寒さ故か、風邪をひいたのか、それとも恐怖による症状なのか、喉がヒリヒリと痛む。だがそんなことを気にしている場合ではない。
【グギギギギギィ】
不気味な咆哮を上げて進撃するネビュラー。ガス管を破壊したのだろうか、圧し潰された民家が火の手を上げ、その巨体が赤くライトアップされる。金属光沢を輝かせながら再び一歩を踏み出し、突き崩されたビルが粉塵に帰した。
「弾種変更、対戦車徹甲弾を装填、急げぇ‼」
戦車隊は新たな目標に対し、即座に攻撃の手筈を整えた。巨大なネビュラーには頑丈な外骨格が備わっているはずだ。ならば、非装甲の目標を想定した榴弾では歯が立たない。敵戦車の装甲をぶち抜くことを目的に設計された徹甲弾の方が適している、と判断した。
「全車撃ち方始め!」
ドドドドッ!!!!!!!!!!!!!!!
一斉に砲撃する戦車。撃ちだされた弾はネビュラーに吸い込まれるように消えていき、次の瞬間、連続して炸裂する。ネビュラーの巨体に火花が散る。遅れて衝撃が伝わってきた。
「だめだ、弾かれている⁉」
明らかに、体表で炸裂してしまっている。これでは皮膚にかすり傷を付けることしかできない。
それでも砲撃を続ける戦車隊。それを援護するかのようにパワードスーツ隊も射撃を開始するが、機関砲の弾は軽い音を残すだけで無意味だった。いずれの弾も貫通せず、表皮で虚しく火花を散らすのみである。
ドォォン
砲撃をものともせず歩みを進めるネビュラー。進路上にあったビルは巨体の激突を受け、脆くも崩れ落ちる。一瞬のうちに2棟の雑居ビルが瓦礫に変わり果てた。
砲撃を続ける戦車とPSだが、そのパイロットたちの表情にも焦りが見え始めた。
「距離1000メートル!なお近づく!」
「後退!後退せよ!」
「だめだ、一旦退け!」
断続的な揺れの中で、ついに撤退の指示が飛び交う。俺にしてみてもたまったもんじゃない。こんなデカいの相手に弱小戦力で挑んでも歯が立つわけがなかったのだ。
後退する戦車とPSを追うようにして、一斉に踵を返す仲間たち。歯が立たなかった。名残惜しくネビュラーの方を一瞥した後、俺も彼らの後に続き走り出そうとするが……。
「ごはっ」
盛大に咽返し、胸を押さえて蹲る。吐き出して空になった肺に新鮮な空気を送り込もうとするが、冷たい空気が喉に刺さり、二重の痛みに神経が悲鳴を上げた。
くそ、こんな時になんだよ……。喘息?小学生のころ以来だぞ、なぜこのタイミングで…!
積もった雪を握りしめ、立ち上がろうとする。逃げなければマズい。焦りを募らせた、その時。雪の結晶の隙間で何かが“光った”。
「ん?」
光の源を確認すべく雪を凝視すると、ところどころに光を反射して輝く何かが見えた。まるで砂金のような、砂粒にも満たないほど小さな粒粒が、雪の間に埋もれているではないか。場違いな美しさに瞳孔が大きくなる。
まさか。
ハッと思い立った。その勢いのまま空を仰ぐ。吹雪に流された雪が絶え間なく降り注いでいるが……手持ちのライトを取り出し、空に向かって照らしてみる。それをよく観察してみると、やはり。
雪の結晶に紛れて光を反射する粒が、風に舞っていた。
「岩崎大佐!」
後ろから大声で呼ばれる。振り返ると、氷室准将だった。彼はライトでこちらを照らしつつ叫んだ。
「撤退だ!何をやっている急げ!!」
「准将!」
背を向けて走り去ろうとした彼を、思わず呼び止めてしまった。「何!」と振り返る氷室准将。吹雪とネビュラーが町を破壊する轟音にかき消されないよう、俺は声を大にして言った。
「ただの雪じゃない!アイツらに嵌められてます!」
「どういうことだ⁉」
奴ら……ネビュラーは初めから地球を征服する気だったのだ。侵略的外来生物。そんな言葉が可愛いものに聞こえるほど、奴らの侵略計画は万全だった。
隕石落下後に立て続けに起こった吹雪と通信障害。これもネビュラーの作戦の内なのだと確信した。
「俺が思うに、吹雪と共に舞っている砂粒状のものは金属です。」
ジンジンと痛む喉を擦りながら説明する。
金属には固有の性質がある。一般的に言われるのが、熱と電気の伝導性に優れる、延性を持つ、展性がある、そして今回重要になる「電磁波を反射する」だ。無線通信や衛星通信、ラジオやテレビは電波を利用している。電波も電磁波の一種である。
「金属粒子が一定以上の濃度で空気中に散布されたことで、電波が散乱され減衰し、通信の不具合を起こしていたというわけです。」
通常の金属ならここまでの通信障害は引き起こさないはずである。しかし、ネビュラーは恐らく宇宙から来た。宇宙の金属なのだからどんな性質を持っていてもおかしくはない。まだ想像できる範疇ですらある。
案の定、氷室准将は口をあんぐり開けて驚いた。
「天然のチャフか。」
チャフというのはレーダー妨害に使われる金属片のことだ。これを囮として散布することで、敵のレーダー電波を乱反射させ、自身の所在地を隠蔽する目的で使用される。電波を妨害するという点で全く同じ原理と言える。
しかし、ネビュラーのチャフは通常のそれと違う点がある。
「ですが規模は桁違いです。奴はおそらく札幌市内全域をチャフでカバーしています。」
「それほどの量の金属粒子を散布することが可能なのか?」
准将の質問はもっともである。市内全域、下手したらもっと広い範囲に金属粒子を撒き散らすには、あの大型ネビュラーでさえ容積が
だから俺は別な仮説を立てていた。
「チャフを撒いたのはデカいやつでも群生体でもない。他の何者かの可能性があります。」
ここまでで確認された小型の群生体と大型個体。そのいずれでもない「第三の形態」を持った別のネビュラーが、金属粒子を撒き散らしている。そう考えるのが自然だろう。
ネビュラーが電波通信妨害の意図を持つとは思えない。この粒子が奴らの生態系のテリトリーを広げる素材なのかもしれない。
いずれにせよ、大量に散布された金属粒子は、大規模な通信障害以外にも弊害を引き起こす。例えば止まらない降水。大気中の水蒸気は雨や雪になる際、塵を核として凝結する。ネビュラー由来の金属粒子がこの塵の役目を果たすことで、吹雪を引き起こすことができるのだ。
もっとも、絶えず雪を降らせるほどの水蒸気を発生させる“何か”が必要になってくるわけだが。
「その“何か”がネビュラー第三形態の可能性もあるな。」
と氷室准将。彼は続ける。
「避難者の中にも喘息の症状を訴える人が複数居た。優先的に避難させたさ。だがそれも……金属粒子を吸い込んで気管支がやられたのが原因か。」
俺は深く頷く。
ドォォォン
同時に大きな地響きが轟いた。二人同時に視線を移すと、その先で、札幌市が燃えていた。炎の中をゆっくりと進撃するネビュラー。あの足元で、どれだけの被害が出ていることか。悔しさでぎゅっと拳を握りしめる。
辺りを見渡すように頭部(と思われる部位)を動かしたネビュラーは、まだ破壊していないエリアを発見し、歩みを進め出した。そう、こちらに向かって……。
「基地からの避難状況はどうなってます?」
「あと輸送車2両で完了だ。岩崎大佐、我々も退くぞ。」
准将が指差すのは駐車された軍用ジープ。雪国でも使用できるよう頑丈で四輪駆動のやつだ。これに乗ってどこか展開中の部隊に合流すれば……。
「岩崎さん‼」
懐かしい声が俺を呼んだ。この声は、まさか。嫌な予感を抱えながらも振り返ると、やはりそこには“彼女”が居た。
左肩の破れた黒いコートを風に靡かせて、荒く白い息を拡散させる俺の親友……桂木 悠。破れ目から見える包帯には、走ってきて血の巡りが良くなったせいか、血が滲んでいた。それでも彼女はここへ来かねなかった。ダメだと分かっていても、良くないと分かっていても。
避難を促す氷室准将の声を遮って、桂木さんははっきりと言った。
「ザリラが来ます!」
◇◇◇◇◇
札幌周辺で「何か」が起きたことは、国防軍本部を始めとした各所に伝わっていた。しかし「何」が起きたのか正確に把握はできていなかった。現地での通信障害と悪天候の影響だ。
そんな中入っていたのはどれも断片的な情報だった。吹雪が止まない、電波が悪い、未確認生命体の群れが出現……。
これらの情報を受け、午前3時10分、内閣は国防軍に対し、情報収集と被災状況の確認を目的とした災害派遣を指示。怪獣災害の可能性があることから、偵察部隊には武器の携帯および使用が許可された。また、現地部隊が既に戦闘状態にあることも考えられるため、交戦を追認する声明を発表。
かくして史上二度目となる対怪獣防衛戦の手筈は整った。
荒れ狂う真っ暗な海を進むのは、ながと型護衛艦「ながと」。偵察任務を拝命した軍艦で、高く聳え立つ艦橋と後部の広い飛行甲板が特徴だ。陸奥の軍港を出発し、津軽海峡を抜け日本海へ。札幌沖を目指し日本海を北上しようとすると、途端に激しい吹雪と荒れ狂う波が艦に襲い掛かった。
艦橋からは真っ黒い波が激しく波打つ様子が見て取れた。大型艦であるにも関わらず波に翻弄される中、艦長を始めとしたクルーたちは揺れに負けず職務を全うしていた。
ひと際大きい波を乗り越え、艦が大きく傾いた。艦長は座席にしがみ付きながら愚痴をこぼす。
「この天候じゃ偵察ヘリも無人機も飛ばせねぇな。せっかく積んできたのになぁ。」
窓に打ち付ける飛沫を眺めながらため息を吐いていると、艦内電話がけたたましく音を発した。艦長は素早く受話器を取り、通信をスピーカーモードにする。その内容に艦橋の誰もが聞き入った。
『CICより艦橋へ。7時方向距離1000、深度150にソナー反応有り。全長約100メートル。速度45ノット以上で急速に接近中。』
45ノットとは時速80キロ以上である。潜水艦並みの大きさの物体が、水面下をそんな高速で進むなど……。
艦長は青ざめながらも即座に指示を出した。
「対潜戦闘用意!総員、衝撃に備えろ!!」
CICから再び通信が入る。
『目標、本艦の左舷に接近中。距離250!…急速に浮上中!!』
来る。艦長は既に直感していた。相手は通常の何かだとは思えない。恐らく怪獣だ。札幌を襲ってる奴と同一かはわからないが、攻撃を仕掛けてきたら、その時は…!
『深度80……50……20!浮上しますッ!!』
墨汁のように暗い海を護衛艦の探照灯が照らし出す。その光の先、水面が一際大きく波打った。波をかき分け、巨大な赤い物体が現れた。赤い岩礁のようなそれは、巨大な水飛沫を残して再び水中へと消えていく。
艦長は攻撃指示を出せなかった。いや、出さなかった。それはあまりに一瞬の出来事だったからか、それとも。
「あれはまさか…二年前の……。」
赤い怪獣が消えた荒波の先を、艦長は眺め続けた。
◇◇◇◇◇
停電して真っ暗になった町の中を突っ走る軍用ジープ。運転席に氷室准将が乗り込み、指示を出す側の人間とは思えないハンドル裁きで雪道を駆け抜ける。後部座席で振り落とされぬよう必死につかまる俺と桂木さん。バックミラーには、燃え落ちる市街地と巨大なネビュラーの影が映っていた。
「見て!」
桂木さんが後ろを指さす。投げ出されないように彼女を宥めながら俺も目を遣ると、ネビュラーの体表で爆発が起きていた。どこかの部隊がミサイルを放ったらしい。案の定ネビュラーには全く効いていない。
「この状況下だ、連絡が行き渡ってないないのも仕方ない。」
急カーブを曲がりながら氷室准将が呟いた。
と、その時、突然車内に知らぬ声が響き渡った。びっくりしてしまった。音の発生源を探すと、車両備え付けの無線機が音を発しているではないか。
『第五中隊から第七中隊は後退、第三中隊が交戦中』
「無線が復活した……?」
あまりに突然の復旧を不審に思い、前座席に身を乗り出して無線機を手に取ってみる。異常な個所はない。まぁ、復旧したのなら何よりなのだが……。
「岩崎さん岩崎さん」
肩を思いっきり叩いてくる桂木さん。「今度は何だよ」と鬱陶しいと言わんばかりに振り返ると、彼女は再び後方を指さした。
「あれって……。」
その光景に、俺も氷室准将も驚きを隠せなかった。
佇むネビュラーを中心に、鮮やかな光のカーテンが発生していた。オーロラだ。赤や緑、色とりどりの光が輝いていた。分厚い雪雲に覆われて空は見えないはずなのに。
その不思議な光景をよく観察しようと、俺たちは車を降り、道端に立ち尽くす。
やがてオーロラはネビュラーの周囲に集約されてゆく。光をまとったネビュラー。その姿は神々しく、見る者を引き寄せる何かがあった。
だから、次に起こる災厄に気づくのが遅れてしまった。俺が気づいた時には遅かった。
「伏せろッ!!!」
閃光。
世界を真っ二つに切り裂くかのような一閃が迸った。俺は桂木さんを押し倒し、地面にうつ伏せに押さえつける。准将も車の陰に隠れた。強烈な光と、この距離でも感じる熱量から身を守らねば。
ネビュラーの身体には電磁加速器に該当する組織があるのだろう。奴は自身の周囲に浮遊する金属粒子を集め、それを加速した。その際に発生した強力な磁場がオーロラを発生させたのだ。無線が通じるようになったのも、ネビュラーが金属粒子を回収したからだ。
そして加速した金属粒子をまとめて放出。超高速で放たれた粒子は空気との摩擦で発火し、高熱を帯びる。そのまま速度と熱量で対象物を焼き切る……粒子熱線とでもいうべきか。
理論的には可能だ。だがそれを実行するのには途方もないエネルギーが必要で……。
ドォォオォオォォン
轟音と共に衝撃波が到達。押し寄せる熱風により、雪が雨に代わった。それっきり静けさが戻ってきた。
衝撃波が過ぎ去ったのを確認し顔を上げる。もう大丈夫だ。桂木さんのことも引き起こしてやった。
「いきなり押し倒してすまんな。」
「いえ、守ってくれたんで……。」
三人並んで町の方を見つめる。着弾地点と思われる部分で巨大な火柱が上がっていた。業火に落ちる市街地を、ただただ途方に暮れて見ていることしかできなかった。
『ザ……ザザザザ』
車載無線が静寂を打ち破った。
『こちら護衛艦ながと。我、大型水中生物と遭遇、損害なし。目標は水中を北上中。指示を乞う。』
第5話「極寒の死闘」に続く。