遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様 作:恐るべきサクラ
まあ、あの某お姉ちゃんだからね。是非もないよね。
あと懸念の打ち消しだけど、今作の桜が
「メインの回路にて、39行程目が完了しました。40行程目に移ります」
遠坂の家において、魔術の中心地とも言える時臣の工房。そこに、幼子の声が響き渡る。
椅子に座って術式制御をしている桜の、淡々とした言葉だ。
「メインの魔術回路への行程完了。サブの回路へと移ります」
顔にほんの少し汗を浮かべているが、それだけだ。表情には何ら変化はない。
そんな桜の様子を、凛は緊張感と心配を抱きながら眺め、時臣は真剣な眼差しでありながらも落ち着いて観察する。
「サブの回路にて、13行程目が完了。14行程目に移ります」
いま桜が何をしているかというと……本来であれば不可能な
通常、魔術回路の数は生まれた段階で決まっており、その数を後天的に増やす事は非常に困難だ。人体の臓器に例えれば、それが理解出来るだろう。
後天的に向上させるのが難しいのは、回路の質も同様だ。『生まれ持った臓器を健康的に』ぐらいならともかく、元々の規格以上にスペックを上げるのは現実的ではない。
そんな不可能な筈の作業を行なっているのが、今の桜であった。
そのような出鱈目が可能になったのは、間桐の家にて大き過ぎる負荷に耐え、創意工夫を重ね、そして命懸けの術の行使をしたからだ。それによって、彼女の体質に驚異的な変革が起きた。
当然ながら、これはただの才能で済ませられる話ではない。やはり、生まれる前に何かがあったのだろう。それが何かは不明であるが。
今回桜が行っているのは、魔術回路1つ当たりの質を高めて、生成出来る魔力量を増やす作業だ。
回路一つ一つに大きな魔力負荷をかけ、それを他の回路で発動させた自己修復術式──間桐で編み出した生命維持の術式の応用──で直すといったものだ。筋肉で例えれば、強引に超回復を実施しているようなものである。
無論、負荷をかけた際には凄まじい激痛が走るが……今更
彼女は表情を変える事なく、淡々と作業を進めていく。
(流石に回路数を増やすのは難しいけど、質を上げるのは
一般的な魔術師が聞けば発狂しそうな──あるいは実験材料にしようと企むような──事を考えながら、桜は魔術回路のアップグレードを進めていく。
余談だが、この場に時臣の弟子である言峰綺礼はいない。流石にこの鍛錬内容は知らせるべきでないと判断されたため、魔術関連の用事を任せて外出させている。
まあ正確には、時臣が綺礼をこの場に連れてくるか少し判断に迷い、凛が強硬に反対したというのが実態であった。
(第四次聖杯戦争の協力者として、情報共有すべきか迷うのは理解できるけど……あの神父さん、なんか引っかかるんですよね……)
わざわざ派遣という形で聖堂教会から魔術協会に転属し、時臣の徒弟となっている綺礼であったが……
桜は以前から、彼の在り方が気になっていた。凛が彼の性格を好きになれないこととは、別のレベルで。
(……何か趣味を勧めた方がいいかもしれない。例えばグルメとか。あの人、中華料理なんかが口に合いそうだし)
そんな思考をしても、桜の術式制御に一切の乱れは無い。彼女はすでにマルチタスクを高度に実践していた。
完璧なコントロールを、何の支障もなく維持し続ける。
そして───
「全行程終了。魔術回路のアップグレード、完了です」
桜の作業完了宣言に、凛はホッと安堵の息を吐いて、時臣は娘への誇らしげな感情を見せる。
「完璧な制御だった。その年齢でここまでの境地に至るとは……あの翁を葬っただけの事はある」
「ありがとうございます。我ながら、苦労した甲斐があります」
何気ない日常の作業を終えた感じで言葉を交わす桜と時臣であったが、凛の方はそうもいかなかった。
「うう……心臓に悪い光景だわ……」
桜が自らに課した難行は、凛にとって安心して見ていられるものではなかった。
そんな長女を、時臣は成熟した魔術師として諭す。
「魔道の世界は常に危険と隣り合わせだ、凛。それは鍛錬においても変わらない」
「お父様の言う通りですが……今の光景は、例え桜の制御が完璧でも、心配になります……」
幼い凛であるが、魔術回路についての知識は当然ながらある。いま桜が実践していた鍛錬が如何に危険なものか、充分に理解出来るのだ。
「確かに、桜の鍛錬は魔術回路に極めて大きな負荷を掛ける作業だ。私と凛のどちらであっても、この方法を実践するのは不可能だろう。そもそも、私達が実践したところで魔術回路を強化出来る訳ではないが」
「お父様でも不可能な鍛錬をやっていると聞くと、不安にもなるわ……」
凛の反応は無理もなかった。
もし未来の時間軸の
ちなみに、とある正義の味方を目指す少年は魔術回路を毎回作成していたが、あちらは内臓を何度も作る行為と同じだ。
方向性は違うが、どちらも危険極まる行為なのは語るまでもないだろう。
「凛、心配はいらない。私の見立てでは、桜が制御に失敗するなど万に一つもない。それほど完璧な技術だった」
「大丈夫ですよ、姉さん。本当に危ないと思ったら、すぐに作業を中断しますから」
なお、制御が完璧だからといって誇らしげにする時臣はやはり生粋の魔術師であるし、自身の尋常ならざる鍛錬を平然と語る桜はやはりメンタルが鋼だ。
そんな頭おかしい2人に、幼い凛は頭痛に襲われる。まだ子供なのに、何でこんな心境になるのだろうか。
「……分かったわ、桜を信じる。それと、お父様の言葉も信じる。
けれど、危なくなったらすぐに止めてよね!約束よ!?」
仕方なく納得しながらも、凛は強く釘を刺して、時臣の工房から出ていった。
「こないだ桜と話した事で、凛は私にも自己主張するようになった。良い傾向だ」
「私も嬉しいですが、お父様は良いのですか?魔術師的な考えとは少し異なりますが」
姉の成長の方向性は桜にとって好ましいが、生粋の魔術師たる時臣からすれば違うのではと、つい疑問を口にする。
「娘の成長を喜ばない親はいないさ。私の場合、そこに魔道への重きがあるのは否定しないが」
これぐらい何の支障があろうかと、余裕の表情を見せる時臣。この程度で揺らがない辺り、遠坂の家訓を忠実に実践している。
なお、彼が余裕を保っていられるのは、あくまで
凛が成長して思春期を迎える頃には、娘を持つ父親の苦労をさぞかし思い知る事になるだろう。
さて、2人の会話であるが、この場に同席しなかった言峰綺礼に関するものへと移る。
「今回は綺礼を遠ざけて鍛錬を行ったが、いつも彼を遠ざける訳にはいかないだろう」
「私の鍛錬でいつもそうだったら、流石に不自然ですしね。本当は1人で鍛錬しても良いんですけど、姉さんとの約束がありますし」
そこは姉の心配に配慮し、時臣がいる前でのみ今回の鍛錬を行う事にした。もしもの場合に備えるのは、決して間違っていない。
「綺礼は、第四次聖杯戦争に備えて私の徒弟になってもらった璃正殿の息子だ。あまり隠し立てをする訳にはいかない。それは、璃正殿への信義に反する行いだ」
「色々と便宜を図って下さってますからね……そうなると、綺礼さんがいる時は魔導書を読んだり普通の術式制御の鍛錬をする、といったところでしょうか」
「そうするべきだ。実際のところ、桜が学ぶべき事は多くある。そのやり方でも充分に成長出来るだろう」
色々と覚醒した桜であるが、まだまだ魔術に関しての知識は足りない。そんな彼女にとって、魔導書を読む事はとても大事だ。
また、制御の鍛錬によって、魔力の運用効率を高める事も出来る。それは今後の彼女に、間違いなくプラスとなるだろう。
「それにしても……第四次聖杯戦争の開催まで、あと9ヶ月ですか」
言峰綺礼に関する話をしていたら、第四次聖杯戦争の話題に入るのは当然の事だった。
現在は1994年2月初旬であり、今回の聖杯戦争は11月頃の開催になると予想されているため、残り9ヶ月という訳だ。
此度の闘争は、時臣が必勝の策を練りながら──それで本当に必勝へと繋がるかはともかく──戦いに挑む。
「間桐は魔道の家門として終わり、アインツベルンは本来の志を忘れた。ならば聖杯は、我ら遠坂が勝ち取らなければならない」
魔道の家門としての誇りを胸に、時臣は来る闘争に向けて、静かに決意を漲らせる。
「桜。アレを手に入れるのは我々の義務であり、何より魔術師であろうとするのなら、避けては通れない道だ」
本来であれば、凛にほぼ遺言という形になって語られる筈だった時臣の言葉。このタイミングで桜に語られたのは、運命の悪戯だろうか。
桜は
(外野の魔術師が聖杯を手に入れれば、どんな使い方をされるか分からない。人間社会の事を考えると、遠坂が手に入れようとするのは正しい)
偶然にも、その考えは時臣に協力する璃正と同じようなものであった。
魔術師的な思考ではなく、父の望む考えとはズレているだろうと思ったので、敢えて主張はしないが。
そして、聖杯にかける願いだが……
無論、桜自身にそのようなものは無い。
(何でも叶う万能の願望機……本当に万能かはともかく、私には全く必要ないもの。
過去をやり直したいといった考えは、皆無であった。
桜は、『生きる事』に全霊で挑んでいた。
これまでも、そしてこれからも。
これは、第四次聖杯戦争が開催される前の、魔術師達によるひとコマ。
遠坂桜が、彼女にとっての運命の王と出会うまで……残り9ヶ月であった。
◆◇◆
雨生龍之介にとって、殺人は『人の死』の意味を理解するための行為であった。
被害者が恐怖で泣き叫んだり必死に命乞いする声は、彼にとって単なるBGMのようなもの。
事を成してから死体を弄んで悪趣味極まるオブジェを造り上げるのは、彼にとってアート製作のようなもの。
自分の所業を芸術と信じ切っており、世間に認められないことを不思議がっているという狂人だ。
完全に道徳や倫理観が破綻しているものの、これはトラウマでも何でもなく彼が持って生まれたものであった。
殺しそのものに悦楽を見出している訳ではないと言われても、普通の感性を持つ人間からしたら『外道である』という結論に変わりはない。
そんな殺人鬼である彼は、夜の街にて女性を引っかけて──この頃はまだ子供がメインターゲットではない──血みどろの肉塊を作り上げてきた訳だが……
最近は殺人に対する『モチベーションの低下』を感じ始めていた。
そのような時に出会ったのが───
「ねえ、そこのお兄さん。気さくで親切そうなお兄さん? 私、少し道に迷ってしまったの。
1人だと心細いから……申し訳ないんだけど、行きたい場所まで案内してもらえないかしら」
この、見目麗しい少女であった。
(すげぇ……コイツは、
少女の美しい外見に、龍之介のモチベーションは天元突破する。
見た目からして、年齢は中学生くらいだろうか。砂金の如く薄い金髪と宝石のような蒼い瞳を持つ、人間離れした美しさを持つ少女であった。
その容姿は誰もが褒め称えるもので、余程の者でないと批判的な見方はしないだろう。現に、龍之介は少女の造形美を内心で絶賛していた。
(うん。コレを放っておくなんて、絶対にあり得ないじゃん。じっくりと時間をかけて、体中を芸術的に仕上げて、超COOLなアートに仕上げなくっちゃな!)
ノリノリで恐ろしい事を考えながら、龍之介はこれまで女性を引っかけてきたように、気さくな雰囲気を出して軽妙なトークを始める。
「いいよー。こんな街中だもんな、道に迷うのは仕方ないさ。俺が案内してあげるよ」
ごく自然な話し方をする龍之介。怪しい雰囲気は一切漂わせていない。
その擬態があまりに完ぺきであり、お人好しの好青年としか見えないため、一般人ならコロッと騙されるのは確実であった。
人畜無害に見えてしまう青年に、その少女はクスリと見惚れるような笑みを零す。
「ありがとう。優しいのね」
「良いって良いって。困っている子は放っておけないもんな。大丈夫、夜の街だろうと君を目的地まで届けてみせるさ」
相手を信用させる優しい口調に徹する龍之介。普通なら警戒心を抱くであろう言葉も、彼にかかれば、親切心の表れと相手に信じさせてしまう。
「それじゃ、行こうか。はぐれないよう気をつけてな。夜の街は危ないから、1人で歩くと大変だ」
「ふふふ、とても気遣いの出来る人なのね。そういう人、私は嫌いじゃないわ」
大人の女性でさえ騙されるのだから、中学生くらいの少女など、龍之介にとって他愛のない相手だった。
そう……他愛のない相手に見えた。
(さーて、どうしよっかなー。せっかくの極上の素材だし……確実に仕上げられるよう、ここは手堅くやってみる───
───って、いやいやいや!違うってば龍之介!そんなの全然COOLじゃないっしょ!極上の素材なんだから、ここで新たな挑戦をしないでどうする!?
これまで試した事のないやり方で、前人未踏の領域に足を踏み入れなくっちゃなあ!!)
一人内心でテンションを上げる龍之介。そんな青年の後を、少女は微笑を浮かべながら付いていく。
表面上は和やかな雰囲気を出している両者であったが、龍之介の思考内容を考慮すれば怖気が走る光景だ。
夜の街にて、極めて自然な流れで人気のない裏路地へと進んでいく龍之介。そんな場所を、少女はなんら疑問に思う様子を見せず付いていく。
その手際は天才的なもので、これまで多くの被害者を出してきただけの事はある───筈であった。
「おっ?なんか
明らかに良くない場所に辿り着きながら、不穏なセリフを吐く龍之介。
一般的な女性や少女なら、ここでようやくおかしい事に気付き、恐怖を覚え始めていただろう。
だが……
目の前の少女は、違った。
「ええ、そうね───
よくもまあ、こんな簡単に引っかかるものだわ」
「───え?」
龍之介が疑問の声をあげた瞬間───
彼の両目を、激烈な灼熱感が襲った。
「ぎ───あ、あああああああああああ!!??」
予想だにしなかった事態と激痛に、血が流れる両目を手で押さえる殺人鬼。
体をよろめかせながらも、辛うじて倒れる事だけは免れる。
そんな青年の耳に、少女の可憐な声が飛び込んでくる。
「別に上手くいかないとは思ってなかったけど、ちょっと拍子抜けね。もう少し危険察知が出来ると思っていたのに……
どうやら、私の買いかぶりだったみたい」
言葉通り拍子抜けといった少女の声が裏路地に響くが、それに答える余裕など龍之介にはなかった。
眼球があった箇所への
「あああああ……!み、見えないっ……何も見えない!」
損傷して血に濡れた両目を左手で押さえながら、何かを探し求めるかのように右手をさ迷わせる龍之介。
そんな殺人鬼の醜態に構うことなく、少女の言葉は続く。
「あなたからはイカれた気配が色濃く伝わってくるから、まず間違いないと思うけど……
一応、これまでやってきた事を確認させてもらうわ」
その宣言に龍之介は返答しなかったが、そんな青年の様子を気にせず少女は彼の頭に手を置く。頭の中の記憶を読み取るためだ。
なお、影で出来た黒い触手のようなものが龍之介の手足を掴み、暴れないよう押さえている。
少女は以前に、未来の子供たちに襲い掛かる凶行を
かつてのように、
「はあ……やっぱり……」
読み取った記憶は予想通りのものだった。出来れば外れて欲しかったが。
うんざりした気持ちになりながら、読み取った記憶について語る。
「あなたはこれまで、沢山の人達を殺してきた。凶行に及ぶときはその人の死を徹底的に堪能し、時には半日以上も死に至る過程を愉しむ場合もあった……」
殺人の手法は未来ほど残虐ではなかったが、それはあくまで比較論でしかない。
これまでの行いも、充分に醜悪だった。
全く……本当に不快だ。
「視界だけじゃ物足りないわ。嗅覚も奪おうかしら」
少女がそう呟いた直後、龍之介の鼻がグシャリと音を立てて潰される。
「うぎぇ──────」
顔面の中央をやられて、さらに苦悶の声を漏らす龍之介。
それでも、少女は止まらない。
「聴覚もいらないでしょう?被害者の悲鳴や肉を蹂躙する音なんて、もう聞き飽きたでしょうから」
龍之介の返事を聞く事なく、黒い触手のようなものは青年の両耳に突っ込まれ、内部の鼓膜をぶち破る。
「う───あ──────」
そうして出来上がったのは、暗黒と静寂の世界に住む住人であった。強制的に移住させられたのだが。
少女は喉も潰そうかと思ったが、それはやめておく。
青年の慟哭くらい、確認しておこうと思ったから。
「ああっ────音も、音も聞こえない─────!!」
予想に違わぬ、絶望に満ちた声。
これまで龍之介が味わわせてきた気持ちを、今回は自分自身で味わうことになる。
“これであなたは、五感のうち三つを失った。目が見えず、鼻で匂いも嗅げず、耳も聞こえない……
どうかしら、真っ暗闇で静寂に包まれた世界の居心地は。クセにならない?病みつきになるでしょう?”
失ったはずの他者の声を聞く龍之介。もちろん、彼の間近にいる少女の声だ。
当然、それ以外の音は一切聞こえない。
“あ、私の声は聞こえているんだったわ。まあ頭に直接流し込んでいるからだけど。
先に言っておくけど、種や仕掛けは聞かないでね?別に教えるつもりは無いから。私って、必要な手間は喜んでするけど、無駄な手間は基本的にやらない主義なの”
クスクスと微笑を込めながらも、どこか嘲りを含んだ少女の声。
それを聞いて、龍之介は激高する。
「かっ……返せよ!返してくれよ!俺の目を、俺の鼻を、俺の耳をぉ!!」
いや、それは激高というよりも、哀願に近いものがあった。
彼にとって、心からの願いだった。
「これじゃあ、何も分からない!色鮮やかな血飛沫が、人間のハラワタが見えない!恍惚とする血の匂いが嗅げない!悲鳴やら絶望やら、肉の裂ける音が聞こえない!
俺の探しているモノが、見つけられないじゃないかァッ!!」
激痛に襲われながらも叫ぶその様は、ある意味では称賛に値するだろう。言っている内容はあまりにアレだが。
「ひ、酷すぎるっ……! あんまりだよっ!!
こんな、こ、これがっ……人間のやることかよォッ!!」
あまりに身勝手な言い草を叩きつけられる少女。
ああ、しかし。
“あら、そういう事を言うの。本当に困った人ね”
少女は、全く気にする素振りを見せない。
それどころか、口元にたたえる微笑を、より妖しいものへと変貌させる。
“でも、そうね……その反応は、きっと仕方のない事。あなたにとっては、生き甲斐を略奪される、もしくは探し物を隠される?そんなところかしら。
どちらにしろ、あなたにとっては人生そのものを否定される行為。ええ、とてもとても、耐えられない事でしょうね。いっその事、狂ってしまいたくなるぐらいに───
もっとも、これでも
「───────────!!??」
少女から、絶望を告げる宣告を聞かされた直後───
「き"ぃ───あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!」
ジュッと音を立てて腹と臓腑が腐り落ち、その腐食は血液を伝って全身へと広がっていく。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!」
それは、魂をズタズタに引き裂く痛みだった。
人の尊厳を、完膚なきまでに奪う痛みだった。
英雄でさえ、心を折るだろう痛みだった。
「ヤメテ"ク"レ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"!!!」
腐る腐る腐る。
くさるくさるくさるくさる。
クサルクサルクサルクサルクサル。
内臓が、血液が、筋肉が、脂肪が、無慈悲に腐っていく。
龍之介の全てが、腐っていく。
どす黒さ・毒々しい緑色・禍々しい紫の不気味なコラボレーションが、誕生した。
「ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!
オ──オレノ、サカ"シモノ、サ"カ"シ"モ"ノ"カ"ァッ──キ、キエッ、キエ"ル"ッッ───キ"エ"テ"シ"マ"ウ"!!
ヨコ"ッ、ヨコ"サ"レ"テ"ェ、シ"マ"ウ"ッッ!!!」
……もしも、これが肉を引き裂かれたり抉られたりする苦痛であったならば。
龍之介は、このように苦しみ絶望することはなかっただろう。
だが、いま彼を襲っているのは、全てを腐らせる猛毒の呪いだった。しかも、耐え難い激痛がセットという極めて恐ろしい代物だ。
わかりやすい例えで言うなら、
そこに、色鮮やかな赤など存在しない。
あるのは、毒々しい色だけだ。
「ヤ、ヤメロ"ォッ!ヤメ"テ"ク"タ"サ"イ"ッ!!オ"ネ"カ"イ"シ"マ"ス"ッ!!
モ"ウ"ッ、コ"ロ"シ"マ"セ"ン"ッ!!!ト"ウ"カ"ッ、ユ"ル"シ"テ"ク"タ"サ"イ"ッッッッ!!!」
龍之介はその本能で、己が長年追い求めてきた探し物──自分の中にあった赤い輝きが、容赦なく凌辱されている事を理解した。
人生をかけて追い求めてきたモノが、二度と手に入らなくなる事を………理解せざるを得なかった。
魂の奥底から絞り出される絶叫。
だが、少女にその願いが聞き入れられることはない。
麗しい少女は、龍之介が
すぐには終わらない殺人鬼の絶叫。
少女はただ、それを観察するのみ。
……ほんのわずかに、表情をしかめながら。
そして───
「コレガ、コ"レ"カ"ァッ───
ニ"ン"ケ"ン"ノ"、ヤ"ル"コ"ト"カ"ヨ"ォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」
先ほどと同じ言葉を絶叫した直後、龍之介の腹部がボンッ!と音を立てて破裂した。
辺りにぶちまけられる毒々しい色彩の有機物。破裂元からはシュゥゥゥッと、ものが焼ける音を立てながら、煙が上がっている。
龍之介から、絶叫が途絶えていた。
もう、事切れたのだ。
「……これで終わりね。
ふぅ……変態の相手をするのは、流石に少し疲れるわ」
先日に小説の最新巻を書き終えた時と同じように、軽く息を吐く少女。やっていた事の中身に、天と地ほどの差はあるが。
疲れると言っても、それは精神的なものだ。疲労すら起こり得ず、睡眠さえ必要としない肉体だから、当然だろう。
龍之介の腹部だったものが辺りにぶちまけられたが、当然ながら少女には掛かっていない。アレを浴びるような間抜けさとは無縁であった。
「今着てるのはお母さんから貰った服じゃないけど、流石に汚れるのは嫌だしね」
自分で仕掛けた猛毒の呪いでダメージを受ける事はないが、服を汚すのは望むところではない。
ああ、それにしても。
「自分でやっといてなんだけど───
思わず苦笑がもれてしまう少女。
全く。らしくない。
これは、自分らしくないのだろう。
「───ま、実行したんだから善人面は出来ないわね。気持ちを切り替えて、次の事に移りましょう」
言葉の通り、スパッと気持ちを切り替える少女。思うところはあっても、そこで引きずるような女々しさは無い。
東京から長期外出してきたのは、何も変態野郎を粛清するためだけではないのだ。
「さて、これから向かう先は……半月ほど前に燃えた
少女の次の目的地は、冬木市の間桐であった。
すでに魔道の家門として終わった家であるが、彼女にとって訪れる必要がある場所だ。
「昔のように
むしろ、やり甲斐があるわ。何事も簡単に済んでしまったら、つまらないもの」
魔術で龍之介の死体を片付けながら、少女は視線を遠くに向けて、独白する。
「うん、とっても楽しみ。きっと……
───2人が出会う時は、近い。
まさに『これが人間のすることかよぉ!!』な展開。
きっと、運命というものは妖精の心を宿しているのさ。まあ仕方ないよね。
そしてやはり、某お姉ちゃんの様子がおかしい模様。