇気を必要とする質問だった。
彼女にとって、間桐で受けた醜悪な仕打ちは知られたくないものだからだ。
そんな彼女を思い、心配な顔をする遠坂桜。
本当なら話題に出したくないだろうけれど、これまでの会話の雰囲気から、愛歌が知らないとは思えなかったのだろう。
間桐桜のその予想は、当たっていた。
その問いに、知らないふりをする訳にはいかない。
なので、愛歌は申し訳なさそうな表情を浮かべて、控えめな口調で答える。
「私は、桜の親友だから……間桐の業については、知っている」
「っ……そう、ですよね……」
答えを聞いて、表情に影を落とす間桐桜。
彼女が『ここでも自分はあの家の業から逃れられない』と苛まれているのは、明白だった。
間桐桜と交流をする上でこの過程は避けられないのだが、それでも『もっと上手い答え方はなかったのか』と、愛歌は罪悪感を覚える。
「……ごめんなさい。あなたに嫌な思いをさせたくはなかったんだけれど……」
昔に比べたら人の機微に聡くなったし、心理学やカウンセリングの知識は吸収したが……それでも必ず全てが上手くいく訳ではない。
人と人の交流とは、本当に難しい。
愛歌は珍しく……本当に珍しく、自虐的な表情を浮かべる。
「とても、デリケートな話だわ……上手く話すのが、本当に難しい……」
「……愛歌さんは悪くありません。気にし過ぎる私が、悪いんです」
間桐桜は首を横に振って、今度は彼女が相手を気遣う。
「こちらこそ、すいません……気を遣わせてしまいました。桜ちゃんの親友なら、知っていて当然ですよね」
間桐の業を知っていても、自分を汚れた存在とは考えていない。
愛歌の様子からそれは伝わってきたため、間桐桜は思いのほか早く気持ちを切り替える事が出来た。
実のところ、それが出来た間桐桜本人が驚いていたりする。
「この事については、私の方が気にし過ぎていました。だから愛歌さん、どうか気にしないでください」
「……あなたがそう言うなら、わかったわ。こちらが気を遣わせるのは本意じゃないし」
本人がそう言うならと、愛歌はそこで気持ちを切り替える。
その様子を見ていた桜とルビーは、内心でホッと一息つく。
(桜さんにとって、間桐の業に関する話はかなりデリケートだけど……愛歌さんの思いやりがちゃんと伝わって、良かった)
(これで、第二関門を突破と。並行世界から来られた桜さんとのコミュニケーションは、とても神経を使いますね……)
この様子だと、ルビーの発言機会はこの場ではなく、もっと後になるかもしれない。
愉快型とはいえ喋る魔術礼装の存在は、間桐桜にとってインパクトが強いだろうから。
愛歌が切り替えたのを確認してから、間桐桜は一番聞きたい事を切り出す。
「今の話は、実のところ本題じゃないんです。本当は、別の事を尋ねたくて」
「別の事?」
それに疑問の声をあげたのは、愛歌ではなく遠坂桜だった。
ちょうど
「さっき、桜ちゃんは……『ここに、あなたを傷つける人はいない』って、言っていたよね?」
「うん、言ったけど」
「それって……」
間桐桜はそこで一度言葉を止め、少しの間、深呼吸する。
息を吸って吐くたびに、胸が上下する。
エーテルで構成された霊体であろうと、気持ちを落ち着けるのに必要な作業だった。
それが一区切りついたら……
彼女は己の胸に手を当て、勇気を振り絞って尋ねる。
「
その言葉は。
自身の体内を、指していた。
間桐桜は、明確に感じていた。
自身を苛み続けた
ただ、彼女自身が魔術の知識に乏しいため、確証がなかったのだ。
だから、それを欲していた。
その思いを正確に汲み取った遠坂桜は。
今までで一番柔らかい表情を浮かべて、間桐桜に伝える。
「桜さんの言いたいことはわかる。その上で、改めて言わせてもらうね。
「───あ」
遠坂桜が言外に含めた意図を、間桐桜は正しく受け取った。
その瞬間、上体がふらりと揺れる。
上体が倒れて床に当たらないよう、腕で素早く支える愛歌──遠坂桜よりも近くにいたため──。今度は身体的接触を控えなかった。
エーテルで構成された霊体とはいえ、肉体としての感覚はあるので床に当たったら痛いから、支えるのは当然だった。
それなりの信頼を得ているため、腕で支えるぐらいなら大丈夫というのもあるが。
間桐の業を知っていると表明した今は、身体的接触を避けたらかえって相手を傷つけてしまう。それは、絶対に避けなければならなかった。
「……ごめんなさい。気が、抜けちゃって……」
今の状態に限定してかもしれないけれど、『汚れた自分』の象徴である蟲達が体内から無くなっている。
それは、間桐桜にとって緊張感の糸が途切れるのに充分だった。
「少し疲れたから……休ませてもらって、良いかな?」
「……うん、良いよ。ゆっくり休んで……」
その言葉に対し、遠坂桜は頷く。
異論など、あろう筈もなかった。
その様子を眺めながら、ルビーは改めて思う。
(うーん、やはり私はまだ発言しない方が良いですね……)
自分の性格云々は置いておいて、喋る魔術礼装を明かすのは後にした方が良いだろう。
今はっちゃけたところで、シリアスな展開が愉快なものへ変化するとは思えない。
こう見えて、空気を読むべき時はちゃんと読むルビーであった──その代わり、読むべき時でない場合は女の子の尊厳破壊が甚大だが──。
さて、間桐桜を休ませるのであれば、この地下空間に寝かせるのは気が引ける。
遠坂邸の空いている部屋まで、運ぶ必要があるだろう。
お姫様抱っこするより効率的に運ぶ手段を有している愛歌が、念のため間桐桜に確認する。
「空いている部屋があるから、そこまで運ぶけど。えーと……空間転移とか使っても、大丈夫かしら?」
「それなら、大丈夫です……間桐の魔術に比べたら、やっぱりまともなんですね」
空間転移は魔法級とも言われる大魔術に対して、そのような素朴な感想を口にするのは間桐桜らしい。
これが通常の魔術師なら、大いに驚愕する事間違いなしであった。
「空間転移に就いて、そういった感想を聞いたのは初めて。だいたいの魔術師は、相当驚くのよ?」
「そうなんですか……?私は魔術について、お爺様から碌に教えてもらってないから……そういうの、よくわからないんです」
「……予想はしていたけれど、あの老いぼれ……魔術師としての研鑽をさせてなかったのね」
やはり、ただ蟲に嬲らせての胎盤扱いだったようだ。
もちろん、仮に正当な魔術師としての研鑽であっても
こうして当人から聞かされると、愛歌も改めてあの間桐の妖怪に強い怒りが込み上がってくる。
それは彼の翁を打倒した遠坂桜も同様だし、ルビーとて聞いていて嫌な気持ちを覚えるくらいだ。
ただ、今はあんな外道について考えるのは後だ。この少女を休ませるため部屋へと運ばなければならない。
部屋へ運ぶ前に、時臣達に空いている部屋を使う旨を伝える必要があるだろう。
愛歌ならパスで繋がってなくても、念話と同じような事が出来る。連絡するのは簡単だ。
「……部屋へ運んでもらう前に、一つ聞いていい?」
「ん?いいよ。何かな?」
間桐桜が尋ねてきたので、それに応じる遠坂桜。
愛歌は自分も聞く必要があると思い、部屋の使用について連絡するのを後回しにして耳を傾ける。
「私が、ここに来た時……遠坂の人達は、いたのかな?」
「……うん、いたよ」
これも隠すのは良くないので、遠坂桜は正直に答える。
恐らく自身がここに現れたことを知られたくないだろうけれど、すでに現場を見られているから、状況を正しく伝えなければならない。
「いきなり顔を合わせると、桜さんの負担になると思ったから。他の人達には、この場から外してもらって───」
そこまで答えてから、遠坂桜と愛歌はハッとする。
「───あ」
「───しまった」
二人は、自分達が失態をしたことに気付いた。
彼女の正体を察せられる事を、
これは、間桐桜の事を考えたら良くない事だ。
間桐桜の心境を考えれば、彼女が落ち着くまで、その身元は遠坂の人間に明かすべきでないだろう。
本当なら、打ち明けるのはある程度時間が経ってからにするべきなのだ。
それなのに、身バレする事を口にしてしまっていた。
予想外の事態に、自分達もやや冷静さを欠いていたようだ。
「……ごめんなさい。実は、あなたがここに現れた時なんだけど……」
「……私が誰か、分かるような言葉を漏らした、かな?」
気持ち的に楽になっていたからか、間桐桜は動揺せずに状況を言い当てた。
遠坂桜は、首を縦に振る。
「うん、失言だった……」
「私からも謝るわ。あれは、配慮が足りなかった……」
本気で申し訳なさそうにする、遠坂桜と沙条愛歌。
その様子を見ると、間桐桜は二人のミスを咎める気など全く起きなかった。
「別に、いいよ……私だけでなく、あなた達も動揺しただろうし……」
むしろ、これまでの会話で二人がどれだけ自分を思いやってくれているか、彼女にはよくわかっていた。
無理に事情を詮索はしてこないし、自分の考えを押し付けるような事もない。
「私の事は……遠坂の人達に、打ち明けて良いよ」
「……良いの?」
「うん……誤魔化すの、難しいだろうし」
なんとか誤魔化して欲しいと、願うかと思っていたが……
間桐桜は、打ち明けるのを許容してくれた。
どうやら、それぐらいの信用は得られていたようだ。
もちろん、二人以外に『頼る相手がいないから』というのもあるだろうけれど。
「ただ……あの人達と話すまで、少し時間を貰えないかな……心の整理が、つかなくて……」
流石に、面と向かって話すのは怖いようだ。
これについては、仕方ない。
「うん、わかった。あなたが嫌な思いをしないようにする」
「ええ。空き部屋を使う事は連絡する必要があるけど……あなたが良いと言わない限り、絶対に接触はさせない」
遠坂の家族と対立構図になってしまわないよう、細心の注意を払わないといけないが……
心の整理がつく前に会わせるのはリスクがあるため、彼女の要望は守らなければならない。
二人の言葉を聞いて、安心したのだろう。
間桐桜は、そこで静かに目を閉じて……
少し経過したら、彼女は眠りに落ちた。
「やはり、遠坂の人達と話すのは怖いのね……」
「……仕方ないです。桜さんからしてみれば、そう感じるのは当然かと」
間桐桜からしてみれば、遠坂の家族は『自分を捨てた』と感じていた。
それは、間桐臓硯にそう思うよう誘導された事もあるが、彼女の境遇からすれば無理もないだろう。
「……まだまだ、私も未熟ね。もっと彼女の心境を予想して、それに備えた発言を心掛けるべきだったのに」
「それを言うなら、私だってそうですよ。別の可能性の自分を目にして……些か冷静さを欠いてました」
「桜は仕方ないわ、まだ6歳になったばかりだもの。いくら思考回路が活性化したからといって、経験が自動的に付いてくる訳じゃないんだから」
「まあ、そうなんですが……桜さんの事を考えると、どうしても『もっと発言を考えるべきだった』と思ってしまうので」
「……その気持ちは、わかるわ」
根源との接続を断っても多才であり、かつ人間として様々な経験を積んだ愛歌だが、実質的に14歳──昏睡期間も含めると16歳──という事もあって、まだ至らない点があるのだ。
だから、彼女は親友たる桜の気持ちが、よく分かる。
「ひとまず、私と桜以外は、並行世界からやってきた桜との接触は禁止ね」
「はい。桜さんとの約束以前の話で、精神的負担が大きいですから」
そのように言葉を交わしながら、愛歌は間桐桜がゆっくり休めるよう、眠りを深くする魔術を掛ける。
精神的な疲労が大きいのは明白なので、しっかりと休んでもらった方が良いからだ。
また、間桐桜の負担にならない環境を整えるには、時臣達と色々調整する必要がある。
彼らと話す時間を設けるため、間桐桜にはしばらく眠ってもらう必要があった。
「もう喋っていいわよ、ルビー。結局話に参加してもらう事にはならなかったけれど」
『いえ、この状況だと仕方ありません。ルビーちゃんといえど、とてもシリアスブレイクが出来るような空気じゃなかったですし』
「そうね……年上の方の桜だと、あなたが空気を無視してはっちゃけても、精神に負荷が掛かっていたでしょうし」
今回ばかりは、流石にギャグ補正などという都合の良いものを考えるべきではないのだ。
『ルビーちゃんのモットーは『面白おかしく愉快に!』なので、それは流石に勘弁したいんですね』
「……持ち主を容赦なく魔法少女にして尊厳破壊するのは、精神に負荷を掛けてないのかしら?」
『いやー、そこはシリアスでなくギャグシーンなので、全く問題ないかと!何より私が楽しいですし!』
「はあ……今の持ち主が私になってなかったら、本当に大変な事になっていたわ」
割と常識人的な事を口にする愛歌。
自分はミステリアスなキャラの筈なのに、どうしてこんなボヤキをしているのだろうか?と思わずにはいられない。
そんな現在の自身の持ち主を眺めながら、ルビーは先ほどの会話を振り返る。
『……結局、どうして魂が肉体から離れた状態であったかを確認するところまでは、いかなかったですね』
間桐桜が深い眠りに入っている事を確認しながら、感想を零すルビー。
それについて、桜と愛歌の中で確認したいという気持ちはあったものの、自分から切り出すような真似はしなかった。
「話している感じだと、現時点でこちらからそれを聞くのは得策じゃないと思ったの。彼女からも切り出してこなかったし」
「もし私達から聞いていたら、桜さんは身構えたかもしれません」
彼女とのコミュニケーションは、極めて慎重に行わなければならなかった。
そのため、こちらから踏み込むわけにはいかなかったのだ。
『まあ……本人にとって望ましくない事態が起きた可能性は、とても高いと思いますよ。魂が自然に肉体から離れるなんて、普通は起きないですし』
だから、桜と愛歌の判断は正しかっただろう。
ルビーもそう判断する。
「それを確かめるのは、もっと信頼を得てからね。今は時期尚早だと思う」
「はい。まずは、桜さんに休んでもらうのが先決です」
『私もお二人の考えに異論はありません。憂鬱な展開になるのは、ルビーちゃん的にも嫌ですし』
焦ってはいけない。
間桐桜が抱えているものは、決して軽くないのだから。
「ただ……私の印象としては、思った以上に感情が豊かだったなと」
会話の途中で感じた事を述べる桜。それは、愛歌も感じていた事だった。
なので、自身の予想を述べる。
「きっと、彼女にとって良い出会いがあったんでしょうね。一人であそこまで感情豊かにはならないでしょうし」
それは、かつての全能の名残で並行世界を視た訳ではなく、純粋な思考を巡らせた予想であった。
誰との出会いもなく、あそこまで感情を回復はさせないだろう。
「もし、そうだとしたら……生きていて悪い事しかなかった、という訳ではないという事ですか……」
だとしたら尚更、間桐桜の魂が肉体から離れた事に対し、遠坂桜は心を強く痛めずにいられなかった。
「愛歌さん、ルビーさん」
「なにかしら?」
『どうされたんですか、桜さん?』
桜の呼びかけに、言葉を返す愛歌とルビー。その声は、どちらも疑問形だ。
だが、愛歌の方はルビーより付き合いが長く、そして親友だから。
桜が何を言いたいのか、この時点で察していた。
「自分がどこまで出来るか、そして何をするべきなのか……まだハッキリとは、分かっていませんが……」
少しだけ、考える仕草をするが……
ほんの短い間だけだった。
桜は愛歌とルビーの方を真っすぐに見つめ、迷いのない口調で告げる。
「私は、
遠坂桜の目には、固い決意が宿っていた。
それを見て、ルビーは驚きと共に思った。
見た目はまだ幼いのに、なんて強い目をしているんだと。
ルビーは現在の所有者である愛歌を見上げながら、内心で独白する。
(なるほど……愛歌さんが、誇らしく語るのが分かります)
ああ、そして。
遠坂桜の親友たる、沙条愛歌は。
誰もが見惚れるような、頼もしい笑みを返す。
「ええ。
もう一つの
間桐桜に対して、スタートラインに立った桜達。
そう、
間桐桜とのコミュニケーションがここまでスムーズに進んだのは、原作主人公たる衛宮士郎がその土台を築いてくれていたから。
彼と会う前の間桐桜であれば、その対話は困難を極めただろう。
なお、当作品の沙条愛歌は、色々と答えを得ている状態だったりする。
今回の話で第一章は終了。
次回からは、第二章が開始。
新章の投稿は6月後半の予定で、若干間が空くため、どうかご容赦を。