遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様 作:恐るべきサクラ
病院にて安静の日々を送っていたが、今日になって退院の日を迎えた桜。
入院期間は2週間以上と、それなりの日数であった。
魔術礼装での治癒という手段があるにも拘らず、何故わざわざ入院していたかというと、それだけ間桐の拷問で身体中に様々なダメージを負っていたからだ。
体内の刻印虫は臓硯打倒時に全て潰し、心臓の破損は救助に駆けつけた時臣───まだ愉悦覚醒してない言峰綺礼も同伴していた───が遠坂家の秘蔵の宝石を使って治癒したが、臓硯によって短くない期間痛めつけられた体は、思いのほか簡単に回復するものではなかった。
魔術礼装だけでなく医療の力を借りるのは、合理的な判断と言えるだろう。費用対効果の面でも優れている。
まあ、生粋の魔術師である時臣からすれば魔術礼装での治癒に専念したかっただろうが……
結果として、病院で安静の日々を過ごし、今日の退院に至る訳だ。
そんな桜が、今どうしているかというと……
「この家を見るのも、久しぶりです……」
時臣、葵、凛の三人と共に、生まれ育った遠坂の家に帰ってきていた。
間桐へ養子に行ってから臓硯を倒すまでの期間が3ヶ月半、そして入院期間が2週間以上だから、およそ4ヶ月ぶりに帰ってきた事になる。
5歳の子供にとってこの月日は決して短くなく、加えて間桐での日々は凄まじく過酷であったから、桜にとってはかなり長い期間であった。
入り口の門から敷地内の建物を眺めて、感慨深げに呟く。
「また、ここに帰ってこれるだなんて……」
間桐の蟲蔵で奮起しながらも、臓硯を倒せず命を落とす可能性はあったので、もしもの時に対する覚悟はしていた。それ故に、こうして遠坂の家に戻ってこれた事は感無量だ。
そんな桜であったが、彼女の側に涙腺を緩ませてしまう人間がいた。
「うう……さ、桜ぁ……っ」
「ちょ、姉さん!?そんな、いきなり泣きださなくても!?」
「だ、だって……私も、桜が帰ってくるとは思ってなかったからっ……!」
気丈に振る舞おうとする凛であったが、彼女はまだ6歳の子供だ。今日に至るまでの過程で、精神的に堪えないはずがなかった。
養子に出されてからの自身の寂しさや、養子先での桜の凄惨な体験、そしてそんな妹が臓硯を倒せなかった場合のIFなど、それらが凛のメンタルに負荷を掛け、彼女を弱気にしていた。
そんな姉を、
(お母様はともかく、姉さんにまで蟲蔵の件を話してしまうなんて……盛大なウッカリをやらかしたなあ……)
そう、時臣はなんと……
こんな子供にバラすだなんて、なんというウッカリであろうか。
(適度にボカして『酷い虐待を受けた』で済ませれば良いのに……お陰で、姉さんがひどく動揺してしまった)
あれはパニック状態だったと言っても過言ではないだろう。
お陰で……凛の中であった『父は完璧な人だ』という幻想に、ヒビが入ってしまった。
もちろん、それで父が嫌いになった訳ではなく、むしろ尊敬し続けたいという気持ちを凛は強く持っている。
だが、一度揺らいだ以上、これまでのように疑う事なく信じるという訳にはいかなかった。
「凛。桜が困っているだろう?そのくらいにしてあげなさい」
「あ……お父様」
桜が凛に手を焼いていると思ったのか、時臣が長女を嗜める。
「時間は沢山ある。これからじっくり、桜と話していけば良い」
「はい、わかりました。お父様」
時臣の言葉に、凛は礼儀正しく応じる。
余所余所しい訳ではなく、父への尊敬の念はしっかり見られたが……ほんの少し、ごく僅かなだけ、ぎこちなさが混じっている。
隔意というほどではないので、父との関係自体は深刻に受け止める必要は無いだろう。
とは言え……
(これは……後でタイミングを見て、フォローする必要がありそう)
凛の様子を見て、そう判断する桜。
これは、外見から見えない部分で相当参ってそうだ。
そんな長女の様子を時臣と葵も気にしつつ──だが桜ほど凛の内面を推測出来てない──、いつまでも入り口に居続ける訳にはいかないと考え、娘達を促す。
「さあ、我が家に入ろうじゃないか。こないだ調達した良い茶葉がある。久しぶりに皆で、優雅なティータイムを過ごそう」
「そうですね、あなた。また4人分を入れられるようになって嬉しいわ」
時臣と葵の言葉に異論などあろう筈もなく、桜と凛は頷いて、両親の後ろに続いて我が家の敷地へと入っていった。
凛は家族が全員揃った事を嬉しく思いながらも、桜と時臣を交互に見やり……少し視線を落とした。
久しぶりの我が家を感慨深げに眺めながら、桜は家族と共に居間へ入った。そしてすぐに、葵が家族全員分の紅茶と洋菓子を運んでくる。
広くて気品のある居間で、ティータイムを過ごす遠坂一家。久しぶりの家族団欒であっても、しっかり行儀良く振る舞うのがここの暗黙のルールであった。
洗練された完璧なマナーで、紅茶を味わう時臣。その姿は魔道の家門の当主に相応しく、彼の自負が裏打ちされたものである事を証明している──まあウッカリ人間だけど──。
そんな様になっている父を見て、桜は純粋に感心する。
「そういえば、テーブルマナーとか以前はあまり気にしてきませんでした」
思考回路が成長したからといって、自動的にその手のマナーが身につく訳ではない。意識して学ばないといけないのだ。
娘の関心を受けて、時臣はフッと優雅な笑みを浮かべる。
「遠坂たる者、『常に余裕を持って優雅たれ』。私はその家訓を、忠実に実行しているまでの事だよ、桜」
「お父様は、魔術以外でも博識ですよね」
「家訓の通りに振る舞うためには、幅広い教養が必要だ。私は魔道に己が身を捧げているが、その道を知っているだけでは不十分なのさ」
時臣が努力家なのは桜も認めるところで、その教養の広さは確かであった。
ただ、そんな父にも苦手分野がある事を、桜は知っている。
「それほど努力家であるお父様が、
「うぐっ!?さ、桜……私達魔術師は、すでに機械など必要としない技術を所有している。現代科学に頼る必要など、全く……とまではいかないが、殆ど必要としていないのだ」
痛い所を突かれて一瞬言葉に詰まるも、すぐに再起動を果たしてそう述べる時臣。つい今朝まで桜が病院という現代科学(医療)の施設に頼っていただけに、全く不要とまで断じる事は出来なかった。
「そうは言いますが、最近だとコンピューター関連の発展が目覚ましいですよ?パソコンの使い方を例に挙げると、キーボードでのコマンド入力からマウスでの画面操作へと変わっていくようですし」
「さ、桜は、世の中の情報をしっかり見ているんだね……しかし、魔道の家門たる遠坂に、そのような……ぱ、ぱそこん?……なるものが関わってくるなど、到底有り得る事ではない──」
「あ、私はそのパソコンを買うつもりですけど」
「な、なにぃぃぃぃぃぃ!?」
予想だにせぬ桜の宣言に、生粋の魔術師でかつ機械音痴の時臣は、優雅さとはかけ離れた悲鳴をあげる。
間桐へ養子に出される前から、実は電子機器への興味があった桜。もちろん、彼女が機械オタクな訳ではなく、純粋に有効な道具だと考えての事だ。
魔道を大切にする父に配慮して、以前は表立って主張しなかったのだが、時臣と立場が逆転した事から、もう遠慮の必要性を感じていなかった。この辺りは中々容赦ない桜である。
ちなみに、購入資金は時臣からの謝罪金──慰謝料みたいなもの──だ。
「養子へ出される前に、パソコンのカタログに目を通した事がありまして。まあ、その手の知識に乏しいので、選択基準はあまり定まっていませんが」
さらに明かされた事実に、時臣は絶句していた。付け加えるなら、凛も同様である。
葵はというと、どうやらすでに知っていたようで、少しだけ困ったような笑みを浮かべていた。
そんな妻へ『出来れば教えて欲しかった』という切実な視線を向ける時臣に構わず、桜は続ける。
「N●C製のノート型PCを考えていて、CPUの動作クロックは20MHzから30MHzを想定しています。デスクトップ型PCだと、50MHzとか想定するんですけど。メモリは……凝った使い方を考えてないので、数MBあれば充分でしょう。
OSは『M●-D●S 6.2』を搭載でしょうか。あと、プログラムを書くとしたらBASICからですね。流石にいきなりC言語は早いですし」
「し、しーぴーゆー?め、めもりー……?」
「え、えむ●す、ど●?べ、べーしっく……?」
理解不能な単語の連続に、時臣だけでなく凛まで目をグルグルさせてしまう。凛の方は『C言語』という単語が脳から華麗にすり抜けたくらいだ。
ここで時臣と凛を擁護すると、いま桜が話した内容を理解出来なかったのは、何も2人が機械音痴なだけが理由ではない。
1994年1月時点において、パソコンの知識を持つ人々の割合は少数派だったのだ。スペック云々を話しても、普通は通じる訳がなかった───そもそもプログラミングに詳しくない人間は未来でも沢山いる───。
現に機械音痴でない葵でさえ、桜の話をよく理解出来ておらず、誤魔化すような苦笑を浮かべていた。
「あ、でもプログラミングよりは、まず文章作成と表計算からですね。情報を扱う上で基本を押さえないと。
業界スタンダードな『一●郎』と『L●t●s 1-●-3』を選ぶのは当然として、『W●n●ow● 3.1』環境で動く『Wo●d』と『E●ce●』も気になる──」
「さ、さささっ、桜っ、もういい!そこまでだ!桜が機械に詳しいのは、よぉく分かった!」
「そ、そそそそそっ、そうよ!桜が凄いのは、よくわかったから!私達は魔術師!そう、魔術師なのよ!だから、そっち関連の話をしましょう!」
とても付いていけない話だったので、時臣と凛は必死で軌道修正に掛かる。これ以上は、機械限定でポンコツな脳みそが耐えられそうになかった。
「難しい話でしたか。すいません、私もそこら辺の基準がよく分かってなくて」
桜の言葉に、顔を引き攣らせる機械音痴の2人。これで桜は『特に詳しい訳ではない』という認識なのだから厄介である。
2人が内心、『間桐での件を抜きにして桜は元から天才なのでは?』と思ったのは仕方ないだろう。
そんな感じで、話は遠坂家の本筋である魔術関連の話題となった。混乱していた2人はホッとして、落ち着いて会話する事になる。
とはいえ、凛はまだ6歳なので、話の主体は自然と時臣が担う事になる。葵はもちろん、聞き役だ。
そして話題は、『魔道の家門として終わった間桐』の件になる。
「それで、間桐が持っていた魔道関連の資産は遠坂に譲られると?」
「ああ。その通りだよ、桜。知っての通り、間桐を支配していた臓硯を倒した事で、あの家に『魔道の家門としての力』は無くなった。貴重な魔導書も殆ど灰になり、残された僅かな魔導書は遠坂が引き取る事になった。彼らがそれを管理するのは難しいだろうからね」
「確かに、ルポライターをやっている雁夜おじさんや、名目だけの頭首だった鶴野さんでは、僅かな魔導書であっても管理は荷が重いでしょう」
ましてや、鶴野の息子である慎二では絶対に無理だ。まだ凛と同じ6歳なのだから。
「彼らが持っていても、外野の魔術師に狙われるだけだ。ならば遠坂が引き取って、その代わりに代金を支払った方が良いだろう」
「それは私も同感です。あと、間桐が管理していた霊地についてですが、そちらも同じ扱いですか?」
「ああ。すでに魔術協会には話を通している。鶴野とは、売買の取引を進めている最中だ」
そこまで聞いて、桜は気になっていた事を口にする。
「土地の権利書も燃えた筈なので、心配してましたが……大丈夫でしたか」
「権利書が燃えても、所有権が失われる訳ではない。登記記録上の権利関係は変わらないのだよ、桜」
「むむ、そうでしたか。不動産関係の知識は持っていませんので、勉強になります」
そんな娘の言葉を聞いた葵は、思わず軽い苦笑がこぼれてしまう。
「桜の歳で、不動産関係の知識がある子なんていないでしょう?」
「……考えてみればそうですね」
普通、5歳でその手の知識を吸収しようという発想にはならないだろう。
現に、6歳の凛は話についていけず、再び目をグルグルとさせている。いかに彼女が聡明であろうと、まだ子供なので仕方ない事だった。
桜はコホンとわざとらしく咳払いし、続ける。
「話を続けますが……霊地以外の土地はどうなっているんですか?間桐はそちらも所有していたと思いますが」
「通常の土地までは買い取らない。遠坂が買い取るのは、あくまで霊地の不動産だけだ」
「なるほど……つまり、普通の土地の所有権は、鶴野さんが所有し続けるという事ですね」
「そういう事だ」
そこまで聞いて、桜は間桐の家で過ごしていた鶴野の姿を思い浮かべる。
「……鶴野さん、ストレスでお酒を飲む日々を送ってましたが……不動産管理、ちゃんとやれるんでしょうか」
「さあ、どうだろうね。そこは本人の努力次第だろう。私の関知するところでないから、何とも言えないな」
時臣としてはそこまで面倒を見てやるつもりは無く、ドライな反応だった。桜もそれに異論を口にする事はしない。
「……まあ、資産関係は大丈夫みたいですね。私が屋敷を燃やしてしまったので、そこは心配していたんです」
臓硯を打倒するためとはいえ、そこは申し訳なく思っていた桜。
だが、凛はそんな妹を擁護する。
「桜は悪くない!あんな状況だったんだから、屋敷の事まで気にしてられる筈がない!」
「そうよ。屋敷の事を気にして目的を達成出来なかったら、それこそ本末転倒だわ」
長女の言葉に葵も賛同する。次女の未来と間桐の資産、どちらを優先するかなど、母親なら考えるまでもない。
自分を擁護する姉と母に、桜は謝意を示して軽く頭を下げる。
ちなみに、間桐の屋敷に住んでいて当時は外出していた鶴野だが……最初は住んでいた場所が燃えた事に混乱していたものの、後に時臣から臓硯が倒された事実を伝えられ、呆然としていた。
すぐには実感が伴わなかったようだが、少しして実感が追いついてくると……彼は憑き物が落ちたような表情を見せ、静かに呟いた。
『そうか……俺は、あの妖怪から解放されたのか……』
その後、鶴野は屋敷が燃えた件についてあっさりと割り切った。
彼曰く、『あの妖怪がいなくなった事を考えれば、お釣りが返ってくるくらいだ』との事。
名目だけの頭首になる事で、何不自由ない暮らしを手に入れたと考えていた鶴野であったが……臓硯から受けるストレスと恐怖は、相当なものだったという事だ。
余談だが、鶴野が雁夜に今回の件について連絡した際、臓硯が桜に行った所業については伝え忘れていたりする。
別に悪意があった訳ではなく、本人が落ち着いたようで完全にはそうなってなかっただけの事だ。
雁夜が病院で桜と面会するまで、間桐へ養子に出されてからの桜の扱いを知らなかったのは、そういう事である。
「間桐の件はわかりました。まあ、上手い具合に落ち着きそうでホッとしています」
そう述べた後、桜は話題の方向を少し変える。
「話が少し飛びますが……先ほど話題に上がった魔術協会、あちらについてはどうでしたか?御三家の一角が力を失ったので、冬木に良からぬ介入を企ててもおかしくないと思ったんですけど」
そんな桜の着眼点に、時臣は頬を綻ばせる。
「良い視点だ、桜。確かにこちらが何もしなければ、魔術協会からの介入があったかもしれない。
そして、それについては間桐の霊地について話を通した段階で、すでに対処済みだ。幾つか取引──冬木市の外にある霊地の一部譲渡や使用権の提供をする事にはなったが、収まるところに収まった」
ここら辺の対処は手慣れたものであった。冬木の管理者というのは、伊達ではない。
「懇意にしている言峰璃正神父を通して、聖堂教会側からの助力も得られている。外野の魔術師に対する牽制に、抜かりはない」
魔術協会だけでなく、聖堂教会にも手を打っているとなれば、良からぬ者が介入してくる事はまず無いだろう。
「なるほど……わかりました。心配はしていませんでしたが、こうして聞くと安心です。
その辺りのお父様の手腕は流石です。幼い私には、及ぶべくもありません」
桜の素直な賞賛に、時臣はむしろ桜こそ賞賛に値すると答える。
「聡明な桜なら、将来は私などよりも遥かな高みに至れるだろう。父として、お前を心から誇りに思う」
これは時臣の偽らざる本心だ。娘達は自分を超える才能を持っていると、以前から考えていた時臣なので、自分以上に持ち上げる事に対する抵抗はなかった。
そのように、桜と時臣は話をしていたのだが……
「……む~~」
「ね、姉さん?」
「り、凛……一体どうしたというんだい?そのように顔を膨らませて……」
不機嫌そうというか、拗ねてる表情を浮かべながら唸る凛。思わず、時臣と桜はちょっとビビってしまう。
そんな2人に、凛は可愛らしくガーっと吠え立てる。
「お父様も桜も、難しい話ばかりしている!魔術について話すかと思ったら、不動産やら交渉事やらで、全然神秘について語ってないじゃない!」
お陰で話についていけない凛。パソコンの話題から逃れられたと思ったら、長々と大人の会話──魔術師界隈の駆け引きといった話など──を繰り広げられるのだから、彼女としては堪ったものではなかった。
そんな長女の抗議に、時臣は思わず気圧されながらも弁明する。
「り、凛……そうは言うが……これは、冬木の管理者たる遠坂に必要な事なんだ。私たちには避けて通れない、大事な話であって──」
「そうだとしても限度があります!お父様はデリカシーが足りない!」
「うぐっ!?」
凛からのさらなる追撃に、優雅な筈の父は言葉に詰まってしまう。
姉の父への反応に、桜は目を瞬かせる。いくら分かりづらい話をしていたとはいえ、こうも時臣に突っかかる姉の姿は見た事がないからだ。
以前なら、難しい話をする父を見て目をキラキラさせていただろう。
(私までそんな話をしていた事もあるだろうけど……そういえば、思った以上に口数が少なかったような)
夫を立てる葵が聞き役に徹するのは分かるが、父を尊敬する凛がそうするのは不自然であった。
桜が内心で思案していると、凛が彼女に声を掛けてくる。
「桜!せっかく帰ってきたんだから私の部屋へ来てよ!話したい事、いっぱいあるんだから!」
「ちょっと、凛!?
ああ……行ってしまったわ……」
葵が呼びかけるも、凛はそのまま廊下を走っていき、2階にある自分の部屋へと向かってしまった。
そんな長女を見送るしかなかった時臣は、地味にションボリとしながら呟く。
「……流石に、凛にはまだ早かったか」
まだ6歳の凛には難しい話をしてしまったと反省する時臣。同年代の中では大変聡明な娘だが、桜と違って年齢離れした異常なソレではないためだ。
彼としては、先ほど桜が話したパソコンの話題のとき凛と一緒に目をグルグルさせた立場なので、あまり偉そうな事は言えなかった。
(それでも……姉さんなら理解しようと、必死に耳を傾けそうなのに……)
難しいからといって、興味がない訳ではないだろう。自分が遠坂の時期当主になる事はしっかりと自覚しているから、その手の知識は真剣に吸収しようとする筈だ。
「姉さんを待たせる訳にはいかないので、2階の姉さんの部屋に行ってきますね」
すぐに行く必要がある。あの様子から、待たせるのは下策だ。
「ああ。頼む、桜。どうか凛の話を聞いてやってくれ」
「お願いね、桜。こういうのは、親からだと難しいから……」
両親からの頼みに頷き、桜は素早く歩いて廊下を歩き、そして2階への階段を上がっていく。
程なくして、久しぶりに見る凛の部屋の前にたどり着いた。
「姉さん。来ましたよ」
「……桜。入っていいよ」
凛の返答は元気に欠けるものであったが、桜はとりあえず姉の部屋へと入室する。
目に入ってきたのは、つい4ヶ月前まで姉とよく遊んでいた部屋の光景だ。
室内を自然な動作で見回しながら、桜の口からは感慨のこもった言葉が溢れる。
「この部屋を見るのも、4ヶ月ぶりです」
「……うん、そうよね……もう4ヶ月経つのよね……」
妹の言葉に、凛の口からも感慨のこもった言葉が出てくる。
「大人の方にとってはあっという間の月日らしいですが、5歳の私にとっては長く感じました」
大人と子供では、体感時間がまるで違う。そこに間桐での過酷な体験が加わるから、何年分もの年月に感じても不思議ではなかった。
凛が自分の学習卓の椅子に座っているから、桜は姉に許可を貰ってベッドの上に腰掛ける。
そんな凛だが、桜の顔が気になっているようだ。
桜は当りをつけて、姉に聞いてみる。
「この髪と目の色、やっぱり気になります?」
「え!?う、ううん、大丈夫よ!別に全然気にしてないから!
あっ、いや、桜が大変な目にあった事を軽く見てる訳じゃなくって……!」
「分かっていますよ。大丈夫、姉さんの心遣いは伝わってますから」
慌てる凛をフォローしながら、桜は内心で独りごちる。
(私があまりに我慢強いから、臓硯が蟲での肉体改造をハッスルしたんだよね……あのクソジジイ、つくづく碌なもんじゃなかった)
本来なら、もっと時間をかけて髪と目の色は変わった筈だが、臓硯が張り切って事を進めたため、早いペースでこうなってしまった訳だ。
それでも、虚数属性から水属性へと変えられなかったのは僥倖だったと言える。その場合はその場合で、臓硯への対処を考えていたが。
まあ、この事を凛にわざわざ話すつもりはない。余計にストレスを掛けるだけだからだ。
桜がほんの僅かに考えていると、凛が恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「あ、あの、桜………お父様は、その……怒ってなかった?」
それを聞いて、桜は表情をほころばせた。あんな突っかかり方をしていた凛だが、本人的にはとても気にしていたようだ。
そんな姉を安心させるべく、桜は答える。
「あれで怒るほど、お父様は心の狭い人ではないですよ。まあ予想外の反応だったようで、ちょっと凹んでましたけど」
「う……や、やっぱり、そうよね………後でちゃんと、お父様に謝らないと……」
「あまり深刻に考える必要はありませんが、そうした方が良いと思います」
久しぶりに姉妹だけで過ごす時間。4ヶ月前まで当たり前のようにあった時間が、今では宝物なのだと実感できる。
このような時間を再び過ごせる事の、なんと尊い事だろうか。
(このまま日常の会話といきたいところだけど……聞くべき事がある)
さて、前振りはここまでだ。
桜はいよいよ、本題に入る。
「それで、姉さん……ひょっとして、私に話したい事があるのでは?」
そのように問いかけると、ドンピシャだった。凛はあからさまな反応を示す。
「な、なななっ……何で、分かったの!?」
驚きながら慌てる凛に、桜は姉の性格を考慮した簡単な分析を披露してみる。
「そうですね……お父様の話が面白くなかっただけなら、姉さんはあそこまで突っかからないと思いまして。姉さんは責任感が強いので、次期当主として相応しい人間になろうと、難しい話であっても理解しようと努めるでしょうから。
会話の切り方もどこか不自然でした。怒り方が、なんかわざとらしかったですし。私達2人だけで話したい事があるのではと、私なりに予想したんです」
どうやら当たったみたいですね、と微笑む桜。そんな妹に、凛はガックリと首を垂れる。
「うう……今の桜に、隠し事は出来ないかぁ……」
お互いの精神年齢が逆転している現状に、凛は姉としてかなり凹まないでもなかったが……妹には間桐での過酷な体験があるからと、それで自分を納得させる。
「……まあ、そこは仕方ないか。
うん、桜の言う通り。2人だけで、話したいことがあったんだ」
妹が察していたら、後は突き進むのみであった。
凛は腹を括り、話し始める。
「桜は、さっきお父様と難しい話をしていたわよね?」
「そうですね。色々と知らない事があって、自分はまだまだ勉強しなければと痛感させられます」
「うん、それは私も思う……ああ、そっちじゃなかった。えーと……お父様と話す事に、抵抗は無い?」
「抵抗、ですか?特にありませんけど」
「……本当に?その……実は話を聞くのも、嫌だとか……」
「……姉さん」
凛の言葉に……桜は姉が何を危惧しているのか、明確に察した。
「桜は……お父様を軽蔑して……嫌っていたり、しない……?」
答えを聞くのが怖いと、視線を落として声を震わせる凛に。
桜は穏やかに微笑み、優しい言葉を返す。
小ネタのPCスペックだけど、単位は決して間違ってないので。
1994年当時の単位は、G(ギガ)ではなくM(メガ)だったんや。
なお、アニメにてケリィが使っていたノートPCだけど、あれって絶対に第四次聖杯戦争の開催年である1994年製でなく、アニメ放映時の2011年製だと思う(まあ突っ込むのは野暮というものだけど)