遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様   作:恐るべきサクラ

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 当初は『次は雁夜おじさんの話で、その次がトッキーの話』という事だったけど……
 色々考えて、予定を変更。

 話の展開を進める事にします。
 


外出先から、遠坂邸へ帰ってみたら───

 

 すでに日没を迎えて暗くなる中、楽しいお出かけを終えて帰宅する途中の遠坂一行。

 そこでは、賑やかな会話が行われていた。

 

「それでね!アイツらったら酷いのよ!男の子が三人がかりで、琴音にちょっかい掛けて!」

「女の子にそういう事する男の子っていますよね、小さい年頃だと」

 

 凛の頑張りによって、一気に距離が縮まった間桐桜。そこにぎこちなさは無く、自然な会話が行われていた。

 もう両者の間に、壁は存在しない。

 

 そんな彼女達が話しているのは、凛が仲良くしている同級生に関してだ。

 

「ま、私とこっちの桜がちょうど遭遇したから、あんな奴らは追い返してやったんだけど!」

「姉さんだけでなく、桜ちゃんも?」

 

 間桐桜は意外そうな声をあげる。自分は凛の友達である琴音と面識が無かったからだ。

 

「はい。その時は姉さんと一緒でしたから、琴音さんを助けるのを手伝いました」

 

 ここで、本来だと発生しなかった縁が出来ていたりする。いわゆる、バタフライエフェクトというやつだ。

 

「ただ……何故か、いじめっ子達からは大層恐れられまして。こちらはただ、普通に睨みつけただけなんですけど……」

「桜。その時のあなたの迫力だけど、私から見ても半端なかったわよ」

 

 当時の妹の凄まじい威圧感を思い出しながら、凛はしみじみと指摘する。

 あれはまるで、街のチンピラが伝説の殺し屋に圧倒されるような光景だった。とても6歳児とは思えない。

 

 なお、桜がもうすぐ小学校に入学すると後で聞かされた彼らは、恐怖のドン底に突き落とされたそうな。

 

 

『なんだってぇ!?遠坂の妹が、あの遠坂の妹が、来年うちに入学してくる!?』

『だ、駄目だぁ!お終いだー!もう、何もかもお終いなんだー!』

『コ、コロサレル!オレたち、ミンナコロサレル!』

 

 

「……全く。人を何だと思ってるんでしょうか、彼らは」

 

 後日に、何故かその情報を仕入れた綺礼から話を聞かされた桜は、物凄く釈然としないモノを覚えた。変な噂が流れるから、物騒なことを口にしないで欲しい。

 

 というか、子供の割には慄き方にやけに芸が入っていると思うのは、果たして気のせいだろうか?まさかネタじゃないよね?

 そもそも、小学校低学年の子供がなぜそこまで情報のアンテナを立てているんだろう。実に不思議だ。

 

(まあ、その様子なら、髪や瞳の色が姉さんとやや異なる事で揶揄われる事も無さそうだけど)

 

 遠坂桜がそんな事を考えていると、間桐桜は苦笑しながら軽く問う。

 

「桜ちゃん、本当にただ睨みつけただけなんだよね?」

「もちろんです。別に過激な報復なんてしませんよ?よっぽどでない限り、愛歌さんのように相手を再起不能まで叩きのめすとかやりませんし」

「よっぽどだったら、再起不能にするんだ……」

 

 常識人である遠坂桜だが、やはりメンタルガンギマリだけあって、やる時はやるのだ。

 

「あら。桜ったら穏便なのね。いじめをするような人達は、再起不能まで追い込まないと後々面倒よ?」

「そうなんですが、何事も状況に応じた加減がありますから。それと、普通の子供はそこまで徹底した立ち回りなんて出来ません。まあ、私が普通じゃない自覚はありますけど」

 

 その辺りはちゃんと自覚している桜。

 自分の精神構造をある程度客観視しているから、『私は普通です』などと主張するような真似はしない。

 

 

 遠坂邸へ向けて、そんな会話をする一行。

 暗くなったばかりとはいえ、女性陣だけ──しかも葵以外は未成年──で歩いているのはやや不用心に見えるかもしれないが、そこは全く心配いらない。

 桜と愛歌がしっかり気配探知と認識操作をしているから、柄の悪い男にナンパをされる等の出来事は起こり得ないのだ。

 

 

 帰りの道中で、間桐桜は雑談の延長線上で葵と言葉を交わす。

 

「今日は、本当に充実した一日でした……今後ずっと、忘れられないくらいに」

「桜……」

「みんなで楽しい時間を過ごせて、沢山話せて、もっと仲良くなれて、そして……

 とても大切なモノを、姉さんから頂けました」

 

 幼い凛の決意は、それだけ間桐桜にとって得難い宝物であった。

 元居た世界において、いくら願っても得る事が出来なかったから。

 

「だから……()()()()も、今日はありがとうございます。時間を取って下さって」

「……お礼を言うのはこちらの方よ、桜。ありがとう、凛の話を聞いてくれて」

 

 凛との話が、終わった後。

 間桐桜は葵の呼び方を、『葵さん』から『お母さん』へと改めた。

 

 

 

『あのっ……今まで他人行儀な呼び方をしていましたが……『お母さん』と、呼んで……いいですか……?』

 

 その言葉を聞いた葵の目から、再び涙が流れたのは……語るまでもないだろう。

 

『っ……ええ!貴女が、そう呼んでくれるなら、これほど嬉しい事は、他にないわ!』

 

 

 

 色々と思う所があっただろうに……

 こんな自分を、『母』と呼んでくれるだなんて。

 

(頑張ったのは凛で、私は大した事が出来ていないのに……)

 

 結果として葵に対する接し方も改まった訳だから、凛には心の底から感謝している。

 

 そして、そんな幼い姉の言葉に救われた間桐桜だからこそ。

 ここでもう一歩、前へと踏み出すに至る。

 

「あの人は……()()()()については、もう少し時間をください。その、気持ちに整理がついたら……ちゃんと話そうと思いますので」

 

 それは、本当に大きな一歩だった。

 

「……そう。本当にありがとう、桜。あの人の事を、慮ってくれて……」

 

 時臣の事を『父』と呼んでくれるだけ、葵としては、とても救われる気持ちだった。

 事情が事情なので、夫を擁護する訳にはいかなかったから。

 

(私はどうしても、あの人の肩を持ってしまうから……)

 

 まだ根本的な解決には至ってないが、そこは焦らずに見守るしかないと、夫を支える立場の葵も理解していた。

 

 間桐桜と葵の会話を聞いていた他の三人は、事の進展に表情を柔らかくする。

 

(お父様に関しても進展が見込めるようになった。姉さんには感謝しないと)

(時臣おじ様、もうすぐ正念場ね。以前と比べて価値観に変化が見られるから、これなら上手く行くかも)

(お父様……大事な所でウッカリせず、上手く乗り切って下さいっ)

 

 さり気なく、時臣をもっとも尊敬している凛が一番心配混じりだったりする。

 まあ、彼は養子の件でやらかしてしまったから、この辺りは仕方ない。

 

 会話をしながら歩いているうちに、遠坂邸まで帰ってきた一行。

 彼女たちが敷地の入り口に目を向けてみると───

 

 

「……あら?あれは雁夜君じゃないかしら」

 

 

 遠坂邸の門の前にいる間桐雁夜を葵が見つけ、意外そうな声をあげる。

 

「あ、本当だ。なんで遠坂邸の前に、雁夜おじさんが?」

 

 葵につられて、疑問の声をあげる凛。

 最近は時臣も交えて家族ぐるみの付き合いになっているが、この時間に来るのは珍しい。

 

 

 そんな中で、この時代における間桐家の次男の姿を確認した間桐桜は……

 

「………………」

 

 ()()()()()()()()けれど、()()()()()()()()()()()をにじませて、声をあげる。

 

 

「私、挨拶してきますね」

「桜?」

 

 

 こちらの桜ではなく、間桐桜がそう切り出してきた事に。

 桜と愛歌はともかく、葵と凛は驚く。

 

 先日に話した時は、普通に挨拶と会話をしながらも()()()()()があったから……自分から切り出すとは、思わなかった。

 

 間桐桜は門の方へと歩いていき、雁夜に声を掛ける。

 

「雁夜おじさん、こんばんは」

「っ!桜ちゃん……」

 

 掛けられた声に、やや驚いた表情を見せる雁夜。彼女が帰ってきた事には気付いていなかったが、いきなり声を掛けられて驚いたといった感じではない。

 どうやら彼も、間桐桜から自分に声を掛けてくるのは意外に思ったようだ。

 

 そんな間桐雁夜の様子に、間桐桜は少しだけ苦笑する。ある程度、彼の反応を予想出来ていたからだ。

 

 とはいえ……雁夜はすぐに表情を穏やかなものに変えて、言葉を返してくる。

 

「ええと、こんばんは。いま帰りかい……って、見れば分かるか……」

「ふふ、はい。今日は皆さんとお出かけしてきました。先日に顔を合わせて以来ですね」

「そうだね。時間の都合がつかなくて、話す機会に恵まれなかったよ……そこは本当に申し訳ない」

「まだ半月も経ってませんから、どうか気になさらないでください」

 

 言葉通り申し訳なさそうにする雁夜に、気遣いの言葉を返す間桐桜。

 話す前はどこか意を決した雰囲気をにじませていたが、今では自然な雰囲気で話している。

 

「雁夜おじさん、最近はお仕事が忙しいんですか?」

「ああ。ルポライターという安定しない立場だけど、最近は仕事の依頼が多いんだ。お陰で生活資金にはゆとりが出てきたかな。その分、自由な時間は減ったけど」

「よかった。その辺り、個人的に心配していたんですよ?」

「ははは、気を遣わせてしまったかな。まあこんな生き方しているから、心配を掛けるのも無理はないか」

 

 何気ない世間話を交わす、間桐桜と雁夜。

 その様子に、心配そうに見ていた葵と凛がホッとした表情を見せる。

 

 そして、間桐雁夜も……間桐桜の変化を、明確に感じ取っていた。

 

(……以前とは、この桜ちゃんの雰囲気が違う。何かあったのか……?)

 

 先日に顔を合わせた彼女からは、負い目というか、引け目というか、そういったものが伝わってきた。

 間桐桜は平静な会話を装っていたが、雁夜から見れば、完全に隠せていなかったのだ。

 

 あちらの自分がどうなったか概ね予想出来ていた雁夜なので、間桐桜の反応は仕方ないと思っていたが……

 

(やっぱり、雰囲気が柔らかくなっているよな……

 だとしたら、良い変化だ)

 

 どういう経緯で心境の変化があったかは、まだ分からないが……

 歓迎すべき変化なのは、間違いない。

 

 

 二人の会話の頃合いを見計らって、葵が声を掛けてくる。

 

「こんばんは、雁夜君」

「ああ、葵さん。こんばんは」

 

 幼馴染が夜の挨拶をしてきたので、同じ挨拶を返す雁夜。こちらの桜や凛、愛歌の姿を確認し、彼女達にも挨拶を返す。

 

「この時間に来るなんて珍しいわね。一体どうしたの?何かあったのかしら」

「あー、いや……時臣から、電話が掛かってきてさ」

 

 葵の問いに、何故か微妙な表情で歯切れの良くない雁夜。

 その様子を見て、葵は疑問符を浮かべる。

 

「あいつ、物凄く疲れた声で言っていたんだよ……

 

『あの邪悪な綺礼によって、私はもはや優雅さを保てない……

 頼む、雁夜……私の愚痴を聞いてくれないだろうか?我が家で、一杯付き合って欲しい……』

 

 ……流石に不憫に思ったから、この時間に来たんだ」

 

 あのプライドが高い時臣が、雁夜に縋ってしまう。

 どれだけ疲れているか、分かるというものだ。

 

 以前に抱いていた反発など、もはや遠い彼方へ飛んでいってしまった雁夜。

 人生とは、何が起こるか本当に分からない。

 

「そ、そう……

 もう、言峰さんたら。もっと主人を慮って欲しいわ。以前はあんなに真面目だったのに……」

 

 当初は生き生きとした綺礼を見ても、『自分から夫や娘の探求を邪魔したりはしないだろう』と考えていた葵だが……どうやら彼女の認識は甘かったようだ。

 夫を支える真面目な弟子として信頼していたのに、今では夫の精神衛生上の要警戒対象となってしまった。

 

 まあ、当の葵自身が最先端テクノロジー搭載の家電に魅入られてしまったから、あまり偉そうな事は言えないと、彼女自身も自覚していたが。

 

「えーと、そのトリガーを引いてしまった私としては、誠に申し訳ないというか、なんというか……」

 

 あまり我慢させるといつか良くない形でプッツンしそうだから、綺礼の好きにさせているが……流石に父が不憫でならないと思う、メンタルが子供でない遠坂桜。

 

 葵はそんな娘をフォローした後───まあ何か考えがあるだろう事は薄々察している───、雁夜に話の続きを促す。

 

「はあ……それで、当の言峰さんはどうしているのかしら?」

 

 彼女が疲れをにじませて尋ねると、雁夜も似たような表情を浮かべて答える。

 

「時臣がダウンしたら満足したのか、その後は遠坂邸から出て東京へ向かったそうだよ」

「東京へ?またどうして」

 

 雁夜から聞いた綺礼の唐突な行動に、疑問符を浮かべる葵。正直なところ、意味が分からなかった。

 横で話を聞いていた凛と間桐桜も同様であったが、桜と愛歌は『ああ、あの件か』といった様子で納得の表情を浮かべていた。

 

 規格外二人組の予想を的中させる答えが、雁夜の口から告げられる。

 

「なんか、コンピュータをはじめとした電子機器の展示会があるから、それを見てくると言っていたそうな。より多くの知識を収集するんだとか。

 ……時臣のやつ、『おのれ綺礼……私をさらに虐げるネタを仕入れるつもりかっ……!』と怨嗟の声をあげていたな……」

 

「…………………私は夫のために、言峰さんと対決しなければならないのかも」

 

 割と本気でそう思えてきた葵。ドンヨリとした雰囲気を纏っている。

 

 正直なところ、あの変な覚醒をした神父に勝つ自信は全くない葵だが……夫の苦境とあらば、立ち上がらなければいけないだろう。

 

「えーと、()()()()……今の言峰さんを相手に論戦を挑むのは、かなり難しい事なのでは?」

「桜……それでも、私はあの人のために立ち上がらなければいけないの……たとえそれが、苦難の道だとしても……!」

 

(………ん?)

 

「お母様……気持ちは凄く分かるけど、私も()と同意見。かなり分の悪い相手だと思う……」

()()()もこう言っている事ですし、無理はなさらない方が……」

 

(これは……)

 

 間桐桜と葵と凛の会話を聞いて、雁夜はその変化に気付く。

 

()()()()()()()()()()()()()が、葵さんや凛ちゃんに対して……()()()()()()()()()()だって……!?)

 

 驚愕する、間桐雁夜。

 間桐桜と遠坂家の確執は、彼も察していたからだ。

 

 およそ10年にも渡って間桐で苦しみ続けたのだから、その状況を許した『遠坂』に対する負の感情は、相当なものだった筈だ。

 だが、今の間桐桜と凛達との会話から、そのような良くないものは感じられない。

 

 そして、そんな三人のやり取りを、桜と愛歌の二人は当たり前のように眺めている。

 

 これは、一体どういう事だろうか。

 なぜ確執が解消されたのか答えを知るべく、雁夜が口を開こうとすると───

 

 

 

『愛歌さーん!大変ですー!!』

 

 

 

 遠坂邸の方から、慌てるような声が聞こえてきた。

 

「ルビー?どうしたの、そんなに慌てて」

 

 その様子に、キョトンとした顔を見せる愛歌。

 あのステッキの人工精霊が自分が関わらない事で慌てるなど、中々お目にかかれないからだ。

 

 こちらへ急いで飛んできたステッキに、愛歌は思い付きで尋ねる。

 

「もしかして……時臣おじ様のストレスが臨界点を突破して、優雅さを投げ捨ててはっちゃけてしまったとか?」

「いや、愛歌さん。いくらなんでも、お父様がそう簡単にはっちゃけるだなんて……しない、筈………」

「ちょ、ちょっと桜!?お願いだからそこは断言してくれない!?」

 

 愛歌と桜と凛の会話。妹の言葉がどんどん自信なさげなに変わっていき、姉がやや悲鳴じみた声をあげる。

 その光景を見て、どう反応すべきか迷っている葵と雁夜と間桐桜。

 

 

 だが……ルビーの反応は、焦燥の色が濃いものだった。

 

 

『そ、その時臣さんなんですが……疲れを取っていただくため、軽く眠りの術を掛けていたところ───

 

 

 

 

 外部から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

「───なん、ですって」

 

 

 

 

 マジカルルビーの言葉を耳にした、沙条愛歌は───

 いつもなら見せない、驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛歌がすぐに空間転移を発動させ、あの場にいた全員が時臣の仕事部屋へ急行した。

 そしてすく、机に突っ伏して深い眠りに落ちる時臣の姿を確認する。

 

「あなた!」

「お父様!」

 

 余裕のない様子で駆け寄る葵や凛。もちろん、他の者達も急いで駆け寄る。

 桜は母と姉の二人より冷静であったが、父に舞い降りた異常事態に表情を険しくしていた。

 

 机に突っ伏している時臣は、良くない夢でも見ている──それこそ悪夢の類──のだろう。

 顔色が悪く、肌にはじっとりと汗を浮かべ、時々うなされる声を漏らしている。

 

「愛歌さん!」

「ええ!時臣おじ様に掛けられた術を解呪するわ!」

 

 時臣のすぐ傍に駆け寄った愛歌が、即座に術式を解析して解呪を試みる。

 彼女の天賦の才が発揮し、極めて高度な神秘が行使される。

 

 

 本来であれば。

 彼女の力量なら、簡単に眠りから覚まさせることが出来る筈なのだが……

 

 

 

「───嘘……私でも、()()()()()()……」

 

 

 

 愕然とした、愛歌の呟き。

 それを聞いて、その場にいる全員が戦慄する。

 

「愛歌でも、解除できないですって!?」

「それは……っ」

 

 悲鳴のような凛の叫び。そして桜も、事態の深刻さを理解する。

 葵など、顔面蒼白に陥っている。

 

「しゅ、主人は!この人は、大丈夫なの!?」

「葵さん!落ち着いてくれ!」

「そうです!まだ、やれる事はありますから!」

 

 取り乱す葵を、必死に宥める雁夜と間桐桜。

 

 ただ解呪を試みるだけでは困難なので、愛歌は術式の解析を進めていく。

 

「なんなの、これっ……こんな複雑かつ凄い強度の術、あり得ない……!」

 

 外部からの干渉という条件で構築されたのに、なんと凄まじい事か。

 

「一体、どういうことなの……この遠坂邸に張られた結界は、時臣おじ様の許可をもらって私が強化しておいた……外部からの侵入はもちろん、魔術的な干渉をする事だって不可能な筈……」

 

 沙条愛歌によって強化された結界だ。人間の魔術師はもちろん、幻想種や妖精から見ても鉄壁であり、たった一日で突破できるようなものではない。

 ましてや、結界を越えてルビーの術に介入するなど、まず不可能だ。

 

「でも、そいつはやってみせた……これほどの術式に、構築し直して……!」

 

 これほどの神業、一体誰がやったというのだろうか。

 

(……もしもの可能性として想定していた、並行世界の間桐臓硯には到底不可能だわ。あんなのに後れを取る私じゃない)

 

 いくら500年を生きた妖怪とはいえ、この強力極まる結界越しに術式へ介入するなど、断じて出来ないのだ。

 

 ならば、この神業を成し遂げてみせた相手は一体なんだろうか。

 そんな恐るべき相手、見当もつかない。

 

 

 

 ……ああ、いや。

 沙条愛歌には、それが出来そうな人物に……心当たりがあった。

 

 

 彼女の背筋に、冷たい汗が流れる。

 

 

 

 

(……まさか……()()が関与してきているだなんて、無いわよね……?)

 

 

 

 

 久しく感じなかってこなかった戦慄。

 かつて全能だった少女の心臓を、巨大な危機感が鷲掴みする。

 

 

(ここに、()()()()()()()のに……アレが関与する理由なんて、一体何があるというの……?)

 

 

 あくまで、可能性の一つでしかないが……

 もしそうだとしたら、とても不味い。

 

 何故ならば。

 かつて根源との接続を断った事で、沙条愛歌は弱体化しているからだ。

 

(魔術回路の出力は上げておいたけど、出来ることの手札がアレと比べたら少ない……もし敵として相対したら、圧倒的に不利……!)

 

 あの存在の恐ろしさを、()()()()()()()()()()だけに。

 焦燥が募っていく、沙条愛歌。

 

 可憐な少女の顔を、汗が流れ落ちる。

 

 

 

 いつになく焦燥を露わにしている愛歌に、他の者達もその感情を深めていく。

 

 

 ───否。

 一人だけ違う。

 

 

「愛歌さん。落ち着いてください」

 

 

 遠坂桜は親友として、沙条愛歌に声を掛ける。

 幼子とは思えない、力強く頼もしい声だ。

 

 

「っ……桜……」

 

「焦っては上手くいきません。どうか冷静に。

 あなたなら、この事態を打開できます」

 

 

 ……愛歌が単に術式解除の困難さで焦っている訳ではない事を。

 桜は、しっかりと見抜いていた。

 

「今回の件がどんな存在によるものかは、まだ分かりませんが……」

 

 きっと、自分がまだ知らない、危機的な要因があるのだろう。

 目の前の天才でさえ焦燥抱くような、何かが。

 

「2ヶ月にも満たない短い期間でも、あなたが積み重ねてきた研鑽の成果を、私はこの目でしっかりと見てきました」

 

 それでも、遠坂桜は沙条愛歌を信じていた。

 どのような相手であろうと……簡単に後れを取りはしないと。

 

 

 親友の目をしっかりと見つめて、桜は断言する。

 

 

「だから、どうか自分を信じて」

 

 

 ……ああ。

 自分は、なんて情けない。

 

 この素晴らしき親友の前で、みっともない姿を見せてしまった。

 

 

 幼い親友の眼差しと言葉を受けて。

 沙条愛歌は首を縦に振り、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 

(……落ち着きなさい、わたし。何もアレは無敵という訳じゃない。やりようによっては対処可能よ。

 敵対してくるというのなら、あらゆる手を使って、全力で迎え撃つまで)

 

 気持ちを、切り替える。

 眼差しに、力強い意思を込める。

 

(そもそも、まだアレが関与してきていると決まった訳じゃない。あくまで可能性の一つでしかないわ。

 そして、それを考えるのは後回し。今は、時臣おじ様に掛けられている術を解除しないと)

 

 優先順位付けをして、愛歌は迷いなく動き出す。

 

 

 まずは、遠坂邸に張ったのよりも遥かに強力な結界───カバー範囲が狭い分だけ強度を上げられる───をこの部屋に張る。

 必ず大丈夫とは言えないが、新たに外部から干渉されるリスクは減らしておくべきだ。

 

「桜!結界の維持を頼むわ!」

「了解です!」

 

 愛歌の指示に、桜は力強く答える。相手からの干渉により結界の強度が下がるのを防ぐためだ。

 ここまで強力な結界は自分から張れない桜だが、その維持に尽力する事は()()()()()()()()であった。

 

 

 次に、時臣に掛けられた眠りの術の解呪だ。

 

 先ほどは解呪できないと言ったが、それは『()()()』という注釈が付く。

 時間と労力を掛ければ、それは可能なのだ。

 

 そして、それらを短縮する手段を、愛歌は持っていた。

 

 

「ルビー!力を貸して!」

『了解です!』

 

 

 お互い、そこに遊びなど全く無かった。

 愛歌はカレイドステッキの力を発動させ、その恰好を変化させる。

 

 変身は、迅速に行われた。

 ビジュアル的な演出など、この状況では不要である。

 

 そして、変身を終えた愛歌の姿だが、カレイドステッキの効果を知る者がいたら、間違いなく驚いただろう。

 ルビー好みの魔法少女というより、御伽の魔法使いといった格好で、落ち着きある姿だったからだ。

 

 もちろん状況が状況なので、ルビーに文句など全くない。

 

「解呪の続きをするわ!」

 

 普段の超然とした様子ではなく、真剣な表情を見せて、短い言葉で言い切る。

 

 桜達が見守る中で。

 愛歌は再び、術式の解呪に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………私は、一体……」

 

 床に倒れていた遠坂時臣は、意識の覚醒と共にそんな言葉を漏らした。

 彼は目をゆっくりと開け、まだ頭がぼんやりとした状態で体を起こす。

 

「これは……夢か?それにしては、随分と現実感を伴っているが……」

 

 徐々に意識がハッキリとしていく中、この場所から遠くの景色を見て、思考を巡らせる。

 

「……ここは、あのビルだろうか」

 

 いま彼がいるのは、とあるビルの屋上だ。

 この場に訪れたことがないのですぐにピンとはこなかったが、未遠川と海浜公園の位置から、どこに建っているビルか見当をつける。

 

 そんな未遠川だが───

 

 

「───!?なんだ、あれは!」

 

 

 その光景を目にして、時臣の意識は一気に覚醒する。

 

 彼が目にしたのは……川で暴れる醜悪な怪獣だった。

 無辜の民を愚弄すべく巨体を誇り、数多くの触手を動かしている。

 

 そして、そんな怪獣──巨大海魔に対して、何者かが戦っているのが伺えた。

 

 

 時臣は冬木の管理者として、一人の魔術師として。

 思わず、焦りの声をあげる。

 

「何という事だ……あのような怪物が暴れては、市民に犠牲者が出かねないし、神秘の隠匿に支障が出てしまう……!」

 

 焦燥に苛まれる時臣だったが……

 自身の現状を思い出し、すぐに落ち着きを取り戻す。

 

「……いや、これはあくまで夢だ……現実に起きている出来事ではない。

 落ち着け、遠坂時臣……焦る必要など、全くないのだから」

 

 己にそう言い聞かせる時臣。その判断は正しい。

 あの巨大海魔がどれだけ暴れようと、現実に事が及ぶ訳ではないのだ。

 

 なお、神秘の隠匿より犠牲者が発生する可能性を先に意識する辺り、以前の時臣からの変化が伺える。

 

「この、夢とは思えない現実感……ただの夢ではないな。何者かが魔術で見せている、という事か……」

 

 そう呟きながら、()()()()()()から現状把握に努める時臣。

 魔道に生きてきただけあって、この手の分析は得意であった。

 

 周りの様子をさらに確かめようと、時臣は視線を動かし───

 

 

「な─────!?」

 

 

 視界に入ってきた光景に、彼は絶句した。

 

 

 

 

 すぐ近くだったのに、なぜ気付かなかったのだろうか。

 

 いや、意識を取り戻した──と言っても夢の中でだが──のがつい先ほどだったので、注意力が散漫だったのだろう。

 また、未遠川の巨大海魔に意識を取られたから、彼の知覚に引っかからなかったというのもある。

 

 なんにせよ、時臣が受けた衝撃は、相当なものだった。

 

 

 なぜなら、彼が見た光景は───

 

 

 

 

「遠坂時臣、質問は一つだ……!

 なぜ貴様は、桜を臓硯の手に委ねた!?」

 

 

 

 

 自分が知っているのとは変わり果てた姿で、相手を詰問する間桐雁夜と。

 そんな青年を落伍者と見下しながらも、質問に戸惑いを見せる……魔術師・遠坂時臣の姿だったから。

 

 

 その二人は、敵として相対していた。

 

 

 

 




 なお当然ながら、敵として相対している二人に、こちらの時臣の姿は見えていない。
 あくまでこれは、時臣が何者かに見せられている夢──と言うにはリアルな光景──でしかないから。

 実際に二人が敵として相対した時、こちらの時臣はいなかったのだから。



 
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