ズダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!
何処からか響き渡る銃声の中を進む歩兵たち。コンクリートブロック製の塀を曲がったところで、先頭の隊員が足を止めた。彼は思わず息を呑む。電球が切れて点滅する街灯。その光に照らされ、異形の姿が晒された。
体高は2メートルほどのそれは、暗い銀色の節足動物のような容姿と、赤く光る片側六つの複眼を持つ。一体でも恐ろし気なそいつが、軍勢を成してこちらに迫ってくる。兵士たちは屈強な体を恐怖に震わせた。
銃を放り出して逃げ出したい。しかし、隊長はそれを許さなかった。
「撃ちまくれぇッ!」
途端に一人の兵士が自動小銃の引き金を引いた。恐怖が引き金を軽くしていたのかもしれない。一瞬遅れて、他の隊員たちも釣られて発砲。街路を銃弾が飛び交った。
兵士たちは混乱しながら発砲したものの、撃ち出された銃弾の大部分は怪獣に命中した。表皮で小さく散る火花。しかし、それだけだった。怪獣の硬い外骨格は銃弾を悉く弾いて見せた。
兵士たちの弾倉が空になったとき、怪獣は全くの無傷であった。銃が効かない。慌てふためき、替えの弾倉を取り落とす者。弾の出ない状態で引き金を引き続ける者。部隊は大混乱に陥った。
その様子をあざ笑うかのように接近する怪獣たち。ガシャリ、ガシャリと一歩一歩を踏みしめてくる。不意に立ち止まる。兵士の一人と目が合った。
不快だ、と怪獣は思った。あの小さな生物たちは飛び道具を使って邪魔をしてくる。ならばこちらも…。
シュッ‼
怪獣の口から、鋭利な槍が飛び出した。隊員が感知する間も無く、一瞬後には、彼の顔面はダーツの的となっていた。命中。槍は突き刺さるだけでは飽き足らず、兵士の頭部をスイカ割の如く粉砕し、内容物を飛散させた。
他の個体も続いて槍を射出する。宇宙金属でできた槍は、怪獣体内の電気回路で生成された電磁場に乗せられ、フレミングの左手の法則に従って親指の方向に強力な力が働く。磁界の力で瞬間的に超音速まで加速されて発射。狙いを外すはずもない。
ことも無しげに歩兵部隊を無力化した怪獣たちは、熱源が集まっている場所を目指して侵攻を再開した。
それが避難者たちの集まる軍指定の避難所であるなど知る由もなく……。
◇◇◇◇◇
「なるほど……それは相当マズいな。」
国防陸軍札幌駐屯地。ここの長官から聞く話によると、かなりの危機的状況らしい。
まず、例の群生型怪獣が基地周辺まで迫っている。パワードスーツや戦車の増援が間に合わず、歩兵隊が中心で防衛線を張っているが、それも突破されつつあるという。そしてこの基地は緊急避難場所になっている。隣接する体育館には避難者が身を寄せ合っている。こんなところに侵入されるのは絶対に阻止せねばならない。
ならば増援を急がせればよい。しかしそれができないのだ。これが第二の問題点。原因不明の通信障害が発生し、軍民問わず情報通信機器がほとんど使えない。テレビ、ラジオ、インターネットは軒並み不通。軍用の無線や共有システムもダメ。一体どうなってると言うのか。
「増援が見込めない故、岩崎大佐にもお手伝い願いたい。」
というのが長官の要望だ。曲がりなりにもこの基地に流れ込んできたのだ、従うのが筋だろう。
「了解。基地防衛の任に就きます。装備を貸していただきたい。」
簡易式の防弾チョッキ、どうせ役にも立たない無線機、旧式の小銃。どう見ても不安しかない装備だが、文句を言っていられる状況ではない。仕方なくため息をつくと、白い息が拡散して、消えた。廊下にまでごった返す避難民の波をかき分けながら歩みを進め……小さなドアが目に入った。「医務室」の表示。
出撃前に、少しだけなら。
ドアを開けて部屋に入ると、消毒薬のにおいが鼻を突いた。点滴に繋がれ、ベッドに寝かされているのは、俺の親友。彼女の腕には包帯が巻かれている。昨夜、怪獣にやられた傷だ。
俺がちゃんとしていれば。彼女は傷を負わずに済んだのではないか。桂木さんをここに運んでくる間、ずっと自問自答していた。
また何もできなかった。俺はいつだってそうだ。眠り続ける親友を前に、再び後悔が襲ってくる。
「……すまない。」
被っていたヘルメットを外し、深く頭を下げる。こんなことをしてもどうにもならないのは分かっている。でも…。
その時、彼女の口が少し動いた。どこか苦し気に見える。まるで悪夢に魘されているように。
慌ててベッドの横に駆け寄ると、桂木さんはか細い声で“呟いた”。
「星雲からの侵略者……」
「おい、しっかりしろ!」
いかん、こりゃ危ない状態かもしれん。どうしようかと見渡すと、呼び出しボタンが目に入る。ためらわずにそれを押した。
医者が入ってきた。邪魔になるのも悪いので、そそくさと部屋を出るしかない。追い出されるような形で部屋を後にするとき、閉まるドアの隙間から、彼女の寝顔をそっと拝んだ。
◇◇◇◇◇
「偵察隊の情報によると、0400、敵は第二防衛線を突破。最終ライン到達もすぐだと思われる。我々は基地正面の警護に当たり、戦車隊およびPS隊の援護を行う!」
吹雪の中でも聞こえるほどの声量で話すのは、作戦を指揮する
基地の最北部。これからここが戦場となる。すでに到着し、雪をかぶりながら粛々と敵を待つ4両の戦車。大型対物ライフルに弾こめをしている7機のパワードスーツ(PS)隊。そして俺たち歩兵は20人弱。こんな兵力で小型とはいえ怪獣の相手ができるのだろうか。
体の震えは寒さからか、それとも。
基地の前は大通りになっている。周辺は住宅と耕作地。住民の避難は完了しているので、民間家屋への多少の被害には目を瞑り、基地に接近する怪獣の殲滅に集中する。
作戦概要が伝えられ、いよいよか、と思った時だった。
「敵を確認!」
戦車のハッチから顔を出して双眼鏡を除いていた乗組員が叫ぶ。同時に照明弾を発射。隊員の拳銃から飛び出した閃光が、ゆっくりと降下しながら辺り一帯を眩く照らしだす。赤い光に照らされ、ちらちらと光を反射するものが見えた。
居た。道路をこちらに迫ってくる異形の群れ。鈍い銀色の体表が赤い光を反射する。子供のころに見た、アリの行列のように……しかし、何百倍も大きく。
「目標、正面の敵性群生生物。距離800!」
即座に戦車の砲塔が旋回し、砲に仰角がかけられる。指向が終わったところで、ハッチから身を乗り出した戦車隊長が声を張り上げる。
「各車撃ち方始め!」
ドッ!!!!!!!
戦車が射撃を開始した。ものすごい轟音が襲い掛かってくる。発射の風圧で鼓膜がやられぬよう、耳を押さえる。弾はオレンジ色の軌跡を残して小さくなり…一瞬後に炸裂した。
戦車は代わる代わる砲撃を続行する。怪獣の群れの上空で立て続けに砲弾が炸裂し、群れの先頭個体はその都度塵と化す。巻き添えを喰らった民家が、乗り捨てられた乗用車が、砲弾の炸裂に巻き込まれて消えた。
怪獣は殲滅されつつあった。この距離では怪獣の飛び道具は届かず、一方的に戦車砲が敵を破砕している。しかし曵火攻撃から運よく逃げ延びた個体が、静かに前線に忍び寄ってくる。
この撃ち漏らしを食い止めるのが、PSと俺たちの役目。
ドドドドドドドドド‼
パワードスーツ隊が射撃を開始した。射程内に入ってきた残存勢力をマシンガンで撃ち抜く。暗闇を照準用の曳光弾が横切り、攻撃が集中した個体が弾け飛ぶ。
普通なら対戦車ヘリに載せるような25㎜機関砲での掃射だ、木っ端微塵になって頂かないと困る。
さらにそれの撃ち漏らしを、俺たち歩兵が始末する。よろよろと接近してきたのは、戦車とPSの攻撃で脚を負傷した怪獣。何とかここまで辿り着いたらしいが……お前の運命もここまでだ。
「射撃用意!」
俺たち歩兵隊の指揮官でもある氷室准将が声を張り上げた。皆一斉に小銃を構え、照準をつける。それに気が付き威嚇する怪獣。
「撃て」の号令と同時に、躊躇いなく引き金を引いた。肩に反動が伝わってきた頃には、撃ち出した銃弾は、敵の頭を撃ち抜いている。
青い液体を噴き出しながら崩れ落ちる怪獣を、可哀そうだとは思わなかった。
この三段構えの防御は思いのほか効果覿面だった。
引き金を引き続ける指は、寒さゆえか感覚をなくし、鼓膜は砲撃の轟音にも慣れてしまった。飛び散る青い血液、脚、撃ち抜かれた外骨格の破片。煙を噴き上げながらまた一体が崩れ落ちる。俺は額を冷やす汗を拭い、ふぅと息を吐いた。その間にもPSのマシンガンが掃射され、怪獣たちの悲鳴が上がる。
弾を込め直しながら、隣で装填作業をする氷室准将に声をかけた。
「准将、この調子なら。」
「あぁ。防衛線を維持し、援軍が到着し次第反転に出られる。」
守りに終わりはないが、攻めは違う。自分たちで敵を制圧し戦いを終わらせることが出来る。軍人にとっては守るより攻める方が気分的に助かる。
「しかし妙だな。」
と准将。「何が?」と尋ねると、彼は立ち上がりながら答えてくれた。
「このままで終わると思うか?素人目線だが、敵は社会性昆虫の特徴を有している。」
「アリとかですか?」
「そうだ。今相手している奴らが働きアリだとしたら……」
彼の言わんとすることを悟り、俺は口走ってしまう。
「兵隊アリや女王アリも居る、と。」
ゴォォォ
地面が揺らいだ。地震……?いや違う。地震の揺れじゃない。もっとこう、なんというか…地下で何かが蠢いているかのような。
アスファルトが割れ、その割れ目がまるで呼吸しているかのように口を開閉させる。思わず後ずさりしてしまう俺たち。戦車やPSも射撃を中断し、各々顔を出して様子を窺っている。
「おい見ろ。」
兵士の一人が指差す。先ほどまであれほど無謀な突撃を繰り返していた群生怪獣たちが、一斉に後退してゆく。文字通り蜘蛛の子を散らすように。誰かにそう命じられたように。
群生怪獣たちが去っていく先で、地面が隆起した。吹雪の中だったがその巨大さ故はっきりと見えた。
札幌に、巨大な山が出現した。隆起した土砂は建物を押しのけ、土と瓦礫の混合物が土砂崩れとなって崩れ落ちる。その土煙の覆われた中、山の中核を成していたであろう“それ”のシルエットが浮かび上がった。
その姿に、思わず息を呑む。
「あれは……!」
針山のような身体。頭部の長い吻と爛々と輝く赤い複眼。昆虫然とした、しかし4対もある脚。
先ほどまで交戦していた群生怪獣と見た目に大差はない。しかし問題はその大きさだ。ぱっと見、体高100メートルは優に超えている。現状の装備で戦える相手じゃないのは目に見え切っている。
「准将の悪い予感が的中したのか……。」
【ギギギギギィ!!!!!!!!!!!!!!!】
地上への進出を誇示するかの如く咆哮する大怪獣。金属をこすり合わせるような音が辺り一帯に響き渡る。天を仰ぐその姿は、故郷への哀愁と新天地発見への喜びだったのかもしれない、と俺は思った。
あいつらは、どう見ても地球の生命体じゃない。かといって(前回の怪獣のように)古代文明の生体兵器とも考えずらい。
「まさか。」
少し前に話題になっていた隕石のニュース、ハワイの宇宙軍基地の爆発事故、普通じゃありえない生命体、働きアリ……繋がった。突拍子も無い考えかもしれんが、時にそれが合理的なこともある。
今度の敵は宇宙から。それも、地球を乗っ取るために。兵隊アリがほかのアリの巣を襲撃して、殺戮の限りを尽くすように。
不意に、桂木 悠が魘されながら言っていた言葉が蘇る。「星雲からの…」
「星雲からの侵略者……宇宙怪獣ネビュラーか。」
宇宙怪獣ネビュラーは、その巨体をゆっくり回頭した。一歩一歩を踏み出すたび、地面が裂けんばかりに揺れ、人々はそれに翻弄されるばかりだ。奴は進路をこちらに取った。
「やつは働きアリからの援護要請を受けて出てきたのかもしれんなぁ。」
氷室准将の独り言に俺もうなずく。それにこのままでは俺たちも避難所も踏みつぶされているのは目に見えている。ならばすべきことは。
「奴を足止めしよう。」
第4話「永遠の吹雪」に続く