その夜、東京駅。時計の針はPM23:55を指し、終電まであと5分。地下通路を歩く一人の女性がいた。
二十代前後のOLと思しきその女性は、疲れた足取りで家路についていた。薄暗い通路に響くヒールの音が、静寂を切り裂く。だが、その背後に忍び寄るもう一つの人影が――
「!?」
女性Aが振り返った瞬間、目に入ったのは血に染まった鋏を握る不気味な影。鋏の刃先が、薄光の中で不気味に光っていた。
「!!!」
彼女は悲鳴を上げる間もなく、全力で走り出した。心臓がバクバクと鳴り、恐怖が全身を支配する。地下通路の冷たい壁が、彼女の逃走を嘲笑うかのように迫ってくる。
だが、どれだけ走っても逃げ道はなく、ついに力尽きた彼女は立ち止まった。息を切らし、震える足でその場に凍りつく。
「あら? もう走らないの?」
背後から響いたのは、冷たくもどこか楽しげな声。
「!!!」
「アハハッ。おねえさん、怖いの?」
女性Aは声も出せず、ただ震えるばかり。影が一歩近づき、鋏を手に持つその姿が明らかになる。
「フフフ……その肌、素敵。今から私がその綺麗な体を切り刻んであげるね」
「…………!!!!」
鋏が振り下ろされ、女性Aの絶望的な叫びが地下通路に響いた――が、それはすぐに途絶えた。
二時間後、彼女は無残にも切り刻まれ、息絶えていた。血の海に沈むその姿は、まるで悪夢の絵画のよう。
ここから、最悪な事件の幕が開くことになる。
その頃、警視庁の剣持しえなは本庁で始末書を書き終え、疲れ果てた顔で時計を見ていた。
あの訓練での出来事を思いだし―――なぜか今夜、頭の中で反響していた。
「……何か嫌な予感がするな」
窓の外を見ながら呟いた彼女の視線の先で、東京の夜は静かに、そして不気味に更けていく。
一方、警四のメンバーたちはまだこの事件を知らない。だが、彼らの日常を切り裂く嵐が、すぐそこまで迫っていた。
翌日、一日目。東京駅の地下通路は、朝の喧騒とは打って変わって異様な静寂に包まれていた。警察関係者の捜査員が次々と現場に駆けつけ、事件の重さが空気を支配していた。
「船越警部!」
捜査員Aが慌てた声で呼びかけると、警視庁刑事部捜査一課の船越英一朗警部が厳粛な表情で応えた。
「うむ!」
船越は遺体に近づき、じっと見つめる。血に染まった通路、切り刻まれた無残な姿。その鋭い眼光が、何かを確信したように光った。
「…………」
「この切り傷は!?」
捜査員Aが息を呑むと、船越の声が低く響いた。
「奴だ! 奴が戻ってきたんだ!」
「えっ!?」
捜査員Aが目を丸くする中、別の捜査員が遺品を手にして報告する。
「警部! 被害者の遺品から身分証明書が!」
「ん? 被害者は……國鉄の女性職員か」
船越が眉をひそめたその時、騒ぎを聞きつけた鉄道公安隊がようやく到着した。
「どいてください。鉄道公安隊です」
高山直人が毅然と前に進み出ると、船越が鋭い視線で彼を見据えた。
「誰だ、あいつは?」
「学生鉄道OJT研修中の学生ですよ。なんやらあの所轄クラスの警四に所属してるみたいで」
捜査員Aが小声で説明すると、船越は小さくうなずいた。
「なるほど……」
「何が起こったんですか?」
桜井あおいが直人の後ろから顔を出し、現場を見た瞬間、凍りついた。
「!!……これは殺人事件」
血溜まりに横たわる遺体を見て、彼女の声が震えた。
「コラッ!勝手に入ってくるな!」
捜査員Aが慌てて制止しようとするが、船越が静かに手を上げた。
「いいんだ。通してやれ」
船越はあおいと直人を見やり、重々しく口を開いた。
「俺の勘だが、前に似たような事件があるんだ」
「前に似たような事件?」
あおいが聞き返すと、直人が驚きの声を上げた。
「ええっ!?」
「10年前にな……当時、ある一人の女子高生が、何の罪もない女性をアパートで惨殺した事件があった」
船越の言葉に、二人は息を呑んだ。現場の空気が一層重くなる。
「今回の事件は奴の犯行と断言できる。あの女は『21世紀の切り裂きジャック』と呼ばれていた殺人鬼だ」
あおいの目が鋭くなり、船越に食い下がった。
「その当時の女子高生の名前は誰なんです?」
船越は一瞬目を閉じ、過去の記憶を掘り起こすように呟いた。
「奴の名は…………」
その瞬間、地下通路に冷たい風が吹き抜けた。誰もが言葉を失い、ただ船越の次の言葉を待つ。だが、彼は口をつぐみ、深いため息をついた。
「今はまだ言えん。だが、こいつが動き出した以上、これが最後の事件にはならんだろう」
To be continued