アネッテと希望の方程式   作:革新的甲殻類

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1-6「真実の開示」

1-6「真実の開示」

 

月影町に戻ったアネッテの部屋は、科学と発明に魅了された少女の情熱を映し出していた。蛍光灯の明るい光に照らされた作業机の上には、半完成の電磁コイルガンの複雑な設計図が何枚も広がり、周囲には精密部品や工具が整然と並べられていた。壁には科学雑誌の切り抜きや手描きの回路図、ニコラ・テスラの古びたポスターが貼られている。部屋の隅には小さな工作スペースがあり、半田ごての香りがかすかに漂っていた。

 

アネッテは鉛筆を器用に指の間でくるくると回しながら、窓辺に座る白い不思議な生き物、キュゥべえを熱心に見つめていた。彼女の瞳には純粋な好奇心と探究心が宿っていた。

 

「ねえ、きゅうべえ」アネッテは身を乗り出し、まるで宝箱を開けるかのような期待に満ちた表情で声をかけた。

 

「なに?アネッテ」キュゥべえは赤い目を瞬かせることなく、冷静に答えた。

 

「魔法少女のことをもっと詳しく教えてよ」アネッテの声には抑えきれない興奮が滲んでいた。「システムの仕組みとか、もっと知りたいんだ」

 

キュゥべえは尻尾を軽く揺らし、小さな頭を僅かに傾けた。「君はもう一年近く魔法少女として活動しているじゃないか。私たちの間の基本的な契約関係は理解しているはずだが、何を特に知りたいんだい?」

 

「だってさ、今までは基本的なことしか教えてもらってないもん」アネッテは回転椅子をくるくると回しながら、少し不満げに言った。「ソウルジェムが穢れるとマズいってことと、グリーフシードで浄化するってことだけ。でも他にも色々あるんでしょ?魔法のエネルギー源とか、ソウルジェムの内部構造とか、魔女の生態とか!」

 

彼女は椅子を止め、真剣な眼差しでキュゥべえを見つめ直した。

 

「君に必要な情報はすべて伝えているよ」キュゥべえは平坦な口調で答えた。「魔女を倒し、グリーフシードを回収する。それが君の役割だ」

 

「ふーん」アネッテは少し首を傾げ、口元に不満そうな表情を浮かべた。「でもさ、あの時のこと、気になるんだよね。見滝原の病院で目が覚めた時、ソウルジェムが綺麗になってたでしょ?あれって何?どういう仕組みなの?」

 

キュゥべえは黙って彼女を見つめ、何も答えなかった。

 

「あのね」アネッテは椅子から立ち上がり、部屋を少し歩き回りながら続けた。「私、エンジニアの卵だからさ、システムの仕組みを詳しく知りたいの。どうして穢れが消えたの?どんな物理法則が働いているの?エネルギー変換の原理は?」

 

彼女は次々と質問を投げかけ、緑色の瞳を輝かせた。

 

「それは...特殊なケースだね」キュゥべえはやや曖昧に、まるで質問をかわすように答えた。

 

「特殊?どう特殊なの?」アネッテの好奇心は収まるどころか、さらに膨らんでいくようだった。彼女はノートを手に取り、ペンを構えた。「他の魔法少女も同じなの?ソウルジェムが完全に濁ったら、私みたいに三日くらい眠って自然回復するものなの?それとも違うの?」

 

キュゥべえはわずかに視線をそらした。これは彼にしては珍しい仕草だった。「いいや、君は例外的だ」

 

「例外?」アネッテは椅子から跳ね上がり、キュゥべえの目の前まで数歩で歩み寄った。彼女の顔には興奮と知的好奇心が溢れていた。「どういう意味?普通はどうなるの?他の魔法少女はどうなるの?」

 

キュゥべえはアネッテの熱心な視線を受け止め、一瞬の沈黙の後、慎重に言葉を選んだ。「通常は...ソウルジェムが完全に濁ると、魔法少女としての力を失う」

 

「それだけ?」アネッテは首を傾げ、少し拍子抜けしたような表情を浮かべた。「力を失うだけなら、まあ仕方ないか。でも私は特別なの?なぜ私だけ力を失わずに回復したの?何か遺伝的要素?願いの特性?それとも魔法の使い方?」

 

キュゥべえは再び黙り込み、アネッテの質問の嵐に答えようとしなかった。

 

「ねえ、答えてよ」アネッテは少しイライラした様子で、机の上から小さな手作りの電磁石を手に取り、キュゥべえの前でぶら下げた。「これで引っ張るよ?あなたの体、鉄分含んでるでしょ?」

 

「...」キュゥべえは依然として沈黙を守っていた。

 

「冗談だよ」アネッテはクスリと笑い、電磁石を机に戻した。「でも本当に知りたいな。魔法少女システムの仕組み。魔法のエネルギーはどこから来るの?どうやって変換してるの?願いはどうやって叶えるの?魔女はどこから来るの?」

 

彼女の質問は止まることを知らず、次々と矢継ぎ早に飛び出してきた。アネッテの緑色の瞳は純粋な科学的好奇心で輝き、彼女の顔には期待と興奮が表れていた。

 

「君たち人間は...」キュゥべえは少し間を置き、慎重に言葉を紡いだ。「自分たちの運命について知りすぎると、精神的均衡を失う傾向がある。それはあなた方の種の特性だ」

 

「それって、知ったらショックを受けるってこと?」アネッテはさらに身を乗り出し、キュゥべえの言葉に隠された意味を探ろうとした。「何か重大な秘密があるんでしょ?教えてよ、私、そんなにデリケートじゃないし、ショックなんて受けないから!真実が知りたいんだ!」

 

「...」キュゥべえは再び沈黙した。

 

「もしかして」アネッテは急に表情を引き締め、冷静で分析的な目で、まるで難解な数式を解くように考え始めた。「ソウルジェムが完全に穢れると、本当は...もっと悪いことが起きるの?何か取り返しのつかないことが?」

 

キュゥべえの赤い目が微かに揺れた。それは彼にとって珍しい反応だった。アネッテの勘は非常に鋭かった。

 

「実はね」キュゥべえはついに決心したように口を開いた。「通常、ソウルジェムが完全に穢れると、魔法少女は魔女へと変貌する」

 

部屋に重い沈黙が落ちた。秒針の音だけが静かに時の流れを刻んでいた。

 

「え?」アネッテは一瞬言葉を失い、目を大きく見開いた。「魔女に...なるの?私たちが戦っている、あの魔女に?」

 

「そう」キュゥべえは感情を交えない平坦な声で続けた。「魔法少女と魔女は表裏一体だ。魔法少女の絶望が魔女を生み出す。グリーフシードは魔女の卵。君たちが戦ってきた相手は、かつては君たちと同じ魔法少女だった」

 

「...」アネッテは茫然とした表情で、キュゥべえの言葉を受け止めていた。

 

「だから君の場合は極めて例外的だ」キュゥべえは続けた。「ソウルジェムが完全に穢れたのに、魔女化しなかった。代わりに昏睡状態になり、自然に回復した。我々インキュベーターの知る限り、そのような例は前例がない」

 

アネッテは数秒間黙りこくって椅子に座り込み、その衝撃的な情報を静かに処理していた。彼女の表情は複雑に変化し、混乱、驚き、そして...何か別の感情が浮かんでは消えていった。やがて彼女は顔を上げ、

 

「へぇー、すごい!わたしってそんなにレアケースだったんだ?」

 

彼女の反応はキュゥべえの予想とはまったく異なるものだった。恐怖や絶望といった深刻な感情のかけらもなく、むしろ科学的興味がさらに強まったかのように彼女の瞳は好奇心で輝いていた。

 

「自分が特別なケースだってことは分かったけど、どうして?」アネッテは立ち上がり、再び活力を取り戻したように部屋を歩き回り始めた。「どうして私だけ魔女にならないの?何か遺伝子的な特徴?ソウルジェムの構造的特異性?それとも私の願いの特性かな?」

 

キュゥべえは尻尾をぴくりと動かし、明らかに困惑した様子だった。「それは...我々にもわからない。未知の現象だ」

 

「面白い!これはすごく興味深いテーマだね!」アネッテは興奮して身振り手振りを交えながら言った。「これって重大な研究価値があるんじゃない?私のソウルジェムの構造とか、魔法の波長とか、魔女化を防ぐ特殊な要素があるかもしれない。きちんと調べてみたい!もしかしたら、全ての魔法少女を救う方法につながるかもしれないよ!」

 

キュゥべえは黙ってアネッテを見つめ続けた。その赤い目には、わずかな混乱と、おそらく好奇心のようなものが宿っていた。人間は通常、自分たちの運命の真実を知ると絶望するものだ。しかしアネッテは違っていた。彼女は真実を知っても絶望するどころか、それを科学的研究対象として純粋に興味を持ったのだ。

 

「ねえ、他の魔法少女にも会ってみたいな。みんな違う能力を持ってるんでしょ?情報交換できたら素晴らしいと思わない?」アネッテは机に戻り、ノートを開いて熱心に書き始めた。「あと、魔女の構造も詳しく知りたい!もし魔法少女から変化するなら、その過程でどんな物理的・精神的変化が起きるのか。エネルギー変換の仕組みとか、結界形成の原理とか...」

 

アネッテの言葉は止まらなかった。彼女の科学者としての好奇心は、恐怖や絶望ではなく、むしろ新たな研究領域を発見した喜びによって刺激されていた。彼女はまだ気づいていなかった——自分の特異性が、ある少女の運命を大きく変え、時間を遡る孤独な魔法少女を混乱させていることを。

 

「魔女と魔法少女が表裏一体...」アネッテはペンを走らせながら熱心に考えを巡らせた。「これって閉じたエネルギーシステムなのかな?エントロピー増大則との関係は?魔女化のプロセスでエネルギー放出があるとしたら、その物理的性質は?そして私の場合は...」

 

彼女は不思議な特性を持つソウルジェムをペンダントから取り出し、光に透かして見つめた。その緑色の輝きは、謎めいた彼女の未来を暗示するかのようだった。

 

キュゥべえは窓辺に座り、静かにアネッテの一挙手一投足を観察し続けた。アネッテという前例のない特異点の解明は、彼らインキュベーターにとっても全く新たな研究価値があることを、彼は既に理解していた。

 

アネッテは急に手を止め、ペンを指の間で回しながら、不思議そうな表情でキュゥべえを見つめた。

 

「ねえ、きゅうべえ」彼女は静かに、しかし鋭く切り出した。「あなたは、インキュベーターって言ったよね。それ、何?」

 

キュゥべえの赤い瞳が僅かに開いた。「君は思ったより観察力があるね。私たちの種族名だよ」

 

「種族...」アネッテはその言葉を反芻するように繰り返した。「あなた、人間じゃないでしょ。それは見れば分かるけど...」彼女は椅子を引き寄せ、キュゥべえの目の前に座った。「地球の生き物?違うよね?」

 

キュゥべえは静かに尻尾を揺らし、「その通り。私たちは地球外生命体だ」と平然と答えた。

 

アネッテの緑色の目が驚きと興奮で見開かれ、彼女は小さく息を呑んだ。「やっぱり!」彼女は思わず手を叩いた。「あなたの生体構造、どう見ても地球の進化系統には属さないもの。骨格も筋肉も、おそらく神経系も全然違う。でも、なぜ地球に?なぜ魔法少女?」

 

キュゥべえは初めて少し困惑したように見えた。彼の赤い目がアネッテを注意深く観察していた。「君は...恐怖を感じないのかい?魔法少女と魔女の真実も、私が異星人だという事実も、君を動揺させないんだね」

 

アネッテは頭を振り、無邪気に笑った。「なんで怖がるの?これってすごいことじゃない!SFの世界が現実になったみたいで、ワクワクするよ!」彼女はノートに「エイリアン!」と大きく書いた。「あなたたちの星はどこ?どんな文明?テレパシーで通信してるの?」

 

キュゥべえは少し間を置き、「君のような反応は...珍しい」と言った。「人間は通常、未知の存在に恐怖を抱くものだ」

 

「でも科学者は違うよ」アネッテは熱心に言った。「未知のものこそ、探求すべき対象なんだ。でも、話を戻そう。あなたたちは魔法少女システムを作った。何のために?」

 

彼女の鋭い洞察力に、キュゥべえは少し沈黙した後、「宇宙のエネルギー問題を解決するためだ」と答えた。

 

「エネルギー問題?」アネッテは眉を上げた。

 

「この宇宙にはエントロピー増大則というものがある。簡単に言えば、使用可能なエネルギーは常に減少し、宇宙は最終的に熱死に向かう」キュゥべえは説明した。「私たちの文明はそれを阻止する方法を探していた」

 

アネッテの表情が急に真剣になった。「そして...答えを見つけたの?」

 

「そう」キュゥべえはまっすぐアネッテを見つめた。「それが人間の感情、特に少女たちの感情エネルギーだ。君たちは物理法則に反するエネルギーを生み出す能力がある。希望から絶望へ、その変換過程で放出されるエネルギーは計り知れない」

 

部屋に沈黙が落ちた。アネッテは何も言わず、ただじっとキュゥべえを見つめていた。彼女の脳裏では数え切れないほどの考えが高速で駆け巡っていた。

 

「だから...」彼女はゆっくりと言葉を紡いだ。「魔法少女が魔女になるとき、そのエネルギーを回収してるんだ」

 

「その通り」キュゥべえは答えた。「君たちの言葉で言えば、感情エネルギーを収穫している」

 

アネッテは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。「そうか...だから願いを叶えてくれるんだ。それは...報酬であり、餌でもある」

 

「冷淡な言い方だね」キュゥべえは頭を傾けた。「私たちは公平な取引をしているつもりだ。願いという報酬と引き換えに、宇宙を救うためのエネルギーを提供してもらう」

 

アネッテは笑みを浮かべた。しかし、それはいつもの明るい笑顔ではなく、何か複雑な感情を秘めたものだった。「面白いね。地球の少女たちの感情エネルギーで宇宙を救う...まるでSF小説の設定みたい」

 

「君は驚くほど冷静だね」キュゥべえは言った。「ほとんどの人間なら、この時点で感情的になるものだ」

 

「そりゃそうだよ」アネッテは椅子を回転させながら言った。「でも、感情的になっても何も変わらないでしょ?それより、もっと知りたいことがある」

 

彼女は再びキュゥべえに向き直り、「なぜ私だけが例外なの?なぜ魔女化しなかったの?」と尋ねた。

 

「それは私たちも解明したい謎だ」キュゥべえは答えた。「可能性としては、君の願い『どんな状況でも最適な道具を作れる力』が関係しているかもしれない」

 

アネッテの目が輝いた。「そっか!魔女化という『状況』に対しても、私の能力が働いたのかも!ソウルジェム自体が最適化されたのかも!」

 

「興味深い仮説だね」キュゥべえは言った。「君の特異性は、私たちのシステムにとって予想外の変数だった」

 

アネッテはノートに急いで書き込みながら、興奮して言った。「これは大発見だよ!もしかしたら、他の魔法少女たちも救える方法があるかもしれない!」

 

キュゥべえは黙って彼女を見つめた。アネッテはその視線に気づき、顔を上げた。

 

「ねえ、きゅうべえ」彼女は真剣な表情で尋ねた。「私に許可なく、この情報を他のインキュベーターに送信した?」

 

キュゥべえは少し驚いたように見えた。「私たちは集合意識を持つ。得た情報は自動的に共有される」

 

「なるほど」アネッテはペンを回しながら考え込んだ。「つまり、私は既に研究対象になってるってこと」

 

「その通り」キュゥべえは率直に答えた。「君の特異性は、私たちのシステムにとって非常に価値がある」

 

「これからもっと面白くなるよ」アネッテは椅子から立ち上がり、窓際に歩み寄った。春の風が彼女の髪を揺らす。「宇宙、異星人、魔法、魔女...私の研究テーマとしては最高だね」

 

彼女は窓の外を見つめながら、ふと何かを思い出したように言った。「ねえ、きゅうべえ。見滝原には他の魔法少女もいるんでしょ?」

 

「ええ、何人かいるよ」キュゥべえは答えた。

 

「猶更会ってみたいな」アネッテは空を見上げた。「彼女たちにも、真実を教えるべきじゃないかな」

 

キュゥべえは何も答えなかった。彼はただ、この不思議な魔法少女が次にどんな行動を取るのか、興味津々で見守っていた。アネッテもまた、自分の発見が時間を遡る少女の運命にどう影響するのか、まだ知る由もなかった。

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