甲殻大怪獣ザリラvs宇宙怪獣ネビュラー   作:佐藤特佐

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第9話 星屑作戦(前編)

 

 平野の向こうから、巨大な影が覗いた。刺々しい輪郭に、鈍い金属光沢を発するボディ。体高110メートル、推定質量7万トンに達する大型ネビュラーが、その姿を現した。兵士たちは生唾を飲み込んだ。二日前、彼らの部隊を壊滅させた怨敵との再会……その恐怖感は想像に容易いだろう。

 なぎ倒された木がメキメキと音を立てる。それは森の断末魔だったのかもしれない。徹底的に破壊される地球を見せられているかのようだった。

 

 

 環状線に横一列に配置された戦車が、ゆっくりと照準を定めた。狙い澄まされた砲身に吹雪が吹き付ける。それでも砲身はブレない。ブレさせない。

 

「第一班、目標捕捉。射撃開始!」

 

 ターゲットスコープは、巨大ネビュラーのど真ん中を狙っていた。射手は躊躇いもなく、引き金を引く。

 

 白い霞の中、真っ赤な火花が散った。発射された砲弾は橙色の軌跡を残し、巨大な宇宙怪獣に吸い込まれるように消えてゆく。一瞬遅れて炸裂する光が届く。

 

 午前7時43分、環状線に向け南下してくるネビュラーに対し、遊撃隊第一班が攻撃を開始した。弾種・多目的榴弾。非装甲の目標に破片効果や爆炎で損害を与えることを目的とした砲弾は、巨大ネビュラーを焼くに留まらず、余波で小型群生体を削減する。

 横一列に並んだ6両の戦車は絶え間なく砲撃を続ける。文字通り、街の一角を消し炭にするほどの弾薬が撃ち込まれる。着弾点付近の地面には無数の破片が突き刺さり、木々や小屋には火が付き、熱と衝撃波で黒煙が立ち昇った。

 

 

 隊長車両も例外ではなく、猛烈な砲火を浴びせていた。照準器の向こう、砲撃を浴びて炎に包まれる巨大ネビュラーの姿。天を仰ぎながらもその様子にダメージを負っている気配は感じられない。

「この野郎‼」

 引き金を引く手に自然と力が籠る。しかし、次の瞬間。

 

 辺りを怪しい光が照らし出した。オーロラのような美しい光は、しかし、ネビュラーの攻撃の予備動作である。大気中の金属粒子を収集し、加速する際に発生した磁場が、粒子と衝突して「光」という形で見えているのだ。

 札幌で放たれた粒子熱線の温度は数千度に達し、直撃を受けた建物や車両は原形を留めていなかったという。そんなものを浴びればタダで済まないことは目に見えている。

 

「全車回避運動‼」

 

 だから、戦車隊は、撃たれる前に逃げる。いや、「逃げる」という表現は適切ではないかもしれない。これも作戦の内なのだ。

 回避運動する直前、隊長は戦車のハッチから身を乗り出すと、上空に向けピストルを構えた。引き金を引く。発射された弾丸は、白く強力な光を発しながら上昇してゆく。

 照明弾。周囲を照らし出す弾で、主に暗がりで視界を確保するために使用されるが、使い方によっては「狼煙」としても役に立つ。遠距離の部隊や本部との無線通信ができない可能性があるため、これで意思疎通を図る手筈になっていたのだ。吹雪の中であっても、照明弾の光ならある程度判別が付く。

 

 

 遊撃隊第二班の待機場所からも、照明弾の明かりははっきり確認できた。

 

「照明弾を確認。第一班、撤退する模様です!」

「了解。全車、友軍の撤退支援のために攻撃を開始せよ。」

 

 回避運動をする第一班に替わり、第二班が砲撃を開始した。

 第二班は第一部隊から離れた、ネビュラーの側面で待機していた。味方の撤退を援護すべく、一斉に砲撃を開始する。

 

 霞む大気を切り裂く砲弾の一閃。ネビュラーの正面左側で巨大な爆発が巻き起こった。予想外の方向からの攻撃に不意を突かれ、ネビュラーは歩みを止める。その周囲からオーロラの輝きは失せていた。――粒子熱線の発射阻止が成功した!

 

 それでも戦車隊の砲撃は止まらない。「砲身が焼き付くまで撃ちまくれ」という第二班長の指示を、全車とも忠実に実行して見せた。主砲が消耗しても、弾薬が底を尽きても構いやしない。ここで負ければどうせ来年度なんて無いのだ。北部方面指令や軍本部の口出し、国会の審議なんて考える必要がない。なんとしてもここで食い止める。そんな彼らの総意の現れであった。

 

 

【グギギギギギ……】

 

 巨大ネビュラーが第二班の方に回頭しながら、恨めしそうに唸る。

 いや、これはただの威嚇ではない。「指令」だ。

 

 唸り声に呼応したように、大型個体の周囲に集結していた小型群生型ネビュラーが移動を開始した。行進する兵隊アリの如く列を作った群生体が目指す先は、第二班の陣地。

 巨大ネビュラーの発する声――振動は、特定の周波数によって群生体とコミュニケーションをとる能力が備わっている、というのが作戦立案者・岩崎大佐の意見であった。

 

◆◆◆◆◆

 

「奴らは社会性昆虫の性質を持っている、と氷室准将が言っていた。俺は前線に出た時確かに見た。大型個体が群生体を統制していると見て間違いないだろう。」

 

 岩崎大佐の発言に、会議に出席していた面々の表情が曇った。大型個体と小型群生体、それぞれに対する有効な戦法・武器は全く異なる。通信不良で柔軟な対応が取れない中、両者を同時に相手にするなど……。

 戦車隊長は岩崎に言う。

 

「戦車は大型個体だけで手一杯だ。直掩のパワードスーツが欲しいところだが、突入任務用に持ってかれて数が足りないだろう。どうする?」

 

 その時、会議場のドアが乱暴に開かれた。入ってきた隊員が、敬礼しつつ報告する。

「大佐、お荷物が届きました!」

 

◆◆◆◆◆

 

 

 第二班に迫る、無数の黒い影。激しく動き回る昆虫を彷彿とさせるそれらは、彼らの親玉の指示に従って、敵を排除すべく襲い掛かる。群生体の発射する電磁金属弾――槍――は、戦車の装甲を貫通できるだけの威力を誇っていた。機動力、隠蔽力、攻撃力、その全てにおいて人類の兵器を凌駕する。まさに生きた軍事兵器である。そんな集団が戦車隊に接近するのを許してしまえばどうなるか、目に見え切っている。

 

 しかし遊撃隊は引き下がらない。群生体の接近に気づくこともできない。しかし――。

 

 

ドカン!!!

 

 

 遊撃隊第二班の陣地前方300メートルで、巨大な爆発が巻き起こった。霞んだ大気の中でも確認できるほどの炎。

 群生体の接近した場合に備え、彼らは策を練っていた。トラップを仕掛けたのだ。

 

 各遊撃隊の陣地前方に対戦車地雷を埋設。地雷の周囲には、演習で使用するTNT火薬も敷設し、地雷の爆発に合わせて誘爆するように仕向けた。

 群生ネビュラーのうち一体でも地雷を踏めば、周囲を巻き込んだ大爆発が起きる。そうすれば群生体の接近に気付けるし、敵の数を削減することもできる、という算段だ。

 そしてそれは見事に成功した。

 

 位置さえわかってしまえば、群生体の群れを排除するのは容易い。群生体の強みであるゲリラ戦を封じたのだから。爆発から一分と経たないうちに、地雷原周囲に大量の榴弾とロケット弾が撃ち込まれた。集結して行軍していた群生体にとってはひとたまりもない。一網打尽だ。爆炎に焼かれ、弾片に切り裂かれ、群れの大部分は殲滅された。

 

 

 大型ネビュラーに対しては、遊撃隊第一班と第三班が十字砲火を仕掛けていた。かつてない大火力が投射され、その巨体が煙に隠される。

 

 

 大型ネビュラーは驚いていた。

 まさか、自分たちの侵略がここまで足止めされるとは。手先がほぼ全滅するとは。侮りや油断があったのかもしれない。この惑星の「人間」たちは、思いもよらない知恵で挑んできた。ネビュラーにとって初めてのことだった。

 しかしそれまでだ。ネビュラーは「驚き」は感じていても、「危機」は感じていなかった。手下が全滅したのなら、自ら戦えば良い。金属弾攻撃、大出力の粒子熱線、そしてそれでもダメなら――。手段なら幾らでもあった。無尽蔵の破壊手段があり、勝利への道筋がある。いささか面倒ではあるが、とりあえず目の前の鬱陶しい駆動体集団を焼き尽くそうか……。

 

 しかしその時、ネビュラーは感じ取った。人類とは違った存在を。自らに向けられた激しい敵意を。……途絶えていた、好敵手の気配を。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「岩崎隊長、特殊な震動波を検知しました!函館の沖合です。」

 

 その報告に、俺は閉じていた目を開けた。遂にアイツが帰ってきた。この作戦の肝で、今となっては唯一の希望で、そしてネビュラーと殴り合えるだけのポテンシャルを持った「アイツ」。過去を振り払い、未来のために戦うことを体現したような「アイツ」。

 吹雪と金属粒子で霞んだ大気のせいでその姿は見えないが、気配だけは確かだった。

 親友を信じて待っていた。親友が信じた「それ」を信じていた。

 

「来てくれたな……甲殻大怪獣ザリラ…。」

 

 パワードスーツの電源を入れると、エンジンの駆動音と共に機体内の計器類が点灯する。慣れた手つきでモニター類を確認。燃料は十分、システムエラーも無し。いける。そう確信し、深く息を吸った。

 もう逃げない。もう後悔はしない。

 

「こちらパワードスーツ部隊の岩崎だ。全機、作戦行動準備!」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 冷たい函館港。港内にひときわ高い波が起きると、その中から赤黒い巨体が立ち上がった。海水を振り払い、自らの出現を誇示する如く、天に向かって咆哮する。一瞬の間だけ吹雪が止んだ。天を劈く咆哮だった。甲殻怪獣ザリラが帰ってきたのだ。

 高波が港に押し寄せる。歴史ある赤レンガ倉庫に波が打ち付ける。浸水した倉庫のすぐ脇に、ザリラの巨大な足が踏みしめられた。2万5千トンの衝撃で地面が砕け、破片が舞う。

 

 函館駅付近から上陸した甲殻怪獣ザリラは、そのまま真っすぐ北へ移動を開始した。一歩一歩が踏みしめられる度にコンクリート片が飛散し、歩道橋や標識が激しく振動する。不運にも踏み潰された放置自動車が瞬時にスクラップと化す。ビルに反射する自身の姿を片目に、ザリラは止まらない。

 目指すは最大の敵。守るべき思い、託された希望を背負って、ここに来た。負けるわけにはいかない。

 

 

 ザリラの行く手に相手の姿が見えてきた。戦車隊からの集中砲火を浴びて、煙に包まれている。その爆炎の中に、しかし刺々しく凶暴な姿が、たしかに蠢いていた。

 宇宙怪獣ネビュラー。砲撃が止まり、恐るべき巨体が露わになる。

 地球環境を破壊し尽くし、自らが新たな創造者になることを企む侵略者。そして……守るべき人の未来を妨害する、絶対に逃がしちゃいけない敵。

 

 

【ギィィィ‼‼‼‼】

 

 

【グギギギギ……】

 

 

 二体の大怪獣は互いを牽制するように咆哮した。降りしきる吹雪、薄暗い極寒の只中で、ザリラとネビュラーは再び死闘のリングに立ったのだ。どちらかが負けるまで終わらない、デスバトルの舞台に。

 

 ゴングは鳴らなかった。その代わりとなったのが……空気を切り裂く音!

 

 ネビュラーは口部から金属の槍を発射した。鋭利に尖った金属弾は、電磁加速によって超音速で射出され、即座に相手へと迫る。ザリラが攻撃を認識した時には、既にその肩に着弾している。砕けた甲殻の破片が宙を舞う……が、破壊されたのはごく表層だけだ。

 二発、三発と撃ちだされる金属弾を、ザリラは手の鋏で薙ぎ払う。当てずっぽうだ。しかし四射目の金属弾が腕の分厚い甲殻に阻まれた。跳弾し潰れた金属の塊が放物線を描いて、地面に落下。

 

【ギィィィ!!!】

 

 ザリラは反撃を開始した。1キロメートルほど離れていた距離を一気に詰め、肉弾戦を挑む。ネビュラーもその挑戦を受け入れた。どっしりと構え、相手が飛び込んでくるのを迎え撃つ態勢だ。

 両者合計10万トンに迫る質量が衝突。膨大なエネルギーは振動となり、周囲に拡散して大気を揺るがす。戦いの足元の木々は積もっていた雪が振り落とされた。

 

 ザリラの鋏が侵略者に突き立てられる。大きく開かれた刃が敵の肉体を切り裂くべく襲い掛かるが……カリカリ、カリカリ、と音を立てることしか敵わない。ネビュラーにとってはほぼノーダメージだ。

 

 体格ではネビュラーの方が圧倒的に有利だ。長い腕を一振りしてザリラを押し退ける。体勢を立て直そうとするザリラであったが、ネビュラーは再び距離を詰め、鋭利な脚で打撃を加えた。ザリラの甲殻で火花が散る。

 

 全力の攻勢も虚しく、ザリラは押されつつあった。それは即ち、戦いの舞台が函館市街地へと向かっていることに他ならない。

 

 

◇◇◇◇◇

 

『隊長、攻撃はまだですか⁉』

 

 部下からのそんな通信に、俺はただ「まだだ」とだけ答える。

 

『でもあのザリガニがいつまで持ち堪えられるか……』

 

 それは俺も同じ思いだ。ザリラだって無敵じゃない、何でもできるってわけでもない。だからこそだ。二度と回ってこないこのチャンスを無駄にしないために、その時を待つ。親友を、親友の信じたものを、俺も信じるんだ。

 

 その時、パワードスーツのモニターに警報が表示された。“高エネルギー反応”という表示が点滅している。

 遂にか。外に目を移すと、戦いの舞台となっている方向がぼんやりと輝いていた。オーロラだ。ネビュラーの粒子熱線発射の兆候である、あの死のオーロラだ。

 

 頼むぞ……耐えてくれよ甲殻怪獣ザリラ。

 

 俺はそう念じながら、コックピットから身を乗り出し、隊員たちに叫んだ。

 

「吸着地雷の起爆時刻を0825に設定の上、全機突撃用意!」

 

 現在の時刻は午前8時11分。十分程度で地雷を吸着させて離脱せねばならない。

 もともとは有線ケーブルで起爆させる予定だった。しかし怪獣同士の戦闘の最中で有線頼みというのも危険だし、通信妨害のある環境下では無線での起爆も不完全性が高い。こうなれば時限信管で爆破するより他ない。ただでさえ困難なミッションに時間制限まで付くことになってしまうのではあるが……。

 

 憎いほど美しいオーロラが、空を鮮やかに彩っていた。

 




第10話「星屑作戦(後編)」に続く
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