事件から数ヶ月が経ち、鉄道公安機動隊の面々は日常を取り戻していた。
「なぁ、桜井。教官が現場復帰したってのに、副隊長の貝塚さんはまだ腹痛で休んでるってどういうことだよ?」
高山直人がコーヒーを啜りながら呟くと、桜井あおいが呆れた顔で返した。
「知らないわよ。あの人は昔から何かと理由つけてサボるタイプでしょ。教官が元気ならそれでいいじゃない」
そこへ、岩泉翔がドーナツを頬張りながら乱入。
「おう、俺は最近食堂のメシにハマっててさ。特にあの新人の作るオムライスが絶品なんだぜ!」
「岩泉はほんと食うことしか考えてないよね……」
あおいがため息をつくと、小海はるかが笑顔でフォローした。
「でも、美味しそうなら今度みんなで食べに行こうよ!」
一方、剣持しえなは窓際で一人、遠くを見つめていた。
「(あいつ……今頃どうしてるんだろ。あいつが真っ当な道を歩いてるならいいけど)」
彼女の脳裏に、かつての戦友であり、予測不能な存在だった乙哉の姿が浮かぶ。
「じゃあ決まりね。今度みんなで食堂に行こう!」
はるかの提案に、岩泉が勢いよく頷く。
「おう! 俺が奢ってやってもいいぜ!」
「え、本当に?」
「……って言うと思ったか? 俺の分はしっかり払えよ?」
「くっ……」
そんな他愛ない会話をしていると、食堂の方から大きな声が聞こえてきた。
「す、すみません! 今すぐ新しい卵を――!」
「おいおい、大丈夫か? そんなに慌てて……」
どうやら例の新人が、何かトラブルを起こしたらしい。興味を引かれたあおいが立ち上がる。
「ちょっと見に行ってくる。」
一方、しえなは相変わらず窓際で遠くを見つめていた。
「(武智……お前、本当にどこにいるんだ?)」
その時、ポケットの中のiPhone15が小さく震えた。
画面を見ると、非通知のメッセージが一件――
『久しぶりだな。まだあの場所にいるのか?』
しえなの目がわずかに見開かれる。
それは、彼女がずっと気にしていた"武智乙哉"の匂いを感じさせるメッセージだった。
だがそれは非通知。送り主の名前もなし。でも、この短い文章には覚えのある"匂い"があった。
一瞬、返信しようと親指を動かしかけるが、深く息を吐き出してスマホをそっとポケットに戻す。
「(気のせいかもしれない……いや、気のせいだったらいいのに。)」
そんな思いを抱えながら振り返ると、食堂の方が騒がしくなっていた。
「おい、あの新人、大丈夫か?」
「やっちまったな……オムライス、全滅だ。」
「えぇ!? せっかく楽しみにしてたのに!」
あおいが呆れた声を上げ、岩泉が肩を落とす。
その場にいた新人――小柄でまだ初々しさの残る青年が、申し訳なさそうに頭を下げていた。
「す、すみません……オムライス用の卵、全部落としてしまって……」
「マジかよ! 俺の腹はどうすりゃいいんだ!」
「岩泉はいつも通りコンビニでカップ麺食べてればいいじゃない。」
はるかがクスクスと笑い、直人も肩をすくめる。
「ま、ドンマイ。誰だって失敗くらいあるさ。」
新人がほっとしたように頭を下げる。その光景を見ながら、しえなはそっとスマホを握りしめた。
「("あの場所"……もし本当に武智なら、私に何を伝えようとしてる?)」
再びスマホを取り出し、意を決してメッセージを返信する。
『……誰?』
数秒の沈黙。すぐに返事が来ることはない。
それでも、しえなの胸には小さな波紋が広がり始めていた。
寝台特急『北斗星』 食堂車
「乙哉ちゃん、次のお客様の注文よ! オムライス2つとカレー1つ!」
エルヴィラが元気よく指示を出すと、武智乙哉は慣れた手つきでフライパンを振った。
「了解しました!」
まりがカウンター越しにチラリと乙哉を見て呟く。
「……あんた、昔何かヤバいことしてたでしょ?」
「さぁ、どうかしらね?」
乙哉がニヤリと笑うと、まゆかが冷たく突っ込んだ。
「隠しても無駄ですよ。切り裂き臭がプンプンしてるもの」
「……ふぁ、眠い」
アネッサが欠伸しながら呟き、エルヴィラが慌てて仲裁に入った。
「もう! 乙哉ちゃんをいじめないの! 彼女は立派な食堂車スタッフなんだから!」
乙哉は内心で小さく笑った。
「(切り裂きは過去の話。今は美味しい料理で誰かを笑顔にする方が性に合ってるかもね)」
警視庁 某所
走り鳰がコーヒーを片手に窓辺に立ち、謎の女性と軽口を叩いていた。
「なぁ、あの士幌邦夫って奴、まだ動きがねぇっスね。RAILJACKの残党も大人しいし、ちょっと拍子抜けっスよ」
「そうね。でも、静かすぎるのも逆に怖いんじゃないかしら?」
女性が意味深に微笑むと、鳰がニヤッと笑った。
「ま、そうっスね。次に何か仕掛けてきたら、また楽しめそうっスから、気長に待ちますかね!」
どこかの田舎町
士幌邦夫はジープの運転席でタバコをくゆらせ、遠くの山々を眺めていた。
「さて、次はどうやって遊んでやろうか……」
隣の赤嶺が地図を広げながら呟く。
「隊長、次の計画はいつ始めます?」
「焦るなよ、赤嶺君。國鉄が平和ボケしてるうちに、じっくり仕込むさ」
邦夫の唇が薄く歪み、新たな嵐の予感が静かに漂い始めた。
End of Chapter 1 Continued in Chapter 2