見滝原中学校の近くにある小さな公園。桜の花びらが時折風に舞い、春の柔らかな陽射しが二人の魔法少女の肩を優しく照らしていた。アネッテとほむらはベンチに座り、校門から見える中学校の様子を見守っていた。朝のホームルームが終わり、体育の授業らしく、校庭に生徒たちが集まり始めていた。
「あ、まどかさんだ!」アネッテは身を乗り出して指さした。ピンクのツインテールが風になびき、まどかが友人たちと円陣を組んでいる。彼女の横では青い短髪のさやかが元気よく手を振っていた。「さやかさんも一緒だね」
ほむらは無言で二人を見つめていた。その紫の瞳には複雑な感情が宿っていた。何度も時間を遡り、見慣れたはずの光景であるにもかかわらず、今回は何かが決定的に違う。まどかとさやかは魔法少女として生きている。しかし、世界は終わっていない。
「こうして見ると、本当に普通の中学生だね」アネッテは静かに言った。彼女は科学的好奇心を抑え、より人間的な視点でまどかたちを観察しようとしていた。「魔法少女だなんて、誰も想像できないよ」
ほむらはわずかにうなずいた。「それがキュゥべえの契約の巧妙さよ。表面上は何も変わらない。でも、彼女たちの命は既にソウルジェムとして体から取り出されている」
アネッテの表情が少し曇った。科学的に説明できる現象であるとはいえ、魔法少女システムの残酷さは変わらない。彼女は自分の胸元のソウルジェムを無意識に撫でた。
「ところで」アネッテが急に立ち上がり、マジックパワーメーターを取り出した。装置の針が大きく振れている。「別の強い反応がある。見滝原中学内部からね」
彼女は装置を向け直し、針の振れ具合を見ながら調整した。「これは...かなり強いわ。魔力値は780Qy程度かな。あなたより高いよ、ほむらちゃん」
ほむらは静かに頷いた。「巴マミ」
「巴マミ?」アネッテは興味深そうに尋ねた。
「この学校の三年生。彼女も魔法少女よ」ほむらは説明した。「金色の巻き髪で、黄色いソウルジェムを持っている。リボンと銃を使う」
「え?マミさんも?」アネッテの目が驚きで見開かれた。彼女はメーターを再度確認し、それから校舎を見上げた。「つまり、まどかさんに、さやかさんに、マミさん...そしてあなた。一つの中学校に四人も魔法少女がいるってこと?」
彼女は感嘆の声を上げた。「都会はすごいなぁ!月影町じゃ、私一人しかいないのに」
ほむらの表情にはわずかな皮肉が浮かんだ。「見滝原は魔女の出現率が高いの。それだけキュゥべえも活発に活動しているってこと」
「でもそれって、逆に考えるとチャンスでもあるよね」アネッテは前向きに言った。「四人もいれば協力して戦えるじゃない。単独よりずっと効率的だし、安全だよ」
ほむらは少し考え込むように黙り込んだ。アネッテの言葉は論理的だが、これまでの時間軸での経験から、彼女は魔法少女同士の協力がいつも円滑に進むとは限らないことを知っていた。マミは魔女化の真実を知ると精神的に崩壊し、さやかは恭介と仁美の関係を知り絶望する...そして杏子も彼女なりの哲学を持っている。
「そんな単純な問題じゃないわ」ほむらは静かに言った。
しかし、アネッテの眼差しは希望に満ちていた。「でも今回は違うかもしれない。まどかさんの魔法少女としての能力値は普通だし、存在自体が『特異点』ではなくなっている。それなら他の要素も変わる可能性があるはず」
ほむらは考え込んでいた。アネッテの理論が正しければ、この時間軸では他の因果も変わっているかもしれない。マミが真実を知っても崩壊しない可能性も、さやかが絶望せずに済む可能性も...
「ほむらちゃん」アネッテの声が彼女の思考を中断させた。より個人的な問いかけのトーンだった。「ところで、あなたは学校はどうしたの?まどかさんたちはもう授業中なのに」
ほむらは少し意外そうな表情をした。これまでの会話では魔法少女のことばかりで、日常的な側面について触れることはなかったからだ。彼女はわずかに視線を逸らした。
「私はまだ転校していないの。正確には、一週間後に見滝原中学に転校する予定」
「え?でも...」アネッテは困惑した表情を浮かべた。「じゃあ今は?」
ほむらは少し躊躇い、それから静かに答えた。「私は今、病院にいるはず」
「病院?」
「ええ、心臓の病気で。長期入院していたの」彼女は自分の胸に手を当てた。「魔法少女になってから、魔法で体の機能を強化して動いているけど...公式には、まだ入院中ということになっている」
彼女の声には、珍しく自分自身の弱さを認めるような響きがあった。
「なるほど」アネッテは驚きの表情を浮かべた。彼女の科学者としての目は、ほむらの体に新たな関心を向けていた。「魔法で肉体機能を補強しているんだ。すごく興味深いね。病気の性質は?どの程度の補強が必要なの?」
ほむらは一瞬だけ戸惑ったような表情を見せたが、すぐに普段の冷静さを取り戻した。「詳細は重要じゃないわ。要は魔法で動けるようになっているということ」
アネッテは少し申し訳なさそうな表情をした。「ごめん、またしても科学者モードに入っちゃった。でも...」彼女は真剣な表情で続けた。「病院からこっそり抜け出してきているなんて、まどかさんのことをそれだけ心配しているってことだよね」
ほむらは黙って頷いた。病院から抜け出すことは、彼女にとってはもう何度も繰り返した日常のような行為だった。それでも、アネッテの言葉に、彼女の決意の深さを改めて認識させられたようだった。
「すごいね、ほむらちゃん」アネッテは心からの尊敬を込めて言った。「あなたのまどかさんへの想いは本物だね」
ほむらは少し顔を赤らめ、視線を逸らした。感情を素直に表現することに慣れていない彼女にとって、このようなストレートな言葉は対応が難しかった。
「ただ、使命を果たしているだけよ」彼女はそう言ったが、その声には以前よりも柔らかさがあった。
二人の会話は、小学校からの帰り道とおぼしき子供たちの賑やかな声で中断された。アネッテはソウルトレーサーを確認し、少し表情を引き締めた。
「ほむらちゃん、弱いけど魔女の反応がある。北西の方向、約800メートル先」
ほむらは即座に立ち上がり、周囲を確認した。「魔女の結界?」
「まだ形成段階だと思われる」アネッテは装置を調整しながら言った。「使い魔による誘導段階かもしれない」
「行くわ」ほむらは簡潔に言った。彼女の表情は既に戦闘モードに切り替わっていた。
「待って」アネッテが彼女の腕を掴んだ。「その前に、念のためマミさんの位置も確認しておこう。もし近くにいれば、彼女も対応するかもしれないから」
アネッテはメーターを学校方向に向け直し、その反応を確認した。「マミさんは...まだ学校内にいるね。授業中だろうし、この程度の反応は感知していないかも」
ほむらは少し考え、決断を下した。「なら私たちで対処するわ。使い魔の段階なら、すぐに片付けられる」
アネッテは嬉しそうに微笑んだ。「私たちで、ね。いいよ、一緒に行こう!」
彼女はバックパックを肩に掛け直し、装置を片手に持って立ち上がった。「私とほむらちゃんの初コンビネーション!科学と魔法の融合戦術、楽しみだな!」
ほむらは軽くため息をついたが、口元にはかすかな微笑みが浮かんでいた。「戦闘は遊びじゃないわ。真剣に取り組んで」
「もちろん!」アネッテは自信に満ちた表情で応えた。「私だって、月影町での一人戦闘で鍛えてるんだから。『最適な道具』で必ず貢献するよ!」
二人は公園を後にし、魔女の気配がする方向へと歩き始めた。アネッテは前向きな足取りで先頭を歩き、ほむらは少し距離を置いて彼女の後を追った。春の日差しが彼女たちの姿を照らし、長い影を地面に落とす。
一人は科学と魔法を融合させた特異な魔法少女、もう一人は無数の時間を超えてきた孤独な魔法少女。異なる道を歩んできた二人が、この時間軸で出会い、共に戦うことになった不思議な縁。それは、これまでの時間軸には存在しなかった新たな可能性の芽生えだった。
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少し時間は流れて夕暮れの街角、廃ビルの影が長く伸びる中、ほむらとアネッテは並んで歩いていた。
二人が先ほど退治した魔女の結界は消え去り、かつて本の形をした使い魔が飛び交っていた空間は、再び普通の路地裏に戻っていた。
地面にはグリーフシードが小さく光を放っている。
「予想以上に簡単だったね」アネッテはグリーフシードを拾い上げ、光にかざして観察した。「読書が好きだったんだろうな、この魔女。本の形の使い魔ばかりで、しかも攻撃パターンが単調だった」
ほむらは黙ってうなずき、自分のソウルジェムを確認した。「魔力の消費もほとんどなかったわ」
「そりゃそうだよ」アネッテは笑いながらグリーフシードをほむらに手渡した。「あなたの時間停止と私のマグ・アームズの組み合わせは反則級だもの。魔女が反応する前に一掃できちゃった」
ほむらはグリーフシードで自分のソウルジェムを浄化しながら、アネッテの装置を興味深そうに見た。
「科学と魔法の融合...確かに効率的ね」
「でしょ?」アネッテは得意げに胸を張った。「ほむらちゃんの『時間停止』と組み合わせれば、ほとんどの魔女には対応できるはず。特に今回のような中規模以下の魔女なら、秒殺だね」
彼女はポケットから小さなノートを取り出し、何かを書き込んだ。「使い魔の特性は『文字媒体志向型』、攻撃パターンは『直線運動限定』、結界の構造は『図書館様擬態型』...」
ほむらはアネッテのメモを横目で見ながら、静かに言った。「あなたは本当に研究熱心ね」
「データは大事だよ」アネッテは真剣な表情でノートを閉じた。「月影町では一人だったから、魔女と使い魔のデータベースを作ることで戦いを効率化していたんだ。知識は力になる」
彼女は空を見上げ、夕暮れの色に染まり始めた空を眺めた。「あ、もうこんな時間だ。放課後になってる」
ほむらもまた空を見上げた。確かに日が傾き始めている。二人が公園を出てから魔女を倒すまでの一連の出来事は、思いのほか時間がかかっていなかった。
「見滝原中学の授業はもう終わったはずね」ほむらは静かに言った。
「そうだね」アネッテは明るい声で応えた。「まどかさんとさやかさん、それにマミさんも下校時間だろうね。あ、そうだ!」
彼女は突然、何かを思いついたように声のトーンを上げた。「転校の件、どうするつもり?」
ほむらはわずかに表情を引き締めた。「来週の月曜日に転校する予定よ」
「じゃあ、初日からまどかさんたちに話しかけるんでしょ?」アネッテは興味深そうに尋ねた。「どんな風に接するつもり?」
ほむらは少し黙り込んだ。これまでのループでは、最初から距離を置く振る舞いをしていた。魔法少女としての重大な秘密を抱え、まどかを守るために必要だと信じていたからだ。しかし...
「私は...」ほむらは言葉を選びながら静かに言った。「これまでは冷たく接していたわ。距離を置くことで、まどかを魔法少女の世界から遠ざけられると思っていたから」
アネッテは真剣な表情で聞いていた。「でも、今回は違うんだよね?まどかさんは既に魔法少女になっている。そして彼女の願いが原作と違うことで、因果の流れも変わっている可能性がある」
「そうね」ほむらは同意した。「でも...」
「私に言わせれば」アネッテは少し前に進み、ほむらと向き合った。「今回こそ、最初から友好的に接するチャンスだよ。彼女たちと協力することで、新しい可能性が開ける」
ほむらはためらいがちに視線を落とした。「簡単には言えないわ。私は...」
「コミュニケーションが苦手なの?」アネッテは優しく笑った。
ほむらは驚いたように顔を上げた。
「当たり?」アネッテはウインクした。「実は私、人の性格を読むのは得意なんだ。あなたはずっと一人で戦ってきたでしょ?時間ループを繰り返し、孤独な戦いを...」
彼女は続けた。「そして、人との距離の取り方を忘れてしまったんじゃないかな。だから、あえて冷たい態度を取ることで、自分を守ってきたんじゃない?」
ほむらの紫の瞳がわずかに揺れた。アネッテの言葉は核心を突いていた。彼女は無数の時間軸で何度も失敗を繰り返し、徐々に感情を表に出さなくなっていった。初めは打ち解けようとしていたのに、何度も繰り返す別れと失望が彼女を孤独へと追いやったのだ。
「...そうかもしれないわ」ほむらは小さな声で認めた。「私は、最初から距離を置くことで...自分自身を守っていたのかもしれない」
アネッテは優しく微笑んだ。「大丈夫、今回は私がいるよ。まどかさんたちとの橋渡しになる。あなたが自然体でいられるように」
彼女は思いついたように言葉を付け加えた。
「ねえ、こんなのはどう?転校初日に自己紹介はするよね?、とりあえず初日ってことで口数は少なめでいいと思うんだ。放課後になったら合流するから、私たちが前から知り合いだったことにしよう。そうすれば、自然に私も彼女たちのグループに入るきっかけになるし、仲良くなる手助けができるよ!」
ほむらは少し考え込むように黙った。これまでとは全く異なるアプローチだ。
しかし、まどかが既に魔法少女になっている以上、ほむらがこれまで取ってきた従来の戦略は意味をなさない。
新たな可能性を探るべきなのかもしれない。
「でも私は...人と自然に会話するのが...」彼女は言いよどんだ。
「苦手なの?」アネッテは明るく言った。
「大丈夫、さっきも言ったけど転校初日だよ?、うまく話せなくても緊張しちゃったで通じるじゃない。それに、あなたは本当は優しい人だからきっとわかってもらえるって」
ほむらの表情が少し和らいだ。「...わかったわ。試してみる」
「やった!」
アネッテは嬉しそうに手を叩いた。
「じゃあ、作戦は『最初から友好的に』ってことで。放課後に私が合流できたらさ、会話をリードするからあなたは自然体でいればいいよ」
彼女は空に広がる夕焼けを見上げた。
「見滝原中学に転校するまでの一週間、私たちで作戦を練ろう。魔法少女アライアンス結成に向けて、最高のスタートを切るために!」
「まだ慣れないけど...」ほむらは小さく微笑んだ。「協力するわ」
二人は並んで歩き始めた。ほむらはかつてない不安と期待が入り混じった感情を抱いていた。これまでのループとは違う展開。まどかを救うための新たな可能性。
そして何より、もう孤独ではないという事実。
アネッテは楽しげに次の計画について話し続け、夕焼けに染まる街並みの中、二人の魔法少女の長い影が交差していた。