ようこそ雪のいる教室へ 作:きーちゃん
「雪ちゃんほんとに大丈夫?」
「いつまで言ってるの」
「だって、ねえ?」
べたべたと俺の身体を触ってくる網倉が同意を求めるように他の連中に首を傾げると一様に頷きが返ってきた。
「龍園くんだか知らないけどそんな野蛮そうな人が雪ちゃんに近づいたなんて心配したくなるよ」
俺が龍園に接触されたことはその日の内にクラスに報告したらそれ以来みんなこの調子だ。俺が少し出歩くだけでも誰かが、特に網倉が付いてくる。心配してくれるのはありがたいが過保護すぎる。
「私も心配だよ」
いつの間にか後ろにいた一之瀬が俺の肩に手を置いて顔を横から覗かせてくる。
最近は一之瀬も俺への距離感が近くなってきている。ただ、距離が近くなるとシャンプーの良い香りがして、元男の身からするとドキッとしてしまう。
「――上等だ、かかって来いよ!」
その時、離れた所で荒々しい声が聞こえてきた。その方向を見てみればCクラスの山脇と見覚えのない赤髪の男が言い争いしていた。いや、山脇がおちょくるようにへらへらとしていて男が切れているようだ。
「ちょっと様子見てくるね。みんなは勉強してて」
図書館の静かな空間で彼等はよく目立っている。周囲への迷惑を考えて一之瀬は仲裁する気満々だ。
まったく、一之瀬も危ないことする。
いかにも喧嘩が始まりそうな空気の中臆することなく彼等のもとまで行く一之瀬が心配だったから俺もついていった。
「お、おいおい、本気で殴る気か? ポイント減るぞ……」
「うるせぇ! もとより減るもんなんてねえんだよ」
山脇の胸倉を掴んで凄む彼は随分思いきっている。後先考えられないとも言うが。こんな一方的な状況で殴ったらポイントどうこうじゃなくて普通に停学とかがチラつくだろうに。
「はいストップストップ!」
一之瀬が二人の間に割って入った。
しかし彼がDクラスか。なんとも短絡的というか、cpしか失うものがないと思っているのか。というか彼の周りにいる生徒たちは止めないのか。
やけにかわいい少女二人は……あれは初日に声をかけてきた櫛田だ。Dクラスだったのか。
まぁ櫛田ともう一人の少女は止めるのが難しいにしても他の男子三人は……
あれは……?
一之瀬たちのことをボーっと見ている茶髪の男、彼を見た瞬間に堰が切れたように記憶がフラッシュバックする。
失意に暮れる”雪”の前に現れ……念願の再会に表情を変える雪のことを実験動物を見るかのような冷たい目をして……触れようとする雪を払いのけて去った彼が、今ここにいた。
どういうことだ? 彼はWRにいるんじゃないのか? 私と会った時は停止していたっけ。いやそれにしてもここにいるのは変だ。あの感情のひとつも与えない環境が彼を故意に学校に行かせるなんてしない。今目の前にいる彼は感情のない顔をしている。私の知らないだけで教育方針が変わったのか?
「戻ろうか雪ちゃん、……雪ちゃんっ?」
「――あ、あぁ」
思考の沼にはまって気付いたら揉め事は終わっていた。心配そうに見る一之瀬に大丈夫だと言ってから、彼に近寄る。
「きみ、」
「ん? オレか?」
突然話しかけた俺に彼は純粋に不思議がっている。俺が雪であることに気付いていない。記憶から消したのか別人なのか。
「名前を聞いてもいい?」
「? あ、あぁ。Dクラスの綾小路清隆だ」
「そっか。突然ごめんね。私はBクラスの椿雪。よろしくね」
手を差し出したら応じてくれた。ゴツゴツとした男らしい硬い手の感触が伝わってくる。
綾小路はずっと不思議そうな顔をしている。
「おぉおい綾小路っ! お前、こんなかわいい子に話しかけられて握手するってどういうこった!?」
「い、いやっ、オレもなにがなんだか……」
クラスメイトに肩を揺らされ問い詰められる綾小路を置いて俺は一之瀬に合流した。
「雪ちゃん急にどうしたの? ……もしかして、一目惚れとか?」
「そんなんじゃないよ。ちょっと知り合いに似てたから」
面白くなさそうな顔をする一之瀬を宥めながら俺は考える。
彼が本人なのは確定だ。けれどどうしてDクラスにいるのかわからない。ただひとつわかったのはAクラスに執着してなさそうなこと。もとよりそんな特権得た所で意味ないだろうが、彼が動けばBクラスがAに上がることはとても難しいだろう。俺もあまりAにはこだわってないが、このクラスに配属された以上みんなには協力していくつもりだ。
ただ向こう3年、綾小路がじっとしている可能性は低いだろう。そもそも0ポイントなんて極貧生活嫌だろうし。
俺は今後の学校が荒れる予感がした。
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