遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様   作:恐るべきサクラ

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 前回のアンケート結果から、やはり進捗スピードが遅い事に問題があると理解しました。
 なので、次回以降から一話当たりの話の進み方をスピードアップします。

 ただ、そんなアンケート結果にも関わらず、今回は物語の進捗具合に比べて文章量が多くなってしまった(汗)
 凛と間桐桜の関係を進める上で重要な話であり、適当にする訳にはいかなかったので、この文章量になった次第……
 なので……どうかご容赦を。

 第二章はあと10話分ぐらいで、その後に第三章の『第四次聖杯戦争編』へ突入。
 なお、戦いが始まる前の愛歌様とコトミーによる恐るべき暗躍(白目)も描写する予定。
 その被害を誰が受けるかは……どうかお察しください。

 まあ、それはそれとして。
 今回は、一人称的な書き方を混ぜています。
 


幼い凛は、間桐桜と仲良くしたい(後編)

 

 私にとって、姉さんは憧れで、そして妬ましい人だった。

 

 あの人は太陽そのもので、皆が憧れる素敵な人。

 暗い影の中で俯く、汚れた自分とは大違い。

 

 欲しいと思ったものを、全部手に入れていく。

 それが当然だというかのように、颯爽と通り過ぎていく。

 

 間桐で苦しんできた私の事などお構いなしに、前へと進んでいくんだ。

 

 姉さんはいつもそうだった。

 私が欲しくて、憎み続けてきた輝かしい未来を、簡単に手に入れる。

 私から、何もかもを掻っ攫っていく。

 

 

 それは、どの世界の姉さんでも変わらないと思っていた。

 

 

 そう。

 思って、いたんだ。

 

 

 

『あ、あのっ……お皿、並べてくれて、ありがとう……桜さん……』

 

『お掃除とか……手伝ってあげる!』

 

 

 

 だから……

 幼い姉さんからの好意に、私の心は大いに揺れ動いた。

 

 

 

『困った事があったら、相談してねっ……私に出来る事なら、力になるから……!』

 

 

 

 ……私を養子に出した()()()()()()と違い、こちらの姉さんに悪感情を抱かなかったのは。

 あの人がまだ子供な事と、ぎこちないながらも、私に純粋な好意を向けてくれたからだ。

 

 目覚めた時にいきなりじゃなく、落ち着いてから顔を合わせた事も大きかった。そうでないと、私は取り乱していただろう。

 細かな心配りをしてくれた『幼い私』や愛歌さんには、幾ら感謝しても足りない。

 

 

 そういった事から、本来の世界で姉さんと()()()()()()()()にも拘らず……

 過去の幼い姉さんに対して、黒い感情を向けようなどとは思わなかった。

 

 そんな事をしてしまったら、自分で自分を許せなくなってしまう。

 

 

 幼い姉さんに絆されていくのが、自分でも分かった。

 

 

 まだ魔術師としては未熟な、過去の姉さん。

 私に冷たくなく、ぎこちないながらも私に優しくしてくれる、幼い姉さん。

 

 遠坂の家で、姉妹として仲良くしていた頃の記憶が……実感を伴って蘇ってきていた。

 

 

 我ながら、現金な女だと思う。

 こちらから妬んでおきながら、どういう風の吹き回しだろうか。

 

 そんな自己嫌悪を抱きながらも、幼いあの人に対する心の距離が縮まっていった。

 

 

 そして、今日に至る。

 

 

 

「私がどれだけ努力したって、沙条愛歌は余裕の表情で、私以上の速さで成長していく……ずっとずっと、高みへと昇っていくの。

 あいつを見ていると、自分がいかに非力で、ちっぽけで、詰まらない存在か……思い知らされる」

 

 

 

 二人だけの会話で聞かされた、幼い姉さんの弱音。

 

 それを聞いて……私は呆気にとられた。

 いや、絶句したんだ。

 

 幼いとはいえ、まさか姉の口から……自身を卑下する言葉を聞くことになるだなんて。

 私にとって、それは完全に想定外だった。

 

 そして、そんな幼い姉さんと言葉を交わし続けながら……

 私は、共感を覚えたんだ。

 

 

 ああ、この人なら。

 私の気持ちを、分かってくれるのではないかと。

 

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()という歪んだ発想が……頭をよぎった。

 

 

 ハッと気づき、首を激しく横に振る。

 

「桜さん?」

「う、ううん。なんでもない。気にしないで」

 

 猛烈な自己嫌悪に襲われる。

 これだけの好意と信頼を向けられているのに、自分はなんて馬鹿な事を考えているのだろうと。

 ますます自分が、汚れた人間に思えてくる。

 

 だから、幼い姉さんがこっちの()()()()()について言及した時。

 つい、こんな言葉を零してしまった。

 

 

「確かに……こちらの私って、強いよね……」

 

 

 そこには、『私と違って』という気持ちが籠っていた。

 

 

 だって、あの子は()()()()()()()()

 あの恐ろしい老人に反逆して、そして見事に葬り、自分の力で遠坂へと帰還したんだから。

 そんな大それた真似、私には絶対に出来ない。

 

 こんな劣等感を抱きながらも、この世界の()()()()()に心を許しているのは。

 決してこちらを否定したり、突き放したりしないからだった。

 

 きっと、私の汚れた感情も理解しているんだろう。

 その上で、私に寄り添ってくれている。

 それでいて、こちらの心に無理に踏み込んでこない。

 ()()()()()()()()()()()()()()についても、向こうから追及はしてこない。

 

 

 その気遣いの数々と、それでいて自然な言葉のやり取りが……本当に有難かった。

 

 

 自分にとって『遠坂』という家は、自分を不要な存在と見做して捨てた家だ。

 その印象は、まだ完全に覆らない。

 

 まだ、完全に覆らない、けれど……

 

 

「あなたになら、私の本心を打ち明けても良いと思ったの」

 

 

 ああ。

 そんな事を言われたら。

 

 自分は、期待してしまう。

 

 思わず、私はそんな綺麗な人間じゃないと、汚れた人間なのだと。

 恐る恐るといった口調で、いい訳をするも───

 

 

「私にそれを否定する資格なんて、ないと思う………あなたの境遇を、考えると……」

 

 

 幼い姉さんは、私に寄り添った事を言ってくれる。

 

 

「こっちの桜が間桐へ養子に出されていた時、私は……お姉ちゃんとして、何もしてあげられなかった」

 

 

 あちらで貰えなかった言葉を、言ってくれる。

 

 

「自分で『桜は養子先で幸せになれる筈だ』と勝手に信じ込んで、現実を見ようとしなかったの……」

 

 

 それは、ずっと欲しいと思っていた、姉の優しさ。

 

 

「桜が間桐でどんな目に遭っていたか、あの子が戻ってくるまで、私は知りもしなかった……」

 

 

 欲しいと思っても得られなかった、姉の優しさ。

 

 

「だから、その……間桐に居続けたあなたとは、しっかり向き合いたいと思っているの」

 

 

 たとえ現実は変わらずとも、せめて形にして欲しかった優しさ。

 

 

「そして、もし……もしも、なんだけど……

 桜さんの周りが、敵ばかりになったとしても……」

 

 

 世界そのものが自分を嫌っても、この人にだけは言って欲しかった言葉。

 

 

「その全てを敵に回しても……あなたの味方をしたいと、思っている」

 

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()、幼い姉さん。

 

 

 

 

 だけど───

 

 

 

 

『いいえ。私はあの子の味方でも何でもないわ』

 

 

 頭の中で反響する、姉の言葉。

 

 

『あの子を敵として処理するだけ。それが、冬木の管理者である私の責務よ』

 

 

 魔術師としての顔で、冷徹に言い放つ姉さん。

 

 

『桜は間桐の娘よ。十一年前から、とっくの私の妹じゃない』

 

 

 そう言って、その場にいない私を突き放す姉さん。

 

 

『私が、桜を殺す。後々の事を考えたら、あの子を……生かしておくわけにはいかないの』

 

 

 私の事を、冷たく否定する姉さん───

 

 

 

 

「……そんなに、無理しなくていいんだよ、凛ちゃん………やろうと思っても、出来ない事はあるんだから……」

 

「───え?」

 

 

 

 

 ……ごめんなさい、幼い姉さん。

 

 結局のところ、自分は。

 暗い影の中で俯くだけの、汚れた人間でしか、ないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして」

 

 桜さん……いや、もう一人の桜の言葉に、私は頭が真っ白になった。

 

 訳が分からなかった。

 今日のお話で、距離を縮められたと思っていたのに。

 

 まさか、こんな泣きそうな顔で、そんな事を言われるだなんて……

 

「桜さん……どうして……?」

 

 震える声で、そう尋ねる。

 

「なんでそんな、辛そうな顔で……そんな事を言うの……?」

 

 妹の桜の『無理に踏み込んではダメ』という忠告も、今は頭に回らない。

 自分の中で浮かんできた疑問を、そのまま口にする。

 

 そんな自分に対して、年上の桜は泣きそうな表情のまま、静かに口を開く。

 

「……例えば、だよ?」

 

 言い聞かせるような響きを持った、年上の桜の声。

 それは私だけでなく、この人自身にも向けられているように思えた。

 

「もし……私の命と、この冬木市に住んでいる大勢の人達の命が、天秤に掛けられた場合……

 凛ちゃんは、私の方を選ぶ事なんて、出来る……?」

 

「っ───!!」

 

 聞いた直後に、息を呑んでしまう。

 そういった二者一択は──想像したら苦しくなるパターンは、考えていなかったからだ。

 

「遠坂は、冬木の霊地の管理者で……神秘に関わる事件から、人々を守る義務がある」

 

 それは、私が自らに課そうとしている責務。

 お父様の跡を継ぎ、遠坂の魔術師として相応しくあるために、守らないといけない在り方。

 

 それを、年上の桜は辛そうに話している。

 遠坂の責務を……泣きそうな顔で語っている。

 

「そんな状況で、私の命を優先する事は……管理者の責任を放棄する事……遠坂の人間として、やってはいけない事……」

 

 なんで、そんな表情で語るのか。

 自分で自分を傷付けるかのように、話すのか。

 

 私には分からない。

 

「そんな選択……出来ないよね……?」

「わ、わた、しは……」

 

 桜と冬木の大勢の人達を、天秤に掛けるだなんて……一体、どういう状況なんだろうか。

 桜が人々に害をなすような人じゃないのは、明らかなのに……

 

 でも、もし。

 もしも、両者を天秤に掛けなければならない状況があるのだとしたら。

 

 

 私は。

 わたしは。

 ワタシ、ハ……

 

 

「う……あ………」

 

 

 言葉が、上手く形にならない。

 喉が震えて、思うように動かない。

 想いを形にしたいのに……それが出来ない。

 

 

 私が、甘かった。

 まだまだ、子供だった。

 

 

 全てを敵に回して、身近な人を優先するという事は。

 こんなにも……重い事なのか。

 

 

 言葉を失う私を不憫に思ったのか……年上の桜は、その表情を罪悪感に染める。

 

「……ごめんね。困らせる事を言ってしまって」

 

 そして、無理矢理笑顔を作り、私を慰めてくる。

 

「ありがとう、凛ちゃん。その気持ちだけで、充分だよ……」

 

 壊れ物のような笑顔。

 その表情に、私は胸が締め付けられる。

 

 後一歩という所まで距離を近づけたら……

 控えめながら、分厚いシャッターが降ろされてしまった。

 

 

 そう、分厚いシャッターだ。

 本当に、本当に、分厚いシャッターだ。

 

 私は、桜のお姉ちゃんだから、分かる。

 これは……子供にどうこう出来るレベルじゃないと。

 

 

 ああ。

 年上の桜が、壊れ物のような笑顔を浮かべたまま、顔を逸らして夕暮れに染まりだした景色を眺め始めた。

 

 控えめな形で、二人だけの会話の終了サインを出される。

 

 

(一体……どうすれば、いいの……?)

 

 

 人の細かい機微を見抜いて、最適な接し方をするだなんて……今の私には無理だ。

 そんな繊細な真似、とても出来ない。

 

 年上の桜の絡まった心を、解きほぐせない。

 

 だから、これで手詰まり。

 私に出来る事は無くなった。

 

 

 そんな私に。

 子供ながらに培ってきた、魔術師としての自分が……冷たく告げてくる。

 

 

 

“その行為は、単なる代替行為”

“桜が養子に出されている時に、何もしなかった後ろめたさを打ち消すための、身勝手な自己満足だ”

 

 

(っ───────)

 

 

“並行世界の妹に、どうしてそこまで心を砕こうとする?あまりに入れ込み過ぎじゃないか”

“世界の可能性は無数にあるのだから、他の世界から来た人物まで気にしていたら、身が持たない”

“そもそも、あの子はいつこの世界から去るか、わからないのに”

 

 

(うぅ……わたしは……)

 

 

“だから、今やっている事は無意味”

“なんの得にもならない、無駄な行為だ”

 

“だから、もうやめてしまえ───”

 

 

 

 そんな魔術師の感性に、凛は首を横に振る。

 

(違う……そんな考え、間違っている……)

 

 だが、否定したところで、具体的にどうして良いかわからない。

 そう、わからないんだ。

 

 

 並行世界から来た桜の味方に。

 私では、なれない─────

 

 

 

 …………

 ……………………

 ………………………………

 …………………………………………

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………本当に?

 

 

 

 ゆっくり、顔を上げると……

 

 

 離れた場所にいる三人。他には誰もいない。

 事態を察したのか暗い様子で目を伏せているお母様と、何故か落ち着いた様子の愛歌。

 

 そして───

 

 

 

 真っ直ぐにこちらを見つめる……()()()()()姿()が、私の目に入ってきた。

 

 

 

「──────────!」

 

 

 

 それを、見ただけで。

 たったそれだけでしか、ないのに。

 

 あの()()()()()()()()を見ただけで───

 

 

 私の中で再び、活力が湧いてきた。

 

 

(私のやろうとしている事に難色を示した桜が……

 腹を括っている……!)

 

 

 もし、自惚れでないなら……

 それは、私がやり遂げてくれると、信じてくれているという事で……

 

 

(そうだ……こんな所で挫けてどうする!)

 

 

 ああ、そうだ。

 

 諦める訳にはいかない。

 絶対に、諦める訳にはいかない!

 

 何故なら、並行世界からやってきた桜は。

 間桐に10年以上居続けた、年上の桜は────

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 こちらの世界に来た具体的な経緯は、まだ分からない。

 けれど、間桐に10年以上居続けたという事実だけで、あちらの自分が何もしなかったという事は、ハッキリと分かる。

 

 

(遠坂と間桐の盟約なんて関係ない!そんなの、間桐に居続けた桜にとって、なんの慰めにもならない!

 この子は、ずっと苦しんできた!ずっと、痛い思いをしてきたんだ!)

 

 

 だから、自分はこの桜の味方にならなければいけないと思った。

 絶対に、桜の味方になりたいと、思ったんだ。

 

 

 

 迷いは、全て吹き飛んだ。

 

 

 

「私は、それでも桜の味方をしたい!」

 

 

 難しい事は、()()()()()()()()

 

 ここまで言い切らないといけないんだと、思った。

 私の魂が、そう感じていた。

 

 

「たとえ、冬木市の全ての人々と天秤に掛けたとしても───」

 

 

 それが言ってはいけない事だと分かっていても、言い切らなければならない。

 腹にグッと力を込めて、声に言霊を込めて、解き放つ。

 

 

「桜の命を、選びたいんだ!」

 

 

 そのように、私のこれまでの生き方なら言ってはいけない事を、言い切った直後。

 私の中の、魔術師としての価値観が……制止を訴えてくる。

 

 

 

“やめろ、馬鹿なことを言うな”

 

“並行世界からやってきたポッと出の存在に流されて、これまで目指してきたモノをドブに捨てる気か”

 

“それでも、誇り高い魔術師か”

“それでも、遠坂の次期当主か”

“それでも、冬木の次期管理者か”

 

“父から受け継ぐモノを軽視するか───”

 

 

 

 自身の感性が上げる警鐘を……私は振り切る。

 

(分かっている!これが、お父様の跡を継ぐ魔術師として、馬鹿な選択だということは!)

 

 いつか自分は、この選択の代償を払うかもしれない。

 信じてきたモノと異なる選択をした事が、私自身を裁くかもしれない。

 

 それでも───

 

 

「あ─────」

 

 

 茫然とした表情で、瞳から雫を流す年上の妹の姿を見て……

 

 この選択は、間違いなんかじゃないんだと。

 私は、確信するんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………嘘、です………」

 

 ……私は。

 私は、夢でも見ているんだろうか。

 

 頭がおかしくなって……妄想にでも、囚われているんだろうか。

 

「………そんなの、嘘です………」

 

 ああ、きっとそうだ。

 そうに違いない。

 

 だって、そうだろう。

 

「……あり得、ない、ですっ……」

 

 あの、姉さんが……

 遠坂の魔術師である事よりも、私の姉である事を、選んでくれたから……

 

 まだ幼いとはいえ、本来ならあり得ない選択を、してくれた……

 責務よりも、私を選んでくれた……

 

「姉さん……どうして、そこまで……!」

 

 年上の女性として取り繕う事も、忘れる。

 すでに姉妹でないという建前も、忘れる。

 

 ()()()()()()()()、もう気にならなかった。

 

「私、なんかに───!」

 

 ああ……目から涙が零れるのを、止められない……

 みっともない姿を見せてしまっているのに、それを気にする事も出来ない……

 

 そんな情けない姿を見せる私に……

 幼い姉さんは、迷いのない声で叫ぶ。

 

「並行世界の桜だろうと、妹である事に変わりない!」

 

 そして、この人は両手で私の手を握ってくれる。

 

「私は、桜のお姉ちゃんだから!」

 

 私の目を真っすぐ見て、言い切る。

 

 

 

「絶対に、あなたを見捨てない!」

「─────────!!」

 

 

 

 幼い姉さんの言葉を聞いて───

 私は、衝動的に……この人を抱きしめた。

 

 自分よりも小さい、幼い姉さんの体。

 抱きしめる自分の両手が、震えるのを抑えられない。

 

 

「養子に出されてから、ずっと……痛い思いをしてきました……」

 

 

 口から零れるのは、これまで心に溜めてきたモノ。

 10年以上に渡る苦しみの吐露。

 

 

「来る日も来る日も、蟲蔵で……体中を信じられないぐらい、蹂躙されました……」

 

「うん」

 

「時には食事に、毒を混ぜられて……それで苦しんだら、嘲笑われて……」

 

「うん……」

 

「あの家には、苦しい事しか、ありませんでした……」

 

「そう、よね……」

 

 

 私が零す言葉に、相槌を打ってくれる姉さん。

 

 

「ずっとずっと……助けてほしいと、思ってました……!」

 

「そう、だよねっ……!」

 

 

 私の苦しみの吐露に……幼い姉さんまで、涙を流し始める。

 

 

「ごめんなさい……!

 助けて、あげられなくて……!」

 

 

 まるで、自分の事のように謝る幼い姉さん。

 成長した姉さんの事まで、責任を感じる幼い姉さん。

 

 

 私の世界の事まで、責任を負う必要はないというのに……

 

 この人は、謝ってくれた。

 

 

 

 実際のところ……

 幼い頃の姉さんが、お爺様をどうにか出来たとは、到底思えない。

 あの老人の恐ろしさは、身に沁みて分かっている。

 

 幼い姉さんが敵対した所で返り討ちにあっていただろう事は、容易に想像がついた。

 むしろ、姉さんの体に利用価値を見出し、私と同じように蟲蔵へ放り込まれていたかもしれない。そうなったら、姉さんも壊されてお終いだった筈だ。

 

 遠坂と間桐の不可侵の盟約を破ったとあっては、お爺様が姉さんに容赦する理由なんて全くない。

 姉さんがお爺様をどうにかしようとしても、その未来は暗いものだっただろう。

 

 

 だから……助けて欲しいだなんて、口が裂けても言えなかった。

 

 

 それでも……

 せめて、温かい言葉ぐらいは掛けて欲しかった。

 私に、優しくして欲しかった。

 

 

「だから……あっちの私がやろうとしなかった事を、私はやるの」

 

 

 私の心を読んだ訳じゃないのに、私の欲しい言葉をくれる幼い姉さん。

 

 ()()()()()()()()()を知らない、幼い姉さんだけど……

 薄らと、()()()()()()()()()()()()()を、察しているんだろう。

 

 

「たとえ、それで大きな罪を背負う事になったとしても」

 

 

 私と冬木の人達を天秤に掛けて、私を選ぶという事は。

 いま幼い姉さんが口にした通り、大きな罪を背負うという事だ。

 冬木の管理者の責務を抜きにしても。

 

 

 ……まだ、たったの7歳でしかないこの時代の姉さんに、そこまでの決心をさせている。

 そのことに、今更ながら申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 

 

「絶対、絶対……後で、後悔しちゃいますよ……?」

 

 

 だから、こんな事を口にしてしまう。

 汚れている自分に、そこまでしてもらう価値があるのかと。

 

 だけど、幼い姉さんの意思は全く揺らがなかった。

 

 

「それでも、私はこの選択が間違いだなんて、思わないわ」

 

 

 私は、抱きしめる手を強めて……

 幼い姉さんも、同じように私の体に手を回す。

 

 

 

 

 ……元居た世界の姉さんを信じられなくても。

 ()()()()()()()()()()()は、信じる事が出来る。

 

 私は、暖かさに満たされて……そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら、上手くいったようね」

「はい」

 

 静かに呟く愛歌に、ホッとしたような表情で頷く桜。

 年下の友人の様子に、愛歌は穏やかな笑みを見せる。

 

「桜ったら、最初はあんなに反対していたのに。一度受け入れたら、ちゃんと凛を信頼していたのね」

「やると決めたら成し遂げるのが、姉さんですから」

 

 上手くいくか不安はあったが、任せた以上は腹を括るのが、妹の役割だろう。

 そして、姉は見事にやり遂げてみせた。やはり凄い人だと思う。

 

 桜は視線を横に向けると、手で顔を押さえている葵の姿が目に入った。

 ポケットからハンカチを取り出し、母へと差し出す。

 

「お母様」

 

 娘の声に気付く葵。

 その気遣いに感謝しながら、ハンカチを受け取って涙を拭う。

 

「……ありがとう、桜。みっともない姿を、見せてしまったわね……」

「いえ……どうかお気になさらず」

 

 多くを語らず、母の苦悩を理解する桜。

 その細やかな気遣いが、葵にはとても有難かった。

 

 凛と間桐桜は『秘密の会話』をしていたので、敢えて聞こえるような真似はしていない。

 だから、この場の三人は話の内容を知っている訳ではない。

 

 それでも、言葉を交わしていた凛と間桐桜の様子から、いくらか察する事は可能だ。

 桜や愛歌に比べたら洞察力に秀でていない葵でさえ、それが出来た。

 

「……あの子の世界で何があったのか、わからないけれど……」

 

 並行世界の娘が途中で見せていた、あの壊れたような笑顔。

 こちらと距離が離れていても……遠目に見えたソレは、葵の脳裏に、しっかりと焼き付いていた。

 

「きっと……私が想像もつかないような、辛い目にあっていたんでしょうね……」

 

 そして、自分も含めた『遠坂の人間』は、そんな彼女の助けにならなかったのだろう。

 それぐらいは、あまり察しの良くない自分でも想像が出来た。

 

 改めて、母としての不甲斐なさを意識する葵。

 

「……桜、ごめんね」

 

 その謝罪は、あちらの間桐桜とこちらの遠坂桜の、双方に向けてのものであった。

 

 桜は自分にも向けられたものである事を理解しながら、母に安心させるような表情を浮かべる。

 すでに奮起した自分は大丈夫だから、今は並行世界の自分が優先だ。

 

「私達に出来ることを、それぞれやっていきましょう。

 並行世界からやってきた桜さんには、手を差し伸べる人が必要です」

 

「……そうね」

 

 しっかりとしている桜の言葉に、葵は静かに頷く。

 

 

 

 冬木の街を見下ろせる丘からは、夕日が地平線に沈み始めているのが見えた。

 美しい夕焼けに染まる、地平線の上の空。

 

 その、茜色の日差しが……

 幼い姉と年上の妹を、見守るように照らしていた。

 

 

 

 




 次回は雁夜おじさんの話で、その次がトッキーの話。
 凛と違って複数話で描写せず、一話ずつでまとめる予定。

 上記の予定を変更して、話の展開を進めます。


 
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