甲殻大怪獣ザリラvs宇宙怪獣ネビュラー   作:佐藤特佐

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第2話 札幌襲撃

 

 

 パラパラと雪が舞っている。おしゃれな看板が光り、街頭テレビでは、先日目撃された火球のニュースが映像とともに放映されていた。

 そんな鮮やかに光を発する繁華街から逃れるように、俺は暗い脇道を歩いていた。寒さのせいか、はたまた居心地の悪さ故か、自然に足取りが早くなる。

 

 たしか“あの日”もこんな天気だった。どんよりと曇った灰色の空を見上げる。瞬きで目を閉じた瞬間、悲鳴と救急車のサイレンが聞こえた…気がした。

 

 ブーツで雪を踏みしめたことで、意識が引き戻された。あれから20年以上経っているのに、いまだに思い出してしまう。それを振り払うように首を振ると、凍える手をこすり合わせ、白く濁った息を吐いた。

 

「……腹減った。」

 

 

 

 俺は岩崎 栄二(いわさき えいじ)。39歳。日本国防陸軍で大佐をやっている。所属の部隊は普段は仙台に駐屯しているが、合同演習に参加するために先日から北海道に入っていた。

 今日は午後から非番だったので札幌をふらついていた。しかしどうにも居心地が悪い。そんなこんなで夕方になってしまった。

 

 店先の窓に反射した自分の姿が目に入る。迷彩柄の軍服、それを隠すように羽織った茶色いコート。靴は頑丈な軍用ブーツ。戦地帰りの兵士みたいな服装だなぁと今更思った。

 

「確かあっちに札幌ラーメンの店あったよな。そこで酒飲んで帰るか。」

 

 足取りが自然に早くなる。白い息をたなびかせながら、細い路地裏を進む。眩い光を目に入れたくなくて、視線が下がる。いつの間にか、自分の足元だけを見ていた。

 

 

 

ドンッ

 

 

 小さな十字路で誰かとぶつかってしまった。よそ見してたのが良くなかった。完全にこちらの落ち度だ。

 相手は小柄な女性だった。軍人の体格に敵うはずもなく、思いっきり突き飛ばす形になってしまった。彼女のショートの黒髪と黒いコートが雪で白く模様が付いた。

 

「ごめんなさいっ!」

 

 俺は慌てふためいて倒れた女性に駆け寄った。やってしまった。市民を守るべき軍人が、逆に傷をつけてしまうなど……。

 

「いえいえ、私もボーっとしてて…。」

 

 女性は俺の手を掴んでゆっくり立ち上がった。幸い怪我はしていないらしい。コートに付いた雪を払い落としつつ、彼女も謝罪しながら頭を下げた。

 

「ごめんなさ……ん?岩崎さん⁉」

 

 俺の顔を見るなり突然名前を呼んでくる女性。なぜ俺の名を…?

 不審がって彼女を観察する。その顔を見て……俺も驚いてしまった。忘れるはずもない。彼女は。

 

「桂木さん!」

 

 お互い相手を指差し合い、硬直する。周囲の人々からの視線を感じるが、やがてそれも疎らになっていく。こんなところで彼女に再会するなんて。

 

 

 

 

 ここで俺と彼女の“これまで”、そしてこの世界のことを少し話さねばならない。

 

 彼女は桂木 悠(かつらぎ ゆう)。忘れるわけもない。2年前の怪獣襲来の際、共に最前線で戦った仲間なのだから。

 彼女は、あの日現れた甲殻類型怪獣を「甲殻怪獣ザリラ」と呼び、ザリラとの間に特別な”何か”があった。俺は軍人としてザリラを倒そうとする側だったが、彼女と出会い、世界の真実を知った事で、やがてザリラの側に立つようになる。そしてザリラと桂木さんは本当に”世界を救った”。

 俺自身も彼女らに救われたと思う。ただただ命令をこなすだけだった毎日に終止符を打ち、「夢」や「本心」を思い出させてくれた。見える世界が少し明るくなった。俺にとって彼女たちは、戦友であると同時に、救世主でもあるのだ。

 

 「ザリラが世界を救った」という真実を知る者は少ない。古代超文明の存在、怪獣の正体、怪獣を出現させていた黒幕、そして彼らの野望……すべては極秘情報として闇に葬られた。

 だがそれで良いと俺は思う。そんなことで俺たちの戦いが無かったことになるわけじゃないから。

 桂木さんは「ザリラを出現させた」として取り調べを受けたが科学的証拠がないとして無罪放免、俺も左遷だけで済んだ。まぁ丸く収まったし良いんじゃないか。

 

 

ずるずるずる……

 

 

 隣で美味そうに札幌ラーメンを啜る桂木さん。俺はそれを見ているだけでお腹いっぱいに感じてしまう。しかしラーメンのしょっぱい匂いには抗えない。

 湯気を上げるどんぶりを前に、割り箸を裂く。

 

「いただきます!」

 

 

 

 

「それで、私が辞表を叩きつけてやったら、部長が青ざめてですね。『これ以上辞められたら会社が回らなくなる』て必死なのがもう可笑しくて」

 

 桂木さんの話を聞きながらお冷を飲む。

 

「だから私ね、『今度はあんたが三倍働く番だ頑張れよ』って言ってやりましたよ!」

 

 たしか桂木さんはブラックっぽい会社に勤めてたんだよな。思い切って辞めたらしい。それにしても思い切りが良すぎると思うのだが。

 

「……まぁ、ザリラのおかげですね。こうやって勇気出せるようになったのは。」

 

 桂木さんが発した“ザリラ”という単語に、俺は目線を上げた。彼女と目が合う。その目は少し悲しそうに見えた。

 

「あれから、夢にも出てこなくなっちゃいました。今どうしてるかなぁ。」

 

「軍の方でも捜索は打ち切られた。見つかったところで…ではあるよな。」

 

 俺の言葉に彼女はため息をついた。慌てて「でも」と付け足そうとするが、彼女に制された。

 

「良いんです。私たちもザリラも、それぞれ幸せであるなら。」

 

 

 

 

 そこからは他愛のない話が続いた。桂木さんは商店街の福引で北海道旅行のチケットを当てて来ているんだというのには驚いた。俺は合同演習の話(新兵が戦車に落書きをした、訓練相手の隊長が凍った沼に落っこちた、など)をすると、彼女は笑いながら突っ込んでくれた。

 話は防衛博物館の話題に向かった。桂木さんが「今日行ってきたよ」というので写真を見せてもらったら、俺が関わった“それ”もちゃんと写っていた。

 

「この不発弾、俺が見つけたんだよね~。」

 

 画像には“吸着地雷”と説明書きされた展示品が映っている。円盤形のそれには磁石が埋め込まれており、それで敵の戦車にくっつけて爆発させる兵器なのだ。

 

「沖縄の演習場で訓練してた時、パワードスーツのセンサーに何か反応したんだよ。なんだろなぁって掘り返してみたらコイツがコンニチハ。」

 

 目を輝かせて聞き入る桂木さん。「それでそれで?」と先を促す彼女を見て思う。この人は変わらないな、と。

 変わらないというのは決して悪い意味ではない。彼女の“心”はブレてない。自分を見失っていない、芯がちゃんとあるってことだ。なぁ、見てるかザリラ。桂木さんは前に進もうとしているぞ。本当の幸せを探すために、彼女なりに生きてるぞ。

 

 少しだけ物思いにふけっていた、その時。大きな物音がした。

 

 

ガシャン

 

 

 ガラスの割れる音に、俺たちは同時に振り返った。厨房のほうからだ。二人で顔を見合わせる。鍋を落としたわけじゃなさそうだ。

 席を立ち、様子を見に行く。桂木さんも背中に隠れながら付いてきた。厨房の方で断続的な音……金属がタイルを擦るような?……が聞こえる。

 

 意を決して厨房を覗き込んだ。俺はアッと声を上げそうになった。後ろで桂木さんが「ひいっ!」と叫んだ。

 

 店員が、壁に磔にされていた。彼の顔面に突き立てられた“槍”によって。槍は絶叫するかのように開かれた口から侵入し、後頭部を貫いて、レンガ作りの壁に突き刺さっている。口から血が滴り落ちて床に赤い水たまりを成していた。

 そしてこの殺人を犯した犯人であろう「それ」が、こちらに気が付き振り返る。銀光する、昆虫か甲殻類のような姿をした「それ」。体高は2メートル程あるだろうか。鋭い吻を形作る頭部には六つの複眼が備えられ、赤く怪しい光を発する。ガシャガシャと動く足は節足動物を連想させる。刺刺しいその容姿は「それ」の凶暴さを誇示しているかのようだった。

 

 

【キィィィィ】

 

 

 金属をこすり合わせるような鳴き声を上げる「それ」。

 間違いなく、これは通常の生物じゃない。怪獣だ。俺は桂木さんを手で庇いながら、ゆっくり後退する。彼女は恐怖で今にも泣きだしそうだった。手で口を押え息を殺している。

 

 

ガシャガシャ…

 

 ゆっくりとこちらに迫ってくる怪獣。無機質な見た目なのに目や口があるのが不自然で不気味だ。怪獣の脚がテーブルに引っ掛かり、倒す。茶碗の割れる音が木霊した。

 

 背が壁に接触する。追い詰められてしまった。

 目の前で口を開く怪獣。それは嬉々とした表情に見えた。まるでバッタの口のように、左右に開く鋭い嘴が、こちらに狙いを定めている。人の手足なんて簡単に噛み千切られてしまいそうだ。

 

 

「私に構わず…」

 

 震える声で囁く桂木さん。確かにこれは相当まずい状況だ。だが。こんなところで諦めてたまるものか。そうだ。俺はあの時から決めていたじゃないか。大切な人を失いたくなくて、それで軍人になったんだ。

 調理台の上に置かれた包丁が視界に入る。やるしかない。

 

「…絶対見捨てたりなんかしないからな。」

 

 それだけ伝え、包丁に手を伸ばす。同時に怪獣が突進してきた。

 

「おりゃぁぁぁッ!!」

 

 意を決し、包丁を突き出す。眼前に迫る怪獣の身体。恐怖を具現化したかのような姿が、目と鼻の先まで迫る。口が開いた。

 

【キシャァァァァ‼‼】

 

「飲食店に虫が…入ってくんじゃねぇぞぉ!」

 

 怪獣の顔面に包丁を振り下ろす。入った。頭部に突き立てられた刃は、しかし、宙を舞っていた。

 スローモーションのように見える。無残に刃こぼれした刃が地面に接触する様子が。

 

「くそぉ!」

 

 右手に激痛が走る。包丁が受けた衝撃は柄を通してそのまま手に伝わる。右手が痺れていうことを聞かない。

 

 そんな俺に、怪獣は容赦なく振り向きざまに脚を振るう。硬いうえにトゲトゲが無数に生えた脚が、まるで鞭のようにしなりながら、顔の前に迫る。

 空気を切る鋭い音。

 

 危ないッーー!!

 

 叫ぶ間も目を閉じる間もなかった。高速で振るわれた凶悪な鞭を、咄嗟に身を屈めて回避。無意識だった。俺がもし訓練を積んだ軍人じゃなかったら、複雑骨折しながらぶっ飛ばされていただろう。

 

 標的を見失った脚が、カウンターを粉砕する。店内に立ち込める粉塵。一瞬で視界が奪われた。怪獣が、粉塵に巻かれて一瞬俺たちを見失ったらしい。

 

「おら、立て。今のうちに逃げるぞ。」

 

 腰が抜けてへたり込む桂木さんの腕を掴み、強引に引き起こす。痛いよ握る力が強いよ~とか喚いているが、今は非常時だ、我慢してもらおう。彼女を引っ張りながら出口から飛び出した。会計済んでないけど仕方ないだろう。

 

 外に出て、ちょっと逃げたら交番にでも電話しよう。そのあとは国防軍に連絡を入れれば、緊急時特例ですぐに出動命令が出され、部下たちが機関銃を担いでやって来てくれるだろう。

 俺はそう信じて疑わなかったし、それは桂木さんも同じだったようだ。だから外に出たとき、二人で立ち尽くす羽目になった。

 

 最初に目に入ったのは、電柱に突っ込んだ乗用車だった。事故かなと思った。でもそれだけじゃない。向かいの家は窓ガラスが割れている。様子がおかしい。

 …ん?あれは何だ?何か肌色の筒が……。

 

「なっ⁉」

 

 思わず声を上げてしまった。道の真ん中に落ちているのが、切り落とされた“腕”だと気づいたから。こちらに身を寄せしがみつき、泣き声を上げる桂木さん。

 俺は悟った。あの虫怪獣は一匹じゃなかったんだ。あいつらが群れで街に現れ、こんなことに……!

 

 遠くはない距離から聞こえる銃声。人々の叫び声。鳴り響く防災放送。いつの間にか聞こえ出した物々しい音たちが、夜の札幌を支配していた。

 

 

 

 

 

「こちら陸軍大佐の岩崎だ!応答せよ!」

 

 手持ちの無線機に向かって叫ぶ。兵士は仕事中でなくても何かあり次第報告できるよう、専用の無線機が支給されているのだ。こういう時の備えだ。

 しかし。無線機の先から聞こえるのは雑音だけ。電波が悪いらしい。

 

「こんな時に限って…くそっ!」

 

 そう悪態を吐いている暇もなかった。道の角から巨大な影が現れた。俺たちは同時に身構える。

 

「あれは…!」

 

 視界に入ってきたそれは、怪獣とは異なるフォルムをしていた。もっと言えば人型の機械であった。青く輝く頭部の単眼、コックピットを内蔵した胴体、ロボットアームには特製の対物ライフルが握られている。

 よく見慣れたその姿に、俺は笑みを浮かべる。

 

「パワードスーツだ!」

 

 96式多用途パワードスーツ。国防陸軍とフューチャーダイナミクス社が開発した、搭乗型の二足歩行ロボットだ。俺もコレの搭乗員だし、桂木さんもザリラの件で色々と関わったのでご存じだろう。

 

 怪獣じゃないと分かってとりあえずホッとするのも束の間、パワードスーツの搭乗員が呼びかけてきた。

 

『伏せろッ!!!!』

 

 ただならぬ怒声。同時にパワードスーツの銃口がこちらに向けられる。え、撃たれる…⁉

 閃光。一瞬遅れて、弾丸のソニックブームが頭上を通過した。身を屈めながら振り返り、弾の飛んで行った後方に目を遣る。驚きのあまり目を見開いたのが自分でもわかった。俺たちの後ろ10メートルほどの距離に、例の怪獣がいた。忍び寄っていたんだ。

 パワードスーツの撃った弾は見事命中。対物ライフル弾の直撃を受け、怪獣の胴体に穴が穿たれる。青い液体が噴き出した。

 

【キィィィィイイ!!!!!!!】

 

 悶絶するような鳴き声を上げてよろめく怪獣。効いてはいるようだが、戦車を貫通する威力のある弾を喰らっても生きているなんて……。

 

 パワードスーツはライフル側面のレバーを引き、薬莢を排出。レバーをもとの位置に戻すと、次弾が装填される。すぐさま照準を定め、ロボットアームが引き金を引く…その一瞬先に、怪獣が動いた。

 

 俺は見た。怪獣の口が開かれるのを。観音開きに開いた口から、音もなく「それ」が飛び出した。目を瞑る暇もなく、一瞬後には「それ」は俺の目前まで迫っていた。

 

 

キィン!

 

 

 俺たちの脇を至近距離を抜け、パワードスーツの腰に「それ」が突き刺さる。深々と刺さるそれはラーメン屋で店員を磔にしていた“槍”だった。 コックピットの位置をずれていたのが幸いだった。

 やっとわかった。あれはこうして怪獣が発射した飛び道具だったんだ。

 

 

バンッ!!

 

 

 パワードスーツが放つ対物ライフルの2射目が、怪獣の上半身を吹き飛ばした。見事な射撃だった。どこの所属か確認してやりたい。

 怪獣は青い血液を撒き散らして沈黙。とりあえず一匹は撃退できたらしい。

 

ふぅ。

 

 ひとまずの安堵からため息をつき、桂木さんの方に目を遣る。「大丈夫か?」などと声をかけようとするが、彼女の腕を見て、俺は息を吞んだ。彼女の左腕が赤く染まっていた。

 

「おいそれ……!」

 

「ん?」

 

 桂木さんは、俺の指さす左肩の辺りに目を遣る。コートが破れ、破れ目から滲んだ赤い液体が黒地に染み込んでいる。

 怪獣の放った“槍”が掠めたんだ。彼女は俺に指摘されるまで気づいていなかったらしい。そして気が付いた瞬間、腕が捥げるかのような痛みが襲われたのだ。

 

「痛ッ……ああぁぁぁあああぁっ!!」

 

 ふらぁっと倒れる桂木さん。それを間一髪で受け止める。彼女の顔は真っ青だった。いかん。早くどこかで治療してもらわねば。

 しかし何処で。市街地は既に戦場と化している。軍指定の避難場所に向かう必要がありそうだ。

 

 

 苦しそうに顔を歪める桂木さんを抱える手に、生暖かい感覚が伝わってきた。血だ。くそ、出血が激しいか…!

 ふと血にまみれた手を見つめる。俺の脳内に、忘れ去りたかった光景が流れ込んできた。フラッシュバックに目を瞑る。

 そうだ。“あの日”もそうだった。今度こそ、助けたい。大切な人を目の前で失いたくない。

 

 パワードスーツのパイロットが呼びかけてくる声が、遠く感じられた。

 




第3話「ネビュラー」に続く。
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