遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様   作:恐るべきサクラ

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 現在、マジカルルビーは休息中で、今回も出番はなし。

 <記述修正の周知>
 第11話の使用人に関する記述を修正。ドラマCDで葵が『使用人に暇を出した』と言っていたので、聖杯戦争の数か月前までは雇っていた模様。
 


『間桐桜』と遠坂邸に住む人達の交流

 

 3月も後半に入った第四土曜日。

 朝を迎えた遠坂邸の廊下で、幼女と少女の穏やかな声が響く。

 

「おはよう、桜さん。よく眠れた?」

「おはよう、桜ちゃん。うん、昨日は早く寝たから、すごくスッキリしている」

 

 挨拶を交わしているのは、この家の住人である遠坂桜と、並行世界からやってきた間桐桜だ。

 二人が出会った日からすでに二週間が経過しており、だいぶ打ち解け合っている。

 

「そっか、よかった。今日は春にしては寒いから、ブランケットを多めにして正解だったね」

「ありがとう、とても暖かかったから。でも、気を遣わせちゃったかなぁ」

「これくらい大丈夫。特に神経を使っている訳じゃないから、気にしなくていいよ」

 

 間桐桜の歩んだ人生を考えると、このような穏やかな会話が実現しているのは、まさに偉業と言って良いだろう。

 彼女とのファーストコンタクトが上手くいったのは、とても大きかった。

 

「あの……朝ごはんの調理、手伝おうかな?」

 

 すでに述べた通り、間桐桜がこの世界に来てから二週間が経っている。

 そのため、当初は遠坂の者達と接触しないよう取り計らっていたが、現在はちゃんと顔を合わせていた。

 

 間桐桜当人が、部屋に篭りっきりになる事を望まなかったのだ。

 

 彼女が意外と早く、遠坂家の人達と顔を合わせられた事は、桜と愛歌にとって密かな驚きだった。やはり、それ以前に彼女の心を癒した出会いが大きいのだろう。

 

「嬉しいけど、もうほとんど出来ちゃってるから大丈夫。ただ、折角の桜さんの厚意だから、あとで一緒にお皿を並べてくれる?」

「うん、わかった」

 

 遠坂桜はコミュニケーションに細心の注意を払ってはいるものの、それは自然なスタンスで行っており、気を張り詰めたりなどは全くしていない。

 むしろ、相手を思いやる上で当然の心得だと、当人は思っていた。

 

「ところで……言峰さんが時折、私の方を意味深げに見てくるんだけど……」

「綺礼さんが?」

 

 間桐桜が言及するのは、絶賛変な方向に覚醒中の言峰綺礼だ。

 彼女が並行世界からやってきたという事実は、あの性悪神父も知っている。

 

 綺礼に話さないという選択肢を、桜達は敢えて取らなかった。隠し通すのは意外と難しいからだ。

 間桐桜の体がエーテルで構成されているのは見れば分かるし、適当な理由をでっち上げて長期間外出してもらおうにも、あの神父は変なところで頭が回るから疑いを持つだろう。

 愛歌に強力な暗示を掛けてもらうという手段もあったが、以前ならともかく、今の綺礼だと何故か防御されてしまいそうだ。本来ならあり得ないのだが、愉悦補正とかいう碌でもないものが働きそうなのである。

 

 そんな訳で、下手に隠して予測不能な行動を取られるよりは敢えて話しておき、行動パターンを狭めておいた方がマシと判断したのだ。

 

「なんか、仲間になって欲しそうな視線を感じるというか、同じ愉しみを共有出来る相手だと見られているというか……」

「あー……」

 

 なんとなく、綺礼の考えている事に想像がつく遠坂桜。思わず微妙な表情を浮かべてしまう。

 並行世界からやってきた桜が10年間も間桐に居続けた事実は、綺礼も把握している。

 

(きっと、お父様のメンタルをデジタルでタコ殴りする仲間に勧誘したいんだろうなあ……)

 

 間桐に居続けた桜だから、さぞかしデジタルの乱れ打ちをしてくれると期待しているのだろう。実に言峰綺礼らしい。

 

 うん、綺礼さん。流石にそれは自重して欲しい。少なくとも、今の段階では。

 

 ささやかな悩みの種が発生し、それを表情に出していると、別の部屋の扉が開く。

 

「あら。朝からそんな顔をしてどうしたの、桜。折角の爽やかな土曜の朝が勿体無いじゃない」

 

 部屋の入り口から廊下へ姿を現したのは、愛歌だ。ちょうど彼女が借りて滞在している部屋の前に来ていた。

 

「おはようございます、愛歌さん。いえ、ちょっと綺礼さんがまた変な事を考えてそうな話になりまして……」

「愛歌さん、おはようございます。そうなんです。言峰さん、なんか良くない事に私を巻き込んできそうで……」

 

 自分の世界とはまた違ったヤバさを漂わせる綺礼に、間桐桜は地味に引いていたりする。

 まだ遠坂の家にいた幼い頃、彼女も綺礼とは顔を合わせていたが、もっと真面目な性格だったという記憶しか存在しない。

 

「きっと、時臣おじ様へのデジタル攻撃に加わってもらおうと考えているんじゃないかしら?ここであなたがテクノロジー側に加われば、時臣おじ様へのテクノロジー包囲網が強まるでしょうし」

「え、ええぇ……?そ、そういうのは、ちょっと勘弁してほしいです……」

「うん、そうよね。面倒な事態になるでしょうし」

 

 間桐桜の反応は至極当然のものだったので、愛歌は同意を示す。

 

「とりあえず、今は流しておきましょう。あの神父さんへのフォローは、私とこちらの桜でしておくから」

 

 現時点で間桐桜を変な事に巻き込ませない必要があるため、綺礼にはそれとなく促しておこうと決める。

 

 とはいえ、あまり綺礼を我慢させるのも得策ではない。遠坂桜と沙条愛歌はすでに彼の本質を見抜いていたから、適度にガス抜きをさせる必要があると考えていた。なんなら、彼の人生相談に乗る必要もあるだろう。

 

 言峰綺礼については、結構気を遣っているのだ、桜と愛歌は。

 

「ありがとうございます、愛歌さん、桜ちゃん。とても助かります。

 ……あの、そろそろリビングに行かないと」

 

「あら、そうだったわ。待たせるのは良くないわね」

「それじゃあ、食卓に向かいましょうか。朝ごはんはほとんど出来ていて、後は皿を並べるだけだから」

 

 いつまでも廊下で話し続けると、遠坂の他の者達を待たせてしまうので、三人は食卓がある一階のダイニングへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?お父様も姉さんも綺礼さんも、まだ来ていない?流石にもう起きていると思っていたのに」

 

 食卓に座る者達がいない事に、首を捻る遠坂桜。時臣や凛だけでなく、綺礼までいない。

 彼女が葵の手伝いをしていたのは朝早くなので、その時にいなかったのはともかく、すでに8時半を過ぎた段階で姿を現していないのは珍しい。

 

「時臣おじ様と凛は、昨日の夜に魔術の訓練で夜更かしをしていたからじゃない?『遠坂家地下帝国』の環境を存分に活かしているようだし」

「……あり得ますね。二人とも、あの環境に活き活きとしていましたから」

 

 せっかく最先端テクノロジーから逃れられる空間が出来たのだ。あの二人からしてみれば、思う存分活用しない手はないだろう。

 

 なお、綺礼の方は自室の『神と麻婆のデジタル館』のさらなるクオリティアップを目指し、昨日も夜更かししていた。あの聖職者、ノリノリである。

 

 状況を把握した間桐桜が軽くため息を吐き、仕方ないと提案する。

 

「桜ちゃんは、他の方達を起こしてきてくれる?愛歌さんもお願いします。お皿を並べるのは、私の方でやっておきますから」

 

 他所から来た自分が起こす訳にはいかないため、このような提案をする間桐桜。

 

「分かったわ。私があの神父さんを起こしてくるから、桜の方は凛と時臣おじ様を起こしてきて」

「わかりました。そちらはお任せします」

 

 間桐桜が自分から言い出した事なので、二人に異論はなかった。このように言うからには、葵と上手くコミュニケーションを取るだろう。

 

 それでも、遠坂桜は念のため、間桐桜に確認しておく。

 

「それと、桜さん……もう、大丈夫?」

「……うん、大丈夫。こっちに来てから日数が経っているし、普通に会話するくらいなら……もう平気」

「……そっか。それじゃあ、ここは任せるね」

 

 本人の自主性を尊重し、遠坂桜は頷く。

 

 

 遠坂桜と愛歌が他の二人を起こしに、ダイニングから退室していく中、間桐桜は台所へ顔を出して、葵に挨拶をする。

 

「おはようございます、葵さん。朝ごはんのお手伝いで、お皿をテーブルに並べてもいいですか?」

「……おはよう、桜。そうね、せっかくだから、お願いしてもいいかしら」

 

 並行世界の桜からの挨拶に、葵はほんの一瞬だけ反応が遅れるものの、すぐに自然な会話を続ける。

 

 すでに対面してから、数日経つ。

 今更、『母親』呼びされない事に対して、言葉を詰まらせるような真似はしない。

 

「じゃあ……パンを乗せるお皿とサラダを盛り付けたお皿を、並べてくれる?少し人数が多いから、ちょっと手間が掛かるでしょうけど」

「いえ、これくらい大丈夫です。そもそも、お世話になってる身ですから」

 

 葵は娘の凛と共に、時臣達から要所をボカされながらも、間桐桜の境遇をある程度聞かされていた。

 

 初めて聞いた時、葵は凛と同じく動揺した。

 『そんな可能性があったのか』と、心が激しく揺さぶられた。

 

「お皿、全員分持っていきました」

「ありがとう。じゃあ、パンを載せたカゴを持っていってくれる?私はみんなの紅茶を運ぶわ」

「わかりました。それにしても、朝食のパン……結構沢山ありますね」

 

 それでも、目の前にいる女子高生の桜を緊張させないように、落ち着いた会話を心掛けている。

 それが出来るのは、直接の娘ではなく並行世界の娘というのも理由としてあるが……

 

 遠坂の女として、また桜の母親として、無様な姿を見せる訳にはいかなかった。

 

「最近は言峰さんや愛歌ちゃんも同席するようになったから、沢山用意する必要があるの。特に言峰さん、あの人専用のパンをよく食べるのよ」

「言峰さんが皆さんと同じ食卓を囲むようになったのには、驚きました……

 あの、葵さん。言峰さん専用のパンですけど……やけに赤い色のパンですよね……?」

 

 なお、顔を合わせる前は『葵おば様』という呼称を使っていた間桐桜だが、直に顔を合わせたタイミングで、本人へ告げる前に呼称を改めた。

 葵は30歳になったばかりで、人妻とはいえまだまだ若々しい。そんな相手に『おば様』呼びするのは失礼だと、同じ女として思ったからだ。

 

「ええ、そうなの。言峰さん、辛い食べ物がとても好きだから、香辛料を多く使ったパンを食べるのよ。あのパンを他の人が食べたら、辛さで大変だと思うわ」

「そうですよね……あの色を見ると、私も絶対に無理だと思います」

 

 

「……言峰さん、隙を見て私達に食べさせようとしてくるから、その……地味に恐怖なの……」

「そ、そうですか……」

 

 

 会話を続けていたら、なんとも微妙な空気になってしまった。

 こんな空気を作り出す要因となるあたり、言峰綺礼は誠に破壊力のある男だ。

 

 このように、間桐桜は普通に会話している。

 言葉のやり取りに、淀みはない。

 

 とはいえ……

 葵は、流石に察していた。

 

(きっと、ぎこちない雰囲気にならないよう、気を遣っているのよね……)

 

 物憂げな表情にならないよう気を付けながら、そんな事を考える葵。

 

 目の前の桜が並行世界からやってきたという事、そして彼女が間桐に10年間も居続けた事。葵と凛が聞かされたのは、それぐらいだ。

 どのような経緯でこちらに来たのかは、葵も凛も知らない。まあ、詳しいことはその場で対応した桜や愛歌、また詳しい話を聞いていた時臣や雁夜も、まだ知らないのだけれど。

 

 そんな間桐桜だが……

 間違いなく、遠坂の自分達に思うところはあるだろう。

 

「それじゃあ、準備が出来たから……みんなで朝食といきましょう、桜」

「はい、葵さん」

 

 間桐桜から呼ばれる、『葵さん』という他人行儀な呼称。

 『お母様』や『お母さん』以外の、距離を感じさせる呼び方。

 

 葵はそれを、甘んじて受け入れなければならないと。

 内心で物憂げに、自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えーと、おはよう……凛ちゃん」

「お、おはよう……桜さん」

 

 妹に起こされてダイニングにやってきた、遠坂家の長女である凛。

 そんな彼女と間桐桜の間には……葵との間とは違い、誠におかしな空気が流れていた。

 

 それは、いま彼女が口にした呼び方が原因だ。

 

「あ、あのっ……お皿、並べてくれて、ありがとう……桜さん……」

「う、うん……」

 

 多大な努力をして年上扱いしてくる凛に、ぎこちない表情を浮かべる間桐桜。幼い姉からの敬称呼びは、彼女自身も凄まじい違和感を感じていた。

 とはいえ、自分も『凛ちゃん』呼びしている事から、異論など唱えられる筈もない。

 

 ……間桐桜がここの凛を『姉さん』呼びしないのは、まあ仕方ない。

 間桐に居続けたという事情があるし、ここでは間桐桜の方が、年齢で上回っているのだから。

 

 よもや、自分がいた世界と同様に『遠坂先輩』と呼ぶ訳にはいかないだろう。

 なので、現状では『凛ちゃん』呼びになっている訳だ。

 

(私は、桜のお姉ちゃんなのに……)

 

 凛は内心でそうに思うも、グッと我慢する。

 父や母への呼び方が家族のそれでないのに、自分だけ家族扱いを求めてグイグイと迫る訳にはいかない。感情のままに距離を詰めようとして、並行世界から来た桜を混乱させてはいけないのだ。

 

(……ううん、自分本位な事を考えちゃダメよ、凛。たとえ世界が違っても、私は桜のお姉ちゃんなんだからっ……

 桜の気持ちを、第一に考えないと……!)

 

 自分の気持ちを押し付けてはいけない。押し付けては、いけないのだ。

 凛は幼いながらに、理性を総動員して弁える。

 

 まあこれでも、凜は遠坂家の人間の中で、二番目に間桐桜と距離が近いのだ───そして一番距離が近いのは、当然ながら遠坂桜だ───。

 

 間桐桜と凛がぎこちないやり取りをし、葵がやや複雑な表情でそれを見守っていると、幼い桜が父たる時臣を連れて食卓にやって来た。

 

「お父様を起こしてきました。綺礼さんはもう起きてるでしょうから、後は愛歌さんが連れてくるだけです」

 

 娘のその言葉を聞いた時臣は、その視線を……間桐桜に向ける。

 

「……おはよう、桜。今日も、良い天気だね」

 

 時臣らしくない、ぎこちない表情を浮かべながら、彼は無個性な挨拶を行う。

 

 

 それに対し、間桐桜はというと────

 

 

 

 

「……おはようございます、時臣おじ様。居候の身ですが、今日もお世話になります」

 

 

 

 

 ぎこちない微笑みを浮かべて、とても礼儀正しくお辞儀をし、控えめな声で丁寧な挨拶を返す。

 滞在させてもらっている立場の人間らしい、とても謙虚な振る舞いだ。

 

 

 

 

 顔に張り付いた()()()()()が、うかがえる。

 

 

 

 

 ダイニングに微かな緊張感が走るのを、この場の誰もが実感した。

 

 時臣は、沈痛に目を瞑りそうになるも……なんとか耐える。

 

(……仕方ない事なのだ……この桜が、このような表情を、私に向ける事は……)

 

 葵と凛に対するものと比べたら、顔に張り付いた仮面の厚みがまるで違う。紙切れと岩盤くらいの違いだ。

 これは、時臣が彼女の人生を狂わせてしまった張本人であるが故だろう。

 

(これは、この仮面は……彼女が自分の心を守るための、大事な鎧だ……精一杯の防衛反応なのだ……

 ソレを否定する事など、あってはならない)

 

 間桐桜の時臣に対するこの対応は、彼が桜や愛歌から許可を得て彼女と対面した時から、こうだった。

 そう、ずっとこうなのだ。

 

 ボロが出ないよう、()()()()()()()()()()()()()()()()()がうかがえる。

 

(甘んじて受け入れろ、遠坂時臣……この私に言い訳をする権利など、全く無いのだから)

 

 自分の娘は病院での髭抜きで終わらせてくれたが、本来ならアレで済む筈がないのだ。

 これこそが、この隔意こそが、本来自分に向けられるべきものなのだ。

 

 むしろ、並行世界からやってきた娘が自分に罵詈雑言を浴びせてこない事に、感謝の念を抱かなければならないだろう。

 

(あなた……ここは上手く、私が取りなさないと……)

(お、お父様……)

 

 夫のちょっとした苦境に、葵は場を取りなす言葉を考え、凛は少し狼狽えてしまう。

 

「……愛歌さんが、綺礼さんを連れてきたようです」

 

 流石にこの緊張感が続くのは良くないため、こちらの桜が皆に伝えて空気を切り替える。

 言い終わると同時に、ダイニングに愛歌と綺礼が入ってきた。

 

「……皆、揃ったな。今日は起きるのが遅くなって済まなかった。これ以上遅くなるのは良くないから、早く朝食を食べよう」

 

 このタイミングを活用しない手はないだろう。時臣は内心で、こちらの桜に感謝する。

 

 時臣は精神的な疲労を表に出さないよう心がけながら、皆と共に食卓の椅子へ座るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、言峰さん。最近はプログラミングまで始めたんですか?」

「そうだとも、間桐桜。つい最近までパソコンなど殆ど触った事がなかったのだが……いざ扱ってみると、これが中々興味深い」

 

 朝食を食べ終えて、食卓で会話を交わしているのは、意外にも言峰綺礼と間桐桜の組み合わせだった。

 いや、遠坂桜と沙条愛歌を除いたこの家の者達との諸事情を考えたら、明確に『他人』という位置付けの綺礼はむしろ話しやすいだろうから、意外ではないか。

 

「神秘を行使せずにあのような自律動作を実現できるのだから、その便利さを活用しない手はない。自主的に扱えるよう、情報処理の技術を磨くのは至極当然の事だ。手をつける前から忌避するなど、実に勿体ない事だと思わないかね?」

「は、はあ……言峰さん、勤勉なんですね……」

 

 魔術の師を前にして情報処理技術を語るあたり、現在の言峰綺礼の性格が分かるというものだ。

 

 時臣は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、凛は子供なりに凄い表情で睨みつけている。

 葵としては、最先端テクノロジーを搭載した家電に助けられているが、それはそれとして、あまり夫と長女をおちょくるのは勘弁して欲しいと思っていた。

 なお、綺礼の本質を理解している遠坂桜と愛歌は、相変わらず静観していた。苦笑は浮かべていたが。

 

 なお、元いた世界で間桐桜は、冬木教会で神父を勤める彼を『神父さん』と呼んでいたが、こちらでは『言峰さん』と呼んでいる。年齢が若いからというか、雰囲気的にというか、なんとなくだ。

 そして、綺礼は彼女の事を『間桐桜』とフルネームで呼んでいる。遠坂桜の事は単に『桜』と呼ぶから、その使い分けだ。

 

「私同様、奥方も新たな境地を開いた。最先端テクノロジーを搭載した家電によって、家事全般を効率化しているのは、この場の誰もが知っている事だ」

「ちょ、言峰さん!?」

 

 会話の矛先が自分に向いて、葵が綺礼に抗議の声をあげる。

 家事の効率化と生活レベルの向上のため、最先端テクノロジーを搭載した家電を駆使している葵だが、夫と長女のメンタルにダメージを与えている自覚はあった。

 

 葵は汗を垂らしながら、視線を動かすと……当然ながら、時臣と凛の目は死んでいた。

 

(ううっ……ごめんなさい!あなた、凛!でもこれは仕方ない事なの!この家の生活レベルを向上させるためには、避けては通れない事なのよ!)

 

 内心でそんな事を思う葵だが、時臣と凛の目が死んでいる現実は変わらない。

 

 その光景に愉悦する綺礼。そんな彼に間桐桜は引きながらも、話題が家事に及んだため、少し前から気になっていた事を聞いてみる。

 

「あの……遠坂邸って、使用人の方々を雇ってましたよね?この規模の家を、一人で完璧に切り盛りするなんて無理ですから。なのに、全然その姿を見かけないんですけど……」

 

 間桐桜のその言葉を聞いた瞬間、凛の体が硬直し、続いて彼女の目が泳ぎ出す。

 事情を知っている遠坂桜、葵、時臣が苦笑し、またすでにその件を聞かされた愛歌は表情を穏やかに緩める。

 

 そして、綺礼は……口元をニヤリとさせる。

 

「ああ、君の記憶だとそうだろうね、間桐桜。その疑問に対する答えだが───」

「綺礼!?あんた、なに余計な事を言おうとしているの!」

 

 間桐桜の疑問に綺礼が答えようとすると、凛がもの凄い勢いで食ってかかる。

 幼い姉の突然の振る舞いに、間桐桜はややビックリしてしまう。

 

 そんな凛に、綺礼は「おや」と心底不思議そうな表情を見せる。実にわざとらしい。

 

「私はあくまで、事実を述べようとしたまでなのだが……凛、君に一体なんの不都合があるというのだね?」

「不都合ありまくりよ!そのっ……私の尊厳というか、プライドというか……そういった諸々が、大変な事になっちゃうの!あんた、それぐらい察しなさいよ!」

「なるほど。これは失礼した。どうやら、私の気遣いが足りなかったようだ」

 

 そこで一旦は殊勝な態度を見せる綺礼だが、当然そこで終わらない。

 

「だが凛、考えてみたまえ。間桐桜はこの家の状況と自身の記憶との違いに、いま疑問を覚えている。それを解消せずに放置する事は、彼女の精神衛生上、良いとは言えないだろう。

 凛、君は間桐桜が事情を知って安心する事よりも、自身のプライドを優先するというのかね?」

「うぐっっ!?」

 

 未来のアカイアクマならともかく、幼い凛が綺礼に口で勝てる筈がなかった。

 反論を封じられて唸り声をあげる凛を満足そうに見やりながら、綺礼は間桐桜に向き直る。

 

「済まない、間桐桜。話が中断してしまった。凛もこの通り納得した。さあ、続きを話そうじゃないか」

「え、えーと……」

 

 一体どんな見方をしたら、目の前の幼い姉が納得しているように見えるんだろうか。間桐桜は、そう思わずにはいられなかった。

 

「さて、先程の続きだが……現在の遠坂邸において、使用人は働いていない。君の観察は間違っていない、間桐桜」

「は、はい……」

 

 恨めしそうにする凛を優雅に無視して、綺礼は続ける。

 

「なぜ使用人が働いていないかだが……それは、かつて凛が起こした騒動が原因だ」

「凛ちゃんが?」

 

 キョトンとした表情を見せる間桐桜に、綺礼は話を続ける。

 

「そう……名付けて、『遠坂家ポルターガイスト事件』だ」

「と、遠坂家、ポルターガイスト事件……!?」

 

 何やら物々しい事件名に、間桐桜は地味に慄く。

 その反応に気分が乗ってきたのか、綺礼の声が弾む。

 

「時臣師が管理していたとある魔術礼装を、凛がウッカリで暴走させてしまってね。この屋敷全体が、ポルターガイストの巣窟と化してしまったのだよ」

 

 上機嫌な綺礼に、凛は女の子がしてはいけないような凶相を見せていた。無論、綺礼にはアッサリと無視されているが。

 

「早急に使用人達へ暗示を掛けてしまえば揉み消せただろうが、残念ながらその時は時臣師がちょうど外出していてね。家に暗示を使える者が誰もいなかったのだ。

 そして、遠坂家にとって不運なことに、使用人の一人が趣味で携帯電話を使っていたものだから、外部の知り合いへ悲鳴交じりに連絡されてしまった。それがきっかけで、『遠坂邸は危ない』と業界関係者の間で広まってしまったのだよ」

 

 余談だが、この出来事があったのは1993年初頭であり、使われていた携帯電話は第一世代(1G)のものだった。通信は、なんとアナログ方式だったりする。

 この当時、携帯電話が使えるエリアはとても狭かったのだが、何故か遠坂邸はその狭いエリアの内側だった。なんという不運だろうか。

 

 この件について、時臣が現代科学に怨嗟の声をあげたのは、語るまでもないだろう。

 当時彼が口にした『なぜ遠坂邸が携帯電話のサービスエリア内なのだ!?よりによって!』という叫びは、中々の迷ゼリフだ。

 

 なお、某大手が第二世代(2G)のサービスを開始したのは1993年3月で、この世代から通信がデジタル方式になった。

 

「その後、時臣師は父と協力して隠蔽工作に奔走し、神秘の隠匿は問題なく終わった。だが、真偽不明の噂まで完全に沈静化させるには至らず、遠坂邸で働こうとする使用人はいなくなってしまったのだ」

 

 当時のことを思い出し、時臣はどこか遠い目をする。そんな父の姿に、凛は綺礼に向けていた凶相を解いて縮こまる。

 

「無論、魔術の事情に通じている業界関係者もいるから、そちらから使用人を手配するという選択肢もあるのだが……これまた不運なことに、人材との縁に恵まれなかった。つくづく、悪い事は重なるものだよ。

 結果、家の家事は魔術礼装を駆使するなり、またクリーニングの類を外部に任せるなど、工夫を凝らして回さざるを得なくなった訳だ」

 

 その後の苦労を思い出し、葵がややブルーな表情を見せる。それを見て、ますます縮こまる凛。

 

「奥方に家事の苦労を味わわせるなど、時臣師のプライドが許さない。故に、師は様々な手を打った。奥方へ渡した、洗濯用の魔術礼装で機械仕掛けっぽい物体もその一つだ。ああ、機械そのものでは無いと明言しておこう。それで奥方に助力したのだが……

 残念ながら、奥方にとって使いづらかったようでね。先月ハッキリと主張されたのだ」

 

「がはっ……!?」

「言峰さん!?その件を蒸し返すのはやめて下さい!主人にダメージが入りますから!」

 

 先月に家電専門店『冬木電機』で起きた『デジタルの魔境で狂い哭く魔術師』事件を掘り返され、葵が抗議の声をあげる。

 なお、時臣の優雅なハートにはしっかりダメージが入っていた。

 

 当時の事を思い出しながら、遠坂桜は苦笑する。

 

(あのポルターガイスト事件は、本当に大変だった。魔術礼装を暴走させてしまった姉さんはパニック状態だったから、まずお母様と協力して落ち着かせる所からだったし)

 

 その後、家族三人で協力して、事態の沈静化に駆けずり回ったのだ。時臣が外出しているから、そうせざるを得なかった。

 父が保管している魔導書──もちろん危険でないモノ──を読み解き、なんとか事を収めるに至った。

 

 まだ4歳だった当時の桜は、当然ながら今のような実力を有しておらず、また精神力も上がる前だ。

 事が終わった後、心身共に疲労困ぱいだったのは仕方ない事だろう。そもそも幼い身でありながら、よく解決に駆けずり回れたと言える。

 

「これが、現在の遠坂邸で使用人を見かけない理由だ。分かってもらえたかな、間桐桜」

「はい。皆さん……大変だったんですね……」

 

 間桐桜の同情的な視線に、姉の尊厳が木っ端微塵になって涙目になる凛。

 ただでさえ並行世界の桜とは年齢の逆転現象が起きているのに、踏んだり蹴ったりである。

 

 遠坂桜は凛への労りが込められた苦笑を浮かべながら、同時に綺礼には助けられていると考える。

 

(綺礼さんの会話の持っていき方には、随分と助けられている。最近は信仰や魔術以外の話題も饒舌だから、魔術に忌避感がある桜さんにはちょうど良いかな。

 ……まあ、今の話題は姉さんが気の毒だったけど)

 

 再び突っかかる凛と、それをのらりくらりと躱す綺礼。

 そんな性悪神父の顔を眺めながら、桜は同時にこう思う。

 

(ただ、この人の本質はかなり厄介だから、変な方向に転がっていかないよう気をつけないと。

 ……多分、お父様が桜さんの事で苦悩する様子を見て、心地よさを覚えているだろうから)

 

 デジタル攻撃でおちょくるのはともかく、間桐桜の件で変な動きをされるのは困る。

 今のところ、そういう笑えない場面で愉悦する表情は見せてないが、心の内でそういった感情は湧き上がっているだろう。

 

 上機嫌な表情の言峰綺礼。

 それは果たして、凛をおちょくれた事だけが理由だろうか?

 

(……やっぱり、この人には近々、人生相談の相手をしないといけないかな。6歳の子供がする事じゃないんだけど)

 

 なんか『お前のような6歳児がいてたまるか!』と突っ込みが入りそうだけど。

 今後の事を考えると、やれそうな事はするべきだ。

 

 笑えない場面でも、単に状況を見て愉悦するだけなら本人の自由だ。

 しかし、その状況を自発的に作り出されるのは不味い。

 

 そこで愛歌の方に視線を向けると、綺礼を眺めていた彼女がちょうどこちらに視線を動かしていた。

 愛歌が意味ありげに目を少しだけ細めると、双方の間でアイコンタクトが成立する。

 

 出会ってからまだ一ヶ月と20日しか経っていないが、このタイミングで愛歌が何を考えているかぐらいは想像が付いた。

 

(後で、綺礼さんの件で愛歌さんと本格的な話を進めよう)

 

 食卓では、綺礼に突っかかる凛を葵が諭し、間桐桜は控えめながら幼い姉をフォローしていた。もっとも、後者は本人の意図とは逆に凛のメンタルへダメージを入れてしまっていたが。

 

 そして、その光景を……時臣は静かに眺めている。

 自分が口を開くと、間桐桜に緊張感を与えてしまうからだ。

 

(お母様や姉さんと違い、やはりお父様とは距離が縮まらない、か……)

 

 葵とは程良い距離感で、お互いに気を遣ってはいるものの、過度の緊張感はない。それなりにコミュニケーションを取れている。

 成人女性と成人に近づいている少女という事もあり、女としての感性が分かる者同士で割と上手く対応出来ていた。

 

 凛とは割と距離が近かった。諸事情により姉妹の呼称を使っていないが、それなりに素の自分を出し合っている。それ故のぎこちなさだ。

 これは、凛が未来のアカイアクマと違って自分から壁を作っていないからだ──あれは姉妹でお互い様な面もあるが──。幼いが故の未熟さが、良い方向に作用していた。

 

 

 そして、時臣とは……

 表面的な会話に、留まっている。

 

 言葉数の少ない状況が、続いていた。

 

 

 これは、仕方ない事だ。

 間桐桜にとって、遠坂時臣は……地獄という言葉すら生温い環境へ自分を送った張本人だ。

 たとえ、本人にその意図がなくても。

 

 間桐臓硯とはまた別の意味で、恐怖の象徴なのだ。

 

 時臣自身、その事をよくわかっていた。

 だから、間桐桜に対して無理に会話をしようとはしていない。

 

(桜さん自身、部屋に篭りっきりになる事を望んでいなかったから、順番に顔合わせをした上でみんなと会話するようになったけど……

 それは、お父様との歩み寄りを意味する訳じゃない)

 

 この遠坂邸において『遠坂時臣と間桐桜が二人だけになる』空間が作られないよう、全員が細心の注意を払っていた。

 もちろん、それは時臣自身もだ。

 

(……人の心を癒すって、物凄く難しい)

 

 それでも、やらなければならない。

 並行世界の自分には、その不遇を覆すだけの幸せを手に入れて欲しいから。

 

 

 遠坂桜は、改めて決意を固めながら……間桐桜と皆の会話を眺めるのであった。

 

 

 

 




 間桐桜が遠坂の人々(桜以外)に対して設けている心の壁は、以下の通り。

・遠坂凜
 割と壁が薄く、思いのほか素の性格を出し合っている。ただ、それ故のぎこちなさがある。
 なお、年齢関係が逆転しているため、おかしな空気を作り出している模様。

・遠坂葵
 やや壁はあるが、コミュニケーションに支障はなく、割とスムーズにコミュニケーションが取れている。
 16歳と30歳で倍近い差はあるものの、女としての感性が分かる者同士で、お互いに上手く気遣えている。
 なお、間桐桜の前で時臣の肩を持ってしまわないよう、大層気を付けている。

・遠坂時臣
 まあ、お察しの通り。彼に対しては、大層分厚い心の壁が張られている。
 間桐への養子を決めた御仁だから、これは仕方ない。当人もそこは承知している。


 
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