遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様   作:恐るべきサクラ

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 仕事が忙しい期間が続き、それがひと段落ついたら万博旅行に行ってた。話の投稿が遅れたのはそのため(おい)
 ちなみに、今回の話はイタ●ア・パビ●オンに3時間(これでも待ち時間としてはマシ)並んでいる最中にスマホで書いた部分も含まれる。大●根リングのお蔭で、日差しは避けられたけど。

 まあ、型月の創造神もダー●ソ●ルをやってお仕事遅くなったというネタがあったから、どうか勘弁して欲しい。


 本作品側の人物と読み分けられるよう、夢側の登場人物(原作基準?)を『遠坂時臣』『間桐雁夜』と鉤括弧付きで記載。
 なお、過去最大の文章量なのは、どうか目をつぶってもろて(汗)
 


遠坂時臣の悪夢(前編)

 

 時臣は眼前の光景に、絶句していた。

 なぜなら、それはあり得ない光景だったから。

 

 

「遠坂時臣、質問は一つだ……!

 なぜ貴様は、桜を臓硯の手に委ねた!?」

 

 

 変わり果てた姿で怒りに身を焦がし、目の前の相手を糾弾する『間桐雁夜』。

 当人からしてみれば予想外の詰問を受けて、戸惑いを見せる魔術師『遠坂時臣』。

 

 現在の時臣と雁夜の関係からすれば、実現しえない光景だ。

 

(私と雁夜が対峙しているだと!?これは一体、どういう状況だ!)

 

 自分が夢を見せられている前提をつい忘れかけ、そのような事を思ってしまう時臣。

 無意識に、驚愕の声が出るのを抑えてしまう。

 

 最近は割と距離感が近くなっていたから、目の前の殺伐とした光景に中々理解が追い付かない。

 

 そんな時臣の混乱を置き去りにし、『間桐雁夜』と『遠坂時臣』の会話は続く。

 

「なに……?

 それは今この場で、君が気に掛けるべき事柄か?」

 

「答えろっ、時臣ぃ!!」

 

 何故そのような事が問われるのか理解できない『遠坂時臣』に、吠えるように追求する『間桐雁夜』。

 その声には、ここではぐらかすなど許さないといった気迫が籠っていた。

 

 その光景を眺めながら、時臣はようやく思考が動き出す。

 

(これは……並行世界からやってきた桜の過去、なのか……?)

 

 あるいは、それと似た世界線といった所だろうか。

 第二魔法に関連する遠坂の者だからこそ、何者かによって見せられているこの夢が並行世界の光景であると、当たりをつける事が出来た。

 

 時間軸は恐らく、自分が数か月先に挑む第四次聖杯戦争だろう。

 

 そう考えれば、未遠川の巨大海魔にも説明がつく。あれは、サーヴァントの宝具によるものと考えられる。

 戦っているのは、同じくサーヴァントだろう。あの巨大海魔は、人間の魔術師にどうこう出来るものではない。

 

 

 そして……『間桐雁夜』が第四次聖杯戦争に参戦し、『遠坂時臣』と対峙している理由は、概ね予想がついた。

 自分達の世界に並行世界の桜が飛ばされてきた日に、すでに起こった出来事を予想していたから。

 

「そうか……雁夜、やはり君は……桜のために、立ち上がったのだな……」

 

 最近はそれなりに親しくなっている間桐家の次男の奮起に、時臣は桜の父親として、尊敬の念を覚え、自然と賞賛の声をもらす。

 

 

 現状について考える時臣を置いて、対峙する二人の会話は続く。

 

 落伍者『間桐雁夜』の追求に対し、魔術師『遠坂時臣』はため息を吐いて、物分かりの悪い相手に仕方なくといった風情で答える。

 

「問われるまでもない。愛娘の未来に幸あれと願ったまでのこと」

「っ!?なんだと……?」

 

 まさか、眼前の男の口からそのような言葉が飛び出すとは思っておらず、『間桐雁夜』は言葉を失う。

 養子に出された『間桐桜』がどれほど辛い目にあっているかを知る彼からしてみれば、その返答は理解不能だからだ。

 

 魔術師『遠坂時臣』の口から紡がれる、『間桐桜』のための言葉。

 彼が愛娘の未来を想う気持ちに、嘘は欠片も無かったが……

 

 

 それは何処までいっても、()()()()()()()()()だった。

 

 

「二子を儲けた魔術師は、誰もが苦悩する。秘伝を伝授し得るのは一人のみ。

 いずれか一人は、凡俗に落とさねばならないというジレンマにな」

 

「っ───!?」

 

 

 絶句する『間桐雁夜』。

 目を見開き、呆然として固まってしまう。

 

 そんな間桐家の次男に、遠坂の魔術師は己の考えを語り聞かせる。

 

「とりわけ我が妻は母体として優秀過ぎた。凛も桜も、共に等しく稀代の素養を持って生まれてしまったのだ」

 

 その言葉を聞いた時臣は、自然と表情を顰める。

 

(……妻である葵に、『母体として優秀過ぎた』という評し方をするのは、事実であっても如何なものだろうか)

 

 様々な事があって一般的な感性を身につけていた時臣は、そんな重箱の隅をつつくような感想を、つい抱いてしまう。

 いや、話の流れからして、『間桐雁夜』に伝える必要があるという意図は分かるが。

 

 時臣がそのような感想を抱く中、『遠坂時臣』の言葉は淀みなく続いていた。

 

「娘たちは二人とも、魔道の家門による加護を必要としていた。いずれか一人の未来のために、もう一人が秘め持つ可能性を摘み取ってしまうなど──

 親として、そんな悲劇を望む者など望むものがいるものか」

 

 これらの内容は淡々と、それでいて幾らかの熱をこめながら、『遠坂時臣』の中の確固たる真実として、『間桐雁夜』に語られていく。

 そこに、己の考えに疑義を挟む様子など、かけらも見られない。

 

(……凛と桜が、どちらも魔道の家門の加護を必要としているのは事実だ。他の魔術師に、ホルマリン漬けの標本にされないためには)

 

 特に、桜が持つ『架空元素・虚数』という魔術属性は希少性が高く、魔道の家門の加護はほぼ必須と言える。

 もちろん、実力をつけた上で狙ってくる魔術師を撃退しながら自由気ままに人生をエンジョイするという選択肢もあるが、子供の時点でそれを前提にするのは違うだろう。

 

 そう、『遠坂時臣』なりに、ちゃんと理由はあるのだが……

 如何せん、伝え方が色々と不味かった。

 

 まず、なぜ魔道の家門の加護を必要としているかを述べていない。

 桜がその希少な魔術属性ゆえに、他の魔術師に狙われるという前提が、『間桐雁夜』に伝わっていないのだ。

 

 それと、もう片方の可能性を摘み取るというのは、『魔術回路を除去して一般人にする』という意味合いなのだが、これは身体的にリスクのある行為だ。

 一歩間違えたら体に後遺症が残る可能性だってあるのだが、これも『間桐雁夜』に伝わっていない。

 

 まあ、魔術師然とした『遠坂時臣』にとって、それは魔道の家門に生まれた者なら()()()()()()()()()だから、自然と省かれたのだろう。

 

 

 それ以前に、『遠坂時臣』はその語りの中で、致命的に言葉選びを間違えていた。

 彼が口にした()()()()()が、『間桐雁夜』の脳内でこだましていたのだ。

 

 その光景を見ていた時臣には……そのこだましている言葉が、何故か理解出来た。

 

 

 

()()、だと……!?』

 

 

 

 そんな『間桐雁夜』の心の声が、時臣の胸に突き刺さる。

 強い苦みが、彼の心を襲う。

 

(目の前の『私』は……魔道の尊さを信じるあまり、それ以外を……軽視している……)

 

 ごく普通の何気ない日常を、家族で過ごす尊い日々を。

 母と娘達の、温かな光景を。

 

 魔道の尊さに比べれば、()()()()()()()と切り捨てている。

 

 本人は意識して軽んじている訳ではないだろうし、傲慢になっている自覚はないだろうが。

 そう受け取られても、仕方のない言い方だった。

 

 今の短いやり取りだけでも、『間桐雁夜』がなぜ怒りに身を焦がすのか、時臣にはわかってしまう。

 そして、かつての自分が魔道至上主義者であっただけに、『遠坂時臣』の偏った思考も分かってしまう。

 

 ……魔術師としての己が、別の自分の言葉を肯定している事に。

 遠坂時臣は、言いようのない不快感を覚えていた。

 

 重苦しい感情を抱えて思考していると、『遠坂時臣』のさらなる言葉が、彼の耳に飛び込んでくる。

 

「姉妹双方の才能について望みを繋ぐには、養子に出すしか他にない。

 だからこそ、間桐の翁の申し出は()()に等しかった。聖杯の存在を知る一族であれば、それだけ根源に至る可能性も高くなる」

 

 それを聞いて、時臣の中で苦みがより一層深まる。

 

()()、か………間桐家の実態を知った今となっては、その言葉の……なんと無知蒙昧な事か……)

 

 桜の未来を考えて選んだ養子先の間桐家は、最悪の場所だった。

 不幸な未来を回避しようとしたのに、むしろ不幸にしてしまったのだ。誰もが目を背けたくなる程に。

 

 臓硯が桜に課した鍛錬という名の責め苦は、あまりに過酷過ぎる。そう、過酷過ぎるのだ。

 たとえ胎盤目的ではなく、魔術師として育成しようとしていたとしても……あれを許容するなど、あり得なかった。

 

 

 『遠坂時臣』は、致命的に見誤ってしまったのだ。

 

 

 そんな己の過ちなど全く自覚せず、『遠坂時臣』は魔術師の論理を語り続ける。

 

「魔術師とは、生まれついて力ある者。そして、いつしか更なる力へと辿り着く者。

 その運命を覚悟するより以前から、その責任は血の中にある。それが、魔術師の子として生まれるという事だ」

 

 こうして聞いていると、これは『間桐雁夜』の怒りを買って当然だろうと思ってしまう。

 

 もし、並行世界からやってきた間桐桜が、今の『遠坂時臣』の言葉を聞いたら、ショックを受けるのは間違いないだろう。取り乱してもおかしくはない。

 

 何を、勝手に生き方を決めているんだと。

 私の人生は、一体何なんだと。

 

「私が果たせなくても凛が、そして凛ですら到らなかったら桜が、遠坂の悲願を継いでくれることだろう」

 

 遠坂の悲願への渇望、そして愛娘たちがそれを引き継ぐことへの願いは、今の時臣の中にもある。

 これまでの人生を魔道に捧げてきたのだから、それを軽んじる事など、出来るわけがない。

 

 そして、同時に思ってしまう。

 

 果たして、そこに娘達の幸せはあるのだろうか。

 魔術師としての本懐が、本当にあの娘達の幸せなのだろうか。

 

 現に、『間桐雁夜』は声を荒立たせている。

 

「貴様っ……相争えというのか、姉と妹で!」

 

 その真っ当な糾弾を叩きつけられても、『遠坂時臣』は全く揺らがない。

 それどころか、とても満足そうに笑みを浮かべながら、恍惚とした感情さえ滲ませて答える。

 

「仮にそんな局面に至るとしたら、我が末裔たちは幸せだ」

「なにっ……?」

 

 男の答えが理解できず、困惑の声をあげる『間桐雁夜』。

 魔道の尊さではなく醜悪さばかり見てきた彼には、魔術師然とした男の発想が理解できない。

 いや、そもそも一般人としての()()()()()()が、理解を拒んでいた。

 

 そして、『遠坂時臣』の思考回路が分かってしまうが故に、自己嫌悪に苛まれる時臣。

 かつての己なら……間違いなく共感していただろうから。

 

「栄光は勝てばその手に。負けても先祖の家名にもたらされる。

 かくも憂いなき対決はあるまい」

 

「貴様は、狂っている!」

 

 未だ魔道を尊んでいながらも、()()()()()()()()()()()()時臣は、『間桐雁夜』の激高に共感してしまう。

 これは、狂っていると詰られても仕方ない。

 

 だが、『遠坂時臣』の反応は全く逆だった。

 

「語り聞かせるだけ、無駄な話だ」

 

 さも自分が絶対的に正しく、『間桐雁夜』が一方的に愚かだと決めつける物言いの『遠坂時臣』。

 実際、彼はそれを微塵も疑っていなかった。本当に自分が正しいと信じて、目の前の落伍者に嘲笑を向ける。

 

「魔道の尊さを理解せず、あまつさえ、一度は背を向けた───裏切り者にはな」

「ほざけぇ───っ、ぅうう、おえっ!?」

 

 激高する『間桐雁夜』だが、その直後に苦しそうに呻き、吐血する。

 その様子を目にした『遠坂時臣』は、表情を嘲笑からやや険しいものに変化させる。

 

 それは、己のサーヴァントと目の前の落伍者のサーヴァントが繰り広げている戦いに対してか。

 あるいは、『間桐雁夜』に床を這って集まってくる蟲達を目にしたが故か。

 

 少なくとも、目の前の落伍者に憐憫を向けていない事は確かだった。

 

「俺は、貴様らを許さない……!」

 

 苦しみながらも、怨嗟の声をあげる『間桐雁夜』。体内の蟲による苦痛──魔力生成に必要な代償──に屈する様子は無い。

 ただただ、魔術師へ憎しみの炎を燃え上がらせる。

 

 そんな『間桐雁夜』を痛ましげに見つめながら、時臣は内心で呟く。

 

(雁夜……君はそこまで、魔術師が……私の事が、憎いか……)

 

 当然だろうなと、時臣は思った。

 こうなるのは、必然だと思った。

 

 何故なら……己の正しさを疑わず、魔道へ邁進する男の遠くで。

 まだ幼い次女は、間桐家という名の地獄で、苦しんでいるのだから。

 

「薄汚い、魔術師共め……!

 殺してやるっ……臓硯も、貴様も、一人残らずっ……殺し尽くす!」

 

 そんな落伍者の憎しみを受けて。

 魔術師然とした男は、静かな表情で語る。

 

「……君が家督を拒んだことで、間桐の魔術は桜の手に渡った。

 むしろ感謝するべき筋合いとはいえ……それでも私は、君という男が赦せない」

 

 最初は淡々とした口調で話していた『遠坂時臣』だが、言葉の後半から侮蔑と怒りが込められる。

 己の杖を構え、その感情をさらに強めて、一方的な価値観で『間桐雁夜』を糾弾する。

 

「血の責任から逃げた軟弱さ、そのことに何の負い目も懐かぬ卑劣さ。

 間桐雁夜は魔道の恥だ。再び相見えた以上、もはや誅を下すしかあるまい」

 

 ……『遠坂時臣』は、魔術師だ。

 どこまでいっても、魔術師だった。

 

 魔道の尊さを妄信し、ただ魔道に真摯であるか否かのみで、『間桐雁夜』の全てを断じる。

 

「ふざけるな、この人でなしが!」

 

 その一般人としての激高に対して、魔術師は杖を前方に向けて、否定の言葉を返す。

 

「違うな。自らに責任を負うのが、人としての第一条件だ」

 

 魔術師が向ける杖の先端に炎が宿り、そして前方の空間に魔法陣と共に展開される。

 

「それが果たせない者こそ……人以下の犬だよ、雁夜」

 

 その侮辱を受けてか、あるいはすでに戦闘態勢を整えたからか。

 間桐の落伍者は、憎しみのままに蟲達に命じる。

 

「蟲どもよ、奴を喰らえっ……食らい殺せぇ!!」

 

 そして……戦いが始まった。

 そう呼んでいいか判断に迷う、一方的な展開が。

 

 

 

 目の前で繰り広げられる、実力差が明らかな戦闘を視界に収めながら。

 時臣は、深いため息を吐く。

 

 そこには、途方もない疲労が籠っていた。

 

「……第三者視点で、魔術師の私を見ることになるとはな……」

 

 場面が一区切りついて、思わずそんな感想をこぼしてしまう時臣。

 夢の登場人物である二人に声は聞こえてないから、本来は声を抑える必要性が無いというのもある。

 

 これまで、魔道と共に人生を歩んできたのに。

 その魔術師然とした在り方に、ここまで疲れを感じてしまうなどと、時臣は全く予想していなかった。

 

「幼い桜に影響を受けて緩和はされていたが……かつての私でも、目の前の自分のような考え方をしただろう事は、疑う余地のない事だ……」

 

 それが、ここまで傲慢極まる在り方だったとは。

 異なる価値観、異なる思惑、異なる想いに対して……まるで無理解ではないか。

 

 目の前で、『遠坂時臣』への憎しみのままに力を振るう『間桐雁夜』。

 先ほどはまともな事を言っていた間桐家の次男だが、今の彼からは狂気が伝わってくる。

 

 無理もないと、時臣は思った。

 第四次聖杯戦争までの蟲による鍛錬が、彼の精神を大いに歪ませてしまっただろう事は、容易に想像が出来たからだ。

 

 

 それでも……

 たとえ、歪んでいても。

 

 蟲蔵に落とされた『間桐桜』を救おうと足掻いている事は、紛れもない事実だ。

 

 

「それを嘲笑う事など、どうして出来るだろうか……」

 

 娘を持つ父親として、声に出さずにはいられない。

 もっとも、目の前で『間桐雁夜』の攻撃を涼しい表情で防ぐ『遠坂時臣』には、届かないのだが。

 

 精神を歪ませながらも奮闘する『間桐雁夜』を、嘲笑でもって見下す『遠坂時臣』の姿は。

 遠坂時臣にとって、受け入れがたいものであった。

 

 かつて沙条愛歌から告げられた言葉が、彼の脳裏で再生される。

 

 

『魔道を志すことに否はないわ。でも、それだけに拘って他を度外視するのはあり得ない。

 私は絶対に、肯定出来ない』

 

 

 いま改めて、その言葉の重みを痛感する。

 自分はなんと、身勝手な男だったのだろうか。

 

「……あえて分かった点を、良かった事を挙げるなら……私の価値観が思った以上に変化していた事か。まさかここまで、魔道の尊さしか見ない『自分』に嫌悪を覚えるとは。

 我が身を正しく把握するのは、思いのほか難しいのだな」

 

 どうやら、ここ数か月の出来事は、自分に大きな変化をもたらしたようだ。

 そして、それは決して悪いことではないと時臣は思っていた。

 

 

 独白しながら思考を巡らせ、再び眼前の戦いに意識を割くと───

 

「……む?これは、夢が終わるのか?」

 

 辺りの景色に、ノイズが走り始めた。

 そのノイズはすぐに大きくなり、時臣の周囲の光景をあっという間に掻き消していく。

 

 時臣は再びため息を吐き、目が覚めたら家族の声を聞きたいと、彼らしからぬ弱音が頭に浮かぶ。

 

 

 

 

 そして、ノイズが晴れた後に見えた光景は───

 

 

 

 

「遠坂時臣、質問は一つだ……!

 なぜ貴様は、桜を臓硯の手に委ねた!?」

 

 先程目にした、糾弾する『間桐雁夜』とそれを受ける『遠坂時臣』の構図だった。

 

「なっ……先程と同じ光景だと……?」

 

 再び繰り返されるやり取りに、時臣は戸惑いの声をあげる。

 

 そんな彼の存在など眼中にないと言わんばかり───まあ実際に対峙する二人はこちらの時臣を認識してないから当然だが───に、再び同じ会話が行われる。

 

「なに……?

 それは今この場で、君が気に掛けるべき事柄か?」

 

「答えろっ、時臣ぃ!!」

 

 先程と同様に詰問する『間桐雁夜』。

 それにため息を吐き、物分かりの悪い相手に仕方なくといった風情で応じる『遠坂時臣』。

 

「問われるまでもない。愛娘の未来に幸あれと願ったまでのこと」

「っ!?なんだと……?」

 

 

 そこからの会話も、全く同じ流れが続く。

 

 相変わらず、魔術師の価値観で娘達の幸せを語り続ける『遠坂時臣』。

 

 呆気に取られる『間桐雁夜』へ語られていく、魔術師の論理。

 

 

「私が果たせなくても凛が、そして凛ですら到らなかったら桜が、遠坂の悲願を継いでくれることだろう」

 

 繰り返される言葉に、一寸たりとも違いはない。

 

(……この夢を見せている者は、一体どういうつもりだ?同じ内容を見せる事に、何の意味があるというのか)

 

 この夢を見せている者の思惑が分からず、困惑し続ける時臣。

 そんな彼の疑問に対する回答は、次の『間桐雁夜』の言葉である程度示される。

 

 

「貴様っ……桜がどんな目に遭っているかも知らず、そんな事を言うのか!」

 

 

 その糾弾の言葉は、先程のソレとは異なっていた。

 

「……魔術の鍛錬には、痛みが付きものだ。それは、魔道に背を向けた君でも分かっている事だと思っていたが……」

 

 そして当然、『遠坂時臣』の反応も変わる。

 

「そこまで言うのなら、聞かせてもらおうか、間桐雁夜。

 間桐の翁によって、桜に一体どのような鍛錬が課されているのかを」

 

(これは……先程と、会話の流れが変化している)

 

 同じ流れだと思っていた会話に、変化が発生した。

 先程の『間桐雁夜』は桜が味わわされた責苦に言及していなかったが、今回は言及し始めている。

 

(これはもしや、別の並行世界の光景か?)

 

 だとしたら、話の展開に違いがある事の説明が付く。

 時臣がそんな風に考えていると、『間桐雁夜』から『遠坂時臣』へ、ついに衝撃の事実が告げられる。

 

 

 

「桜は、桜ちゃんは……間桐の地下にある()()で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を味わわされているんだぞ!!」

 

「な───に───?」

 

 

 

 ───予想だにしない事実を明かされて。

 驚愕に目を見開く、『遠坂時臣』。

 

(……魔道ばかり見ているこの『私』でも、流石にこのような反応をする、という事か……)

 

 むしろ、ここで平然としていたら、娘を持つ父親として殺意さえ湧く所だ。

 

 驚愕する『遠坂時臣』の反応を見て、この流れを逃してはいけないと『間桐雁夜』は踏んだのだろう。

 彼の言葉に、勢いが付く。

 

「貴様に分かるか!?あんな幼い娘が、醜悪な蟲共に身体中を蹂躙される苦しみが!穴という穴から体内に侵入され、体の内側を這い回られる恐怖が!蟲によって肉を裂かれ、その時に走る凄まじい激痛が!」

 

 桜が味わわされている責苦の具体的内容を聞かされ、『遠坂時臣』の目がさらに大きく見開く。

 そんな魔術師の様子に、『それ見た事か』と言わんばかりに、『間桐雁夜』は捲し立てる。

 

「大の大人でも発狂するような凄まじい責め苦を、あの娘は一年前からその身に受けているんだ!当時、たった5歳でしかなかった、幼い娘がだ!

 むしろ、発狂してしまった方がまだ幸せだろうさ!蟲による責苦という現実を、認識しなくて良いんだからな!」

 

 魔術師『遠坂時臣』に叩きつけられる怒声。その傲慢さから来る無知への弾劾。

 

「魔道について大層な御託を並べているが、桜が味わっている生き地獄を聞いても、貴様はまだそんな事が言えるのか!?まだ魔道が尊いと、頑なに信じるのか!?」

 

 あの凄まじい苦しみを考えれば、魔道の尊さなど信じられる訳がない。

 『間桐雁夜』はそう断じるし、そして魔道に身を捧げてきた時臣でさえ、そう思わざるを得ない。

 

「あんなものが、尊いものであってたまるか!

 なにが、『その責任は血の中にある』だ!なにが、『魔術師の子として生まれるという事』だ!ふざけるな!!」

 

 溜まりに溜まった憤りをぶち撒け、捲し立てた『間桐雁夜』。

 流石に気力を消耗してしまったのか、呼吸が大きく乱れ、息切れしている。

 

「……そう、か……」

 

 沈痛な表情の『遠坂時臣』。

 そこに、先ほどのような傲慢さは無くなっていた。

 

 魔術師の男は、苦悶さえ滲ませた声で、静かに言葉をもらす。

 

「確かにそれは……痛ましく、己が境遇を呪わずにはいられない、壮絶な責め苦だ……」

 

 愛娘の境遇に心を痛める『遠坂時臣』。

 その姿を見たら、彼が己の考えを改めるのではないかと、期待してしまうだろう。

 

 しかし、そんな『遠坂時臣』を見つめる時臣は……まるで安心出来なかった。

 険しい表情のまま、男の反応を伺う。

 

「そうだ!だから、桜ちゃんを、あの地獄から救い出して───」

 

 恐らく『間桐雁夜』は、『遠坂時臣』の翻意を期待しているのだろう。

 憎しみに染まり、精神を歪ませながらも、彼の中にある最初の願いは消えていなかった。

 

 この許し難い男も、桜を助ける決意をしてくれるかもしれない。

 そうすれば、己の憎しみを棚に置く事だってしても良い。

 

 彼の中に残っている理性が、そんな建設的な事を思わせる。

 

 

 しかし───

 

 

 

 

「───だが。

 魔道を歩むためには……()()()()()()()()()()()()

 

「っ─────!?

 なっ………なん、だと…………?」

 

 

 

 

 『間桐雁夜』の期待は、裏切られた。

 今度は、彼の方が驚愕に大きく目を見開く。

 

 そんな間桐の落伍者に、遠坂の魔術師は、声に苦悶を滲ませながらも……己が信念を貫く。

 

 己が信念を、貫いてしまう。

 

「魔道の鍛錬に、苦痛は、付きものだ……

 そう、苦痛は付きものなのだよ、間桐雁夜……」

 

「とき、おみ………」

 

「どれだけ背を向けたくても、逃げたくても……そうする訳には、いかないのだ……

 なぜならば、それを乗り越えた先にこそ、栄光が……幸ある未来が、あるのだから……」

 

 その声には、自身に言い聞かせるような響きが含まれていたが……

 結果として、『遠坂時臣』は翻意に至らなかった。

 

 

 その光景を目にした時臣は、両手の拳を固く握りしめ、口を固く結ぶ。

 ガリっと、奥歯の噛み合わせで軋む音が響く。

 

(……予想していた、事だ……この展開はっ……!)

 

 そう、予想していた事だった。

 並行世界の桜が来たあの日に、桜達との会話で、自身が語った事だ。

 

(魔術師としての『私』は、()()()()()()()()()()()()と……!)

 

『魔術師としての訓練なら、どんな責め苦も耐えるべきだ』

『それで魔術師として大成出来るなら、問題は無い』

 

 それが、魔術師としての冷酷な考えだった。

 

 たとえ『遠坂時臣』が、魔術師の中ではまともな部類で、家族を愛する父親としての立派な姿を持っていても。

 ()()()()()()()()()()()()()()()のが、魔術師『遠坂時臣』なのだ。

 

 ああ……

 こうして、目の前に突きつけられると。

 

 なんと腹立たしく、そして自己嫌悪に苛まれる事か。

 

 時臣は己の中で発生した激情を飲み込むように、大きく息を吸い、そして吐く。

 

(……雁夜。君は目の前の男に、もっとも伝えるべき事を、伝え忘れている……)

 

 もし、『間桐雁夜』が。

 間桐臓硯の悪しき所業を、魔術師の育成ではなく、胎盤扱いが目的だと話していたら。

 話の展開は、異なっただろう。

 

 なんなら、これから伝えれば良いのだが……

 驚愕で打ちのめされている『間桐雁夜』は、その事に頭が回らない。

 

「……き、貴様は……貴様はっ、狂っている!!」

 

 先程と同じようなセリフを、先程以上の非難を込めながら、錯乱気味に叫ぶ『間桐雁夜』。

 その声には前回無かった感情──理解不能な者に対する恐怖が、込められていた。

 

 

 ……残念ながら。

 『間桐雁夜』は、臓硯の思惑を伝える貴重な機会を、逃してしまう。

 

 

「話はここまでだ……間桐雁夜」

 

 魔術師『遠坂時臣』は、強制的に話を打ち切る。

 もうこれ以上、『間桐雁夜』から話を聞きたくないと言わんばかりに。

 

「……血の責任から逃げた軟弱さ、そのことに何の負い目も懐かぬ卑劣さ。

 間桐雁夜は、魔導の恥だ。再び相見えた以上……もはや誅を下すしかあるまい」

 

 最初に見た決裂シーンと同じ言葉だが、その声は傲慢さに欠けていた。

 その様子はまるで、見たくないものから目を背け、己を奮い立たせているかのようだ。

 

 本来の『遠坂時臣』なら、現実から目を背ける愚行など起こり得ないのだが……

 己の魔道への信念を揺らがせる事実を、無意識に拒絶していた。

 

「なんだ、それは……なんだそれはっ……!

 ふざけるなぁ!!」

 

 目を背けるような態度で、強引に話を打ち切られ、しかもこのように一方的に言い放たれれば、『間桐雁夜』が激昂しない筈がない。

 再び憎悪と狂気を燃え上がらせる、間桐の落伍者。やはりこの男は生かしておけないと、これまでの思いをさらに固くする。

 

 結局のところ。

 後の流れは、最初と同じだった。

 

「蟲どもよ、奴を喰らえっ……食らい殺せぇ!!」

 

 間桐の落伍者は……憎しみのままに、蟲達に命じるのであった。

 

 

 

 先程と変わらず、『間桐雁夜』の攻撃は『遠坂時臣』に届いていない。実力差については、全く同じという事だろう。

 

「……魔術師とは」

 

 二人の戦いを視界に収めながら、時臣は自然と声をこぼす。

 

「魔術師とは、非情たる者……目的のために、常人が目を背けたくなる光景を許容しなければならない。

 全ては、先祖から繋いできた願いを果たすため……根源へと、至るために」

 

 己が歩んできた在り方を振り返る時臣。

 それを、目の前の『遠坂時臣』の言動と重ね合わせる。

 

「それが、ここまで歪な在り方だとは……」

 

 幼子の凄まじい責め苦さえ、乗り越えるべき壁と考えてしまう。

 ああ……それの、何と罪深い事か。

 

 そう独白していると、辺りの景色に再びノイズが走る。目の前の二人による戦闘風景も掻き消される。

 

「これで終わり……という訳には、いかないのだろうな……」

 

 自分にここまで生々しい夢を見せている術者が、そう簡単に解放してくれるなどと、時臣はどうしても思えなかった。

 

 

 

 

 そんな時臣の予想は、間違っていなかった。

 ノイズが晴れた先の光景は、これだ。

 

 

 

 

「遠坂時臣、質問は一つだ……!

 なぜ貴様は、桜を臓硯の手に委ねた!?」

 

 二度ある事は三度ある。

 再び繰り広げられる、『間桐雁夜』と『遠坂時臣』の対峙シーン。

 

「……やはり、また同じ光景か……

 あと何度、これが繰り返されるのだろうか?」

 

 時臣からしてみれば、魔術師『遠坂時臣』の言動を見続けるのは、精神的ダメージが大きい。

 魔道に生きる事そのものを間違っていたとは思わないが、かといって『遠坂時臣』のような()()()()()()()在り方は、今の時臣からしてみれば受け入れ難い。

 

 そんな時臣の苦悩を置いて、前回や前々回と同じやり取りが続く、『間桐雁夜』と『遠坂時臣』の対峙シーン。

 

 そして、問題の場面へと差し掛かる。

 

 

「桜は、桜ちゃんは……間桐の地下にある蟲蔵で、地獄という表現さえ生ぬるい責め苦を味わわされているんだぞ!!」

 

「……なに?」

 

 

 前回と違うのは。

 『遠坂時臣』の反応が、淡白な事だ。

 

 眉を顰めるに留まり、訝しげな声をあげるのみ。

 

(これは……!)

 

 ああ、今度は()()()()()()か。

 この『遠坂時臣』の反応だけで、この先の展開が読めてしまう。

 

 自分に夢を見せている者はどうやら、魔術師としての『遠坂時臣』の非道さを、容赦無く突きつけたいらしい。

 

(この私に、『遠坂時臣』という存在の愚かさを骨の髄まで自覚しろ、という事か……)

 

 そう思い至った時臣は、腹を固める。

 声に出して、決意を露わにする。

 

「……良いだろう、望むところだ。これは、私自身が向き合い、受け止めなければならない事だ……桜のために」

 

 この後も同じ光景の別パターンを見せられるかもしれないし、なんならまた別の場面で『遠坂時臣』の非道さを突きつけてくるかもしれない。

 ならば、覚悟を決めなければならない。

 

 そのように時臣が決意していると、ちょうど間桐家の実態の暴露が終わったようだ。

 呼吸を大きく乱す『間桐雁夜』。それを視界に収めながら、『遠坂時臣』は落ち着いた様子で口を開く。

 

「……なるほど、君の言わんとしている事は分かった」

 

 その声は淡々としながら、同時にどこか冷淡さを感じさせた。

 

 少し間を空けて。

 魔術師の男は、間桐の落伍者に、告げる。

 

 

 

 

「それで……()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「──────は?」

 

 

 

 

 『間桐雁夜』の表情と声は、これまでで最も呆気に取られたモノだった。

 そうならざるを、得なかった。

 

 だって、意味が分からないから。

 目の前の男の反応は、意味が分からないからだ。

 

 あの凄まじい責め苦を教えたのに。

 桜が、あんな幼い娘が、苦しんでいる事を、伝えたのに。

 

 なんで、平然としているのか。

 なんで、涼しい表情をしているのか。

 

 

 なんで、そんな()()()()()()()()をしているのか。

 

 

「魔道の鍛錬に苦痛は付きもの。魔道の家門に生まれた者なら、それは分かっていて当然の事だ。それをどうして、そこまで悼む必要があるのだろうか」

 

 人の形をした別の生き物を相手にしているような感覚に囚われている『間桐雁夜』。

 それは、時臣も同じだった。

 

「くっ……予想していたとはいえ……なんと、直視に堪えない光景か……!」

 

 握りしめる拳から、血がしたたり落ちる。

 二回目の時以上に、奥歯の噛み合わせが軋む。

 

 これは、酷い。

 あまりに、酷過ぎる。

 

 魔術師としての在り方を突き詰めた『遠坂時臣』とは、ここまで外道なのか。

 

「もし仮に、間桐での鍛錬が何の意味もない猟奇的な行為なら、私はそれを否定しよう。なんら成果をもたらさず、ただ苦痛にまみれた時間が過ぎ去っていくのなら、それは無駄な行為だからだ」

 

 親としての愛情からではなく、また人としての倫理観でもなく。

 ただ魔術師として、無駄な行為には何の得もないと、打算的に述べる『遠坂時臣』。

 

「しかし、間桐での鍛錬は無駄な行為ではあるまい。あの翁が、そのような愚行をするなどと……同じ魔術師として、考えるのも愚かしい。その蟲共による蹂躙は、魔術師として大成するために必要な事なのだろう。

 ならば、私が臓硯氏の行為を否定するなど、どうして出来るだろうか。それこそ、魔道への侮辱だという謗りを免れまい」

 

 どれほど悍ましく恐怖と苦痛にまみれた内容であっても、そこに利益があるのなら、魔道を歩む物として肯定すると述べる魔術師。

 

「鍛錬に伴う苦痛を乗り越えた先に、その苦難の果てに……幸ある未来があり、そして根源への到達へと繋がるのだ。

 ならば、何ら問題はないだろう」

 

 

「と………とき……おみ…………」

 

 

 魔術師としての冷酷な論理を突きつけられ、どう返せば良いか分からず、相手の名前を途切れ途切れに口にする事しか出来ない『間桐雁夜』。

 

 そんな相手の様子に、魔術師『遠坂時臣』は落胆のため息を吐き、呆れの混じった声をあげる。

 

「全く。聖杯を巡る崇高な戦いの場で、何を言い出すかと思えば……そのような()()()()を」

 

 

「些細な、こと……些細な事だと!?」

 

 

 憤りの声を出したのは、『間桐雁夜』ではなく、時臣だった。

 

「桜が味わわされた責め苦を、そのように軽んじるのかっ……『遠坂時臣』!」

 

 相手が『自分』とは思えないほどの怒りを向ける時臣。

 否。『自分』だからこそ、怒りを向けずにはいられない。

 

 この感情の前では、普段は心掛ける『常に余裕を持って優雅に』など、遠い彼方へ飛んでいってしまう。

 

「魔道()()見ないというのは、ここまで愚劣極まるものなのか……!」

 

 無論、目の前の『遠坂時臣』はあくまで夢の登場人物であり、今の光景はリアルタイムで起きている出来事ではないから、時臣があげる憤りの声は届かない。

 

「それで……話は、それで終わりかね?」

 

 冷めた表情でそう告げる『遠坂時臣』に。

 辛うじて、『間桐雁夜』は再起動するも───

 

「……きっ……きさ、まは……貴様はっ……!

 く、狂っているぅ!!」

 

 もはや非難というより、完全に理解不能な生物を前にした根源的な恐怖で、『間桐雁夜』は大いに錯乱する。

 

「残念だよ、間桐雁夜。所詮、魔道に背を向けた裏切り者風情には、その血筋に課された責務を理解出来なかったか。

 まあどちらにしろ、私が君に対してやる事は、何も変わらないがね』

 

 目の前の青年の()()()()()()を、魔術師は容赦無く切り捨て、愛用の杖を構える。

 

「間桐雁夜、君は魔道の恥だ。間桐の歴史に汚点を遺す咎人だ。これ以上その醜態を晒し続けるのは、魔道の尊さを重んじる身にとして、決して見過ごす事など出来ない。

 これより、遠坂当主として、間桐の落伍者に誅を下す」

 

 魔術師としての独善を振りかざしながら───否、独善ですらない妄言を口にしながら、彼は愛用の杖の先端に炎を宿す。

 

「それが、桜を引き取ってくれた臓硯氏への敬意であり、そして───

 

 

 間桐の家督を継ぐ桜への、()()()()()()()だろう」

 

 

 あまりに見当違いの言葉を『間桐雁夜』に送る、魔術師『遠坂時臣』。

 

 それが、戦いの始まりの合図となった。

 

 

「───蟲よ、蟲どもよ!奴を、奴を喰らうんだっ!

 あの()()()()を、『()()()()()()()()()()を、喰らい尽くせぇっっ!!」

 

 

 それはもはや、強迫観念に等しかった。

 自身や桜を苛む醜悪な生き物達に、必死に命じる『間桐雁夜』。

 

 こんな男、この世に存在してはいけない。

 一刻も早く、消し去ってしまわなければ。

 

 

 そう、思ってしまうほどに。

 魔術師『遠坂時臣』は、理解不能なイキモノだった。

 

 

 

 

「─────────!」

 

 歯を強く噛み合わせ、固く両手の拳を握りしめる時臣。その手からは、血がこぼれ落ちている。

 激情に、全身を震わせる。

 

 目の前の『遠坂時臣』を、許容する事など出来ない。

 桜の苦しみを理解しようとしない魔術師に、怒りが収まらない。

 

 同時に、その怒りは自分自身にも向けられていた。

 

 

「あれは、紛れもなく……あり得た『私』だ……!」

 

 

 もし、自分がより魔道しか見てなかったら。

 もっと、魔道に傾倒していたら。

 もっと、魔道を盲信していたら。

 

 自分はきっと、()()()()()()()だろう。

 

 

 何より、時臣を打ちのめしたのが───

 

 

「あのような有様でありながら、『遠坂時臣』は……娘達を、()()()()()()()()事だ……!」

 

 

 そう、紛れもなく。

 『遠坂時臣』は、父親として、娘達を愛していた。

 

 凛と桜の間で、向けている愛情に差異など無い。

 どちらの娘に対しても、その未来に幸あれと、心から願っていた。

 

 ……問題なのは。

 

 それが、あくまで()()()()()()()()()()()()であり。

 それ故に、歪な形になってしまっている事だ。

 

 

 憤怒と自己嫌悪に苦悩する時臣の目の前では、これまでと同様の戦闘風景──つまり『遠坂時臣』が余裕で『間桐雁夜』の攻撃を防ぐ光景──が繰り広げられている。

 

 だが、同じ光景であっても、そこに感じる嫌悪感は先程より大きい。

 

「これが……私が目指しているモノの本質だというのか……?」

 

 

 遠坂時臣は、幼い頃より当主となるべく教育を受けてきた。

 彼の中で培われてきた誇りは、魔道以外の道など、夢想すらさせなかった。

 

 父に「家督を嗣ぐか否か?」と問われ、己の意志で選んだ事は、時臣に鋼の意志を与えた。

 故に、これまでの己の歩みを疑った事など全く無かった。

 

 疑った事など、全く無かったのだ。

 

 

 それが今、グラついている。

 

 

 そんな時臣に構うことなく。

 辺りの景色に再びノイズが走り、目の前の戦闘風景も掻き消される。

 

「まだ、続くか……続いて当然だろうな……

 この夢を見せている者は、魔術師である『私』の愚かさを、骨の髄まで自覚させるつもりに違いないのだから……」

 

 ここで終わってくれると自分に都合の良い事を考えるほど、時臣は楽観的ではなかった。

 自身に厳しい鍛錬を課してきただけに、現実から目を背けるような事はしない。

 

「次は一体、どのような展開になるのだろうか……」

 

 意気消沈した時臣の声。そこに優雅さは無かったが……

 それでも、悪夢と向き合おうとする決意は揺るがない。

 

 

 そう、目を背ける事など許されない。

 これは、『魔術師』という在り方に囚われて娘を苦しませた、自分という存在への罰なのだから。

 その事実に背を向けるなど、あってはならない事だ。

 

 

 ああ、しかし。

 そんな彼の、父親としての決意を。

 

 

 

 

 目の前に現れた光景が、容易く蹂躙する事になる。

 

 

 

 

「───!?

 こ、ここは……!」

 

 再び『間桐雁夜』と『遠坂時臣』の対決を見せられると思っていた時臣だが。

 先ほどまでのビルの屋上とは異なる光景に、思わず驚愕する。

 

 そこは、昏く、陰鬱な気配に満ちた場所だった。

 地上から隔絶された、醜悪な牢獄だった。

 魂が腐り落ちた存在に支配された、なんの希望もない場所だった。

 

 その場所に、時臣は見覚えがある。

 

 

「まさか……ここは、間桐の邸宅にあった地下の工房か!?」

 

 

 そこは、かつて臓硯を打倒した桜を救出する際に踏み込んだ、間桐の工房──蟲蔵だった。

 

 

 

 

 




 文章量が膨れ上がってしまったので、ここで一旦一区切り。
 次の更新は、3~4日以内の予定。

 魔術師としてのトッキーが()()()()()()()()()は、見る人によって解釈が分かれるので、間桐の実態を聞いてショックを受けるパターンと動じないパターンの両方を描写。
 同一存在でも並行世界によって性格に差異があるのは、原作(stay night)の士郎を見たら分かる事だから、両方あってもおかしくないよね。

 本当はトッキーの夢の話を1話で終わらせたかったんだけど、長くなったから続きは次回に。
 展開の進みが遅いと、またお気に入りが減りそうだけど(汗)
 出来れば、お気に入りや高評価を貰えると、嬉しくなってモチベが上がりまする……



 あと、読者の皆様方がご想像の通り。
 次回の話は、『この先は地獄だぞ』でござる(白目)



 
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