雪原を疾走する車列があった。戦車、装甲車、兵員輸送車、そして大型トラック。一行は雪を掻き分け、吹き飛ばしながら駆け抜けて行く。依然として吹雪は止まらない。しかしその中を、ヘッドライトの光を頼りに突き進んでゆくのだ。
俺もその車列の中、兵員輸送車に乗っていた。こちらは星屑作戦のA部隊……作戦を実施する本隊である。集結した小樽から作戦実施場所の函館まで、数時間かけて移動中なのだ。
兵士たちはお互い励まし合い、愛用の銃を手入れするなどして過ごしている。よくもまぁ、こんなガタガタ道でお手入れなんてできるもんだと感心する。向かいに座る兵士二人があまりにも楽しそうに談笑するので、俺も何か話をしたくなり、隣の座席の……居なかった。
桂木さんはここにはいない。彼女はB部隊として、別方向に向かっているのだ。彼女にしかできないことをするために。
風邪ひいてないか。道中で群生体ネビュラーに襲われてないだろうか。いささか不安ではあるが、しかし、親友を信じてみることにする。
お互いを信用するのが「親友」だからな。
◇◇◇◇◇
ネビュラーは集団で移動する性質があるらしい。一度占拠した土地を支配するのではなく、大型個体の移動に伴い、無数の群生体も一緒に移動を続ける。一種のボディーガード的存在なのかもしれない。
それが幸いして、B部隊は一番の懸念点であった「群生体ネビュラーの襲撃」に遭うことなく、札幌市街地に入ることができた。
雪上車が停車すると、白い軍用防寒着を着た兵士たちが飛び降り、自動小銃を構えて警戒する。そしてひとまずの安全が確認されたところで、残りの人員が降車。二両の雪上車から総員30名ほどが降り立った。
最後に降車した人物だけが黒いコートを着込んでいる。吹雪に靡くコートを、彼女は右手で抑え込んだ。桂木 悠。民間人である。彼女にしかできないことをするため、一行は民間人を連れてここまで来た。
市街地は静まり返っていた。たった一日で雪は無造作に積もり、建物や信号機は吹き付けられた雪で真っ白に変貌していた。そしてその先、未だ煙が立ち上っている場所が、二大怪獣の戦闘が勃発した地域。辺りは瓦礫の山と化し、その中央で、敗れたザリラが横たわっている。
部隊は雪や瓦礫と格闘しながら先へ進んだ。雪上車に取り付けられた排土板で積雪を押し退け、人が通れる分の通路を作る。厄介なのは、雪に隠れた瓦礫だ。さすがに雪上車には大きな瓦礫を押し退けるだけのパワーはない。何とか瓦礫の少ない場所を探すしかない。
桂木にしてみれば、それはひどく長い戦いに感じた。冷え性持ちの彼女にとって寒さは天敵である。両手をこすり合わせながら、突入経路の完成を待ちわびていた。
雪に覆われた市街地を眺めていた彼女はふと気が付いた。積雪がところどころ“隆起”している場所がある。平らな地面のはずなのに……。
何か風向きとかによるただの模様なのだろうか。それとも雪の下で、本当に地面に盛り上がりができているんだろうか。そうだとしたらなぜ?
歓声が上がった。ザリラが倒れている場所への経路が確保できたらしい。
ようやくザリラのもとに行ける。桂木 悠は寒さも一時の不安も忘れ、開通を祝う兵士たちの輪に加わった。
赤黒い、コンクリートの壁のような甲殻。それが数十メートルにわたって続いている。泥やかすり傷は付いているものの、抉られたりひしゃげたりしていないのは、やはり頑丈だからなのだろう。
こんなに近づいたのは何時以来だったかな。そんなことを考えながら、彼女は大怪獣に向かい歩みを進めた。手を伸ばす。体表は雪で白くコーティングされていた。それを払ってやるように、撫でる。右手に突き刺すような冷たさが襲い掛かってくるが、そんなことは気にならない。
「助けに来たよ。」
雪煙を掻き上げ、雪上車の形成した通路を通って到着したのは、一台のトラック。その荷台には電気工事用の機器が詰め込まれている。乗組員たちは凄腕の電気工事士たちだ。彼らの服は既に汚れている。
彼らが行おうとしているのは、生体機能を破壊された甲殻怪獣ザリラに大電力を流し、生体電流を再起動させる……即ち電気ショック療法。その規模は規格外ではあるが。
国防軍兵士の援護と支援を受けつつ、作業員たちは電気工事を開始。作業員たちのここまでの働きにより、まだ生きていた電線を突貫工事で繋ぎ合わせ、無事な地域の発電所から電気が来るようにはなっている。あとは最終段階、ザリラの身体に電線を接続するだけだ。
「千歳方面からの電線、接続完了!」
「旭川方面からの電線の設営を開始せよ!」
甲殻怪獣の背に上り、電極を設置する人。急ピッチで仮設足場を建設する作業員。電線を溶接する技術者。周囲の警戒を怠らない兵士たち。桂木 悠もまた、ザリラに触れて訴えかける。
ザリラは私の、私たちのために戦ってくれた。今度は私たちがザリラを助けるんだ。自分たちの星を守る為に、みんなで立ち向かうんだ――。
接続作業が終わった。あとはスイッチを押すだけだ。そうすれば、生き残っている三方面の発電所から電力が供給され、その電気ショックでもってザリラは蘇る……はずだ。そうであってほしい。最後の希望が蘇る方に賭けて、ここまで来たのだから。
「送電開始」
彼女は祈った。未来の行方がここで決まる。
文字通り、北海道の全電力が、一体の大怪獣に集約された。スパークという形で悲鳴を上げる電線群。あちらこちらで青白い火花が散る。しかしそれでも持ち堪えているのは、職人たちの技術力の賜物なのだろう。
「ザリラ……お願い…っ!」
刹那、彼女の意識は真っ暗な空間に飛ばされた。どこまでも真っ暗でひたすら“無”の広がる空間。その中をひたすら漂っていた。落ちていたのかもしれないし、上昇していたのかもしれない。ひっくり返っていたかもしれない。目印がないので何もわからないし、故に恐怖も感じなかった。むしろ懐かしさすら感じていた。
いつの間にか、目の前にザリラが居た。人間ほどのサイズまで縮小したザリラが、一緒に浮かんでいる。小ザリラが手を伸ばしてくる。何かを訴えかけてくるかのように。彼女も、それに応じるように手を伸ばし、そして。
ギャオォォオォォォォ‼‼‼‼‼‼‼‼
天を劈く咆哮に、彼女の意識は現実に引き戻された。背中に積もった雪と瓦礫を吹き飛ばし、ゆっくりと、しかし着実に立ち上がる甲殻怪獣ザリラ。自らの復活を知らしめるかのように天を仰いだザリラは、不意に振り返る。その視線が国防軍の部隊を捉えた。
兵士たちに緊張が走る。銃を握る手に自然と力が籠った。
しかし。数秒間の対峙の後、ザリラは踵を返した。顔を背ける瞬間のザリラは、兵士たちが感じていた凶暴な雰囲気は感じられなかった。むしろ、その目に宿っていたのは……。
桂木 悠もまた、兵士たちと共に、去っていく大怪獣の背を眺めた。彼女の手には、かつて両者を繋いでいた腕輪の破片が、ぎゅっと握られていた。破片はうっすらと白い光を溢していた。
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
山と海の狭間を、巨大ネビュラーは歩いていた。木々を踏み倒し、山肌を削り、岩石を弾き飛ばす。抉られた山体が、自重に耐えかねて傾斜を滑り落ちる。膨大な質量の土砂が谷に殺到。土煙が吹き上がり、地鳴りが大気を揺るがした。
ネビュラーはひたすら侵略していた。侵略以外の意思はなかった。自らの種の繁栄のため、地球を我が物にするため。
一列に並んだ金属駆動体が目に入った。熱源及び音波、そして電磁波の反応を感じる。
巨大ネビュラーの前面に大気中の浮遊金属粒子が集約され始めた。電磁加速器を作動すると、強烈な磁場が発生し、粒子はネビュラーの思うがままに操られる。
刹那、加速された粒子の一閃が迸る。加熱された大気が紅蓮の直線を描き、一瞬遅れて着弾箇所に巨大な火柱が吹き上がった。
高速道路で渋滞していた車列が、粒子熱線の攻撃で焼き尽くされた。横一列に薙ぐように放たれた灼熱の線流は、乗用車のボディをいとも簡単に貫通、同時に摩擦熱によって発火させる。刻まれながら焼き炭にされていく車列は、最期の輝きを残して炎に消えた。
後に残ったものは、原形をとどめない残骸と、どす黒い空に昇ってゆく爆炎のみであった。
ネビュラーはそれでも満足していなかった。「ノイズ」を今だに感じる。頭部をもたげ、その方向を見る。吹雪で霞んでいるが、ノイズそのものははっきりと捉えられている。怒りに震える。我々の侵略の邪魔立てをするか。ならば、殲滅あるのみだ。
巨大ネビュラーは、数多の群生体を伴って移動を再開した。耳障りなノイズがうるさく聞こえてくる半島に向けて。
そこが函館半島と呼ばれていること、そしてそこで国防軍が待ち受けていることを、彼らは知る由もなく。それとも、知って尚、戦いを挑みに向かっていたのだろうか。
対地振動レーダーには、時速40キロで接近してくる震源がはっきりと映し出されていた。大地を揺るがす十数万トンの巨体。モニター上でも変わらないその威圧的な姿を睨み、俺は拳を握り締めた。
もう、逃げない。今度こそ。
パワードスーツのコックピットで、通信用のマイクを握り、部隊全体に呼び掛けた。至近距離であれば、浮遊する金属粒子の妨害は最小限で通信することができる。
「星屑作戦を開始する。これは過去のための戦いではない。過去の未練を、未来の糧にするための戦いだ。この戦いに地球の存亡がかかっている。各員全力で任務にあたってくれ。第一部隊、攻撃開始!」
北海道南端の都市、函館市。大規模な吹雪と浮遊粒子の影響で、きれいな街並みはくすんでいた。薄っすらと差し込む東からの日光が、厚く白化粧された桜並木を、ぼんやりとライトアップする。その背後に見える凍った水面は“堀”である。
五稜郭。星形の堀に囲まれたこの城跡の中、復元された函館奉行処前に、「星屑作戦」作戦指揮所が設営された。かつて旧幕府軍と新政府軍の戦いの舞台となったこの場所が、宇宙からの侵略生物に対する最後の砦として、蘇ったのだ。城跡内部には25機のパワードスーツが駐機され、城の外縁部には残存する戦車や自走砲が、3班に分かれて配置されていた。
作戦開始の報と同時に、駐車場にまとめて配置されていた多連装ロケット砲が火を噴いた。炎の噴射光を残し、次々と分厚い雪雲の中に消えてゆくロケット弾。固体燃料ブースターの轟音は、兵士たちに「戦いの始まり」を知らしめるのに十分だった。
弾道を描いて飛翔するロケット弾は、はるか数十キロ先の敵に向けられたものだ。精密な誘導装置が使えない今、一斉射によって面で制圧するしかない。数発が当たってくれりゃ良い。――目的は陽動なのだから。
◇◇◇◇◇
大型ネビュラーは上空に気配を感じた。何事か確認しようと首を擡げた瞬間、無数の鉄の雨が周囲に降り注いだ。着弾。大型個体の周囲に蔓延っていた小型群生体が、まとめて吹き飛ばされた。ジリジリと身体を焼いてくる炎に目を背けつつ、大型ネビュラーが咆哮する。既に発射位置は特定した。ネビュラーは進路を若干西に向けて増速。函館市・五稜郭に向けて進行を開始した。
モニターには、震源がこちらに接近してくる様子が映し出されていた。予定通りだ。ネビュラーは自らを攻撃してきた相手を「金属生態系の勢力を広げる障害」と認識し、排除行動をとることは今までの観察で判明している。わざと長距離から攻撃を仕掛け、罠を張っているこの場所に、敵をおびき出すのだ……!
「陽動成功。作戦第二段階、遊撃隊は班別に外環状道路まで前進し、指定エリアにて待機。敵が射程に入り次第、攻撃を開始せよ!」
城跡の外縁に駐車されていた戦車が、進軍を開始した。一班6両の車列が、函館の雪道を爆走する。人気のない街並みに雪を舞わせながら……。
「この歴史ある街を、戦場にしてしまうとは。」
と戦車隊長。『自分も同じ気持ちです』という後続車両からの通信に、彼はため息を漏らした。
『しかし隊長、我々はやらねばなりません。それにこの作戦の趣旨は“環状線を絶対防衛線と想定”……市街地への侵攻を阻止するものです。』
やらねばならない。望みさえした。しかし、いざ始まってみると、果たして自分にその勇気はあるのか……。
「未来の糧にするための戦い」と、作戦考案者の岩崎大佐は言っていた。未来のために立ち上がれば、自ずと過去も清算できる。岩崎はそう思うことにしたらしい。そういうものだろうか。しかし……妙な心地よさのある考え方だな、と思う。そう思ってみることにしよう。
戦車のキャタピラーを通しても、大きな振動が伝わってきた。周期的に。間違いなく、奴らが来る。確実に近づいている。決戦の時が。
未来を勝ち取る。そして過去に見切りをつける。そんな思いを内包した戦車が、その砲塔をゆっくりと旋回させた。
第9話「星屑作戦(前編)」に続く。