アネッテと希望の方程式   作:革新的甲殻類

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だんだんと各話ごとの文字数が増えてきている。
書きたいことが山盛り過ぎてどうしようもないんだ。

[追記]
同じ文章が繰り返されていると指摘があったため修正。


2-1「封印解除」

 

 

-見滝原市郊外の工業地帯-

 

雨上がりの夕暮れ、見滝原市郊外の工業地帯を覆う橙色の光が、放置された倉庫群の間に長い影を落としていた。静寂を破るように、三人の少女たちの足音が濡れたアスファルトに響く。

 

この三人は、見滝原市から約100キロメートル離れた隣県の「風瀬市」から今朝やってきた魔法少女たちだった。風瀬市では一定の縄張りを確保していたものの、近頃グリーフシードの収集が難しくなっていた。そこで彼女たちは、噂に聞く「魔女の巣」となっている見滝原市へと遠征することにしたのだ。

 

三人はバスと電車を乗り継いでこの日の朝に見滝原市に到着し、町を偵察した後、噂に聞く魔女の気配を求めて工業地帯へとやってきたのだった。

 

先頭を歩く少女...秋月れいが急に立ち止まり、深呼吸をした。16歳の彼女は水色のショートカットが特徴的で、慎重な性格の持ち主だ。指先から放つ水色の霧で魔女の気配を探知できる能力を持ち、今回の探索でも先導役を務めていた。

 

「ここだと思う」

 

彼女はそう言いながら、懐から取り出した水色のソウルジェムを掲げた。宝石はわずかに濁りを帯びていたが、確かに反応を示していた。

 

「この辺りに魔女の気配があるわね」

 

後ろの長い黒髪の少女、間宮コトネが冷静に状況を分析する声を上げた。

 

彼女は18歳の高校3年生で、この三人組のリーダー格だった。

 

身長170cmを超える長身と、黒とオレンジを基調とした洗練された雰囲気を持つ彼女は、触れたものを自在に操る念動力を武器に、多度市の魔法少女たちを束ねてきた人物だ。

 

「この見滝原市ってところ、評判通り魔女だらけね」

 

コトネはそう言いながら、クールな笑みを浮かべた。彼女のオレンジ色のソウルジェムは、指輪の形状で右手の中指に輝いていた。

 

「だって、ここ数ヶ月ですごい数のグリーフシードが集まるって噂になってるんだよ!」

 

一番小柄な末広さくらが勢いよく答える。彼女は13歳の中学1年生で、この三人の中では最年少だった。白いフリルのドレスに身を包み、ポニーテールを揺らす少女は、白とピンクの長弓を武器に持つ。その矢は命中した相手に呪印を付け、動きを鈍らせる効果がある。

 

笑顔が絶えない無邪気さと裏腹に、驚くほど正確な射撃の腕前を持っていた。

 

さくらの顔には好奇心と冒険心が満ちていた。彼女の白色のソウルジェムは、左胸のブローチとして輝いていた。それはまるで、彼女の若く純粋な心そのもののようだった。

 

「魔女の巣になってるって噂もあるよね」

 

れいが静かに付け加える。彼女は三人の中で最も情報収集を得意としていた。多度市の図書館で様々な資料を調べ、周辺地域の魔法少女から聞き集めた情報をノートにまとめていた。

 

「キュウべぇも言ってたけど、この街には最近、強い魔法少女がいるって...」

 

その言葉に、桜の表情が一瞬曇ったが、すぐに明るさを取り戻した。

 

「れいちゃん、私たちなら大丈夫に決まってるよ!」

 

コトネは軽蔑したように鼻で笑うと、れいに厳しい視線を向けた。

 

「そんなの知らないよ、私たちにとってはね」

 

コトネがれいをたしなめる声には冷たい威圧感があった。

 

「私たちはただグリーフシードを集めに来ただけ。この街の縄張りについての噂も聞いてるわ」

 

コトネはゆっくりと周囲を見回した。その目には狩猟者のような鋭さがあった。

 

「地元の魔法少女たちがどうとか、この街に何があるとか、そんなことは関係ない。見つけたら返り討ちにして、グリーフシードをいただくだけよ」

 

コトネのその言葉には、妥協を許さない確固たる自信と冷酷さがあった。彼女は首から提げたオレンジ色のソウルジェムに軽くキスをした。

 

魔力を感知する能力が特に優れた彼女は、周囲の状況を敏感に察知していた。

 

「せめて挨拶くらいは...」

 

れいがかすかに抗議するように言いかけた。

 

彼女の性格は、他の二人とは違って思慮深く、慎重だった。

 

もし可能なら、この街の魔法少女たちと協力したいと考えていた。

 

見滝原市には複数の魔法少女が活動していると聞いていたが、コトネの決定に逆らう勇気はなかった。

 

れいの言葉が途中で切れたのは、彼女のソウルジェムが突然強く光り始めたからだった。三人が見つめる中、闇を切り裂くように、近くの廃ビルの壁に魔女の結界への入り口が浮かび上がった。

 

「ツイてるわね。さっそく獲物が現れた」

 

コトネが満足げに微笑んだ。彼女の表情には、魔女との戦闘を心待ちにしている興奮が浮かんでいた。

 

「気をつけようね、結界の形が普通とちょっと違うよ...」

 

れいの警告には不安が滲んでいた。彼女は結界の入り口を注意深く観察していた。通常の魔女の結界とは何かが違う。より強く、より複雑で、そして何より...不自然だった。

 

「あんた、来る前から弱気ね」

 

コトネは鼻で笑いながら、れいの頭を軽く叩いた。

 

「まあいいわ、作戦はいつも通り。さくらが先頭、私が後ろを守る。れいは距離を取って念のため様子を見てて。いつでも逃げられるように」

 

彼女の指示は明確だった。これまでの戦闘でも、この三人の連携は効果的に機能してきた。さくらの攻撃力、コトネの多用途性、そしてれいの防御と分析能力。彼女たちはそれぞれの役割を完璧に理解していた。

 

「はーい!」

 

さくらが元気に返事をして、小さな手を挙げた。彼女の顔には恐れよりも、冒険への期待が輝いていた。

 

「変身よ」

 

コトネの号令で、三人のソウルジェムが一斉に輝き始めた。オレンジ、白、水色の光が混ざり合い、彼女たちを包み込んだ。光が消えると、三人は魔法少女の姿に変身していた。

 

コトネは黒とオレンジを基調としたスタイリッシュな戦闘服に身を包み、額には宝石がはめ込まれたカチューシャが輝いていた。

 

さくらは白とピンクのフリルが特徴的な可愛らしいドレス姿で、両手には小さな腕輪が光っていた。

 

れいは水色と白の清楚なローブのような衣装で、背中からは透明な薄い羽のようなマントが広がっていた。

 

「行くわよ」

 

コトネの言葉とともに、三人は結界の入り口へと踏み出した。入り口は彼女たちを飲み込むように、ゆっくりと開いていった。

 

---

 

-魔女の結界内部-

 

「す、すごい...こんな結界、見たことない...」

 

さくらが息を呑みながら驚嘆の声を上げる。彼女の大きな瞳には、恐怖と共に好奇心が宿っていた。

 

三人の魔法少女たちが足を踏み入れた結界内は、想像を絶する光景だった。果てしなく広がる赤と橙色の渦巻く砂漠。空には無数の風車が浮遊し、それらは不規則なリズムで回転していた。地面には複数の線路が何本も走り、どれもが不自然に地平線まで一直線に伸びていた。

 

風が絶えず強く吹き、時折砂嵐のように渦を巻いていた。その風は不思議なことに熱く、まるで砂漠の中心から吹き出す溶鉱炉の息吹のようだった。

 

「この風...妙な熱さがあるね...」

 

れいが言いながら、両手で髪をおさえる。彼女の水色の髪が風に舞い、顔を覆うように乱れた。目を細めて周囲を観察する彼女の表情には、明らかな警戒心があった。

 

「何か変だよ...この結界、通常と違う...」

 

彼女の声は風にかき消されそうになった。しかし、鈴の直感は鋭かった。

 

魔法少女として戦った経験は浅いが、魔女の結界を分析する能力には長けていた。

 

そして今、彼女の全神経が危険を告げていた。

 

「あれが魔女かしら?、だとしたら話が早いわね」

 

コトネが空を指さした。遠くに見えるのは、巨大な赤い鳥の姿。全身から燃え盛る炎が噴出し、頭部には風車の羽根の冠を付けていた。その翼幅は結界の半分を覆うほどで、羽ばたくたびに強烈な風とともに炎の波が広がった。

 

魔女は時折大きく羽ばたき、その度に空中の風車がすべて一斉に回転を速めた。砂漠の温度が上昇し、三人の魔法少女たちの肌を焼くような熱風が吹き荒れた。

 

「ねえ、桜ちゃん...あの魔女、弓で届くかな?」

 

れいが小声で尋ねる。彼女の表情には不安が浮かんでいた。これまで遭遇した魔女とは明らかに異なる強大な存在感に、自信を失いかけていた。

 

「う~ん、ちょっと遠いかも...」

 

さくらは額に手をかざして遠くを見つめた。彼女の明るい表情にも、わずかな緊張が見え始めていた。

 

「でも、近づいてみる?何とかなるよ、きっと!」

 

小さな体で精一杯の勇気を振り絞るさくら。彼女は右手を前に出すと、ピンク色の光が集まり始めた。光は彼女の手の中で渦を巻き、やがて華やかな長弓の形を成した。

 

さくらの魔法は特殊な矢を放ち、命中させた対象に呪印を付ける能力だった。

 

その呪印は対象の動きを鈍らせ、さらなる攻撃の効果を増幅させる。

 

小さな体からは想像できない強力な攻撃力を持っていた。

 

「いいわよ。さくら、先に行って。私がカバーするから」

 

コトネがさくらの肩に手を置いた。その手には優しさよりも、「道具を使う」という冷たさが感じられた。年長者の彼女の能力は、触れたものを自在に操る強力な念動力だった。

 

彼女の経験と冷静さは、これまで三人を幾度も危険から救ってきた。しかし、その冷静さの根底には、自分の命さえ危険にさらしてでもグリーフシードを手に入れたいという強い執着があった。

 

三人は砂漠の中を慎重に進んでいく。まだ使い魔の姿は見えなかったが、空にはより多くの風車が現れ始めていた。それらは静かに回り続け、まるで侵入者を見張る目のようだった。

 

「なんか...本当に変だよ」

 

れいが再び不安そうにつぶやく。彼女は立ち止まり、結界の床を手で触れてみた。すると、砂が指の間からこぼれ落ちる様子が、通常とは明らかに違っていることに気づいた。

 

「何が変なの?さっきから怖がりすぎだよ、れいちゃん」

 

さくらが無邪気に聞き返す。彼女は弓を片手に、もう片方の手でれいの肩を軽く叩いた。

 

「この結界...他の魔女の気配が...」

 

れいの直感はさらに強まっていた。彼女は言葉にならない違和感を感じていた。空気中に別の魔力が混ざっている。

 

それは目に見えず、はっきりとは言い表せないが、確かに存在していた。

 

その言葉が終わらぬうちに、突如としてすさまじい風が三人を襲った。

 

空から降りてきたのは、小型の風車を持った鳥人間の姿をした使い魔だった。

 

十数体が風を操りながら、シンクロしたような動きで彼女たちに襲いかかる。

 

「来たわね!」

 

コトネの声に緊迫感が混じる。彼女は両手を広げ、オレンジ色の魔力を纏わせ始めた。

 

「邪魔しないで!私たちの邪魔をするなら...」

 

さくらが長弓を高く構え、ピンク色の魔力を矢の形に集中させる。彼女の表情は真剣さを増し、小さな体に釣り合わない勇ましさを見せていた。

 

「食らいなさい!」

 

弓から放たれたピンク色の矢は、まるで生命を持つかのように軌道を変え、三体の使い魔を正確に貫いた。命中した使い魔たちはガラスが砕けるように輝き、消滅した。

 

「さすが、さくらちゃん!」

 

れいが称賛の声をあげる。しかし、倒された使い魔の代わりに、新たな使い魔が倍の数で現れた。

 

風は一段と強まり、砂嵐が彼女たちの視界を狭め始めた。

 

「こいつら、普通の使い魔より強いわ!」

 

コトネが前に出て、手をかざした。彼女の指先からオレンジ色の光線が放たれ、複数の使い魔を捕らえた。念動力によって宙に浮かび上がった使い魔たちは、コトネの手の動きに従って互いにぶつかり合い、砕け散った。

 

「みんな、もっと近づきましょう!このままじゃ埒が明かないわ!」

 

コトネの声に応じて、三人は魔女のいる方向へと駆け出した。使い魔の数は増え続け、風と砂嵐は激しさを増していた。

 

「れい、後ろを頼むわよ!」

 

コトネが叫んだ瞬間、彼女の表情が凍りついた。

 

振り返った琴音の目に映ったのは、鈴の背後の地面から異質な何かが湧き上がる光景だった。

 

それは砂漠のものとは明らかに違う、チェック柄の床と薬の棚が突如として現れた。

 

まるで病院のような空間だった。

 

「な...何?これは...どういうこと...?」

 

れいの顔から血の気が引いた。彼女は震える手を伸ばして、その異質な空間を触れようとした。

 

ゆっくりとその空間が広がり、三人の足元のあたりまで侵食していく。

 

炎と砂の結界と、病院のような空間が、違和感なく融合していく様子は、現実の法則を無視したシュルレアリスムの絵画のようだった。

 

「結界が...融合してる?そんなことあり得ない...」

 

異様な光景に三人が言葉を失っていると、病院空間の中心から、小さな人形のような存在が現れた。

 

キャンディのような頭部に円らな目をした、一見可愛らしい外見の小さな魔女。

 

「な、何これ...別の魔女!?」

 

れいが震える声で叫んだ。彼女の目に恐怖の色が浮かんだ。

 

「二体目!?」

 

さくらが驚いて尋ねる。

 

「そんな...どうして...同じ結界に二体の魔女が...」

 

れいの声は震えていた。

 

魔女に関する情報を収集するのが好きな彼女でさえ、こんな状況は聞いたことがなかった。

 

魔女の結界は魔女一体につき一つのはずなのに。これは彼女の知識を完全に超えていた。

 

コトネが困惑した表情で言う。

 

「魔女が二体...?そんな...同じ結界の中に別の魔女が...そんなことあり得ない...」

 

コトネの声にも珍しく動揺が混じっていた。魔法少女として経験豊富な彼女でさえ、こんな状況は初めてだった。

 

一同が呆然としていると、空からは炎の鳥の魔女が徐々に近づいてきていた。二体の魔女が同時に現れるという前代未聞の事態に、彼女たちは戦術を見失っていた。

 

「こんなの聞いてない...誰も言ってなかった...」

 

コトネの声が震える。彼女の冷静さが崩れ始めていた。通常、結界は魔女一体につき一つ。それは魔法少女が最初に学ぶ基本的な知識だった。

 

しかし、目の前の光景はその常識を覆していた。

 

「大丈夫だよ!みんな落ち着いて!」

 

さくらだけは前向きな姿勢を崩さなかった。彼女の純粋さは、時に無謀とも思える楽観主義の源となる。

 

「あの小さい魔女なら、私の弓で倒せるよ!見た目は可愛いけど、小さいから弱そう!みんな、こっちの小さいのを先に倒して、それから大きい鳥の方をやっつけよう!」

 

さくらの提案は一見、合理的に思えた。

 

小さな敵から順に倒していく。

 

それは基本的な戦術だった。

 

しかし、魔女の世界では見た目で判断するのは致命的な過ちになることもある。

 

「待って、さくらちゃん!見た目に騙されないで!あの魔女は—」

 

れいの警告の声が響く。彼女は経験から知っていた。可愛らしい見た目の魔女ほど危険なことを。何かが違う、何かがおかしいと直感が告げていた。

 

しかし、さくらはすでに弓を引き絞っていた。彼女の小さな手に集中した魔力がピンク色の矢となり、弓の弦を強く引いていた。さくらの目は真剣さに満ち、標的を正確に捉えていた。

 

「これでもくらえ!」

 

さくらの掛け声とともに放たれた矢が、小さな魔女に向かって一直線に飛んでいく。光の筋を引きながら加速する矢は、まるで運命の糸のようにその魔女へと伸びていった。

 

矢は正確に小さな魔女の頭部に命中した。ピンク色の光が魔女の体を包み込み、強い衝撃波が走る。

 

一瞬の静寂。

 

結界内の風が止み、砂塵が宙に浮いたまま静止したかのように感じられた。

 

「やった!」

 

さくらが喜びの声を上げる。彼女の顔には達成感と誇らしさが溢れていた。しかし、その喜びはわずか一瞬で凍りついた。

 

目の前で小さな魔女の体が大きく震え始めた。小さな体が波打ち、突如として口が開く。その口は頭部全体よりも大きく、際限なく広がっていくようだった。

 

可愛らしい外見から一変、大蛇のような黒く長い体と巨大な口を持つ恐ろしい姿へと変貌した第二形態の魔女が現れた。カラフルな目、パーティ帽のような鼻、そして何より、あの青い舌と鋭い牙を持つ巨大な口。

 

「危ない!逃げて!さくらちゃん、そこから離れて!」

 

れいの叫び声が結界内に響き渡る。彼女の表情には純粋な恐怖が浮かんでいた。咄嗟にさくらを救おうと飛びかかるも、距離が遠すぎた。

 

「さくら!こっちに!」

 

コトネも念動力を使って桜を引き寄せようとした。しかし、彼女の能力が届く前に、魔女の動きの方が速かった。

 

さくらの顔が驚愕で固まる。彼女は弓を取り落とし、後ずさりしようとした。しかし、その小さな足は恐怖で凍りついていた。

 

「え...?」

 

彼女の小さな声が聞こえる直前、魔女の巨大な口が一気に彼女に襲いかかった。

 

一瞬の出来事だった。

 

魔女の口がさくらの上半身を丸ごと飲み込み、鋭い牙が彼女の細い体を真っ二つにした。ピンク色の衣装が鮮やかな赤に染まり、魔女の口から吐き出された下半身だけが砂の上に転がった。

 

白いブローチ型のソウルジェムが空中に舞い、魔女の牙によって粉々に砕かれた。

 

「さくらぁぁぁぁぁ!!!」

 

れいの悲鳴が結界内を震わせる。彼女の水色の瞳から涙が溢れ、両手で顔を覆った。足が震え、その場に崩れ落ちる。

 

コトネの顔から血の気が引いた。彼女の目は大きく見開かれたまま、凍りついたように動かなかった。

 

「そんな...嘘...嘘でしょ...」

 

彼女の声はかすれ、震えていた。常に冷静沈着だったコトネの心に、パニックの波が押し寄せる。

 

空からは炎の鳥の魔女が急降下し、地上には形を変えた恐ろしい魔女が迫る。二体の魔女に追い詰められた二人の魔法少女の表情には、純粋な恐怖だけが残っていた。

 

れいは膝から崩れ落ち、砂の上でさくらの名を呼びながら泣き続けていた。彼女の魔力も意志も消え失せていた。ただ、小さな仲間の悲惨な最期の光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

炎の鳥の魔女がれいに向かって急降下を開始した。炎に包まれた巨大な翼が彼女を包み込み、鋭い鳥の爪が彼女の体を貫いた。れいの悲鳴は炎の中で消え、水色のローブが燃え上がる。

 

「れい!れいィィィ!」

 

コトネの叫び声が虚しく響く。彼女は念動力を使って鳥の魔女に岩塊を投げつけるが、炎に包まれた魔女の体には傷一つつかなかった。

 

れいの体がゆっくりと持ち上げられる。炎の鳥の爪に捕らえられたまま、彼女は苦しそうに身をよじる。血が炎の中で蒸発し、水蒸気のような形で彼女の体から立ち上る。

 

「た、助けて...コトネ...さん...」

 

れいの弱々しい声が聞こえる。彼女の胸元で水色のソウルジェムが急速に濁りを増していた。爪に貫かれた彼女の体はもう動かず、ただ痙攣するだけだった。

 

「れい!今行くから!」

 

コトネは必死に魔力を集中させるが、周囲から無数の使い魔が現れ、彼女の動きを妨げていた。コトネは何体もの使い魔を念動力で打ち砕くが、それらの数はどんどん増えていくばかりだった。

 

炎の鳥の魔女は残忍な動きで、れいのソウルジェムを爪でつまみ上げた。鋭い鳥の嘴がソウルジェムに触れる。れいの悲鳴が結界内に響き、やがて水色のソウルジェムが大きく亀裂を走らせ、砕け散った。

 

れいの体が炎の中で灰になって消えていった。

 

コトネは絶叫した。

 

彼女の頭は混乱し、思考は崩壊寸前だった。恐怖と絶望に支配された彼女の心は、もはや戦う意志を失っていた。

 

「こんなはずじゃなかった...こんなはずじゃ...」

 

声にならない呟きを漏らしながら、コトネは後ずさりした。彼女の目には涙が溢れ、視界が歪んでいた。戦闘経験豊富な彼女でさえ、この異常な状況に対応できなかった。

 

「逃げなきゃ...逃げなきゃ...」

 

コトネは必死に来た道を振り返り、入り口があったはずの方向へと走り出した。彼女のオレンジ色のローブが砂塵の中でなびく。心臓は激しく鼓動し、肺は火のように燃えていた。

 

しかし、彼女が走れば走るほど、結界の景色は変わらなかった。同じ砂漠、同じ線路、同じ風車が永遠に続いているかのようだった。

 

「出口はどこ...?どこ!?」

 

彼女の叫びは、虚しく結界内にこだましていた。

 

走り続けたコトネの前に、突如として新たな光景が広がった。砂漠の地面が裂け、そこから数式と回路パターンが渦巻く不思議な空間が現れた。無数の歯車と振り子が不規則に回転する複雑な機械仕掛けが彼女の前に立ちはだかった。

 

「な...何...?」

 

コトネが足を止めた時、彼女の前に新たな魔女が姿を現した。中心に浮かぶ球体の内部には常に表情を変える女性の顔が見え隠れし、その周囲を無数の歯車と振り子が囲んでいた。見る角度によって形が変わるその姿は、現実を拒絶するかのようだった。

 

「三体目...?そんな...」

 

コトネの声は細く震えていた。彼女は自分のソウルジェムを見た。そのオレンジ色の輝きは急速に失われ、代わりに黒い濁りが広がっていた。

 

彼女は最後の力を振り絞り、念動力で巨大な岩塊を浮かべて魔女に投げつけた。しかし岩は魔女に触れる直前で方向を変え、コトネ自身に向かって飛んできた。彼女は危うく身をかわし、愕然とした。

 

「私の能力が...逆転...?」

 

計算狂わせの魔女・アルゴニアは、コトネの前に立ちはだかったまま動かなかった。しかし、その存在自体が彼女の念動力を無効化し、全ての攻撃を無意味なものにしていた。

 

「こんなの...無理...私には無理...」

 

コトネはその場に膝をつき、泣き崩れた。彼女の周りを三体の魔女が取り囲み、徐々に距離を縮めていく。逃げ場はなかった。

 

「お願い...誰か...助けて...」

 

彼女は懇願するように手を合わせた。だが、誰も答える者はいなかった。

 

「キュゥべえ...嘘つき...こんなの聞いてない...」

 

コトネの怒りと絶望が限界に達したとき、彼女の指輪型ソウルジェムが完全に黒く染まった。

 

瞬間、激しい光と共に彼女の指からソウルジェムが浮き上がる。魔法少女の衣装が光の粒子となって消え去り、コトネは普段着の姿に戻った。

 

彼女の瞳から光が消え、意識のない人形のように崩れ落ちる。

 

「助けて...誰か...私を...」

 

彼女の口から最後の言葉が漏れるが、それはもはや肉体から分離されたソウルジェムの意識が放つ悲鳴のような叫びだった。

 

漆黒に染まったソウルジェムは宙に浮かびながら、激しく振動し始めた。外殻にひびが入り、内側から黒い霧が噴出する。ついに外殻が砕け散ると、その中からは黒く歪んだ球体—グリーフシード—が現れた。

 

グリーフシードから異様な振動が始まり、結界全体を揺るがした。三体の魔女さえも一瞬静止したように見えた。

 

グリーフシードの周囲に黒い霧が渦巻き、急速に拡大していく。霧の中から無数の鎖が現れ、空間を引き裂くように伸びていった。

 

そして霧が晴れると、そこには巨大な鎖の魔女「カテナリア」が姿を現していた。魔女の周囲には「誰も出られない」という言葉が繰り返し響き、コトネの体は既に消失していた。

 

地面に残されたのは、黒いスカートと白いブラウスという、ごく普通の女子高生の衣服の切れ端だけ。それさえも結界のゆがみに飲み込まれ、跡形もなく消えていった。

 

新たに生まれた魔女「カテナリア」は、巨大な蠍のような下半身と、上半身は数十本の鎖を持つ少女の姿をしていた。全身は黒と赤の装甲で覆われ、背中からは巨大な鉤爪が無数に伸びている。

 

三体の魔女は新たに生まれた仲間を歓迎するかのように、おぞましい鳴き声を上げた。

 

---

 

-少し前・見滝原市郊外の工業地帯-

 

雨上がりの夕暮れ、佐倉杏子は工業地帯の倉庫の影に身を隠していた。手には大きなポッキーの箱を握り、片方の足でリズムを取りながら三人の見知らぬ魔法少女たちを観察していた。

 

「ふーん、よそ者か。この街に縄張り主張しに来るなんて、随分と度胸あるじゃない」

 

彼女は赤い長い髪をポニーテールに結び、カジュアルな服装で街を歩き回っていた。風見野市からやってきた彼女もまた、見滝原市の噂を聞きつけてのことだった。

 

(ここ数ヶ月で魔女の出現率がべらぼうに上がってるらしいからな。ちょっと顔出して様子見るくらいなら問題ないだろ)

 

彼女はポッキーを口に咥えながら、周囲の気配に注意を払っていた。本来なら他の魔法少女の縄張りに入り込むのは避けるところだが、グリーフシードの収集効率を考えれば無視できない情報だった。

 

三人組が警戒しながら進むのを見て、杏子は冷笑した。

 

「まあ、あたしゃこの街の連中とは揉め事起こすつもりはないけどね」

 

その言葉とは裏腹に、彼女の目は鋭く光っていた。他の魔法少女が魔女と戦って弱った隙に、グリーフシードをかっさらう作戦は彼女の十八番だった。

 

「漁夫の利ってやつだな」

 

三人が結界の入り口を見つけ、中に入っていくのを確認すると、杏子も慎重に後を追った。入り口から適度な距離を保ち、気配を消しながら進む。彼女の長年の経験が生きる瞬間だった。

 

-魔女の結界内部-

 

結界内に足を踏み入れた瞬間、杏子は不自然さを感じた。

 

「なんだこりゃ...」

 

赤と橙色の砂漠、無数の風車、一直線に伸びる線路。そして何より、その空気感が尋常ではなかった。

 

彼女は三人組から十分に距離をとりながら、岩の影に身を隠した。できるだけ魔女の気配を探りながらも、基本的には三人の戦いを見守る作戦だった。

 

「あっちの子たちがやっつけてくれれば、あたしゃ楽できるってもんよ」

 

しかし、その目論見は杏子の想像をはるかに超える展開によって粉々に砕かれた。

 

最初に現れた炎の鳥の魔女。それだけでも強敵だと感じた杏子だったが、続いて現れた二体目の魔女に目を疑った。

 

「な...何だよ、二体も...?」

 

彼女は思わず息を飲んだ。魔女の結界に別の魔女が入り込むことなど、魔法少女として活動してきた経験上一度もなかった。それは魔法少女の常識では考えられない現象だった。

 

そして、彼女の目の前で恐るべき光景が展開される。

 

小さな少女が魔女の牙にかかり、真っ二つに。水色の魔法少女が鷲づかみにされ、炎に包まれる。長い黒髪の少女は絶望し、逃げ惑う...。

 

(こいつら、どうなってんだ...?)

 

最後の一人が三体目の魔女に追い詰められる様子を見て、杏子は直感的に身を潜めた。

 

そして、最も恐ろしい瞬間が訪れた。

 

長い黒髪の少女のソウルジェムが完全に黒く染まり、その体が崩れ落ちる。そこから生まれ出たのは、四体目の魔女「カテナリア」だった。

 

「嘘だろ...魔法少女が...魔女に...?」

 

杏子の手からポッキーが落ちた。彼女の瞳には純粋な恐怖が浮かんでいた。魔法少女の真実。それはキュゥべえが決して語らなかった、残酷すぎる真実だった。

 

「ソウルジェムが完全に濁ると...私たちは...魔女に...?」

 

彼女の全身が震えた。恐怖と怒りが入り混じる。契約時の記憶が走馬灯のように蘇る。父のため、家族のために願った願い。その結末。そして今、自分の最期の姿を目の当たりにした衝撃。

 

「くそっ...逃げるしかない」

 

杏子は素早く身を翻し、来た道を戻ろうとした。しかし、いくら走っても結界の出口は見つからない。

 

「出口はどこだ...?」

 

彼女は焦りながらも冷静さを保とうと努めた。長年の経験から、結界には必ず出口があるはずだった。しかし、いくら探しても出口の気配すらない。

 

「どういうことだよ...」

 

杏子は立ち止まり、周囲を見回した。正常な魔女の結界であれば、魔女を倒さずとも出入りは自由なはず。しかし、この結界は違った。

 

「まるで...閉じ込められてるみたいだ」

 

彼女は岩の影に身を寄せ、状況を整理しようとした。四体の魔女。閉ざされた出口。そして魔法少女が魔女になるという衝撃の真実。

 

(これは普通じゃない...何かがおかしい)

 

杏子の勘が警告していた。これは単なる魔女との戦いではない。もっと大きな、もっと恐ろしい何かが動いている。

 

「とにかく...今は潜伏するしかないな」

 

彼女は自分のソウルジェムを見つめた。幸い、まだ十分に明るい赤色を保っている。しかし、このままでは時間の問題だった。

 

杏子は結界の端の、魔女たちから最も遠い岩陰に身を潜めた。四体の魔女が互いに意思を通じ合わせているかのように連携している様子を、恐怖と共に観察する。

 

「まるで...魔法少女用の罠みたいだ...」

 

彼女の直感は的確だった。この結界は魔法少女を捕らえるために特別に調整されていた。一般人を捕らえる能力と引き換えに、魔法少女を閉じ込め、脱出を許さない特殊な結界。まさに魔法少女のためのアリジゴクだった。

 

「くそっ...どうすりゃいいんだよ...」

 

杏子の呟きは、砂に吸い込まれるように消えていった。彼女は槍を強く握りしめ、次の行動を慎重に考え始めた。恐怖に飲まれるか、戦うか、それとも別の道を探るか—

 

この異常な結界の中で、佐倉杏子の生存本能が鋭く研ぎ澄まされていく。

 

 




杏子ちゃん、登場直後から生死の境目に放り込まれた件。
強く生きろ。
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