あれは、いつかの夏の日だった。
僕は校舎裏で小山田にボコボコに殴られていた。
その日が特別だったわけじゃない。
小山田の機嫌を損ねた時から、たまにこうやってボコボコにされていた。
土に倒れ伏して痛みに悶える僕。
小山田は僕に唾を吐き捨て、その場から去っていった。
僕は泣いた。
泣いた理由は何個だってあった。
その痛みからか、こんなにボコボコに殴られているのに、反抗の一つもできない自分のみじめさからか、
────それとも。
「もう柘榴木以外の教師とか、それよりも偉い誰かに相談した方がいいよ」
「…………」
「俺もつき合うからさ。さすがに小山田はもうやり過ぎだって。小山田は怖いけど、俺もあいつの無茶苦茶にはいい加減イライラしてるからさ」
「二人で覚悟を決めよう、安」
────それとも。
◼︎
────目を覚ます。
随分と昔のことのように、そう感じた。
ぱんっと、自分の両頬を手で叩き、さらに意識をはっきりさせる。
「ステータス…オープン」
【トモヒロ・ヤス】
LV1
HP:+500
MP:+500
攻撃:+400
防御:+400
体力:+300
速さ:+400
賢さ:+250
【称号:A級勇者】
この残酷な異世界を、現実を、認めたくはない。
認めたくはないが────認めなければならない。
きっと、そうしなきゃ。
この現実を生き残れない。
◼︎
「はーい、皆さん集まりましたかーこれからとっても重要な事を行いますよ」
アライオンの白城、その内部。
召喚された異界の勇者は、ある一ヶ所に集まっていた。
「女神ちゃん、此処でいったい何すんの?なーんか生意気そうな犬っコロもいるしよー」
質問をするのは、小山田。
小山田が指を指した先には狼型の魔物がいた。
「ぎ゛ぃぃーガッガがぁ゛ぁぁぁー!!」
2ーCの面々に対して、殺意を剥き出しにして睨む狼の魔物。
ジャラジャラと音を立てながら、襲いかかろうとその脚を動かそうとする。
しかし、それを魔物を縛っている鎖は許さない。
"この鎖さえなければ、今すぐ噛み殺せるのに"
そう訴えかけるかの様な魔物の眼差し。
それだけで、大半のクラスメイトは
「な、なんかやばくね〜」
「ヒッ…こ、怖い…」
「俺たち…あんなんと戦わなきゃなのかよ……」
「助けて、桐原くんッー」
怖気付いていないのは、数人。
S級とA級の勇者達、それとB級勇者の
「皆様の反応を見たところ…まず生き物を殺すことに慣れて貰わないといけませんね〜」
(生き物を殺すことに、慣れる……?)
不吉な言葉に、D級勇者の
「平和な場所で生活を営んでいた勇者さんたちだと、まずこれがなかなか難しいのですよ〜。精神が脆いと言いますか〜、他生物の命を奪うのにショックを受けすぎと言いますか〜。これが最初の大きな難関かもしれませんね〜?」
意気揚々と言う女神。
「で、す、が! これを乗り越えないと、今は亡きトーカさんのようになってしまうかもしれません! そうなったら、悲しいですよねぇ〜!?」
遠回しに”脱落者は廃棄する”と、脅しているのだろうか。
「…………」
2ーCの面々が様々な反応を見せる中。
────A級勇者の安 智弘はじっと女神を見ていた。
◼︎
「お゛あ゛らぁ!!死ねや犬っコロぉぉ!!」
「キャい゛い゛!!ーごォお!?」
ザクザクと手に持った大剣を先ほどの魔物に突き刺す小山田。
突き刺すというより、大剣で
その戦い方には、魔物に対する恐れなど一切なく。
ただただ純然な暴力をふっている。
だんだん、魔物の声が小さくなっていく。
「がぁーガぁ゛ぁぁ…」
「ッしゃああ!!レベルアッーープ!!」
たった今、魔物が絶命したようだ。
小山田は力強く、そう口にする。
「おーLV5とか言われたんだけど、なんかネツいわ!!、【固有スキル】?つーのもゲットしたしよ」
「なっ、なんと!!」
「す、凄いことですぞオヤマダ殿!!固有スキルまで習得するとは、流石は、A級勇者!!」
「マジィー!?やっぱ俺ってつえーのか、薄々そー感じてたんだけどよ!!」
黒ローブの男の声に、気分を良くする小山田。
そんな小山田の様子に、クラスメイトは期待と畏怖の念がこもった視線を向けていた。
その後も殺すのに慣れる訓練は続いた。
中でもクラスの注目を集めたのは、桐原拓斗。
女神の騎士が誤って逃してしまったドラゴンモドキという魔物を、自身の固有スキルによって一撃で消し炭にしたのだ。
桐原はその一戦だけでLV10へと至った。
ローブの男が言うには、一日で二桁のレベルへと至った勇者は過去に居らず、桐原が初めて。
最高でもLV8までで、その勇者は────
女神様が、僕を一瞥して呟く。
「……暗黒の勇者だけ、ですね」
僕と同じ水晶の反応をした暗黒の勇者が、そうらしい。
◼︎
ついに僕の番が来た。
僕の目の前にいるのは、三つ目の狼のような魔物。
「ギィぁぁ゛ぁ゛ー!!」
視線だけで僕を射殺せるほどの殺意がこもった眼差し。
(…やらないと、やるんだ、僕)
そんな眼差しから目を背けるように、腕を伸ばし────
「
そのスキルを、口にした。
「ごぉぉ゛ぉ゛!?ーギガぁぁ゛…!?」
途端、黒く燃え上がる三つ目狼。
思ったほど叫び声は聞こえない。
炎で喉が焼けているからだろうか、苦しみ悶えている三つ目狼に、僕は近寄って。
「…はあッ!」
魔物の首を、持っていた双剣で切り落とした。
「レベルが上がりました」
機械的な音声、僕の耳の中で九回鳴った。
「レベル9、到達」
◼︎
◇【女神ヴィシス】◇
「ふふーん♪」
アライオンの白城、その中の女神の一室。
鼻歌を歌いながら、女神は口を開く。
「今回の召喚は完全に成功ですね、あなたもそう思いません?」
「そうですなぁ!ーS級が三人にA級が三人!その中でもキリハラ殿はLV10にまで至った!大成功でしょう!女神様!」
黒ローブの男の言う通りである。
今までの召喚では良くてS級A級が一人二人いる程度だった、それが六人。
────順調すぎる、才能にあふれたタクト・キリハラを始めとしたS級勇者三人。
固有スキルを持ち、順当に強いA級勇者。
そこでふと、考えが浮かんだ。
S級最強がタクト・キリハラであれば、A級は?
速さのステータスが高いイツキ・タカオ?────違う。
体力が高く、血気盛んなショウゴ・オヤマダ?────違う。
レベル1から固有スキルを持ち、暗黒の勇者を越える成長率を持つA級勇者。
女神が、その名を口にする。
「───トモヒロ・ヤス」
「もしかしたら、彼が、────A級最強」
◼︎女神ヴィシス
安をA級最強と認定、何を企んでいるのかは不明。