見滝原中学校の廊下に、朝の光が差し込んでいた。窓から見える桜の木々は満開で、春風に揺れる花びらが校庭に舞い落ちる様子は絵画のように美しかった。
その廊下に一人の少女が立っていた。黒い長髪が風で揺れ、制服のスカートがわずかに翻る。暁美ほむらは、教室の前で一瞬ためらうように立ち止まった。
「大丈夫?」
彼女のポケットから小さな声が聞こえた。それは特殊な通信装置を通じてアネッテが話しかけている声だった。
アネッテ特製の「コミュニケーター」は、ソウルジェムのエネルギーを利用して離れた場所にいる魔法少女同士が会話できる装置だった。
テレパシーが届かない距離にいても、この装置があれば会話が可能だった。
「ええ...」ほむらは小さく答えた。「ただ...」
この一週間、アネッテとほむらは何度も「友好的な自己紹介」の練習をしていた。
これまでの無数のループでは常に冷たく距離を置く態度を取っていたほむらにとって、まどかたちに優しく接するという選択は、想像以上に難しいものだった。
「自然体でいいんだよ」
アネッテの声が優しく響いた。
「まどかさんはもう魔法少女だけど、そのことは知らないフリをして、普通の転校生として接すればいい。私は放課後に合流するからね」
「...わかったわ」
ほむらは深呼吸し、教室のドアに手をかけた。一週間前にアネッテと交わした約束、「最初から友好的に」という計画を実行する時が来たのだ。
教室の後ろのガラス窓を通り過ぎるほむらの姿に、すでに何人かの生徒が気づき、ざわめきが起きていた。
「新しい転校生...」
「かわいい...」
「あの髪、すごくきれい...」
ほむらはそれらの声に耳を貸さず、廊下を静かに歩き続けた。
教室の中では、担任の早乙女和子先生がホームルームを始めようとしていた。彼女はいつものように豪快な身振りで生徒たちの前に立っていた。
「はい、みなさん、静かに!今日は大事なお話があります。心して聞くように」
しかし、その「大事なお話」は意外なものだった。
「みなさんに質問です。目玉焼きとは、固焼きですか?それとも半熟ですか?」
和子先生は鋭い眼差しで生徒たちを見渡した。
「はい、中沢くん、あなたはどう思う?」
中沢と呼ばれた男子生徒は突然指名されて戸惑いながらも答えた。「え?あ、どっちでもいいんじゃないですか?」
「その通り!」
和子先生は教鞭を勢いよく振り回した。
「どっちでもよろしい!たかが卵の焼き加減なんかで、女の魅力が決まると思ったら大間違いです!」
「女子の皆さんは、くれぐれも『半熟じゃなきゃ食べられない』とかぬかす男とは交際しないように!そして、男子の皆さんは絶対に卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと!」
まどかとさやかは顔を見合わせ、小さなため息をついた。
「ダメだったんだね」とまどかが小声でつぶやき、「ダメだったか」とさやかが返した。彼女たちは先生の恋愛事情にはもう慣れていた。
「はい。あとそれから」和子先生は急に話題を変えた。「今日は皆さんに転校生を紹介します」
「そっちが後回しかよ」とさやかがつぶやいた。
その瞬間、教室のドアが静かに開き、暁美ほむらが入ってきた。教室内がシーンと静まり返る。
「じゃあ、あけみさん、いらっしゃい」和子先生が声をかけた。
ほむらはゆっくりと教壇に進み、クラスの生徒たちを見渡した。彼女の視線がまどかに留まると、まどかは驚いたように体を硬直させた。
「はい、それじゃ自己紹介いってみよう」和子先生がほむらに促した。
ほむらは深呼吸をし、これまでとは異なるアプローチを取ることを自分に言い聞かせた。アネッテのアドバイス通り、冷たすぎず、かといって過剰に親しげでもない、自然体での自己紹介を心がける。
「あ、あの...」ほむらは少し緊張したような表情を作った。「暁美ほむらです。よろしくお願いします」
彼女は以前のループと同じ言葉を使ったが、その口調は明らかに違っていた。冷たい無感情な調子ではなく、少し緊張気味で、しかし温かみのある声だった。
「えっと、あけみさん?」和子先生が少し戸惑ったように言った。「何か緊張してる?大丈夫よ、みんないい子たちだから」
「はい...少し緊張してます」ほむらは小さく頷いた。「でも、頑張ります」
彼女のこの素直な反応に、クラスメイトたちからは好意的なざわめきが起こった。
「前はどこの学校だったの?」
「東京のミッション系の学校です」
「部活はやってた?」
「いいえ...体調を崩していたので」
「シャンプーは何使ってるの?」
「普通のものです...特別なものではありません」
質問に答えながら、ほむらの視線は何度もまどかに向けられた。まどかはその視線に気づき、少し困惑した表情を浮かべていた。彼女の横では、さやかが興味深そうに新しい転校生を観察していた。
質問タイムが終わり、和子先生がほむらの席を指示した。「あけみさん、あそこの空いている席に座ってね。鹿目さんの後ろよ」
「はい」ほむらは静かに頷き、クラスメイトたちの視線を浴びながら指定された席へと向かった。まどかの後ろの席。これはどのループでも変わらなかった。
席に着くとき、ほむらはまどかとほんの一瞬、目が合った。まどかは驚いたように目を見開き、慌てて前を向き直した。ほむらはそっと微笑み、椅子に座った。
授業が始まり、和子先生は英語の教科書を開くよう指示した。クラスメイトたちがざわめくなか、ほむらはまどかの背中を見つめていた。
「ほむらちゃん、調子はどう?」アネッテの声が小さくコミュニケーターから聞こえた。
「大丈夫...」ほむらは教科書を開きながら小声で答えた。「予定通り進んでるわ」
「よかった。放課後、校門の近くで待ってるね」
ほむらは小さく頷き、授業に集中し始めた。英語の授業で和子先生が生徒を指名する中、ほむらはノートを取りながらも、常にまどかへの視線を忘れなかった。
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授業が進むにつれ、何人かのクラスメイトがさりげなくほむらの方を振り返り、関心を示していた。転校生への興味は自然なことだ。しかし、ほむらにとって重要なのはただ一人、鹿目まどかだけだった。
昼休みになり、教室内が活気づいた頃、さやかとまどかの席に仁美が近づいてきた。
「まどかさん、さやかさん、お昼ご一緒しましょう」仁美はいつもの優雅な話し方で言った。
「仁美、悪いけど」さやかがまどかの肩に手を回しながら言った。「今日は新しい転校生を誘おうと思ってるんだ。ねえ、まどか?」
まどかは少し驚いたような表情をしたが、すぐに微笑んだ。「う、うん。暁美さ...あ、ほむらちゃんも一緒にどうかな?」
三人の視線がほむらに向けられた。ほむらは少し戸惑ったように見せながらも、小さく微笑んだ。
「よろしいですか?」彼女はいつもより柔らかい声で尋ねた。
「もちろん!」さやかが明るく答えた。「転校生歓迎会みたいなもんだよ。ね、仁美?」
仁美も優雅に頷いた。「はい。ご一緒できて光栄です、暁美さん」
四人は弁当を持って屋上へと向かった。春の陽射しが心地よく感じられる屋上で、彼女たちは輪になって座った。
「暁美さん...あ、ほむらちゃんは、お弁当持ってきてないの?」まどかが心配そうに尋ねた。
「ああ...」ほむらは少し恥ずかしそうに答えた。「まだ引っ越したばかりで、準備が...」
「それなら、私のを分けるよ!」まどかは即座に自分の弁当箱を差し出した。「お母さんがいつも多めに作ってくれるから」
「あたしのもあるよ」さやかも自分のおかずの一部を差し出した。「遠慮しないで」
「私も喜んで」仁美も加わった。
ほむらは一瞬、言葉を失ったように見えた。これまでのループでは決して経験しなかった優しさの連鎖に、彼女の心は揺れ動いていた。
「あ...ありがとう」彼女は静かに受け取った。「皆さん、優しいですね」
「遠慮することないよ」さやかは元気よく言った。「それにしても、暁美さんってすごくキレイだね。男子たちももう目ハートだったよ」
「さやかさん...」仁美が軽く窘めた。
「え?」ほむらは少し困惑した表情を見せた。「そんなことは...」
「でも、本当だよ」まどかも笑顔で言った。「ほむらちゃん、とっても...かっこいいと思う」
ほむらの頬がわずかに赤くなった。「あ...ありがとう」
会話が弾む中、ほむらはこの不思議な状況を噛みしめていた。何度も繰り返してきた孤独な時間軸の中で、こんな穏やかな瞬間があることを彼女は忘れかけていた。
「そうだ、ほむらちゃん」まどかが突然思い出したように言った。「放課後、何か予定ある?良かったら、私たちと一緒に...」
「ありがとう、でも...」ほむらは少し躊躇った。「実は、知り合いが今日、見滝原に来ることになっていて...」
「知り合い?」さやかが興味深そうに身を乗り出した。
「ええ、転校前からの...友達よ」ほむらはそう言いながら、自分が「友達」という言葉を使ったことに少し驚いた。「もし良ければ、皆さんにも紹介したいんだけど...」
「もちろん!」まどかは目を輝かせた。「ほむらちゃんのお友達なら、きっと素敵な人だよね」
「うん、ぜひ会いたい!」さやかも賛同した。
仁美も丁寧に頷いた。「ご紹介いただけるなんて光栄です」
「ありがとう」ほむらは微笑んだ。「放課後、校門の近くで待ち合わせることになってるの」
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昼休みは楽しい会話の中であっという間に過ぎた。午後の授業が始まる前、ほむらはポケットの通信装置にそっと触れた。
「アネッテ...放課後、まどかたちも一緒に来るわ」
「了解!」アネッテの声が小さく返ってきた。「順調みたいだね。午後の授業も頑張って!」
ほむらは密かに微笑み、教室に戻った。これまでと違う時間軸の流れに、彼女の心には奇妙な高揚感と不安が入り混じっていた。
午後の授業中、ほむらの視線は何度もまどかの背中に向けられた。まどかもときどき後ろを振り返り、ほむらと目が合うとすぐに前を向き直すという小さな駆け引きが続いた。
ほむらはこの状況が夢のように感じられた。何度も繰り返してきた絶望の輪廻の中で、こんな風に普通の女子中学生のように過ごす時間があるなんて...
ようやく最後の授業が終わり、放課後のチャイムが鳴った。教室内がざわめき、生徒たちが帰り支度を始める。
「ほむらちゃん、行こう?」まどかが笑顔で声をかけてきた。彼女の横にはさやかと仁美がいた。
「ええ」ほむらは立ち上がり、教科書をカバンにしまった。「お待たせしてごめんなさい」
四人は校舎を出て、校門に向かって歩き始めた。春の陽差しが彼女たちの肩を温かく照らしていた。
「ほむらちゃんのお友達ってどんな人?」さやかが好奇心いっぱいに尋ねた。
「そうね...」ほむらは少し考えながら答えた。「明るくて...科学が得意で...いつも前向きな子よ」
「科学が得意?」まどかが興味を示した。「すごいね」
「同じ学校の子?」仁美が尋ねた。
「いいえ...彼女は高校生よ」
「え?高校生なの?」さやかが驚いた声を上げた。「どうやって知り合ったの?」
ほむらは一瞬言葉に詰まった。アネッテとの出会いの真実は誰にも言えない。「ある...イベントでね。共通の趣味があって...」
その時、校門の近くで緑色のワンピースを着た少女が手を振っているのが見えた。栗色のショートヘアと明るい笑顔が特徴的な少女—蒼春アネッテだった。
「あ、いた」ほむらが静かに言った。「あれが...アネッテよ」
四人は校門に近づき、アネッテも彼女たちに向かって歩み寄ってきた。これから始まる新たな出会いに、ほむらの心はわずかに高鳴っていた。
「あ、ほむらちゃん!」アネッテは明るい声で手を振りながら駆け寄ってきた。「待った?」
「ちょうどいいところよ」ほむらは微笑み返した。これまでのループで彼女がこんな表情を見せることはほとんどなかった。
「この人たちが、お友達?」アネッテはまどか、さやか、仁美に視線を向けた。彼女の緑色の瞳が好奇心でキラキラと輝いていた。
「ええ」ほむらは静かに頷いた。「紹介するわ。こちらが鹿目まどか、美樹さやか、志筑仁美よ。皆、こちらが蒼春アネッテ」
「蒼春...アネッテ?」まどかが少し首を傾げた。「珍しい名前だね」
「そうなんだ」アネッテは手を後ろで組みながら、はにかんだように笑った。「お父さんが日本人で、お母さんがドイツ人なんだよ。だから名前も少し変わってるの」
「へえ!ハーフなんだ!」さやかが目を輝かせた。「どこの高校に通ってるの?」
「月影高校っていう埼玉の学校」アネッテは答えた。「でも今日は特別にほむらちゃんの転校初日だから、会いに来たんだ」
「ほむらちゃん?」仁美が少し驚いた表情を見せた。「もう『ちゃん』付けで呼ぶほど親しいのですか?」
「うん!」アネッテは臆することなく答えた。「私たちは特別な友達同士だから」
彼女はそう言いながらほむらに向かってウインクした。ほむらは少し困ったような表情を見せたが、否定はしなかった。
「素敵な関係ですわね」仁美が優雅に微笑んだ。「ところで、皆さん。私はこれで失礼しなければなりません。ピアノのレッスンの時間なので」
「あ、そうだったね」まどかが言った。「またあした、仁美ちゃん」
「またね〜」さやかも手を振った。
仁美は丁寧に頭を下げ、「暁美さん、蒼春さん、お会いできてとても嬉しかったです」と言って去っていった。
仁美が見えなくなると、アネッテはすぐに話題を変えた。「ねえ、どこか座れる場所ない?せっかくだし、みんなでお茶でもしない?」
「いいね!」さやかが大きく頷いた。「駅前の新しいカフェ、行ってみない?」
「それいいな」まどかも賛成した。「放課後パフェがおいしいんだって」
四人は駅に向かって歩き始めた。アネッテとさやかが前を歩き、まどかとほむらが少し離れて後ろに続いた。アネッテはさやかと活発に会話し、すぐに打ち解けている様子だった。
「ほむらちゃんとアネッテちゃん、とっても仲良しなんだね」まどかが小声でほむらに言った。
「ええ...」ほむらはわずかに微笑んだ。「アネッテとは...特別な関係なの」
「特別?」
「彼女は...私の秘密を知っている数少ない人だから」ほむらは静かに言った。「いつか...まどかにも話せるといいな」
まどかは少し驚いた表情をしたが、すぐに優しく微笑んだ。「うん、私も...ほむらちゃんのことをもっと知りたいな」
二人の会話は、アネッテの明るい声によって中断された。
「ねえねえ、このカフェがいいんじゃない?」彼女は角にある小さな洒落たカフェを指さした。「中、可愛いよ!」
すみません、文章量を185倍に増やすというのは現実的ではありません。もう少し合理的な範囲で修正し、魔女の反応と空気感の変化をより明確にした版をお届けします。
# 改訂版:カフェでの正体明かしシーン
四人は「CAFE STARLIGHT」と書かれた看板のあるカフェに入った。店内はパステルカラーの装飾が施され、窓際には観葉植物が置かれた明るい雰囲気だった。彼女たちは窓側の四人掛けのテーブルに座った。
「わあ、メニューが可愛い!」
まどかが手にしたメニューを見て目を輝かせた。
「パフェの種類多いね」
さやかも興味深そうに眺めていた。彼女はときどきほむらに視線を送っていた。最初は警戒心を持っていたが、転校初日からこんなに打ち解けて会話できるとは思っていなかったようだ。
注文を終え、四人はお茶とデザートが運ばれてくるのを待った。
アネッテはテーブルに肘をついて、まどかとさやかを興味深そうに観察していた。
ほむらはコミュニケーターを通じてアネッテから聞いた情報—まどかとさやかが既に魔法少女になっているということ—を確認するように、二人の様子を注意深く観察していた。
「それで、二人はどのくらい友達なの?」
アネッテが尋ねた。彼女の緑色の瞳には純粋な好奇心が浮かんでいた。
「え?私たち?」
まどかが少し驚いた表情で言った。
「幼稚園からの付き合いだよね、さやかちゃん」
「そうそう、もう知り合って10年以上になるかな」
さやかは頷いた。
「まどかとは何でも知ってるよ」
「へえ、素敵だね!」
アネッテの目が輝いた。
「私、転校が多くて長い友達があんまりいないんだ。だからほむらちゃんとの出会いは本当に大切なんだよね」
ほむらはそっと微笑んだが、何も言わなかった。彼女はカップを手に取り、一口紅茶を飲みながら、まどかの左手中指をさりげなく見た。そこにはソウルジェムを収めた指輪があるはずだ。
「どうやって知り合ったの?」
さやかが興味深そうに尋ねた。隣のまどかも表情を明るくして身を乗り出した。
アネッテとほむらは一瞬、目を合わせた。「計画通りに進めよう」という無言のメッセージを交わし、アネッテはカップを置いてから話し始めた。
「それがね...」
アネッテが言葉を選びながら説明した。
「去年の夏、私が東京に科学展示会を見に行ったとき。偶然、同じ展示を見ていたほむらちゃんと知り合ったんだ」
「科学展示会?」
まどかが少し驚いた表情で言った。
「うん」
ほむらも話に加わった。
「その頃はまだ入院していたけど、一日だけ外出許可が出て...」
「入院?」
さやかが心配そうに尋ねた。
「ええ...心臓の病気で」
ほむらは静かに答えた。
「でも今は大丈夫よ」
「そうなんだ...」
まどかの目に心配の色が浮かんだ。
この時、注文したドリンクとデザートが運ばれてきた。一瞬の間があり、会話は自然と中断された。アネッテはほむらと小さな視線を交わし、次の段階に進む合図を送った。
「いただきまーす!」
アネッテが元気よく言った。みんなもそれに続いた。
しばらくはデザートを楽しむ時間が続いた。さやかのチョコレートパフェ、まどかのイチゴミルクパフェ、ほむらの紅茶、アネッテのメロンソーダフロート。それぞれが自分の注文したものを味わいながら、和やかな空気が流れていた。
「ねえ、アネッテちゃんは何でほむらちゃんに会いに来たの?」
さやかがふと質問した。
「埼玉からだよね?遠くない?」
「うん、ちょっと遠いけど...」
アネッテは一口飲んでから答えた。彼女は一瞬ほむらと目を合わせ、かすかにうなずきを交わした。ここが「正体を明かす」絶好のタイミングだった。
「実はね...」
アネッテは声を少し下げ、テーブルに身を乗り出した。彼女はそっと周囲を見回し、他の客が自分たちの会話に耳を傾けていないことを確認した。カフェ内の音楽と他の客の話し声で、静かに話せば周囲に聞こえる心配はなさそうだった。
「ほむらちゃんのこと心配だったからさ、これから話すこと、ほむらちゃん1人だと心細いと思ってさ、駆けつけちゃった」
彼女の表情が珍しく真剣になった。
「これから話すこと?」
まどかとさやかが同時に首を傾げた。彼女たちの表情には純粋な好奇心が浮かんでいた。
アネッテはソーダのグラスをゆっくりとテーブルに置き、深呼吸をした。
「私たち、あなたたちに正直に話そうと思って」
アネッテは目の前のまどかとさやかをまっすぐに見つめた。その目には決意と期待が混ざり合っていた。
「私たちは...普通の女の子じゃないんだ」
「え?」
まどかとさやかは顔を見合わせた。彼女たちの表情に緊張が走る。
「これは秘密なんだけど...」
アネッテはもう一度周囲を確認してから、声をさらに下げて言った。
「私たちは魔法少女なの」
言葉が出た瞬間、テーブルに一瞬の静寂が落ちた。まどかとさやかの表情が凍りついたかのように固まり、それから驚きに目を見開いた。その反応に、アネッテとほむらはすぐに真実を確信した—彼女たちも魔法少女だ。
「あなたたちも...そうよね?」
ほむらが静かに言った。彼女の紫色の瞳はまどかを見つめ、その反応を慎重に観察していた。
まどかは一瞬口を開いたが、言葉が出てこなかった。彼女の指が無意識に左手中指の指輪に触れる。
「ど、どうして...」
まどかが震える声でようやく言葉を絞り出した。
「どうしてわかったの?」
さやかが素早く口を挟んだ。彼女の目には警戒と驚きが混ざっていた。
アネッテはバックパックから小さな装置を取り出した。手のひらサイズの金属製の箱で、表面には複雑な回路パターンが刻まれ、エメラルドグリーンのLEDが点滅している。
「これは私の発明、『ソウルトレーサー』っていう装置なんだ」
アネッテは少し得意げに説明した。
「魔法少女のソウルジェムや魔女の気配を検知できるんだよ。昨日から見滝原市内で魔法少女の反応を追跡していて...それが二人だったんだね」
彼女は画面を回転させ、まどかとさやかに見せた。そこには市街地の簡易マップと、四つの光点が表示されていた。
「この四つの点が私たちよ。魔法少女はそれぞれ固有の魔力波長を持っていて、このピンク色のがまどかちゃん、青色がさやかちゃん、紫色がほむらちゃん、そして緑色が私」
まどかとさやかは驚きと感心の入り混じった表情で装置を見つめていた。
「すごい...」
まどかが小さな声で言った。
「だからわかったのか」
さやかが納得した様子で頷いた。
「そうだよ」
アネッテはソウルトレーサーをしまいながら説明を続けた。
「実は、ほむらちゃんがこの見滝原に転校してきたのも偶然じゃないんだ。私たちは一つの目的があってやってきた」
「目的?」
まどかが不安げに尋ねた。
ほむらが静かに口を開いた。
「およそ3週間後...この街に最強の魔女が来る」
彼女の声は冷静ながらも、その瞳には鋭い光が宿っていた。
「『ワルプルギスの夜』...通常の魔女とは比べものにならない強大な存在よ」
「ワルプルギスの夜?」
さやかが首を傾げた。
「そんな魔女、聞いたことないよ」
「マミさんも何も言ってなかったね...」
まどかも困惑した様子で言った。
「知らなくて当然よ」
ほむらは紅茶のカップを置きながら続けた。
「ワルプルギスの夜は特別な魔女。通常の魔女と違って結界を張らず、その姿を一般人にも見せる...まるで自然災害のような存在」
「嘘...そんな魔女がいるの?」
さやかは信じられないという表情を浮かべた。
「その魔女を倒すために、私たちは仲間を探していたんだ」
アネッテが真剣な表情で言った。
「一人では太刀打ちできない。だから、同じ魔法少女として力を合わせてほしい」
まどかとさやかは互いに顔を見合わせた。彼女たちの表情には不安と驚きが浮かんでいた。
「でも...私たち、まだ魔法少女になったばかりで...」
まどかが心配そうに言った。
「大丈夫」
ほむらが穏やかな声で答えた。普段の冷たい態度とは違い、その瞳には優しさが宿っていた。
「一緒に戦い方を学びましょう。3週間あれば、十分に準備できるわ」
その時—
アネッテのポケットからソウルトレーサーが突然けたたましい警告音を発した。その鋭い電子音は、まるでカフェの穏やかな空間を引き裂くかのように響いた。
四人の会話は一瞬で途切れ、テーブルを囲む空気が凍りついたように変わった。まどかとさやかの表情から笑顔が消え、ほむらの姿勢がピンと張りつめる。
アネッテは素早く装置を取り出し、その画面を見た瞬間、彼女の顔色が変わった。緑色の瞳が鋭く光り、科学者の分析的な眼差しに戦士の緊張感が加わる。
「ほむらちゃん、魔女の反応」
アネッテの声は先ほどまでの柔らかな調子から一変し、低く緊迫した響きを帯びていた。
「ここから500メートルくらい...駅の反対側よ」
ほむらはカップを置く音さえ立てないよう注意しながら、静かに立ち上がった。その動作には無駄がなく、幾度もの戦闘で培われた緊張感が漂っていた。
「行かなきゃ」
彼女の声も戦闘モードに入ったかのように冷静で鋭い。まどかとさやかも瞬時に空気の変化を感じ取り、体を強張らせていた。
アネッテも立ち上がり、まどかとさやかを見つめた。
「ごめん、急用ができちゃった。お会計はテーブルに置いていくね」
彼女は財布から紙幣を取り出し、テーブルに置いた。その動作にも先ほどまでの余裕はなく、戦場へ向かう兵士のような緊張感が漂っていた。
「待って!」
さやかが立ち上がり、力強く言った。彼女の青い瞳には決意の色が浮かんでいた。
「私たちも行くよ」
「そうだよ」
まどかも決意を込めて立ち上がった。彼女の普段の柔らかさは姿を消し、その代わりに静かな覚悟が浮かんでいた。
「私たちも魔法少女だもの。一緒に戦おう」
「それに、ワルプルギスの夜のことも、もっと詳しく知りたい」
さやかが付け加えた。彼女の目には不安と共に、新たな決意の光が宿っていた。
四人は急いでカフェを出た。
さっきまでの和やかな女子学生グループは消え、その代わりに使命に向かう魔法少女たちの緊張感が彼女たちを包んでいた。
駅の反対側へと走る彼女たちの姿は、通りを行き交う人々にとっては、ただの女子学生のグループに見えただろう。
しかし実際は—彼女たちは魔法少女という特別な運命を共有する少女たちだった。
ワルプルギスの夜に立ち向かうための、新たな魔法少女チームの始まりの瞬間だった。