アネッテと希望の方程式   作:革新的甲殻類

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1-25「問われる覚悟」

 

 

-マミのアパート(マミ・ほむら)-

 

 

マミのアパートの居間には、重苦しい空気が漂っていた。窓から差し込む曇天の光は沈んだ灰色で、集まった魔法少女たちの表情を一層暗く見せている。テーブルの上には花柄の茶器に注がれた紅茶がまだ湯気を立てていたが、誰も手を付けていなかった。部屋の隅に置かれた古めかしい柱時計の秒針が刻む音だけが、沈黙を破る唯一の音だった。

 

マミは何度目かの深いため息をつくと、正面に座るまどかとさやかを見つめた。彼女の金色の巻き髪は窓からの淡い光を受けて柔らかく輝いているが、その琥珀色の瞳は心配の色に曇っていた。細い指で自分の髪をいじりながら、ようやく口を開いた。

 

「アネッテさんからは、まだ連絡はないの?」

 

マミが静かな声で尋ねた。その口調には上級生としての落ち着きを保とうとする意志が感じられたが、声の震えは隠しきれていなかった。

 

「ない」

 

窓際に立ちながら外の景色を見つめていたほむらが振り返り、簡潔に答えた。その紫色の瞳には明らかな焦りの色が浮かんでいる。彼女の長い黒髪が振り向きざまに揺れ、普段は冷静さを絶やさない表情にも、不安の影が見て取れた。

 

「昨日の夕方を最後に、全く連絡が取れない。『マジックコミュニケーター』に何度呼びかけても応答がない」

 

ほむらの声には、普段の冷静さが薄れ、感情が滲んでいた。彼女は何度も小さな通信装置を確認し、時折その画面をタップしている。それは彼女自身も気づいていないような、焦りからくる無意識の動作だった。

 

(キュゥべえ...お前の仕業なのか)

 

ほむらの心の中には暗い疑念が渦巻いていた。数々のループで見てきたキュゥべえの本質—感情を持たず、人間を実験材料としか見ない異星の存在。彼がアネッテを標的にしているという確信があった。しかし、その考えを口にすることはできなかった。過去のループで真実を打ち明けた時の記憶が蘇る—誰も彼女を信じなかった時の絶望感、マミが精神的に崩壊した時の恐怖。

 

「何か事件に巻き込まれたのかな...」

 

まどかが小さな声で呟いた。彼女のピンク色の瞳には心配の色が濃く滲んでいる。テーブルの下で小さな手を握りしめ、時折窓の外に視線を移す。制服のリボンを無意識に指先でいじりながら、彼女はアネッテのことを思い出していた。科学の話を熱心にする姿、みんなに笑顔を振りまく姿、そして「必ず私たちを守る」と約束してくれた時の真剣な眼差し。

 

「アネッテさんが最後に言ってたこと...思い出せる?具体的に何か、手がかりになることは?」

 

さやかが前のめりになって尋ねた。彼女は落ち着きなく椅子に座り、時折立ち上がりそうになるのを抑えている様子だった。青い髪が揺れるたびに、その瞳の中の焦りと決意が垣間見える。彼女は机を軽く叩きながら、頭の中で思い出そうとしていた。

 

「最近の魔女が強くなっていると言っていたわね...」

 

マミは少し間を置いて答えた。彼女は紅茶を手に取ったが、飲むことなく再びカップを置いた。湯気が立ち昇り、その向こうでマミの表情が一層曇った。

 

「ええ、そうだった」

 

ほむらは窓から離れてテーブルに近づきながら言った。その足取りには普段の優雅さはなく、むしろ緊張と焦りが表れていた。彼女はテーブルに手をつき、みんなの顔を見回した。

 

(本当は違う。アネッテはキュゥべえが動き始めると警告していた。でも、それを口にすれば、キュゥべえの正体について説明しなければならない...)

 

ほむらの心は激しく揺れていた。アネッテはほむらに真実を打ち明け、二人だけが知る魔法少女システムの残酷さ—ソウルジェムが魂そのものであること、魔法少女は最終的に魔女になるという宿命。そして、アネッテだけがその宿命を免れる特異体質を持っていること。その特異性がキュゥべえにとって脅威となり、「対策」が取られるという警告。

 

だが、その真実をここで明かすことはできなかった。幾度も繰り返したループの中で、ほむらはその結末を知っていた。

 

「魔女の出現頻度が上がっているから、気をつけろとも...」

 

ほむらは言いかけて口をつぐんだ。本当の警告は違った。キュゥべえの"対策"、アネッテの"危険"について。しかし、それを口にすれば混乱を招くだけだ。まどかたちはまだキュゥべえを信頼している。その信頼を覆すことは、彼女たちを深い絶望に突き落とすことになる。

 

「でも、アネッテさんが魔女に襲われたなんて考えにくいわね。あの子は魔法少女として優秀だし、装置も色々持っているもの」

 

マミが言いかけたところで、まどかが突然身を乗り出した。彼女の椅子が軽い音を立て、テーブルの上の紅茶が小さく揺れた。

 

「新聞!思い出した!」

 

彼女は慌ててバッグから朝刊を取り出し、テーブルに広げた。新聞紙の紙面が茶器を避けるように広げられ、見出しが全員の目に入った。

 

「今朝、パパが読んでた新聞に...ここ!『見滝原線で脱線事故、原因は不明』って書いてあるよ」

 

皆の視線が新聞に集中した。月影町行きの電車が昨日夕方に脱線、多数の負傷者が出たという記事だった。文面からは、事故の原因がまったく特定できていない様子が窺えた。「原因不明」「通常では説明のつかない車両の変形」「電子機器の一斉故障」という言葉が並んでいた。

 

「月影町行き...アネッテの帰る電車だ」

 

ほむらの声が震えた。彼女の顔から血の気が引き、白い指先が新聞を強く握りしめた。彼女はまどかの手から新聞を取り、記事を食い入るように読んだ。目の焦点が行間を急速に移動し、情報を貪るように吸収していく。

 

「原因不明の脱線、通常説明できない車両の変形...電磁異常の痕跡...」

 

(これはキュゥべえの仕業だ...魔女を使ったか、あるいは直接...)

 

ほむらの内心は確信に満ちていた。アネッテの電磁武器「マグ・アームズ」を無力化するには、電磁波による妨害が最も効果的。そしてキュゥべえならそれを知っているはずだ。しかし、その考えを口にすることはできなかった。

 

「魔女か」

 

ほむらは、自分が考えていることの一部だけを口にした。シンプルな二語が部屋の空気を凍らせた。全員の呼吸が一瞬止まったように感じられた。

 

「魔女の仕業だとしたら...」

 

マミが言いかけたところで、さやかが勢いよく立ち上がった。椅子が後ろに倒れそうになり、彼女は慌ててそれを支えた。彼女の青い瞳には炎のような決意が灯っていた。

 

「じゃあ、今すぐ月影町に行こう!アネッテさんが危険かもしれないよ!もしかしたら今も魔女と戦ってるかも!」

 

彼女の声には焦りと決意が混じっていた。さやかは剣を振るう仕草をしながら続けた。

 

「あたしたちは魔法少女チーム。仲間が危険なら、助けに行くのは当然でしょ!」

 

マミは静かに首を横に振った。彼女の髪飾りが小さく揺れ、その動きは彼女の内なる葛藤を表しているかのようだった。

 

「落ち着きなさい、さやか。状況を正確に把握する必要があるわ。感情に任せて行動するのは危険よ」

 

彼女の声は静かながらも、部屋中に響いた。その口調は先輩魔法少女としての経験と知恵を感じさせるものだった。

 

「でも、アネッテさんが!時間がないかもしれないよ!」

 

さやかの拳が空を切った。彼女の性格そのままに、即座に行動を起こしたい気持ちが抑えきれなかった。

 

「だからこそ、冷静に考えなくては。焦って全員が危険な状況に飛び込むのは、誰の利益にもならないわ」

 

マミの声にはリーダーとしての威厳が込められていた。彼女は思慮深く言葉を選びながら続けた。茶色の瞳はさやかを穏やかに、しかし断固として見つめていた。

 

「アネッテさんが連絡を取れないのは心配ね。でも、それが必ずしも最悪の事態を意味するとは限らないわ。彼女は魔女化しない体質を持っているんだから。それに彼女は賢いわ。科学的知識を持って、状況を分析する能力がある」

 

ほむらは内心で苦笑した。マミは何も知らない。アネッテが魔女化しない理由も、キュゥべえの本質も。マミはアネッテの言葉をただの特異体質や魔法少女としての個性と解釈しているだけ。だが、まだその真実を明かすときではない。

 

(アネッテなら魔女に単独で対抗できる。心配すべきは魔女ではなく、キュゥべえの動きだ)

 

「でも電車事故に巻き込まれたかもしれない...怪我してるかも。助けが必要かもしれないよ」

 

まどかが心配そうに言った。彼女の小さな声には、友人を思う純粋な気持ちが込められていた。ピンク色の瞳には不安と共に、友達を見捨てられないという強い意志も宿っていた。

 

「それに魔女が関わっているなら、魔法少女として助けに行くべきじゃない?」

 

「チームとして今後の方針を決めるべきね」

 

マミが静かに言った。彼女はテーブルの上の紅茶を一口飲み、力強く頷いた。その表情は厳しさの中にも思いやりを含んでいた。長い髪が肩で微かに揺れ、その動きは彼女の心の決意を表すかのようだった。

 

「まず、学校はどうする?急に全員が休んだら、不審に思われるわ。それに親御さんも心配するでしょう」

 

マミの現実的な問いかけに、一瞬の沈黙が訪れた。

 

「私は...休んで、アネッテさんを探したい」

 

まどかが小さな声で言った。彼女の決意はしっかりとしていたが、それでも小さな体が不安で震えているのが見て取れた。両手で制服のスカートを掴み、指先に力が入っている。それでも彼女の眼差しは揺るがなかった。

 

「私も行く!アネッテさんは私たちのチームメンバーだもん。見捨てるなんてできないよ!」

 

さやかが力強く宣言した。彼女の青い瞳には揺るぎない決意が宿っていた。さやかの性格そのままの、情熱的で直情的な反応だったが、そこには友情への深い忠誠心が込められていた。

 

マミは二人を見つめ、その純粋な気持ちに内心で感動しながらも、やがて優しく微笑んだ。彼女の表情には「さすが私の後輩」という誇りのような感情が浮かんでいた。

 

「あなたたちの気持ちはわかるわ。でも、全員が行動を共にする必要はないと思うの。むしろ、それは危険を分散させるという意味でも逆効果かもしれないわ」

 

彼女はテーブルに置かれたノートに何かを書き始めた。優雅な筆致でアネッテの名前、月影町、そして地図らしきものを素早く描いていく。

 

「この状況、最も効率的な動き方を考えましょう。アネッテさんならきっとそう言うわ。まず、月影町に誰かが行く必要があるわね」

 

マミはペンを置き、みんなを見回した。その眼差しは頼れるリーダーそのものだった。

 

「私が行く」

 

ほむらが即座に言った。彼女の声には迷いがなかった。これまでのループでは常に単独行動だったほむらが、今回はチームの一員として積極的に役割を引き受けようとしている。その変化にマミはわずかに驚いたような表情を見せた。

 

「私はアネッテの家の場所を知っている。彼女と一緒に月影町を訪れたことがある。それに...」

 

彼女は一瞬言葉を選び、長い黒髪を手で梳きながら続けた。

 

「時間操作能力があれば、何か異変があった場合にも対応できる。緊急時には時間を止めることで、より安全に状況を把握することができるし、必要なら戦闘も有利に進められる」

 

(何より、キュゥべえの真の目的を知っているのは私だけ...)

 

ほむらの胸の内には言えない思いがあった。魔法少女システムの真実、キュゥべえの本質、そしてその目的。彼女とアネッテだけが共有するその知識は、状況の本質を理解するための鍵だった。

 

ほむらの冷静な分析に、マミは小さく頷き、ほむらの名前をノートに書き込んだ。ペンの先が紙の上をなめらかに滑る音が部屋に響いた。

 

「そうね。ほむらさんが行くのは理にかなっているわ。あなたの能力は探索にも防衛にも適している。でも、一人で行くのは危険よ。どんなに能力があっても、魔女の罠にかかる可能性はあるわ」

 

マミの声には真剣な懸念が込められていた。彼女は改めてほむらを見つめ、その瞳には同志への心配が浮かんでいた。

 

「私が一緒に行きます!アネッテさんを助けたい!」

 

まどかが勢いよく手を挙げた。彼女の椅子が少し後ろにずれ、茶器が小さく揺れた。通常なら遠慮がちなまどかだが、友達を思う気持ちがそうさせていた。彼女の目には決意と共に、わずかな恐れも見えたが、それを押し殺そうとしているのが伝わってきた。

 

しかし、マミは穏やかながらも断固とした表情でまどかを見た。彼女の金色の髪が光を受けて輝き、その姿は慈愛に満ちた姉のようだった。

 

「まどかさん、あなたのお父さんとお母さんは厳しいでしょう?突然の欠席を心配するはずよ。特に、何の前触れもなく。それに...」

 

マミは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに続けた。

 

「まだ魔法少女としての経験が浅いわ。アネッテさんのピンチに駆けつけるなら、もっと経験のある者が行くべきよ」

 

まどかは口を開きかけたが、すぐに黙り込んだ。彼女の小さな肩が落ちるのが見えた。マミの言うことは正しかった。彼女の母親・詢子の厳しさは有名で、無断欠席など許されるはずがなかった。

 

「私は...アネッテさんを見つけるために全力を尽くすよ!あたしの剣があれば、どんな敵も倒せる!」

 

さやかが勢いよく言って立ち上がり、剣を振るうような仕草をした。彼女の青い髪が元気よく揺れ、目には冒険への熱意が燃えていた。彼女の心は既に月影町へと飛んでいるようだった。

 

しかし、マミが静かに首を振った。彼女の表情には温かさと共に、リーダーとしての厳しさも浮かんでいた。

 

「さやかさんも同じよ。突然の欠席は問題を引き起こすわ。それに...」

 

マミは少し表情を曇らせて続けた。窓から差し込む光が彼女の顔に影を落とし、その表情をより深刻に見せた。

 

「もし、これが本当に魔女の仕業なら、見滝原も無防備にはできないわ。何か大きな動きがあるのかもしれない。まどかさんとさやかさんは、ここで警戒を続けてほしいの」

 

ほむらは内心で苦笑した。マミは魔女を警戒しているが、本当の脅威はキュゥべえだ。しかし、その真実を今伝えることはできない。信頼関係を築き始めたばかりのこの時点で、キュゥべえの正体を明かしても混乱を招くだけだろう。

 

「でも、マミさん...私たちだって戦えるよ」

 

まどかの声には明らかな不満が含まれていた。いつもなら従順なまどかだが、友達のためとなると意外な強さを見せることもある。彼女の小さな拳がテーブルの上で軽く握られた。

 

しかし、マミの決断は揺るがなかった。彼女はノートに書いていた計画に最後の一文を書き足し、ペンを置いた。

 

「私がほむらさんと一緒に行くわ」

 

マミの言葉に、全員が少し驚いた表情を見せた。ほむらさえも、紫色の瞳を見開いて彼女を見つめた。時間軸を超えた彼女の記憶の中で、マミと二人きりで行動することはほとんどなかった。特に友好的な関係を築いたループはごく稀だった。

 

(これは...新しい展開だ)

 

「私なら、学校の先生たちもそれほど心配しないでしょう。高校生だし、一人暮らしだし。それに...」

 

マミの目が曇りがちになった。彼女は窓際に視線を移し、遠くを見つめるような表情をした。

 

「最近、魔女が増えていることが気になっていたの。アネッテさんの話もあって、何か大きな変化が起きているのかもしれないと思っていたわ」

 

ほむらはマミの言葉を聞きながら、内心で考えを巡らせた。マミはまだ魔法少女システムの真実を知らない。

魔女の増加は、キュゥべえの計画の一部なのかもしれない。アネッテも同じことを懸念していた。彼女を排除するための策略。

 

「二人は学校に行き、通常通りに振る舞って。そして、何か異変があったらすぐに連絡を。アネッテさんの『マジックコミュニケーター』なら、こちらからの連絡を受けられるでしょう?彼女は私たち全員に渡してくれたものね」

 

マミは自分の通信装置を取り出し、確認するように言った。彼女の細い指先が緑色の装置を操作した。

 

「はい、もちろん持ってます」

 

まどかが小さく頷いた。彼女の表情には悔しさと諦めが混じっていた。小さなポケットから緑色の装置を取り出し、大切そうに握りしめる。彼女の指先がその装置の上で小さく震えていた。

 

「いいよ...わかった」

 

さやかも渋々同意した。彼女は椅子に深く腰掛け、腕を組んだ。その表情には不満が表れていたが、マミの判断の正しさも理解していた。

 

「でも、何かあったらすぐに連絡するからね!アネッテさんに何かあったら、すぐに知らせて。あたしたちだって無力じゃないんだから。いつでも駆けつける準備はできてるよ」

 

さやかの声には、友情への熱い思いと、行動できないもどかしさが入り混じっていた。彼女の青い瞳には炎のような決意が宿っていた。

 

「もちろんよ」

 

マミは微笑んだ。彼女の笑顔には安心感と信頼が込められていた。金色の巻き髪が柔らかく揺れ、その姿は頼もしいリーダーそのものだった。

 

「私たちはチームなのよ。それぞれが役割を果たして、全体として最大の効果を発揮する。それがアネッテさんも望むことだと思うわ。彼女がいつも言っていたでしょう?『最適なリソース配分』って」

 

マミの言葉に、皆が小さく笑顔を見せた。アネッテの科学者らしい言い回しを思い出したのだ。その一瞬の和やかな雰囲気が、重苦しい空気を少し軽くした。

 

ほむらはマミの言葉にわずかに驚いた表情を見せた。これまでのループでは、マミとこのような形で協力することはなかった。彼女との関係は冷たいものか、対立的なものだった。しかし今、彼女はマミの中に信頼できるリーダーとしての資質を見出していた。状況は確実に変化している—これがアネッテの存在がもたらした変化だと、ほむらは思った。

 

(アネッテ...あなたは私たちを変えた。だからこそ、キュゥべえにとって危険な存在なのね)

 

「準備をしましょう」

 

マミが立ち上がり、隣の部屋へと向かった。彼女の足取りには決意と責任感が表れていた。

 

「月影町への最短ルートを調べるわ。そして、必要な装備も...リボンと弾薬の補充をしておかないと」

 

彼女の背中が消えた後、居間には奇妙な静けさが訪れた。まどかとさやかは互いに不安げな視線を交わし、ほむらは窓の外を見つめていた。見滝原の街並みは変わらず平穏に見えたが、どこかで危険が彼らを待ち受けているかもしれないという緊張感が部屋を支配していた。

 

(アネッテ...無事でいて。そしていつか、みんなに真実を伝える時が来たら...)

 

ほむらの心の中で、新たな同志の名前が静かに響いた。この時間軸で初めて、彼女はまどか以外の人物の安全を強く願っていた。それは彼女自身にとっても新しい感覚だった—孤独な戦士から、仲間を持つ魔法少女への変化の始まり。彼女の紫色の瞳には、いつもの冷たさではなく、かすかな温かみが宿っていた。

 

しかし同時に、重い秘密を抱える苦しさも彼女の心を締め付けていた。いつか真実を明かす時が来る。

その時、彼女たちの絆は試されることになるだろう。

 

 

―見滝原駅・午前10時―

 

土曜の朝、駅のホームには週末の買い物客や旅行者が行き交っていた。その中で、紫色のカーディガンを羽織った少女と、薄いベージュのコートを着た少女が、静かに電車を待っていた。

 

暁美ほむらと巴マミ—二人は月影町行きの電車の発車時刻表を見つめていた。

 

「あと10分ね」

 

マミが静かに言った。彼女の表情には不安と決意が混ざっていた。アネッテから連絡が途絶えて丸一日。昨夜から何度も連絡を試みたが、返事はない。

 

「昨夜のうちに行くべきだったかしら」

 

彼女は小さくつぶやいた。ほむらは無言で首を横に振る。

 

「夜間の行動は危険よ。それに、マミさんの言う通り、連絡が途絶えたからといって、必ずしも危険とは限らない」

 

ほむらの声は冷静だったが、その紫色の瞳には微かな緊張が浮かんでいた。

 

「でも、アネッテさんはいつもきちんと連絡をくれる子だもの」

 

マミが言うと、ほむらは小さく頷いた。アネッテの几帳面な性格を思えば、連絡の途絶は確かに不自然だった。

 

電車のアナウンスが流れ、二人は自然と近づき合った。ホームに入ってくる電車を見つめながら、マミが静かに尋ねた。

 

「暁美さん、何か隠していることがあるんじゃないかしら?」

 

ほむらの体が一瞬硬直したが、すぐに元の落ち着きを取り戻した。

 

「どういう意味?」

 

「アネッテさんと暁美さんの間には、何か秘密があるみたいに感じるの。二人の目が合うたび、言葉にならない会話が交わされているような...」

 

ほむらは沈黙した。マミの観察眼は鋭い。彼女は何度ものループの中で、マミのその特性を痛感してきた。

 

電車が到着し、二人は静かに乗り込んだ。土曜の朝とはいえ、まだ空いていた車内で、二人は向かい合わせの席に座った。

 

車窓から見える景色が徐々に流れはじめる。ほむらは窓の外を見つめながら、考えを巡らせていた。

 

(マミさんにどこまで話すべきか...)

 

ほむらは迷っていた。通常の時間軸では、マミに魔法少女の真実を告げることは彼女を破滅に導くことが多かった。しかし、今回はアネッテという変数がある。すべてが異なる可能性を秘めていた。

 

「暁美さん」

 

マミの声が静かにほむらの思考を中断させた。

 

「私、あなたを信頼したいの。でも、何か大事なことが伝えられていないのを感じる」

 

彼女の声には非難ではなく、純粋な懸念が込められていた。

 

ほむらは深く息を吸い込み、決断した。

 

「マミさん、少し話をしてもいいかしら」

 

「ええ、もちろん」

 

ほむらはマミの金色の瞳をまっすぐ見つめた。いつもの冷たさはなく、どこか人間味を帯びた表情だった。

 

「魔法少女について、知らないことがまだあるわ」

 

マミは軽く眉を上げたが、黙って聞き続けた。

 

「キュゥべえは...すべてを話しているわけではないの」

 

ほむらは言葉を選びながら続けた。

 

「私たちの契約、そしてソウルジェムについて、もっと知るべきことがある」

 

マミは穏やかに微笑んだが、その目には警戒心が宿っていた。

 

「ソウルジェムは私たちの力の源。それは知っているわ」

 

「それだけじゃないの」

 

ほむらは真剣な表情で言った。

 

「ソウルジェムは私たちの魂そのものよ。キュゥべえが契約の時に、私たちの身体から魂を抽出し、結晶化したもの」

 

マミの表情が凍りついた。

 

「...どういう意味?」

 

「文字通りの意味よ。私たちの体は、もはや空の器。操り人形のようなもの」

 

マミは無意識のうちに自分の胸元に手を当てた。そこにはソウルジェムを模した髪飾りがついていた。

 

「それは...」

 

「信じられないでしょう。でも、事実よ」

 

ほむらは静かに説明を続けた。

 

「だから、ソウルジェムが身体から離れすぎると、操作できなくなる。100メートル以上離れると、意識を失う」

 

マミは言葉を失ったように見えた。彼女は窓の外を見つめ、風景が流れていくのを黙って見ていた。

 

「なぜ...キュゥべえはそんな大事なことを...」

 

「隠していたのかしら?」

 

ほむらが言葉を継いだ。

 

「それが契約の裏側。私たちが望んだ願いとの交換条件の一つよ」

 

マミは再びほむらを見つめた。彼女の目には混乱と共に、強い決意が浮かんでいた。

 

「他には...何を隠しているの?」

 

ほむらはここで言葉を切った。すべてを一度に伝えることの危険性を、彼女は何度も目の当たりにしてきた。

 

「魔法少女と魔女の関係について、キュゥべえは話していないわ」

 

「どういう関係?」

 

「それは...」

 

ほむらが躊躇した瞬間、電車が大きく揺れた。車内アナウンスが流れる。

 

『お客様にご案内いたします。ただいま、前方の踏切で信号トラブルが発生しております。しばらく徐行運転となりますので、ご了承ください』

 

電車のスピードが落ち、窓の外の景色がよりはっきりと見えるようになった。ほむらとマミの会話も一時中断された。

 

「信号トラブル...」

 

マミはつぶやいた。

 

「最近、電子機器の異常が多いわね」

 

ほむらは黙って頷いた。彼女は外の景色に目をやりながら、何かを探るように注意深く観察していた。

 

「暁美さん、続きを聞かせて」

 

マミの声は柔らかいながらも、決意に満ちていた。彼女は両手を膝の上で固く握りしめていた。

 

ほむらはマミの表情を見て、静かに続けた。

 

「魔女は、私たちと無関係な存在じゃないの」

 

「どういう意味?」

 

「魔女は...」

 

ほむらはいったん言葉を切り、別の角度から話すことを選んだ。

 

「グリーフシードについて考えたことある?なぜ魔女を倒すとグリーフシードが手に入り、それでソウルジェムを浄化できるのか」

 

マミは首を傾げた。

 

「それは...魔法少女と魔女の対立構造だから?光と闇のような...」

 

「魔法少女と魔女は、対立構造ではなく連続体よ」

 

ほむらは静かに、しかし確信を持って言った。

 

「魔女は魔法少女から生まれる。それがキュゥべえが隠している真実」

 

マミの顔から血の気が引いた。彼女の唇が小刻みに震えている。

 

「そんな...それじゃあ私たちは...」

 

「魔女の卵」

 

ほむらの言葉はマミの心に深く突き刺さった。

 

「ソウルジェムの濁りが限界に達すると、グリーフシードに変わり、魔女が誕生する」

 

マミの手が震えはじめた。それに気づいたほむらは、彼女の手に自分の手を重ねた。マミは驚いたように顔を上げた。ほむらがこのような身体的接触を図るのは、極めて珍しいことだった。

 

「でも、マミさん」

 

ほむらの声には珍しい温かみがあった。

 

「今、私たちには新たな可能性があるの」

 

「可能性...?」

 

「アネッテのこと」

 

マミの表情に僅かな変化が現れた。混乱の中にも、一筋の光が差し込んだような表情だった。

 

「アネッテさんが...何か?」

 

「彼女は魔女化しないの」

 

「え?」

 

マミは驚きの声を上げた。

 

「どういうこと?」

 

「アネッテのソウルジェムが完全に濁っても、彼女は魔女にならない。代わりに数日間昏睡状態になり、その後で目覚めると、ソウルジェムが浄化されているの」

 

マミは信じられない表情でほむらを見つめた。

 

「それって...魔女にならずに済む方法があるということ?」

 

「正確には、アネッテの特異体質によるものよ。でも彼女の存在は、魔法少女システム全体に影響を与えている可能性がある」

 

ほむらは続けた。

 

「彼女は科学者。魔法と科学の間にある未知の領域を探求している。もしかしたら、私たちに新たな道を示してくれるかもしれない」

 

マミの目に涙が浮かんだ。

 

「それなら...私たちは希望があるのね」

 

「ええ」

 

ほむらは久しぶりに心からの言葉で肯定した。

 

「だからこそ、アネッテを見つけることが重要なの。彼女がどうなったのか知る必要がある」

 

「そうね...」

 

マミは深く息を吸い込み、震える手で涙を拭った。ほむらが告げた真実は残酷だったが、マミは完全に崩れることはなかった。彼女の心には、新たな希望が灯されていた。

 

「私も信じたい。アネッテさんが示してくれる可能性を」

 

ほむらは小さく頷いた。

 

「でも、暁美さん。すべての真実を教えてくれたわけじゃないでしょう?」

 

マミの鋭い洞察力は健在だった。ほむらは一瞬だけ戸惑いの表情を見せたが、すぐに平静を取り戻した。

 

「今は、これで十分よ。残りは...時間をかけて」

 

「わかったわ」

 

マミは微かに微笑んだ。

 

「少しずつでいいの。私たちは仲間だもの」

 

ほむらは意外そうな表情を見せたが、すぐに小さく頷いた。彼女は窓の外に視線を移した。

 

「マミさん、ひとつ気になることがあるの」

 

「何かしら?」

 

「この電車、昨日...異常があったって聞いたわ」

 

マミは顔を上げた。

 

「列車事故のこと?ニュースで見たわ。原因不明だったわね」

 

「ええ、詳しい原因は報道されていないけど...」

 

ほむらは窓の外を見つめながら続けた。

 

「電車の異常、電子機器の故障、そして今日の信号トラブル。これらは偶然じゃないと思うの」

 

「何かあるのね?」

 

「キュゥべえが関わっている可能性がある」

 

マミの表情が引き締まった。

 

「アネッテさんが連絡を取れないことも関係しているのかしら」

 

「そう考えるべきね」

 

ほむらは車窓の外を見つめながら、静かに言った。

 

「キュゥべえは私たちと同じ価値観を持っていない。彼らにとって人間の命など、実験データにすぎないわ」

 

マミは震える唇を噛んだ。彼女のソウルジェムが微かに濁りを帯びる。

 

「私、ずっと信じてた...キュゥべえを...」

 

「多くの魔法少女がそうよ」

 

ほむらの声には、珍しく共感が含まれていた。

 

「私も初めは...」

 

彼女は言葉を切り、過去の記憶が蘇るのを感じた。眼鏡をかけていた頃の自分。初めてまどかに出会った日のこと。キュゥべえの言葉を信じ、魔法少女になった瞬間のこと。

 

「とにかく、警戒する必要があるわ」

 

ほむらは話題を戻した。

 

「アネッテが危険な状況にあるなら、それはキュゥべえの仕業の可能性が高い」

 

「なぜアネッテさんを?」

 

「彼女の特異体質よ。魔女にならない魔法少女の存在は、キュゥべえにとって『システムエラー』なの」

 

マミは窓に映る自分の顔を見つめた。そこには混乱と決意が混ざり合った表情があった。

 

「私、アネッテさんを助けたい」

 

彼女の声は静かだが、揺るぎなかった。

 

「自分が魔女になる運命だとしても、今は目の前のことに集中するわ」

 

ほむらは小さく頷いた。これが、彼女が知るマミの強さだった。真実を受け入れながらも、なお前に進む勇気。

 

電車は再び速度を上げ、郊外の景色が窓外に流れていく。二人の魔法少女は、これから直面するであろう未知の危険に向かって、静かに心の準備を進めていた。

 

―月影町近郊・電車内―

 

「到着まであと15分ね」

 

マミが時計を見ながら言った。電車は郊外の風景の中を走り続けていた。ほむらはうなずきながら、ポケットから小さな装置を取り出した。それはアネッテが作った「ミニ・ソウルトレーサー」だった。

 

「これで、アネッテの居場所がわかるかしら」

 

ほむらが小さな装置を操作すると、緑色の光が点滅し始めた。

 

「反応はあるわ。でも弱い...」

 

「ソウルジェムの状態が良くないのかしら」

 

マミの声には心配が滲んでいた。

 

「それとも、妨害されているのかも」

 

ほむらは冷静に分析した。

 

電車の窓の外に流れる景色が、徐々に月影町の郊外の風景に変わっていく。のどかな田園風景と新興住宅地が混在する光景に、二人は静かに見入っていた。

 

「暁美さん、アネッテさんの家は知ってるのよね?」

 

「ええ、一度だけ偵察したことがあるわ」

 

マミは少し驚いた表情を見せたが、すぐに納得したように頷いた。暁美ほむらのそういった用心深さは、彼女の特徴だった。

 

「でも、いきなり彼女の家に行くのは避けたいの」

 

ほむらは静かに言った。

 

「理由は?」

 

「家族を巻き込みたくないから。アネッテの両親は科学者で、弟もいるわ」

 

「そうね...確かに魔法少女のことは一般人には知られたくないわね」

 

マミは考え込むように言った。

 

「それに」

 

ほむらは続けた。

 

「もしキュゥべえが関わっているなら、罠の可能性もある。まず、アネッテの魔力を探知して状況を確認するべきよ」

 

「わかったわ」

 

マミは頷いた後、少し迷うように口を開いた。

 

「暁美さん、さっきの話だけど...本当に希望はあるのかしら」

 

ほむらは静かに目を閉じた。幾度となく繰り返してきた絶望の記憶が、彼女の心に浮かび上がる。しかし今回は、何かが違っていた。

 

「わからないわ」

 

ほむらは正直に言った。

 

「でも、アネッテが示してくれたのは、システムに例外があり得るということ。それは、私たちがこれまで知らなかった可能性よ」

 

マミは静かに頷いた。彼女の表情には、恐怖と希望が入り混じっていた。

 

「それに」

 

マミが小さな声で言った。

 

「たとえ魔女になる運命だとしても、今この瞬間にできることがあるなら、それをやり遂げたい」

 

彼女の言葉には、魔法少女としての誇りが込められていた。

 

「そうね」

 

ほむらもまた、静かに同意した。

 

「先にアネッテを見つけましょう」

 

電車のアナウンスが月影町駅の到着を告げた。二人は立ち上がり、ドアの前に並んだ。

 

「準備はいい?」

 

マミが尋ねると、ほむらは小さく頷いた。彼女の表情は冷静そのものだったが、目には決意の光が宿っていた。

 

「行きましょう」

 

電車が駅に滑り込み、ドアが開く。二人の魔法少女は、未知の危険に向かって一歩を踏み出した。

 

 

―月影町駅・プラットフォーム―

 

「思ったより静かな町ね」

 

マミは駅を出て、周囲を見回しながら言った。月影町駅は見滝原駅と比べると小さく、周囲には中規模のショッピングモールと住宅地が広がっていた。

 

「アネッテの家はどの方向?」

 

「駅から北西に20分ほど。住宅街の中よ」

 

ほむらは手元のソウルトレーサーを確認した。

 

「でも今、反応があるのは南側。公園か何かがあるのかしら」

 

「地図を見てみましょう」

 

マミが駅の案内板に近づいた。月影町の観光マップには、駅の南側に「月見台公園」という場所が記されていた。

 

「この公園かもしれないわね」

 

「そうね。行きましょう」

 

二人は駅を後にし、南へと歩き始めた。週末の午前中とあって、街には買い物客や家族連れが行き交っていた。しかし表面的な平穏さの中に、二人は何か違和感を感じていた。

 

「暁美さん、感じる?」

 

マミが小声で言った。

 

「ええ。魔女の気配じゃないけど...何か違和感がある」

 

ほむらは周囲を警戒しながら歩いていた。ソウルジェムを取り出すと、わずかに反応を示している。

 

「魔力の残滓...最近、この辺りで何かがあったのね」

 

マミもまた、自分のソウルジェムを確認した。

 

「でも、まだ活動中の魔女ではないみたい」

 

二人は商店街を抜け、住宅地へと入っていった。家々が並ぶ静かな通りを進むと、やがて小さな公園が見えてきた。

 

「あそこね」

 

ほむらが言った。「月見台公園」と書かれた看板の先には、遊具と広場がある典型的な住宅地の公園が広がっていた。土曜の午前中だが、不思議なことに子供の姿はほとんど見えない。

 

「静かすぎるわね...」

 

マミが警戒心を露わにした。

 

「ソウルトレーサーの反応は?」

 

「この公園の...」

 

ほむらは装置を確認し、「あっち」と小さな公衆トイレのある方向を指差した。

 

二人は慎重に近づいていく。公園は奇妙なほど静まり返っていた。風が木々の葉を揺らす音だけが聞こえる。

 

「トイレ...?」

 

マミが疑問を投げかけた。

 

「あるいは、その裏かもしれない」

 

ほむらは答えた。二人がトイレに近づくと、ほむらのソウルトレーサーがより強く反応し始めた。

 

「ここよ」

 

トイレの建物の裏側に回ると、小さな納屋のような建物が見えた。公園の管理用具を収納する場所のようだ。

 

「扉が...」

 

マミが指さす方向を見ると、納屋の扉がわずかに開いていた。そして、その隙間から緑色の微かな光が漏れている。

 

「アネッテ...!」

 

ほむらが小声で叫び、急いで扉に向かった。しかし、彼女は突然立ち止まり、マミに警戒のサインを送った。

 

「何か変...」

 

トイレと納屋の間の空間が、わずかに歪んでいるように見える。光が不自然に屈折している。

 

「結界の名残?」

 

マミが疑問を投げかけた。

 

「似てるけど違うわ。これは...」

 

ほむらが言葉を選んでいる間に、その歪みが突然激しくなった。空間がねじれるように見え、二人の周囲の景色が揺らめく。

 

「結界に引き込まれるの?」

 

マミの声には緊張が滲んでいた。

 

「違う。これは防御の魔法よ」

 

ほむらは冷静に分析した。

 

「アネッテが...作ったのかしら」

 

「可能性はあるわ。でも、かなり消耗している様子」

 

ほむらはソウルトレーサーを確認しながら言った。

 

「弱いけど安定した反応がある。彼女はこの中で休んでいる可能性が高い」

 

「どうやって中に入るの?」

 

マミが尋ねると、ほむらは小さく笑った。

 

「彼女の魔法は科学的。だから...」

 

彼女は手を伸ばし、歪みに触れた。指先が空間を通り抜けるように見える。

 

「物理的に開けるのよ」

 

ほむらは納屋の扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。

 

扉の向こうには、想像していたような物置ではなく、緑色の光に満ちた空間が広がっていた。それは納屋の実際の大きさよりもはるかに広く、まるで小さな研究室のようだった。

 

そして、その中央に横たわるのは―

 

「アネッテさん...!」

 

マミが小さく声を上げた。

 

彼女はそこに横たわっていた。その緑の私服は血と汚れで汚れ、顔は青白い。しかし、かすかに胸が上下している。生きている。

 

二人は急いで彼女の元へと駆け寄った。

 

「ソウルジェムは?」

 

ほむらが尋ねると、マミはアネッテの首元を確認した。エメラルドグリーンのソウルジェムが、ネックレスとして下がっていた。通常の輝きはなく、黒い濁りが広がっている。しかし、まだ完全に黒くはなっていない。

 

「かなり濁っているわ。でも、まだ間に合うはず」

 

マミは自分のソウルジェムを取り出した。

 

「浄化できるかしら」

 

彼女がグリーフシードを取り出そうとした時、アネッテの瞳がわずかに開いた。

 

「ほ...むら...ちゃん...」

 

かすれた声で、アネッテが呼びかけた。

 

「ここにいるわ」

 

ほむらは彼女の側に膝をつき、手を握った。

 

「大丈夫よ。マミさんも一緒」

 

「マミ...さん...も...」

 

アネッテは微かに微笑んだ。

 

「よかった...見つけて...くれて...」

 

彼女の声は弱々しかったが、意識ははっきりしているようだった。

 

「何があったの?」

 

ほむらが静かに尋ねた。

 

「電車...魔女...キュゥべえの...仕業...」

 

アネッテは言葉を紡ぐのに苦労しているようだった。

 

「今は話さなくていいわ」

 

マミが優しく言った。

 

「まずはソウルジェムを浄化しましょう」

 

彼女はグリーフシードをアネッテのソウルジェムに近づけた。黒い濁りがグリーフシードに吸い取られていく。アネッテの表情が徐々に楽になっていく。

 

「ありがとう...」

 

彼女の声は少し強くなった。

 

「どうやって...見つけたの?」

 

「ソウルトレーサーよ。あなたの発明品」

 

ほむらは答えた。そして、周囲の空間を見回した。

 

「ここは...あなたが作った空間?」

 

アネッテは小さく頷いた。

 

「緊急時の...隠れ家」

 

彼女は少し力を取り戻したようで、上体を起こそうとした。マミが彼女を支える。

 

「無理しないで」

 

「大丈夫...マミさん」

 

アネッテは微笑んだ。

 

「ソウルジェムが浄化されれば...私の傷も回復するから...」

 

彼女は自分の身体を見下ろした。私服の下の傷は、すでに治りかけているようだった。

 

「何があったのか、教えてくれる?」

 

ほむらが静かに尋ねた。アネッテは深く息を吸い込み、話し始めた。

 

 

 

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