遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様 作:恐るべきサクラ
<鋼メンタルの桜>
遠坂桜、桜
<並行世界(原作基準)の桜>
間桐桜
『遠坂家地下帝国』で遠坂桜が魔術の訓練を終えて日没時刻を過ぎた頃、彼女と沙条愛歌は、言峰綺礼について話していた。
「それにしても、桜の魔術回路のアップグレードについては神父さんに話してないけれど、並行世界から来た桜の件を隠す事なく知らせているのは、改めて考えると凄く
綺礼に対する情報共有の基準について、その逆転現象を指摘する愛歌。その意見に桜も同意する。
「確かに、重要度で考えたらおかしいですよね……普通は逆ですし」
まあ、あの時点では遠坂家と言峰綺礼がここまで密接な関係(意味深)になるとは思ってなかったから、そういった面で判断基準の変化はあるが……
間桐桜の件は、隠すのが難しかったというのが大きい。
「魔術回路の件と違って、桜さんの件は隠すのが難しかったですから。あの人のおかげでスムーズな会話が実現していますし、結果的には正解だったんですけど」
ただ、綺礼の本質を考えると、今後に備えて彼とはしっかり話をしなければならない。
ある意味で綺礼の心を暴くのだから、こちら側が一方的に隠し事をし続けるのは良くないだろう。もちろん、彼の本質を考えると、明かしても大丈夫な情報をしっかり選別する必要はあるが。
「何かしら話していない事を打ち明けるなら、神父さんとは人生相談に乗ることを活かして、距離を詰めておいた方が良いわ。今後の厄ネタをしっかり除去する前提で」
「変な気を起こして裏切られないよう、手を打っておかないといけません。まあ、これって打算的な発想になりますけど……」
「そこは魔術師的な思考と思って、割り切りましょう」
その言葉のとおり割り切って考える愛歌に、桜は苦笑じみた表情で口元を緩める。
(愛歌さんには、本当に沢山助けられている。桜さんの対応はもちろん、綺礼さんの本質の話や、効率的な魔術の研鑽、そして戦闘訓練など……
私はこの人に、ちゃんと返せているモノがあるのかな?)
つい、そんな事を考えてしまう桜。
友人関係である以上、一方的に得をするというのは良くないと思った。
とはいえ、愛歌ほどの製作能力───『遠坂家地下帝国』のような大規模工房というか魔術空間や、貴重な魔術礼装の製作など───を、桜は持っていない。
間桐臓硯を葬れる虚数魔術が使えるとはいえ、その応用の幅が未だ狭い幼子では、返せるものに限界があった。
(別に焦っている訳じゃないし、焦っても仕方ない事なのは確かなんだけど、貰っているモノがあまりに大きいんだよね……)
相手が凛を遥かに超える規格外の天才だから、どうやって友人の恩に報いるか悩むところだ。
桜がそのように考えていると、愛歌はふわりと微笑む。
「ふふふ、桜。あなた今、殊勝な事を考えていたでしょう」
「……バレてますか」
「ええ。あなた律儀だもの。私へのお返しとか、考えていたんじゃない?」
鋼の精神(メンタル)を持っている桜だが、その性格自体はかなり真面目で常識人だ。報復に父親の髭を引っこ抜くというアグレッシブさはあるが。
そんな彼女の性格を、愛歌はしっかりと理解していた。
「ドンピシャです……読心系の魔術、使ってませんよね?」
「使ってないわ。これ、貴女の性格を考慮したうえでの、完全な勘よ」
「……人間観察力だけでなく、直感まで優れているときましたか」
いや、本当に規格外の友人だ。どれだけ才に溢れているのだろうか。
「私が望むことは、あなたの成長に役立つ事。お返しはそれに応えてくれたらいいわ。私、桜の将来にはとても期待してるんだから」
「あはは……はい。素直に受け取らせていただきます」
本人がそう言うのだから、こちらがこれ以上気にするべきではないだろう。
桜はそう結論付け、そしてしみじみと呟く。
「それにしても……愛歌さんと会ってまだ2ヶ月も経っていないのに、随分と長い付き合いのように感じてしまいます」
その幼い友人の言葉を受けて、愛歌も同意を示す。
「短期間で色々あったものね。自分で言うのもなんだけれど、初めての出会いからして普通じゃなかったわ」
「遠坂邸の結界をあんなにアッサリと飛び越えて侵入された時は、流石にビックリしましたよ。そしてすぐにわかりました。『あ。これは絶対に勝てない相手だ』って」
「我ながら、あれは羽目を外し過ぎたわね」
桜はすぐに害意がないと気付いたが、他の者達はかなり絶望的な雰囲気に包まれていた。
そんな出会いから、桜だけでなく遠坂家とも今のような関係に至っているというのは、とても感慨深い。
「それから、一緒に家電専門へ行って時臣おじ様と凛のメンタルがタコ殴りに遭い、神父さんがデジタルを棍棒にする愉悦に覚醒し、葵さんが最先端テクノロジー搭載の家電に魅入られた」
「そして、綺礼さんが自分の部屋を『神と麻婆のデジタル館』に改造し、お母様が最先端テクノロジー搭載の家電を揃え始め、そしてメンタルがプッツンしたお父様による『遠坂家地下帝国』の建国へと繋がった……」
そこまで話して、お互いに吹き出してしまう。
時臣のコミカルな苦労には、桜はもちろん愛歌も、まあ気の毒な気持ちはあるが……騒がしい日々に充実していた。
「短い期間で、色々と起きたものだわ」
「本当にそうですね。仰る通りです」
同時に。
充実しているだけではない、重い事態にも、彼女達は直面した。
「そして……並行世界から、あの桜がやってきた」
「はい……」
二人とも、その表情を真剣なものへと変える。
「元の世界で、桜さんの身に何があったか……現時点では分かっていません」
だいぶ桜達と打ち解けた間桐桜だが、元の世界で何があったかは、まだ口にしていなかった。
打ち明けようとは、未だしてない。
別に、
桜も愛歌も、それぐらい見抜くことが出来る。
つまり、今になって打ち明けてこないのは……
それだけ
「桜さんはまだ、私達に明かそうとしませんが……そこはじっくりと待ちましょう」
「ええ。これは焦ったらいけない事。デリケートな問題だから、安易にこちらから踏み込んではいけないわ」
二人がそのように話していると……『遠坂家地下帝国』へ向かっている足音が聞こえてきた。
その足音は、慌ただしい。
「桜も愛歌も、もう魔術の訓練は終わったわよね!?随分と待ったんだから!」
そう言って駆け込んできたのは、凛だ。
少しだけ息を切らせていたが、その表情は何故かやる気に満ち溢れている。
現れた姉の様子に、少しだけ驚いた表情を浮かべる桜。愛歌の方は、興味深そうに凛を見ている。
「姉さん?一体どうしたんですか、そんなに張り切った様子で」
疑問の声をあげる桜の前まで来ると、凛は得意げに胸を張りながら宣言する。
「ふふん、ちょうど良い打開策を思い付いたんだから!二人とも、心して聞くといいわ!
明日、みんなで桜さんと一緒に遊びに出かけるわよ!家族でパーッと楽しんで、親睦を深めるの!」
「───へ?」
「あら?」
気合い充分な凛の宣言に、桜と愛歌は目を点にするのであった。
遠坂の人間の中で、間桐桜に対して比較的に素で接していた凛。
それでも、並行世界の年上の妹に対して『さん』付けで呼ぶなど、彼女なりに気を遣っていた。
それなりに距離が近く、それでいて溝があり、これ以上は近付けないモヤモヤ感。その中途半端さは、幼い凛を随分と悩ませてきた。
この辺りは、大人であるが故にある程度の達観が出来る葵との違いだろう。
そして……
幼い凛はついに、我慢の限界を迎えた。
「今日は絶好の天気ね!家族揃ってのお出かけにちょうど良いわ!」
うだうだ悩むなど、遠坂凛らしくない。それは、幼い年齢であろうと同様だ。
ある程度は距離を詰めたのだ。ここら辺でもっと踏み込んでも良いだろうと、凛は考えた。
そんな訳で、『家族みんなで楽しくお出かけ』という、シンプルだが割と効果的なアイデアを発案し、こうして出かけるに至っている訳だ。
もちろん、実行しても大丈夫かは桜と愛歌に確認済みだ。そこら辺はしっかりと心得ている。
朝早くに遠坂邸から、深山町の中心にある大きな交差点のバス停を目指し、彼女達は歩いていた。
「もう、大丈夫と判断したけれど……良かったの?桜さん」
「うん。流石にもう、ね。こうして皆で出かけるのは、なんともないよ」
テンションを上げる前方の凛を眺めながら、そんな言葉を交わし合う遠坂桜と間桐桜。
なお、二人の側を歩く葵は、凛の様子に少し困った笑みを浮かべている。
「まあ、お父様はちょうど綺礼さんと対決していたから……お父様を除いた遠坂のみんなと出かけるなら、ちょうど良いかな」
「ええと……ごめんなさい。あの人とは、まだちょっと……」
「うん、わかっている。そこは全然、無理しなくて大丈夫だよ」
なお、話にあがった時臣だが、綺礼と『デジタルと魔術は融合すべきか』という命題で、昨日から激論を交わしている模様。
時臣が『あってはならない事だ!』と声高に主張し、綺礼がそのよく回る口で詭弁を弄しながら愉悦する様に、出かけずに残ったルビーはその場で呆れていた。
『数ヶ月後に聖杯戦争を控えた状況で、この人達はナニくだらない内戦を繰り広げているんでしょうかねぇ』
あの愉快型魔術礼装の天然人工精霊がそんなボヤキを零すあたり、そのしょうもなさが分かる。
つい一ヶ月半前はマトモな師弟関係だったのに、この短期間で何故こうなってしまったのだろうか(すっとぼけ)
二人の桜の会話と、家で繰り広げられているアホな状況に、葵はそっとため息を零す。シリアスな意味でも、コメディな意味でも。
そんな遠坂家の奥方を気遣うように、もう一人の同行者が話しかけてくる。
「ごめんなさいね、葵さん。私まで付いてきて」
「いいのよ。愛歌ちゃんには、みんなお世話になっている事だし」
ファーストコンタクトは物騒なものだったが、その後の交流で愛歌と葵は打ち解けていた。
この元全能少女、コミュ力はとても高いのである。
さて、本来ならこの『家族でお出かけ』に愛歌が同行するのは、少し筋が違うのだが……
これには、理由があった。
間桐桜と打ち解けているから、というだけでなく、もっと
『ルビーちゃんがこっちに残るだなんて、酷くないですか!?むさいオッサン達の方じゃなくて、麗しい女の子達の方に交じりたいんですけど!?』
「ダメよ。並行世界から来た桜の護衛をするなら、行動に縛りがある礼装のあなたより、自由に動ける私の方が適しているもの」
出かける前の遠坂邸にて、ルビーがあげる抗議の声にダメ出しする愛歌。意見を翻す気配は無い。
もちろん、これは意地悪などではなく合理的な理由があっての事だ。
「あちらの桜がこの世界に来た以上、間桐臓硯もこちらに来ているという
ルビー、あなたもそう思わないかしら?」
『うっ……それは、仰る通りなのですが……』
真面目な反応を返されたら、ルビーとしては羽目を外す訳にはいかない。
コメディだからこそ、面白おかしく事態を引っ掻き回せるのだ。シリアスでおふざけをするなど、全く笑えないから出来ない。
『愛歌さん、冬木の霊脈を使って情報収集してましたよね……しかも、かなり入念に』
「ええ。あの桜がこちらに来てから、その辺りは怠っていないわ」
世界を渡ってきたという痕跡を調べるのに、この手法を活用している愛花。
もちろん調べられる事に限度はあるが、やらないという選択肢は無かった。
「エーテル体という形とはいえ、せっかくあの妖怪から解放されたんだもの。その呪縛を、またあの子に降り掛からせる訳にはいかないの。絶対に」
並行世界まで来て間桐臓硯に苦しめられるとしたら、それはどんな理不尽だろうか。
そんな悪夢など、実現させてはいけないのだ。
「間桐臓硯がこちらに来ていると判断出来るような痕跡は、今のところ全く見られない。それが、こちらに来ていないからなのか、それとも身を潜めているからなのか、判断に迷うけれど……」
どうか来ていないであって欲しいものだわ、と零す愛歌。
こちらの桜から臓硯の特徴は聞いているから、すでに完封するための対処方法はいくつか考えている。ただ、来ていないに越した事はない。
「だから、あの桜の身の安全を考えたら、私が付いて行くのがベストなの。以前に比べて弱体化した私でも、ね」
『それで弱体化しているんですから、本当に愛歌さんてバグキャラですよね……』
かつての愛歌は、全知全能だった。魔術回路の制約で出力に上限はあったが、彼女が『命を』と望めば命を発生させられたし、『死を』と囁けば死を蔓延させられたのだ。
沙条愛歌にとって、世界はその気になれば隅々まで手が届く小さな箱庭でしかなかった。
もっとも、それはすでに過去の事であるが。
「あなたには遠坂邸に残って、神父さんが悪い方向に羽目を外さないよう、しっかり見ていてもらう役割があるの。
デジタルで時臣おじ様のメンタルをタコ殴りするくらいならともかく、並行世界の桜の件で精神攻撃なんかしたら、流石に度が過ぎるでしょう?」
全くもってその通りなので、ルビーとしても納得するしかなかった。
『ここまでの話ですが、仰る通りなので異論はありません。我が道を征くルビーちゃんも、それぐらいの道理は弁えてますし。
ですが!それはそれとして、こう……もうちょっと、私にご褒美をいただけると嬉しいんですけど!』
「ご褒美って……ルビー、あなたは一体何を期待しているの?桜はもちろん、凛だってあなたの変態趣味に差し出すつもりはないわ。
どの道、あなたの魔法少女化の機能は
『それはそうですけど!本当に認めたくない現実ですが!というか、ルビーちゃんの趣味を『変態』とか『悪さ』と表現するのはやめて貰えませんかね!?地味に凹むんですけど!?』
「まごう事なき『変態』や『悪さ』じゃない、あなたのアレって」
『ウガーッ!!??』
愛歌からの容赦ないダメ出しに、奇妙にステッキをくねらせて悶絶するルビー。そんな動きをするから変態なのではと、愛歌は割と容赦無い事を考える。
よよよ、と胡散くさい泣き仕草をしながら、ルビーは気を取り直す。
『くぅっ……仕方ありません!その代わり、愛歌さん!先日の約束は守っていただきますからね!』
ルビーが言っている約束とは、以前に遠坂家地下帝国で両者が交わした『一発芸で愛歌を満足させたら魔法少女の件を考えてもいい』というものだ。
並行世界の間桐桜を召喚するという、予想だにしないシリアスな結果となったが、これは彼女を救出した───魂だけなのをエーテルで実体化させた───と言える。
一発芸で満足させるのとは違うが、成果はしっかりと出しているのだ。
流石にその成果に対して報いない訳にはいかないと、愛歌は考えていた。
「魔法少女化の話ね。私の実年齢は16歳だけど、肉体年齢は14歳だから、まあギリギリ許容範囲内かしら。あと一つか二つ年齢が増えたら、厳しくなるでしょうけど」
成長と共に体付きが女らしくなってきているから、『魔法
だが、そんな愛歌の感想をルビーは否定し、太鼓判を押してくる。
『そこは大丈夫!愛歌さんの可憐な容姿なら、多少年齢が上がっても大丈夫です!そこは保証します!』
「そう。その賞賛は素直に受け取っておくわ。でも良いの?私が魔法少女になってしまって。
自分で言うのもなんだけど、私があなたの機能で魔法少女になったら、実質的には『
『………………ま、魔法少女は、あくまで魔法少女っ………ソウ、魔法少女ナンデスッ!!』
「最後の方が、片言になっているわよね?」
(魔法少女の件は仕方ないわね。流石に無報酬という訳にもいかないもの)
路線バスの窓から外の景色を眺めながら、出かける前のルビーとのやり取りを思い出している愛歌。
魔法少女の格好をするのが恥ずかしいとか、そういった初々しさは持ち合わせていない。
まあ、実現した暁には、世の少女達の夢と希望を木っ端微塵にしてしまいそうだけれど……どうか大目に見てもらおう。
(それに、戦力の強化と考えれば悪い事ではないわ。今の私に、以前のような全能性は無いんだから)
なんでも出来てしまったら人生を楽しめないが、手札に制限があるのも問題だ。程よく自分を強化しておくのは悪くない。
実際のところ、全能ではなくなったが
なので、かつてよりも戦い方はアグレッシブになっていたりする。
視線を外から車内に戻し、言葉を交わす凛と葵と二人の桜を視界に収め、表情を穏やかに緩める。
そうこうしているうちに、路線バスは目的のバス停まで到着した。
遠坂一行は路線バスから降りて、賑やかな街並みを眺める。
彼女達は深山町から移動し、冬木の新都まで来ていた。
「なんか体を動かしたくなってきたわ!桜さん、どこがいいと思う!?」
「え!?」
凛に元気よくそう問われ、驚く間桐桜。よもやここで、未来の時間軸──並行世界だが──から来た自分に振られるとは思っていなかったからだ。
そして実のところ、凛自身も勢いで言ってしまっていたため、内心で『しまった!』と慌てていたりする。
それでも間桐桜は、この頃からあったスポーツ施設を思い出そうと、自身の記憶を検索する。
「えーと……天気が良い日に、屋内スポーツを提案するのもなんだけど……
ボウリング場に行ってみるというのは、どうかな?子供の体格的にやりやすいとは言えないけど、年齢制限がある訳でもないし」
冬木の新都にあるボウリング場を思い出し、控えめに提案してみる。
女性陣だけであったりうち二人が子供である事から、このチョイスで良かったかと不安になる間桐桜。
凛の反応は、とても好意的だった。
「良いわね!子供だからって甘くみられないプレイを、優雅にしてみせるんだから!」
「あらあら。凛たら、そんなに張り切ってしまって」
乗り気な長女の様子に、微笑まし気な声をあげる葵。
その反応を見て、安心したように表情を緩める間桐桜。
そんな訳で、彼女達は新都にあるボウリング場へ向かう事になった。
さて、ボウリング場に到着して、早速プレイを開始した遠坂一行だが。
そこで凛は、予想外の光景に見舞われていた。
「……さ、桜も愛歌も、なんでそんなに上手いのよ……」
ボウリングのピンを全て薙ぎ倒していく桜と愛歌に、凛は顔を引き攣らせながらつぶやく。
葵と間桐桜は、凛みたいに引き攣らせてはいないものの、驚きの表情を浮かべていた。
そんな彼女達に、バグキャラの二人はとても自然な感じで答える。
「並んでいるピンの当てるべき場所を狙って、正しい体の動きでボールを放つよう、意識してプレイしています」
「ちゃんとしたフォームを心がけながらボールを放って、ピンを全て倒しているだけよ?そんなに驚く事かしら」
「こ、コイツら……絶対におかしい……っ」
思わずそんな言葉を漏らす凛。とても納得がいかない。
妹である桜に突っかかる訳にはいかないので、その相方である愛歌に向かって食ってかかる。
「ま、愛歌!あんた、ボウリングをするのは初めてだって言っていたじゃない!それって本当なの!?嘘じゃないわよね!?」
「ええ、嘘じゃないわ。これが正真正銘、ボウリングの初体験よ。だから、こうやってプレイするのは新鮮だもの。ピンを全て倒していくのは、とっても楽しいものね」
「ウガー!?」
愛歌がパーフェクトプレイをさらりと口にし、幼い凛は頭を抱えながら奇声をあげる。
同じ天才でも、凛と愛歌では格が違った。年齢差以前に。
なお補足しておくが、桜の方はぶっつけ本番でパーフェクトなボウリングプレイをしている訳ではない。間桐の屋敷において臓硯打倒の術式を脳内シミュレーションしたのと同じ要領で、ボールを放つ体の動きを何度もシミュレーションしておいたのだ。このボウリング場へ向かう途中で。
最初は全てのピンを倒せた訳ではないが、その後は体の動きに補正を加えて、現在のようなパーフェクトプレイを実現している。
まあ……
凛が知ったら、改めて頭を抱えて奇声をあげるだろう。
「愛歌さんも、桜ちゃんも、凄いですね……私だと、あんなにピンを倒せません」
「そうね……私も、とても無理だわ」
呆気に取られるのと感心するのが混じり合った感想を零す間桐桜と葵。運動神経に関しては、2人とも常人のそれだ───間桐桜は弓道部に属していたが、それで超人の域に達する訳ではない───。
「でも、葵さんも結構上手く倒していますよね。お淑やかなのにこんなに上手くプレイ出来て、結構驚いてます」
「子供の頃は雁夜君と遊んでいたから、体を動かすのが苦手な訳じゃないわ。遠坂に嫁いでから、そういう振る舞いは見せてないけれど」
「……そうですか。考えてみれば、葵さんと雁夜おじさんは、幼馴染ですからね」
ほんの少し、返答に間があった。
(雁夜君の話題は、少し軽率だったかも……)
とはいえ、間桐桜がこちらに来てから、彼女は雁夜とすでに顔を合わせている。その時はぎこちないながらも、普通に挨拶と会話を交わしていたから、あまり問題があるとは捉えていなかった。
(間桐の家で、二人の間に何かあったのかしら……雁夜君に懐いていたのは、変わらない筈だけど……)
少なくとも、間桐桜から葵はそう聞いていた。だからこそ、この反応に戸惑いを覚えてしまう。
なお、葵は並行世界の雁夜が死んだとは流石に思っていない。時臣や雁夜本人は、どんな結末を辿ったのか薄々察しているが。
葵が考え事をしているうちに、凛が勝利への気勢をあげる。
「桜さん!私達も負けられないわ!ここから思いっきり追い上げるわよ!」
「う、うん。そうだね、凛ちゃん。お互いにがんばろう」
相変わらず年齢逆転現象によるあべこべな呼び方だが、闘志を燃やしている凛は気にしなかった。今は、パーフェクトプレイを繰り出すバグキャラ二人に打ち勝つのが先決であった。
「見てなさい、二人とも!私達の実力を思い知らせてあげるんだから!」
「あ、あははは……」
張り切る凛に、何故か共に戦う同志扱いされる間桐桜。そんな彼女は、空笑いを浮かべるが……
悪い気は、しなかった。
間桐桜がボールを投げる番がやってきた。
ボウリングのレーンへと近づき、ピンの並びを見て構える。
「…………」
視線の先のピン位置と、あるべきボールの軌跡をイメージしながら、間桐桜は意識を集中する。
そして、彼女は腕を振りかぶり、スイングの流れを活かしてボールから手を放す。
「───えいっ」
凛の気合に当てられたのか、ついそんな掛け声をあげる間桐桜。
放たれたボールはレールの中心から少しずれて進み───ボールの回転で僅かにカーブを描き、少し斜めの角度から、ピンの並びの中心へと入る。
その直後、心地よい音を立てて10本のピンは全て倒された。
「やったわ、桜さん!ストライクよ!」
歓声をあげる凛。その声を受けて間桐桜は照れながらも、凛に向けて控えめにガッツポーズを取る。
「よーし、次は私の番ね!桜さんと同じように、全部倒してみせるわ!」
意気揚々とレーンの前へ進む凛。
間桐桜と同じように、意識を集中し、ボールの流れをイメージする。
「───それっ」
子供の割には、とても綺麗なフォームで腕をスイングし、ボールを放つ凛。
放たれたボールは、間桐桜のそれより直線的な軌跡であったが……
「やったぁ!全部倒したわ!」
ボールのスピードと当たる位置がちょうど良かったため、無事に10本全てのピンを倒すことが出来た。
二人揃ってストライクを出し、高揚感に包まれる凛。
彼女はどこか勝ち誇る表情で、愛歌と桜(遠坂の方)へビシィと人差し指を向ける。
「ここからが本番よ!私達の快進撃に、二人とも恐れ戦きなさい!」
「ふふふ。良い闘志ね、凛。いいわ。あなた達の挑戦、受けて立とうじゃない」
「競い合う事は、スポーツの逃れられない側面……わかりました。姉さんと桜さんの挑戦、全力で応じます」
「ふ、二人とも、お手和らかにお願いしますっ」
不敵な笑みを浮かべる愛歌と、静かな闘志をみなぎらせる遠坂桜に、ちょっぴり腰が引ける間桐桜。
その光景を、葵は微笑まし気に眺めていた。
なお、これは余談だが。
桜と愛歌に勝つためには、自分達もパーフェクトプレイをしなければならないと、凛が気づくのは……この3分後だった。
ボウリング場でのプレイを終えた後───凛は負けて悔しがっていたが───、遠坂一行はファミリーレストランにて昼食を取り、その後は小物ショップにて買い物を楽しんでいた。
もはや吹っ切ったと言わんばかりに、凛は間桐桜と活発にコミュニケーションを取っていた。
遠坂桜や愛歌からの助言を守りながらも、彼女なりのやり方で、上手い具合に距離感を詰めていく。
そんな凛に、戸惑いながらも絆されていく間桐桜。遠慮のようなものが、徐々に取れていくのが見えた。
“中々やるじゃない、凛。グイグイいっているのに、押し付けがましさがない。いいバランスだわ”
“はい。姉さんがここまで上手くやれているのは、嬉しい誤算です”
まだ壁がある段階だと難しかったが、今日時点の距離感になっていたら、これぐらい積極的でも大丈夫だ。
連絡用につないでおいた魔力ラインで、桜と愛歌は念話を交わす。
“幼い凛と親しくしたい感情と、傷つくのが怖いという感情が混じり合った状態だったから、中途半端な距離感を詰められずにいたけど……それもようやく乗り越えられそう”
“後は、姉さんがウッカリをやらかさない事でしょうか。お父様のように致命的な事態は招かないと思いますけど”
“遠坂家の遺伝といわれる
“生命の不思議、なんでしょうか……これって、遺伝子的な呪いというより、もう魔術的な呪いのような気がしなくもないですが……”
そんな念話を交わしながら、桜と愛歌は他の皆と一緒に、冬木大橋の袂(深山側)にある『海浜公園』までやってきていた。
そこで───
“っ……”
“これは……”
遠い彼方から、視線を感じた。
“……桜。気付いた?”
“はい。つい今、視られたのがわかりました”
かなり遠くから──
桜と愛歌でなければ、気付かなかっただろう。
何事もなくいって欲しかったが、そうはいかないらしい。
とはいえ───
“愛歌さんが言っていた並行世界の間桐臓硯なのかと、警戒度を上げましたが……”
“ええ。そうだとしたら、妙なのよね……”
向けられた視線の質に、首を捻る桜と愛歌。
虚数属性の持ち主と元根源接続者だけあって、二人とも視線に込められた感情の洞察には優れている。だから、その視線の違和感に気付く事が出来た。
“視線からは、
“私もそう感じました。どこか
これは一体、どういう事だろうか。
想定していた碌でもない事態なら、向けられる視線はそんなものにならない筈なのに。
“間桐臓硯なら、まずそんな視線になりません。獲物や素材を観察するような、そんな視線になる筈です”
“同感ね。かつて間桐邸の記録情報を読み取って、彼の悪辣さを知ったから、先程の視線には違和感しかないもの”
念話を交わしながら、内心で首を捻る二人。
なお、間桐桜と凛と葵が不安がらないよう、全く態度には出していない。
“別の者の可能性が高いでしょうね……悪意は感じられなかったけど、やはり警戒は必要よ。悪意なき害意というのも、この世には存在するから”
“わかりました。私も愛歌さん同様に、警戒を怠りません”
二人がそのように念話を交わしていると、少し離れた場所から凛が抗議の声をあげる。
「ちょっとー!二人とも食べないの!?皆で一緒にじゃないと、せっかくの楽しい時間が勿体ないじゃない!」
近くのお店で購入したデザートを片手に持ちながら、凛がぷんすかと顔を怒らせている。その様子に、苦笑を浮かべている葵と間桐桜。
どうやら念話に時間をかけ過ぎたようだと、少し反省する桜と愛歌。
「───すいません、ちょっとお互いに考え事をしていたので。今から食べます」
「ごめんなさいね。ちょっと取り込み中だったの」
「何よー、二人とも!内緒話は禁止なんだから!」
凛の抗議の声には、仲の良い二人に対する嫉妬がちょっぴり含まれていた。
その微笑ましい光景に、間桐桜が思わず可笑しくなる。
温かい時間が、そこにあった。
楽しい時間というのは経過するのが早いもので、すでに夕暮れ時が近い時間帯になっていた。
「うーん、今日は沢山楽しんだわ!お出かけして本当に良かった!」
自身の発案がしっかりと成果をあげ、満足そうな様子の凛。彼女の目的である間桐桜との親睦は、ほぼ成功していた。
現に、凛の上機嫌を見た間桐桜は、穏やかな表情を浮かべている。
娘の試みが上手くいき、葵も嬉しそうにしている。桜と愛歌も同様だ。
「それじゃあ、今日の締めよ!これはしっかりやっておかないとね!
これから私と桜さんの二人だけで、秘密の会話をするから!」
「────はい?」
凛の唐突な宣言に。
遠坂桜は、呆気にとられた声をあげるのであった。
遠坂凛、ここで中央突破を図る。
行く先はすでに地雷原ではなくなっている筈……きっと、恐らく、メイビー。