ようこそ雪のいる教室へ 作:きーちゃん
24話
鮮やか青い海は視界いっぱいに広がる。俺たちはその光景に魅了される。
「わぁ、綺麗……!」
「私たち、こんな夢みたいな体験してるんだ!」
高度育成高等学校に通う1年生は豪華客船に乗って優雅な船旅をしていた。
前々から告知があったバカンスのために港に行って船に乗った。朝が早かったのもあって生徒たちは文句を言っていたがこの非現実的な体験に感動し、そんな不満も消え失せていた。
「ほんとに夢みたい……」
「大袈裟、とは言えないか。確かにこんな客船に乗ることなんて普通ないよね」
横で潮風にあたりながら景色を堪能していた千尋が日差しに目を眇めながら呟く。高校生の身に余る体験だが一生残るほどの思い出になるだろう。できることなら何事もなくこのまま二週間過ごしたいものだ。
「あっ、いた雪ちゃん! ……と、千尋ちゃん」
少し息を切らした網倉が嬉々として俺に抱き着いてきて、千尋の存在に気付くとテンションを急降下させる。
「……最近二人距離近いよね」
抱き着く力を増しながら面白くなさそうにジト目で呟く網倉。それに対抗するように千尋も俺のもう片方の腕に抱き着いてきた。
「別にいいよね。私の雪ちゃんなんだから」
「私が先に仲良くなったけど?」
「それが? 私たちは名前で呼び合う仲だよ?」
俺を挟んでバチバチにやりあっている。
好かれるのはありがたいが、俺からしたら二人とも距離が近すぎると思う。だけど前に遠回しにだが拒絶したらこの世の終わりのように悲しまれたから俺としても対応に困ってるのだ。
「ゆ、雪ちゃん! わ、私の名前覚えてるっ?」
網倉が勇気を振り絞ったように言ってくる。その目には期待と不安がありありと浮かんで見える。
「あぁ。麻子でしょ。ちゃんと覚えてるよ」
「そ、それで、えっと……」
どもりながら視線をあっちこっちに彷徨わせる網倉は名前呼びをしてほしいんだろう。確かに網倉はずっと名前で呼んでるのに俺だけ苗字で呼んでて少し冷たいな。
「うん。麻子。どうしたの?」
「っ、えへへ」
この調子なら他の奴らにも名前呼びしてもいいかもな。
幸せそうにする麻子と憎々し気にする千尋を見ながら俺はそう思うのだった。
「美少女たちの百合……尊いでござる」
謎のござる口調の眼鏡が恍惚とした顔で涙を拭いていた。いや誰だよ。
*
その後二人とは別れて(とても惜しまれた)俺は一人で散策していた。やはりまだまだ前世の感覚が抜けきってなく、一人でいる時間というのも欲しくなる。この学校に入って団体行動が基本だったが今だけは解放された。
この時間を大切にしようと、思っていると視界の隅にあまり見たくないものが映り込んだ。
「ん? おや、誰かと思えば雪じゃないか!」
気付かなかったふりをして立ち去ろうとしたが奴に気付かれてしまいあえなく野望は潰えた。俺は嫌々な気持ちを隠して奴に近寄る。
「きみは寛いでるね。高円寺くん」
ビーチチェアに身を預けゆったりとしている筋肉ダルマはDクラスの高円寺六助。変人だが異様にスペックは高く、脱落したといえどWRで教育された俺を上回る身体能力を持つ男だ。
その男はブーメランの競泳水着を着用してこの豪華客船を満喫しているようだった。
「はっはー! 夏が似合う男なのさ私は! 美しい、そう思うだろう!?」
「……うん。そうだね」
肉体は確かに惚れ惚れとするんだが、高円寺のブーメランはうっとなるからやめてほしい。こいつがいるせいでこの周辺だけ人が寄り付かずぽっかりと空いてるんだよな。
「私行くね」
「きみも楽しむんだよ。レディには笑顔が一番さ」
歯をキラーンと光らせキザったらしい言葉を吐く高円寺は妙に様になっている。かっこつけと一蹴することは簡単だし実際そうしたいんだが、意外にありがたい存在なんだよな。この能天気さというか見ていて自分の考えていることなんてどうでもいいやってなる奴は。前も疲弊した俺にドリンクを奢ってくれたし。変な奴だがいいやつでもある。