東京駅構内。殺人事件の余波が冷めやらぬ中、警四の桜井あおいと高山直人は通常勤務に戻っていた。だが、あおいの頭は事件から離れられない。
「高山」
「何だ、桜井?」
直人が振り返ると、あおいの目が鋭く光っていた。
「あの殺人事件のことだけど、なんか妙だと思わない?」
「え? 例の切り裂きジャックか? 桜井、それは警察に任せて俺達は通常勤務に――」
「甘いっ! これだから平和ボケは」
あおいがピシャリと遮ると、直人は目を丸くした。
「私の勘だけど、恐らく犯人は鋏を使った殺人鬼よ」
「待て待てっ! まだそう断定したわけじゃないだろ!?」
「とにかく、犯人を捕まえるわよ」
「捕まえるって!? 飯田班長の指示なしに!?」
「当然来るわよね?」
直人は絶句し、心の中で悲鳴を上げた。
「(俺の日の丸一生安泰國鉄人生は……!?)」
その時、直人は誰かにぶつかった。トレンチコートを羽織った一人の女性だ。慌てて営業スマイルを浮かべ、謝罪する。
「も、申し訳ございません! 私の不注意で」
「いいのいいの、気にしないで。私は何ともないから」
女性は穏やかに笑って立ち去ろうとしたが、あおいが鋭い声で呼び止めた。
「ちょっとお聞きしたいことがありますが、いいですか?」
「何を?」
女性が振り返り、興味深そうに首をかしげる。
「昨日夜23時55分に地下通路で國鉄女性職員が殺された事件がありましたけど、何か目撃しませんでしたか?」
女性は一瞬目を細め、シラを切るように答えた。
「さぁ、知らないわ? その時間は私、寝てたし」
「そうですか………」
あおいが静かに見つめると、直人も無言で様子を窺う。
「じゃ、私行くね」
女性は軽やかに踵を返し、去って行った。だが、あおいの目はまだ彼女を追っていた。
「おい、桜井!」
直人が小声で呼びかけるが、あおいは「しっ!」と制した。
何かを感じた。殺気か? いや、違う……。
「あの女性……何か臭うわね」
「………」
「あっ!」
「どーした!?」
直人が驚くと、あおいの視線が鋭くなった。気づかれたのだ。
女性がゆっくりと振り返り、あおいの表情を確認した。何故かその口元に不気味な笑みが浮かんでいる。
「さっきからなぁに、後つけてんの?」
「(やはり気づかれた!)」
あおいの心臓が跳ねる中、女性はトレンチコートを軽く翻して続けた。
「ま、いいわ。服装から見ても警察だけど、歳はまだ学生みたいね」
「……」
「(何かヤバそうじゃないか?)」
直人が内心で焦ると、あおいは心の中で一喝した。
「(アンタは黙ってて!!)」
「今は見逃してあげるわ。夜はそうはいかないけどね……フフフ」
女性の声が低く響き、あおいが叫んだ。
「待ちなさい!」
「!?」
「あなたは一体何者なの……!?」
女性は一瞬立ち止まり、ゆっくりと振り返った。そして、冷たくも楽しげな声で名乗った。
「武智乙哉」
「!」
「あなたの肌も素敵ね……後の楽しみに取っておくわ。アハハハハ」
あおいは凍りついた。この女性が、かつて何の罪もない者を切り刻んだ「21世紀の切り裂きジャック」その人だと、直感が叫んでいた。その瞳に宿る狂気的な光を、彼女は確かに見た。
一方、直人はただ茫然と立ち尽くし、傍観することしかできなかった。
「(何!? 何!? 何だこの状況!?)」
頭の中でパニックが渦巻く中、あおいの視線は武智乙哉の背中を追い続けていた。
To be continued