遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様 作:恐るべきサクラ
なので、次回以降から一話当たりの話の進み方をスピードアップします。
ただ、そんなアンケート結果にも関わらず、今回は物語の進捗具合に比べて文章量が多くなってしまった(汗)
凛と間桐桜の関係を進める上で重要な話であり、適当にする訳にはいかなかったので、この文章量になった次第……
なので……どうかご容赦を。
第二章はあと10話分ぐらいで、その後に第三章の『第四次聖杯戦争編』へ突入。
なお、戦いが始まる前の愛歌様とコトミーによる恐るべき暗躍(白目)も描写する予定。
その被害を誰が受けるかは……どうかお察しください。
まあ、それはそれとして。
今回は、一人称的な書き方を混ぜています。
私にとって、姉さんは憧れで、そして妬ましい人だった。
あの人は太陽そのもので、皆が憧れる素敵な人。
暗い影の中で俯く、汚れた自分とは大違い。
欲しいと思ったものを、全部手に入れていく。
それが当然だというかのように、颯爽と通り過ぎていく。
間桐で苦しんできた私の事などお構いなしに、前へと進んでいくんだ。
姉さんはいつもそうだった。
私が欲しくて、憎み続けてきた輝かしい未来を、簡単に手に入れる。
私から、何もかもを掻っ攫っていく。
それは、どの世界の姉さんでも変わらないと思っていた。
そう。
思って、いたんだ。
『あ、あのっ……お皿、並べてくれて、ありがとう……桜さん……』
『お掃除とか……手伝ってあげる!』
だから……
幼い姉さんからの好意に、私の心は大いに揺れ動いた。
『困った事があったら、相談してねっ……私に出来る事なら、力になるから……!』
……私を養子に出した
あの人がまだ子供な事と、ぎこちないながらも、私に純粋な好意を向けてくれたからだ。
目覚めた時にいきなりじゃなく、落ち着いてから顔を合わせた事も大きかった。そうでないと、私は取り乱していただろう。
細かな心配りをしてくれた『幼い私』や愛歌さんには、幾ら感謝しても足りない。
そういった事から、本来の世界で姉さんと
過去の幼い姉さんに対して、黒い感情を向けようなどとは思わなかった。
そんな事をしてしまったら、自分で自分を許せなくなってしまう。
幼い姉さんに絆されていくのが、自分でも分かった。
まだ魔術師としては未熟な、過去の姉さん。
私に冷たくなく、ぎこちないながらも私に優しくしてくれる、幼い姉さん。
遠坂の家で、姉妹として仲良くしていた頃の記憶が……実感を伴って蘇ってきていた。
我ながら、現金な女だと思う。
こちらから妬んでおきながら、どういう風の吹き回しだろうか。
そんな自己嫌悪を抱きながらも、幼いあの人に対する心の距離が縮まっていった。
そして、今日に至る。
「私がどれだけ努力したって、沙条愛歌は余裕の表情で、私以上の速さで成長していく……ずっとずっと、高みへと昇っていくの。
あいつを見ていると、自分がいかに非力で、ちっぽけで、詰まらない存在か……思い知らされる」
二人だけの会話で聞かされた、幼い姉さんの弱音。
それを聞いて……私は呆気にとられた。
いや、絶句したんだ。
幼いとはいえ、まさか姉の口から……自身を卑下する言葉を聞くことになるだなんて。
私にとって、それは完全に想定外だった。
そして、そんな幼い姉さんと言葉を交わし続けながら……
私は、共感を覚えたんだ。
ああ、この人なら。
私の気持ちを、分かってくれるのではないかと。
……
ハッと気づき、首を激しく横に振る。
「桜さん?」
「う、ううん。なんでもない。気にしないで」
猛烈な自己嫌悪に襲われる。
これだけの好意と信頼を向けられているのに、自分はなんて馬鹿な事を考えているのだろうと。
ますます自分が、汚れた人間に思えてくる。
だから、幼い姉さんがこっちの
つい、こんな言葉を零してしまった。
「確かに……こちらの私って、強いよね……」
そこには、『私と違って』という気持ちが籠っていた。
だって、あの子は
あの恐ろしい老人に反逆して、そして見事に葬り、自分の力で遠坂へと帰還したんだから。
そんな大それた真似、私には絶対に出来ない。
こんな劣等感を抱きながらも、この世界の
決してこちらを否定したり、突き放したりしないからだった。
きっと、私の汚れた感情も理解しているんだろう。
その上で、私に寄り添ってくれている。
それでいて、こちらの心に無理に踏み込んでこない。
その気遣いの数々と、それでいて自然な言葉のやり取りが……本当に有難かった。
自分にとって『遠坂』という家は、自分を不要な存在と見做して捨てた家だ。
その印象は、まだ完全に覆らない。
まだ、完全に覆らない、けれど……
「あなたになら、私の本心を打ち明けても良いと思ったの」
ああ。
そんな事を言われたら。
自分は、期待してしまう。
思わず、私はそんな綺麗な人間じゃないと、汚れた人間なのだと。
恐る恐るといった口調で、いい訳をするも───
「私にそれを否定する資格なんて、ないと思う………あなたの境遇を、考えると……」
幼い姉さんは、私に寄り添った事を言ってくれる。
「こっちの桜が間桐へ養子に出されていた時、私は……お姉ちゃんとして、何もしてあげられなかった」
あちらで貰えなかった言葉を、言ってくれる。
「自分で『桜は養子先で幸せになれる筈だ』と勝手に信じ込んで、現実を見ようとしなかったの……」
それは、ずっと欲しいと思っていた、姉の優しさ。
「桜が間桐でどんな目に遭っていたか、あの子が戻ってくるまで、私は知りもしなかった……」
欲しいと思っても得られなかった、姉の優しさ。
「だから、その……間桐に居続けたあなたとは、しっかり向き合いたいと思っているの」
たとえ現実は変わらずとも、せめて形にして欲しかった優しさ。
「そして、もし……もしも、なんだけど……
桜さんの周りが、敵ばかりになったとしても……」
世界そのものが自分を嫌っても、この人にだけは言って欲しかった言葉。
「その全てを敵に回しても……あなたの味方をしたいと、思っている」
まるで、
だけど───
『いいえ。私はあの子の味方でも何でもないわ』
頭の中で反響する、姉の言葉。
『あの子を敵として処理するだけ。それが、冬木の管理者である私の責務よ』
魔術師としての顔で、冷徹に言い放つ姉さん。
『桜は間桐の娘よ。十一年前から、とっくの私の妹じゃない』
そう言って、その場にいない私を突き放す姉さん。
『私が、桜を殺す。後々の事を考えたら、あの子を……生かしておくわけにはいかないの』
私の事を、冷たく否定する姉さん───
「……そんなに、無理しなくていいんだよ、凛ちゃん………やろうと思っても、出来ない事はあるんだから……」
「───え?」
……ごめんなさい、幼い姉さん。
結局のところ、自分は。
暗い影の中で俯くだけの、汚れた人間でしか、ないんだ。
「……どうして」
桜さん……いや、もう一人の桜の言葉に、私は頭が真っ白になった。
訳が分からなかった。
今日のお話で、距離を縮められたと思っていたのに。
まさか、こんな泣きそうな顔で、そんな事を言われるだなんて……
「桜さん……どうして……?」
震える声で、そう尋ねる。
「なんでそんな、辛そうな顔で……そんな事を言うの……?」
妹の桜の『無理に踏み込んではダメ』という忠告も、今は頭に回らない。
自分の中で浮かんできた疑問を、そのまま口にする。
そんな自分に対して、年上の桜は泣きそうな表情のまま、静かに口を開く。
「……例えば、だよ?」
言い聞かせるような響きを持った、年上の桜の声。
それは私だけでなく、この人自身にも向けられているように思えた。
「もし……私の命と、この冬木市に住んでいる大勢の人達の命が、天秤に掛けられた場合……
凛ちゃんは、私の方を選ぶ事なんて、出来る……?」
「っ───!!」
聞いた直後に、息を呑んでしまう。
そういった二者一択は──想像したら苦しくなるパターンは、考えていなかったからだ。
「遠坂は、冬木の霊地の管理者で……神秘に関わる事件から、人々を守る義務がある」
それは、私が自らに課そうとしている責務。
お父様の跡を継ぎ、遠坂の魔術師として相応しくあるために、守らないといけない在り方。
それを、年上の桜は辛そうに話している。
遠坂の責務を……泣きそうな顔で語っている。
「そんな状況で、私の命を優先する事は……管理者の責任を放棄する事……遠坂の人間として、やってはいけない事……」
なんで、そんな表情で語るのか。
自分で自分を傷付けるかのように、話すのか。
私には分からない。
「そんな選択……出来ないよね……?」
「わ、わた、しは……」
桜と冬木の大勢の人達を、天秤に掛けるだなんて……一体、どういう状況なんだろうか。
桜が人々に害をなすような人じゃないのは、明らかなのに……
でも、もし。
もしも、両者を天秤に掛けなければならない状況があるのだとしたら。
私は。
わたしは。
ワタシ、ハ……
「う……あ………」
言葉が、上手く形にならない。
喉が震えて、思うように動かない。
想いを形にしたいのに……それが出来ない。
私が、甘かった。
まだまだ、子供だった。
全てを敵に回して、身近な人を優先するという事は。
こんなにも……重い事なのか。
言葉を失う私を不憫に思ったのか……年上の桜は、その表情を罪悪感に染める。
「……ごめんね。困らせる事を言ってしまって」
そして、無理矢理笑顔を作り、私を慰めてくる。
「ありがとう、凛ちゃん。その気持ちだけで、充分だよ……」
壊れ物のような笑顔。
その表情に、私は胸が締め付けられる。
後一歩という所まで距離を近づけたら……
控えめながら、分厚いシャッターが降ろされてしまった。
そう、分厚いシャッターだ。
本当に、本当に、分厚いシャッターだ。
私は、桜のお姉ちゃんだから、分かる。
これは……子供にどうこう出来るレベルじゃないと。
ああ。
年上の桜が、壊れ物のような笑顔を浮かべたまま、顔を逸らして夕暮れに染まりだした景色を眺め始めた。
控えめな形で、二人だけの会話の終了サインを出される。
(一体……どうすれば、いいの……?)
人の細かい機微を見抜いて、最適な接し方をするだなんて……今の私には無理だ。
そんな繊細な真似、とても出来ない。
年上の桜の絡まった心を、解きほぐせない。
だから、これで手詰まり。
私に出来る事は無くなった。
そんな私に。
子供ながらに培ってきた、魔術師としての自分が……冷たく告げてくる。
“その行為は、単なる代替行為”
“桜が養子に出されている時に、何もしなかった後ろめたさを打ち消すための、身勝手な自己満足だ”
(っ───────)
“並行世界の妹に、どうしてそこまで心を砕こうとする?あまりに入れ込み過ぎじゃないか”
“世界の可能性は無数にあるのだから、他の世界から来た人物まで気にしていたら、身が持たない”
“そもそも、あの子はいつこの世界から去るか、わからないのに”
(うぅ……わたしは……)
“だから、今やっている事は無意味”
“なんの得にもならない、無駄な行為だ”
“だから、もうやめてしまえ───”
そんな魔術師の感性に、凛は首を横に振る。
(違う……そんな考え、間違っている……)
だが、否定したところで、具体的にどうして良いかわからない。
そう、わからないんだ。
並行世界から来た桜の味方に。
私では、なれない─────
…………
……………………
………………………………
…………………………………………
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………本当に?
ゆっくり、顔を上げると……
離れた場所にいる三人。他には誰もいない。
事態を察したのか暗い様子で目を伏せているお母様と、何故か落ち着いた様子の愛歌。
そして───
真っ直ぐにこちらを見つめる……
「──────────!」
それを、見ただけで。
たったそれだけでしか、ないのに。
あの
私の中で再び、活力が湧いてきた。
(私のやろうとしている事に難色を示した桜が……
腹を括っている……!)
もし、自惚れでないなら……
それは、私がやり遂げてくれると、信じてくれているという事で……
(そうだ……こんな所で挫けてどうする!)
ああ、そうだ。
諦める訳にはいかない。
絶対に、諦める訳にはいかない!
何故なら、並行世界からやってきた桜は。
間桐に10年以上居続けた、年上の桜は────
こちらの世界に来た具体的な経緯は、まだ分からない。
けれど、間桐に10年以上居続けたという事実だけで、あちらの自分が何もしなかったという事は、ハッキリと分かる。
(遠坂と間桐の盟約なんて関係ない!そんなの、間桐に居続けた桜にとって、なんの慰めにもならない!
この子は、ずっと苦しんできた!ずっと、痛い思いをしてきたんだ!)
だから、自分はこの桜の味方にならなければいけないと思った。
絶対に、桜の味方になりたいと、思ったんだ。
迷いは、全て吹き飛んだ。
「私は、それでも桜の味方をしたい!」
難しい事は、
ここまで言い切らないといけないんだと、思った。
私の魂が、そう感じていた。
「たとえ、冬木市の全ての人々と天秤に掛けたとしても───」
それが言ってはいけない事だと分かっていても、言い切らなければならない。
腹にグッと力を込めて、声に言霊を込めて、解き放つ。
「桜の命を、選びたいんだ!」
そのように、私のこれまでの生き方なら言ってはいけない事を、言い切った直後。
私の中の、魔術師としての価値観が……制止を訴えてくる。
“やめろ、馬鹿なことを言うな”
“並行世界からやってきたポッと出の存在に流されて、これまで目指してきたモノをドブに捨てる気か”
“それでも、誇り高い魔術師か”
“それでも、遠坂の次期当主か”
“それでも、冬木の次期管理者か”
“父から受け継ぐモノを軽視するか───”
自身の感性が上げる警鐘を……私は振り切る。
(分かっている!これが、お父様の跡を継ぐ魔術師として、馬鹿な選択だということは!)
いつか自分は、この選択の代償を払うかもしれない。
信じてきたモノと異なる選択をした事が、私自身を裁くかもしれない。
それでも───
「あ─────」
茫然とした表情で、瞳から雫を流す年上の妹の姿を見て……
この選択は、間違いなんかじゃないんだと。
私は、確信するんだ。
「………嘘、です………」
……私は。
私は、夢でも見ているんだろうか。
頭がおかしくなって……妄想にでも、囚われているんだろうか。
「………そんなの、嘘です………」
ああ、きっとそうだ。
そうに違いない。
だって、そうだろう。
「……あり得、ない、ですっ……」
あの、姉さんが……
遠坂の魔術師である事よりも、私の姉である事を、選んでくれたから……
まだ幼いとはいえ、本来ならあり得ない選択を、してくれた……
責務よりも、私を選んでくれた……
「姉さん……どうして、そこまで……!」
年上の女性として取り繕う事も、忘れる。
すでに姉妹でないという建前も、忘れる。
「私、なんかに───!」
ああ……目から涙が零れるのを、止められない……
みっともない姿を見せてしまっているのに、それを気にする事も出来ない……
そんな情けない姿を見せる私に……
幼い姉さんは、迷いのない声で叫ぶ。
「並行世界の桜だろうと、妹である事に変わりない!」
そして、この人は両手で私の手を握ってくれる。
「私は、桜のお姉ちゃんだから!」
私の目を真っすぐ見て、言い切る。
「絶対に、あなたを見捨てない!」
「─────────!!」
幼い姉さんの言葉を聞いて───
私は、衝動的に……この人を抱きしめた。
自分よりも小さい、幼い姉さんの体。
抱きしめる自分の両手が、震えるのを抑えられない。
「養子に出されてから、ずっと……痛い思いをしてきました……」
口から零れるのは、これまで心に溜めてきたモノ。
10年以上に渡る苦しみの吐露。
「来る日も来る日も、蟲蔵で……体中を信じられないぐらい、蹂躙されました……」
「うん」
「時には食事に、毒を混ぜられて……それで苦しんだら、嘲笑われて……」
「うん……」
「あの家には、苦しい事しか、ありませんでした……」
「そう、よね……」
私が零す言葉に、相槌を打ってくれる姉さん。
「ずっとずっと……助けてほしいと、思ってました……!」
「そう、だよねっ……!」
私の苦しみの吐露に……幼い姉さんまで、涙を流し始める。
「ごめんなさい……!
助けて、あげられなくて……!」
まるで、自分の事のように謝る幼い姉さん。
成長した姉さんの事まで、責任を感じる幼い姉さん。
私の世界の事まで、責任を負う必要はないというのに……
この人は、謝ってくれた。
実際のところ……
幼い頃の姉さんが、お爺様をどうにか出来たとは、到底思えない。
あの老人の恐ろしさは、身に沁みて分かっている。
幼い姉さんが敵対した所で返り討ちにあっていただろう事は、容易に想像がついた。
むしろ、姉さんの体に利用価値を見出し、私と同じように蟲蔵へ放り込まれていたかもしれない。そうなったら、姉さんも壊されてお終いだった筈だ。
遠坂と間桐の不可侵の盟約を破ったとあっては、お爺様が姉さんに容赦する理由なんて全くない。
姉さんがお爺様をどうにかしようとしても、その未来は暗いものだっただろう。
だから……助けて欲しいだなんて、口が裂けても言えなかった。
それでも……
せめて、温かい言葉ぐらいは掛けて欲しかった。
私に、優しくして欲しかった。
「だから……あっちの私がやろうとしなかった事を、私はやるの」
私の心を読んだ訳じゃないのに、私の欲しい言葉をくれる幼い姉さん。
薄らと、
「たとえ、それで大きな罪を背負う事になったとしても」
私と冬木の人達を天秤に掛けて、私を選ぶという事は。
いま幼い姉さんが口にした通り、大きな罪を背負うという事だ。
冬木の管理者の責務を抜きにしても。
……まだ、たったの7歳でしかないこの時代の姉さんに、そこまでの決心をさせている。
そのことに、今更ながら申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「絶対、絶対……後で、後悔しちゃいますよ……?」
だから、こんな事を口にしてしまう。
汚れている自分に、そこまでしてもらう価値があるのかと。
だけど、幼い姉さんの意思は全く揺らがなかった。
「それでも、私はこの選択が間違いだなんて、思わないわ」
私は、抱きしめる手を強めて……
幼い姉さんも、同じように私の体に手を回す。
……元居た世界の姉さんを信じられなくても。
私は、暖かさに満たされて……そう思った。
「……どうやら、上手くいったようね」
「はい」
静かに呟く愛歌に、ホッとしたような表情で頷く桜。
年下の友人の様子に、愛歌は穏やかな笑みを見せる。
「桜ったら、最初はあんなに反対していたのに。一度受け入れたら、ちゃんと凛を信頼していたのね」
「やると決めたら成し遂げるのが、姉さんですから」
上手くいくか不安はあったが、任せた以上は腹を括るのが、妹の役割だろう。
そして、姉は見事にやり遂げてみせた。やはり凄い人だと思う。
桜は視線を横に向けると、手で顔を押さえている葵の姿が目に入った。
ポケットからハンカチを取り出し、母へと差し出す。
「お母様」
娘の声に気付く葵。
その気遣いに感謝しながら、ハンカチを受け取って涙を拭う。
「……ありがとう、桜。みっともない姿を、見せてしまったわね……」
「いえ……どうかお気になさらず」
多くを語らず、母の苦悩を理解する桜。
その細やかな気遣いが、葵にはとても有難かった。
凛と間桐桜は『秘密の会話』をしていたので、敢えて聞こえるような真似はしていない。
だから、この場の三人は話の内容を知っている訳ではない。
それでも、言葉を交わしていた凛と間桐桜の様子から、いくらか察する事は可能だ。
桜や愛歌に比べたら洞察力に秀でていない葵でさえ、それが出来た。
「……あの子の世界で何があったのか、わからないけれど……」
並行世界の娘が途中で見せていた、あの壊れたような笑顔。
こちらと距離が離れていても……遠目に見えたソレは、葵の脳裏に、しっかりと焼き付いていた。
「きっと……私が想像もつかないような、辛い目にあっていたんでしょうね……」
そして、自分も含めた『遠坂の人間』は、そんな彼女の助けにならなかったのだろう。
それぐらいは、あまり察しの良くない自分でも想像が出来た。
改めて、母としての不甲斐なさを意識する葵。
「……桜、ごめんね」
その謝罪は、あちらの間桐桜とこちらの遠坂桜の、双方に向けてのものであった。
桜は自分にも向けられたものである事を理解しながら、母に安心させるような表情を浮かべる。
すでに奮起した自分は大丈夫だから、今は並行世界の自分が優先だ。
「私達に出来ることを、それぞれやっていきましょう。
並行世界からやってきた桜さんには、手を差し伸べる人が必要です」
「……そうね」
しっかりとしている桜の言葉に、葵は静かに頷く。
冬木の街を見下ろせる丘からは、夕日が地平線に沈み始めているのが見えた。
美しい夕焼けに染まる、地平線の上の空。
その、茜色の日差しが……
幼い姉と年上の妹を、見守るように照らしていた。
次回は雁夜おじさんの話で、その次がトッキーの話。
凛と違って複数話で描写せず、一話ずつでまとめる予定。
上記の予定を変更して、話の展開を進めます。