遠坂桜が『鋼の精神(メンタル)』持ちでヤバい女な模様   作:恐るべきサクラ

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 さあ、ついに出会うぞ。2人が。
 そして、トッキー達が巻き込まれる模様。
 


鋼の幼女と全能だった少女の出会い(前編)

 

「間桐の屋敷、派手に燃えたようだけど全焼はしなかったのね。私としては助かるわ。屋敷の形が残っている方が、情報を読み取りやすいもの」

 

 先日に頭がイカれた変態殺人鬼を粛清した少女は、次の目的地である冬木に訪れ、焼けた間桐の屋敷がある敷地に足を踏み入れていた。

 内心を独白しているのは、なんとなくだ。屋敷に残る陰鬱な空気が、彼女にそうさせているのかもしれない。

 

 彼女以外で、敷地内に人の気配は無い。

 

「流石に住人はいない、か。雨風を凌ごうと思えば出来るでしょうけど……他の住処を確保出来るなら、敢えてここに居続ける理由はないわね」

 

 別の住処を購入または賃貸する資金があるだろうから、それで焼け跡に居続けるとしたら、余程の物好きだろう。

 

「霊地の確保という考えも、魔道の家門として終わった間桐には必要のない事。

 鉢合わせについて、少し警戒し過ぎたかしら?」

 

 実際のところ、もし間桐の住人が残っていたとしても少女の実力なら幾らでもやり過ごせるから、無用の心配ではあった。

 屋敷および敷地全体を一瞬で解析し、少女は独白を続ける。

 

「残された魔術結界は一切無し。まあ、あっても私には関係ないから、どっちでも良かったけれど」

 

 あの500年を生きた翁の術であっても、この少女を遮る事など出来ない。たちまち無力化されるだろう。

 

 焼け残った屋敷の中へ入り、少女は廊下を進んでいく。意外と建物は形を保っていた。

 

「……予想していたけど、これってただの火災じゃない。物理的な作用より、霊的な作用を優先した術によるものだわ」

 

 同時に、焼け跡の建物から()()()()()()()()()()()

 

「黒い炎……虚数属性ね。随分と強引に概念を弄ったみたい。コレの術者は、よく実現したものだわ」

 

 直接見た訳でもないのに、魔術の属性を即座に看破する少女。恐るべき力量だ。

 

 そうこうしながら歩いているうちに、地下への階段を見つける。

 

「これが、間桐の工房の中枢へと続く階段。かつて当主が一族の者を恐れさせた場所……()()()()()()()

 

 建物から読み取った情報で、階段を下った先にある空間について目星をつける。

 

「はあ……たとえ過去の光景で、今は無いと分かっていても、グロテスクな光景を見るのは憂鬱な気持ちになるわ。私だって女の子だもの、かつての蟲がひしめき合っていた光景なんて、本当なら読み取りたくない。

 けれど……()()()()()()()()()()()()()()に、これは必要な事なのよね……」

 

 これから読み取る事になる過去の光景に、少女は憂鬱な気持ちになる。思わず、独り言の言葉数が増えるくらいだ。

 

 とはいえ、いま彼女自身が口にしたように必要な事であった。

 気持ちを奮い立たせて、地下への階段を降りていく。

 

 この階段はかつて、地獄という言葉さえ生温く思える場所へと続く道であった。その光景はすでに過去のものであったが、階段に纏わりつく陰惨な空気は完全には消えていない。

 

 

 そして。

 少女は、かつて蟲蔵だった場所に辿り着く。

 

「じゃあ、本格的に始めましょうか」

 

 すでに憂鬱な気持ちは振り払ったので、少女は躊躇わずに、この空間から過去の光景を読み取る。

 

 

 

 

───

──────

─────────

────────────

───────────────

──────────────────

 

 

 

 

「……なるほど。そういう事」

 

 この地下空間が蟲蔵だった頃に起きた出来事を読み取り、少女は静かに呟く。

 

 しばらくは悪趣味な光景が続いていたが……

 最後に見た鮮烈な反逆劇は、完璧超人と言える少女から見ても、心を躍らせるものであった。

 

 

「うん、思った通りだわ。

 あの子が、私の探し求めていた人ね」

 

 

 やはり、ここに来て正解だった。

 自由に視られなくなったが故に、今までどこにいるかわからなかったけど……

 

 ようやく、見つけられた。

 

 

 

「それじゃ、夜が明けたら会いに行きましょうか───

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

「ぐ、ぐおぉぉぉ……っ!」

 

 遠坂時臣は、かつてない程の危機に直面していた。

 彼が己に課している『常に余裕を持って優雅たれ』という家訓が、どこか遠く彼方へ旅立ってしまう程に。

 

 彼は大量の脂汗を流しながら、目の前のテーブルに鎮座する赤い物体に戦慄する。

 

「な、なんという辛さだ……!こ、このような食事が……この世に存在するとは……!」

 

 よもや我が遠坂家の食卓に、このような劇物が並ぶ事になろうとは。

 こんなもの、いくら己に厳しい研鑽を積んできた身であろうと、予測出来る筈がなかった。

 

 テーブルの上に鎮座するアカイ劇物── ()()()()()()からは、禍々しいオーラが漂っている。

 

「うぐぐっ………ここまで辛い食事は……地獄のような辛さを持つ、この麻婆豆腐はっ……あってはならない、絶対にあってはならない!!

 ───っっ!!?ぐ、ぐおおっっ……!!」

 

 文句を言いつつも、弟子が初めて()()()()()()()()()()()()()()()なので、手をつけない訳にはいかない。

 改めて、劇物たる激辛麻婆をスプーンで口へと運び、そして悶絶する時臣。

 

(か、かつて、凜が私に作ってくれた中華料理で、調理のミスにより激辛となってしまったものを食べた事がある……その時は精神力を総動員して、眉一つ動かさずに完食したが……

 この麻婆豆腐は、それを遥かに上回るっ……!)

 

 かつての凜のウッカリによる成果物と比較しながら、戦慄する時臣。

 

 そんな父の前で……

 凛が精魂尽き果てて真っ白になり、ギブアップ宣言をする。

 

「お、お父様……私は、もう駄目です……」

「──!?り、凛っ!?しっかりするんだ、凛!遠坂に連なる者が、こんなところで倒れてはいけない───」

「ううぅ……地獄へ、落ちなさい、綺礼………」

「凛──!?いけない、女子がそのような怨嗟を口にしては──!!」

 

 どこぞの弓兵が口にしそうなセリフ──なお当人より遥かに怨念が込められていたが──を溢し、凛は白目を剥きながら口から魂が出ている。

 

 そんな遠坂家の現当主と次期当主を前に、事の発端たる弟子はというと……

 

「素晴らしい……これまで何度も食べてきた麻婆豆腐だが、まさか、ここまで美味いと感じるとは……」

 

 時臣の弟子である言峰綺礼は、変化に乏しい表情の中に、静かな驚愕と僅かな歓喜を宿している。

 

「一人ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、わたしは甘く考えていた……これが、親しい者達で食卓を囲むという行為の尊さか」

 

 綺礼のどこかズレた感想に、桜は顔を引き攣らせながら『いや、それ絶対に違います』と内心で突っ込みを入れていた。

 とはいえ、その本心を口にするような真似はしなかった。代わりに、別の気になった事を問うてみる。

 

「綺礼さん……父親の璃正さんと食卓を囲んだ事は、当然ありますよね?」

「もちろんだとも、桜。父とは幾度となく、三食の時間を共にしてきた。だが……この麻婆を父と共に食べた事はなかったな」

「そ、そうですか……」

 

 どうやら常にボッチで食事を済ませていた訳ではないようだ。となると、綺礼のこの反応は、目の前の激辛麻婆があってこそという訳か。

 そんな思考を巡らせる桜の前で、綺礼は良い事を思いついたと、乏しい表情の口元を緩ませる。

 

「今度、父ともこの麻婆豆腐を食してみよう。ここで食卓を囲むのとは、また違った美味を堪能出来る筈だ」

 

 綺礼のその言葉を聞いて、璃正に危険が迫っていると思った桜は、慌てて止めに入る。

 

「あ、あまり辛い食べ物は、高齢の方には良くありません!胃壁にダメージを与えますから!」

「む、そうか……それは残念だ……」

 

 心なしかひどくガッカリしているように見えるのは、果たして気のせいだろうか?

 頬に一筋の汗を垂らしてそんな事を考える桜に、今度は綺礼の方が問いを投げかけてくる。

 

「桜。君はこの麻婆豆腐をどう思う?私のように、大好物という訳ではなさそうだが」

 

 自分と違って好物でもないのに()()()()()()()()()()を見て、綺礼なりに気になったようだ。

 

 この問いに、桜は正直に答える。

 

「えーと、仰る通り好みではありません。流石に激辛過ぎるので……ただ、()()()()()()()()です。()()()()()()()()ので。

 それと、この中に含まれている旨味はかなり良いと思いますよ。激辛成分で殆ど塗りつぶされてますけど」

 

 そう、激辛であっても桜は堪えてなかった。

 これぐらい、彼女の精神力を持ってすれば、どうという程の事はない。

 

 そんなやり取りをする2人を見て、時臣は心の底から震撼する。

 

(き、綺礼っ……こ、この激辛麻婆豆腐が、美味いと言うのか!?君の舌は、一体っ……どういう構造をしているんだ!!

 そして桜は、何故平然と食べている!?この辛味さえ、この娘にとっては、大した苦しみでないというのか!?)

 

 新たに知った弟子の恐るべき側面と、次女の鋼過ぎるメンタルに、圧倒されてしまう時臣。

 

 そして……そんな彼のすぐ近くには。

 目の前の劇物に、心の底から戦慄する女性がいた。

 

「…………………………………………」

 

 葵は目の前のアカイアカイ皿を前に、ダラダラと汗を垂らしていた。いつもの淑女たる振る舞いをする余裕など、今の彼女には存在しない。

 

 主婦たる葵の様子からも分かる通り、今回の激辛麻婆豆腐は彼女が調理したものではない──まあ当然だ──。()()()()で出前を取ったものだ。

 店から運んできたものだから、作り立てではない。にも関わらず、この破壊力である。

 

 彼女は折れそうな心を、必死に奮い立たせる。

 

(だ、駄目よ、葵………逃げちゃ駄目よ、逃げちゃ駄目よ、逃げちゃ駄目よ、逃げちゃ駄目よ、逃げちゃ駄目よ、逃げちゃ駄目よ……!

 ここで逃げたら、絶対に駄目なのよ!夫や娘が食べているのに、私だけ逃げる訳にはいかないじゃない!

 さあ、覚悟を決めるのよ葵!こないだ誓ったじゃない、母親として恥ずかしくない生き方をするって!)

 

 震える手で持ったスプーンで激辛麻婆を掬い上げ、ゆっくりと口へと運んでいく。

 スプーンに収まった劇物が、葵の舌に触れた瞬間───

 

「かっ───は────!!」

「あ、葵ぃぃぃぃぃ!?」

 

 淑女でしかない彼女に、激辛麻婆を耐えられる道理などなかった。一口食べただけで、ノックアウトされてしまう。

 痙攣して白目を剥く葵を前に、時臣の悲痛な叫びが響き渡る。

 

 そんな両親の様子を視界に収めながら、桜はさり気無く汗を垂らす。

 

(……う、迂闊だった……綺礼さんの楽しみを見つけるため、グルメ関連で何かやってみようと提案したけど、すでに色々な食事を試していたから、少し方向性を変えて一緒に食卓を囲んでみたら……

 まさか、こんな地獄絵図が出来上がってしまうだなんて………)

 

 凛なんかは虚な表情で、「あい、あむ…ざ、ぼーん、おぶ……まい、じゅえりぃ……」などと、訳の分からない呪文を呟いているくらいだ。

 というか、『体は宝石で出来ている』と言いたくなるほど遠坂の財政は貧弱でないのだが……凛は一体、どんな幻覚を見ているのだろうか?

 

 なお、そんな遠坂一家の惨状を眺めながら、綺礼はさらに麻婆を口にする。

 

「むう……ここまで味が増すとは……これが、食事の醍醐味か……!」

 

(あれ?ひょっとして……綺礼さんって、生粋のドS?まさか、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった……?)

 

 タラリと汗を垂らす桜。

 

 ひょっとしたら、これから機会があれは、何度でも激辛麻婆をお見舞いされるかもしれない。

 というか、それ以外でもなんか弄られそうだ。誠によろしくない意味──主に精神衛生上──で愉快な日々を過ごす事になりそうだ。

 

(ああ、でも……綺礼さんのドSっぷり、ずっと触れずに誤魔化し続けるの、何故か無理そうなんだよね……

 時が来たら、運命が勝手にこじ開けそうな、そんな予感がするというか……)

 

 むしろ、サッサと向き合っておかないと致命的なタイミングで開花しそうだ。何故そう思うのかは知らないけど。

 

 桜がそんな感じで、頭を悩ませていると───

 

 

 

 

“えぇと……心躍らせながら来てみたんだけど………一体何なの、この地獄絵図……”

 

「はい?」

 

 

 

 

 突如頭の中に響いた少女の声に、桜は思わず間の抜けた声をあげる。

 

 聞こえたのは彼女だけではなかったようで、時臣や葵や凛がなんとか首をあげる。葵と凛は息も絶え絶えであったが。

 無論、麻婆を堪能していた綺礼も聞こえていた。

 

 頭の中に響く少女の声は、若干引いた気配を感じさせながら続く。

 

“……うん、本当に驚いたわ……冬木の御三家の食卓で、まさかこんな料理を冒涜する麻婆豆腐にお目にかかるだなんて……”

 

 声の主が誰かは知らないが、その意見に遠坂の者達は例外なく同意した。

 

 だが、謎の少女の言葉に同意出来ない男が、ここにはいた。

 

「……何処の少女だかは知らないが。

 取り消してもらおうか、その言葉」

 

 無論の事、言峰綺礼である。

 彼は己の情熱に従い──己の満たされない感覚は何処へ行った──、姿の見えない少女に向かって抗弁する。

 

「君はこの麻婆を、『料理を冒涜している』と言った。この素晴らしいスパイスを、あろう事か否定したのだ。

 私はその評価を、断じて受け入れる訳にはいかない」

「いや、そこに拘るんですか」

 

 思わず突っ込みを入れる桜。

 気にするのは、そこじゃないだろう。

 

 そんな鋼の幼女の突っ込みをスルーし、綺礼は謎の少女へと要求する。

 

「姿を現して貰おうか、麻婆を否定する少女よ。冬木の御三家たる遠坂に訪れておきながら、その姿を見せないのは無礼であろう」

「あー、綺礼?それ……遠坂の当主たる私が言うべき事なのだが……」

 

 自らのお株を奪われて、時臣が弟子にささやかな抗議をする。無論、これもスルーされたが。

 

“……別に姿を隠し続けるつもりなんて、全くなかったんだけど……”

 

 師弟のコントのようなやり取りに呆れながら、謎の少女は綺礼の要求に応じる。

 

“もちろん、そのつもりよ。今からそちらに行かせてもらうから。

 はあ……もっとシリアスな空気の中、ミステリアスな雰囲気を漂わせながら登場するつもりだったのに……”

 

 ボヤキの混じった言葉を漏らす謎の少女。意識に直接声を届けるにしても、随分と芸が細かい。

 

 そんな少女に対して、時臣は当主の意地で激辛麻婆のダメージを克服し、気を取り直して遠坂当主として対応する。

 

「来訪者の方よ……我々の意識に直接声を届けられる程の腕前だ。さぞかし高名な魔術師とお見受けする。遠坂家の当主として、此度の来訪を歓迎しよう」

 

 相手への警戒心を込めつつ、礼儀正しく言葉を紡ぐ時臣。

 そして当然ながら、相手への牽制も忘れない。

 

「今からこちらに来ると、貴女は仰られたが……この敷地には様々な防御・迎撃の結界が張られている。どれほど力ある魔術師であろうと、容易く入る事など出来ない。

 よって、まずはこちらに身元を明かしてもらい、用件を聞かせてもらった上で、私が結界を調整して貴女が入れるように───」

 

 

 

 

 

「大丈夫よ、もう入らせてもらったから」

 

 

 

 

 

 すぐ近くから。

 聞こえる筈がない、謎の少女の()()が耳に飛び込んできた。

 

 

「──!?皆、下がっていろ!」

 

 咄嗟に時臣は家族の前に出て、運良く近くに置いていた愛用の杖を構える。

 そして、間髪入れずに魔術回路をフル稼働させて火炎を展開し、そこに2節の詠唱を加える。

 

「Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)!」

 

 詠唱を終えた瞬間、火炎が蛇のようにうねり、謎の少女へと襲いかかる。

 

「ちょ、お父様!?」

 

 まさかの容赦無い対応に、凛が驚愕の叫び声を上げる。いきなり全力で魔術行使するなど、思ってもみなかったからだ。

 

 ああ。しかし。

 

 

「ええ、その判断は悪くないわ」

 

 

 少女が呟いた瞬間、時臣の放った火炎は一瞬で消失してしまう。

 

「な───!?」

 

 あまりに呆気なく無効化され、驚愕する時臣。

 

 そんな驚愕する当主に、謎の少女──薄い金髪と蒼い瞳を持つ中学生ぐらいの美しい少女は、彼の過激な対応を涼しげに論じる。

 

「用件を伝えず屋敷へ侵入し、しかも結界を素通りして突如現れ、おまけに声を掛けるまで全く気づかせなかった。

 魔術師であればあるほど、看過出来ないでしょうね。自身の拠点をあっさり攻略されたんだもの。

 

 危険人物と判断し、こんな過激な対応を取るのは、別におかしい事ではないわ」

 

「くっ……!」

 

 自身が下した判断を丁寧に解説され、時臣は気圧される。

 

 少女の言葉に加えて、『このような手腕の持ち主がアッサリ焼き殺される筈がない』という判断もあり、時臣は容赦無い対応をした訳だが……

 それでも、見積もりが甘かったようだ。

 

 時臣は次の魔術を行使しようと、今度は魔術刻印から発動させようとするが───

 

「ごめんなさいね。とりあえず、術の行使と身動きは封じさせてもらうから」

「──!?」

 

 少女が言い終えた直後、時臣の両手足が魔力の紋様で絡め取られる。

 驚愕する時臣。そしてすぐに、驚愕は焦燥へと変わる。

 

(馬鹿な!?魔術がっ、全く発動出来ない!?)

 

 単なる魔術の行使だけでなく、魔術刻印からの発動まで封じられていた。なんという離れ技か。

 己の魔術回路を全力で稼働させてこの拘束から逃れようとするが、ビクともしない。

 

()()()()()()()()()で、これほどの拘束術を発動させるとはっ……この少女、一体何者だ!?)

 

 戦慄を通り越して、恐怖を覚える時臣。

 当主となってからこれほど力の差を感じた事など、彼にとって初めての出来事であった。

 

「師よ!」

 

 己の師の窮地を打開すべく、綺礼は少女に向かって駆け出す。

 

 恐るべき相手と判断したが故に、綺礼は一切容赦しなかった。

 何の躊躇いもなく、『金剛八式・衝捶』を放つ。

 

 現役の代行者が放つ正拳突きだ。実戦で鍛えられた彼の八極拳は凄まじい人体破壊術であり、生半可な相手では太刀打ち出来ない。

 中学生くらいの少女に命中すれば、赤い花が咲くのは間違いなかった。

 

 ……あくまで、『()()()中学生くらいの少女』であればだが。

 

 

「あら。最近の聖職者は、随分と荒々しいのね。それとも、私が無知なだけだったかしら」 

 

 

 もっとも、その攻撃は命中さえせずに、空ぶってしまう。

 少し離れた場所に現れ、白々しいセリフを口にする謎の少女。

 

 その光景を見た時臣が、畏怖と共に叫ぶ。

 

「やはり───空間転移か!」

 

 それは、()()()()()()()()()()()()であった。

 それを、謎の少女はいとも容易く行使している。

 

「一体……この少女は、何者なんだ……?」

 

 まだ短い時間しか経ってないが、それでも顔面蒼白になる時臣。今度は内心の疑問を、意図せず口に出してしまう。

 

 だが、生粋の魔術師である師とは違い、代行者たる綺礼は揺らがなかった。

 伊達に修羅場を潜っておらず、また空虚な心を抱えながらそれを満たそうと足掻いてきた訳ではない。

 

「なるほど……お前を人間と思って相対すべきではない、ということか」

「あら?それは随分と失礼な言い草ね。あなたって、ぶっきらぼうだわ。もう少し女の子の扱いを心得なさい」

「例え私がその扱いに長けたとしても、お前に向けられることはないだろう」

 

 にべもなく切って捨てる綺礼。そもそも、その忠告は彼にとって的外れだった。

 

「それと、こう見えても私は既婚者だ。女の扱いはそれなりに心得ている。

 いや、正確には既婚者()()()と言うべきか。2年前に妻を亡くしているのでな」

「そこでさり気無く重い話題を持ち込まないでほしいわね。デリカシーにかけるでしょ?」

 

 謎の少女の言葉に答えず、綺礼は再び駆け出す。『活歩』による鋭い踏み込みで、先程よりもずっと速い。

 所詮は食卓がある室内だ。両者の距離は短く、それは一瞬で縮められる。

 

 自身へ迫り、右腕を振り上げる代行者に、少女は涼しい表情を全く崩さない。

 別に、()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 とはいえ、少しだけ趣向を凝らしてみる。

 

 

(別の可能性──()()()()()は、どうだか知らないけれど)

 

 

 誰に聞かせるでもない、少女の内心の呟き。

 ごく自然な動作で彼女の左手が、綺礼の右腕へと添えられる。

 

 

()()()は、体術も嗜んでいるから)

 

 

 綺礼が放った鋭い拳打は、少女が添えた左手によってアッサリ受け流される。

 

「!?」

 

 絶技とも言える手捌きに、綺礼は驚愕する。この展開は予想していなかった。

 そのため、ほんの一瞬だけ体が勢いに流されかけるが───

 

「ぬぅん!!」

 

 流石は現役の代行者というべきか、下半身に力を入れて踏み止まった。床に振動が伝わり、ズンッという音が室内に響く。

 そして、強引に体勢を立て直した綺礼は、両腕で防御態勢を取る。

 

 このような手を打ってくる相手だ。攻撃の後の隙を狙った一撃が来ると、綺礼は読んだのだ。

 彼の服装は防弾処理が施されており、銃撃さえ防いでしまう。そのため、少女の細腕ではどうしようもないかと思われたが……

 

「それ、悪手よ」

 

 短く告げる、少女の声。

 それを聞いた瞬間、綺礼は己の失敗を悟った。

 

 急いで離脱しようとするも、すでに手遅れだった。

 

 防御態勢を取った両腕に、彼女の手が添えられて───体内に魔力を勢いよく流し込まれる。

 

「かはっ───!?」

 

 あまりの手際の良さに、綺礼は全く抗えなかった。体内の気脈を派手に乱され、そのまま崩れ落ちてしまう。

 

「ぐ、ぐっ……!」

 

 彼はなんとか起きあがろうとするが……体にまるで力が入らない。こんな事は初めてだった。

 これまでの異端討伐で、体内へ仕掛けてくる敵とは何度か巡り会ってきた言峰綺礼──伊達に戦いの日々を送ってきた訳じゃない──であるが、これほど巧みな手腕は体験した事がなかった。

 

 たったの一撃。たったの一撃だ。

 それが、このあり得ざる光景を作り出していた。

 

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 

 魔術と身動きを封じられている時臣が、目の前の光景に愕然とする。

 

 魔術の腕はともかく、単純な戦闘能力では時臣を上回る綺礼だ。10代のうちから異端討伐の任に着き、敵を狩り続けてきたその強さは、恐ろしいと表現するしかないものだ。

 

 そんな生粋の人間兵器が、まさかこうも簡単に敗北するとは。愕然としない筈がなかった。

 

 

 そして、この場には時臣以上に愕然とする者がいた。

 

 

「お、お父様……綺礼……っ」

 

 顔を真っ青にして震える凛だ。

 

 最近は完璧でないと理解したが、それでも自分より遥かな高みにいて魔術師の理想像である、彼女が尊敬する偉大な父。

 そして、こちらは気に食わない相手だが、代行者としての実力は子供なりに認めていた、父の弟子たる言峰綺礼。

 

 どちらも、まだ幼い凛より遥かに強い。それに対する凛の信頼は厚かったのだ。

 

 

 そんな父と綺礼が。

 ほんの短い間に、赤子の手を捻るように無力化されてしまった。

 まだ中学生くらいに見える、謎の少女によってだ。

 

 

 つい先日、6歳から7歳になったばかりの凛には、あまりにショックな光景だった。

 

 

 そして……その少女が凛の方に顔を向けて、ニコリと微笑む。

 

「ひっ───!?」

 

 恐怖に悲鳴をあげる凛。

 彼女からしてみれば、謎の少女の微笑みを外見通りに受け取る事など出来ない。肉食獣が草食獣に向けるソレにしか見えなかった。

 

 そんな娘を、葵は恐怖に震えながらも必死の思いで抱き寄せる。

 

 この空間が謎の少女に支配されていた、その時───

 

 

 

「戯れはそこまでにしてください。流石に悪趣味が過ぎますよ」

 

 

 

 謎の少女に、鋭い声が投げかけられる。

 

「さ、桜……?」

「桜!?危険よ、下がって!」

 

 妹の声に凛が戸惑い、葵が慌てて制止の声をあげる。

 

 だが、桜は気にせず謎の少女を見据える。

 というか、その視線は何故かじっとりしたものであった。

 

 声を受けた少女はというと、楽しそうな笑みを見せる。

 

「あら。あなたは分かったのかしら」

「あなたに()()()()()()()()()()()ですか?ええ、もちろん分かっていますとも」

 

 桜の言葉に、その場にいるほぼ全員が驚愕する。もちろん、言葉を交わしている当事者達を除いてだ。

 

「少し観察していれば読み取れました。こう見えて、他人の悪意や敵意を見抜く目には自信がありますので」

 

 養子先の間桐にて、桜は臓硯から悍ましい悪意を向けられてきたのだ。そういった感情を察知するのは、彼女が得意とするところだ。

 

 そんな遠坂の幼女の返答に、「なるほど」と頷く少女。その仕草は愛らしいが、見た目通りに受け取る者はこの場にいない。

 

「その観察力、流石だわ。伊達に間桐の当主を倒した訳ではないのね」

「……やはり、そこまで調べてましたか」

 

 予想はしていたという桜に対し、2人の会話を聞いていた時臣は苦渋の表情を見せる。

 

 魔術師界隈では、間桐の一件は儀式の失敗という事になっていた。もちろん、それは時臣達が情報操作をしての事だ。

 

 その実力はどうあれ、まだ幼い桜に余計な注目を集める訳にはいかなかったが故の対処だ。下手をすれば、魔術師界隈で良からぬ事を考える者が現れかねないからだ。

 冬木の管理者たる遠坂に手を出す者はそう居ないが、用心するに越した事はなかった。

 

 だが、少女は自ら動いて真相に辿り着いたようだ。

 実力だけでなく、行動力もあるという事か。誠に厄介極まる相手だと言える。

 

 苦渋の表情を浮かべる時臣の前で、2人の会話は続く。

 

「その子の言う通り。私はただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけ。最初から、あなた達をどうこうするつもりなんて全くないの。だから、そんな恐れられると傷ついてしまうわ」

「心にも無いことを言わないでください。どう見ても、そんな繊細な神経の持ち主じゃないでしょう」

「あら、手厳しいのね」

 

 桜の言う通り、少女に堪えた様子など全く無い。

 

「身元と用件を告げず、結界を素通りして入ってきたんですから、魔術師であれば『敵対行動を取られた』と解釈します。先程、ご自分で仰っていたじゃないですか」

「そうね。確かに言ったわ。そこは確かに、私の気遣いが足りなかったのかも。

 素直に謝らせて貰うわ。ごめんなさいね?」

 

 どこか優雅さを漂わせながら、自然な謝罪をする少女。その振る舞いに、してやられた立場の時臣はつい感嘆してしまう。

 

 とはいえ、少女の側にも言い分はあった。

 

「ただ、こちらを危険な相手と判断したからといって、武力行使しか選択肢がなかった訳じゃないでしょう?上手い具合に交渉するという手もあった筈よ。その辺り、せっかちだったんじゃないの?」

 

 その指摘に、桜は思わずサッと目を逸らす。

 

「まあ、そこは……父のウッカリという事で……」

「う"っ……」

 

 遠坂の厄介な遺伝たる『ウッカリ』に言及され、気不味げな声を漏らす時臣。

 確かに、魔道の家門の当主をやっているのだから、それぐらいの臨機応変さは見せても良かっただろう。

 

「……コホン。いい加減、名前を明かしてもらえないだろうか。身元不明の相手をこの場にいさせるのは、遠坂の当主として看過する事は出来ない」

 

 自分の失態を誤魔化すように告げる時臣。割とみっともなかった。

 傍で見ている凜が、ちょっぴりジト目になっている。

 

 愛娘の視線にさりげなくダメージを受ける男に、軽くおかしい気持ちになりながら、その少女は要求に応じる。

 

「そうね。いつまでも正体不明だと話が進まないもの。あなたの要求は当然だわ。

 それじゃあ、遅くなったけれど、自己紹介をさせて貰うわね」

 

 そう言って、謎の少女は礼儀正しく名乗りをあげる。

 

 

 

「私の名前は、()()()……沙条(さじょう)愛歌(まなか)よ。

 そちらの当主のおじ様なら、この名前は聞いた事があるんじゃない?」

 

 

 

 自身の名を明かした謎の少女───沙条愛歌は、可憐でありながらも不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 




 まあバレバレだったけど、愛歌お姉ちゃんでした。
 なお、『マナカ虐殺ウィップ』の使用は無しという事で(だってトッキーとマーボーが死んじゃうし)


 
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