東京駅八重洲南口バスターミナル。夜の喧騒が収まりつつある中、武智乙哉が一人、そわそわと辺りを見回していた。
「ヤバいヤバい。一歩間違えばまた塀の中だよ~」
その背後から、冷ややかな声が響く。
「また人殺したのか?」
「何の事~っ?」
乙哉が振り返ると、そこには剣持しえなが立っていた。鋭い視線で乙哉を射抜く。
「シラを切っても分かるんだよ。いい加減正直に言ったらどうなんだ? 武智」
しえなの言葉に、乙哉は一瞬目を細め、すぐに笑い出した。
「アハハ……やっぱりしえなちゃんには敵わないや」
「武智、お前……やはり」
「アハハ。あの娘の肌、切り刻もうとしたけど急かすとつまんないからやめちゃった……あぁダメ、想像しただけでゾクゾクしちゃう」
しえなは無言で乙哉を凝視した。彼女の瞳には、怒りと疑念が渦巻いている。
「どーしたの? そんな怖い顔しちゃって」
乙哉がケラケラ笑うと、しえなは低く問い詰めた。
「武智、本当にお前じゃないんだな?」
「何を言ってるかさっぱり分かんないよ」
その時、乙哉の背後に奇妙な影が近づいてきた。図太い体型で、ペンギンともツバメともつかないゆるキャラだ。
「僕、國鉄大好きツバ鉄君。ねぇねぇ、僕と一緒に列車に乗って旅に出かけようよ!」
「な! 何あれ!?」
乙哉が目を丸くすると、しえなは肩をすくめた。
「さぁ……」
ツバ鉄君――國鉄の公式マスコットキャラクターが、無邪気に二人に絡む。
「ねぇねぇ、札幌を目指して旅に出かけない?」
「……」
「……」
二人とも完全にシカト。
「てつぅ……」
ツバ鉄君はしょんぼり立ち去った。
「車に乗れ」
しえなが覆面パトカー(日産・ラングレーN13系)を指すと、乙哉が目を輝かせた。
「何なに? ひょっとして……!?」
「!!違う!!! いいから早く乗れ、ドライブだ!!!」
しえなが叫び、無理やり乙哉を助手席に押し込む。
「何処に行くの?」
「行けば分かる所だ」
「まさか……私を警察に?」
「できればそうやってるよ!」
「しえなちゃん、何か様子が変だよ」
しえなは無言でエンジンをかけ、ギアをDに入れ、アクセルを踏んだ。時速30キロの安全運転で車を走らせる。車内は重い沈黙に包まれた。
「……」
「……」
どこへ向かっているのか? その答えはすぐに見えた。
前方に、横断幕を掲げた集団が道を塞いでいた。デモ隊か? いや、県外から来たプロ市民か? 否、違う。
「國鉄は早く民営化しろ!」「分割民営化推進しろ!」「國鉄解体しろ!」「くたばれ!國鉄鉄道公安隊」と書かれた横断幕。あれは「RJ(鉄道改革派)」の連中だ。
「あれは……」
しえなが目を細め、増援を呼ぼうとしたその時、事態が急変した。
装甲車やパトカーが集団を囲み、公安機動隊が鎮圧に乗り出した。
「君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて大人しく投降しろ!」
公安機動隊の隊長らしき人物が拡声器で叫ぶが、RJのリーダーらしき男が応戦した。
「國鉄総裁を出せ! そうしたら大人しく引き返す」
「残念だが、その要求は応じない」
「何ぃ……!」
「お前みたいなゴミクズ共の連中はいちいち構ってる暇はねぇーんだよ!!」
「何だとゴォラァ!!」
デモ隊が赤ヘルと鉄パイプを手に機動隊に突進。機動隊も負けじと応戦した。
「やんのかコラ!! アァッ!!!」
「國鉄の犬が!!」
「このバカチンが!!!」
「警察を舐めんなぁっ!!」
バゴォォォッ!!!
「分割民営化しろ!!!」
「知るかボケ!」
ボカァァ!!
暴動が一気に拡大し、もはや収拾不能に。
「行くぞ、デモ隊に突っ込むわよ」
「え? しえなちゃん?」
乙哉が目を丸くする中、しえなは決死の覚悟でアクセルを限界まで踏み込んだ。時速50キロ、いや80キロに達する勢いで、覆面パトカーが暴動の中心へ突っ込む!
「何だ!?」
「避けろ、突っ込んで来るぞ!!」
デモ隊が慌てて散らばり、その隙を突いて機動隊が一気に制圧。
「確保ぉぉぉぉぉっ!!」
「なっ……!」
暴動はひとまず鎮圧され、デモ隊の大半が逮捕された。
千代田区某所、アパート203号室。しえなは乙哉を連れ込み、部屋に匿った。
「え? その船越警部って人が私を捕まえようとしてるの?」
乙哉が目を丸くすると、しえなは冷静に答えた。
「お前が東京駅地下通路で昨日の夜、何かやらかしてないかの証拠があれば別だがな」
「ホントにやってないよ。っつーかあたしを疑い過ぎじゃないの?」
「お前の事だから、疑うも何も目光らせてるのが常識だろ!!」
乙哉がムッとすると、しえなは続ける。
「その國鉄女性職員のことだけどさ、私が殺してないし、切り刻んでなんかいないよ。面識なかったし」
「……(あいつの言うことは多分信用できるだろうか。警四の連中に連絡取るか? いやダメだ、彼女達はまだ学生だ。しかし一部の人間なら……やるしかないか)」
しえなは窓の外を伺った。
「まだ、追手は来ないようだな」
「まだ……来てないみたいね」
「武智、お前はここにいろ! 外に出るな!」
「!!」
「いいか、絶対にだ」
しえなはドアを開け、部屋を出た。乙哉は大人しく残るしかなかった。
To be continued